FC2ブログ
--
--.--

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2015
10.01

10月の守本尊様と真言 ―阿弥陀如来―

201509290003.jpg
永代供養共同墓『法楽の礎』とご守護くださる十三仏様。阿弥陀如来は三回忌の守本尊様です〉

 10月は、寒露(カンロ)と霜降(ソウコウ)の神無月(カンナヅキ…10月8日より11月7日まで)です。
 10月は(イヌ)の月なので、守本尊阿弥陀如来(アミダニョライ)様です。

 阿弥陀如来様は、『遍處行智力(ヘンショギョウチリキ)』をもって、人々がどのような世界へ行こうとしているかをご覧になり、地獄界や餓鬼界などの悪しき世界へ入らぬよう、お導きくださいます。
 正しく念ずるならば、そのお力により、必ず善き所へ連れて行ってくださるのです。
 また、阿弥陀如来は、年生まれの善男善女を一生お守りくださる一代守本尊様でもあり、身体においては、主として脚をお守りくださいます。
 ご供養し、ご守護いただき、心豊かに、無事安全に過ごしましょう。

「その辺際(ヘンザイ)無き光明で○隈(クマ)なくこの世を照らし出し○一切衆生(シュジョウ)の一々(イチイチ)の○心の相を観ぜらる○その妙観(ミョウカン)の自在なる○故を以(モッ)ての名号(ミョウゴウ)を○観自在王(カンジザイオウ)如来(ニョライ)とも○申すべきことありがたし」


(その限りない光明でこの世の隅々まで漏れなく照らし出し、生きとし生けるものの心のありさまを見通される。その見通すお力が自在にはたらくことから観自在王(カンジザイオウ)如来(ニョライ)という異名でお呼び申しあげるのもありがたい)

「われら衆生(シュジョウ)が一心に○阿弥陀如来を観ずれば○無量無辺の光明と○寿命を以(モッ)て一切の○衆生(シュジョウ)を照らし給(タマ)いける○如来(ニョライ)の姿心水(シンスイ)に○映(ウツ)ることこそ悦(ヨロコ)ばし」


(私たち生きとし生けるものが一心不乱に阿弥陀如来を心に思い浮かべるならば、量も広さも限りない光明と寿命をもって生きとし生けるものを照らしてくださる阿弥陀如来のお姿が、あたかも水面に映るように顕れてくださることこそ、悦ばしい救いである)

201209711.jpg

 写真は、永代供養を行ってご加護を受けるため、当山の講堂へ納められた阿弥陀如来様です。
 総丈は約35㎝あり、日本で唯一、護摩を焚いてできた灰が体内へ納められています。(奉納受付中)

 10月の守本尊阿弥陀如来(アミダニョライ)様をご供養しお守りいただきたい時、願いを成就させたいと念じる時、つらい時、悲しい時、淋しい時は、合掌して真言(真実世界の言葉)をお唱えしましょう。
 たとえ一日一回でも、信じて行なえば、ご本尊様へ必ず思いが届きます。
 回数は任意ですが、基本は1・3・7・21・108・1080回となっています。

「おん あみりたていせい から うん」

今月の真言をお聞きになるにはこちらをクリックしてください。音声が流れます


※お聞き頂くには 音楽再生ソフト が必要です。お持ちでない方は、
 こちらから無料でWindows Media Player がダウンロードできます。





 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。



「おん あみりたていせい から うん」※今日の守本尊阿弥陀如来様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=4OCvhacDR7Y





[投票のご協力をお願いします。合掌]

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へにほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 真言宗へ
にほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 悩み・苦しみ・迷いへにほんブログ村



blogram投票ボタン



スポンサーサイト
2015
05.07

年忌供養は誰に向かって拝むのか? ―百か日は観音様、三回忌は阿弥陀様―

201505050003.jpg

201505070002.jpg
十三仏に守られた共同墓『法楽の礎』〉

201505070001.jpg
十三仏に守られた納骨位牌堂『法楽殿』〉

 共同墓『法楽の礎』を契約したAさんからご質問がありました。

「私が亡くなった後の年忌供養はどこでやっていただけるのですか?
 お墓の前ですか、それともご本堂ですか?」

 還暦はとっくに過ぎたご夫婦ですが、何でも真剣に問われます。
 基本的には本堂ですとお答えしたところ、共同墓でお骨を拝むのではないんですか?と二の矢が飛んできました。
 そこで、少々詳しくお答えしました。

