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2016
08.15

学べば心の目が開く ─漢文『法句経』を読んでみる(その6)─

2016-08-15-0001.jpg

 前回にひき続き、『法句経(ホックキョウ)』の【多聞品(タモンボン)第三】を意訳します。
 多聞とは文字どおり、たくさん聞いて学ぶことですが、お釈迦様の当時は書物がなかったので、聖者から直接、教えを聞くことが最高で唯一の学ぶ機会でした。
 現代の私たちとしては、まず、説く人物や団体の判断をまちがわぬようにせねばなりません。
 核融合が核爆弾や核発電に用いられているのを見てもわかるとおり、真理は目的によってどのような手段としても用いられ得ることを忘れるわけにはゆきません。
 正しいはずの教えが人を偏狭にしたり、争わせたり、あるいはマインドコントロールに用いられたり、さらには意図せぬ危険をもたらしたりもします。
 また、さまざまな宗教や経典からの〈良いとこ取り〉で継ぎ接(ハ)ぎだらけのモザイクが、新しい教えとして喧伝(ケンデン)されたりします。
 説き手を見極めた上で、情報をきちんと取捨選択し、慎重に学びましょう。 

〔六一〕仙人は常に聞(モン)を敬う、況(イワン)や貴(キ)・巨(コ)・富人(フニン)をや。是(コ)れ慧(エ)を以(モッ)て貴しと為(ナ)す。礼(ライ)すべきこと是(コレ)に過ぐるは無し。


(仙人は教えを聞いて悟った人を敬う。位の高い人や偉人や富豪も同じく、智慧ある人をこそ真に尊い人として敬う。礼をもって教えを乞うべきは、聞いて悟った人である)

〔六二〕日に事(ツカ)うるは明るさの為の故(ユエ)なり、父に事(ツカ)うるは恩の為の故(ユエ)なり、君に事(ツカ)うるは力を以ての故(ユエ)なり、聞の故(ユエ)に道人(ドウニン)に事(ツカ)うるなり。


(明るさを感謝して太陽を拝み、恩に感謝して父親に孝行し、力の庇護を求めて君主に仕える。教えを受けるためにこそ、行者供養するのである)

〔六三〕人は命の為(タメ)に医に事(ツカ)え、勝たんと欲して豪強に依(ヨ)る。法は智慧の処に在り、福行(フクギョウ)あらば世世に明るし。


(人は、いのちを守って欲しいがゆえに医者にすがり、勝ちたいがために屈強なものにすがる。真理智慧にこそあり、幸福をもたらす智慧に導かれた善行があれば、いつの世も明るい毎日となる)

〔六四〕友を察するは謀(ハカリゴト)を為(ナ)すに在り、伴と別るるは急時に在り、妻を観るは房楽(ボウラク)に在り、智を知らんと欲せば説に在り。


(共に計画を立てて実行しようとする時に友の真意がわかり、長年の人間関係が切れるのは急な事変に遭った時であり、妻を眺めるのは夫婦で過ごす時であるように、智慧を求めるならば聖者の説を聞かねばならない)

〔六五〕聞(モン)は今世(コンゼ)の利を為(ナ)し、妻子・昆弟(コンテイ)・友、亦た後世(ゴセ)の福を致す。聞(モン)を積みて聖智(セイチ)を成(ジョウ)ず。


(教えを聞けばこの世で役に立ち、妻子も兄弟も友人も含め、来世でも福徳をもたらす。よくよく学べば、やがて聖なる智慧が得られることだろう)

〔六六〕是(コ)れ能(ヨ)く憂恚(ウイ)を散じ、亦(マ)た不祥の衰えを除く。安穏(アンノン)の吉を得んと欲(ホッ)さば、当(マサ)に多聞者(タモンシャ)に事(ツカ)うべし。


(教えを聞いて学べば、憂いや怒りを消滅させ、巡り合わせの悪さなど運気の弱化を除く。安寧で幸せに暮らしたいならば、教えをよく聞いて学んでいる人に供養することである)

〔六七〕斫創(シャクソウ)は憂いに過ぎたるは無く、射箭(シャゼン)は愚かに過ぎたるは無し。是(コ)れ壮も抜くこと能(アタ)うこと莫(ナ)く、唯だ多聞(タモン)に従いて除く。


