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2015
07.06

戦死は些事か ―戦争日記の示すもの―

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〈『自然墓』を訪れる方は絶えません〉

 当山の『不戦堂』建立計画に賛同して訪れたご婦人へお話し申し上げた。

 昭和18年11月24日、ハワイの南西約4000キロに位置するタラワ島及びマキン島において、日本軍守備隊は米軍と白兵戦を行い全滅した。
 その数5383人。
 捕虜となった者146人。
 それらには朝鮮人129人も含まれる。
 以上をふまえ、日本軍の中枢は、恐ろしい本音を記している。

「〝タラワ〟〝マキン〟占領さる。
 全般の戦争指導上問題とするに足らざる些事(サジ)なるも、敵の宣伝価値大なり。」(『機密戦争日記』11月26日)


 米軍は、小さな島へ機銃・小銃弾210万59発、砲弾5万4617発、手榴弾1万2460発、ロケット弾348発、吊光弾(チョウコウダン…光で照らす弾)3870発を浴びせた。
 圧倒的不利な状況で、日本軍は最後まで勇戦奮闘した。
 しかもここに至るまでの約1年間、ガダルカナル島、パプア・ニューギニア島において、守備隊の全滅・撤収が相次いでいた。
 奪われた島を奪い返す、一大飛行機基地を建設し反転攻勢を行うという、彼我の兵力を考えればあり得ない作戦のため、日本軍は膨大な兵を死なせた。
 ちなみに、ガダルカナル島へ投入された3万3600人のうち1万9200人が戦死、その中で餓死(栄養失調・下痢など)したのは約1万人とされている。

 全滅が連鎖したあげく、マキン島では守備隊798人のうち陸戦隊は284人のみしかおらず、それ以外は基地要員、設営隊員などだった。
 彼らは雨と降りそそぐ弾丸を浴びつつ693人が戦死傷するまで戦い、米軍に862名の戦死傷者をもたらした。
(以上は、荘子邦雄著『人間戦争 一学徒兵の思想史』を参照しました)

 この結果に対し、陸軍参謀本部の受け止め方は冷徹だった。
 彼らは「些事」つまり取るに足らないこと、としたのである。 
 大日本帝国の栄光、八紘一宇の大理想の前では、兵が幾人死のうともただ〈譽れある死〉であり、兵士一人一人の悲惨や家族の悲嘆は作戦上、問題にされなかった。
 私たちは事実に学びたい。
 理念の膨張がいかに危険であるか、人間そのものを見ようとしない権力者の姿勢がいかに恐ろしいか。

 石牟礼道子氏は、水俣の犠牲者達へ鎮魂の句を送った。

「祈るべき天とおもえど天の病む」


 もはや、人間界に水俣病への救いはないと悟った患者や家族たちは最後に、人間界を超えたものへ救いを求め、祈ろうとする。
 しかし、私たちの頭上を普く覆う政治・経済の権力構造は、思いがそこまで到達することを許さない。
 病み、狂った無慈悲な〈天〉を突き抜けられない煩悶、青空を見られぬ絶望が詠まれている。

 石牟礼道子氏はかつて『苦界浄土』へ死に逝く者の思いを書いた。

「地(ツチ)の低きところを這う虫に逢えるなり
 この虫の死にざまに添わんとするときようやくにして
 われもまたにんげんのいちいんなりしや」


 自分と同じく、死に逝く者としてのいのちを生きる小さな虫の生と死に寄り添う思いの起こる時、ようやくにして人は人となる。
 死ぬ者として生きる生きとし生けるものたちの哀しみと健気さを知り、哀しみと健気さを共有してこその人間である。

 人間そのものの心と視点に立ち、いかに戦争を避けるか、よくよく考えたい。

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「のうぼう あきゃしゃきゃらばや おん ありきゃ まり ぼり そわか」※今日の守本尊虚空蔵菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=IY7mdsDVBk8





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2015
07.05

印・花・写真 ―『慈悲の花』との出会い―

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氏家国浩著『慈悲の花』より「私は、蒼天を仰ぐ慈悲の花になりたい」〉

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 お釈迦様が入滅されてから500年以上もの間、お釈迦様は、徳と教えが偲ばれる伝説的聖者だったらしい。
 慕い、救われようと願う人々はお骨のそばへ詣で、目となっている仏塔を礼拝した。
 そうして祈り、教えを実践する人々の思いと心は受け継がれ、紀元一世紀頃、聖者たちの脳へお姿が映るようになった。

