FC2ブログ
--
--.--

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2011
02.16

『法句経』物語20 羅漢品(ラカンボン)第十五「第一話」

法句経(ホックキョウ)』にまつわるお話です。

 昔、海に誓い南の国ナリでは、人々が真珠や栴檀をなりわいにしていました。
 その国に、父母が亡くなり、家を分割せねばならない兄弟がいました。
 その家に仕える下男ブンナはまだ若いのにとても聡明で、商売をしても真珠採りをしても他人に勝り、知らぬものはないと思われるほどの物知りでした。
 兄弟はくじ引きで財産を二つに分けることにしました。
 一つは家屋敷であり、一つはブンナです。
 
 ブンナを引き当てた弟は、徒手空拳で妻子を伴い、家を出ました。
 不作で食物を得るのも困難な時代です。
 弟は、いかにブンナがいるとは言え、この先を考えると、憂いに胸塞がらざるを得ませんでした。
 それを察知したブンナは言いました。
「ご主人様。
 どうか心配なさらないでください。
 私は一計を案じて、そう遠くない将来、お兄様に負けぬほどの財を為してご覧に入れましょう」。
 主人は、もしそうなったなら、お前を奴隷から自由の身にしてやろうと約束しました。
 そこで、信じた奥さんは、元手として、かねて大切にしていた宝石をブンナに与えました。

 時あたかも大潮となり、人々は海辺へ出て薪を拾いました。
 ブンナは海へ行かず城外へでかけ、一物乞いが背負っている薪の中に、重病をも治すとされる赤い栴檀があるのに気づきました。
 金銭一両の重さがある赤檀の値打は千両とされ、めったにない宝ものです。
 持っている金銭二枚をはたいて薪を買ったブンナは、赤檀を数十に分けました。
 その頃、重病人になった大金持ちが、二両分の赤檀を薬にしたいのにモノがなくて困っていました。
 長者に赤檀を分け与えたブンナは、二千両を持ち帰りました。
 このようにしてたちまち主人へ兄の十倍もの富を得させたブンナは、約束を守り、ブンナを自由の身にしてやりました。

 学道を志したブンナは、シュラーヴァスティーへ行き、釈尊へ礼を尽くして教えを請いました。
「私は賤民の出ですが心は道徳を求めています。
 どうかお慈悲により、修行の道へお導きください」。
 釈尊が認めるやいなや、たちまち頭髪は落ち、法衣姿となり、釈尊の説法を聞いたブンナはほどなく阿羅漢の悟りを得ました。
 ブンナは沈思黙考しました。
「私はもう、悟りによって六つの神通力を得た。
 生きるも死ぬも自由の身となれたのは、ご主人様のおかげだ。
 故郷へ帰ってご主人様を仏道でお救いし、国中の人々をもお救いしよう」。

 ナリへ到着したブンナは元の主人を訪ね、歓待されました。
 食後、空中へ舞い上がり、分身の法によって分けた身体から水や火を発し、大光明で家を包んだブンナは降りたって言いました。
「こうした神のような徳力はすべて、ご主人様が私を自由の身にしてくださったおかげです。
 み仏の元へ行って修行した結果、このとおりの悟りを得ました」。
 主人は答えました。
「み仏がお導きくださるお力は、そのように神のごときものがあるのか。
 できるものならば私も、み仏の教訓を得たいものだ」。
 ブンナは言いました。
「お供えものを調えてお迎えする準備をしてお待ちすれば、み仏は神通力でそれを知り、必ずここへ現れてくださることでしょう」。


栴檀の木 http://www.hana300.com/sendan7.jpgさんからお借りして加工しました〉
sendan7.jpg



「のうぼうあきゃしゃきゃらばや おん ありきゃ まり ぼり そわか」※今日の守本尊虚空蔵菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。





[投票のご協力をお願いします。合掌]

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へにほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 真言宗へ
にほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 悩み・苦しみ・迷いへにほんブログ村



blogram投票ボタン

 
スポンサーサイト
2009
06.30

野の花を眺め、雨風に耐えて咲く力を観じましょう

 野にあるたちは、四季の優しさに守られ、厳しさに鍛えられて時を待ち、陽光を最終的な縁として、まるでソーラーの器械を開けるかのように弁を開きます。
 種が周囲の条件を察知して動き出す、根が水分や養分を探して吸収する、地上に芽を出す、茎を伸ばす、葉が伸びる、つぼみを作る、やがて笑顔となる。
 雨の日や風の日も交えたこうした数ヶ月間のいとなみは、何と着実で淡々としていることでしょうか。
 それでいながら、散るまでの日数は、咲くまでに費やされた日々と比較して何分の一の長さもありません。
 残された種や球根は、またじっと時を待つ期間に入ります。

