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2016
11.30

「みやぎシルバーネット」20周年おめでとうございます ─無私の編集長につながる方々─

2016-11-30-0001.jpg

 「みやぎシルバーネット」さんの創刊20周年祝賀会へ参加させていただきました。
 モノクロの第一号、長年の投稿者、支えた方々、愛読者間の楽しい交流など、文字どおり20年にわたる歴史を振り返る構成で、千葉雅俊編集長渾身のイベントでした。
 誰もが、ありのままの気持を詠み、それが作品を通じて誰かに伝わり、温かな思いの行き交いが生じる川柳の投稿欄は、柱とも言うべきものに育ちました。
 河出書房新社が発行する「シルバー川柳」シリーズへ投稿したいという人は今や、全国へ広がり、毎日、数通づつ東京の編集部へ届くという勢いです。

 会の冒頭近く、編集長が紹介した方のケースは特に、川柳が持つ力を示して余りあるものでした。
 毎月、さりげなく日常を描いて投稿するAさんは、お人柄と生活ぶりをいろいろと想像させました。
 それが、病気や死後の準備などへと内容が移り、心配していたところ投稿が途絶え、ご家族からご逝去の知らせが届きました。
 後日、あるところで、Aさんを見送った医師の文章を目にしました。
 そこには、病床でも紙とペンを離さず、とうとうそれを置かねばならなくなったAさんの目から涙がこぼれ、数日後に息を引き取ったという様子が描かれていたそうです。

 太平洋戦争から帰還した方の長文を連載したり、特殊詐欺に対抗する県警の防犯欄を設けたりして、独自の姿勢を貫いても来ました。
 そうした20年を貫いているのは、よりお年寄りに近づきたいという千葉編集長の純粋な思いではないかと感じました。
 「寄り添う」「思いやる」などと言葉にするのは簡単ですが、それが内実を伴った真実の心や行動になることは、決して容易ではありません。
 個人主義の空気で生きている私たちはどうしても、他者との間に何らかの隙間を求めがちです。
 そうして〈自分〉を確保しておかないと落ちつかないのかも知れません。
 しかし、千葉編集長にはそうした無用の〈用心〉めいたものが感じられず、そこが、年配者をはじめ、たくさんの人々に信頼感や安心感や温もり感を与え、20年にわたる膨大な魂の交流が積み上がって来たのではないでしょうか?
 小生も同じ感じを抱いて謦咳(ケイガイ)に接している一人であり、本当の「無私」とはこういうものではなかろうか、と感心してきました。

 会の後半、小生も先輩方に続いて壇上へ呼ばれ、「終括」と「戒名」についてマイクを向けられました。
 いつものように、〝どうか、おわかりいただきたい〟と必死になって聴衆の方々へ語りかけて時間を費やし、ついに「おめでとうございます」の言葉を発することなく降壇してしまいました。
 緞帳(ドンチョウ)の裏手に回りながら、情けなく、申しわけなくてたまりません。
 お詫びや感謝の気持をお伝えする機会もないまま、懇親会の会場へ向かいました。

 歌や踊りに賑わう会場で、数名の方々から「お寺よろず相談」の欄を読んで勉強になっています、などと声をかけられ、皆さんのためにも、千葉編集長のためにも、仏教のためにも役割を果たしているという実感に嬉しくなりました。
 自分の最期を託したい、と具体的におっしゃる方々もおられ、感激の時間でした。
 初対面の小生へ深い信頼をお寄せくださったBさんが唄われた「新相馬節」は、もうすぐ100才になる小生の父(福島県出身)がかつて、祝いの席で必ず唄った懐かしい民謡です。
 ゆったりと声を出すお姿がほとんど寝たきりになった父の若い日の姿と重なり、涙をもよおしました。