(いかなる刀傷も心の憂いより苦しいものはなく、いかなる矢で射られようとも、自分の愚かさに引きずられるほど人生を苦しいものにすることはない。憂いと愚かさは、いかなる腕力をもっても除けず、たくさんの教えを聞いて悟り、除くしかない)

〔六八〕盲(モウ)は是(コ)れに従(ヨ)りて眼を得、闇者(アンジャ)は従(ヨ)りて燭(ショク)を得(ウ)。亦(マ)た世間の人を導くは、目あるものが目無きものを将(ヒキ)いるが如(ゴト)し。


(教えをよく聞くことは、目の見えぬ者が心眼を開くようなものであり、暗闇にいる者が明かりを得るようなものである。悟った聖者が世の人びとを導くのは、目のある者が目のない者を率いるようなものである)、

〔六九〕是(コ)の故に痴(チ)を捨つ可(ベ)し。慢と豪富(ゴウフ)の楽(らく)を離れ、学を務め聞者(モンジャ)に事(ツカ)うる、是(コ)れを徳を積聚(セキジュウ)すと名づく。


(以上のとおり、愚かさを捨て去らねばならない。慢心と、権力や富の力で楽しむことを離れ、教えを学び、教えをよく聞いている聖者供養する。これが徳を積み集めることである)




 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。




「おん さんまや さとばん」※今日の守本尊普賢菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
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2016
08.12

仏法を学ぶ価値は? ─漢文『法句経』を読んでみる(その5)─

2016-08-12-0001.jpg

 寺院や寺子屋 ではもちろん、戦前まで広く親しまれていた漢文の『法句経 (ホックキョウ)』を読んでみましょう。
 戦場へ赴く若者が懐へ忍ばせていたという話も聴いています。
 当山では、寺子屋やNHKの講座で読み通しており、学びの柱として欠かせません。

 小生の土台はこの教えによってつくられました。
 中年にしてこの道へ入った小生は、『法句経』を読み、自分は肝腎なことをいかに知らなかったか、また、知らずに知ったつもりでいたか、痛感させられました。
 ここにある教えはいずれも難しい哲理などではありません。
 中学生ほどの読解力があれば、誰でも〝そうか〟となる範囲のものです。
 それでもなお、〝そうだった……〟あるいは〝──そうなのか〟と心の目を見開かされる思いになることでしょう。

 どれか一句でも、皆さんの心へピンと届くものがあればありがたいことです。
 新たになった読み下し文を意訳してみましょう。 (「新国訳大蔵経」によります)
 前回に続き【教学品(キョウガクホン)第二】です。

 これより【多聞品(タモンボン)第三】へ入ります。

多聞品(タモンボン)とは、亦(マ)た聞きて学ぶを勧めて聞(モン)を積みて聖を成(ジョウ)じ、自ら正覚(ショウガク)を致す。


多聞品は説く。教えを聞いて学ぶよう勧め、聞いた教えを心に積んで己を清め、自ら正しい悟りを完成せしめる)

〔五一〕多聞(タモン)を能(ヨ)く持すること固く、法を奉ずるを垣墻(エンショウ)と為(ナ)し、精進して踰(コ)え毀(ヤブ)ること難くす。是れに従(ヨ)りて戒と慧(エ)成(ジョウ)ず。


(たくさんの教えを聞いて固く保ち、仏法を報じて心の垣根とし、精進して煩悩が侵入しにくくする。これによって戒めは守られ、智慧が生ずる)

〔五二〕多聞(タモン)は志を明らかならしめ、已に明らかなれば智慧増し、智則ち博(ヒロ)ければ義を解(ゲ)し、義を見れば法を行ずること安し。


(たくさんの教えを聞けば志すところが明らかになり、明らかになれば智慧が増し、智慧が博くなれば教義が理解でき、教義を理解すれば仏法の修行が順調に進む)

〔五三〕多聞(タモン)は能(ヨ)く憂いを除き、能(ヨ)く定(ジョウ)を以(モッ)て歓びと為す。善く甘露の法を説き、自ずから泥?(ナイオン)を得るを致す。


(たくさんの教えを聞けば憂いが除かれ、念入りに行う瞑想が喜びとなる。他者へ熱心にみ仏の教えを説き、いつしか自分も涅槃へ赴く)