 影現(ヨウゲン)という言葉がある。
 影のように現れることである。
 お大師様が亡き師恵果(ケイカ)阿闍梨(アジャリ)のために祈っていた夜、現れた師は、生まれ変わってお前の弟子になると告げられたという。
 
 今から80年以上前、三田光一氏は400人の観衆を前にして12枚の写真乾板のうち、7枚目へお大師様の上半身を念写した。
 東大の助教授だった福来友吉助博士は、超能力について生涯かけて研究した。
 影現したとされるお大師様の写真を目にすると、自然に合掌してしまう。

 さて、お釈迦様が瞑想に入っておられるお姿は禅定(ゼンジョウイン)を結んで顕れた。
 成道(ジョウドウ…悟りの完成)を邪魔する魔ものたちを追い払うお姿は、地神(チジン…大地の神々)を呼び起こす触地(ソクチイン)を結んで顕れた。
 教えを説くお姿は、説法(セッポウイン)を結んで顕れた。
 こうして悟ったお釈迦様の世界は、語られたであろうお言葉が経典となり、象徴としては相(インソウ…の形)となった。

 ところで、私たちは怒りが込み上げ、耐えきれなくなってきた時、どうなるだろう。
 手がダラリとなったままではいられず、握った拳が震え出す。
 私たちは誰かを説得しようとする時、知らぬ間に口や目だけでなく手も動員され、身ぶり手ぶりが生じるのではないか。

 手は心に連動しており、お釈迦様へ近づこうとする聖者たちは、唱える言葉と共に、結ぶ印へ心の錬磨を託した。
 瞑想の印を結んではお釈迦様の悟りを目ざし、炎の印を結んでは不動明王を目ざし、蓮華の印を結んでは観音菩薩を目ざすようになった。
 こうして身体では印を結び、言葉では経文や真言を唱え、心では観想するという修行の形が整って今日へと伝えられている。

 修行をしていると、人間以外の生きものにも〈印〉に類する形とはたらきのあることに気づく。
 ネコが手で食べ物をねだり、あるいはパンチを繰り出すのも、花が風に揺れつつ語りかけてくるのも、意味と意義のある形であり姿である。
 私たちは、森羅万象が現れている形と、発している音や声によって世界に意味を感じる。

 写真は、転変万化する現象世界の一瞬をとどめ、世界に現れた印を示す。
 私たちは、そこに、流れゆくものたちに囲まれつつ見失っている大切なものを観たりする。
 印として影現した真実に魂を掴まれるのだ。

 修法にでかけた田舎町のラーメン点で氏家国浩著『慈悲の花』と出会い、こんなことを考えた。




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「おん さん ざん ざん さく そわか」※今日の守本尊勢至菩薩様の真言です。
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2015
07.04

7月の運勢 ― 孫子の兵法と火への注意―

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〈雨に咲く花〉

 7月の運勢としては、思わぬものや意外なものに行く手を阻まれたり、横やりを入れられたりして、進行に停滞が出るかも知れません。
 もしもそうした相手を侮ったり、憎んだり、怒ったりして強引に進めようとすれば、信用や声望に大きなキズをつけるおそれがあります。
 およそ原因なくして起こるものごとは何一つなく、ここで大切なのは、阻まれた理由を冷静に分析し、判断し、自らを省みることです。
 直接的な原因は自分にあるのか、それとも相手にあるのか?
 間接的な原因は何か?
 それらが障碍となった成り行きはどうか?

 有名な孫子兵法があります。
「彼を知り己を知らば百戦殆(アヤ)うからず」
 孫子は、相手方の状態をありのままに知り、こちらの状態もあるがままに把握した上で戦略や戦術を練り、行動すれば、幾度、戦おうと負けることはないと説きました。
 戦略の段階で、もしも相手方が強く、いかなる戦術を用いても勝てる見込みがなければ、戦いそのものを避けるために全力を尽くします。
 戦いに入らなければ、敗戦はありません。
 もしも力が拮抗し、勝敗の行方が読めなければ、第一には戦いを避け、やむを得ず戦闘状態に入らねばならない場合は、常に和睦や退却の道を確保しておくことによって壊滅的打撃だけは免れ得ます。
 生き延びるため、絶対に欠かせないのが、彼我の力量を客観的に調べ「彼を知り己を知る」ことに他なりません。

