ほんのひとこと

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7月の聖悟 ─弘法大師の教え─

「示す者なき時は、すなわち目前なれども見えず。説く者なき時は、すなわち心中なれども知らず」 ─弘法大師

(明らかに示す者がいなければ、永遠不変の真理は目の前にあっても見えず、説く者がいなければ永遠不変の真理は、心の中にあってすら知られない)

 仏法は永遠の真実を明らかにする真理を説いていますが、無明という根源的な無知と、煩悩という根源的な穢れを抱えている私たちは、なかなか理解できません。
 それは、あたかも、人間やネコなど地上に生きる生きものが海中の様子を知らず、クジラやマグロなど海中に生きる生きものが地上の様子を知らないようなものです。
 しかし、無明煩悩を克服して覚りを開いた存在である仏陀(ブッダ…覚者ともいいます)は、両方の世界を知っておられます。
 智慧を獲得し、無垢の存在となったからです。
 そのような存在から観れば、迷いの世界しか知らず、そこが同時に覚りの世界でもあることに気づかない私たち凡夫は、いかに哀れなことでしょうか。
 救わずにはいられないという慈悲が湧いてくるのは当然でありましょう。

 最近の科学が明らかにしつつある色と脳の関係も、この教えを理解するための参考になります。
 光にはさまざまな波長があり、人間は人間なりに持っている脳のはたらきによって三原色を基本にした色の認識をしていますが、イヌやネコの脳は人間とは異なったはたらきを持っているので、白黒か、それに近い色の判別しかできないとされています。
 仏陀はすべての色を認識できる能力を持っておられると想像すれば、人間との違いが実感できます。

 いずれにしても、人類は、覚者に導かれつつ、破滅をせずにここまで来ました。
 人間であれ国家であれ、おのおのが好き勝手にやりながらなお、全体が滅びないで済んだのは、全体を壊滅させるほど悪業が積まれていなかったからでしょう。
 しかし、今は違います。
 アメリカを筆頭として、地球を何度でも破壊し尽くすだけの原爆が蓄えられ、このまま行けば遠からず生態系を破壊し尽くすほど環境汚染は進みました。
 また、ほとんど指摘されていませんが、性悪説が広がりつつあることも、人類の危機を増大しています。
 一番解りやすい例が、最近、盛んに行われるようになった「先制攻撃の正当化」という考え方です。
 北朝鮮が日本に向けてミサイルを発射しようとしているならば、発射される前に日本からミサイルを発射して北朝鮮のミサイルを破壊しても良いのではないかという主張です。
 一見、もっともですが、この思想には重大な危険性が潜んでいます。
 やられると思ったなら先に相手をやっつけても良いとなれば、対立関係が発生した場合、先制攻撃をした側が必ず正当性を主張するに違いなく、戦争になってしまえば、正当性も何もかもが意味を失ってしまうからです。
 高邁な理想を掲げて太平洋戦争まで突き進んだ日本が、負けた結果、東京裁判という無法な裁判で死罪に値する極悪人に導かれた国と決めつけられ、今は、東京裁判の正当性が世界中から否定され(最高司令官マッカーサーが誤りだったと認めています)つつあります。
 戦争と荒廃という恐ろしい事実・現実の前には、正当性の主張などほとんど無意味です。
 恐れ、戦い、狂い、殺し、殺された後で、いったい、いかなる観念が救いになりましょうか。

 絶対に戦争を起こさないという覚悟を突き崩す最後の斧が性悪説であり、恐怖であることをしっかり認識しておきたいものです。

 覚者は、覚りの世界の様相を説き、覚りの世界を感得して迷いの世界を脱する方法を説きます。
 この道筋は、性悪説とはまったく無縁です。
 なぜなら、不安や怒りや恐怖をもたらし、我をはってお互いを傷つけ合う悪事に走らせる無明煩悩も実体はなく、幻に過ぎないからです。
 幻を幻であるとしっかり観る眼を持てと説く覚者の教えこそが、人類を危機に陥れつつある性悪説を克服し、原爆も、戦争も、環境破壊もなくすための方法です。
 お大師様の教えどおり、〈示す者〉や〈説く者〉を信じ、導かれつつ霊性を高めたいものです。
(ただし、〈示す者〉や〈説く者〉が本ものか偽ものかを見分けることが大前提ではあります)

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tag : 弘法大師 真理 真実 仏法 無明 煩悩 智慧 無垢 覚者 仏陀

ペットの葬儀

 最近はペットのお葬式やご供養が増えました。
 それも、犬であれネコであれ、多くが15才前後からそれ以上の長寿です。
 ご〈遺族〉の方々は、皆さん、家族を亡くしたのと同じような気持でお別れの場、あるいは偲ぶ場へ参加されます。
 当山では「あなたは家族、あなたは友」という呼びかけをもって修法を始めます。
 一緒に住むものは皆、家族であり、友です。