 古人は、こうしたの生きざまに「忍耐」を感じ取りました。
 時間をかけることを厭わぬくり返しへ入り、逃れたい、怠けたいという煩悩と戦う行者たちもまた、を観て励まされ、忍耐のイメージを獲得したことでしょう。
 
 さて、釈尊は、苦を克服する方法として『八正道』を説かれました。
 正しい見解に立ち、身体で三つの悪を犯さず、言葉で四つの悪を犯さず、心で三つの悪を犯さないことが正しい道であると説き、身体・言葉・心の戒めとして『十善戒』がまとめられました。
 後世、大乗仏教は自他共に苦を克服する修行道として『六波羅密(ロッパラミツ)』を説くようになりました。
 コの中の4つは八正道に重なりますが、布施忍辱(ニンニク…忍耐に近い)は重なりません。
 それはなぜか?
 二つとも、他者と関わることだからです。
 布施は自分から積極的に他者へ慈悲を施すことであり、忍辱は侮辱や無視などの他者からの悪しき関わりに心を乱さないことです。

 小乗仏教では、自分自身のありようをきちんと見つめ、苦の中にあるという事実、苦には原因があるという道理、苦を脱するには正しい方法を実践するという信念が説かれました。
 しかし、自分が悟るだけでは、世間とずれた人が一人生じただけのことです。
 もちろん、正しい方法を実践する行者は他者の苦を看過できません。
 慈悲とは生きとし生けるものへ向けられるものだからです。
 
 そこで、大乗仏教は、「他者は苦を抱えた存在として根本的に自分と同じであり、自分を考えることは他者を考えることである」と踏み込みました。
 だから、「自分が前向きに生きるためには他者へ無償の奉仕をしてはならない」、「自分が財や労力を捧げる相手は、自分に利益を与える神だけである」とするタイプの新興宗教とは正反対です。
 そもそも、釈尊は、「神へ捧げものをすれば神からごほうびとして幸せを与えられる」とするバラモン教に反し、「〈自分のため〉を第一とする我欲の汚れを離れなければ、お互いが苦を克服できない」と説かれ、仏教が弘法され始まりました。
 我欲を離れるためには、自分のためになることが同時に他者のためになることでなければならず、時と場合によっては自分の目先の利益を捨てても他者のためになろうとする心が求められました。
 電車の座席を譲る床座施(ショウザセ)などはその典型です。
 見知らぬお年寄りのために疲れた身体にむち打って席を譲ることは、〈自分のため〉を説く新興宗教とは正反対の方向です。

 忍辱もまた他者との関わりを重視する大乗仏教では欠かせない徳目です。
 自分が修行の厳しさに耐えて精進するのはもちろん、さらに難しい他者との関係においても心の平穏を保ち、なすべきことをなさねばなりません。
 以前、「潔さ -『蝉しぐれ』と『たそがれ清兵衛』-」で紹介した、ブンナの物語を再掲しておきます。

 インドの富裕な貿易商ブンナは商用の途中で釈尊の教えに接し、帰依しました。
 そして、悟りを得てアラカンとなり、自分の出身地である西海岸方面へ帰って布教をしようと思い立ちました。
 釈尊は問います。
「あちらの人々は粗野であると聞いている。もし、誹られたらどうするか?」
 ブンナは答えます。
「手で殴られるわけでもありませんから、彼らは善人であると思い、布教をします」
 釈尊とブンナの問答は続きます。
「もし、手で殴られたらどうするか?」
「棒や石で打たれたのではありませんから、彼らは善人であると思い、布教をします」
「もし、棒や石で打たれたらどうするか?」
「刀で斬られるわけでもありませんから、彼らは善人であると思い、布教をします」
「もし、刀で斬られたらどうするか?」
「殺されるわけでもありませんから、彼らは善人であると思い、布教をします」
「もし、殺されたらどうするか?」
「修行者には、愚かな自分を厭い、殺してくれと頼む人さえいるのですから、自分を殺してくれる人がいるなら好都合です」
 ついに釈尊は帰郷を許しました。
 はたせるかな、慈悲と忍辱で布教を行ったブンナは、帰郷した年のうちに、たちまち五百人もの信者を得たということです。


