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2014
07.27

真智の開発をめざして(その8) ─五智の教え・自他のものの区別をすること─

201407270001.jpg

五智」とは、優しさ・厳しさ・正しさ・優雅さ・尊さであり、その五光により、妄知(モウチ…おかげさまと心の底から思えない惑った心)も邪知(ジャチ…万事を我がためとするよこしまな心)も消え失せます。

 さて、厳しさは、〈愚癡〉〈好悪〉〈自他〉〈明暗〉〈公私〉という五つの問題がきちんと整理される時、〈人間がみ仏の子である証明〉として完成します。

[2の3]厳しさ自他のものの区別をする

 人間関係の根元にあるのが自他のものを区別する感覚です。
 これができない幼児は、兄弟や友だちのオモチャに手を出してケンカが始まります。
 区別がつくようになると、今度は占有する気持が強くなり、親は「貸してあげなさいよ」と指導します。
 自分のモノへのこだわりと、他人の気持に応えることと、二つのバランスがだんだんにとれて大人になってゆきます。

 さて、大人になればなったで、次のステップが待っています。
 自分に属するモノだけでなく、ものごとも問題になります。
 わかりやすいのが体調です。
 身体の具合は百パーセント当人の問題であり、誰も代わってやれません。
 お腹がすいたからといって代わりに食べてやることもできなければ、便秘だからといって代わりにトイレでしゃがんでやることもできません。
 しかし、家族であれ、友人であれ、体調が悪ければ〈他人(ヒト)ごと〉ではなくなります。

 たとえば、ばったり出会った友人が青い顔をしていれば心配になります。
「また、飲み過ぎたの?」
「疲れているんじゃない?」
「仕事、大変なの?」
 さまざまに声をかけたくなります。
 そこで、相手が大したこともなくて、「また、やっちゃったからね」と笑って別れられれば何ということもありません。
 しかし、少しうるさく言い過ぎたり、相手が気づかれないでいたい異変に触れてしまったり、相手の虫の居所が悪かったりすると問題です。
 せっかくの善意が相手へ不快感を催させてしまいます。

 そうかといって、周囲の人々へ無関心で、自分の領域に強いバリアを張っているだけの人は信頼されず、尊敬されもしません。
 人格で人生を渡れず、お金や権力や才能で意志を通そうとしますが、ますます信頼や尊敬からは遠ざかってしまいます。
 信頼や尊敬を集める人は、他人のものごとへどう触れるかという微妙なバランス感覚に優れ、触れないでおくべきところでは、ほとんど無関心を装い、相手が触れて欲しいと思っているところへは、ほとんど自分自身の問題であるかのように踏み込みます。

 江戸時代の長屋生活は、住む人びとが自他の間合いなどにおける絶妙な感覚を自然に学ぶ形態であったろうと想像されます。
 太平洋戦争後の日本でも、味噌や醤油の〈貸し借り〉をするなど、お隣さんとのつき合いに心温まる部分がありました。
 人々は、日々の生活の中で、自他のものの区別と、区別をふまえた上での交流について自然に、実践的に学びました。

 さて、「疎(ウト)んじる」という言葉があります。
 親しむの反対で、よそよそしく疎遠な関係になることです。
 この疎(ソ)は、梳(ソ…クシで髪をとかす)に通じ、粗(ソ)にも通じています。
 こまやかで嬉しい気持が漏れ落ちているという感じがあります。
 自他のものの区別がうまくできない人は、自分の善意が空回りしたり、疎んじられたりする可能性があります。
 こちらの温かい気持が相手との間からこぼれ落ちては残念です。

