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2008
02.18

日本の歌 55 ―早春賦―

早春賦
  作詞 吉丸一昌 作曲 中田 章 大正2年『新作唱歌 第三集』

1 春は名のみの 風の寒さや
  谷の鶯 歌は思えど
  時にあらずと 声も立てず
  時にあらずと 声も立てず
2 氷解け去り 葦は角(ツノ)ぐむ
  さては時ぞと 思うあやにく
  今日もきのうも 雪の空
  今日もきのうも 雪の空
3 春と聞かねば 知らでありしを
  聞けば急(セ)かるる 胸の思いを
  いかにせよとの この頃か
  いかにせよとの この頃か


 春の温もりを待ちわびる日本人の情緒が、「春は名のみの 風の寒さや」というたった11文字に、丸ごと込められている。
 1番では鳥という〈動物〉、2番では葦という〈植物〉、そして3番では自分という〈人間〉が季節の変化にいのちを動かされ、息を潜めて時を待っている。
 伝統的な七五調は、短い詩でありながら、立春という時期の天地と心を表現して余すところがない。

 また、表面に出ない隠れた世界、あるいは敢えて潜める思いといった「日本人が惹かれ、かけがえのない価値を持つと感じるもの」が詠まれ、表現としては一つの到達点を示している。
 俳句ならば、定めし「古池や蛙飛び込む水の音」といったところだろう。
 この一句は貞亨3年(西暦1686)に作られており、約230年経ち、またしても「高み」が示された。

 それから約40年、今度は、万葉に発する伝統的な主題である恋における「深み」が詠まれた。
 昭和25年に発表された『水色のワルツ(作詞藤浦洸、作曲高木東六)』である。

1 君に会ううれしさの 胸に深く
  水色のハンカチを ひそめる習慣(ナラワシ)が
  いつの間にか 身に沁みたのよ
  涙のあとを そっと隠したいのよ
2 月影の細路を 歩きながら
  水色のハンカチに 包んだ囁きが
  いつの間にか 夜露に濡れて
  心の窓を閉じて 忍び泣くのよ


早春賦』の「待つ心」は、この切なさ、もどかしさに通じている。
 それは、いかなる夾雑物もはさまない純粋で絶対的な思いである。
 こうしたものに触れる時、あらためて、いのちの泉が清冽な音を立てながら流れ始める。
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2005
07.26

寺子屋・懐メロ

 あれこれと寺子屋の構想を練りながら床へついたところ、若山彰の唄う「惜春鳥」が頭で鳴り出し、起こされました。
 今では百人に一人も知らないかも知れませんが、日本の誇る映画監督木下恵介が詩を書き、本格的にクラシックを学んだ若山彰の声が銀色の哀愁を漂わせる名曲です。

1 流れる雲よ朝空に朝空に 輝く遠き山々よ山々よ
  若きいのちの喜びを 知るや大空晴れわたる
  あゝ青春の花咲けば 何処かで鳥が鳴いている
2 流れる歌よ春の日の春の日の 風の調べか草笛か草笛か
  恋のいのちのせつなつなさを 知るややさしく鳴りわたる
  あゝ青春の花香れ 何処かで鳥が鳴いている
3 流れる春よ夕空に夕空に 願いし夢よ思い出よ思い出よ
  清きいのちのさゝやきを 知るや入日が消え残る
  あゝ青春の花散れば 何処かで鳥が鳴いている

 何度か口ずさんでいると「これは叫ぶような歌い方でも聞けるのではないか、オリジナルのリズムとまったく異なるリズムでも別の面が出て佳いのではないか。今も若者の心へ訴えかけるのではないか」などと思え、「本もの」の持つ力を再確認しました。
 待てよと考えているうちに、「こんな時期に亡き母を思い出す日はサトウハチロー作詞の「小雨の丘」を聴きたい、恋を語る若者へはメンデルスゾーンの切なさにも負けない「水色のワルツ」がお勧めかな」と懐メロに頭を占領されそうになりました。

「小雨の丘」
1 雨が静かに降る 日暮れの町外れ そぼ降る小雨に 濡れ行くわが胸
  夢のような小糠雨 亡き母の囁き 独り聞く独り聞く 寂しき胸に
2 辛いこの世の雨 悲しき黄昏よ そぼ降る小雨に 浮かぶは思い出
  移り行く日を数え 亡き母を偲べば 灯火が灯火が 彼方の丘に
3 丘に静かに降る 今宵の寂しさよ そぼ降る小雨と 心の涙よ
  ただ独り佇めば 亡き母の面影 雨の中雨の中 けむりて浮かぶ


「水色のワルツ」
1 君に逢ううれしさの 胸に深く 水色のハンカチを ひそめる習慣(ナラワシ)が
  いつの間にか 身にしみたのよ 涙のあとをそっと 隠したいのよ
2 月影の細道を 歩きながら 水色のハンカチに 包んだささやきが
  いつの間にか 夜露にぬれて 心の窓をとじて 忍び泣くのよ


 さて、肝心の寺子屋です。
 稲門会での講演のために準備したメモを記しておき、さらに検討を深めたいと考えています。

○使命の第一は、五蘊盛苦(ゴウンジョウク…「過剰」がもたらす迷い)の激しい現代にあって、病気にかからないための「予防」となる心身の錬磨である。
○感謝を忘れず、人として高貴な目標を持ち、ふるまいが美しくあるよう指導する。
○正邪・善悪・真偽・虚実の見分けをする力を育てる。
○自然に身・口・意のバランスがとれるような生活習慣を身につけさせる。
○無心に聞く(声聞の道)素直さを導き出し、捨てて楽になろうとせず諦めない(縁覚の道)忍耐力を育てる。
○人に道にそったふるまい(菩薩の道)が自然にできるよう「八聖道」と「六波羅密」を指導する。
○己に厳しく生きられるよう「七言法」を指導する。
○美しい日本人たるよう「自己尊敬」「自己責任」「自己犠牲」(故三島由紀夫氏の分析した武士道)の精神を指導する。





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