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2015
01.12

シジュウカラガンを呼んだ呉地正行師

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 宮城県化女沼に飛来するシジュウカラガンがついに千羽となった。
 新聞やテレビがこぞって報道した。
 「日本雁(ガン)を保護する会」の呉地正行会長からメールが来た。

「1983年以降、仙台市八木山動物公園と日本雁を保護する会は、シジュウカラガンの羽数回復事業に取り組んできました。
 近年やっと成果が上がるようになり、ここ数年羽数が増加し、今シーズンついに1000羽を超えました(12月22日 1070羽:宮城県化女沼、観察;池内俊雄)。
 1000という数は個体群を維持するのに最低限必要な目安となる数で、絶滅の危機から一歩遠ざかった事を意味します。
 そこで1月8日に、日本雁を保護する会と仙台市八木山動物公園が雁の里親友の会の協力も得て、シジュウカラガンの群れが観察された化女沼の湖畔で共同記者発表を行いました。」


 平成25年10月12日、当山は会長をお招きしてシンポジウム「ガンの渡りとふゆみずたんぼ」を行った。
 会長は「生きものの賑わいは、なぜ必要か」という一節において、白人との平和共存を願うアメリカインデイアンの酋長が発した『酋長シアトルからのメッセージ』を引用された。

「亡き祖母の声は、こう語った
 おまえが教わってきたことを、おまえの子らに教えなさい。
 大地はわたしたちの母であることを。
 大地にふりかかることはみな、大地の息子とむすめにも、ふりかかるのだということを。」

 
 今、地球上の生態系は、どんどん不安定な方向へと向かっている。

「建てることや所有することへのきりのない欲求のために、
 私たちは、かえって、持っているもののすべてを失いかねない。」


 会長は、万葉集においてホトトギスの次に多く題材とされたガンを呼び戻すことが、失われつつある生態系の回復につながると考え、東北大学を去って活動家になられた。
 生きる手段としてはこう考えたと述懐しておられる。
「塾の講師をすれば食べるのに困らない。」
 小生が托鉢時代、歩けばみ仏が生かしてくださると信じていたことを思い出した。
 著書『雁よ渡れ』の中で書かれた。

「大局から見れば日本のガンは滅亡への道を確実に進んでいるが、彼らが滅ぶのを一日でも引き延ばし、日本各地にガンを呼びもどすことは、現代の日本人に課せられた歴史的義務であろう。」


 そして、ロシアなどと協力してガンを保護する一方、ガンが渡ってこられるよう冬期間、田んぼに水を張っておく「ふゆみずたんぼ」を推進し、ついに結果を出した。
 以下、河北新報の記事である。

「化女沼は国内に飛来するシジュウカラガンのほとんどが羽を休める最大の越冬地。
 昨年12月22日に保護する会が行った調査で1070羽を数え、25日に1035羽、31日には1050羽と安定して1000羽を超えた。
 シジュウカラガンは35年ごろまで、仙台市近郊でも観察できた冬の渡り鳥。
 ところが、38~62年まで観察記録が途絶え、絶滅したと考えられた。
 繁殖地のアリューシャン列島や千島列島で毛皮目的のキツネの放し飼いが行われ、捕食されたのが原因とされる。
 63年にアリューシャン列島で再発見され、83年に八木山動物公園が米国から9羽を譲り受けて繁殖事業を開始。
 95年にロシア科学アカデミーと共同で千島列島北部のエカルマ島で放鳥を開始し、2010年までに551羽を自然界に戻した。
 05年度ごろから日本への飛来が目立つようになり、09年度は97羽、10年年度には161羽、11年年度には248羽が確認された。
 放鳥事業に携わってきた八木山動物公園の阿部敏計飼育展示課長は『苦労が報われた。失われた自然を元に戻すのがいかに大変かしみじみと感じた』と振り返る。
 保護する会の中心メンバー池内俊雄さんは『病人で言えば集中治療室を出た段階で、油断はできない。シジュウカラガンの餌場となる農地の保全も大切だ』と訴えている。」


