FC2ブログ
--
--.--

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2016
06.03

6月の守本尊は勢至菩薩様です

2016-06-03-0001.jpg

 6月は、芒種(ボウシュ)と夏至(ゲシ)の水無月(ミナヅキ…6月5日より7月6日まで)です。
 6月は午(ウマ)の月なので、守本尊勢至菩薩(セイシボサツ)様です。

 勢至菩薩(セイシボサツ)様は、『根上下智力(コンジョウゲチリキ)』という、人の性根(ショウネ)を見定め、それに応じた救いをくださるみ仏です。
 私たちは他人の性根を見誤って失敗しがちであり、自分自身の性根のありようにも鈍感だったりします。
 勢至菩薩様のご加護で自他の性根をよく見つめ、無事安全に精進しましょう。
 また、勢至菩薩様は、午(ウマ)年生まれの善男善女を一生お守りくださる守本尊でもあり、身体においては、主として頭や首をお守りくださいます。
 ご供養し、ご守護いただき、心豊かで無事安全に過ごしましょう。

勢至菩薩様は、まっとうに生きたいと思いつつも、まだそう生きられない人々をお救いくださいます。

「かかる勢至の形像(オスガタ)は○生きとし生ける一切の○衆生(シュジョウ)の中に揺るぎなく○本体として存在の○菩提(ボダイ)求める仄(ホノ)かなる○未敷(ミフ)の心を大切に○優しく育てて開かせる○大悲(ダイヒ)の智慧を証(アカ)すなり」


(このような勢至菩薩のお姿は、生きとし生けるものたちが揺るぎなく持っている、悟りを求めつつもまだ開きかけた蕾のようでしかない心を、優しく導き育てる大いなるお慈悲に満ちたお智慧を明らかにしておられる)

◎勢至菩薩様は、貪り、怒り、愚かさから離れ、み仏の世界と感応する力を授けてくださいます。

「勢至菩薩に帰依(キエ)するは○われら衆生が菩提(サトリ)への○道を求めて精進し○貪瞋痴(ムサボリ・イカリ・オロカサ)の○三毒(サンドク)離れて大いなる○仏の教えを受け止めて○智慧に目覚める驚愕の○心を自(ミズカ)ら開発(カイホツ)し○己(オノレ)を超えた存在の○真理に気づくことにあり」


(勢至菩薩に帰依するのは、私たちが悟りへの道を求めて精進し、貪り、怒り、愚かさという迷いの元を離れ、大いなるみ仏の教えによって智慧に目覚める気づきの心を自分で開き、矮小な自分を超えたみ仏の世界の真理に気づくためである)

2012092.jpg

 写真は、永代供養を行ってご加護を受けるため、当山の講堂へ納められた勢至菩薩様です。
 総丈は約35㎝あり、日本で唯一、護摩を焚いてできた灰が体内へ納められたご本尊様です。(奉納受付中)

 6月の守本尊様をご供養しお守りいただきたい時、願いを成就させたいと念じる時、辛い時、悲しい時、淋しい時、あるいは感謝したい時は、合掌して勢至菩薩様の真言(真実世界の言葉)を唱えましょう。
 たとえ一日一回の行でも、信じて行なえば、ご本尊様へ必ず思いが届きます。
 続けて行う回数は任意ですが、基本は1・3・7・21・108・1080回となっています。

勢至菩薩(セイシボサツ)

「おん さんざんざん さく そわか」

今月の真言をお聞きになるにはこちらをクリックしてください。音声が流れます


※お聞き頂くには 音楽再生ソフト が必要です。お持ちでない方は、
こちらから無料でWindows Media Player がダウンロードできます。





 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。




「おん さんまや さとばん」※今日の守本尊普賢菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=rWEjdVZChl0





[投票のご協力をお願いします。合掌]

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へにほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 真言宗へにほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 悩み・苦しみ・迷いへにほんブログ村



blogram投票ボタン



スポンサーサイト
2016
05.13

心の眺め方(その2) ─満月を眺めて煩悩(ボンノウ)を滅するには─

2016-05-13-0002.jpg

 ブログ「心の眺め方」について、瞑想に関するご質問が多く、満月を眺めて、あるいは満月をイメージして瞑想を行う場合の観想文を書いておきます。
 詳しくは5月14日午後2時からの寺子屋法楽館』にてお話しします。

月輪観(ガチリンカン)における三毒消滅の観想

一 心月(シンガツ)清浄の観

月の清浄なるが如(ゴト)く 自心も無垢(ムク)なり
自性(ジショウ)清浄にして 無貪(ムトン)無染(ムゼン)なり
月の浄徹(ジョウテツ)なるを見て 心の浄性(ジョウショウ)を観ぜよ
本(モト)より貪染(トンゼン)なし 元(モト)これ浄仏(ジョウブツ)なり


