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2011
08.21

子供たちへ教えたい黒木知宏選手の潔さ

 プロ野球ロッテ球団の黒木知宏投手が契約の更改に臨み、たった20分の交渉で、年俸が今期の8000万円から5000万円へとダウンする契約にサインしました。
 ケガに苦しみ今期1勝しか挙げられなかった彼は、球団が提示した6000万円に対し、自ら1000万円を返上したのです。
 
 ニッカンスポーツに掲載されたコメントです。

「迷惑をかけた。
 3年間仕事をしていない選手に、良い評価をしてもらった。
 厳しい位置に立っているという気持ちで、多少お返ししました。
 野球ができて幸せです」
「もう痛みはない。
 もう1度険しい山に登りたい。
 黒木というピッチャーに戻りたい。
(来年の課題は)継続。
 思い通りに投げて、自然に雄たけびや気合が出てくれば本当の復活になると思う」
「あきらめずにやったら良いことはある。
 来年の僕を見て欲しい」

 
 彼は去年も、1億3500万円が8235万円になるところを、8000万円にしてくださいと減額を申し出ています。
 たった2年で年俸は6割近くも下がってしまいました。
 
 もちろん5000万円は大金です。
 普通の勤めをしている方々には考えられないほどの年収ですが、プロスポーツ界で生きる世界は、とてつもなく経費がかかります。
 そして、彼に見るとおり、身体が資本の仕事なのでケガなどにより選手として身体を使えなくなれば、それまでです。
 大相撲の貴乃花ほど稽古熱心なスポーツマンですら、1年かけてもケガを克服できず、若くして土俵を去らねばなりませんでした。
 プロと呼ばれる人々はギリギリまで肉体を酷使し、壊れた後の保証はありません。
 綱渡りをしながら勝負の日々を送っている人々にとって、お金の持つ価値は私たちの想像を超えた重みがあるのではないでしょうか。

 大金を得る範囲のこととはいえ、収入を自ら削った黒木選手は、やはり、人間として立派です。
 けじめをつけ、自分を厳しい状況に追い込み、信念をもってどん底から復活、前進しようとする姿は、子どもたちからも憧れられるにふさわしいものです。
 大人が、
「なあに。
 お金持の世界のことだ」
「あれは別世界さ」
とうそぶいて横を向いては残念です。
 子供たちへ、こう教えたいものです。
「自分でやった結果に、自分できちんと責任をとろうとするのは立派だねえ」
「自分に厳しくするのは大変なんだよ」
「もっともっとと、自分の懐具合ばかり考える人は賤しいよ。
 人として、ああいうふうで潔くありたいね」
「彼の顔をよく見てごらん。
 清々しいね。
 心は姿に表われるものなんだよ」

※この文章は平成16年に書いたものです。
※この文章は、もうネットで読んでいただけない古い綴りの中から行者高橋里佳さんがピックアップしたものを加筆修正の上、再掲しています。


20110819 0322



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 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
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「のうまく さんまんだ ぼだなん あびらうんけん」※今日の守本尊大日如来様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。





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2011
02.21

【現代の偉人伝】第117話 ─「ああ相撲! 勝ち負け、すべてではない」を書いた吉田秀和氏─

 音楽評論家吉田秀和氏は、朝日新聞2月19日号に「ああ相撲! 勝ち負け、すべてではない」という一文を載せた。
 この欄は「音楽展望」と題されているので、異例である。

 氏は、小学生になる前、大工の棟梁から教えられた相撲の醍醐味をこう書いている。

「彼にいわせると、相撲は勝ち負けがすべてではない。
 鍛えに鍛えて艶光りする肉体同士が全力を挙げてぶつかる時、そこに生まれる何か快いもの、美しく燃えるもの。
 瞬時にして相手の巨体を一転さす技の冴え、剛力無双相手をぐいぐい土俵の外に持ってゆく力業。
 そういった一切を味わうのが相撲の醍醐味。
 それに花道の奥から現れ、土俵下にどっかと座り、腕組みして自分の取り組みを待つ姿から土俵上の格闘を経て、また花道をさがってゆく。
 その間の立ち居振る舞いの一切が全部大事なのだ。
 これがおよそ私の受けた最初の相撲に関するレッスンであり、この時の話は酒臭い息の匂いと共に今も私は忘れない。」


 氏の幼い頃、相撲は「歌舞伎につならる」興業だったという。
 際どい勝負で勝ち負けを決められなかったり、長時間かかってなかなか決着がつかなかったりした場合は「この勝負引き分けに候」もあった
 立ち会いに時間の制限はなく、にらみ合う両者の呼吸に任されていた。

 氏は嘆く。

「時代の好み、社会の要請に従って、相撲もほかの近代的スポーツ一般に歩調を合わせ、勝敗の帰趨に焦点を合わせるように次第に変質してゆく。
 勝敗に拘泥しないような取組には精神の緊張がみられなくなり、緊張の欠けた巨体のぶつかり合いは、むしろ、醜く見るに堪えないものになる。」


