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2012
08.19

子や孫のためにふり返っておきたい(その15) ─礼儀を重んじて活発なれ─

20120819022.jpg

16 「れ」 礼儀を重んじて活発なれ
 元気に進め。
 しかし礼儀を忘れるな。
 敬いを忘れる少年は断じて偉くなれない。
 偉人も英雄も礼儀正しい人ばかりだ。
 乱暴を恥とせよ。


 礼儀正しくありながら、元気にやる。
 ここでは、しつけができた上で子供の持てる力を伸ばす方法が端的に示されています。

 まず、親も先生も、子供が元気かどうか注意深く目をかける。
 これがすべての始まりです。
 元気という言葉はそもそも「減気」であり、病気から快方へ向かうことでした。
 さらに「しるし」「あらわれ」を意味する「験」を用いた「験気」となり、今では、悪しきものがなく元来の力にあふれている「元気」と表現するようになりました。
 最近、いじめが日本だけでなく各国でも社会問題になっていますが、親も先生も、生徒が本当に元気かどうかをよく観ておけば、早く手を打てるような気がしてなりません。
 もしも、目をかけ、異変を感じたなら放置しないという当たり前のことがなかなかできないとしたなら、教育においてやるべきことの順番を考えなおす必要があるのではないでしょうか。

 さて、礼儀とは、必ずしも決まり切った挨拶やお辞儀だけを指すのではありません。
 たとえば、こんなできごとを考えてみましょう。

 津波に遭った方々が学校の体育館へ避難していました。
 被災者は朝5時に起きて交代でゴミ集めをします。
 それも、体育館だけの分ではなく、一般の校舎の分も処理します。
 家族や家や仕事や車などを失った被災者は、お世話になっているという気持で一生懸命に敷地全体のゴミを集め、手押し車に乗せて収集車が来る場所まで運びます。
 やがて登校して来た生徒たちの中には、そうして汗を流す人々へ「くそばばあ、臭いぞ」などと罵声を浴びせる連中もいます。
 気の弱い被災者は二階などから飛んでくる言葉を怖れ、当番に当たっても行動できなくなりました。
 被災した屈強の男性が付き添い、生徒たちを叱り飛ばしながらゴミを運ばねばならない日もあったそうです。
 被災者たちは、水くみ場やトイレなどをぞうきんまでかけてきれいにしますが、土足で汚しても平気な生徒たちが少なくありません。
 先生へ実情を話しても、「校長へ伝えておきます」と返事されるだけで改善されない例も多々、あったそうです。
 こうなった理由は二つ、考えられます。
 一つは、学校は高台にあるので、生徒も先生も、眼下に見下ろす地域の人々のように悲惨な体験をしておらず、被災者がおかれた厳しい環境や辛い気持などを〈我がこと〉として受けとめられないのでしょう。
 もう一つには、常々の道徳的教育も、大震災という事態へ対応する教育も行き届いていないのでしょう。
 とても残念でなりません。

 真の礼儀は大いなるものに額(ヌカ)づき、他人を重んじ敬う心として発し、作法はふるまい全般に及びます。
 礼儀作法しつけるには、常日頃から自然を恐れ感謝し、仏神を畏れ敬い、人間が身体と言葉と心で行うことごとの善悪美醜を敏感に感じとれる心を育てねばなりません。
 大震災が社会と一人一人にとって何であるか、何をもたらしつつあるか、被災者はいかなる環境でいかなる思いで過ごしているか、きちんと教え、考えさせ、想像させねばなりません。
 また、ゴミ集めの件については、「こっちは施設を貸して不自由な思いをしているんだから」などど努々(ユメユメ)思わず、「ご皆さんご自身のことだけでも大変なのに、まことに相済みません。ありがたいことです」と被災者を思いやり感謝し、子供たちの心もそうした方向へと導かねばなりません。
 掃除の件については、普段以上にきれいになったことを奇貨として、「これからは、こういう風にきれいに使いましょうね。そうすると心もきれいになります」などと教育したいものです。

 元気で礼儀正しい子供にするため、親と先生がまず、どうあらねばならないか、よく考えたいものです。




 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。




「おん ばざら たらま きりく」※今日の守本尊千手観音様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。





