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2016
11.24

被災者へのイジメ ─東日本大震災被災の記(第188回)─

2016-11-11-0271.jpg
〈共に咲く四国霊場の花たちのように〉

 福島原発事故により膨大な数の人々が生活を失い、住居を失い、職を失い、友を失い、いのちをも失いつつある。
 転校を余儀なくされた子供たちの行く先には、救いの手ではなく、イジメが待っている。
 かねて指摘されてきたことだが、転居や転校に伴う自死という最悪の事実までが報道されるようになった。
 データ上では子供たちの世界でイジメが増えているわけではなく、報道される機会が増えただけだとも言われる。
 しかし、幾度、報道されてなお、事態があまり改善されていないこともまた事実だろう。

 今回、横浜市でいじめを受けた男子中学生の手記が大きく報道された。

「いつもけられたり、なぐられたり」
「いままでいろんなはなしをしてきたけど(学校は)しんようしてくれなかった」
「ばいきんあつかいされて、ほうしゃのうだとおもっていつもつらかった。」


 もはや登校はできなくなったが、「ぼくはいきるときめた」という。

 学校の対応も、教育委員会の対応も遅れに遅れた。
 その背景には、子供を指導する大人の側に巣くう偏見や誤解や無理解があると、各方面から指摘されている。
 それはそうだろうが、背景にはもっと大きな問題があると思う。
 一つは、〈自分だけ〉で生きる感覚の蔓延である。
 もう一つは、〈攻撃〉的心性が野放しになっている子供たちの生活環境である。

 まず、〈自分だけ〉の問題である。
 小さいうちから一人だけで過ごす空間が与えられ、自己中心の感覚が発達し、指導し抑制をかけてくる親や先生を煩わしく感じる。
 周囲と折り合いをつけて円滑にものごとを行う能力が開発されず、軋轢(アツレキ)や対立が起こると、相手を攻撃して自我を通すか、もしくは簡単に周囲との関係を断って逃げようとする。
 そうして大人になった人々の世界も似てきた。
 年をとっても同じである。
 それは心を邪慳にし、共生でしか安心して生きられない人間社会の真実とずれた邪見を育てている。

 もう一つ、〈攻撃〉の問題である。
 子供たちのゲームもマンガも暴力とセックスという二つの刺激に満ちている。
 その典型がセクシーな衣装で剣を手にする女性闘士の姿である。
 これほどまでにほとんどワンパターンの遊びが流行っている理由は一つしかない。
 子供たちをより刺激し、お金を使わせる商売で大人たちが儲けようとしているからだ。
 一方、親は子供になるべく時間をとられず、好きなことをしたり、はたらいたりするために、子供が何かに夢中になっている状況を放置する。
 そうしているうちに、繰り返し繰り返し〈攻撃〉に慣れた子供たちが、たやすく弱い者を攻撃し、勝者の気分を味わって平然としているようになったまでのことではないか。
 なお、韓国では禁止され、世界中で日本だけが異様に流行っているパチンコ店の光景も実に似ていることを無視はできない。
 経済と文化と生活のありように重大な歪みが認められるのではなかろうか。

 無惨な状況に立ち至った真の原因は、人々が自己中心で無慈悲になったところにある。
 私たちが安心して幸せに暮らせる社会を創るためには、共に生きるという生きものの真実に立った考え方や生き方を取り戻すしかない。
 攻撃し勝利するだけの浅薄な快感、弱者を痛めつける陰惨な悦楽よりも、誰かのためになって得られる深く揺るがない喜びにこそ惹かれる価値観や感性を育てねばならない。

 当山は「相互礼拝」「相互供養」の法話を行い、人生相談のおりおりに、親御さんにもお子さんにも「お互いさま」「おかげさま」「ありがとう」の実践を勧めている。
 生きとし生けるものを尊び、共に生かし合う共生と思いやりの心を育てることこそ肝要ではなかろうか。




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2016
11.23

現代の偉人伝(第237話)元幕下佐田ノ浜 ─やるせなさを糧に変えた人─

2016-11-11-0282.jpg
〈四国霊場の花〉

 元小結舞の海秀平氏は、11月17日付の産経新聞に「舞の海相撲〝俵〟論」を書いた。
 今回とり上げたのは元幕下佐田ノ浜である。
 以下、「華やかな土俵の陰で」より抜粋して転記する。