 氏は指摘する。
 場所の開催が増えて力士の負担が増しても、戦争をくぐり抜けても大相撲の伝統は生き残ってきた。

「当事者達の絶大な工夫努力の賜物であると共に、日本の社会の中に相撲を愛し、支える力が働いていたからでもある。
 それを忘れてはいけない、と私は考える。」


 昭和38年、休場明けの横綱柏戸が全勝のまま千秋楽を迎え、同じく白星を重ねてきた横綱大鵬と激突、ついに全勝優勝を飾った時、石原慎太郎氏が八百長ではないかと指摘した事件があった。
 復活優勝で号泣した柏戸はもちろん、理事長に問いただされた大鵬も激怒しながら否定し、日本相撲協会は石原氏を告訴する準備をしたが、石原氏の謝罪で和解となった。
 時のNHK解説者玉の海が、取組前に思わず「柏戸に勝たせたいねえ」と口走った勝負につき、氏はこう感じた。

「話は示談に落ちつき、世論もいつとはなしに沈静化した。
 私は『オヤッと思ったのはその前にもあったがな』と思ったものである。」


 実績の大鵬と人情を集める柏戸の関係は、王貞治と長嶋茂雄の関係に似ている。
 きっと相撲ファンの多くが柏戸の優勝を祈る状況で、そうなった流れに、〈できすぎている〉と感じたことは、何かの真実に通じているかも知れない。
 しかし、重大なのは、氏が「以前にもあった」にもかかわらず、石原氏がことさらに騒ぎ出した事実に違和感を抱いたということである。
 相撲は真剣勝負であると同時に見せ物でもある。
 観客の多くは、〈こうなって欲しい〉と願う結果に喜ぶ。
 赤穂浪士の事件が毎年、繰り返し繰り返し映像となって流され、いつまでも人気を保っているのがその証拠である。
 大相撲には力士の側における勝負の真剣さと、観客の側における結果の満足感との微妙なバランスがあり、石原氏は初めてそこを崩しかけた人なのだろう。

 氏は続ける。

「楽日の優勝をかけた熱戦といえば、ある年の大阪春場所での貴ノ花と北の海の一戦も忘れ難い。
 当時の北の海は『憎らしいほど強い』といわれ、実力抜群。
 一方、貴ノ花は猛稽古で鍛えた強靱な足腰と業の冴え。
 貴公子然とした容姿で絶大な人気を博していたが、相手の大太刀に対して細身の剣のような感があり、勝にはどうかと思われたが、それがまた観客の判官びいきの熱を一層高める。
 そんな中で、かなり長い攻防の末、勝ち名乗りを受けたのは貴ノ花だった。
 その時の満場の歓呼、歓喜の凄まじさ!
 あれはもう喜びの陶酔、祭典だった。
 あとで北の海は『四方八方、耳に入るのはみんな相手への声援ばかり』といっていたが、私はTVを前に『北の海、よく負けた』とつぶやいた。」


 私にも忘れられない一番がある。
 平成7年九州場所の優勝決定戦、弟である横綱貴乃花が兄である大関若乃花に破れ、若乃花は横綱昇進を決め、大相撲は若貴の兄弟横綱に湧いた。
 土俵に崩れ落ちる瞬間、貴乃花の表情に「これで良い」と自分へ言い聞かせているかのような静かで小さな安堵が浮かんだ。
 私はその心に涙した。
 自然な成り行きであると思ったからである。
 ところが後に、兄との確執が生じている貴乃花親方は、テレビ番組でそれらしい発言を行ったという。
 当時の二子山親方から負けるよう強制されたという報道もある。
 情けない。
 必ずしもそりの会わなかった柏戸大鵬は、八百長と騒がれた後、互いに信頼関係を深めたというのに……。
 大相撲であれ、仏教であれ、何ごとであれ、結局はその世界に生きる人間がその世界のレベルを決める。
 レベルは必ず顕れる。
 誰も止められない。

 氏は締めくくる。

「今相撲は非難の大合唱の前に立ちすくみ、存亡の淵に立つ。
 救いは当事者の渾身の努力と世論の支持にしかない。
 あなたはまだ相撲を見たいと思っていますか。」

 八百長を糾弾し、破壊を助長する大合唱の中でこの文を書いたことは特筆に値する。
 教えによれば「優しさ」をつくる5つの徳は「守る」ことをもって完結する。
 氏は、真の意味で大相撲を愛しておられるのだろう。
 大相撲は日本人の細やかな感性が育てた〈大人の文化〉である。
 政治にすら大人気(オトナゲ)がなくなった今、せめて、守って行きたい貴重な宝ものである。

〈柏戸と大鵬 http://mainichi.jp/showa/image/comeback/showa0926.jpgさんからお借りしました〉
showa0926.jpg




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2008
06.06

不惜身命(フシャクシンミョウ)と但惜身命(タンジャクシンミョウ)