 会長は、初めてお会いしたおりに教えてくださった。

農業者がガンと長い付き合いをして行けるような取り組みが必要である


 志波姫町の米「おすそわけ」は、不耕起、ふゆみずたんぼ、無農薬、無化学肥料、無施肥で作られる。
 会長は著書で紹介する。

「雁をはじめとした様々な田んぼの生きものの力で生み出された自然の恵みの『おすそわけ』を人間がいただこうという考えで作られたお米です。」


 当山の『法楽農園』もようやくこの冬、ふゆみずたんぼへと切り替えた。
 ふゆみずたんぼには、5668種類もの生きものたちが住むという。

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〈「ふゆみずたんぼ」となった『法楽農園』〉
 やがては、『法楽米』でおいしいお酒を造りたいという同志もいる。
 春が楽しみである。 

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〈ご寄進いただいた奇跡の酒『伊勢乃穂明』〉




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2013
11.04

11月3日は『法楽米』発祥の日になりました

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 11月3日(日)、恒例の第一例祭を行いました。
 お昼には、信徒Aさん手作りのキノコうどんを皆さんと一緒にいただきました。
 女性信徒さん数名が台所でかいがいしく準備をされ、交流も、修法も、一回ごとにお祭の完成度があがって行くような気がしています。

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 また、ご縁があって到着した恵比寿大黒様、小さな恵比寿様、そして小さな虚空蔵菩薩様をお祈りしました。
 はるかな地で数十年にわたって祈りをこめられた仏神のお像が、当山の虚空蔵菩薩様の壇で最後の祈りを込められたことは、これまで大事にされた個人の御霊への大きな供養になったことでしょう。

20131104004 (2)
 
 11月3日の書道教室で、高橋香温先生に『法楽米』の文字を書いていただきました。
 あちこちで、ドロップ形の米粒が舞っています。
 古代のご先祖様方が収穫を祝い、天神地祇(テンジンチギ…天地をお守りくださる神々)へ感謝の踊りを捧げた様子が彷彿とする作品です。
 平成25年11月3日、文化の日が『法楽米』発祥の日となりました。
 年は普賢菩薩様、月は阿弥陀如来様、日は不動明王様が守本尊のこの日、虚空蔵菩薩様と恵比寿大黒様にも見守られ、『法楽米』は、ご縁の方々のいのちと心を潤すべく、当山から旅立ち始めました。
 もう、ほとんど忘れられかけていますが、この11月3日は、明治天皇ご生誕の佳き日であり、そもそもは天長節(テンチョウセツ)と称されていました。
 大正14年、2万人の誓願により帝国議会が満場一致で可決し、昭和2年に祝祭日となった記念すべき日です。
 また、はからずも、東北楽天ゴールデンイーグルスが苦闘9年でようやく日本一になった忘れられない日でもあります。
 星野監督は「あたまを下げよう、食い下がろう」と指示します。
 選手たちは、高校野球のような〈魂込めた〉プレーに徹します。
 こうした謙虚な誠意と、重なる厳しい試練に後ずさりしない負けじ魂が見事に開花しました。
 「無から出発」という文字を目にすると、自然に、以前の小さな道場と、イワシの缶詰を妻と分け合って食べた托鉢の日々が思い出されます。

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 これから自然農法の『法楽農園』は、ふゆみずたんぼの準備にかかります。
 堀を造り、池を広げ、生きものたちが一年中、安心して暮らせる環境を創ります。
 ご関心のある方は、どうぞ、おでかけください。




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2013
10.13

第四十五回寺子屋『法楽館』 「ガンの渡りとふゆみずたんぼ」 ──多様性を守り共生する道──

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 10月12日、恒例の寺子屋において、シンポジウム「ガンの渡りとふゆみずたんぼ ─多様性を守り共生する道─」を行いました。
 パネリストは「日本ガンを保護する会 ラムサール・ネットワーク日本」の会長である呉地正行先生です。
 当日の講義の内容については、あらためて詳しくまとめますが、最後の「生きものの賑わいは、なぜ必要か」というところで引用された『酋長シアトルからのメッセージ』が強烈な印象でした。
 シアトルは、今から200年以上も昔、アメリカ大陸へ侵入してきた人々によって土地もいのちも奪われたアメリカインデイアンの酋長です。

