2015
12.01

メルマガがあります

 法楽寺メルマガがあります。ご希望の方はこちらからどうぞ。合掌
2015
03.27

北島三郎に見るプロの出処進退 ―プロの矜恃とは?―

20150327000122.jpg

 3月26日、NHKテレビは、【ザ・プレミアム「〝まつり〟にかけた演歌道~北島三郎 最終公演~」】において、北島三郎が46年間にわたる座長公演に幕を閉じた模様を伝えた。
 北島は78才にして2時間の自作劇を演じ、さらに20曲を唄うというパターンで1日2回、合計8時間の公演を行う。
 通算講演回数は4578回にわたるが、北島は、1日に3回やった頃に比べれば今は楽だと言う。

 エネルギッシュな舞台を観る限りにおいては、「まだ、やれるのではないか?」と思えるが、北島はやめる理由を端的に述べた。
「私も倒れるまでやりたいという気持はある。
 しかし、お金をいただいているプロだから」
 お金を払い、期待してやってくる観客へ対して、期待通りの〈北島三郎〉を演じなければならない。
 それができなければプロと言えない。
 年令も疲れも決して言いわけにはならない。
 プロは、支えてはもらうが、プロの領分に情けをかけられるわけにはいかない。
 観客に対して〈見てくれ〉を繕うなどという小手先の仕事では失礼だ。
 外科医は〈小手先〉が通じるか?
 プロとしてのレベルから下がっているかどうかは自分がわかり、わかる自分をごまかす方法はない。
 腕の落ちた外科医は患者を救えるか?

 つまり、傍目には「まだやれる」と思われるうちに、レベルの下がらないうちに、身を引くのがプロ出処進退であるという信念が北島に決断させたのである。

 北島は何度も「この身体」と言う。
 プロとして役立つ身体があるうちはやる、という意味だろう。
 楽屋には両親の写真がある。
 稽古し、鍛えているうちに〈両親からもらった身体〉という感覚が強まったのではないか。

 プロとは身体をはった仕事師なのだ。

 北島は、いつからか、楽屋で鏡に向かっている時、本名の大野穣(ミノル)に見られているという意識を持つようになった。
 楽屋から舞台へ向かう途中では〈大野穣〉が影のように前を行くが、舞台に立てばもう〈大野穣〉はいなくなり〈北島三郎〉そのものになる。
 北島は解説をしなかったが、鏡の中野大野穣はきっと、こうささやきかけていたことだろう。
「お前は所詮、大野穣だぞ。
 思い上がるなよ。
 さあ、〈おかげさま〉と、死力を尽くせ」
 事実、演じきった北島は、何度も何度もお礼を述べた。
「ありがとうございました。
 足を運んでくださった皆様のおかげです。
 支えてくださったスタッフ、関係者の皆様のおかげです」

 プロとは〈おかげさま〉と死力を尽くす専門家である。

 とてつもない仕事に一区切りをつけた北島は、光る眼で言った。
「終わりは始まりです」
 座長公演に幕は下ろそうと、まだ、プロである。
 プロであるうちは、最後までプロとして生き抜くのだろう。
 観客も自分もごまかさず、自分を甘やかさず……。




 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。



「のうぼう あきゃしゃきゃらばや おん ありきゃ まり ぼり そわか」※今日の守本尊虚空蔵菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=IY7mdsDVBk8





[投票のご協力をお願いします。合掌]

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へにほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 真言宗へ
にほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 悩み・苦しみ・迷いへにほんブログ村



blogram投票ボタン



2015
03.26

映画鑑賞会『イラク チグリスに浮かぶ平和』  ―第六十二回寺子屋『法楽館』―

2015022400010.jpg

20150224001012.jpg

 今回はイラク戦争後の10年間、ジャーナリスト綿井健陽氏が通い続けたイラクの〈現場〉と〈人間〉を描いたドキュメンタリー映画「イラク チグリスに浮かぶ平和」を観ます。
 この作品は数々の受賞に耀き、NHKテレビ「クローズアップ現代」でも紹介されました。
 綿井健陽氏の言葉。

「この戦争を日本が支持したことを覚 えていますか?」
「生き残ったイラクの人々は、終わることのない戦乱に疲れ果てていた」

 フォトジャーナリスト広河隆一氏の言葉。

イラク戦争が何を奪ったのかを、正面から、人間の視線で描ききったドキュメンタリー作品が、とうとう現れた。
 誰もがやろうとしてなしえなかった仕事を、綿井氏は10年かけて完成させた。
 硝煙と傷だらけのレンズで記録したためか、見終わって長い間、激しい衝撃と、深い悲しみが、心を揺さぶり続ける。
 複雑なイラク情勢を読み解く視点は、こんなに身近なところにあったのだ。」