 千葉編集長は、祝賀会でパソコンとスクリーンを駆使しながら壇上に出ずっぱり、懇親会でもほとんど飲まず食わずのまま、写真を撮り、会話を交わし、まさに奮闘しておられます。
 自分の祝賀会というよりも、支えてくださったご縁の方々のための会にしようという姿に、あらためて頭の下がる思いでした。
 皆さんの「ありがとう」「これからもずっと」という心からの感謝と希望に圧倒されつつ、帰山しました。
 もちろん、小生も同じ思いです。
 諸行無常が真理であると共に、よき願望に生きるのも真実です。
 千葉編集長から求められる間は執筆し続けたいと念じながら床に就きました。

 「みやぎシルバーネット」さんのご隆盛と、読者・投稿者の皆さんのご多幸を祈っております。
 



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2016
11.22

「ともかくもあなたまかせの年の暮」「ドクターの笑顔やさしい往診日」

2016-11-21-0001.jpg

 江戸時代の小林一茶は詠んだ。
 

「ともかくもあなたまかせの年の暮」


 年の瀬となってあれもこれもと気は急くが、ジタバタしたところで、時々刻々と一年は過ぎ去ろうとしており、もうどうしようもない。
 ことここに至れば、あなた任せを決め込むしかなかろうと、腹をくくっている。

「これがまあ終の棲家か雪五尺」


 雪が1・5メートルも積もってしまえば、出て歩くこともできないが、家が押し潰されるまではこうしていられる。
 自分の一生がこんなふうに終わってしまうのなら、それもそれだと泰然たるものである。

 みやぎシルバーネットさんが発行する「シルバー川柳」は、あっという間に第6弾となった。
 10月8日放映の「仙台人図鑑 第27回」に登場した編集人千葉雅俊氏(55才)は、読者が投稿した川柳を何句か紹介した。

「ドクターの笑顔やさしい往診日」 (女性・75才)


 末期癌の女性は、最後までペンと紙を離さなかった。

「決めかねるもっと美人の我が遺影」 (女性・85才)


 自分の遺影をあれこれと選ぶ達観した心中がよく表れている。

 氏は、投稿者の半数が、呆け防止のためにやっているというアンケート結果を披瀝した。
 老人クラブなどの会員が減る一方で、カラオケや川柳など、単一の目的に特化した会が増えた。
 豊かな老後を求める人びとの中で、趣味や好みを共有する人と人とのつながりという〈力〉が輝きを増している。
 
 昭和10年、寺山修司は『俳句作法講座』で、こう述べている。

「(俳句には)花鳥風月と合体した作者自身をもう一段高い地位に立った第二の自分が客観し認識しているようなところがある。
『山路来て何やらゆかしすみれ草』でも、すみれと人とが互いにゆかしがっているのを傍からもう一人の自分が静かにながめているような趣が自分には感ぜられる。」


 そして、ある歌人の話として、歌人には自殺者が多く、俳人には少ないというエピソードを紹介し、こう言う。

「いかなる悲痛な境遇でも、それを客観した瞬間にはもはや自分の悲しみではない。」


 年をとると、そこまで行ってみなければわからない〈ままならなさ〉にぶつかり、辛さや淋しさや悲しみに耐えねばならなくなる。
 そんな時、心を励まし、いのちを活性化させ、苦難を乗り越えさせもする俳句や川柳や短歌は、ありがたい友となるのではなかろうか。




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2014
08.31

「人生の秘め事話した黒電話」「気にせずに生きよおまえのそばがよい」

201408310001.jpg

 8月30日、『シルバー川柳 七転び八起き編』が発行されました。
 フリーペーパー『みやぎシルバーネット』に投稿された膨大な川柳のうち、編集人千葉雅俊氏の選による128句が収められています。
 冒頭の一句からガツンときます。

「人生の 秘め事 話した 黒電話」 佐藤清(87歳)


