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2008
01.30

マッカーサーが信じたもの

 かつて、『人を大切にする』という一文を書きました。
 日露戦争において、破れた敵将ステッセル中将を「もののふの心」で遇し、世界中を驚かせた乃木希典大将の故事です。
 明治38年正月2日、投降したステッセル中将が副官たちと「水師営の会見」に臨もうとやってきた時、帯剣したまま握手を交わしました。
 敗軍の将が帯剣を許されるのは歴史上初めてのできごととされています。
 礼を述べる敵将へ、乃木大将は応えました。
「貴官たちが祖国のため尽くされた苦節を嘉(ヨミ)したまい、武士の名誉を保たしめよとの天皇陛下の大御心(オオミゴコロ)に、私はしたがっているだけであります」

 明治32年に新渡戸稲造が英文で書いた『武士道』が欧米で読まれていたとはいえ、実際にいのちのやりとりをする戦地でそれが発揮された事実は、世界中を驚かせました。
 本ものは、本者によって当然のごとく行われ、その真実は圧倒的な力を持つものです。
 その歴史的現場にいたのが士官学校を卒業したばかりの観戦武官ダグラス・マッカーサーです。
 中将の父親共々、深い尊敬の念を抱いて帰国し、自宅に乃木大将の額を飾りました。

 40年後、太平洋戦争の勝者として厚木基地へ降り立ったダグラス・マッカーサーは、わずかな手勢しか伴ってはいませんでした。
 日本軍の武装解除も済んでいないのに最高司令官がそうした形で赴くのは危険ではないかという反対意見を、彼は聞き入れなかったのです。
 彼は、日本に『武士道』と言われる伝統的精神が生きていると信じて疑いませんでした。
 6年後、大統領と意見が合わずに解任されて日本を去る時、乃木大将が自刃した赤坂乃木旧宅のそばへアメリカハナミズキの苗を植えました。
 大木となり、今でも乃木大将の崇高な精神と、共鳴したマッカーサー司令官の誠心を偲ばせているそうです。

 寺子屋でも語り継がねばなりません。子どもたちへハナミズキを見せたいものです。

(この稿は、勉強会のメンバーIさんからいただいた資料によります)
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