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2005
07.18

お墓によって吉凶はあるか?女性が建ててはいけないか?

 昨夜、ご年配の檀家さんから人生相談がありました。
「お墓を守っている妹がいるんですが、古くなり傷もついたので修理しようとしたら、お寺さんから修理でなく建て直しなさいと言われました。
 見積額は300万円近くにもなります。
 途方に暮れていたところ、今度はテレビで、有名な占い師が、女性がお墓を建ててはならないと言っていた場面を見て、いよいよ困っています。どうすれば良いんでしょうか?」

 以前『法務ノート』に書いたものを記します。
 あの時は、Kさんが、占い師からお墓を傷ついたままにしておくと祟られますと言われたことがきっかけでした。

 お墓はみ仏に降りていただき、御霊と一族をお守りいただくための聖なる場ですから、そこに乱れがあって良いはずはありません。
 きちっとした形を目にして正しい教えを聞き、すなおに手を合わせればまっすぐで穢れない心がつくられます。
 しかし、形が崩れたものを目にしたり、教えがなかったり、ただ怖がっていたりすれば、心にも歪みや隙や汚れが生じることでしょう。
 そうした欠陥を放っておく姿勢自体が、自らの運勢を暗い方へと傾かせ、無神経さやいいかげんさを利用する悪しき者たちに利用されだまされる場合があるかも知れません。
 新しい仏壇が入りご本尊様の開眼供養の修法をした後で、「ご本尊様には必ず真っ正面を向いていていただくように気をつけてください」と申し上げる場合があります。
 また、僧侶は、常に仏器などをきちっと左右対称に並べてから修法をします。
 それは「完全」「最高」をその本性とするみ仏をお呼びするのにふさわしくないからです。
 無垢をめざしている御霊へ失礼だからです。
 このように、「欠陥のあるお墓を放っておくと気がかりだ」という感覚には理があります。
 ただし、それはすべて自分の心にかかっており、相手がこちらへ祟るのではありません。
 
 理のない者や真の解決法を示さず利用しようとする者は、必ず怖がらせ不安にさせます。
 そうした者に耳を貸さず理を解すれば、あとは今の自分ができることを実行するのみです。
 もしもお金がないならば、詫びて供養の心を篤くすることです。
 折節に、プロに供養してもらうのも良いでしょう。
 そうしていれば、決して運勢が傾くことはありません。
 むしろ、そうした健気な心がご先祖様へ届けば「よし、ここは何としても護ってやらねば」といっそうご加護をいただけるかも知れません。

 Tさんは、遠くにあるお墓に身内のお骨が納められているのですが、種々の事情によって近所へ移すことが難しく、「いつの日か、必ず移すか分骨するかしよう。
 それまでの間、お骨はなくともあるつもりでお墓を造って供養しよう」と思い立ちました。
「良いんでしょうか?」と真剣です。
 もちろん結構なことです。
 親族間のもめごとや旦那寺との軋轢などが重なり形は極めて変則的になっていても、供養する心は必ず御霊へ届きます。
 御霊は私たちの魂が発するものを感じながら自由に移動していますから、み仏のご加護があって自分を供養してくれる場が造られれば、そのお慈悲とまごころに感応してお喜びになられます。
 ご守護と供養の心が薄い場所よりも、教えが説かれ、環境も良く、暖かい心で建てられた場へ来られ、ご一族をお護りくださるに相違ありません。

 さて、質問への答です。
「修理は良くない、建て直しなさい」については、たとえば何かの危険性があるといった物理的要因でもあればともかく、道理がありません。
 隠れた都合があるのではないでしょうか。
 み仏のため、御霊のために自分でできる範囲のことを堂々と行ってください。
 それ以上、人としてまことのある行為はないのですから。

「女性がお墓を建てると良くない」などと言う話に怯える必要はまったくありません。
 釈尊もお大師様も、そんなことで男女の区別をしてはおられません。
 まして、少子高齢化・男女共同参画の時代をどう生きるか、その道理を考えてもすぐに判ることです。
 いくら有名な人の言葉でも鵜呑みにしてはなりません。
 ただただ怯えてはなりません。
 供養についてはプロの僧侶へお訊ねください。
 み仏の説かれた教えと正統な修法をもってお応えします。
 ご安心ください。




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