 また、ことの途中、何度でも、自他を振り返るチャンスが訪れるものです。
 無我夢中でいると気づきにくいかも知れませんが、そこは長い階段に設けられた踊り場のようなものです。
 おちついて想いを廻らし、次の一歩もこれまで同様、登りの方向でよいかどうか、よく判断しましょう。

 今月は、燃え盛るへ求めてもいない紙や木や布が近づけられ、を注ぐような現象になりやすい点も注意しましょう。
 自分ではが消えるのを待っていても、を欲しい人がいる間は、なかなか消せないかも知れません。
 こうした時、近づく人を力づくで追い払うだけでは、争いになりかねません。
 自分が必要としたのと同じく、誰かもまた、を必要としている事実を眺め、〈自分の〉にとらわれず、冷静沈着に時を待ちたいものです。
 そもそも、火を起こす〈材料〉は誰かの持ちものであっても、火〈そのもの〉は縁によって生じるのみで、〈私の火〉と特定できる特別な火はどこにもありません。

 ほぼ上記の原稿を書いて「ゆかりびとの会」や「法楽の会」の会員様へ発送したのが6月29日(月)、翌30日には、東海道新幹線内で林崎春生容疑者(71才)が焼身自殺し、女性が巻き添えになるという事件が発生しました。
 今月は、薪によっても紙によってもによっても燃え盛る〈火〉の扱いに充分、留意し、注意しながら無事安全に過ごしましょう。
 皆様の開運を祈っています。合掌




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2015
07.03

善い人、悪い人と決めつけない ―ビリギャルに学ぶ今月の聖語─

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〈金澤翔子さんには震えさせられます〉

 一件落着。
 何という安心な言葉でしょうか。
 落着が積み重ねられつつ、人生は営まれて行きます。

 それはそうですが、こと〈人間〉に限っては、そう単純に進まないものです。
〝信じていたのに、なぜ……?〟
 裏切られたことのない人はおられないのではないでしょうか。
 また、自分でもこうなったことがあるはずです。
〝あの時は魔が差したのだ……〟

 一方では、あまり目立たないお子さんがボランティア活動で表彰されたり、障害者がとてつもない芸術作品を生み出したりもします。
 金澤翔子さんの書を見て、ハンディを持った方の作品だと思う人はおられないことでしょう。
 最近では、「ビリギャル」こと、小林さやかさんの活躍も記憶に新しいできごとです。
 さやかさんを見事、慶応大学へ合格させた塾の講師坪田信貴氏の言葉は新鮮です。

「地頭の悪い子などいない。
 どの子も、可能性に満ちている」
「ダメな人間なんて、いないんです。
 ダメな指導者がいるだけなんです。
 でも、ダメな指導者も、ちょっとした気づきで、変われるのです」


 お大師様は説かれました。
「決して変化しない性質を持ったものはない。
 人もまた、悪と定まった人はおらず、縁の次第によっては愚か者も悟りへの道を深く求め、教えに従えば凡人も賢者・聖人の域へ近づけよう」

 私たちには、ものごとを固定的に見て決めつけ、安心しようとする心理があります。
 判断をやめれば楽なのです。
 しかし、実際は、悪人にも母親を慕う優しい心があったり、評判の良い人が善からぬ思惑をひそめ持っていたりします
 。お大師様はそうした人間のありようをよく眺め、経典が説くとおり、誰しもが仏性(ブッショウ)を持った仏弟子であることを忘れぬよう戒められました。
 以下、読み下し文です。

「物に定まれる性(ショウ)なし、人なんぞ常に悪からん。
 縁に遭(ア)うときは、すなわち庸愚(ヨウグ)も大道を庶(コ)い幾(ネガ)い、教に順ずるときは、すなわち凡夫も賢聖に斉(ヒト)しからんと思う」


 誰もが等しく生き仏になれる〈み仏の子〉です。
 心に相互礼拝、相互供養のイメージを持っておつき合いしましょう。

 相手が子どもであっても、善行を見ては見習い、相手が有名人でも、悪行を見ては反面教師にすればよいだけのことです。
 他人様を善い人、悪い人、優秀な人、ダメな人、などと簡単に決めつけず、広い心でこの世の縁を大切にしたいものです。




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