 自他のものの区別をつけながら、「親」と「疎」のバランスがとれた自他の関係をつくってゆくには、第一に、自分の気持に流されず相手をよく観る〈自分への厳しさ〉が必要です。
 よく言われるとおり、病人を励ますことは難しく、「がんばって」は禁句だと主張する方もおられます。
 そうすると「しっかり」はどうか、という話になり、言葉だけをあれこれ言ってもほとんど無意味です。
 理想的なのは、相手を思うのなら、思う自分を離れ、思われる相手になってしまうことです。
 もちろん、簡単にはできません。
 しかし、「可哀想に」とか「痛いだろうなあ」という自分の優しい心に発する〈無条件の前提〉から離れてみることは、意識すればできます。
 その典型が天皇陛下の慰問です。
 国民の安寧と日本国の平和を祈ることに一身の根本的存在理由がおありになる陛下は、祈る心のまま、私たちの近くへお出かけになられます。
 東日本大震災の被災地へも足をはこばれ、お言葉を述べられました。
 それは、私たちが普通に交わす言葉と同じ内容であっても、無私の両陛下が口にされると受ける側の心はちがいます。
 天皇陛下だから、という先入見の力がはたらくのも当然ですが、やはり、国民(クニタミ)を思う心一つで過ごしておられる聖人たるお力によるものでありましょう。
 ポイントは〈無私〉です。

 とにかく、会ってみること。
 会うまでは「大変だろうなあ」「辛いだろうなあ」などといろいろ思ってでかけても、会った時は、相手をそちら側に置かず、自分へ引き入れるようなイメージを持ってみましょう。(瞑想『阿字観』では必ず行います)
 そうすると、相手の本当の気持に近づけます。
 言葉は特に、出ないかも知れません。
 相手が先に「ありがとう」と言うかも知れません。
 言葉がなかなか出ずにじっと握手をし、たとえそのまま帰ったとしても、相手を思う気持は必ず伝わり、相手が感謝や感激をもよおせば、それは必ず生きる力となります。

「自他のものの区別」をつけながら、自分の思い込みにとらわれないこと。
 大人人間関係上、よく考えてみたいものです。




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2014
06.04

本当の懺悔はどのように行われるか? ―女児殺人事件を解決した栃木県警阿部刑事部長の苦衷―

201406020132.jpg
〈第一例祭を終えました〉

 6月4日のトップニュースは、栃木・旧今市で9年前に起こった女児殺害事件の容疑者逮捕だった。
 小学1年生だった吉田有希ちゃん(当時7歳)を殺したと目されているのは栃木県鹿沼市の無職、勝又拓哉容疑者(32)である。
 
 栃木県警の記者会見は異例の謝罪を含んでいた。
「慎重かつ粘り強い捜査を継続し、自信を持って逮捕するに至った」
「被害者、御遺族の無念を晴らし、地域社会の不安を取り除く使命を痛感し、最重要課題と位置づけてきた」
「8年6カ月の長期間を要し、御遺族にご心労、県民の皆さまにご心配をお掛けしたことにおわび申し上げる」
 みごとに責務を果たしたが、長期間を有したことを詫びたのである。

 一方、勝又拓哉容疑者の供述にも謝罪はあったという。
「私が有希ちゃんを殺害したことは間違いありません」
「今、言えることはごめんなさいということです」

 私たちが「詫びる」とはどういうことか?
 まず、自分の行為に悪意や愚かさが含まれていると認識しなければならない。
 そして、悪意や愚かさによって人格やいのちや生活やモノなどが損なわれた相手を思いやらねばならない。
 そして、悪意や愚かさに対する耐え難い後悔の念が起こらなければならない。
 そして、後悔の念は、起こしてしまったできごとを覆せないという現実に叩き潰されねばならない。
 そこに、どうにもならない時の〈呻き〉が生じる。
 私たちは快事に際して快哉を叫ぶが、その対極にあるのが呻きである。
 この呻きこそが懺悔の力となり、必然的に詫びないではいられない思いが起こり、それは有形無形の言葉となる。

 たとえば、若き日に思いを寄せた女性を妊娠させたが水子にしてしまい、やがて二人の接点がなくなった。
 闇雲にはたらく日々から解放され、老いて死を意識するようになり、ようやく、いのちの何たるかに気づき、思わず呻く。
 女性はどこでどのように暮らしているかわからず、どうすれば水子霊の供養ができるのかもわからず、詫びる言葉は空中を彷徨うしかない。

