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2016
10.04

マンダラの鬼たち ─み仏以外のものたちに学ぶ─

2016-10-02-00082.jpg

 10月2日に書いた「背き合いとマンダラ」についてご質問がありました。

「とても見るに耐えない画ですが、なぜ、これが修行に用いられるのですか?」

 疑問は当然です。
 では、図にある13人について詳しく見てみましょう。
 誰であるかは以下のとおりです。

・左上の一人…奪一切人命(ダツイッサイニンミョウ)
  閻魔天(エンマテン)に属し、すべての人々のいのちを奪う死に神。

 右手に持っているのは皮袋、左手には菩薩(ボサツ)のように花を持っています。
 生まれた私たちは死にたくありませんが、授かったいのちは必ずお返しせねばなりません。
 新たないのちが生まれ、育つために。
 東北を考え続けている山内明美氏は著書『こども東北学』の最後で、詩人谷川俊太郎氏からの質問「死んだらどこへ行きますか?」に、こう答えておられます。

「んだなぁ。
 どごさ行ぐのがなぁ。
 ふわふわどごさが飛んでいぐんだいが?
 土の中でねぇが?
 花の養分さでもなるんでねぇが?」

 生は時間の流れに生じ、流れは死も招きますが、いのちそのものは無になるのではなく、生から死へと姿を変えるのみであり、死はやがて生をもたらします。
 花は散っても、花びらは養分となり、生の準備をするのです。
 当山が造りつつある「お遍路道場」も土造りから始め、新たないのちと心の世界を招こうとしています。

 いのちを奪う奪一切人命がなぜ、惨たらしい姿でないか?
 その理由がわかります。

・その他の8人…毘舎遮(ビシャシャ)
  餓鬼
  人肉を喰い、血をすすって飢えを凌ぐ。
  自分が喰い、飲むことにしか関心を持てず、同類なのに会話はできない。

 彼らは人を喰う鬼たちです。
 何とも哀れな姿で人肉を喰い、血をすすっていますが、一緒にいても決して目を合わせてはいません。
 自分の食欲が生存の全てであり、他者は目に入らないのです。
 彼らの表情を眺めていると、私たちが本当に飢えた時の様子が想像され、ブルッとなります。
 また、我がことしか考えない利己主義者たちの顔も想像され、貧富を問わず、〈奪う手〉を伸ばす者の浅ましさに目を背けたくなります。
 獲物がなくて焦る者にはもちろん、両手に食べものと飲みものを持った者にも、深い感謝や溢れる喜びは一欠片もありません。
 心に真の満足がないからでしょう。

 私たちもまた、我欲に追われている時は、自分で気づこうと気づくまいと、表面の顔の下にはこうした表情が現れているはずです。
 我が身を振り返ると同時に、戦争や飢饉によって食べられず、飲めず、奪うか死ぬかの瀬戸際に立たされている人々の境遇にも思いを致したいものです。
 
・その下の3人…荼吉尼(ダキニ)
  大黒天に属し、人の死を半年前に知り、心臓を奪って喰う。
  仏法に接して悔悛しながらも、喰わねばならぬ境遇を哀れんだみ仏のお慈悲により、死人の人肉を喰うことは許された。
  屍体を暴悪な羅刹(ラセツ)から守るための真言も授かった。

 この世でも、あの手この手で、死へ向かっている人々に近づき、その命綱を奪おうとする人々がいます。
 毘舎遮と違い、明らかに肥えているにもかかわらず、毘舎遮の持たない武器を持ち、まるで宴会をやっているような風情です。
 自分が生きるための範囲なら死人を喰うことを許されてはいますが、食べものはいつ、凶暴な羅刹などに奪われるかわかりません。
 まるで、オレオレ詐欺や悪徳商法を行う人々が暴力団などに狙われつつ、悪しき方法で奪った戦利品を誇り、ひとときの宴会をやっているようではありませんか? 