 翻訳家池田香代子の言葉。

「見終わったこの虚無感を埋めるのは、はらわたが引きちぎられるような悲しみ。
 綿井がかけがえのない友人たちの痛みから痛みへと、10年かけてたどることにより浮び上がらせた蛮行、世界の衆人環視のなか、もっともらしい政治のことばが飛び交うなか、行われた愚行が、この世界の自画像として、私たちにつきつけられる。
 花のような子どもたちを乗せたイラクという舟が、笹舟のはかなさを、断ち切るのはいつの日だろう。」

・日 時:4月11日(土)午後1時30分~3時30分
・場 所:大師山法楽寺講堂 黒川郡大和町宮床字兎野1ー11ー1
・送 迎:午後1時に泉中央駅近くの「イズミティ21」前より送迎車が出ます。乗車希望の方は必ず前日午後5時までにお申し込みください。(022-346-2106 9時~17時)
・参加費:1000円(中学生以下は500円)飲物付
寺子屋は毎月第二土曜日に開催します。




 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。



「のうぼう あきゃしゃきゃらばや おん ありきゃ まり ぼり そわか」※今日の守本尊虚空蔵菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=IY7mdsDVBk8





[投票のご協力をお願いします。合掌]

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へにほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 真言宗へ
にほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 悩み・苦しみ・迷いへにほんブログ村



blogram投票ボタン



2015
03.25

誰もが等しく宝ものを持っていることに気づけるか? ―テロリストの思考、仏教の思考(その1)―

201503240010123.jpg

 3月24日付の産経新聞は「
テロリストの軌跡・チュニジア襲撃(下)」において、実行犯の心が急変していた様子を報じた。

「『あなた方は本当のイスラム教徒ではない』。
 チュニジア博物館襲撃事件を実行して射殺されたジャーベル・ハシュナーウィ(19)が、家族に言い放った。
 聖典コーランに極度に傾倒するようになって間もなくのことだ。

 イスラム過激派が広く共有する思想に、『タクフィール(不信仰者宣告)』がある。
 たとえ同じイスラム教徒でも、信仰が足りない人や『敵』に協力的な人を不信仰と決めつけ、殺害さえ正当化する。

 高校生のジャーベルは『普段は家族と言い争うことはなかった』(兄のムラード)。
 が、こと宗教に関しては家族さえも一方的に断じる教条的な言葉には、過激思想の萌芽(ほうが)がある。」

「後にジャーベルとともに射殺されるヤシン・アビーディ(27)にも、似た傾向があった。

 昨年、ヤシンの近所に住む幼なじみはガールフレンドとお茶を飲んでいたところ、ヤシンから『男女交際はハラーム(宗教上の禁忌)だ』と難詰された。
 周囲との交際を絶っていたヤシンから聞いた久しぶりの言葉は、極めて攻撃的なものだった。」

「比較的ゆとりのある家庭で不自由なく育ち、真面目との評価も受けてきた2人。
 だがその性格は、信仰心が強くなるに従い他者への不寛容につながっていった。」


 狂信者が他の価値観を認められなくなる典型的なパターンである。
 肉親の情や恩さえもが、たやすく見えなくなり、忘れ去られる。
 心の目に頑強なフィルターがかかったのである。
 このフィルターはどこから来るか?
 難問を解くカギが、お釈迦様の悟りにある。
 仏教思想の根幹をなす十二因縁である。

 密教研究の専門誌『密教メッセージ NO20』(「密教21フォーラム」発行)において、北尾克三郎師は、難解とされているこの理論をわかりやすく説かれた。

1 無明(ムミョウ)
 人間と生きとし生けるものはみな生存欲(個体維持と種族保存の欲求:呼吸・睡眠・飲食・生殖・群居・情動など)をもって生まれてくるが、生の始まりにおいて知識はない。
2 行(ギョウ)
 だからまず、その生存欲にもとづいて活動する。
3 識(シキ)
 活動することによって学習し、世界を識別する。
4 名識(ミョウシキ)
 識別された世界がイメージとなったファイルされる。
5 六処(ロクショ)
 それらの識別されたイメージファイルによって、眼・耳・鼻・舌。身体・意識がはたらく。
6 触(ショク)
 眼は色・かたち・動き、耳は声・音と音のリズム・メロディー、鼻は匂い、舌は味(甘味・辛味・苦味・酸味・塩味)、身体は感触(動作の機敏さと強さ、物質の重さと軽さ、硬さと軟らかさ、熱さと冷たさなど)、意識は意味をとらえる。
7 受(ジュ)
 感受されたイメージが快・不快を生む。
8 愛(アイ)
 その快・不快が対象への愛憎を生む。
9 取(シュ)
 愛憎が対象への執着(煩悩)を生む。
10 有(ウ)
 その執着があるから生存が生じる。
11 生(セイ)
 生存があるから生が生じる。
12 老死(ロウシ)
 その生があるから老いて死ぬ。


