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2010
12.02

悲しみと懺悔と

 初めて、1日2軒のご葬儀を行いました。
 A家様は、故人が生前、第三者から相談されて当山を訪ね、妻へ自分を託すように遺言されてのご縁です。
 B家様は、ご親族のご葬儀で当山を知った方が、医師から残り僅かないのちであることを告げられたお身内を託したいと事前のご相談があったのです。
 相次いでの訃報に驚きましたが、もちろん、どちら様もお断りすることはできません。
 奇跡的に日程がとれ、ご両家様のお通夜とご葬儀をそれぞれ同日に行うことができました。

 結果として、A家様へは、B家様へ駆けつける関係上、修法後の会食をお断りすることになり、大変申しわけない思いでいっぱいです。
 この場でもう一度、お詫びを申し上げておきます。
 しかし、修法と説法を一体と考えているので熟慮し、修法開始予定時刻前に説法を行ってから修法へ入るという手順をご了解いただきました。
 そのために、A家様関連の方々は、戒名とは何か、また、故人の戒名はどういう内容なのか、あるいはご葬儀の意義は何なのか、また、真の供養法はどういうものなのかなどを知った上でお通夜とご葬儀へ臨まれました。
 B家様へは、先に申し込まれたA家様の日程を優先させる関係上、お通夜もご葬儀もかなり遅い時間帯となり、大変申しわけない思いでいっぱいです。
 この場でもう一度、お詫びを申し上げておきます。
 相次いでの修法は体力的にギリギリでも、ご本尊様へお任せし、丹田(丹田…臍の下にある霊気の泉)がへこたれないことを信じて全力投球し切れました。
 エンジン全開のままで説法へ臨み、あまりに堅苦しく感じられたかも知れませんが、要点は皆さんのお心へ強く届いたのではないかと考えています。

 さて、今回のご葬儀では衝撃を受けました。
 A家様と黒川斎場へ行った時のことです。
 たまたま、ちょっとしたタイミングの関係上、炉の前で微妙な空き時間が生じました。
 そこで最後のお別れが長くなり、喪主である奥さんが御棺におられる故人へつぶやくように、いたわるように語りかけておられる場面を目撃しました。
 一瞬、めまいが起こりそうになりました。
 奥さんは妻であり、横たわっているのは自分だったからです。
 そして、自分の死を受けた妻の思いがあまりにもはっきりと実感され、文字どおり胸が潰れそうになりました。
 64年生きて来て、初めて真の悲しみを知ったように思えました。
 崩おれそうになったまま、B家様の出棺に臨みました。
 またしても、ちょっとしたタイミングの関係上、御棺の釘打ちに遠くから立ち会うことになり、最後の釘を打つ直前にお別れを行うよう促された奥さんが、故人へはっきりした口調で語りかけておられる場面を目撃しました。
 今度は、凍りつきました。
 10年前、父が母を送った場面と思えたからです。
 献身的に自分を支えた妻を送るあの時の父の思いがはっきりと実感され、それを曖昧にしか知らなかった愚かさを突きつけられました。

 午後から夜まで続くご両家のご葬儀と繰り上げ法要は、文字どおり刃の上を渡るような真剣勝負となりました。
 しかし、意外なことに、悲しみ懺悔と疲労は、丹田が生命力のよりどころであることを今までになくはっきりと教えてくれました。
 霊性は自己加持を行う胸、額、喉、頭頂を縁とする魂のはたらきに伴い、いのちの根源である霊気は丹田から発します。
 双方があいまって尊厳ある行動が可能になるのです。