・一番下に横たわる人…死鬼
  亡者

 自分の死を理解し、観念しています。
 あとは屍体を何ものかに喰われようが、喰われまいが、そのことについては放念しているように見えます。
 諦念に導かれてあの世での旅を行けばきっと、み仏の世界へ溶け込めることでしょう。

 しかし、何かのきっかけでこの世へ怨みなどを残せば、文字どおりの鬼として悪しき影響力を持たないとも限りません。
 たとえば、自分の死後に備えて準備した葬儀代やお布施が誰かに流用され、望んだ旅立ちができなかったならば、どうでしょうか?
 亡くなった人が成仏できるかどうか、それは旅立つ人の心一つではありますが、送る人が当人の心をどう考え、何を行うかもまことに重大です。
 しかも、そうした人生上の重大場面でいかなる行動をとったかは、送る人のその後の人生に大きな影響を及ぼすことでしょう。
 私たちは、死鬼の表情を眺め、送られる心、送る心を考えたいものです。




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「のうまく さんまんだ ぼだなん あびらうんけん」※今日の守本尊大日如来様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
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2016
10.02

背き合いとマンダラ ─10月の運勢─

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〈世界を裡によって表現した胎藏マンダラ

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胎藏マンダラの「最外院(サイゲイン)」には、人を喰うダーキニーもいます。「電気仕掛けの胎蔵界曼荼羅を描いてみるぶろぐ」様よりお借りして加工しました〉

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〈染川英輔画伯の「最外院」〉

 今月は、「君がそっちへ行くというのなら、僕はこっちへ行くよ」というような〈背き合い〉が生ずるかも知れません。
 人それぞれに好みや主張があるのは当然ながら、「他人のことは知ったこっちゃない」という姿勢になれば、大問題があります。
 誰一人として、他者との〈関係性〉の中でしか生きられないのに、その真実を忘れ、自分一人だけで生きているような気持になるのは、錯覚というものです。
 錯覚は、自分に眠る仏心への扉となる根本的な感謝の心を薄れさせ、周囲とのを薄く、暗くしてしまうことでしょう。
 しかも、自分の運勢を傾かせるだけでなく、周囲の人々にも決してよい影響を与えはしません。

 世界の姿が表現されているマンダラを眺めてみましょう。
 中央部附近にはありがたいみ仏方が霊光を発しておられますが、周辺をよく観察すると、気味の悪いものや恐ろしいものもいます。
 人間に害を及ぼす鬼や夜叉などです。
 しかし、彼らがいくら嫌いだからといってマンダラから消してはなりません。
 そうしたものたちも含めてこそ、この世が成り立っており、人間の都合によってどうこうできるわけではないからです。

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〈金剛界マンダラの「供養会(クヨウエ)」では、中心の如来様を女尊が優しく供養しています。上記の「最外院」とは何という違いでしょうか〉

 たとえば、私たちはウジ虫を見れば〝気持悪い〟と感じ、招来はハエになって飛び回るので、ウジ虫もハエもいなくなって欲しいと思うかも知れません。
 しかし、太平洋戦争の激戦地では、傷口にうごめくウジ虫を食べて生き延びたという実話もあります。
 そこにそのように生ずるものには必ず、宇宙的バランス上の必要性があり、たかが人間の都合で安易にどうこうしようとするのは軽率であり、身勝手と言うべきです。
 なお、ウジ虫は今、医学などの分野で脚光を浴びています。

 たとえば、最近、日本で新しい免疫療法が開発され、注目を浴びていますが、それは「免疫チェックポイント阻害剤」です。
 私たちの身体には、生じたガン細胞を攻撃する免疫細胞がいます。
 ただし、異物への攻撃は体内での戦いなので、あまり激しくやると体そのものがアウトになりかねません。
 核戦争になれば地球が滅ぶのと同じです。
 だから、パワーが暴走しないよう、歯止めがかかっています。
 さて、彼らはガンをやっつけようとしますが、ガンは抵抗し、やがては、この歯止めボタンを押します。
 そうなると、免疫細胞は「撃ち方やめ」となるので、ガンは勢力をどんどん伸ばします。
 そこで、医学博士本庶佑氏は、ガンがボタンを押させないように工夫しました。
 効果は顕著で、他の方法では助からないはずの人々が回復するようになりました。
 しかし、当然ながら、ボタンはそもそも体全体のバランス上、必要なはずだったものであり、暴走すれば肺や大腸などに副作用をもたらし、重症筋無力症などを発症させる場合もあります。
 現在は、免疫細胞にどうアクセルを踏ませ、どうブレーキをかけるかという研究が行われているそうです。