(月の光が清浄であるのと同じく、自分の心も本来、垢や穢れを離れている
 心の核である魂は清浄で、貪りも、悪の影響もない
 穢れをまとわぬ清浄な光を放っている満月を見て、自分の心の奥底も又、清浄であることに気づくべし
 心は本来、貪りも悪の影響もなく、そもそもが清浄なみ仏そのものなのである)

二 心月(シンガツ)清凉(ショウリョウ)の観

月の清凉(ショウリョウ)なるが如(ゴト)く 自心も熱を離れたり
慈悲の水を瀧(ソソ)いで 瞋恚(シンニ)の火を消す
月の凉光(リョウコウ)に触れて 心の慈水を澄ませば
無量の恚(イカリ)の焔(ホノオ) 一時に消滅しぬ


(月の光が清凉であるのと同じく、自分の心も熱悩を離れている
 慈悲の水を注いで怒りや憤りの火を消す
 月の涼やかな光に触れて、心にある慈悲の水を澄ませば
 無限の怒りの炎も いっときのうちに消滅する)

三 心月(シンガツ)円満の観

月の円満せるが如(ゴト)く 自心も闕(カ)くることなし
万物を具足(グソク)し 種智(シュチ)を円満す
月の円形(エンギョウ)を見て 心の満体(マンタイ)を観ぜり
福智を円満せる 雙円(ソウエン)の性仏(ショウブツ)なり


(月が真円であるのと同じく、自分の心も本来、愚かさのない智慧で満ちている
 あらゆるものが調い、必要な智慧は不足なく備わっている
 月が円形であるのを見て、心も又満ち足りていると観想する
 悟りを得るための福徳智慧が二つの満月のように円かに具わった仏としての本性を持っている)

 こうして貪・瞋・癡(トンジンチ)の三毒を克服しましょう。




 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。



「のうまく さんまんだ ぼだなん あびらうんけん」※今日の守本尊大日如来様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=LEz1cSpCaXA





[投票のご協力をお願いします。合掌]

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へにほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 真言宗へ
にほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 悩み・苦しみ・迷いへにほんブログ村



blogram投票ボタン


2016
04.24

言葉は運命を変える ─懺悔と遍路─

2016-04-08-030-004.jpg

 一緒に懺悔(サンゲ)し、人の道にそって生きることを誓うと、運命が変わります。
 言葉は必ず心を動かすからです。
 たとえば、こんな具合です。

「我昔所造諸悪業(ガシャクショゾウショアクゴウ)
 皆由無始貪瞋痴 (カイユムシトンジンチ)
 従身語意之所生(ジュウシンゴイシショショウ)
 一切我今皆懺悔(イッサイガコンカイサンゲ)」


 この自分が、無限の過去から生まれ変わり死に変わりしてきた中で積んできたさまざまな悪しき(ゴウ…影響力)はすべて、
 無限の過去から行ってきた貪りと怒りと愚かさという三つの毒によってつくられたものです。
 自分は今まで、身体のはたらきも、言葉のはたらきも、心のはたらきも、三つの毒に染められたままでした。
 それらのすべてをたった今、心から懺悔し尽くします。

 ご本尊様へ合掌し、心からこう唱えれば、身体のはたらきも、言葉のはたらきも、心のはたらきも影響を受けないはずはありません。
 いのちのはたらきにまつわる毒の穢れが薄れ、消える時、運命の変わらぬはずはありません。
 また、無数の行者も、在家の人も、自らの意思と、大いなるもののご加護と、の力とによって生き方を変えてきました。
 それは、四国遍路の方々が真っ白な笈摺(オイズリ)をまとって歩く姿に表れています。
 お遍路さんはそれぞれよき目的を持ち、自力と、お大師様のご加護と、遍路を成り立たせるあらゆるのおかげとによって一歩づつ、自分を変え、運命を変えています。
 自力に偏らず、他力に偏らず、自分の功徳(クドク)と、み仏のご加持(カジ)と、真実世界のとの三力(サンリキ)がすべてを動かします。
 幾度も唱える同じ言葉が、微妙に変化し、深まり、おさまりがついてきます。
 それは心と運命の変化を意味しているのです。




 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。




「おん ばざら たらま きりく」※今日の守本尊千手観音様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=IvMea3W6ZP0





[投票のご協力をお願いします。合掌]

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へにほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 真言宗へ
にほんブログ村
 
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 悩み・苦しみ・迷いへにほんブログ村



blogram投票ボタン

 