 若い方はご存じないかも知れませんが、一昔前は、電話線でつながった黒い電話がどこの家にもありました。
 つながっているので、秘め事といえども、たとえば物置の陰やトイレの中などで話すわけにはゆきません。
 周囲の人気(ヒトケ)を見はからい、タイミング良くやりとりするしかないので、大変でした。
 しかし、当時は、電話とは〈そういうもの〉だったので、今の方々が「えっ、そんなに不便だなんて……」と想像するほど苦しく、辛く、もどかしかったわけではありません。
 また、家族間の距離も今よりずっと近かったので、家族の誰かに起こったできごとは当然、家族の皆に起こったできごととしてとらえられるので、一人の秘め事といえども〈口に出さぬ共有〉という側面がありました。
 この句は、詠み手の思いと、去った時代の光景と、その時代を知っている人なりの懐かしさだけでなく、忖度(ソンタク)という大人の態度を培った家族間のあたたかな空気までも感じさせます。
 そして、スリリングなムードは作品の文学的価値を高めており、作者の腕のほどが知られる傑作です。

「気にせずに 生きよおまえの そばがよい」 会田昭夫(73歳)


 年をとると、迷惑をかけたくないという思いが強まる一方で、伴侶なり、家族なり、友人なり、そばにいてくれる誰かの存在そのものがとてもありがたく感じられるようになります。
 この一句は、何らかの理由で夫の時間や労力を強くアテにせねば生きられなくなった奥さんの「すまない」という気持と、そうなった奥さんのそばでつながりの実感を持って生きるご主人の感謝と、双方共に切ない思いが交錯しています。
 まさに、〈生きてみなければわからない〉人生の真実が端的に表現されています。
 
 最近、立て続けに、小さいけれども非常に深刻なできごとが起こりました。
 一つは、さいたま市で起こった盲導犬の傷害事件です。
 全盲の男性(61歳)が連れていたラブラドルレトリバーの盲導犬「オスカー」(8歳)が何者かに刺されました。
 何があっても我慢する訓練を受けていたオスカーは、第三者によって傷が発見されるまで、何カ所も刺され血を流しつつご主人を守り続けました。
 もう一つは、アメリカのニューアーク空港からデンバーに向かう飛行機の中で、リクライニングシートにからんで乗客同士の争いが起こり、飛行機が緊急着陸した事件です。
 男性客(48歳)が前席の背もたれを倒せなくする「ニューディフェンダー」(ひざ保護器)という旅行用具を用いてパソコンを使用していましたが、前席の女性客(48歳)が席を倒せないことを抗議し、乗務員が男性客へ用具をはずすよう求めたところ男性客が拒否しました。
 とうとう、怒った女性客が水の入ったコップを投げつけ、二人は緊急着陸した空港で降ろされました。
 発明者は「事件で販売が増えた。問題は航空会社が座席間隔を狭くしていること」と発言しています。
 いずれの事件も、自分だけ楽しめればよい、自分だけ満足できればよい、自分だけ得をすればよい、といった薄汚い自己中心の心がここまで堂々と育ってしまったかと、あきれ、不安にさせられました。

 誰もが必ず老い、一人で向こうへ旅立つまでの過程において、人と人との間にある人間としてあたたかな雰囲気で暮らせることが最後の拠り所となります。
 自己中心の人は早めにその拠り所を失います。
 モノも金も名声も権力も、このあたたかさを与えてはくれません。
 なぜなら、自分にあるあたたかな心のみが、同じ心の縁を招く力になるからです。
 お釈迦様は、精進せず、人徳もない人の無惨な老後の姿を説かれました。
「白鷺の空池をうかがうがごとし」
 たった一匹になった白鷺が、餌もない空っぽな池のそばで、老いた姿をさらしている光景です。

シルバー川柳 七転び八起き編』はあたたかな心の宝庫です。
 人生の先輩が川柳を通じて示した真実に学び、自分の生き方をふり返ってみたいものです。




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2014
06.13

助けてと 叫んでみても 皆あの世 (矢内アイ子 90才)

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〈仙台市青葉区にある『春昼堂』さんで見つけた昔の風俗が偲ばれる絵はがき〉

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みやぎシルバーネット」さんがまとめた『シルバー川柳』の第4弾特別編が出ました。
 毒蝮三太夫氏のコメント付きの豪華版「ババア川柳」です。