 たとえば、フィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ大統領は、選挙で「大統領になったなら、半年で10万人の犯罪者を殺す」と公約し、事実、当選後2ヶ月の間に、警官とビジランテ(非公式自警団)は、麻薬密売人と目される3000人以上の人々を射殺しました。
 裁判制度があり、死刑禁止が国是となっている法治国家において公然と行われている大量殺戮は明らかに法と秩序を無視していると言えましょう。
 あろうことか、9月30日にはこう演説しました。
「ヒトラーは300万人のユダヤ人を虐殺した。
 (フィリピンに)麻薬中毒者は300万人いる。
 私も喜んで殺したい」 
 しかし、世論調査によれば、国民の9割もが大統領を支持しているそうです。
 他国の状況ながら、何かのバランスが危機的に崩れているのではないかと心配になります。
 そして、世界中で、拳を振り上げつつ誰かを叩き、周囲に耳を貸さず、強引にやりたいことをやろうとするタイプの人間が喝采を浴びつつある現状は、恐ろしいと感じます。

 私たちが是非・善悪を判断し、よりよいと思う方向を目ざすのは当然ですが、自分が思う「是」によって「非」を排斥し、「善」によって「悪」を否定しようと先鋭化すれば、独善に陥る危険性が生じるだけでなく、全体を俯瞰(フカン)する目が失われ、自分も、人間関係も、社会も、免疫細胞の暴走に似た状態となりかねません。
 もしも〈背き合い〉の気分を感じた時は、頑(カタク)なな一歩を踏み出す前に、マンダラを思い描いてみましょう。
〝自分はマンダラのどこにいるのだろう?〟
 このように一呼吸置いただけで、無事安全にこの一ヶ月を送るきっかけになることでしょう。




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「おん さんまや さとばん」※今日の守本尊普賢菩薩様の真言です。
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2016
10.01

共同墓『法楽の礎』物語 ─心配りの人とマンダラ─

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共同墓法楽の礎』の正面に珍しく空きが出ました。2区画お求めの方はこの機会にどうぞ〉

 ご主人を亡くされたAさんは2年間、お骨を抱え、思案に暮れていた。
 菩提寺(ボダイジ)はなく、仙台市の市営墓地へ納骨だけ行うのも味気なく、生前、仏教に関心を持っていたご主人の気持を考えても、なかなか踏ん切れないでいた。
 ある時、当山の共同墓法楽の礎』を契約した方と知り合い、〝どういうお寺なのだろう?〟と気になり始めた。
 自分の目で確かめたいと思い、寺子屋『法楽館』に参加し、思い切って質問をした。
「事情があって、主人のご葬儀を行えず、戒名もないままで来ました。
 本当に、受け入れていただけるんですか?」
 質疑応答でお戒名の意義を知り、お戒名はご本尊様から授かるとも聴いて決心した。
「お戒名をつけて『法楽の礎』にお願いします。
 私の分も契約します」

 Aさんは、立ち居振る舞いも言葉遣いも、細やかな心配りを感じさせる。
 金剛界マンダラの「供養会(クヨウエ)」を思い出した。
 ここでは、主尊である毘盧遮那(ビルシャナ)如来などの5尊を除く68尊をすべて女尊として描くことになっている。
 その全員が供養する品々を捧げ持っている。
 多くは私たちにおなじみの水や花だが、ただ、「はい、お水です」「はい、お花です」というわけではない。
 み仏の世界ではこうだろう。

「清水を汲んできました。
 生きとし生けるものを潤し、見返りを求めずに他のために役立つ布施の心と、汚れ無き清浄なまごころをもってご供養いたします」
「新鮮な生花をそのいのちと共に捧げます。
 いかなる怒りも憎しみも静め、和やかにする忍辱(ニンニク)の心をもってご供養いたします」

 マンダラ全体に細やかな供養の心が満ちている。
 Aさんもそうした心で亡きご主人を供養し、安心していただこうとしておられる。
 十三仏様はきっと、新たな〈仏弟子〉を温かく迎え入れ、浄土へとお導きくださることだろう。