2016
01.21

イラク戦争と靖国神社への祈り(その13) ─煩悩の裏側にあるもの─

2016012100012.jpg

 平成16年1月、自衛隊のイラク派兵に鑑み、仏神と祖霊のご加護で自衛隊員の無事帰還をはかるべく、靖国神社へ向かって托鉢行を始めた。
 世界の情勢が急変を見せ始めた今、そのおりの記録を加筆訂正しながら再掲しておきたい。
 不戦日本の願いを込めて。

○宝と毒(2月21日)

 帰山し、朝から、お彼岸に向けた境内地整備のうち合わせを行った。
 当山に立派な伽藍はないが、理想の寺院でありたいと強く願っている。
 わざわざ足をはこんでくださった方が「ただ何となくありがたい」「ほっとする」「癒された」だけでなく、「あっ、そうだったのか」「こう祈れば良いんだ」「ああ、ありがたい」「これからは、こう生きよう」「ああ、良くなった」という実感を持ってお帰り願いたい。
 ご本尊様のご加護と、教えと、法力とによって、〈良い気分〉だけでなく魂を震わすはっきりとした宝ものをお持ち帰りいただきたいということである。
 寺院が仏法僧という三宝(サンボウ)の場である以上、参詣される方には、無限の宝ものを受けていただきたい。

 例祭の護摩供養は、高熱で換気扇がストップしたため、かなり熱く煙かった。
 一人前になる前の修行の時期などは、煙と涙でお次第が見えなくなるような毎日だった。
 いくら燻(イブ)されようと、密教行者が護摩法の影響で眼をやられた話も、肺ガンになった話も聞かない。
 熱も煙も五官を通じてみ仏のご加護を伝えてくれる。
 宝ものをいただいているのだ。

 人生相談で、若いAさんから問われた。
「どうしても我慢ならない理由があって、仕事を止めますとメールしたのですが……。
 あれでよかったかどうか、今でもわかりません」
 そもそも、メールで伝わるものは、文字で表わせる〈意味〉の範囲でしかない。
 しかも、その都度、流れは一方的だ。
 絡み合わない。
 人と人が向かい合えば、言葉の抑揚・表情・態度・雰囲気など、存在の全体で訴え、感じ、通じ合える。
 それですら、把握できるものは相手の心中にある情報の何万分の一だろう。
 そして、ギリギリの場面であればあるほど、真剣なやりとりをする体験は人生勉強になる。
 生きた人間相手の体験は何ものをもってしても代替できず、〈場〉から逃げる人は、高慢と臆病という双子の悪魔にとり憑かれる可能性を高める。
「これからは、大事な問題については、可能な限り相手と会って言葉を交わすようにしてはどうですか?
 あなたが自分の意志を伝えたいと願うように、相手もそう望んでいるはずです。
 いくら長く書こうと、メール内の文章は、その意志のうち、ほんの氷山の一角でしかありません。
 ご自身の心をよく観ればすぐおわかりでしょう?」
 厳しいがはっきり答えた。
 
 さて、貪瞋痴(トンジンチ)は心身を滅ぼす三毒といわれ、煩悩(ボンノウ)の代表である。
 そして、貪りの裏側には感謝の欠如があり、瞋(シン…怒り)の裏側には怖れがあり、痴(オロ)かさの裏側には怠慢がある。

 感謝を忘れ、恩返しを怠ってはいないか?
 感謝を知らぬ者は、いくら貪っても足りず、喉の渇きを塩水で癒そうとする時のように自分を苦しめる。
 わけもなくプライドが傷つくことを怖れてはいないか?
 〈自分〉を尊大に扱っていると、つまらぬことで逆上し、人間関係もあるいは自分の人生すら台無しにする場合がある。
 どこかで手抜きをしたために最善の手段がとれず、事態がうまく進まないのではないか?
 探求心を脇へ置いて目先だけ間に合わせようとすれば、本当の智慧は永遠に得られない。

 自分の生活に〈裏側の三つ〉が潜んでいないかどうか、チェックしてみたい。
 毒にやられぬうちに。
 Aさんには耳に痛い話だったろうが、これを話さねば当山は役割を果たせない。
 真剣な面持ちで帰るAさんを合掌して送り出した。 




 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。



「のうぼう あきゃしゃきゃらばや おん ありきゃ まり ぼり そわか」※今日の守本尊虚空蔵菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=IY7mdsDVBk8





[投票のご協力をお願いします。合掌]