「どこのお寺でも三回忌などのご供養を本堂で行います。
 その理由は第一に、ご本尊様のご加護は時空を超えているので、ご本尊様へお祈りすれば何ごとも通じるからです。
 たとえ御霊の依り代となるお骨が遠くの山中にあろうと、至心に祈った場所から法は届きます。
 当山には、東京の墓苑に埋葬されている方のご供養や、アメリカ在住の方のご加持などが申し込まれており、皆さんにご安心を得ていただいています。
 法が時間を超えて先亡の御霊へ届き、空間を超えてどこへでも届くのは、モノの世界の原理とは異なる聖なる世界があるからです。

 第二に、ご本尊様は、どらえもんの『どこでもドア』のような存在であり、どなたへ祈ろうと広大無辺な仏界へ通じ、いかなるみ仏のご加護もいただけるからです。
 たとえば百か日忌は観音様が守本尊ですが、ご本尊様がお不動様のお寺でも当然、問題はありません。
 それは、お不動様を入り口として法を結び、法の世界へ入った行者は、さらに観音様の世界へも進めるからです。
 十三仏の教えによるお不動様の役割は、死後、初七日のお導きであり、百か日のハードルを無事、越えさせてくださる観音様ではありません。
 それでもお不動様の前で百か日のご供養が成立するのは、お不動様と一体になる法を結ぶ行者は、日常世界を超えた仏界へ入り、無限の仏界において観音様の法を結ぶことが可能だからです。
 同じようにして、一周忌の勢至菩薩、三回忌の阿弥陀様、あるいは三十三回忌は虚空蔵様と、確かなご加護をいただけます。

 もちろん行者は、必ずしも眼前へ尊像をお祀りしなくとも、修法によって仏界へ入られます。
 また、数多くのみ仏がおられるのは、私たちの心に多様で無数の徳があり、徳の極まりが仏界だからです。
 こうした理由から、ご本尊様をお祀りしない葬祭会館でもご葬儀ができるのです。
 古家や古井戸を取り壊す前に供養と因縁祓いの修法を行う際、現場で特別にご本尊様をお祀りせずに修法するのも同じ理由からです。

 もちろん、お寺の帰りに、魂入れの済んだお塔婆をお墓へ立て、あらためてお線香を点して合掌するのはとても尊い行為です。
 モノと心とのあらゆる徳を捧げる象徴であるお塔婆は最高のご供物であり、それをわざわざ依り代の近くまで持参するのは深い誠意の表現です。
 なお、古来、神社仏閣が山上に建てられたのは尊いものを高くお祀りするのが第一の理由、第二の理由は、わざわざ遠くまで足を運ぶまごころが仏神と凡夫との距離を縮めるからです。
 ご理解いただけたでしょうか?」




 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。



「のうまく さんまんだ ぼだなん あびらうんけん」※今日の守本尊大日如来様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=LEz1cSpCaXA





[投票のご協力をお願いします。合掌]

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へにほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 真言宗へ
にほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 悩み・苦しみ・迷いへにほんブログ村