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 先生は、[安定した生態系]を大切さを説かれました。

「父はわたしらにこうって聞かせた
 わたしらは大地の一部だし、大地はわたしらの一部なのだ。
 いいにおいのするあの花たちは、私らの姉妹だ。
 クマ、シカ、大わワシ、私らの兄弟だよ。
 岩山の峰、草原、ポニー……
 みんな、同じ家族なのだ。」(「酋長シアトルからのメッセージ」より)


 示された図にあるのは、文字どおりの円満世界です。
 ここにあるのは、まぎれもなく自然との共生があり、それは神道のアニミズムであり、仏教の「おかげさま、おたがいさま」でもあります。

 同じく、[安定した生態系]において次の文章を示されました。

「わたしたちは知っている
 血が人をつなぐように、すべての存在は網のように結ばれあっていることを。
 人は、このいのちの網を織りなすことはできない。
 人はわずかな網のなかの一本の糸、だから、命の網に対するどんな行為も、自分自身に対する行為となることを。」(「酋長シアトルからのメッセージ」より)


 ここにあるのは、インド神話における帝釈天が織りなすインドラ網の感覚であり、心理学者ユングが晩年にたどりついた仏教のマンダラ思想です。
 私たちができることは、せいぜいが網の利用であり、無限のつながりがある網そのものを創り出すことはできません。
 そして、誰もが決して単独の存在者ではあり得ず、ひと言のつぶやきですら必ず何かの原因となるのです。
 マンダラの網は同時に、原因と結果を結ぶ糸でもあります。
 思いやりから発する「あの人の病気が早くなおりますように」は、やがて強い思いとなり、言葉となり、行動となり、自他を深い慈悲の世界へ誘うかも知れません。
 憎しみから発する「あいつめ!」は、やがて強い思いとなり、言葉となり、行動となり、自他を傷つけ合う修羅の世界へ誘うかも知れません。

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 先生は続いて、[不安定な生態系]の恐ろしさを説かれました。
 示された図にあるのは、たくさんのいのちたちへ与えられていた本来の場所が空白となり、いびつになった世界です。

「亡き祖母の声は、こう語った
 おまえが教わってきたことを、おまえの子らに教えなさい。
 大地はわたしたちの母であることを。
 大地にふりかかることはみな、大地の息子とむすめにも、ふりかかるのだということを。」(「酋長シアトルからのメッセージ」より)


 ここでは、因果関係の網が人間対人間の世界だけではなく天地万物をも網羅して漏らさないことを示し、網は、空間と同時に、時間の世界でも無限に連なっていることを示しています。
 お釈迦様が前世と現世と来世を説かれたのも、同じ理によります。
 もしも、私たちが空へ汚染物質を吐き出し、地を、水を毒薬で穢すなら、その報いは自分へふりかかるだけでなく、子々孫々へも恐ろしい影響を与えかねません。
 そして肝心なのは、こうした教えが先祖から子孫へと伝えられるべき叡智であることです。 

 同じく、[不安定な生態系]において次の文章を示されました。

「建てることや所有することへのきりのない欲求のために、
 私たちは、かえって、持っているもののすべてを失いかねない。」(「酋長シアトルからのメッセージ」あとがきより)


 かつて、私たちは、湿地を埋め立てて田んぼにし、やがて、国策によって一部を放棄し、その過程で明らかに[不安定な生態系]をつくり続けてきました。
 また、果てしなく山野を町にと造り替え、その過程で明らかに[不安定な生態系]をつくり続けてきました。
 しかし、今、その実態が明らかになりつつあります。
 明らかになった問題点を放置すれば、つまり、貪婪な消費社会の飽くなき欲求のままに生きれば、「すべてを失いかねない」のです。
 7月10日、産経新聞は米マサチューセッツ工科大学から発せられた警鐘を報じました。
「中国の華北で1980年まで実施されていた暖房用石炭の無料配布政策に伴う大気汚染で、華北の住民の寿命が華南に比べ5年以上も短くなった」というのです。
 影響を受けた住民は5億人に上り、奪われた寿命は25億年分とされています。
 そして、今現在、中国の各地では、健康な人ですら防毒マスクを手放せなくなっています。
 それでもなお、山村を潰してマンション群をつくり、農民から田畑を奪って都市の住人に仕立て上げ、世界中から食糧を買い集めるだけでなく、アフリカ各国を自国の田畑にしようとしています。
 こうした隣国の状況を見聞きするにつけても、私たちは、いち早く[安定した生態系]の構築へと文明の舵をきらねばならないと思われてなりません。
 あちこちで政治的、軍事的緊張が高まる中、国民の食糧を国内でまかなえることがいかに大切かということもまた、見直されねばならないのではないでしょうか。

