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2015
08.05

日本の安全と平和を守る方法 ―生田目学文教授に学ぶ―

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 仙台稲門会(トウモンカイ)の例会で、東北福祉大学生田目学文(ナマタメノリフミ)教授のご講話を聴いた。
 『東アジアの安全保障環境』(日本はいかにして地域の平和と安定に貢献することができるか)と題した安全保障に関する総合的なお話だった。
 とてもわかりやすい表を多用した安全保障論の最後に、日本の進むべき道についてお示しいただいた。

 膨大な状況分析に限られた時間の大半が使われ、日本は〈理想的な平和主義〉を選択すべきであるとし、教授は5つのポイントを示されただけだったが、それぞれについて、素人なりに勝手な愚考を行ってみたい。

1 専守防衛に徹する。
 
 そもそも敗戦国日本がここまで復興できたのは、そして一兵たりとも外国で殺されず、外国兵士を殺しもしなかったのは、憲法によって戦争をしない国であると宣言し、国際紛争の当事者にならなかったからである。
 ただし、敗戦へ至った経緯の綿密な分析と責任の所在について、国民の多くが納得できるコンセンサスを得られているとは思えない。
 そもそも、アメリカが攻撃する根拠はなかったと明らかにされたイラク戦争への自衛隊の出兵ですら、国民の間には土木工事をする自衛隊のイメージしか残ってはいない。
 実際には、自衛隊が駐留したサマワ付近ですら米軍が使用したと推測される劣化ウラン弾が発見されるような状況であり、自衛隊は約2万人もの米軍兵士を輸送をして、海外での戦闘に加わっていた。
 今こそ敗戦に学び、イラク出兵をふり返り、日本自身の選択と決意を新たにし、極限まで絞り込んだ専守防衛に徹したい。 

2 防御的防衛体制をつくる。

 大陸間弾道弾などの攻撃的兵器を持たないのはもちろん、個別的自衛権の範囲で自主的防衛体制を構築し、集団的自衛権へ踏み込んで他国の都合に引きずられないようにしたい。
 集団の中では、いつ、どこの国がいかなる事情で戦争を始めるかわからず、それが日本の自衛に深刻な影響を及ぼし、今の日本が日本として世界から信頼を得ている〈専守防衛〉が崩れる可能性は、なんぴとなりとも「決してない」などと言い切れはしない。
 かつての日本は、ヒットラーが「ドイツの生存圏」と称して周辺諸国を侵略したのと同じような経過をたどり、太平洋戦争へと突き進んだ。
 たとえば昭和15年、フランスがドイツに降伏したのを機に、日本陸軍の一部は海軍の反対を押し切ってフランス領インドシナへ武力進駐を行い、国際的不祥事として世界中へ報道されたが、日本国内には一切、知らされず、翌日の新聞は「日独伊三国同盟条約調印」を祝う記事で埋め尽くされた。
 対米英戦争と破滅への道は、事実を知らぬ国民が万歳する歓呼の声の陰で定められていたのである。
 日本一国ですら、防御的防衛に徹することは難しい。
 ましてや他の国々と共同で行う軍事活動にあっては、いかなる国を敵にしていかなる戦争に進むか、誰にも予測できない。

3 核武装をしてはならない。

 核兵器の非人道性は決して見過ごせない。
 その無差別生と残虐性は、核兵器が〈あってはならない兵器〉であることを示して余りある。

4 国際的な核兵器及び攻撃的兵器の削減につとめる。

 日本が自主的な防衛体制を構築していればこそ、人類の理想である核兵器と攻撃的兵器の削減、ないし廃絶を主張し得る。
 原爆を落とされ、原発事故を起こした国として国際的な役割、歴史的な役割を果たさねばならない。
 軍需産業が勃興すれば当然、売って儲けねばならず、より〈便利な〉兵器や武器が世界中へ拡散し、それが使われる事態、すなわち戦争が起こるよう、続くよう、商売人とそれに連なる人々から〈望まれる〉のだ。
 今の日本は、再び、軍需産業が活発化している。
 そうした方面に役立つ学問の分野へ国も企業も資金を投ずるという。
 いったい、いつの間に、こうなったのか?

5 国際秩序の安定と平和を目ざす。

 かつて自民党政権の副総理までつとめた後藤田正晴氏は〈遺言〉として語っている。

「私は、日米安保は見直し時期ではないかと言うんだ。
 もちろん日米関係は重要だし、日本の外交の柱です。
 友好関係は維持しなければならん。
 しかしながら、軍事同盟の時代ではないのではないか。
 軍事同盟には必ず仮想敵国があるでしょう。
 仮想敵国のない軍事同盟というのはないですよ。
 かつては、明らかにソ連が仮想敵国だった。
『今でも北朝鮮があります。中国があります』と言う人がいますが、中国や北朝鮮がなんで仮想敵国なのか。
 仮想敵国じゃないよ。
 だから、アメリカとの関係は友好条約にしなさい、と言っているんです。
 日中間には日中平和友好条約があります。
 問題はアメリカと中国との関係で、これが友好関係になれば、極東地域の安全保障の枠組みというものができる。
 タイミングがあるから、いまぐには無理だろうが、日米安保条約を平和友好条約に切り換える、そのための議論を始める時期にさしかかっているのではないか。
(しかし、いまの日本政府の考え方は)全然逆ですね。」