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2008
12.06

日本の歌 101 ─われは海の子─

われは海の子
  作詞:宮原晃一郎 作曲:不詳 明治43年、『尋常小学読本唱歌』に発表

1 我は海の子白波の
  さわぐいそべの松原に
  煙たなびくとまやこそ
  我がなつかしき住家なれ

2 生まれて潮にゆあみして
  波を子守の歌と聞き
  千里寄せくる海の氣を
  吸ひてわらべとなりにけり

3 高く鼻つくいその香に
  不斷の花のかをりあり
  なぎさの松に吹く風を
  いみじき樂と我は聞く

4 丈餘のろかい操(アヤツ)りて
  行手定めぬ波まくら
  百尋(モモヒロ)・千尋(チヒロ)海の底
  遊びなれたる庭廣し

5 幾年こゝにきたへたる
  鐵より堅き腕(カイナ)あり
  吹く潮風にみたる
  はだは赤銅(シャクドウ)さながらに

6 波にたゞよふ氷山も
  來らば夾れ恐れんや
  海卷き上ぐる龍巻も
  起らば起れ驚かじ

7 いで大船を乘出して
  我は拾はん海の富
  いで軍艦に乘組みて
  我は護らん海の國


 明治36年、文部省が懸賞をかけて全国から新体詩を募った。
 佳作となったのが新聞記者宮原知久(本名)の「海の子」だった。
 西欧列強が世界の冨を求め、世界の覇権を目ざして、次々と海へと乗り出していた時代に、日本も負けじと富国強兵へ走る空気がそっくり表れている。
 戦後、7番が禁止され、今は3番までしか教えられていないという事情もよく解る。

 1494年(明応3年)、毛利元就の生まれた年に、ローマ教皇アレクサンドル6世の仲介で世界の海をスペインとポルトガルで2分する条約が結ばれ、列強の侵略による略奪と、文明の破壊と、奴隷売買が本格化した。
 キリスト教と軍艦はアジアとアフリカに暗黒時代をもたらし、やがてアメリカでは先住民が滅ぼされ、黒人奴隷が労働力として大量に〈輸入される〉ことになる。
 こうした成り行きは、軍隊に続いて監獄から出された人々がなだれ込み、共産主義と弾圧によってチベット文明が滅ぼされつつあるのと同じ構図である。
 なお、少数民族が独自の文化を守ってきたウィグル地区では40回以上も原爆実験が行われ、数十万人の住民が殺されたが、中国政府は口をつぐみ、依然として民族同化政策に走っていることを指摘しておかねばならない。
 さて、危機に抗すべく立ち上がった日本は、明治政府をつくり国家神道と軍隊によって列強並みの強国になろうと試み、敗れた。
 アメリカの凋落ぶりを見ていると、同じ轍を踏み続ける人類の宿命を考えずにいられなくなる。
「平家物語」を読むまでもなく、因果応報の節理は峻厳であり、いずれツケは必ず回ってくるのに、我が世の春を無制限に謳歌したくなる私たちは、釈尊依頼2500年、何ら変わっていない。

 この歌は、国威高揚の熱気が国中を勢いづけ、自信と覇気に満ちていた時代の象徴である。
 1番から3番までは、子どもの元気さを謳って余すところがない。
 そもそも元気とは根元的ないのちの勢いであり、世間を渡るための甲羅をまとわぬ子どもに、その最も純粋な姿を見ることができる。
 雄大な海、遙かな沖、吹き渡る風、すべてが元気と呼応してこの歌が生まれた。
 しかし、4番から先には、元気をはたらかせる方向が示され、邪気が顔をのぞかせる。
 無邪気さはなくなっている。
 こうして、大人の「はからい」に子どもの心が染められる。
 子どもの有様は、大人の有様を写す鏡である。
 今後も、教えられ、唄われるのは3番までであろう。
 そうすれば、この歌は「101番目」の名曲であり得る。

 ここまで、この世で呼吸している人々の記憶に深く刻まれている「日本の歌」101曲を考察した。
 明治は遠くなっても、数十万人の明治の人々が健在である。
 いのちをつなぎ、言葉を伝え、ふるまいを教え、そして歌に込められた心を遺して去りつつある方々へ感謝し、いのちある限り、この宝ものを大切にしたい。
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