〔五四〕聞きて法律を知ると為し、疑いを解き亦(マ)た正しきを見、聞(モン)に従いて非法を捨て、行きて不死の処(トコロ)に到る。


(教えを聞いて仏法戒律とを知り、疑問を解き正しい道を見出し、教えを聞くに従ってためにならぬことを捨て去り、絶対安寧の境地に達する)

〔五五〕為に能(ヨ)く師は道を現わし、疑いを解きては明らかなるを学ばしむ。亦(マ)た清浄の本を興し、能(ヨ)く法蔵を奉持(ブジ)せしむ。


(絶対安寧の境地へ導くために、師は道筋を示し、疑問を解いて明らかにそれを知ることができるよう学ばせる。また、清浄な教えの本を興し、たくさんの教えを尊び護持させる)

〔五六〕能(ヨ)く摂(セッ)すれば義を解(ゲ)するを為し、解(ゲ)すれば則ち戒は穿(ウガ)たれず。法を受け法に猗(ヨ)らば、是(コ)れに従(ヨ)りて疾(ト)く安きを得ん。


(心や感覚器官の働きを制御すれば教えの道筋を理解し、理解すれば戒律は破られない。教えを受け、教えに依って修行を進めれば、これによって速やかに絶対安寧の境地へ入られる9

〔五七〕若(モ)し多少聞くこと有りて、自ら大とし以(モッ)て人に?(オゴ)らば、是(コ)れ盲(モウ)の燭(トモシビ)を執(ト)りて、彼を照らすも、自らは明らかならざるが如(ゴト)し。


(もしも、教えを多少聞き、自分は大したものになったと過信して他人へ威張れば、目の見えない人が灯火を手にするようなものである。灯火は彼を照らしても、彼はその明かりで周囲がよく見えるわけではない)

〔五八〕夫(ソ)れ爵・位・財を求め、尊貴なること天福(テンプク)に升(ノボ)るも、弁と慧(エ)あるの世間に悍(タケ)きは、斯(コ)れ聞(モン)を第一と為(ナ)す。


(名誉や地位や財産を求め、神のごとき王になろうとも、正しい言葉と智慧をもって人を救う力がある者としては、教えを聞いて悟った者が一番であり、かなわない))

〔五九〕帝王の聘礼(ビョウライ)は聞(モン)なり、天上天(テンジョウテン)も亦(マ)た然(シカ)り。聞(モン)を第一蔵と為(ナ)さば、最も富み旅力(リョリキ)強し。


(帝王が遠く臣下を派遣して礼を尽くし学ぶのも教えを聞くためであり、天界の最上位にあろうとも同じである。悟った聖者の教えを会得すれば最高の富を得、あらゆる力を発揮できる)

〔六〇〕智者は聞(モン)の為(タメ)に屈し、道(ドウ)を好む者も亦(マ)た楽しむ。王者は心を尽くして事(ツカ)う、釈・梵(ボン)と雖(イエド)も亦(マ)た然(シカ)り。


智慧ある者は教えを聞くために礼を尽くし、道を求める者もまた聞いて満足する。王は聖者にまごころで仕え、帝釈天〔タイシャクテン)〕や梵天〔ボンテン〕といった神々も同じである)




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2016
06.05

漢文『法句経』を読んでみる(その5) ─学び方─

2016-06-04-0005.jpg

 寺院や寺子屋 ではもちろん、戦前まで広く親しまれていた漢文の『法句経 (ホックキョウ)』を読んでみましょう。
 戦場へ赴く若者が懐へ忍ばせていたという話も聴いています。
 当山では、寺子屋やNHKの講座で読み通しており、学びの柱として欠かせません。
 小生の土台はこの教えによってつくられました。
 どれか一句でも、皆さんの心へピンと届くものがあればありがたいことです。
 新たになった読み下し文を意訳してみましょう。 (「新国訳大蔵経」によります)

 前回に続き【教学品(キョウガクホン)第二】です。

〔四一〕学ぶには当(マサ)に先(マ)ず解(カイ)を求め、観察(カンザツ)して是非を別(ワカ)つべし。諦(タイ)を受ければ応(マサ)に彼(カ)れに誨(オシ)うべく、慧(エ)あるも然(シカ)くして復(マ)た惑わず。