 毎月発行されるタウン紙「みやぎシルバーネット」に掲載された膨大な川柳から発行人である千葉雅俊氏が選び、すべてに毒蝮三太夫氏のコメントと似顔絵がついた112句は、どれもが泣き笑いしつつ生きる生の輝きを発しています。
 特に、この一句には、読む手を止める力がありました。

「助けてと 叫んでみても 皆あの世」 (矢内アイ子 90才)


 親はもちろん、友人知人にも、伴侶にも先立たれ、子供などとも別居していれば、たとえ安心な我が家にいても、いったん、ことが起こった時は自分の身を自分で何とかするしかありません。
 私たちは、不意の危険に際して思わず「助けて!と叫びたくなりますが、もう、この世でその声を聞いてくれる人がいないという現実を折に触れて感じながら生きる老後というものを、すなおに、みごとに活写した一句です。

 6月12日付の河北新報は、第一面で「人知れず 悲しき最期」を報じました。
 仮設住宅での相継ぐ孤独死は、もはや、全国的に報じられもしなくなりましたが、地域紙は、いまだ、丹念に実態を追い続けています。
 震災後しばらくは、なんやかやと当山へ足を運ばれた方々も、仮設暮らしのまま、ほとんど顔を見せなくなり、こうした記事を読むと、そうした方々や連れてきていたペットの顔を思い出します。

「受け取る人もいないまま、郵便物や検針票がポストにたまっている。
 3戸が長屋のように連なる建物の端。
 玄関やサッシ窓は閉ざされたままだ。
 福島県南相馬市原町区の仮設住宅の1室でことし4月、1人暮らしをしていた女性(71)が遺体で見つかった。
 死後10日ほどが過ぎていた。
 病気が原因だったとみられる。
 仮設住宅には、東京電力福島第1原発事故から逃れた同市小高区などの約300世帯以上が暮らす。
 県の支援員が察知するまで、異変に気付いた住民はいなかった。
『あいさつ程度の付き合いしかなかった』と近隣住民。
 300メートルほど離れた場所には知人女性(73)が住んでいたが、死亡女性の訪問を受けることはあっても、出向いたことはなかったという。
 仮設入居時、部屋割りにかつての地縁は考慮されなかった。
 四つある自治会は棟の配置で機械的に区割りされた。
 近隣の結び付きを深めるにはどうしても時間がかかる。
 死亡女性が所属していた自治会の会長は『避難前の集落なら遠慮無しに家に上がり込んでいたが、ここは違う。そこまでの付き合いになるのは難しい』とため息を漏らす。」

「東日本大震災、原発事故に伴う避難生活は4年目に入った。
 仮住まいの長期化に伴い、人間関係を構築できないまま、人知れず息を引き取るケースが各地で出ている。
 宮城県石巻市のある仮設で昨年冬、60代男性が孤独死した。
 市によると、死亡時期は判然としない。
 周辺住民は2週間ほど姿を見ていなかった。
 市社会福祉協議会の支援員が巡回していたが、ペースは月1回程度。
 隣人が排気口からの異臭に気付いたのが、発見の端緒になった。
 市生活再建支援課は『強制的に部屋に入るわけにはいかない』と説明する。
 孤立した被災者に手を差し伸べようにも、プライバシーの壁を乗り越えるのは難しい。」

「仙台市太白区のあすと長町仮設住宅でことし2月、車いすの60代男性が救急搬送された。
 度々トラブルを起こし、住民の目には『近寄りがたい存在』と映っていた。
 119番通報したのは自治会長の飯塚正広さん(52)だった。
 男性は自治会に入っておらず、このときまで病状はもちろん、名前さえ把握できていなかった。
 後に、男性は亡くなったと聞いた。
 飯塚会長は『最低限の個人情報もふたをされてしまっている。必要な情報を共有できていなければ、今後、緊急時に適切な対応ができない恐れがある』と訴える。」

