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2005
07.08

壊された美風

 聖徳太子は、師僧の慧慈と一緒に道後温泉へ行き、こんな碑文を遺しました。

「太陽も月も天から私たちを平等に照らしておられる。
 神の井戸ともいうべき温泉は地にあって誰彼の区別なく満遍なく薬効をくださっている」
「天から照らし地から救われる、これこそが極楽浄土である」


 天地の間にある人間は皆平等であるという思想がうかがわれます。
 そして、「十七条憲法」は第一条「和をもって貴しと為す」に始まります。
 第十条の要旨は
「人はそれぞれ考え方が違うのだから、いちいち怒ってはならない。
 自分だけが正しく相手は愚かだというものでもない。
 同じ凡人同士ではないか。
 もし相手が憤ったならば自分に誤りがあるのではないかと怖れよ。
 自分だけが判ったつもりでも、皆と行動を共にせよ」です。
 第十七条の要旨は
「ものごとは独断で行なってはならない。
 必ず皆で論議をしてから行なわねばならない。
 小さなことならば別として、大事にあっては決して誤らぬよう皆で論議し、道理に合った結論を得てから行なわねばならない」です。

 明治天皇の五カ条の御誓文は、第一条「広ク会議ヲ興シ万機公論ニ決スベシ」に始まります。

 こうした日本人の精神は、釈尊の時代に、4本の柱と屋根のみで造られた四阿(アズマヤ)で行なわれていたとされる部族の会議を彷彿とさせます。
 そこでは、皆が集い、自由に論議し、歴史と伝統を熟知し智慧を持った長老が意見をとりまとめて部族の方針が決められたとされています。

 古代インドの人々も、私たち日本人も、こうした智慧を持っていました。
「一人一人が神から権利を与えられたから平等である」という西洋の個人主義を待つまでもありません。
「人間はバラバラに独立しているから、やむを得ず多数を正義とするしかない」という多数決の原理、弱肉強食という鎧を衣の下に隠した原理などとは比較にならない大人の智慧を持っていました。
「それぞれが、謙虚に、共に生きる皆のためを心から考えて議論し、得られた方針には快く従って和を壊さない」
 社会の方向を決めるに際してこれ以上の方法がありましょうか。

 こんな、今となっては希有の存在がついこの間までありました。
 自民党の総務会です。平成15年に会則が変更されて多数決となりましたが、慣例として全会一致を保って来ました。
 いろいろ言われながらも自民党が長いこと政権を担っていられたのは、根幹にこうした大人の部分があったからであると観ていましたが、今回、日本にとっての重大事であると国民のほとんどが考えてもいない一政治家の旗印のために全会一致の美風は崩れ去りました。
 美風というものは精緻な技巧で作られたガラス細工のようなもので、一度壊されたならば旧に復することは至難のわざです。
 なぜならば、それは皆が手をかざしてこそ風から守られる一本の智慧のロウソクだからです。

 今回の一連の政治劇にこうした面があったことも考えてみる必要がありはしないでしょうか。私たちの持っているかけがえのない宝ものをこれ以上壊さないためにも………。
 




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