「人はこれほどまでに変われるものなのか。
 稽古取材で九州場所前に境川部屋の宿舎を訪れたときのこと。
 『一緒に写真を撮ってくれませんか』と声をかけられた。
 目の前に立っていたのは元幕下佐田ノ浜。はきはきとした口調だ。
 入門した頃の彼を知る身としては信じられなかった。」


 いつもながら、簡潔で明快な切り口である。

「人と接するのが苦手で高校の頃は登校拒否の引きこもり
 何もせずぷらぷらしていたとき、体が大きかったことから知人に誘われ、入門。
 相撲のことは何も知らず、勧められるがままだった。
 当時は人と目を合わせずに、下を向いてぼそぼそと話す印象しかない。

 無為の日々を過ごしてきた者にとって、激しい稽古は辛かったろう。
 そもそも裸になるのが恥ずかしくて、風呂に入っては手で前を隠し、まわりの力士に笑われた。
 相撲を取れば誰にも勝てない。
 何度も辞めようと考えた。
 それでも少しずつ番付を上げていくうちに『相撲をやめて実家に帰ると元の生活に戻ってしまう』と思えるようになった。

 相撲部屋では、何をするにも心を開いてまわりの力士と協力しなければいけない。
 米とぎ、皿洗い、掃除、洗濯など、若い衆で一丸となって雑用をこなしているうちに、いつしか自分が引きこもりだったことは忘れてしまった。」


 ここまで読んだだけでも、引きこもっていた青年が、文字どおり裸のつき合いをする世界へ入る決心をしたこと、辛くとも、成果を上げられずとも途中で逃げ出さなかったこと、その事実にはただただ、頭が下がる。

「入門から6年半。
 やっと幕下へと上がった平成25年夏場所に、力士人生が暗転する。
 取組で左膝の靱帯(じんたい)2本と神経を断裂。
 11カ月の入院で4度手術し『もう相撲は取れない』と医師に言われ、泣き崩れた。
 まだ25歳だった。

 師匠の境川親方(元小結両国)もまた、弟子たちの前で『俺の力不足であいつを不自由な体にしてしまった』と泣いたという。
 その話を退院後に聞いた佐田ノ浜の心は震えた。
 そして、親方は5場所連続休場中、自動車の運転免許を取らせ、就職先を探した。
 『こいつは口下手だから』と面接にも同行してくれた。」


 いつもケガの危険と隣り合わせで、現役生活が比較的短い力士にとって6年は長い。
 白鵬関はその間に頂点の横綱まで駆け上っている。
 幕下という地位は十両の下で、頭上には横綱までの70人がいる。
 何でも身内でやる世界では、「一枚違えば家来同然」「一段違えば虫けら同然」と言われ、序列によってあらゆる場面での役割も、待遇もまったく違う。
 ようやく「関取」と呼ばれる十両を目指せる位置まで来て力士生命を断たれた時の師弟はいかなる気持だったか、想像もつかない。

「相撲界を去る直前の正月。
 部屋で浴びるように飲んだ佐田ノ浜は突然泣き叫んだ。
 『まだまだみんなと一緒にいたいんです。辞めたくないんです』と。
 隣に座っていた師匠も目を真っ赤にしてかける言葉が見つからなかった。

 いま、彼は地元・長崎の自動車部品メーカーで働いている。
 力士生活を振り返り『この世界に入っていいことばかりでした』と言い切った。
 やるせなさをこれからの人生の糧に変えられる前向きな性格になったのだろう。」


 いいことばかりと言う述懐に目を瞠(ミハ)り、しばらく動けなかった。
 冒頭の文章「人はこれほどまでに変われるものなのか」に含まれていた内容の重さ、深さに圧倒された。

相撲部屋では親方やおかみさん、力士らが一緒に生活することで人と人との濃密な交わりが生まれ、1人の若者を立ち直らせることもある
 境川部屋の九州場所宿舎でかたわらには女性が寄り添っていた。
 『ちゃんと写真は撮れているの』と初めてできた彼女から言い寄られ、はにかみながら顔を赤くしていた。」


 イジメハラスメントなどで人を潰し、殺すのも人間なら、立ち直らせるのも人間である。
 私たちは人生のどこかで必ず「やるせなさ」を感じる。
 それを「糧」に変えられれば、必ず人生行路は乗り切れるだろう。

 精神医学も薬も医療も発達した現代では、失恋の傷手すら薬で処置し、何ごともなかったかのように生きられるらしい。
 しかし、それで心は大丈夫だろうか?
 練られ、霊性を輝かせられるだろうか?