『法華経』の一節に「若(モ)し人精進するに、常に慈心を修して、身命(シンミョウ)を惜しまざれば、乃ち為に説くべし」とあります。
 貴乃花が大相撲第65代横綱に推挙された際、「不惜身命」の心で精進しますと誓ったことで、この熟語は有名になりました。
 身命(いのち)を惜しむことなくものごとに精進するのは、いかなる道を極めようとする者にも欠かせない覚悟です。
 しかし、そうは言っても、がむしゃらに頑張れば良いというわけではありません。
 たとえば、相撲取りが寝不足なのにいつもと同じ調子でぶつかり稽古をやったり、食事後すぐに土俵に上がったりしていたのでは、いかに頑丈な身体でもケガや病気にやられてしまいましょう。
 お大師様は室戸岬で海へ向かい、虚空蔵求聞持(グモンジ)法を修するにあたり、二つの洞窟を用いられました。
 一つは観想をこらし真言を唱える修行をするためのもの、もう一つは日常生活を営むためのものです。
 健康管理をしっかり行いつつ一心に励んだからこそ、満願の日に明けの明星が口に飛び込むという奇瑞を得られたのでしょう。

 そこで、道元禅師は、「但(タ)だ身命(シンミョウ)を惜しむ」とつけ加えられました。
 全身全霊を挙げて励むためには、自分の身心をコントロールせねばなりません。
 生活に気を配らずいのちを粗末にするような心構えでは、修行は成就できないのです。

 最近、道を求める若い方から「私は何も必要としてはいません。こうして生きているんですから、もう、充分なんですよね」と言われました。
 生活ぶりを見ても、みごとに捨てており、欲望をかき立てて止まない現代文明の悪しき影響を脱しています。
 一個人としてはそこそこのところまで行きました。
 自分と自分の持ちものへ対する〈惜しい欲しいという執着心〉を離れたという意味では、「不惜身命」へ達したのかも知れません。
 しかし、それだけでは、菩薩道を歩む者として準備万端調ったという段階であり、本番はこれからです。

 一行者として、自らを清め法力を磨く修行に邁進すると共に、相手を選ばず「苦を抜き楽を与える」実践をせねばなりません。
 そのためは、「但惜身命」に徹した生活が不可欠です。
 父母を縁としてみ仏からいただき、み仏と天地万物のおかげをもって生かしていただいているいのちを宝ものと尊び、身心を大切に守り、能力開発を怠らず日々を過ごさねばなりません。
 個人としてのいのちを惜しまずとも、菩薩としてのいのちを惜しみつつ、日々を送りたいものです。
 小欲を克服し、大欲(タイヨク)に生きる菩薩でありたいものです。
2005
07.10

若貴問題

 花田勝氏と貴乃花親方の確執は全国紙のトップニュースとなるほど世間の注目を集めましたが、7月4日、花田勝氏が東京家裁に対して6月29日付で故二子山親方の遺産の相続を放棄したことを発表した以上、もうこれ以上報道すべきではありません。
 国民へものを考えさせるきっかけになるという役割を終えたからです。

 世界中を植民地化しようとしていた西洋諸国が日本の混乱を待っていた江戸末期、江戸城を無血開城させ、国難を救った勝海舟はこんなことを言い遺しました。
「もう逃れられない危機だと判断した時は、まず身命を捨てて対処した。
 その結果、不思議と一度も死ななかった」
「勝とうとすると、ことを急ぐ。頭に血が上り胸はドキドキし、判断を誤り進退を誤るものだ。
 逃げて身を守ろうとすると、縮こまって相手に乗ぜられてしまう。
 ことの大小を問わず、人はこの規則に支配されるものだ。
 俺はそれをよく知っていたから、いつも勝ち負けは度外視して虚心坦懐にやっていたよ」


 こんな古川柳にもなった大岡裁きがあります。
「御白洲で子を引き勝って負けになり」
 大岡越前守は、一人の子供の実の母親を名乗る二人へ「子供を引っ張り合って勝った方の子供と認めよう」と告げ、結果的に負けた方の子供と決した話です。
 実の親なら何よりも子供の痛みを解り引っ張り続けられないはずであるというのが根拠でした。
(後代になって、本当の親なら絶対に手を離せないはずだから越前守は誤っているという説も現れたようですが、いかがなものでしょうか)

 勝海舟は、自分の命よりも名誉よりも財よりも大切なものを覩ることができたのでしょう。
 御白洲の実母は、子供の痛みを我がことと感じ、母性の命ずるままにふるまったのでしょう。
 その結果、国が守られ、母と子が守られました。

 財の完全放棄という尊い行動を見たのですから、もう終わりです。
 若貴問題は、見ず、読まぬようにしましょう。
 視聴率が下がれば、テレビは自動的に報道しなくなります。
 マスコミを健全な方向へ動かすのも視聴者の良識というものではないでしょうか。




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