 最近のブログ、「第十五回 映画『チベット チベット』を観る会」でとりあげた密教における「8つの心の訓練」の第5番目も再掲しておきます。

「他人がわたしに対する嫉妬から、罵り、あざけるなどの不当な扱いをしようとも、自らが損を引き受けて、勝利を他人に捧げることができますように」


 味方は救ってくれる菩薩であり、敵は鍛えてくれる菩薩です。
 自分を鍛えてくれる相手がいなければ、弱さの克服は困難です。
 いかに瞑想を重ねようが、滝行に励もうが、万巻の書を読もうが、不当な言いがかりをつけられた時や相手が自分の意に添わぬ時に激高すれ、ばもう、菩薩ではあり得ません。
 修羅界の住人です。

 心はトレーニングをしなければ願う方向へは変化せず、トレーニングへ特に豊富なイメージを取り入れるのが密教です。
 特に密教行者にならずとも、霊性を高めるため、を眺めて耐える力を養いたいものです。
 そのための真言は、

「おん ばぎゃばてい きしゃんてい だりじ うんはった」


です。
 合掌し、

「我、雨風に負けず咲くのごとく、堪え忍び、心の花を咲かせん」


と心に刻み、この真言を唱える時、だれでもが忍辱波羅密菩薩(ニンニクハラミツボサツ)へ限りなく近づいていることでしょう。



にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へにほんブログ村

人気ブログランキングへ
2007
01.10

潔さ -『蝉しぐれ』と『たそがれ清兵衛』-

 最近、勉強会などで最も話題になる作家が藤沢周平です。

 ブームは年配者だけのものではなく、木村拓哉の『武士の一分』などによって若者たちからも支持されている様子。大変、嬉しいことです。

 それは、他人の欠点や失敗を人前で容赦なくこき下ろす醜さがテレビなどで大手を振っている今、主人公たちの潔さが一段と光っているからです。



『蝉しぐれ』の文四郎や『たそがれ清兵衛』の清兵衛に共通する潔さは、一言も愚痴を言わず、いかに過酷であろうと難しかろうと、人間としての役割を自らの責任においてまっとうしようとするところにあります。

 それをさせるのは忍辱(ニンニク)の力です。

 忍辱とは、意地になって我慢することではありません。

 小さな我にとらわれる我執を超え、いかなる相手であろうと慈しみと憐れみをもって接し、虐げられても罵られても、激情で自分を失わない不動心を保つことです。




 教典は説きます。



 インドの富裕な貿易商ブンナは商用の途中で釈尊の教えに接し、帰依しました。

 そして、悟りを得てアラカンとなり、自分の出身地である西海岸方面へ帰って布教をしようと思い立ちました。

 釈尊は問います。

「あちらの人々は粗野であると聞いている。もし、誹られたらどうするか?」

 ブンナは答えます。

「手で殴られるわけでもありませんから、彼らは善人であると思い、布教をします」

 

 釈尊とブンナの問答は続きます。

「もし、手で殴られたらどうするか?」

「棒や石で打たれたのではありませんから、彼らは善人であると思い、布教をします」

「もし、棒や石で打たれたらどうするか?」

「刀で斬られるわけでもありませんから、彼らは善人であると思い、布教をします」

「もし、刀で斬られたらどうするか?」

「殺されるわけでもありませんから、彼らは善人であると思い、布教をします」

「もし、殺されたらどうするか?」

「修行者には、愚かな自分を厭い、殺してくれと頼む人さえいるのですから、自分を殺してくれる人がいるなら好都合です」



 ついに釈尊は帰郷を許しました。

 はたせるかな、慈悲と忍辱で布教を行ったブンナは、帰郷した年のうちに、たちまち五百人もの信者を得たということです。



 忍辱に生きた文四郎や清兵衛の幸せは、大きさで言えば手のひらほどしかないかも知れませんが、それには珠玉の輝きと限りない深みが宿っています。

 文四郎や清兵衛における〈現在〉は何と充実して確実なことでしょうか。

 未来のあいまいさは、彼らにいかなる不安を与えることもできません。

 そして、彼らに、人生につきものであるめぐり合わせの運不運はあっても、現在を無意味にし未来を塞ぐ魔ものが入り込む隙はまったくありません。
 

 まっとうに生きる人間の潔さ・美しさ・気高さを教えてくれる彼らは、不滅の灯火です。




back-to-top
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。