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2016
10.02

背き合いとマンダラ ─10月の運勢─

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〈世界を裡によって表現した胎藏マンダラ

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胎藏マンダラの「最外院(サイゲイン)」には、人を喰うダーキニーもいます。「電気仕掛けの胎蔵界曼荼羅を描いてみるぶろぐ」様よりお借りして加工しました〉

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〈染川英輔画伯の「最外院」〉

 今月は、「君がそっちへ行くというのなら、僕はこっちへ行くよ」というような〈背き合い〉が生ずるかも知れません。
 人それぞれに好みや主張があるのは当然ながら、「他人のことは知ったこっちゃない」という姿勢になれば、大問題があります。
 誰一人として、他者との〈関係性〉の中でしか生きられないのに、その真実を忘れ、自分一人だけで生きているような気持になるのは、錯覚というものです。
 錯覚は、自分に眠る仏心への扉となる根本的な感謝の心を薄れさせ、周囲とのを薄く、暗くしてしまうことでしょう。
 しかも、自分の運勢を傾かせるだけでなく、周囲の人々にも決してよい影響を与えはしません。

 世界の姿が表現されているマンダラを眺めてみましょう。
 中央部附近にはありがたいみ仏方が霊光を発しておられますが、周辺をよく観察すると、気味の悪いものや恐ろしいものもいます。
 人間に害を及ぼす鬼や夜叉などです。
 しかし、彼らがいくら嫌いだからといってマンダラから消してはなりません。
 そうしたものたちも含めてこそ、この世が成り立っており、人間の都合によってどうこうできるわけではないからです。

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〈金剛界マンダラの「供養会(クヨウエ)」では、中心の如来様を女尊が優しく供養しています。上記の「最外院」とは何という違いでしょうか〉

 たとえば、私たちはウジ虫を見れば〝気持悪い〟と感じ、招来はハエになって飛び回るので、ウジ虫もハエもいなくなって欲しいと思うかも知れません。
 しかし、太平洋戦争の激戦地では、傷口にうごめくウジ虫を食べて生き延びたという実話もあります。
 そこにそのように生ずるものには必ず、宇宙的バランス上の必要性があり、たかが人間の都合で安易にどうこうしようとするのは軽率であり、身勝手と言うべきです。
 なお、ウジ虫は今、医学などの分野で脚光を浴びています。

 たとえば、最近、日本で新しい免疫療法が開発され、注目を浴びていますが、それは「免疫チェックポイント阻害剤」です。
 私たちの身体には、生じたガン細胞を攻撃する免疫細胞がいます。
 ただし、異物への攻撃は体内での戦いなので、あまり激しくやると体そのものがアウトになりかねません。
 核戦争になれば地球が滅ぶのと同じです。
 だから、パワーが暴走しないよう、歯止めがかかっています。
 さて、彼らはガンをやっつけようとしますが、ガンは抵抗し、やがては、この歯止めボタンを押します。
 そうなると、免疫細胞は「撃ち方やめ」となるので、ガンは勢力をどんどん伸ばします。
 そこで、医学博士本庶佑氏は、ガンがボタンを押させないように工夫しました。
 効果は顕著で、他の方法では助からないはずの人々が回復するようになりました。
 しかし、当然ながら、ボタンはそもそも体全体のバランス上、必要なはずだったものであり、暴走すれば肺や大腸などに副作用をもたらし、重症筋無力症などを発症させる場合もあります。
 現在は、免疫細胞にどうアクセルを踏ませ、どうブレーキをかけるかという研究が行われているそうです。

 たとえば、フィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ大統領は、選挙で「大統領になったなら、半年で10万人の犯罪者を殺す」と公約し、事実、当選後2ヶ月の間に、警官とビジランテ(非公式自警団)は、麻薬密売人と目される3000人以上の人々を射殺しました。
 裁判制度があり、死刑禁止が国是となっている法治国家において公然と行われている大量殺戮は明らかに法と秩序を無視していると言えましょう。
 あろうことか、9月30日にはこう演説しました。
「ヒトラーは300万人のユダヤ人を虐殺した。
 (フィリピンに)麻薬中毒者は300万人いる。
 私も喜んで殺したい」 
 しかし、世論調査によれば、国民の9割もが大統領を支持しているそうです。
 他国の状況ながら、何かのバランスが危機的に崩れているのではないかと心配になります。
 そして、世界中で、拳を振り上げつつ誰かを叩き、周囲に耳を貸さず、強引にやりたいことをやろうとするタイプの人間が喝采を浴びつつある現状は、恐ろしいと感じます。