blogram投票ボタン



2014
09.25

ヨガのマントラと十三仏のマントラと両方唱えてよい? ―hasunohaへの回答について(6)―

201409250001.jpg

 僧侶への質問コーナーhasunohaに寄せられた質問の骨子です。
ヨガマントラ十三仏マントラと両方唱えていますが、大丈夫でしょうか?」

 当山からの回答です。

マントラとは真実の言葉であり、み仏の世界へ真っ直ぐに入るための聖なる言葉です。
 人間のいのちと心のはたらきは身体と言葉と心を通じて表れ、三つが煩悩と無智に穢れていれば悪しき結果を招くく三業(サンゴウ)となり、慈悲と智慧に満ちていれば自他の苦を除き自他を幸せにできる三密(サンミツ…3つのみ仏のはたらき)となります。
 そして人間存在の核である霊性の色合いが多種多様である通り、霊性に顕れる仏神もまた多種多様です。
 ちなみに『般若心経』という経典名は『如来の境地に感応し、プラジュニャー・パーラミターなる瞑想法を実践した観音菩薩が念誦すべきマントラを示す経典』(宮坂宥洪師の言葉を参照)となります。
 そして般若心経の終わり近くでは、こう説かれています。
『これこそがすべての煩悩を鎮める。
 これこそが究極の真実である。
 人間の思慮を超えており、何らの偽りもないゆえに。
 プラジュニャー・パーラミターの修行法において念誦すべきマントラは次のように解かれている。』
 続いて『ぎゃてい、ぎゃてい~』というマントラが示され、お経は終わります。
 この経典に惹かれる人は、観音様がこのマントラを唱えながら深い瞑想へ入って掴んだ空(クウ)の真実に感応しておられるのでしょう。
 たとえ無意識にであろうとも。

 身体と心をきちんと整えて至心に唱えるならばマントラはすべて、み仏や神々の世界へ入るための尊いカギとなるのです。
 そして前述の通り、人間の根本的なありようが多様である限り、魂が感得する仏神も多様であり、なんぴとたりとも、その内心へ立ち入ることも縛りつけることもできません。

 そもそも仏神とは、自己中心的で、空(クウ)なるありようをなかなか理解できない私たちとは異なった慈悲と智慧の結晶体であり、凡夫がつくる対立や争いや苦悩や憎悪を離れた存在であればこそ、仏であり神と言えるのではないでしょうか。
 だから、貴方様がヨガの修行に用いるマントラを唱える一方で、み仏へ十三仏様のマントラを唱えようと、それが貴方様の内心において共存できている限り何ら問題はありません。
 当山の人生相談には貴方様と似た疑問や悩みをお持ちの方々がたくさんご来山されています。
 人と人を対立させるものは、畢竟〝人〟です。
 せっかく日常生活的時空から離れていのちと心のはたらきを清め活性化しようとしておられるならば〝人〟の原理から離れてみたいものですね。
 ご精進を祈っています。合掌」


 これまで幾度、こうしたご質問を受けたかわかりません。
 友人、知人、親戚、あるいは祈祷師などから、「神様同士がケンカする」「神様と仏様と一緒にすると運気が悪くなる」「何か頼むなら神様で、仏様に頼みごとをしてはいけない」といった〈タブー〉の話をされた善男善女は気味が悪くなったり、困惑したりと大変です。
 狭い了見の人間が、仏神の世界まで狭めてしまっているのは残念です。

 ダライ・ラマ法王は、ハーヴァード大学で行った講義を『仏教哲学講義』にまとめられました。
 その中にある一節です。

「~仏教の全ては以下の二つの文に集約されます。
『もし可能ならば、他のものを助けなさい。
 それができなければ、少なくともかれらを傷つけないようにしなさい。』
 実に、仏教のすべての乗(声聞乗〈ショウモンジョウ〉・独覚乗〈ドッカクジョウ〉・菩薩乗〈ボサツジョウ〉)の本質はこの短い言葉に言い尽くされているのです。」


 声聞乗〈ショウモンジョウ〉とは、教えを学んで悟る教法です。
 独覚乗〈ドッカクジョウ〉とは、じっと瞑想をこらしたりして悟る教法です。
 菩薩乗〈ボサツジョウ〉とは、皆と共に救われたいと願って悟る教法です。
 いかなる姿勢や、やり方で仏教に学び、救われるかはさまざまですが、いずれにしても、他のためになることと、他を傷つけないことが根本中の根本であると説かれました。
 他のためになりたいと心から願い、決して他を傷つけまいと誓って生きるならば、仏教から外れていないとも言えるのです。
 仏教はあくまでも、万人が救われるための普遍的倫理や道理を求め続ける宗教であり、歴史上のどこかで一人間が語った内容を金科玉条にして思考停止するものではありません。
 お釈迦様やお大師様の言葉といえども、救いを求め、学ぶ後代の仏教徒は、その時代に生きる個人の魂のレベルで取捨選択し、理解を深め、心中で醸成させながら生かしてゆくのです。