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2016
09.26

薬草も毒草も生きる世界 ─10月の聖語─

2016-09-19-00063.jpg
〈一迫別院は、地域の氏神様を引き継ぎます〉

 10月の聖語です。
 お大師様は説かれました。

「大山、徳広ければ、禽獣(キンジュウ)争い帰し、薬毒まじり生(オ)う。
 深海、道大いなれば、魚集まり泳ぎ、龍鬼(リュウキ)並び住む。」


(大きな山は、広大な徳を持っているので、鳥もけだものも、争うように集まり、棲み、薬草毒草も混じり合って育つ。
 深い海には生きる道がたくさんあるので、魚たちが集まり、暮らしているが、龍や鬼なども住む)

 これは、お大師様が法相宗(ホッソウシュウ)という宗派の特徴を示した文章の一節ですが、そのまま、密教が説くマンダラの表現にもなっています。
 山と海は自然界を意味し、そこでは文字どおり、あらゆる生きものたちが暮らしています。
 それらは、人間の都合による善悪や好悪などの判断を超えており、たとえば、人間によって薬にされる薬草も、食べた者を害する毒草も、それなりの場所で共生・共存しています。
 人間の食卓に並ぶ魚も、災厄を及ぼす凶暴な龍や鬼たちも、海はすべて受け容れ、生かしています。

 世界はこのように人間の思惑を超え、絶妙のバランスで成り立っており、〈共生〉こそが、ありのままの姿であると言えます。
 その真実を象徴的に描くのがマンダラです。
 だから、マンダラには根本仏である大日如来や、その使者である不動明王や、大日如来の徳を分け持つ阿弥陀如来や文殊菩薩などのみ仏だけでなく、血肉を食らう毘舎遮(ビシャシャ)、あるいは屍体を貪る女夜叉(ヤシャ)である荼吉尼天(ダキニテン)なども描かれています。
 私たちは、〈共に生きる〉以外、生きようがありません。

 しかし現在、私たちは、何もかもを〈人間中心主義〉で覆い過ぎてはいます。
 異常気象が教えるとおり、環境への並はずれた影響力を持つ私たちは、目先の快適さを求めるあまり、知らぬ間に、あるいは知っていながら、あまりに環境の破壊を進め過ぎました。
 もはや、悪因悪果の因果応報は明らかです。
 私たちが酷い苦しみを感じ始める前に、もう、他の生きものたちは苦しみ、絶滅させられてもいます。
 私たちが「大山」の「徳」を消滅させ、「深海」の「道」を埋めてしまうならば、マンダラは成り立たず、いのちは萎み、消えて行くことでしょう。
 
 生きとし生けるものものはすべて、この世全体のバランスによって生かされています。
 ゆめゆめ、忘れぬようにしたいものです。




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「おん あみりたていせい から うん」※今日の守本尊阿弥陀如来様の真言です。
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2016
06.25

新月からの修行 ─16日間の心─

2016-06-25-00012.jpg

 新月から満月までの16日間にわたって瞑想修行をしませんか。

 私たちが霊性そのものになれば、円満して欠けるところのない大日如来の心になれます。
 生き仏になるのです。
 しかし、簡単にはそうなれません。

 さまざまな行者、聖者が思考と修行を重ね、感得した経典が『金剛頂経(コンゴウチョウキョウ)』と『大日経(ダイニチキョウ)』です。
 今回は、この『金剛頂経(コンゴウチョウキョウ)』にもとづいて表された金剛界マンダラの中心にある「成身会(ジョウジンエ)」というマンダラに描かれた菩薩(ボサツ)様方に導かれて円満な心をつくる修行法を公開します。

 完成された智慧を表す成身会(ジョウジンエ)の中心には大日如来がおられ、その四方に阿閦如来(アシュクニョライ)、宝生如来(ホウショウニョライ)、無料寿如来(ムリョウジュニョライ)、不空成就如来(フクウジョウジュニョライ)がおられます。
 4尊は、大日如来の智慧を4つの方面から、私たちにわかりやすく示しておられます。

1 阿閦如来(アシュクニョライ)は、大円境智(ダイエンキョウチ)を示します。
 これは、モノが鏡に映るように、ありのままに観る智慧であり、これがあってこそ、私たちの生活は成り立ちます。
 真理・真実にそぐわない勝手なものの見方を離れ、よき願いを持ちたいものです。