 私たちが是非・善悪を判断し、よりよいと思う方向を目ざすのは当然ですが、自分が思う「是」によって「非」を排斥し、「善」によって「悪」を否定しようと先鋭化すれば、独善に陥る危険性が生じるだけでなく、全体を俯瞰(フカン)する目が失われ、自分も、人間関係も、社会も、免疫細胞の暴走に似た状態となりかねません。
 もしも〈背き合い〉の気分を感じた時は、頑(カタク)なな一歩を踏み出す前に、マンダラを思い描いてみましょう。
〝自分はマンダラのどこにいるのだろう?〟
 このように一呼吸置いただけで、無事安全にこの一ヶ月を送るきっかけになることでしょう。




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「おん さんまや さとばん」※今日の守本尊普賢菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
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2016
07.03

7月の運勢 ─高慢心でなく健全な気位を─

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〈広島の平和記念公園で出会った招魂木(オガタマノキ)。身震いする思いでした。当山の個別型永代供養樹木葬法楽陵」の御神木である招魂木もこうなることでしょう。楽しみです。〉

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樹木葬法楽陵」〉

 7月7日から8月6日までが小暑と大暑の文月(フヅキ)です。
 今月の運勢、留意点をかいつまんで述べます。

 今月は、とにかく高慢心に注意しましょう。
 高慢心には大きく分けて二種類あり、他者と比較して自分を高くしないではいられない「慢」と、比較せず自分勝手に自分の価値を高いと自惚(ウヌボ)れ傲(オゴ)る「憍(キョウ)」です。
 前者は、自分に都合のよい尺度を持ち出して他者を貶(オトシ)め、後者は無意味な自己満足で終わります。
 いずれも、自らを省みる智慧と謙虚さに欠け、自ら向上の可能性を阻害し、他者へ不愉快な気持を生じさせるだけでなく、真の和合や親和を排除する情けない煩悩(ボンノウ)です。
 
 ポトラッチという言葉があります。
 北アメリカの太平洋側北西部からカナダの沿岸部にかけて、原住民の間で行われてきた贈りものの儀式です。
 そもそもは、裕福な人々が、結婚式や葬式などで参加者へ食糧や装飾品などを贈り、富裕ぶりを誇示するだけでなく、富を社会へ還元する意味合いもある宗教的儀式でした。
 それが時と共に華美になり、豪勢になり、競争意識も芽生えて争いさえ引き起こすほどになり、ついに禁止されました。

 私たちも無意識のうちに、自分流のポトラッチを求めてはいないでしょうか?
 ほとんどその価値が疑われない〈自己実現〉という言葉の裏に、こうした〈見せびらかし〉の欲動がないでしょうか?
 個人主義であるのに、〈個〉であることに毅然として耐えられるほど強くなく、無理をしてでも他者に勝る旗や力を示し、他者に認められないではいられない焦りのようなものがないでしょうか?

 お釈迦様は説かれました。
「無数の敵を相手にし、たった1人で勝者となる者も、自分にうち克つ者にはかなわない。
 彼こそが最も戦に強い者である」
 ソクラテスも、ほとんど同じことを言っているのは驚きです。
 お釈迦様より100年以上も後に生まれたはずなのに。
「私は、敵を倒した者より、自分の欲望を克服した者の方を、より勇者と見る。
 自らに勝つことこそ、最も難しい勝利だからだ」

 何ごとも、負ければ辛く、悔しく、残念ですが、勝てば勝ったで、満足感や達成感に続いて高慢心という煩悩(ボンノウ)が生じます。
 それがまた周囲に無用の争いや反発や離反や怨みや妬みを引き起こします。
 人生はやはり、ままなりません。
 私たち自身にとって、また周囲の人々にとっても何が求められるべきか、よく考えたいものです。

 月光がモノの形をくっきりと浮かび上がらせる光景や、ミニトマトがたわわな実をつけた様子などに、自分が生きて〈在る〉ことを実感し、感謝できれば、ポトラッチを探し求めるなど思い浮かぶこともないはずです。
 たとえ特段のモノや地位に恵まれまいと、一人間としてこの世に〈在る〉気位をしっかり持っていれば、不足ない気持で生きられることでしょう。
 向上心や切磋琢磨する心は持っていても、高慢心などは無用です。
 その反対に、わずかばかりの才能や財産や地位や実績などにすがり、誇り、高慢心を持つ一方で、気高く清浄で品位ある気位を知らなければ、真の福徳は得られようはずもありません。

 私たちは一人残らず、縁が調えば一人で生まれ、縁が壊れれば一人で死んで行く存在です。
 その存在は誰とも比較できません。
 ときおり、自分を省みれば、つまらぬ高慢心、はた迷惑な高慢心、空しい拠り所の高慢心を持っていることに気づくかも知れません。
 それを穢らわしいと感じ、恥じる気持になれれば大丈夫でしょう。
 健全な気位には爽やかさこそあれ、何らの疚(ヤマ)しさも伴っていません。
 謙虚に、健全な気位を持って生きようではありませんか。