 やるせなさに独りでぐっと耐え、時には誰かと共に耐え、涙が涸れる頃ようやく見える青空は何ものにも替え難い。
 もちろん、病気の領域にまで入ってしまったなら、薬が有力な助っ人となる。
 しかし、その前段階ではやはり、具わった人間力でやり抜いてみたい。
 誰しもがやるせない同士であり、助け合いたいものである。
 鮮烈で温かい体験を披露してくださった佐田ノ浜氏と舞の海氏に心から感謝したい。




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2015
06.06

自殺した自衛隊の方々に想う ―争いを避けるものは?―

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 5月27日の衆議院平和安全法制特別委員会において、明らかになった在職中における自衛隊関係者の自殺は以下のとおりである。
・平成13年から19年にかけて、インド洋へ派遣された隊員:25人
・平成15年から21年にかけてイラクへ派遣された隊員:29人
 防衛省の真部朗人事教育局長は、派遣そのものが原因であるかどうか「個々の原因を特定するのは困難だ」としている。
 国家に殉じた方々へ心よりご冥福を祈りたい。

 ここには、自衛隊勤務が困難になり退職後に自殺した方の数は含まれていないし、うつ病や統合失調症などに罹った隊員についての報告もない。
 遠隔地への派遣かどうかにかかわらず自衛隊は、勤務が原因で心の病気になったと思われる隊員に対するケアを怠っていないが、この54人の周囲にどれだけ苦しむ方々がおられるかは想像に難くない。
 しかも、上記2例は、戦地そのものから離れていると見なされた地域へ派遣された隊員に関する調査である。
 現在議論されている平和安全法制においては、弾丸が飛び交ってはいないが、もしも、攻撃を受けたなら戦わず撤退するという地域への派兵である。
 当山に縁を結ばれている自衛隊関係者の方々を想い浮かべ、皆さんの心身にかかる負担を思うと、いたたまれない。

 もちろん、〈備え〉は欠かせない。
 しかし、戦争はいつの時代も決して一方的に起こりはしない。
 戦争も平和も関係性の中における一つの状態であり、あくまでも〈相手との関係〉がどうかという問題である。

 ある時、小学生A君がこうした状況に陥ったという。
 遊び仲間が三つのチームに分けられ、二つは数人のグループ、そしてA君は一人である。
 鬼ごっこであれ、何であれ、何をやるにしても無惨な状態である。
 イジメに憤った父親は悪童どもを懲らしめようとし、母親は心配して各方面への相談に取りかかろうとした。
 ところがA君は「こんなものさ。騒ぎたてないで、様子を見ててよ」と言い、悪童どもと着かず離れずでいるらしい。
 A君は直接の抗議も間接の指導も〈悪〉への効き目がなく、不用意な刺激は相手の愚かさを昂進させるだけであると見越しており、時が流れれば、やがて悪童どもは彼らの住む世界へ行き、自分は彼らと別の世界で生きられるので、学校という場で深刻な対立や暴力騒ぎなどに及ばないよう気をつけて過ごそうとしている。
 舌を巻いた。

 多くの大人は知っている。
 熱(イキ)り立ち、角張っている人はいざこざを起こしやすいし、穏和な人は周囲を和やかにする。
 争いを避けたいなら、まず、自分が穏和にならねばならない。
 穏和さこそが、争いを抑制する根本的な鍵である。
 まず、自分自身がどういう人間になるかというイメージ、姿勢、生き方を明確にしておきたい。
 人間なら信条、国家なら基軸、人間も国家も同じではないか。