 また、仏教徒の基本的立場として、教えは「縁になるもの」といった感覚があります。
 時間的、空間的、能力的に有限な世界で生きる一個人は、仏教のすべてを学び尽くすことは不可能です。
 上述の如く、仏教は歴史と共に変化し、深まり続けてやむことなく、こうしている瞬間にも、仏教の歴史的総体は変化し積み上げられつつあるからです。
 だから、自分の魂に響く教えに出会ったならば、「ご縁だ」「お導きだ」と感じながらありがたくいただき、人生の燈火として祈ってゆくのです。
 仏教の全部を研究した結果自分で選び取るといったことは、凡夫にとっては勘違い、あるいは思い上がりと言うしかありません。

 以上の理由から、ヨガではヨガの流儀によってマントラを唱え、み仏へ心を向けてはマントラを唱え、至心に心といのちの浄化、向上をはかることに何ら問題はないと考えます。



〈hr size="1" />

 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。



「おん あみりたていせい から うん」※今日の守本尊阿弥陀如来様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=4OCvhacDR7Y





[投票のご協力をお願いします。合掌]

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へにほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 真言宗へ
にほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 悩み・苦しみ・迷いへにほんブログ村



blogram投票ボタン



2014
01.17

この世を生き抜く、あの世で死にきる ─死にきって死後の野にふと雪一片─

20140117p037_02.jpg
〈撒かれる散華〉

20140112005.jpg
〈厳寒の中でも、あの世の安心を求める方々のため、変わらぬ精進は続けられています〉

 当山の法務は、善男善女の生と死に関わるものばかりです。

 善男善女と書いたから、悪い心を持っている人は関係ないのかと言えば、そんなことはありません。
 訪れる方々はすべて、例外なくみ仏の子だからです。
 よく、「いいお戒名をいただきました」と感謝されますが、それは決して当山の力によるものではなく、お戒名をお授けくださるご本尊様の御眼からご覧になられれば、誰しもが仏性(ブッショウ)を持った可愛い子だからに他なりません。
 お戒名には、院号(インゴウ)として魂の色合いが顕れ、道号(ドウゴウ)としてこの世での足どりが顕れ、法名(ホウミョウ)としてあの世の姿が顕れますが、すべては、み仏の子としての真姿を映す鏡なのです。
 だから、授かったいいお戒名は、その方がいい方だったことの証拠です。
 このように、どなたもが、まぎれもなく〈善男善女〉です。

 さて、人間関係の改善や健康の回復など、生きる方向において、ご本尊様は〈生き抜く〉力をくださいます。
 また、死後について、ご本尊様は〈死にきる〉力をくださいます。

 死が人間にとって宿命である以上、死から〈逃げ切れる〉と思っている方は一人もおられないでしょう。
 しかし、私たちは往々にして〈死にきれない〉思いを持ち、死者が〈死にきれない〉でいるのではないかと考えるので、不安や苦しみなどが生じます。
 死者が持つこの世への叶わぬ執着心を断ち切り、送る方々の逝ってしまって欲しくないという無常の理に逆らう執着心をも断ち切るためにこそ、み仏に成りきった行者が引導を渡します。
 ご本尊様は逝く方へ〈死にきる〉力をくださり、送る方々はご葬儀の場などでそれを感得されればこそ、その後の時の経過により少しづつでも無常が受け入れられ、心に安心が広がって行きます。

