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2013
09.18

映画『洟をたらした神』を観賞して ─原発事故が奪い去った〈見届けられるべき世界〉─

20130917003.jpg

 第四十四回寺子屋法楽館』では、映画『洟をたらした神』を観賞し、語り合った。

 福島県石城郡小名浜町(現在のいわき市小名浜)に生まれた吉野せいは、好間村(現在のいわき市好間町)北好間の菊竹山で開墾生活をしていた詩人三野混沌(本名=吉野義也)に嫁ぐ。
 当時の鹿島村(現在のいわき市鹿島町)には八代義定の書斎「静観室」があり、解放された書斎では若者たちが集い、人生を語り合い、思想や哲学を学んでいた。
 二人はそこで出会った。
 混沌のプロポースの言葉にこうした一節がある。

「貴女に頼られれば自分は強くなれる。
 私は貴女を限りなく愛する」


 開墾地には水が無く、沢まで水汲みに往復せねばならない。
 水すがり、水に生かされ、水に感謝する生活である。

 次々に子供が生まれ、極貧の中で懸命に育てる。

「生活がいかに苦しかろうと、天からの授かりものは生きねばならぬ」


 長男は流行のヨーヨーを欲しがるが、買ってもらえない。
 彼は、ついに、自分で作り上げる。
 子供といえども、貧乏に耐えているうちに知恵が出て、芯が強くなる。
 貧乏な家族は、一緒に耐える者として互いを思いやり、結びつきが強くなる。
 
 肥料は小学校から譲られる人糞である。

「切り拓く土地を痩せさせてはならない。
 一握りの土地を守らねばならない」


 明治27年に生まれた吉野混沌は、洗礼を受け、早稲田大学を中退した。
 山村暮鳥や草野心平と交わり、野の詩人と称された。

「天日(テンジツ)燦(サン)として焼くが如し、出(イ)でて働かざるべからず」


(陽光は厳しく、しかし、いのちを育くむ強い力で照りつけている。さあ、野へ出て、はたらこうではないか)
 夫婦でこう覚悟を確認し合いながらはたらき、最後も野へ出ようとして倒れた。
 
 大震災と津波、そして原発事故をくぐり抜けて生きている私たちは、ここまでいのちをつないでくれた先人に対して何ができるのだろう。
 吉野せいは結婚に際し、新たな出発をすべく、書き溜めた原稿や日記をすべて焼き払った。
 そして、子供たちを育て上げ、夫を送った後に、再びペンをとった。
 時、71才だった。
 生き残った吉野せいは、確かに〈見届け〉、それを記したのだ。
 私たちも老いたならば、人生に残された最後の仕事は〈見届ける〉ことではなかろうか?
 しかし、見届けられるべき故郷が、大地が、自然が人間の生から切り離されれば、もう、それはできない。
 原発事故のもたらした最大の悲劇はここにある。
 人々が、自分の生きた軌跡を、皆で耕した成果を、町や村を包み育んでくれた自然を見届けられないこと、これはまごうことなき悲劇である。

 確かに『洟をたらした神』は苦闘の歴史である。
 しかし、軌跡を見届ける吉野せいには、活き活きした感性に応え、静謐な安寧をもたらしてくれる世界が残されていた。
 この世界の喪失は惨い。
 喪失には人間の手が加わっている。
 私たちは、原発事故が何をもたらしたのか、よくよく省みる必要があるのではなかろうか。




 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。



「おん あみりたていせい から うん」※今日の守本尊阿弥陀如来様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=4OCvhacDR7Y





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