2 宝生如来(ホウショウニョライ)は、平等性智(ビョウドウショウチ)を示します。
 これは、人間もネコもスズメも、それぞれに存在していることは平等であると観る智慧であり、ここからあらゆる創造が可能になります。
 自己中心的でなく、自分をも含めて客観的に広く眺める視点を持ちたいものです。

3 無料寿如来(ムリョウジュニョライ)は、妙観察智(ミョウカンザツチ)を示します。
 これは、それぞれのものがそれぞれなりに独自のありようで存在していることを観る智慧であり、ここに活きたコミュニケーションが生まれます。
 苦しみや楽しみのさまざまなありようを眺め、生きとし生けるものへ慈悲をもって接したいものです。

4 不空成就如来(フクウジョウジュニョライ)は、成所作智(ジョウショサチ)を示します。
 これは、あらゆるものがそれぞれ固有のはたらきを持って存在していることを観る智慧であり、ここからあるべき行動が導き出されます。
 生きとし生けるものが尊い役割を果たしていることを理解できれば、自分にも自分なりの他に代えがたい役割があると気づくことでしょう。

 この4尊それぞれが、私たちの心に感得しやすい四菩薩(ボサツ)を生じさせてくださいます。
 だから、私たちが4×4の16菩薩(ボサツ)に成りきれれば、大日如来の智慧に近づくことができます。
 以下、1、2、3、4それぞれの如来様の智慧をつくる修行に入りますが、月の満ち欠けと現在、一般的に使われている暦の日付とがずれていることを承知しておいてください。
 今の暦は太陽暦であり、太陽の運行に合わせているので、ずれが生じるのはやむを得ません。
 新月の日をもってスタートし、月が満ちて行くように、円満な智慧を獲得しましょう。
 ちなみに、次の新月は7月4日の20時1分( 中央標準時)です。

2016-06-25-00022.jpg

○第一日…阿閦如来(アシュクニョライ)の世界

 金剛薩捶(コンゴウサッタ)のお姿を胸に引き入れ、その徳を思い、真言を唱えましょう。
 この方は、金剛のように堅固な菩提心(ボダイシン…悟りを求める心)を持ち、普賢菩薩(フゲンボサツ)と同体であると見なされています。
 大日如来の説法を聴き、私たちへ伝えてくださる使者の役割を果たしておられます。
 右手に持つ金剛杵(コンゴウショ)は如来の智慧を表し、左手に持つ金剛鈴(コンゴウレイ)は、私たちの迷妄に気づかせ、まっとうに生きようという心を起こさせます。
 菩薩(ボサツ)の「五大願」を発しましょう。
 
 衆生無邊誓願度(シュジョウムヘンセイガンド)…生きとし生けるものは無限にいますが、誓って救います。
 福智無邊誓願集(フクチムヘンセイガンシュウ)…福徳と智慧は無限にありますが、衆生のために誓って集めます。
 法門無邊誓願覺(ホウモンムヘンセイガンガク)…み仏の教えは無限の量ですが、誓って学びます。
 如来無邊誓願事(ニョライムヘンセイガンジ)…み仏は無限におられますが、誓ってお仕えします。
 菩提無上誓願證(ボダイムジョウセイガンショウ)…み仏の悟りは無限の高みにありますが、誓って体得します。

 真言は「オン バザラサトバ アク」です。

2016-06-25-00032.jpg

○第二日…阿閦如来(アシュクニョライ)の世界

 金剛王菩薩(コンゴウオウボサツ)のお姿を胸に引き入れ、その徳を思い、真言を唱えましょう。
 この方は、一切の如来を引き寄せる力を持っているために、自利行を自在にできます。
 衆生へ利益を自在に与えられるので、利他のために衆生を引き寄せることも自在にできます。
 だから、鉤(カギ)のように引き寄せる形の印を結びます。
 衆生を仏道へ引き入れるための善行である「四摂事(シショウジ)」を誓願しましょう。

 布施(フセ)…教えを与え、物資を与える。
 愛語(アイゴ)…思いやりのある言葉をかける。
 利行(リギョウ)…身体と言葉と心を用いて衆生へ利益をもたらす。
 同事(ドウジ)…相手と同じ立場に立って利益をもたらす。

 真言は「オン バザラアランジャ ジャク」です。




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「のうぼう あきゃしゃきゃらばや おん ありきゃ まり ぼり そわか」※今日の守本尊虚空蔵菩薩様の真言です。
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