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2008
01.20

日本の歌 49 ―しゃぼん玉―

しゃぼん玉
 作詞:野口雨情 作曲:中山晋平 大正11年詩集「金の塔」に掲載され、翌年、歌となった

1 しゃぼん玉 飛んだ
  屋根まで飛んだ
  屋根まで飛んで
  こわれて消えた

2 しゃぼん玉 消えた
  飛ばずに消えた
  生まれてすぐに
  こわれて消えた

  風 風 吹くな
  しゃぼん玉 飛ばそ


 しゃぼん玉は、子供にとって、とてもワクワクするものであり、不思議なものでもあった。
 十分すぎるほど大人になった今も、しゃぼん玉で孫と遊ぶ時は、ワクワク感の残滓に気づく。
 
 この歌詩が発表された雑誌『金の塔』は、子どもたちへ仏教的教養を与えようとして作られたものだった。
 確かに、2番の歌詞にはそうした気配がある。
 2番があるために、1番にも重い意義付けがなされるのだろう。
 野口雨情の娘が早世したことと結びつける議論もある。

 しかし、しゃぼん玉には、子供を無条件に惹きつける力がある。
 また、「屋根まで飛んだ」において「ラ・ファ・ド・ラ・ソ・ラ・ソ」と続く旋律は、唄う幼子へ小さな懸命さを要求しており、大人が無常観を教えようとする目論みなどは、最初から破綻している。
 しゃぼん玉と遊んでいたり、皆でこの歌を唄ったりしている幼子は、「それどころではない」のである。

 野口雨情の心底は解らない。
 確かなのは、この歌を「日本の歌百選」に入れようと選んだ人びとの心を動かしたのは、歌にこめられたとされる思想だったのではないということである。
 幼子は、しゃぼん玉と、ただ、戯れる。
 幼子は、無意識ではあっても、歌詞によって自分なりのイメージを喚起されつつ、与えられた歌を懸命に唄う。
 そうしたいのちを耀かせる真実があって、今の私たちがある。
 この歌は、真実体験に直結しているので選ばれたのだろう。
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