 たとえば、事業に失敗して損害を与えた恩人と音信不通になり、数十年が過ぎた。
 やがて、恩人が経済的に追いつめられていることを風の便りで知ったが、自分も又、苦境にあって何もできず、呻く。
 我が身が情けなく、詫びる言葉は空中を彷徨うしかない。

 つまり、溶けぬ苦しみを伴ってこそ、詫びる言葉は真実のものとなる。

 私たちの文化では、ここ半世紀あまりの間に、公衆の面前で大人大人へ「反省していますか?」と問うようになり、誰もがいち早く「反省しています」と頭を下げるようになった。
 他人様を厳しく糾弾する資格などあるかどうか疑わしい人々が、大衆に成り代わって正義の権化よろしく厳しい攻撃を行い、懺悔を求め、反省を形で露わにさせようとする。
 だから、白髪頭も禿頭も、容易に、ペコペコと下がる。
 要求する側も、される側も、見苦しい。
 なぜか?
 そこには〈大人〉が感じられないからである。
 大人とは、呻きを知っている人である。
 他人様の呻きに魂が揺れる人である。
 大人反省はただ一つ、責任をとることにしか結びつかない。
 もちろん、前述の二例共に責任のとりようはないが、それもなお、とれない責任を感じ続ける。
 これが大人である。
 だから大人は他人様へ反省を求めたりはしない。
 無論、そうした場面も無用ではなく、それは、大人が子供に対する時のみである。

 栃木県警阿部刑事部長の苦衷はいかばかりだったろうか。
 解決というよき結果を出したにもかかわらず、詫びずにはいられない。
 その心中は察するに余りある。
 ――大人を観た。




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2012
11.22

子や孫のためにふり返っておきたい先人の導き(その36) ─鳥の子育てに学ぶ─

201211221244054390[1]
〈会津地鶏の写真をお借りして加工しました〉

ここでは、昭和6年に発行された小冊子を基にして子供たちの導き方を考えています。

36 「さ」 才智よりも真面目(マジメ)

 才智にすぐれた少年になるよりも、
 真面目な少年になろう。
 才智は頭にあり真面目にある。
 頭よりもで成功する人間になろう。


 大人でも難しいありようが示されています。
 そもそも、のできた人物というのが、ほとんど見あたりません。

 思い出されるのは、子供の頃、近所にあった町医者の先生です。
 下半身に重心のある堂々とした体格で白衣をまとい、首から上は常に垂直で、低く響く声しか発しません。
 ほとんど笑わず、決して歯を見せませんが、いつも上瞼が少し降りているややギョロリとした目には、なぜかこちらが目線を離せなくなる磁力のようなものがありました。
 胸を患い、湿布薬でぐるぐる巻きにされている私を往診し終えると、やや表情を弛め「忠君、まっすぐ生きましょう」などとぶっきらぼうに言って去ります。
 生まれて初めて、超えがたい〈師〉のようなものを感じました。
 病院は、選挙が近くなると夜の出入りが多くなります。
 ある時、先生は共産党員であると父から聞かされ、小学一年生の私は何となく「やはり、異界の方なんだ」と思い尊敬を深めた記憶があります。
 今でも、お声もお顔も鮮明に思い出される先生は、まぎれもなくのできた方でした。

 もう一例、思い出すのは、作家故吉野せいが大正11年に書いた『』です。
 何不自由ない網元の娘として生まれながら、開拓農民と結婚して阿武隈山麓の菊竹山へ入った吉野せいは、夫の死後に書き始めた作品をまとめ、75才にして『洟(ハナ)をたらした神』として発表し、一躍脚光を浴びるようになりました。
 そこに収録された『』は、山に住む人間の生活と、周囲に広がり、移りゆく自然をありのままに述べています。
 最後に出てくるのが、姿が見えなくなっていた鶏一羽の帰還です。
 きっとイタチかキツネにやられたに違いないと思っていたのに、三週間後、11羽のひな鳥を連れて現れました。