 最近、ペット霊園でこんな話をお聞きしました。
「この間、修法していただいた方々は、遺体を連れてこられた時は大泣きしていたけれども、修法が終わり、火葬してお骨を壺へ収める頃には皆さんすべて、吹っ切れたような雰囲気になっていました。
『ちゃんと送ってもらったから、大丈夫よね』『人間のお葬式よりも丁寧だったねえ』などと言っておられました。
 家族を送った方々に安心してもらえると、送るお手伝いをしている私たちも、とても安心できます」

 やはり、お地蔵様のお力は偉大です。
 どんなに迷っていても必ずお救いくださると説く経典は真実を告げています。
 至心に祈る時、送られるペットも送る人も、確かに救われています。

 また、経典は、お地蔵様とお不動様は通じていると説いています。
 時には優しいお姿ですぐそばに来られ、時には厳しいお姿で自他の魔を祓ってくださるみ仏方と過ごす日々は、感謝感謝です。
 このありがたさを、一人でも多くの方々へお分けしたいと願いつつ。今日も法務にとりかかります。

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tag : ペット 葬儀 供養 家族 地蔵 感謝 霊園

【現代の偉人伝】第79話 ─宮城県の知事と弁護士、そして故大平正芳首相─

 7月1日は、目を見張るようなできごとが2つ続いた。

 一つは、村井嘉浩宮城県知事が、橋下徹大阪府知事の打ち上げた花火に疑問を投げかけたことである。
 全国知事会で政党支持を行う動きに反対し、「首長連合」という組織を作って特定の政党を支持する動きにも加わらない姿勢を明確にした。
「知事それぞれに当選の経緯があり応援する政党がある。政権を取った政党に要望するのはいいが、分権だけを旗印に知事会がまとまるのは相当無理だ」
「個々の首長が政治哲学に基づき応援する政党があってもいいが、(首長連合で)一つの政党を支援するのは無理がある」(『河北新報 東北のニュース』による)
 言われてみれば当然なのだが、橋下知事が構想を発表した時は政界もマスコミを大騒ぎとなり、今も充分、尾を引いている。

 もう一つは、「新しい消費者行政を創る宮城ネットワーク」が、「消費者委員会」へ対し、住田裕子弁護士を起用する案に再検討を求めたことである。
 ネットワークは、消費者問題に取り組む宮城県内の弁護士や団体で作る組織である。
 委員会は、消費者庁の監督機関である。
 つまり、宮城県で地道に消費者問題に取り組む人々が、有名(人気テレビ番組『列のできる法律相談所』のレギュラーである)だという理由だけで安易に委員を選んではならないと、中央官庁へかみついたのである。
 記者会見での言葉である。
「検事や法相秘書官などの経歴がある一方、消費者問題との接点はなく、消費者の期待に応えられない恐れがある」(7月1日付河北新報の記事による)
 これも言われてみれば当然の見解だが、誰もかれもが人気にあやかろうという風潮にあって、こうした識見をきちんと述べることは、猛暑に一陣の涼風が吹いたような爽やかさと勇気を感じられ、救われる思いがする。

 さて、昭和53年に第68代内閣総理大臣となった大平正芳は、その風貌と訥弁から「鈍牛」とあだ名されたが、知性、誠意、政治力、いずれをとっても抜きんでた存在だった。
「信頼と合意」を掲げて臨んだ昭和56年の総選挙初日に不整脈で倒れ、13日後には心筋梗塞で急逝してしまった。行年70歳。
 弔い合戦の様相となった衆参同日選挙は自民党の圧勝に終わり、「死せる大平、党を蘇らす」と言われた。
 生前、政治とは何かと問われ、クリスチャン大平は「明日枯れる花にも水をやることだ」と答えている。
 盟友伊東正義官房長官は、大平の墓名碑へ「君は永遠の今を生き 現職総理として死す 理想を求めて倦まず たおれて後已まざりき」と書いた。

 当山は、「7月の運勢」に書いた。
「『才子才に溺れる』あるいは『策士策に溺れる』場面が映画を観ているかのごとく展開されましょう」
「誰もかれもが変化の波に乗ろうとして気ぜわしく、きちんと区切りをつけません。
 いち早く次の場面をつくりたがるだけで発想も主張も軽々しく、責任感を伴わない底の浅さが露呈されています。
 こうした時こそ、けじめをつける人間の高潔さが際立つことでしょう」
 さて、どうなることか。
 ネットワーク、知事、故大平正芳氏のような方々にどんどん出てきてほしいものである。

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tag : 村井嘉浩 橋下徹 首長連合 消費者委員会 住田裕子 大平正芳

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