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2008
02.09

芽と星

 河北新報によると、2月7日、仙台高裁は、前方不注意で70歳台の女性をはねた福島県いわき市在住の男性(25歳)へ、罰金100万円(支払えない場合は1日当たり5000円換算の労役場留置)を言い渡しました。
 地方公務員の男性は、2006年12月24日午後5時50分頃、いわき市小名浜で横断歩道を歩いていた女性をはね、意識不明の重体にさせましたが、被害者家族へ謝罪し被害の弁償にも努めていました。
 福島地裁では禁固1年(執行猶予2年)の判決が出ていましたが、地方公務員が禁固以上の刑が確定すると失職することを知った被害者家族は、男性の誠意ある行動を認めて嘆願書を作成し、それが今回の判決言い渡し直前に弁護から裁判所に提出され、減刑されたのです。

 救われたのは男性だけでなく、むしろ、被害者とその家族だったのではないでしょうか。

 ラジオで民主党の渡部恒三衆院議員(福島4区選出)の質問を聞きました。
東京都に高さ二百メートルの高層ビルが建つと、四千人もの人が住む。
 一方では、人口四千人の村が消滅へ向かっている」
「日本では、お嫁さんが看護婦、長男が役場職員として稼ぎ、親の年金をつぎ込みながら皆で田んぼを守り、山を守ってきた。
 しかし、そうした現実が無視され、稲作が見捨てられて米の値段が暴落した今、日本の米の生産高はトヨタ自動車一社の売上高と同じでしかない」

 引退間近の老政治家は、美しい山野と、水と食料の供給地である地方とを大切にしない政治に強く警告を発しました。
 
 私たちは、いのちの泉を渇らしながら、一体何を得ようとしているのでしょうか。
「日本の資源は人である」は間違いではないでしょう。
 しかし、その後に「だから、もっと先端技術分野での人材を育成することが肝要だ」と続くと、そうかなと首を傾げてしまいます。
 日本の危機は、技術競争に負けるかも知れないという面よりも、徳の衰退にこそあるように思われてなりません。
 象徴的なのが年金問題です。巨額のお金を扱う人びとの心の荒廃が無駄遣い、不明金、データ破棄、システムの不備の放置などをもたらしました。
 道義的には犯罪の域にある大事件を起こしていながら誰一人責任をとろうとしないことを見ても、荒廃ぶりは明らかです。
 
 技術は道具です。大切なのは用いる人間の心であり、それは、我欲が野放しにされている米国、そして儲け第一で後を追おうとしている中国とも共通する課題でしょう。
 私たちは人類の罪が顕わになった狂牛病をアルファベットの頭文字で言い換え、もう、あの時のショックを忘れかけています。
 自然界からの文明へ対する警告を、心が問われていることを忘れかけています。
 このままでは、子供が、そして孫が哀れです。
 改革などという軽い言葉で済ませようとせず、日本が変わり、願わくば米国にも変わってもらわねばなりません。

 冒頭の小さなできごとは、日本に希望の芽が残っていることを示しています。
 多くの人びとの心に残るよう願っています。
 また、米国大統領候補オバマ氏は、米国を変え、時代を転換させる希望の星です。
 しかし、彼が濃い悲しみの影を宿していることは心配でなりません。
 芽が育ちますよう、星が堕ちませんよう。
 寺子屋を始められますよう。
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2005
07.30

気高さ

 7月23日に東京都で震度5強を記録した地震に際し、呼び出しを受けた緊急対応の業務要員34人のうちたった13人しか登庁しなかかったという新聞記事には、怒りではなく、崩れ沈んで行く日本の将来をはっきりと観たような気がしました。
 日本を支える首都東京の抱える最大の問題は、地震やテロへの危機管理です。
 いざという時に計画通りそれを実行するのは人です。
 いかなる情報網を駆使しようと、いかなる機材や物資を整えようと、ことを為すのは畢竟、人でしかありません。
 それがこの体たらく。しかも、都庁から徒歩で30分以内という新宿周辺に用意された3LDKで家賃5万円弱と破格の待遇である「災害対策住宅」に住んでいるにもかかわらずです。
 テレビで登庁しなかった職員を追い出す可能性に言及した石原都知事の表情には、今までに見せたことのないような苦渋が漂っていたやに聞きました。
 無理もありません。
 緊急時の首都を任せねばならない部下が信用できないのです。
 もしかしたら、都政への意欲が薄れたかも知れません。

 日本人は、これほどまでに「気高さ」を失いました。
「恥知らず」と口に出してみても、あまりに空しいだけです。
 とにかく、人間の核がボロボロになりました。
 戦後たった60年で心がここまで破壊されたかと思うと、精神復興の道のりの遠さに立ちすくんでしまいす。
 宇宙の真理や人生の真実を探求するはずの学問の府までが企業と化して金儲けに走り、学校教育では精神の復興どころか、はやりの思想や外国語など享楽的な消費文明に役立つ技術を教えようとやっきになっています。
 敬語や社会語をちゃんと使えない人が、英語や中国語をしゃべれるからといってまっとうな社会づくりに貢献できるとはとても思えません。
 もちろん、生まれ、育ち、生きている祖国の言葉をないがしろにする人が、外国人から尊敬されるはずもありません。
 すべてに先んじなければならないのは、日本語が正しく使え、礼儀と責任を持って円滑な社会生活の送れる人間になることです。

 故杉浦日向子さんが魅せられてやまなかった江戸時代の日本文化は、世界一のレベルにありました。初めて世界のひのき舞台へ登場した日本人は男も女も賞賛を受け、明治政府は東洋で唯一、国々を飲み込もうとする西洋諸国に互する強い日本を創りました。
 ロシアに勝った日本は、アジアの人々へ勇気と希望を与えました。
 太平洋戦争に敗れたとはいえ、日本が西洋文明に蹂躙されず毅然としている姿は、アジアの国々の独立をうながしました。

 日本ではそのようなニュアンスの報道はあまりありませんが、イスラム過激派の爆弾テロが世界中へと拡散しつつあるのは、「ただれた」と表現したくなるほど欲望むき出しの西洋文明への嫌悪が、背景にあるに相違ありません。
 敬虔なイスラム教徒には、アメリカ的なものはきっと汚らわしく思えてならないのでしょう。
 自衛隊のいるサマーワも、きな臭くなってきました。
 自衛隊の活動が現地の人々の生活に役立っているのは確かでしょうが、
 その恩恵に一番浴し、利権を得ているのが一握りの金持ち階級であるという情報があります。
 信仰を基にして生活している庶民が彼らの生活ぶりに汚らわしさを感じているとしたら、そして自衛隊を「汚らわしい」アメリカの同盟軍として見るならば、自衛隊もやはり嫌悪の対象になることでしょう。
 自衛隊員一人一人は懸命なはずです。
 日本の恥にならぬよう最善を尽くしていることと信じています。
 しかし、いかんせん、日本そのものが、汚らわしく恥ずべき姿になりつつあります。
 国のありようの犠牲になることなく、一刻も早く無事帰還できるよう祈る思いです。
 日本が嫌悪と暴力の対象にならぬよう、祈るのみです。

 み仏のご様子を一言で形容するなら「気高い」となりましょう。
 大日如来も釈尊も地蔵菩薩もすべて気高く、人格の完成態を示して手招きしておられます。そこへ一歩でも近づいてこそ、み仏の子である人間の一生です。
 失われつつある気高さを何としても取り戻しましょう。
 取り戻す姿をもって次の世代を導きましょう。沈み行く日本を護りましょう。

今年も気高い百合が咲きました




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