 平成8年、台湾総統選挙で台湾独立志向の李登輝氏が優勢と報じられた際、中国軍は軍事演習を実施し、基隆沖海域にミサイルを撃ち込み、恫喝した。
 アメリカに対して「台湾問題にアメリカ軍が介入した場合には、中国はアメリカ西海岸に核兵器を撃ち込む。アメリカは台北よりもロサンゼルスの方を心配するはずだ。」とまで言い、アメリカは空母を展開した。
 そのおりに防衛駐在官宮崎泰樹氏は、反米・反日の拳を振り上げる中国人民軍要人たちの懐へ飛び込み、罵倒されつつも酒を酌み交わし、情報収集と宥和に努めた。
 一触即発の危機は去った。

 自らは備えつつ穏和に暮らし、熱(イキ)り立ち角張る相手から穏和さを引き出すことができれば、それこそがみ仏の説く方便(ホウベン…最高の手立て)ではなかろうか。




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「のうぼう あきゃしゃきゃらばや おん ありきゃ まり ぼり そわか」※今日の守本尊虚空蔵菩薩様の真言です。
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2014
07.11

ある告発状 ―岩手県におけるイジメの現場へ―

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 悪い遊びが流行っていると耳にしました。
 突然、ターゲットとなった男の子のズボンを下ろす、あるいはパンツも下ろすというものです.
 女の子もいる前でそうした行為が、遊び、もしくはイジメとして行われている状態は、学校内に極めて不健全な心が育っていることを示してはいないでしょうか。

 当然のことながら、こうした行為は相手の人格を無視した〈辱め〉であり、それは、約束を破るとか、嘘を言うといった、やむにやまれぬ場合もあり得ることとは次元が異なり、もしも肉体に置き換えれば、土足で頭を踏むことにも匹敵する恐ろしい悪行だと言えましょう。
 被害者は、恥ずかしさ、悔しさ、惨めさに打ちのめされ、やがて、強い怨みや怒りの炎が燃え上がり、とんでもない復讐が行われるかも知れません。
 また、そうした相手への感情ではなく、自信の喪失や相手への嫌悪感や恐怖感などによる行動の萎縮などによって、不登校など生活のしかたが激変し、一瞬の遊びイジメが一生を左右するできごとになってしまいかねません。

 自分を被害者へ置き換え、自分がパンツを下げられたならどうか、泥靴で頭を踏みつけられたならばどんな気持になるか、具体的に想像し考えさせていただきたい、加害者の子供だけでなく、子供たち全員に対して強くご指導くださるよう心から願っています。
 今のうちに、子供たちへ、人の人格を傷つけることの恐ろしさ、罪深さを感じとらせてください。

 こうしたことごとは、決して〈家庭任せ〉にはできません。
 なぜなら、家庭で善悪を指導されて正しく育った子供も当然、学校という社会で被害者になり得るからです。
 大人の社会とは違い、まだ判断力も責任能力も充分ではない子供たちが集まる学校は、法律で白黒を決め刑罰を加えることに先んじて指導が行われるべき場であり、被害者を出さない責任があるからです。

 子供としての体験からも、親としての体験からも、祖父としての体験からも、小学校では知識を与えることと並んで、あるいはそれ以上に、子供たちがまっとうな社会生活を送れる人間に育つよう、ものごとの善悪をきちんと教える心の基礎訓練が行われねばならないと思っています。
 なぜなら、学校こそが、子供たちにとって、真の意味で他者と交わる社会体験の場だからです。
 もちろん、家庭でのしつけがなっていなければ話になりませんが、子供たちは、家庭で身につけたことを学校という社会で実践し、確かめ、膨らませ、修正し、育ってゆきます。
 しかし、そこで、あまりにも不条理不幸なできごとに遭ってしまえば、家庭で積み上げてきたものが一気に崩れかねません。

 特定の子供たちに起こった不幸なできごとを、加害者と被害者の問題だけでなく、学校という社会で起こったできごとと捉えられれば、子供たちが等しくよき指導を受ける貴重なきっかけになることでしょう。
 また、加害者も、被害者も、罪悪や災難を、学校や社会という広い視野から考えるきっかけになることでしょう。
 ぜひとも、子供たちへ賢明なるご指導をたまわりますよう、祈っております。




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「のうまく さんまんだ ぼだなん あびらうんけん」※今日の守本尊大日如来様の真言です。
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https://www.youtube.com/watch?v=LEz1cSpCaXA





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