 それにしても、今回のできごとには、あまりにも大きなものを突きつけられました。
 母を失い、友を失い、恩師を失い、人生相談を受け、幾度となく皆さんのお別れに立ち会っていながら、真の悲しみを知らなかったこと。
 その愚かさ
 その上、我が身に置き換えねば感得できない自己中心の愚かさ
 そして悲しみ愚かさを、二人の喪主様が私の妻に成り代わり、私の父親に成り代わって教えてくださった真実。
 また、これから続くであろうさらに深い悲しみの体験と愚かさの自覚が、私の悪業を清める唯一の道であり、それをみ仏が決めてくださったこと。
 涙と感謝が重なる仏道というものの厳しさ、恐ろしさ、ありがたさ、不思議さ。
 自分の心身を鞭打ちながら最期の時を待つしかない平明で簡明な運命。
 ──などなど。

 お身内のご不幸を縁として尊い時間を与えてくださったA家様とB家様への感謝はとうてい言葉に尽くせません。
 これから悲しみ懺悔をしっかり抱きつつ修法に励み、恩返しとするしかありません。
 A家様とB家様の御霊の安心成仏と、皆さんへのみ仏のご加護を心からお祈り申し上げます。

布施行をお導きくださる菩薩様(『曼陀羅図典』より)〉
布施_edited-1




「おん あみりたていせい から うん」※今日の守本尊阿弥陀如来様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。



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2008
03.12

私たちは何者なのか、どこへ向かうべきなのか

 仏法は何であるかと問うならば、答は
「私たちは何者であるか、どこへ向かうべきかを教え、導くものである」
となりましょう。
 社会が新年度へ入る時期に際し、三回にわたり、その内容をかいつまんで記します。

 釈尊は、悲喜こもごもの人間を観て深い哀れみと悲しみとを感じられました。
 それは、誰しもがままならず、苦しんでいるからです。
 釈尊は、私たちの存在を「ままならないという苦を抱えた病人」と喝破されました。
 病人といっても、寝てばかりいるわけではありません。
 元気に走り回る場合もあり、笑ったり泣いたりしているのですが、そのありよう全体が苦という定めにからめとられており、カラリと解放されていないのです。
 それは、単に、事実としてどうであるかという問題ではなく、喜怒哀楽を見せながら生きている人間の存在に顕れている真実が、釈尊の魂の鏡へはっきりと映ったということでありましょう。

 釈尊は、あらゆる方面からそのありようを確かめました。

 生も苦である。
 老も苦である。
 病も苦である。
 死も苦である。
 憎い人と出会うのも苦である。
 愛する人と別れるのも苦である。
 求めて得られないのも苦である。
 とらわれを離れられない身心があるのも苦である。


 こうした病気の原因はどこにあるのでしょう。
 釈尊は、自分自身の心に病気を引きおこす毒があると気づかれました。

 欲しい・惜しいと貪ってやまない欲。
 驕り高ぶり、意にそわぬものにガマンできず爆発する怒り。
 道理に合わぬ自分勝手な考え方から離れられない愚かさ。


 私たちの心にはこうした毒を生み出してしまう根源的・盲目的な欲求があります。
 意識を持った生命体としての「生」にぴったりと貼りついている「いつも自分を第一にしないではいられない欲求」。
 釈尊が渇愛(カツアイ…喉が渇いた時に水を求めるような欲求)と呼ばれた欲求です。

 現代のようにあらゆる立場、あらゆる職業、あらゆる階層の人びとが渇愛を解き放った時代はなかったと思われます。
 はやり言葉のように「ジコチュウ」と軽々しく言われている現状は深刻であり、どの方面を観ても、世の中全体が無慈悲な方向へと進んでいることは確かです。

 これまで幾度となくこうした教えについて書いてきました。
 仏法に何かの手がかりを求めようとする方は、ここまでの土台について、よくよく考えていただきたいと思います。
 根本的なものは、意外と単純な姿をしており、「ああ、そうか」と解ったような気になって流してしまえばそれまでです。
 たとえば「愛する人と別れるのも苦である」という指摘一つをとってみても、自分に起こったこと、起こり得ること、周囲の人びとに起こっていること、起こり得ること、マスコミの情報で知ったこと、あるいは、イラクやパレスチナやボツワナなどで戦争のために絶え間なく人びとが斃れつつあること。
 こうした場面を具体的に想像し、その気持をおもんばかるならば、釈尊が説かれた「苦」の真実が腑に落ちることでしょう。
 思いやりに裏打ちされた想像力を枯渇させる「ジコチュウ」こそが万人にとって最も恐ろしい魔ものであることに、深く思い至るのではないでしょうか。
2008
02.29