 死にきった世界を詠んだ一句があります。

「死にきって死後の野にふと雪一片(ヒトヒラ)」 志摩 聰


 この世からあの世へ持ってゆけるものは何一つありません。
 財産も名誉も肩書も捨てねばならない一方、窮乏からも離れ、愛憎すら消えます。
 決して消えないものは、次の世に結果をもたらさずにはおかない善なる業(ゴウ)と悪なる業(ゴウ)という潜在的な影響力のみです。
 このように、何も身にまとえないはずなのにまとっていたつもりでいた諸々がすべてきれいに消えてしまったのが、「死にきって」たち現れる「死後の野」です。
 その空空寂寂(クウクウジャクジャク)とした世界に音もなく舞い降りる一片の雪。
 足元へ降りきる時も待たず、幻のように消えてしまうたった一片の雪。
 許されるか、許されるかわからない希望に似た欠片(カケラ)。
 それを手にできようができまいが、歩いてゆかねばならない〈野〉……。

 この〈野〉は虚無の世界ではありません。
 霊性は徳を具えているからこそ霊性であり、格段に濃い徳とのご縁が十三仏様のお導きです。
 この世で親に、先生に、先輩に導かれるのと同様、あの世でも必ず導きがあるはずです。
 夢のような「雪一片(ヒトヒラ)」は、み仏のご来臨を示す散華(サンゲ)ではないでしょうか。




 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。




「おん ばざら たらま きりく」※今日の守本尊千手観音様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=IvMea3W6ZP0





[投票のご協力をお願いします。合掌]

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へにほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 真言宗へ
にほんブログ村
 
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 悩み・苦しみ・迷いへにほんブログ村



blogram投票ボタン

 

2013
12.01

平成25年12月の行事予定

20131201CIMG326802
〈『エコクリーンラボ』(仙台市)さんのおかげで、共同墓の十三仏様はすっかりきれいになりました〉

 大雪(ダイセツ)と冬至(トウジ)の師走(シワス)に予定している行事です。
 この世の幸せとあの世の安心のため、仏神と諸精霊のおわす聖地へおでかけください。

[第一例祭] 2013/12/1(日)午前10:00~11:00

 護摩法を行います。
 般若心経や守本尊様をお讃えする経典などを唱え、み仏と万物と万霊をご供養し、願いをかけましょう。
 太鼓と共に観音経を唱えましょう。
 12月5日がくれば東日本大震災から千日目となることにちなみ、今回は光明真言108返をお唱えし、御霊をご供養します。
 願いをかける護摩木は一本三百円。
 自由参加です。
 護摩の火に身を近づけ、悪しきものは焼き祓い、善き願いへ大きなご加護を受けてください。
 (願い事を書く護摩木供養は1体300円です)
・送迎申込 開始30分前に、地下鉄泉中央駅そばの『イズミティ21』前へ送迎車がまいります。
 乗車希望の方は前日午後5時までに必ずご連絡下さい。


[書道・写経教室] 2013/12/1(日)午後2:00~午後3:30

 髙橋香温先生は津波で被災されても書道一筋でがんばっておられます。
 熱意と誠意を感じられる貴重な時間です。
 書道の基本を学び、100文字の写経も行います。
 イス席もありますので、お気軽にご参加ください。
・場  所  大師山法楽
・指  導  高橋香温(温子)先生
・ご志納金 1000円(未成年者500円)
(毎月第一日曜日午後2時から開催します)
・送迎申込 開始30分前に、地下鉄泉中央駅そばの『イズミティ21』前へ送迎車がまいります。
 乗車希望の方は前日午後5時までに必ずご連絡下さい。


[第九回法楽塾] 2013/12/1(日)午後4:00~午後5:30

 正式な勤行(ゴンギョウ)法と修行法をお伝えします。
 自分の身を法で守り、菩薩(ボサツ)として他者のためにもなりたい在家行者をめざす方のために基礎づくりを行います。
 ただし、履歴書に書く資格は得られません。
 よき願いを抱き、自信を持って祈られるようになるだけです。
 決心された方は、資料などの関係上、参加予約の上、身分証持参でおでかけください。
・場  所  大師山法楽
・ご志納金 3000円(隠形流居合の行者は無料)
・イス席もありますので、お気軽にご参加ください。
・送迎申込 開始30分前に、地下鉄泉中央駅そばの『イズミティ21』前へ送迎車がまいります。
 乗車希望の方は前日午後5時までに必ずご連絡下さい。