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2016
06.06

6月の運勢について ─不動明王の慈悲で断つ─

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 6月の運勢です。
 今月は、意を決して、魔もの悪縁を断つのによい時期です。
 ただし、断つことそのものの快感に酔ったり、ざまあみろといった高慢心が起こったりすれば、切った刃で自分も傷つく虞があります。
 あるいは、浴びた返り血が思わぬ災いを呼ぶかも知れないので、断つ時の心構えや、断つ手順や、断った後の心の持ちようなどにも充分、注意したいものです。

 そもそも仏教は、あらゆるものを等しく救い、救い漏れはありません。
 悪しきものにも救われる道があります。
 たとえば、結界を張る秘法においても、必ず、そこに居るべきでないものの脱出や救済が考慮されています。

 仏教行者の基本的な姿を示す不動明王の経典にはこう説かれています。

「魔軍を破(ハ)すといえども、後(ノチ)には法楽を与え、忿怒(フンヌ)を現ずといえども、内心は慈悲なり。」
「大力の諸(モロモロ)の夜叉(ヤシャ)も、明王(ミョウオウ)降服(ゴウブク)し盡(ツク)して、解脱(ゲダツ)の道に入(イ)らしむ。」


 未熟な子供は皆、聞き分けのよい者ばかりではありません。
 可哀想でも、叱り飛ばして怖がらせねばならない場合があります。
 親が、自分の感情からではなく、強い慈悲心から子供へ恐怖感を与え、目覚めさせるように、不動明王もまた、忿怒の形相と鋭い智慧の剣をもって凡夫の悪心を断ち、その後には必ず大きな安心をお与えくださるのです。

 ところで、『三国志』の「泣いて馬謖(バショク)を斬る」は広く知られています。
 いかに情が通っていても、関係を断たねばならない場合には、英断をもって行うという意味で、広く用いられています。
 以下、ウィキペディアから引用します。

「蜀(蜀漢)の武将・馬謖(バショク)が、街亭の戦いで諸葛亮(ショカツリョウ)の指示に背いて敗戦を招いた。
 この責任をとり馬謖(バショク)は処刑されることになるが、愛弟子(マナデシ)の馬謖(バショク)の処刑に踏み切るにあたり諸葛亮(ショカツリョウ)は涙を流した。
 後に蒋琬(ショウエン)から『馬謖(バショク)ほどの有能な将を』と彼を惜しむ意見もあったが、諸葛亮(ショカツリョウ)は『軍律の遵守が最優先』と再び涙を流しながら答えたという。」

 しかし、三国志の「正史」と「演義」とでは、泣いた理由が違います。

「『演義』では、何故泣くのかを蒋琬(ショウエン)に訊かれた諸葛亮(ショカツリョウ)は『馬謖(バショク)のために泣いたのではない』と答えている。
 諸葛亮(ショカツリョウ)は劉備(リュウビ)に『馬謖(バショク)を重く用いてはならない』という言葉を遺されていたにも拘らず、その言葉を守らなかった自分の不明を嘆き、泣いたとされている。」

 つまり、「三国志演義」によれば、軍師だった諸葛亮(ショカツリョウ)は、〈ふさわしくない人間〉と指摘されていた人物を用いて重大なマイナスをもたらしてしまった自分の不明を悔いたのです。
 この後段はあまり知られていないかも知れませんが、実に重大な問題を孕んでいます。
 人材の登用は難しく、人事権者はいつの時代も悩みを持つものです。
 仏教における得度、すなわち入門についても事情は変わりません。
 特に、師資相承(シシソウショウ)と言い、直接的な伝授によってしか肝心の法が伝わらないとされる密教では、弟子入りの希望者が伝授を受けるに足る〈器〉であるかどうかが相承(ソウショウ)決め手となります。
 師僧(シソウ)の器に入っているものは、たとえ未熟ではあっても、一定の受容可能性を持った人物の器にしか渡すことができません。

 今月は〈断つ〉のによい時期であっても、無慈悲が許されるわけではなく、よく考えて決断、実行しましょう。
 また、何かをつないだり残したりする際にも一考を要しそうです。
 力や立場や権威に傲(オゴ)らず、自他のため、冷静にしっかりと対応しましょう。




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2016
05.01

慌てる乞食になる? ─5月の運気・運勢─

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〈日々、皆さんが墓地へお出かけになられます。共同墓や樹木葬などの見学も、本堂のお詣りも、資料の入手もオープンですが、住職から詳しい話を聴きたい場合や契約をしたい場合はぜひ、事前に日時のお約束をお願いします。突然では失礼してしまう場合が多くなりがちです。合掌〉