 その結論である。

「以上の考察によって、釈尊は『人間の煩悩が識別を因とし、執着を果としている』(縁起論)とし、そのことによって『印と果をもたらす識別は人間の意識がつくりだしたものに過ぎないから、もともとはなかったものである。因がなければ果は生じないし、果がなければ因もない』(縁滅論)と結論づけた。
 しかしまた、果としての執着があるから、その執着が因となって人間は生きることができると結論づけた。
 その『縁起論』と『縁滅論』が〝方便〟であり、また、執着によって生きることを認め、その執着を許す心が〝慈悲〟である。
 仏教の根幹がここに誕生した。」


 この世に生まれた私たちは否応なく、このように生きている。
 変えようのない事実であり、ここに観られるのが人生の真実である。
 お釈迦様はまず、この理を悟られた。
 しかし、私たち凡夫はなかなか理解できないので、身近に起こる事象に応じて、理解できる範囲をわかりやすく説かれた。
 それが対機説法(タイキセッポウ)である。
 事象は膨大であり、説法の解釈も時により、所により、人によりさまざまなので教典も膨大なものとなった。
 この全体像をまとめたのがお大師様の「十住心論(ジュウジュウシンロン)」である。
 「十住心論」の解説書としてお勧めなのは、古くは文豪菊地寛著「弘法大師とその宗教」(大東出版社刊)であり、最新かつ最奥と思われるのが、高野山開創1200年を記念して出版された満福寺住職長澤弘隆師著『空海の総合仏教学』(ノンブル社刊)である。

 さて、重大なポイントはここにある。
「執着によって生きることを認め、その執着を許す心が〝慈悲〟である」
 お互いが、生まれた瞬間から否応なく識別行為と執着によって生きている以上、同じ存在パターンを持ち、同時に、それぞれが皆、異なった心といのちで異なった人生を生きているという事実をそのままに観れば、自他の生はおのづから〈等しく〉〈愛しく〉感じられるではないか。
 また、ものごとが因縁によって起こる(縁起論)以上、起こって欲しくないものごとは原因を滅すればよい(縁滅論)という原理は、よりよい自分、よりよい世の中を創るための適切な方法を見つけ出そうという意欲をもたらす。
 この方法こそ、真の意味での「方便」である。
 方便を見つけ出させるはたらきを智慧という。
 だから仏教は慈悲と智慧の宗教である。
 心の目に頑強なフィルターがかからぬよう予防し、治療する方法が慈悲と智慧にありはしないか?

 以下、(その2)としたい。




 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。




「おん ばざら たらま きりく」※今日の守本尊千手観音様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=IvMea3W6ZP0





[投票のご協力をお願いします。合掌]

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へにほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 真言宗へ
にほんブログ村
 
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 悩み・苦しみ・迷いへにほんブログ村



blogram投票ボタン

 

2015
03.24

故人のお導きで人間の誕生を想う ―法楽庵の福祉葬―

201503240001.jpg

 旧知のAさんが逝き、葬儀堂法楽庵』使用の第一号となった。
 夜、葬儀屋さんに調えられて明かりのついた法楽庵は、昔、托鉢から帰った時と同じく、この世の聖なる止まり木として待っていた。
 独り暮らしとなり、生活保護を受けていたAさんは白いお柩の中で、相も変わらぬ端正なたたずまいのまま血色を保ち、口を結んで眠っていた。
 死という苦を乗りこえたばかりの人とは思えない。
 むろん、この世での悪戦苦闘からも、もはや、離れきっている。
 まさに涅槃(ネハン)入りした〈ホトケサマ〉である。
 般若心経を唱え終わると、ご本尊様の加持力(カジリキ)に包まれた法楽庵は静謐(セイヒツ)な安寧(アンネイ)に満たされた。
 かつて、護摩法によって天井も壁もススだらけだったこの道場は、ご祈祷やご加持のエネルギーが渦巻いていた。
 天井も壁も明るく衣替えを行った聖地が動から静へと役割を変えたことがつくづくと実感され、葬儀堂としての活動再開へご本尊様からお墨付きをいただいたようで安心した。