 消えそうになったシジュウカラガンも、消されそうになった酋長シアトルからのメッセージも、私たちへ重大な真実を告げています。




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2013
10.12

利休の真剣勝負に思う ─変えられるものへの責任─

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 ある日、利休が紹安(ショウアン)の掃除を眺めていました。
 紹安は我が子、場所は路地です。
 
 掃除の終わった紹安がホッとした頃、利休は叱りました。
「充分ではない」
 さらに二時(フタトキ…4時間)あまりもかかって再び念入りに掃除をした紹安は報告しました。
「父上、もう私にはこれ以上、何もできません。
 庭石は三度洗いました。
 石灯籠や庭木には、よく水を撒きました。
 苔も生き生きして緑色に輝いています。
 地面には、塵一つ、木の葉一枚、ありはしません」
 宗匠は威厳に満ちた表情で叱りました。
「ばか者、路地の掃除はそういうふうにやるものではない」
 そして、庭へ降り、一本の樹木を揺すりました。
 紅色の木の葉は、塵一つない庭一面に散り敷きました。

 利休の美意識がみごとに表れたできごとですが、私たち市井の民にとっても、考えさせられるところが少なくありません。
 見え、聞こえ、匂う私たちの外界は、生きものである人間が生を営む環境でもあります。
 ちなみに、仏教では、環境世界を器世間(キセケン)と言います。
 人間も、ネコも、キリギリスもすべて、生存を許された〈器〉の中で生まれ、死んでゆきます。

 人間以外の生きものたちと人間にとって、器のありようは大きく異なります。
 彼らは能力の許す範囲で器を選び取るしかありませんが、人間は自分の生存に合わせて器を造り替えることができます。
 渡り鳥も回遊魚も、生存に適した器が破壊されれば現れなくなり、器が地球上のどこにもなくなれば絶滅するしかありません。
 今日(10月12日)のシンポジウム「ガンの渡りとふゆみずたんぼ」のパネリスト呉地正行先生は、雄大な地球を器とし、人間とは異次元の尊厳に満ちた生を営むガンたちと、その器を無自覚に破壊し、生存を危うくさせて恥じない人間の愚かさに気づかれ、数十年の年月をかけて器の確保と改良に努めてこられました。

 さて、小さな路地といえども、そこは器世間であり、器世間から目や耳や鼻に届く情報は、私たちの心のありようを左右します。
 また、心のありようによって器世間の様態は変わります。
 利休にとって、器世間との関わりは常に、自分の心との関わりであり、二十四時間が真剣勝負だったのでしょう。
 なぜ、勝負なのか?
 それは、自分が変えられるもののありようは、自分に責任があるからです。


 作家村上春樹氏はよく、文筆家の「誠実さ」に言及します。
 ブログ「傷ついた日本人へ(その23) ─心の変容、たとえば村上春樹の場合─」に書いたとおり、久しく離れていたジャズについて『意味がなければスイングはない』を書く際、こう考えたそうです。
「僕は一人の誠実な──そう思いたい──音楽のレシピエントとして、また同時に一人の職業的文筆家として(ここでは誠実さは当然の前提条件になる)、音楽についてそろそろ真剣に、腰を据えて語るべきではないかと思いなすようになったのだ。」
 真の創造的行為から誠実さは欠かせません。

 利休が常に器世間誠実に真剣勝負をしていたことが、まだ、紹安にはわかっていませんでした。
 しかし、この衝撃的な指導法によって紹安は目が醒めたのではないでしょうか。