「東日本大震災で打撃を受けた岩手、宮城、福島3県では、今も20万人近くが仮設住宅などで生活を続ける。
 避難に伴って地域住民のつながりが寸断され、孤立感を深めている被災者も少なくない。
 今後、災害公営住宅などへの転居が進めば、コミュニティー維持はさらに難しさを増す。
 曲がり角を迎えつつある仮設の暮らしを追った。」


 最近、ご縁のAさんが亡くなられました。
 奥さんが入院中で独り暮らしをしているうちに倒れ、毎日、見回りを欠かさない隣人Bさんが第一発見者となり、通報したのです。
 暮らす団地は高齢化が進み、一方ではアパートやマンションが建ち始め、老いた方々を含めた地域住民のコミュニケーションが急速に薄れています。
 自主的にゴミの集積所や道路の清掃をする人はいなくなり、若者たちは清掃をするBさんを無視したまま、無造作にゴミを置いて立ち去ります。
 そんな中で、大病を抱えた夫と暮らすBさんは、いつも隣人に目配りをしてきました。
 こうしたケースの常とはいえ、警察がからみ、ご葬儀を終えるまでは大変だったようです。

 ひび、他人様の生死と向き合っている老いた者には、冒頭の一句に込められた思いと真実は、あまりに重いものでした。
 ちなみに、毒蝮三太夫氏のコメントはこうです。

「生きている奴に助けてもらえー」


 確かにそうです。
 私たち〈生きている者〉は、〈自分も死ぬ者〉であることを忘れずにいたいものです。
 Bさんはそのことを深く自覚しておられたがゆえに、Aさんご夫婦を見守り、手を差し伸べられました。
 私たちは一人残らず〈自分も死ぬ者〉です。
 そう腑に落ちていれば、Bさんのように、あるいは丹念に川柳を読み、活動を続ける千葉雅俊氏のように生きられるはずなのですが……。

 最後にあと2句を。

「還暦が 若い血となる 町内会」  芳賀麻薫(65才)
 毒蝮三太夫氏のコメント:「わかるわかる。60才の知人が『僕は老人会の青年部です』って言ってたよ。」

「この先に 答ないから 生きられる」 南雅子(70才)
 毒蝮三太夫氏のコメント:「先々を心配せずに、ボーッとして生きるのが一番だよ。答がないから質問もいらない。ケセラセラだ。」






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「おん あらはしゃのう」
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2013
12.31

ありますよ 秘密の一つは お墓まで ─『シルバー川柳 第三弾 一期一会編』─

20131231001 (2)

 12月30日、地方紙「みやぎシルバーネット」が、『シルバー川柳 第三弾 一期一会編』を発行されました。
 編集発行人の千葉雅俊氏は、高齢者向けフリーペーパーに毎月寄せられる1000句近い作品を読み込み、「十八年分の膨大な入選作を読み返して埋もれた名句を見つけ出し、本の熟成度を高め」ようとしておられます。
 数句を抜き出してみました。
 年末に肩の力を少々、抜いてみましょう。

「お婆さん 振り向かれたら お爺さん」


 最初、何のことかわからず、三度目でようやく、ああそうかと理解できました。
 老いるとは、種を保存する役割を終え、性が抜けて行くことでもあります。
 言葉にくくれば「寂しさ」や「安心」となりましょうが、まつわる思いには際限がありません。

「絵手紙を 描く手震える 老いの恋」


 64歳の女性が詠まれました。
 性は残り火となり、残照ともなって、老いの世界を彩ります。
 生きてこそ観られる世界です。

「財産は 年金だけよ 死なないで」


 文字どおり、互いが杖となって生き延びる日々です。
 文字面は現実的な打算ですが、心には無限の感謝や思いやりや祈りや叫びがあります。
 こうして伴侶を送り切られた方々の清らかな涙と、やり抜かれた達成感がもたらす神々しさの前では、いつも、黙って頭を垂れるしかありません。