 あの頃とは国際情勢が変わり、中国は侵略的で北朝鮮は国際協調の意志がなく、危なくなったので、こんな議論は今どき通用しないと笑う方々もおられよう。
 それは本当だろうか?
 特定の国を仮想敵国とし、それ以外の国々が軍事行動を共にするというやり方以外、平和の構築方法はないのだろうか?
 パキスタンやアフガニスタンで医療活動・生活支援活動を続ける中村哲医師などが、「戦争をしない国と国民として世界から認知されているからこそ、私たちは尊敬され、安全に人道的活動が続けられる」としている〈これまでの日本〉をかなぐり捨ててまで、米軍などとの一体化をせなばならないのだろうか?
 今、日本を敵国と思い、自衛隊を〈敵軍〉と思う人々は、世界中にほとんどいないだろう。
 ただし、IS(イスラミック・ステート)は、日経新聞が1月21日に「『イスラム国』日本を標的」と報じたとおり、エジプトにおける安倍首相の演説をきっかけに日本の敵視を始めた。
 この先、自衛隊が海外での軍事行動を進めれば進めるほど、日本を敵国と思い、自衛隊を敵軍と感じる人々が世界中で増え続けるだろう。
 それは本当に私たちの望む方向であり、日本が独立国として存在し続けるために動かし得ない唯一の方向なのだろうか?

 生田目学文教授は、「安全保障には客観理論と規範理論がある」と言われた。
 日本は客観的な分析や判断をふまえつつ、周辺各国へ出兵したあげく太平洋戦争に敗れ、原爆と原発の大被害を体験した国らしい規範意識を強固に保ち、進むべき道を考えるべきではなかろうか。
 生田目学文教授の安全保障論は近々、英語で世界へ発信されるという。
 日本語になる日が待ち遠しい。




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「のうぼう あきゃしゃきゃらばや おん ありきゃ まり ぼり そわか」※今日の守本尊虚空蔵菩薩様の真言です。
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2015
08.04

幽霊の頭にある三角の布に想う ―中間が示すもの―

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〈田村一村の『由布嶽朝靄』〉

 幽霊はなぜ、額に三角形の白い布をつけているのか?
 それは、この世とあの世の中間にある存在だからである。
 この世の人々はそうしたものをつけてはいないし、成仏してホトケとなった者もまた、同じである。

 あの世に〈逝き切れない〉存在こそが幽霊である。
 だから、彼らは必ず、この世にかかわる念を持っている。
 私たちは彼らの存在そのものよりも、消えない念をこそ怖れる。

 もしも善き念であるならば、当人の生前に誰かの心へ映り、善き志などとして残っているので何の問題もないが、誰しもが当人の死と共に消えたと思っている悪しき念や問題を抱えた念がまだ消えていないことを示す者として幽霊が顕れる場合は怖れ、困惑する。
 その念が何らかの善からぬ作用を起こしかねないからである。
 幽霊は決して「嬉しや……」とは顕れない。
 必ず「恨めしや……」と、いのちも心も冷やす暗いものを投げかけてくる。
 その時、私たちがとるべき態度は一つしかない。
 成仏を祈ればよい。
 仏に成るとは、無常を知り、逝くべき世界へ行くことである。

 念を残そうとすれば、〈自分〉も残りかねないが、無常の真理にいつまでも抗しきれるものではない。
 真理に背こうとする徒労は無益であり有害である。
 善き念ならば、託せばよいだけのことであり、託そうとせずとも、自ら託される人が現れもする。

 大正4年、共産党などを取り締まる「治安維持法」が制定される頃、榎本重治書記官は、上司井上成美へ言った。
「共産党を封じ込めずに、自由に活動させていたほうがよいと思うが……」
 井上は黙して答えなかった。
 それから20数年が経った。
 日本が太平洋戦争に敗れた後のある日、榎本が井上の自宅を訪ねてきた。
 長い無言の握手をかわしてから、最後の海軍大将となっていた井上は答えた。
「いまでも悔やまれるのは、共産党を治安維持法で押さえつけたことだ。
 いまのように自由にしておくべきではなかったか。
 そうすれば戦争が起きなかったのではあるまいか……」(『井上成美伝』より)
 最後まで戦争を阻止しようとし、自ら大将進級に反対した井上成美と榎本重治の心に去来したものは到底、忖度しきれないが、仙台二高の遙かな後輩である小生の胸には確かに託されたと感じるものがあり、消えない。

 さて、三角布について新谷尚紀著『お葬式』は示す。

「現世から他界への移行の途中にある人、またある世界からよその世界へと移行する途中にある人というのは、太陽を避けて頭部に笠や布などの被(カブ)り物をするのが通例でした。」