 利休も、村上春樹氏も、自分が変えられるものについては自分に責任があるという誠実さを強烈に自覚し、誠実でない行為は断じて行いません。
 私たちも、学ぶべきところがあるのではないでしょうか。
 





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2013
10.03

日本雁を保護する会会長呉地正行先生に聴く(その2) ─スモールイズビューティフル・一人の百歩より百人の一歩─

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〈ミンダナオ島(フィリピン)に暮らす先住民族ティボリの『ティナラク織』をいただきました〉

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〈『河北ウィークリー』さんでご紹介いただきました〉

 9月30日夕刻、「日本雁を保護する会」会長呉地正行先生と10月12日のシンポジウムについて、打ち合わせを行いました。
 そのおりのメモです。

○単調な環境は好ましくなく、乾田を否定し、すべてをふゆみずたんぼにせよというのではない
 例えば赤とんぼが世代交代するためには、乾く時期が必要である

 先生は、日本中の田んぼをすべて「ふゆみずたんぼ」にしたいとは言われませんでした。
 理由を尋ねたところ、「単調な環境は好ましくない」との答が返り、深く納得できました。
 宗教が文明のゆくえにかかわる多様な活動を行っている現状も同じです。
 従来のお墓に安心できる方々も、共同墓や自然墓を求める方々も、四国霊場巡りに期待する方々も、自然農法やビオトープといった環境づくりと心身づくりを連動させる方法に共鳴する方々も、宗教原理や瞑想に関心を持たれる方々も、あるいは隠形流(オンギョウリュウ)居合の稽古を行う方々もおられ、単調でない人間模様があってこそ、健全で発展性のある宗教組織であると考えております。
 そうした、いわば〈楕円の緩やかな重なり合い〉により、皆さんが寺院との活き活きした関係を保たれ、当山にエネルギーを与えていただいていると感じています。
 さる科学者の方から、当山の活動について「全体主義的でない、とても健全な運営」とご指摘いただいたことは、「ゆかりびとの会」の役員さん方にとって、勇気づけられたできごとでした。
 環境問題や田んぼづくりについても、お互いが持つ理想への多様なアプローチを尊重しつつ、全体としてよい方向へ進むことが肝要ではないでしょうか。

○湿地の80パーセントから90パーセントが乾田となり、暗渠排水にされたことが問題である
 今、最も欠けているのが〈冬の水〉である

○田んぼを中心とした水辺環境をつくり、多様な生きものたちを子供たちが観察するようにしたい
 定期的に生きもの調査をしたり、観察会を行ったりしたい
 多様な生きものたちがいて、いのちが多様に豊かに息づいていることに感動できる場をつくりたい

○田んぼには、稲作により生きものたちが集まる
 東南アジアでは「水に魚あり、田に米あり」と言い、川と田んぼでは水も生きものも行き来し、主食もおかずも手に入れられる

ふゆみずたんぼを中心とした水辺環境は、他の農地と違う複合生産の場となる
 ここだけで生きて行ける場をつくり、小さな地域内でご飯もおかずも安全で確実に確保できることが理想である

 何でもグローバリズムに乗ってやろうとするのには無理があります。
 お金さえあれば世界中から食糧も武器も何でも買えると考えるのは危険です。
 少なくとも、生きものとして、食べるものは自分たちで確実かつ安全に確保したいものです。
 その方法が公開され共有され、食べられない地域へ真の援助が行われ、世界中が食べられるようになれば、経済格差も戦争も相当、減るのではないでしょうか。
 先進国では食糧の膨大な無駄が発生し、一方では子供たちが餓死したり栄養失調に苦しんだりするなどの状況は、人間にとって最も大切な食糧の取扱いについて、大いなる勘違いがあるせいではないでしょうか。

○何十年も何百年も使える環境をつくろう
 人間も他の生きものたちも共に生き続けられる循環型になるのが理想である
 田んぼで、今日獲れたものをおかずとして食べられれば生きられ、田んぼがなりわいとなれば理想である
 小さいことのよさが生きる