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へにほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 真言宗へ
にほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 悩み・苦しみ・迷いへにほんブログ村



blogram投票ボタン



2015
04.01

み仏の戒めを受けた時(その2) ―怒りっぽい人は何をすればよいか?―

2015033000101.jpg
〈家具職人増野繁治師の最新作〉

20150330102.jpg

2 すぐにカッとなり、怨む場合

 つまらぬことにもすぐ腹が立つ〈ささくれて荒々しい〉心になっている時は、「慈心観(ジシンカン)」という瞑想法を行いましょう。
 これは、真の思いやりを抱くことにより、怒り怨む黒い心が起こらぬようにする実践法です。

 お釈迦様が説かれた深い思いやりすなわち慈悲は、対象を選びません。
 苦しむ人がいれば共に苦しみへ立ち向かい、楽しみが得られない人がいれば共に楽しみを求める抜苦与楽(バックヨラク)が慈悲の心です。

 ところが私たち凡夫は、好き嫌いや自分の都合により、苦しみや不足に悩む人がいても知らん顔をします。
 それどころか、「他人の不幸は蜜の味」ということわざがあるとおり、思いやりと反対の心さえ私たちには抜き難くつきまとっています。
 しかもこの心理は、そうした反応が脳内メカニズムとして生じることが解明されており、なかなかやっかいです。
 ただし、救いなのは、〝ざまあみろ〟という気持になっても、そのまま爽快さを保てるわけではなく、心のどこかに後ろめたい気持や後味の悪い気分が伴うことです。
 私たちの心には確かに慈悲心があり、問題は活性化させるかどうかにかかっています。

 さて、慈心観へ戻りましょう。
 この瞑想は、自分勝手な区別の心を抑制し、本来持っている慈悲心がはたらくようにする心のトレーニングです。
 まず、周囲の人々を三種類に分けましょう。

・Aグループ:親しい人・良い人
・Bグループ:憎い人・悪い人
・Cグループ:どちらでもない人

 縁のある人は必ずどこかのグループへ入るはずです。
 次に、Aグループの一人一人が何らかの苦しみを抱いていると想像します。
 たとえば、母親が持病に苦しんでいる、恩師が生徒の非行に苦しんでいる、恋人が親の不和に苦しんでいる、などなど。
 この想像をじっと続けて行けば、必ず、いたたまれない気持になってくることでしょう。
 次に、Cグループの一人一人が何らかの苦しみを抱いていると想像します。
 たとえば、八百屋のおばさんが老後の蓄えを騙し取られた、コンビニの店員さんが暴漢に殴られた、いつも道路掃除している隣の家のおじさんが大切にしている壺を壊した、などなど。
 この想像をじっと続けて行けば、当初は〝知ったことか〟と思っても、だんだん、いたたまれない気持になってくることでしょう。
 次に、Bグループの一人一人が何らかの苦しみを抱いていると想像します。
 たとえば、辛く当たるクラブの先輩が失恋して苦しんでいる、大嫌いな同級生が大怪我をした、反抗的な下級生が苛められている、などなど。
 この瞑想をじっと続けて行けば、当初は〝いい気味だ〟〝自業自得さ〟と思っても、苦しむ様子をリアルに想像しているうちに、やはり、いたたまれない気持が起こってきます。

 等しく煩悩(ボンノウ)を抱いている私たちは必ず、意のままにならない状況にぶつかり苦しみを抱えます。
 そして、誰かの苦しみをありのままに観る時、必ず、自分が苦しみを感じている時の気持がよみがえってきます。
 あたかも、鏡が姿形を映し出すように、音叉が共鳴するように。
 この真実に気づくと、慢心や軽蔑や憎悪といった悪しきものが離れ、つまらぬことで怒ったり怨んだりしなくなります。
 ちなみに、チベット仏教には菩薩(ボサツ)となるための訓練法『三十七頌(ショウ)』があり、そこでは自他を等しく観る心の眼が繰り返し説かれています。(http://hourakuji.blog115.fc2.com/blog-category-65.html)
 また、チベットでは、他者の苦しみを自分が身代わりとなって受け、自分の幸福と福徳とをそっくり他者へ渡すトンレンという瞑想が行われています。
 こうした訓練は、カルトによるマインドコントロールといったレベルとはまったく異なり、体操が身体に有益なのと同じく、心に有益なトレーニング法です。
 そのあたりの検証は、ダライ・ラマ法王と脳科学者たちの対話『「脳」を変える「心」』に詳しく示されています。

 どうでしょうか?
 怒りっぽい方はA・B・Cのグループ分けから始めてみませんか?

 次回は、三毒の最後、「愚癡」を克服する瞑想について述べます。




 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。



「のうまく さんまんだ ぼだなん あびらうんけん」※今日の守本尊大日如来様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=LEz1cSpCaXA





[投票のご協力をお願いします。合掌]

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へにほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 真言宗へ
にほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 悩み・苦しみ・迷いへにほんブログ村



blogram投票ボタン



back-to-top
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。