『八正道』により『四苦八苦』を克服しましょう 5 ―老苦―

 老いて行けば身体はだんだんに利かなくなり、頭のはたらきも衰えます。
 身心共にままならなくなり、やがては、自分が生きることのみで精一杯になります。
 そして、「身体をより長く保たせることが〈生きる〉ことである」という錯覚が強まる場合もあります。

 80歳まで生きた釈尊は、『法句経』で厳しく説いておられます。

「いたずらに年を重ねただけでは、人生経験によって徳が高くなった賢者とは言えない。
 姿形が年相応になり髪が白くなっただけでは、畏敬されるべき老人ではない」
「長老とは、真理に身を委ね、節制し、慈しみにあふれ、ものの道理が解り、人生の垢を落とした人を言う」
「貪っては老苦を招き、怒っては病苦を招き、愚かなままでは死苦を招く。
 三毒を除いたところに人の道は開ける」
「怠惰に過ごし、老いても色情に引きずられ、財物へ執着して施さず、仏の教えに耳を傾けない。このようにして、真実から離れた生涯を終える」

 老いの苦を克服するには、「八正道」における「正思(ショウシ)」を心がけることです。
 正しい思考とは、貪りと、怒りと、愚かさを離れ、真理・道理・原理に導かれたものの考え方です。

 年をとると生命力のはたらきが衰え、当然、摂取するエネルギーは若い時よりも少なくて済むので、老いれば、自然に「足を知る」ようになるものです。
 しかし、皆が自然の摂理に従うわけではなく、恥を忘れて欲をむき出しにする場合もあります。
 こうなると、食欲が仇となり、色欲が仇となり、財欲や名誉欲が仇となって晩年を穢しかねません。
 我がために貪ることを止め、残された貴重ないのちを、他のためにこそ用いるようにしたいものです。

 年をとると頭のはたらきから柔軟性が薄れ、ガマンもきかなくなります。
 時代の変化について行けないと、何もかもが気に入らず、感謝の対象よりも不満や憤りの対象の方が大ききなり、世の中の前途に不安を覚えます。
 古き良きものは残そうとしても、新しき良きものも認めねばなりません。
 自分を基準として怒ることを止め、柔軟な思考と感性を保つ努力をしたいものです。

 年をとると、過去が懐かしくなる一方で、「ああだったら良かった」「こうしたかったのに」と過去へのこだわりが強くなる場合があります。
 こうなったのは貴方のせいだと、自分の現況への不満を誰かのせいにしたくもなります。
 こうしてグチが生じるままに過ごすと未来を拓く力が衰え、運気が尻つぼみになって不安や不満が高まります。
 自分の人生の現況は誰のせいにもできないし、今日を生き、明日をどう生きるかはすべて自分にかかっています。
 また、ここまで生きてこられたのは天地自然と社会の人びとと目に見えぬ仏神のおかげであり、「おかげさま」が一瞬たりとも休むことなくお護りくださったからに他なりません。
 過去にきちんと「おかげさま」を観るのが智慧であり、合掌の心で、自他の運勢を暗くする愚かさを離れたいものです。

 ただし、還暦は人生の大きな分岐点であり、このあたりまで懸命にやってきた方は、身心に息切れを生じる場合ががあります。
 そうした時にあまり自分を責めると心の力が病気のレベルにまで下がり、身体にも大きな変調を来す恐れがあります。
 もちろん、身体の力の急降下が先になるやも知れません。
 そうした異変を感じたならば、気晴らしをしたり、休息をとったり、あるいは気軽に医師を訪ねたりして、早めに手を打つようにしましょう。