 そこで生きている生きものには、そこで生きる理由があり、それは、人間の差配力を超えています。
 だから、食文化は世界中で異なります。
 世界中の人々が同じシチューや同じパンを食べねば生きられない理由はありません。
 食べ物の繊細な多様性は、言葉の多様性とどこかでつながっているという気がしています。
 人間が皆、同じ食べ物を食べ、同じ言葉で話させられるならば、同じ電気で同じ動きをするロボットに似てくるのではないでしょうか。
 呉地正行先生が「単調な環境は好ましくない」と指摘されるように、単調な文明という想像には〈人間が人間たり得るか〉という恐ろしいものが含まれています。
 グローバリズムという幻想が私たちへ何をもたらしているか、よく考えてみたいものです。

○生きものとしての人間が最後まで切り捨てられないものがたべものである
 食べ物が何百年も何千年も確保し続けられるならば、これこそが当に持続可能な社会であり、心の安らぎも確保できる

○田んぼには底力がある
 アジアには何千年も続いている農業文化がある
 歴史によって証明されているやり方を古人から学びたい

 現に、古来の農法を守り、平和に暮らしている人々がいます。
 呉地正行先生は、それを「証明されている」と言われました。
 
○中国の雲南省や四川省など、あるいはカンボジアやラオスといった地域には、「ここで生きていてよかったなあ」と思える文化が残されている
 後漢時代のお墓から出土した「田んぼ模型」には、田んぼとそれにかかわる生きものたちが描かれている
 約2000年前から続く農法は信頼できる

 シンポジウムにおいて、「田んぼ模型」の写真をお見せいただけるそうです。
 2000年前の人々が田んぼと生きものたちをどうとらえ、どう表現していたか、大変、期待しています。

○「早く」だけでは長持ちしない文明になりかねず、ゆったりとした長続きする方向性が必要である
 科学合理性だけを信じ、際限なく早さを求める方向を止めるのは社会全体の力である

 物理学を目ざした呉地正行先生の言葉だけに説得力があります。
 そもそも、ネコやカエルと同じく、皮膚で覆われた肉体をより所としている人間だけが、自分の都合だけによって他の生きものたちをどこまでも自由に操るなど、許されることなのでしょうか。
 多様な生きものたちがより所としている環境世界を、自分の都合だけによってどこまでも造りかえるなど、許されることなのでしょうか。
 限度があるはずだ、と畏れる謙虚さが失われれば、摂理内に生きる生きものとして生存を許されない段階がやってくるのではないでしょうか。
 医学においても、交通手段においても、情報交換においても、私たちの文明は、リミットに対する挑戦の成果として長寿や高速移動や膨大な情報の共有などの恩恵を得てきました。
 しかし、あまりにも早く進み過ぎていはしないでしょうか?
 クローンヤギをつくり、クローン人間もつくられかねない状況はだいじょうぶでしょうか。
 とてつもなく速い交通手段に、とてつもない事故につながらないという保証はあるのでしょうか。
 私たちの脳は、情報の真偽や正邪などを正確に判断し、洪水のように流れる中から本当に必要なものを選び取る能力があるのでしょうか。
 原発事故も、異常気象も、人間へ恐ろしいリミットを告げる警鐘ではなかろうかと疑われてなりません。
 警鐘と感じとる人々しか「止める」ことができないのではないでしょうか。

○原発事故のような警鐘も、直接的被害者以外の人々の記憶からすぐに薄れて行きがちだが、危険なものはたとえ忘れてしまっても危険なのである

 失恋や受験の失敗など、忘却は救いをもたらす場合があります。
 しかし、戦争などの愚行もまた、忘却がもたらすことは確かです。
 私たちが皆、殺し、殺される戦争の記憶をとどめることができたならば、過去のどこかで、戦争は人間の歴史から消えていたはずですが、〈忘れた〉ために、戦争で殺される家族や、傷ついた友人や、殺し殺される自分などを想像する力も弱まり、戦争は繰り返されてきました。
 しかも、今は、人間が隠れたまま、ミサイルやロボットで敵陣を破戒し、敵を殺す時代になってきました。
 殺し、殺されるという想像力がこれまでになく弱まっているからこそ、戦争を避けるためには〈忘れない〉努力が必要なのではないでしょうか。
 まさに、「危険なものはたとえ忘れてしまっても危険」なのです。