 結婚式の角隠し、参勤交代をする武士や旅人の笠、渡世人の三度笠、女鳥追いの鳥追い笠などが挙げられる。
 ここでは言及されていないが、托鉢(タクハツ)修行中の僧侶が被る網代笠(アジロガサ)もそうである。
 昔、葬列の人々が頭に三角布をつけたのは、死者に添う者としての心を表していた。

「近親者が死んだ人と同じ服装をするということは、彼らが一時的に、現世の社会的な存在ではなくて、他界へと旅立つ死者と同じ特別な存在であるということを表しているわけなのです。」


 現代の私たちは、死者を送る際に三角布を被らない。
 また、川べりの柳の陰に幽霊を見ることもほとんどなくなった。
 コンピューターの原理と同じく、白か黒かという単純な二者択一の世界に生きている。
 いのちは生か死かに分けられる。
 心は必ずしもそうではないと感じているが……。




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2015
08.03

猛暑の中で立ち止まり挨拶する子供

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〈おかげさまにて、『法楽の会』の会員の方々など、善男善女の願いを込め、不戦日本の願いを込めた護摩法は淡々と続いています〉

 仙台市の泉墓園へお納骨に向かう車中で、リチャード・クレイダーマンが弾く「コラソン・デ・ニーニョ」を聴いた。
 猛暑にそぐわない清涼なメロディーは、数日前の光景を思い出させた。

 信号で右折しようと止まったら、日焼けした少年が、右側の横断歩道を左前方から渡ってくる。
 白いランニングシャツに茶色の半ズボン、頭を短く刈った彼は小学高学年と思われた。
 彼が道路の真ん中を過ぎたあたりで、今度は小さな女の子が渡り始めた。
 白っぽいワーピース姿で、何か考えごとをしているかのようにゆっくりと歩く。
 兄らしい少年が向こうの歩道で待っているのに気づき、右手を挙げながら急ぎ足になる。
 渡り終えようとした瞬間、兄が叫ぶ。
「頭を下げろ!」
 女の子はハッとしたように立ち止まり、歩道へ達しないうちにこちらへ向きなおり、両手を揃えて「ありがとうございました!」と頭を下げた。
 兄も一緒に、そうしたそぶりを見せた。
 私は小さく右手を挙げ、車を発進させた。

 二人の顔はもう、思い出せない。
 ただ、カンカン照りの中ではっきりと耳にした二つの声は忘れられない。
 そして、あのまま大人になって欲しい、と願う。

 このあたりでは、似たような光景がまだ、あちこちで見受けられる。
 何かが亡びずに残っているのだ。




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2015
08.03

8月の運勢 ―慎重な観察と積徳を―

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〈個別型永代供養樹木葬法楽陵』に献花・焼香台ができました〉

 8月のおおまかな世間の運勢運気の傾向について記します。
 今月は、「それ行け!」となった時には慎重に、「もうだめか…」となった時はあきらめず、常に、表面的な様子の裏側にある可能性を考えて行動すれば大過なく過ごせます。 
 特に、頑なになっている人々に対しては、和するも対峙するも、成り行きをよく見極めてから自分の行動を決めましょう。
 気分や勢いで自分から渦に飛び込むのは危険です。

 仏神やご先祖様を敬い奉ずる人には余慶(ヨケイ)があるかも知れません。
 余慶とは、先人の善業が世代を超えて善き結果をもたらすことです。
 また、誰かが善かれと思ってやってくださった結果、嬉しいできごとに恵まれることです。
 もしも、自分一人の力で生きているかのような錯覚に陥って傲慢になれば、反対の余殃(ヨオウ…先人の悪業による悪しき結果)がやってくるかも知れません。

 江戸時代まで寺子屋の教材だった『童子教』は説きます。

「夫(ソ)れ積善(セキゼン)の家には  
 必ず余慶(ヨケイ)有(ア)り
 又好悪(コウオ)の処(トコロ)には  
 必ず余殃(ヨオウ)有(ア)り」


 誰かが見ていようといまいと、じっと徳積みをしている人々は必ず、思いもよらぬ幸いを得ることがあり、悪行を重ねている人々には必ず、災いがやってきます。
 私たちへいのちと心をバトンタッチしてくださったご先祖様へのお盆供養などは、典型的な積善のチャンスです。
 また、忙しい日常生活的ペースから少し離れるこの時期は、目に見えぬ仏神や御霊へ思いをいたし、我が身を振り返ってみるチャンスでもあります。
「日本中が仕事を休み身体を休めて本当の人間性に戻る日、それがお盆です。
 だからこそ人々はこぞってふるさとを目指し、なつかしいわが家へ帰るのです。」(長澤弘隆師編著『真言宗檀信徒のよろこび』より)
 心構えや行動によって明暗がはっきり分かれる時期なので、慎重にやりましょう。

 相手の強気に触発された自分の強気が相手の強気をいっそう燃え上がらせ、チキンレースのようにのっぴきならないところまで行くと大変です。
 相手の好みや、相手が心を許すものに思いをいたし、まごころでやりとりできるよう努力しましょう。
 最も警戒すべきは「自分が絶対、正しい」との思いこみです。




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