 かねてAさんから送られてきていた小さな段ボールを4つ、開けてみた。
 中身はすべて本。
 語学が堪能だったAさんらしく、駄本とおぼしきものは一冊もない。
 目が不自由なのでラジオからの情報に基づいて選択したのだろう。
 生活に困り果てた人が、誰かに好きな本を読み聞かせてもらいつつ老後を過ごせる日本のすばらしさに、あらためて舌を巻く思いだった。

 供養にと一冊、手に取った。
 初めて名を知ったイタリアの作家ディーノ・ブッツアーティの『神を見た犬』という短編集である。
 トップにある「天地創造」は、神が世界を創るにあたり、天使たちへ生きものの設計図を描かせた物語。

 神が生命を誕生させたのは、「果てしない宇宙に浮かぶ小さな点のごとき惑星のうえで、多くの生命が誕生し、成長し、実を結び、死んでゆくというアイディアは、なかなか愉快に思われた」からである。
 やがて「厄介者にには永遠につきまとわれる運命」の創造主のもとへ、「新惑星制作実行委員」を命ぜられた数百万もの天使たちから「実物大」の上質紙へ記されたデザインが次々と提出された。
 クマムシは委員の誰からも相手にされなかったが、「どんなに小さなこともけっして見逃さない神」が片目をつぶり、OKとなった。
 恐竜類には「いっせいに意義が唱えられた」が、「一生懸命に考えた優秀なデザイナーたちをがっかりさせたくなかった神」は承認した。
 犬とバラと蚤には「輝ける長い未来を与えることが満場一致で可決された」という。

 やがて、右往左往していた一人の「うとましい」天使から人間の図面が提出される。
「どう考えても気持の悪い姿をした動物で、見ていると嫌悪感をもよおすほどだった」ため、「全能の神」は初め「美しいとは言えないな」と言い、「だが、おそらくなにか特別な役に立つ動物なのかもしれない」と「辛い評価を和らげるように、やさしい口調で言いたした」。
 しぶとい天使は食い下がる。
「厚かましいのを承知で言わせてもらいますと、わが主よ、なんとかあなたに似せて創ろうとしたものなのです。
 ありとあらゆる創造物の中で、理性を持ち、あなたの存在を理解し、崇めることのできる唯一の生物となるでしょう。
 主を讃えるために壮麗な神殿を建立し、主の御名のもとに血なまぐさい戦いも辞しません」
 知識のある動物すなわちインテリに疑いを持つ神は応える。
「インテリなどというものはろくなことをせぬ」。
「おまえの言うとおり、並はずれた資質があるのかもしれぬ。
 だが外見から判断するに、厄介ごとを際限なく招くような気がしてならないのだ」。
「こいつらは、ちょっとでも好きなことをさせたら、いつの日か多くの難題を引き起こす。
 いや、よそう。
 やめておくべきだ」。

 地球が生まれる前夜、「神の承認を得ることができたデザイナーたちは、満足げな顔で思い思いの方向へ散って」ゆき、神は「心地よい疲労とともにひとり残され」、「心穏やかに、眠りにつこうとしていた」が、あの天使が「しぶとく挑戦に」やってきて、マントの裾をかすかに引っぱった。
 彼は「自分の設計をもういちど説明し、すがる眼差しで神を見つめる」。
 神は思う。
「人間だなんて!
 なんてたわけた発想なんだ。
 これほど危険な思いつきはない。
 だがよくよく考えてみると、実に魅力的な賭けでもあり、耐え難い誘惑を感じずにはいられなかった。
 もしかすると、やってみるだけの価値はあるのかもしれぬ。
 なるようになるだろう……。
 天地を創造するからには、楽観的な発想も必要だ」。
 そして言う。
「こっちに寄こせ」
 決定的な一瞬がやってくる。
「全能の神は宿命の設計図をつかむと、承認のサインをしたためた」のである。

 この快作を読み聞かせられ、斜に構えるところのあるAさんは〝我が意を得たり〟と感じたのではなかったか。
 Aさんの気持を想いながら、ご本尊様へ祈り、戒名をいただこう。
 引導を渡す時はきっと、導師しかいない。
 でも、ご本尊様と故人と導師とが一体になれば、ご葬儀は成り立つ。
 しっかり法を結びたい。
 そしてAさんの希望どおり、共同墓でお守りさせていただこう。
 Aさん、ご苦労様でした。合掌




 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。



「おん あみりたていせい から うん」※今日の守本尊阿弥陀如来様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=4OCvhacDR7Y





[投票のご協力をお願いします。合掌]

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へにほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 真言宗へ
にほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 悩み・苦しみ・迷いへにほんブログ村



blogram投票ボタン



back-to-top