○EUでは、ミツバチの大量死などにつながると推測されるネオニコチノイド系農薬を禁止したが、黒であることが証明されていないものへの対応に文化の問題が顕れている
 日本でもグレーであることは明白なのに放置され、大量に用いられ続けている

 この件については、ブログ「蜜蜂に教えられる真実 ─蜜蜂の大量死・予防原則・原発─」に書きました。

○戦後の成り行きが示すとおり、きちんと白黒をつけずに過ごす曖昧さは日本人の精神風土としてあるのではないか
 また、善くも悪しくも〈皆と同じようにやる〉ことによって安心を得るという傾向が、強いのではないか
 よほど明確な農業哲学や技術を持たないと、〈これまで〉や〈皆〉と違うことができない

○東日本大震災から受けた教訓の一つとして「絆はいざという時に役立つ」ということを知った
 都会にも田舎にも、それぞれ、よい面も、よくない面もある
 悪い面を攻撃するよりは、よい面を生かすことである
 そのために、〈全体を観る目〉を養いたい
 田舎特有の絆は地域力である

○東日本大震災で失ったものも得たものもある
 得たものを生かすのが生きている人間の務めである

○人間は食べなければ生きて行けず、生きて行く上の本質にかかわる部分については〈線引き〉が必要である
 すべてのものごとに経済原則をあてはめてはいけない

 当山はこれまで、教育や医療や福祉などの分野までも、テレビや車をつくる商売と同じく資本主義の競争原理にさらしてはならないと考え、訴えてきました。
 大学が集めた入学金で儲けようと莫大な投資をして数十億円もの損失を出したり、病院が患者の囲い込みや薬漬けまがいのことを行ったり、福祉施設が儲かるシステムとして転売されたりする社会は、まっとうな社会と言えるでしょうか。
 人間づくりも、病気を治すのも、他人の手を借りなければ生きられない人へ手を差し伸べるのも〈儲け〉とは無関係であり、それは宗教と共通しています。
 もしも、〈線引き〉をしなければ、教師も医師も介護士も良心の呵責に耐えられなくなるか、あるいは、呵責を感じなくなるか──。
 いずれにしても、〈儲け〉に走る宗教者や宗教団体と同じところへ堕ちてゆきかねません。

○韓国生協の倫理的消費者というポリシーなどに学びたい

 韓国生協の倫理的消費に関する文章です。
「消費は経済においての投票行為とも言えます。
 我々の財布の中にある現金やクレジットカードが投票用紙になるのです。
 その票を誰に、どこに入れたら良いのでしょう。
 子どもの労働を搾取して生産したチョコレートを買う消費者の行動は、そのような企業の行為を黙認し、もっと多くの富や力をあたえることにもつながりかねません。
 今私たちの目にすぐには見えなくても、生きものと地球環境に配慮し、正直な生産に取り組む生産者や労働者の権利を尊重する企業、動物福祉を考え、生産方法を革新してゆく倫理的生産を支え合うことは私たちの消費を通して可能なことなのです。
 倫理的消費は、持続可能な社会を創ってゆく上で私たち消費者にできる小さくても手ごろに実践であり、『美しき消費』でもあります。」
 私も必ず、店と商品を多少は〈倫理的に〉選択しているので、よく理解できます。
 自然と生きものを生かす美しき商品は、美しき消費者に選択されるのではないでしょうか。

○日本の企業は、CSR(企業の社会的責任)をもっと自覚せねばならない

○それぞれの田んぼを生かして行くことは、スモールイズビューティフルであり、小回りの利く柔軟な対応ができる
 一人の百歩より百人の一歩で進めば大きなうねりとなる
 過去に学びながら未来へ向けた田んぼづくりをやりたい

 よく学び、生きものの多様性と心の多様性を皆さんと共によく考え、『法楽農園』で何ができるかを模索しつつ、一歩一歩と進んでゆきたいと思います。




 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。



「のうぼう あきゃしゃきゃらばや おん ありきゃ まり ぼり そわか」※今日の守本尊虚空蔵菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=IY7mdsDVBk8





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