[第四十五回寺子屋法楽館』 ─富岡町における原発事故の被害と現状について─]
 
 いとうせいこう著『想像ラジオ』は書いています。
「死者と共にこの国を作り直して行くしかないのに、まるで何もなかったように事態にフタをしていく僕らはなんなんだ。この国はどうなっちゃったんだ」
「亡くなった人はこの世にいない。すぐに忘れられて自分の人生を生きるべきだ。まったくそうだ。いつまでもとらわれていたら生き残った人の時間も奪われてしまう。
 でも、本当にそれだけが正しい道だろうか。
 亡くなった人の声に時間をかけて耳を傾けて悲しんで悼んで、同時に少しづつ前に歩くんじゃないのか。死者と共に」
 私たちはこれでよいのでしょうか?死者の思いを想像できないどころか、同じ空気を吸っている同胞の苦しみにも目をつむり、儲けにまつわるキラキラしい未来ばかりが派手派手しく語られている現実を省みようではありませんか。
 今、現実に、天災と人災によって苦しみを抱えつつ日々を送っておられる方々から生の言葉をお聞かせいただいて……。
 事前予約などは不要です。
 どうぞ、ふるっておでかけください。
・講  師 福島県富岡町社会福祉協議会『おだがいさまセンター』アドバイザー青木淑子(ヨシコ)先生と住民の方々
・日  時 12月14日(土)午後1時半~3時半(毎月第二土曜日に開催します)
・場  所 法楽寺講堂
・参加費 1000円
・送迎申込 開始30分前に、地下鉄泉中央駅そばの『イズミティ21』前へ送迎車がまいります。
 乗車希望の方は前日午後5時までに必ずご連絡下さい。


[第二例祭] 2013/12/21(土)午後2:00~

 護摩法を行います。
 般若心経や守本尊様をお讃えする経典などを唱え、み仏と万物と万霊をご供養し、願いをかけましょう。
 太鼓と共に般若心経を唱えましょう。
 願いをかける護摩木は一本三百円。
 自由参加です。
 護摩の火に身を近づけ、悪しきものは焼き祓い、善き願いへ大きなご加護を受けてください。
 (願い事を書く護摩木供養は1体300円です)
・送迎申込 開始30分前に、地下鉄泉中央駅そばの『イズミティ21』前へ送迎車がまいります。
 乗車希望の方は前日午後5時までに必ずご連絡下さい。


[お焚きあげ] 2013/12/28(土)午前10:00~11:00

 お不動様のご縁日に、開運不動前にて「供養会」及び「お焚きあげ」を行います。
 人形や仏壇や写真など、燃えるものも、燃えないものも大丈夫です。
 一緒にお不動様のお経を読み、真言を唱えましょう。
※お焚きあげをご希望の方は、必ず電話などで日時を連絡の上、お品をご持参、あるいはお送りください。
 当日とは限らず、いつでも結構です。
※毎月、最終土曜日に行いますが、今月は31日に当たるので、一週間、繰り上げます。

[機関誌『法楽』作り] 2013/12/23(月)午前9:00~

 講堂にて、機関誌『法楽』を作ります。ご協力をお願いします。
『実語教・童子教』も共に学びましょう。
※毎月、最終月曜日に行いますが、今月は年末につき一週間くり上げます。

[隠形流(オンギョウリュウ)居合道場]

 毎週金曜日 午後7:00~9:00 旭ヶ丘青年文化センター、もしくは旭ヶ丘仙台市民センターにて
 九字を切り、守本尊様のご加護をいただく密教独自の剣法です。
 女性や高齢者の方々が多く、厳しいながらも和気藹々と稽古しています。
 入門ご希望の方は、事前に連絡の上、見学してください。




 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。



「のうぼう あきゃしゃきゃらばや おん ありきゃ まり ぼり そわか」※今日の守本尊虚空蔵菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=IY7mdsDVBk8





[投票のご協力をお願いします。合掌]

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へにほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 真言宗へ
にほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 悩み・苦しみ・迷いへにほんブログ村



blogram投票ボタン



back-to-top
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。