「それにしてもこの姿のみすぼらしい衰えようは、赤いとさかは白っぽくざらざらと湿けたせんべいの切れはしみたいに垂れ、胸毛はぬけて桃色のぼつぼつの地肌が丸出しです。
 翼は灰を浴びたようで、五六本羽が抜け落ちそうに地辺(ジベタ)をひきずっています。
 尻尾も赤いお尻が見えるほどふらふらして、あのびっちりと引きしまった隙のない面影はどこにも残っていません。
 生命をつくりだした親どりの必死さが哀れになりました。」
「日に一回食をとるためと糞をするためにちょっと間巣をはなれるだけで昼も夜も抱きづめです。
 時には雨がびしょびしょ竹の屋根から降り注いだことも何回かあったにちがいありません。
 卵はただ抱いてあたためてさえいればいいものではなく、表面から全体に平均の温度を与えるために絶えず一つ一つを少しづつ回転させながら、全面に同じ熱を与えてゆかなければ見事な孵化は出来ないのです。
 一人の子を生むのさえ人間はおおぎょうにふるまいますが、一羽のこの地鶏(ジドリ)は何もかもひとりでかくれて、飢えも疲れも睡む気(ネムケ)も忘れて長い三週間の努力をこっそり行ったのです。
 自然といいきれば実もふたもありませんが、こんなふうに誰に気づかれなくともひっそりと、しかも見事ないのちを生み出しているようなことを、私たちも何かで仕遂(シト)げることが出来たなら、は、いいえ人間のはもっと楽しく美しい強いものでいっぱいに充たされていくような気がするのです。」


 小さな子供に「」を教えようとしても容易ではありません。
 一つには、誰か大人(タイジン…大人物)を感じさせる人間を引き合いに出すこと。
 もう一つは、人間であれ鳥であれ、こうした不屈の生きざまを教えるあたりから出発してはいかがでしょうか。




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2007
02.11

日本の歌百選 5 ―あの町この町―

あの町この町
  作詞:野口雨情 作曲:中山晋平 大正13年『コドモノクニ』

1 あの町この町 日がくれる 日がくれる
  今来たこの道 帰りやんせ 帰りやんせ
2 お家がだんだん 遠くなる 遠くなる
  今来たこの道 帰りやんせ 帰りやんせ
3 お空に夕(ユウベ)の 星が出る 星が出る
  今来たこの道 帰りやんせ 帰りやんせ


 この歌が頭で流れるたびに、幼い日のできごとが甦る。
 農村にいた四歳の私は、妹を連れ、柿の木を探しにでかけた。
 やがて、たわわに実のなった一本の木を見つけ、実が落ちてくるのを待ったがなかなか落ちない。
 とうとう日暮れになり、一個も手に入れられないまま、妹の手を引いて帰った。
 この詩の秀逸さは「お家がだんだん 遠くなる 遠くなる」にある。
 だんだん遠くなるといっても、自分と家との距離が離れて行くのではない。
 子どもがどこかで安心して遊んでいられるのは、安心の基である家が〈あそこにある〉からである。
 いつでも帰られるという安心が、子どもを無邪気にさせる。
 しかし、暗くなると共に、闇に潜む得体の知れない何ものかが近づき、不安が兆す。
 家へ安心を求める心が動き出す。
 また、不安が介在し始めたために、遊びに来た場所と家との距離は変わらないのに、〈あそこにある〉自分の家へいつでも帰られるという安心が崩れ始める。
 無事、帰られるかどうかが心配になる。
 それが「遠くなる」である。
 幼い頃は、夕闇と共に何かの気配が迫ってくることを感じていた。
 闇の中には、子どもがいる世界とは違う何かがあるはずだった。
 そこで夜更けまで時を過ごす大人は、子どもより大きな存在だった。
 闇への畏怖、別世界にまたがって生きる大人───。
 だから、大人の言葉には威力がこもっていた。
 その分、包んでくれる優しさの風呂敷も無限に大きく感じられた。
 これは、〈子供の領分〉〈大人の領分〉があった時代の歌である。





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