 新しい事態へ上手に対応し、歴史が一回りするまで生きたご褒美としての「次なる人生」を活き活きと生きたいものです。
 
 なお、老苦を抜く真言は秘密となっており、伝授によらねばならず、守本尊様の御前で人の道を歩むことを誓えばお授けできます。
 ご誠心の方は、どうどお申し出ください。
2005
07.25

五力 6 ―念力 2 義経と常磐御前―

 夕食の準備ができテレビをつけたら『義経』の終盤、常磐御前が義経へ「人をよく観なさい。表も裏も」と言い遺して立ち去るところでした。
 遺言だなと直感し「信じる」ということについて考えていたら、間もなく場面は常磐御前の最期に変わりました。
 義経の長所も弱点も知悉していた母親は、どうしてもやっておかねばならない最後の仕事をしたのでしょう。

 人は、若いうちは容易(タヤス)く信じ、騙されるものです。
 裏切られもします。
 魂の純粋さが生(キ)のままではたらくからです。
 何度も酷い目に遭ううちに、今度は警戒心という鎧をまとうようになります。
 積んだ経験が他人を観るメガネとなり、悪意・害意から身を護る姿勢ができます。
 一方では、経験の範囲でしか、ものごとの予測ができなくなり、だんだん「~は所詮こうしたものさ」と断定的に人やものごとに当たるようになって、新たな人間関係・新たな事態の持つ新鮮な面が観えなくもなります。
 進む時代からとり残される場合もあります。

 我が身をふり返ると、若い頃は人も世間も知らずにつけ込まれ、気持を信じて走っては自分で痛手を負い、人様へも痛手を与えました。
「知らぬ」という愚かさがありました。
 しかし、痛みがそのことを教えてくれました。
 歳を重ねてからは、覚えた立ち回り方が心を汚しました。
 自己保全を言い訳とする「狡猾さ」という愚かさがカメの甲羅のように魂を覆いました。
 今度は、み仏の教えにそれを教えていただきました。
 
 傷つき、汚れ、清めながら死ぬ。これが人の定めなのでしょうか。
 常磐御前は、汚れをはねつけるほどの義経の純粋さ、汚れながら生きて行けないだろうひたむきさに早逝の危険を感じとっていたのでしょうか。
 人は何千年、何万年たっても、この苦の過程をたどらねばならないのでしょうか。

 釈尊の遺言とされる『遺教経(ユイキョウギョウ)』にある一節です。

「若(モ)し不忘念(モウネン)ある者は、諸の煩悩の賊、即ち入ること能わず。
 是故に汝等常に当に念を摂(オサ)めて心に在(オ)くべし。
 若し念を失する者は功徳を失す。
 若し念力堅強なれば、五欲の賊中に入ると雖(イエド)も、為に害せられず。
 譬えば鎧(ヨロイ)を着て陣に入れば、即ち畏るること無きが如し。是を不忘念と名づく」


「人として生きるべき道を求めよう」「人として真っ当に生きよう」という念(オモイ)をしっかり抱き続ければ、道を誤らせる魔ものたちに負けないというのです。
 魂に正しい念という鎧をまとっているのだから、どんな魔ものがいても平気だというのです。

 釈尊の説く「念」、五力の三番目「念力)とは、無邪気な純粋さでもなければ、したたかな狡猾さでもありません。
 もちろん、怪しげな人々の口にする念力などでもありません。
「人の道」を柱とする不動の決心です。

 仏神のことは、いつも「思い立ったが吉日」であり、念を定める発心(ホッシン)に早い遅いはありませんが、やはり人生の早い段階で心に柱をうち立てて欲しいと願わずにはいられません。
 より傷つかず、より汚れずに人生をまっとうして欲しいという願いは、親心の核芯でもあります。
 義経と別れる瞬間、常磐御前がふと立ち止って振り向きかけ横顔に微かに浮かべた微笑は、我が子への最後の乳だったのではないでしょうか。




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