(学ぶには、まず、自分が持っている疑問を解き、自分で是非を判断できるようにならねばならない。真理を会得したならば他者へ教えることができる。智者は自ら立ち、惑わぬ者となっている)

〔四二〕被髪(ヒハツ)して邪道(ジャドウ)を学び、草衣(ソウエ)しても内に貪濁(ドンジョク)あり。曚曚(モウモウ)として真を識(シ)らざること、聾(ロウ)の五音(ゴオン)を聴くが如(ゴト)し。


(髪を振り乱して邪道を学び、隠者らしい粗末な服装をしていても内心には貪りの汚れがある。心が確かでなく真理を知らないのは、聾者が声音を聞き分けられないようなものである)

〔四三〕学びて能(ヨ)く三悪(サンアク)を捨(シャ)し、薬を以(モッ)て衆(モロモロ)の毒を消す。健夫(ゴンプ)の生死(ショウジ)を度すること、蛇の故(フル)き皮を脱するが如(ゴト)し。


(学んで貪・瞋・癡を離れるのは、薬によって、毒が全身へ回るのを防ぐようなものである。強い意志で修行し、生き死にの苦を克服するのは、ヘビが脱皮して古くなった皮を脱ぎ捨てるようなものである)

〔四四〕学びて多聞(タモン)にして、戒を持(ジ)して失わざれば、両(フタ)つながら世に誉められ、所願は得(エ)らる。


(よく学び、戒めを守って保てば、現世でも来世でも称賛を受け、願いとする誓戒は具わる)

〔四五〕学びて寡聞(カモン)にして、戒を持すること完(マッタ)からざれば、両(フタ)つながら世に痛みを受け、其(ソ)の本願を喪(ウシナ)う。


(あまり学ばす、戒めを守りきれなければ、現世でも来世でも非難を受け、願いとしているものは成就できない)

〔四六〕夫(ソ)れ学ぶに二有り、常に多聞(タモン)に親しむと、安んじて諦(ツマビ)らかに義を解(ゲ)すとなり。困しむと雖(イエド)も邪(ヨコシマ)ならざれ。


(学ぶには二面がある。たくさんの教えを聞くことと、心を安定させて教えを理解することである。二つの修行が苦しかろうと、邪道へ行ってはならない)

〔四七〕稊稗(タイヒ)の禾(イネ)を害するが如)、多欲は学びを妨(サマタ)ぐ。衆(モロモロ)の悪を耘除(ウンジョ)せば、成収(セイシュウ)必ず多(オオ)からん。


(いぬびえと草びえが稲の生育を害するように、仏法以外のものへあれこれ関心をめぐらせれば肝心の学びが妨げられる。雑草を抜くように悪しき欲を取り除けば、実り多い収穫となる)

〔四八〕慮(オモンバカ)って後(ノチ)に言い、辞(コトバ)は強梁(ゴウリョウ)ならず。法説(ホウセツ)と義説(ギセツ)、言いて違(タガ)うこと莫(ナ)し。


(深く思慮してから話し、言辞は強く荒々しくないようにせよ。そうすれば、真理についても教義についても、説法に誤りはなくなる)

〔四九〕善(ヨ)く学びて犯すこと無く、法を畏れて暁(サト)く忌(イミ)す。微(ビ)を見る知者は、誡(イサ)めて後(ノチ)の患(ウレ)い無し。


(よく学んで戒めを犯さず、真理に畏れを抱いて賢く自分の愚かさをはばかる。見つけにくい真理がわかった智者は、自分を誡めて後顧の憂いをなくす)

〔五〇〕罪と福を遠く捨て、務(ツト)めて梵行(ボンギョウ)を成(ジョウ)じ、終身自(ミズカ)ら摂(オサ)む、是(コ)れを善学(ゼンガク)と名づく。


(娑婆での罪を離れ福を求めず、仏道修行に励み、一生、自分自身を統御する、これを善く学んだ者すなわち長老と名づける)

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「おん ばざら たらま きりく」※今日の守本尊千手観音様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
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