「惚けじゃない 老にもあるの 反抗期」


 自覚しておられるご本人の心に何があろうと、目をかけ、手をかける周囲の人々の心には〈丸ごと認める〉優しさがあることでしょう。
「あるの」と言い切ってしまうところに、たやすくは崩れ去らない人間の強さも、切なさもあります。
 私には、可愛さまで感じられてしまうのですが。

「ありますよ 秘密の一つは おまで」


 いつだったか、たまたま目にした昼間のテレビで、レポーターがお婆さん(74歳)へ「ご主人に何か、言えない秘密がありますか?」と訊ねたところ、お婆さんは破顔一笑、答えられました。
「おほほ、そりゃありますよ!そもそも結婚した時、わたしゃ、バージンでは。おほほ」
 ここで突然、横にいたご主人(68歳)が笑いながら、「ばーか」と言わんばかりに平手で上から奥さんの頭を叩き、連れ去りました。
 若い頃は悩みであり、苦でもあった秘密が、老いによって潤いとなり、笑いともなる人生とは、生きてみなければわからないものです。

「夫婦仲 残る不満は 時効とす」


 別々な人生を歩んできた男女が共に暮らせば、互いに「こんなはずではなかった」となり、不満のないケースは希でありましょう。
 しかし、いかなる形であろうと、相手の存在そのものが自分の存在と切って切り離せないところまで来てみると、そして、自分が相手にとってどうだったのかを客観的にふり返られるところまで来てみると、不思議や不思議、不満や文句は限りなく意識から遠のき、すべては感謝に包まれます。
 だから、最期は「ありがとう」となるのです。

「妻が留守 納豆たまご カップ麺」


 多くの男性はこうなるか、こうなっても仕方がないと思っていることでしょう。
 私の場合も、妻が入院中は、本や新聞に囲まれた一枚の布団の上で〈生活〉していました。
 生きて行くという根っこのところで工夫する意志や能力が、男性は薄いのではないかと実感しています。

「初恋の 人と出会った 石ツアー」


 なんともはや、と言うしかありません。
 モジモジしようと、ガッカリしようと、もう〈ここまで来てしまった〉のです。
 事実から余韻の生まれるところに、人間と他の生きものとの決定的な違いがあるのではないかと思わされます。

「段差ない ところで転ぶ 人生譜」


 肉体が衰え、つまらないきっかけて転びやすくなり、初めて転ぶという実感を得ます。
 ここで〈そう言えば……〉とふり返ったところに、この句がただ「うまく作られた」だけではない深さを生んでいます。
 転び、呻き、歯を食いしばって立ち上がり、生きてきてみれば、あれほどの大ごとだった蹉跌も、さしたることのない〈段差〉でしかなかったと感じられるとは……。

「我が家には 姿の見えない 方もいる」


 こうして「姿の見えない方々」と住む人の生活にも、お人柄にもきっと、ある種のゆかしさが伴っていることでしょう。
 すべての人は見えない世界からやってきた旅人であり、そこへ還って行く宿命にあります。
 見えない世界を大切にする方は、その故郷の気配がある分、存在が平板的でなく、しっとりしておられるものです。

「妻の通夜 数珠や喪服が 見つからず」


 かつて、托鉢の日々を送っていた頃、お婆さんが玄関へ出てこられると話になるのに、お爺さんが出て来られると「婆さんがいなくてわからないから……」と断られるケースが多いことがなかなか理解できず、〈男は何てだらしなくなるんだ、情けない〉くらいにしか思えませんでした。
 しかし、もうすぐ70歳になるところまで来てみると、着替えのありかを知らないだけでなく、寺務所にあるはずの事務用品がどこにあるかわからず、大騒ぎするようになりました。
 でもきっと、男は昔からこうだったのだろうし、未来もあまり変わらないのではないでしょうか。

「幸せな 時が続いて いる怖さ」


 91歳の男性が詠まれました。
 この怖さが何であるかはよくわかりませんが、失う恐怖感でないことだけは確かでしょう。
 どこかに畏れ多いといった感覚がおありではないかと感じるのですが……。




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