 5月の運気運勢、世の中の傾向です。 
 今月は、人の道にそっていると信じられるものごとを力強く行って通じやすい時期です。
 自分なりに活き活きと生きる道筋が人間として普遍的な価値を高める時、真の充実感がもたらされることでしょう。

 ただし、古代ローマの哲学者エピクテートスの言葉は覚えておきたいものです。
 彼は、目に見える成果を早く欲しいと急ぐ人に言いました。

「大事なことは何事でも突如として生ずるものではない。
 一個のいちじくでもそうだ。
 もしきみがいまわたしに、じぶんはいちじくがほしいと言うならば、わたしはきみに、時間が必要だと答えよう。
 まず花をさかせるがいい。
 次に実を結ばせるがいい。
 それから熟させるがいい。
 いちじくの実は、突如として、そして一時間のうちに出来上がらないのに、きみは人間の心の実を、そんなに短時間に、やすやすと所有したいのか。
 わたしはきみにいうが、それは期待せぬがいい」(長田弘著『最後の詩集』より)


 私たちは、エピクテートスの言わんとするところがもはや、わかりにくい心性になっているかも知れません。
〝イチジクを買えばいいじゃないか〟
〝イチジクの木を持っている人からもらえばいいじゃないか〟
〝イチジクの木を探してもぎ取ればいいじゃないか〟

 4月14日、哲学者鷲田清一氏は、明治学院大学で、学生たちと対話しました。
 そのおりに大学院生から出された質問です。
「今の大学は『どうお金を稼げるようになるか』で授業が組み立てられていて、グズグズする時間などないのでは?」
 氏は笑って答えました。
「卒業なんて無かったらいいですよね」
「自分が納得して潮時だと思ったら大学から消え、足りなければ復帰する。
 それぐらい自由な大学の例も海外にはあります。
 卒業が就職のパスポートというだけでは、みじめったらしいじゃないですか」

 そもそもなぜ、 親へ莫大な負担をかけながら大学へ行くのでしょうか?
 一つには、生き方がわからず、もう少し考え、学んでから一人前の社会人になるため。
 もう一つには、関心のある方面を深く学んで理想を実現するため。
 学問を探求することは手段でもありますが、学びつつ生きること自体に、人間を創るかけがえのない価値があります。
 何か生きられる本ものをつかみ、同時に自分も人間として本ものに近づくための貴重な人生のいっときが学生時代ではないでしょうか?

 エピクテートスは、イチジクを得ようとしている人に、こう問いかけているのです。
「君は本当のイチジクを欲しているのかい?」
 彼はイチジクの〈価値〉を問題にしています。
「イチジクが何であるか、そのことをわからぬままでは、君の求めているイチジクは食欲を満たす手段でしかない。
 もしも、君がそれだけでよいと言うならば、君はこの世を生きていることの本当の意味も価値もわからぬまま、酔生夢死(スイセイムシ…無自覚で空しく過ごすこと)の人生で終わるしかないよ」
 エピクテートスの時代はそれでもまだ、イチジクが問題にされていました。
 しかし今はイチジクではなく、イチジクを得るための手段である「お金」のみが第一の関心事となり、私たちの一生はますます人生の真実から遠ざかっているやに見受けられます。

 一国の首相をはじめ、私たちは今、どうしてこんなに急(セ)いているのでしょうか?
 セカセカとせわしなく、ピリピリと苛立ち、まるで手品のような〈素早い〉解決策を求めてやみません。
「何事でも突如として」生じさせないと気が済まないかのようです。

 しかし、気をつけましょう。
 手品は技術によって編み出されますが、それは必要条件に過ぎず、成立するための充分条件は私たちの錯覚です。
 これは気をつけ過ぎることはないというほど重い事実です。
 重要なものごとほど、単なる知恵ではなく叡智を集めて行われるべきでしょう。
 しかも実行が実のあるものとなるためには、方策の立案者や実行者への信頼が充分条件として欠かせません。

 物理学者の松井孝典氏は科学が「我々の存在」を理解するために必要な点を挙げました。

「科学は科学以外の他の領域(たとえば哲学)と積極的な関わりを持つことが必要だろう。
 それは科学の問題というよりは科学者の問題である。」(著書『宇宙誌』より)


 私たちは、自分であれ、他者であれ、〈いかなる人物〉として〈いかなること〉をしようとしているのか、その実態をきちんと観てから判断し、ことをなしたいものです。
 私たちは、求めている対象も、何かを求めている自分自身も、よく観てよく考えたいものです。
 自分を高め、深めるのも、停滞させ、泡(アブク)のようにさせるのも、自分次第。
 古人は言いました。
「慌てる乞食は貰いが少ない」
 青葉の輝き、力強さに学びたいものです。




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2016
04.01

4月の運勢 ─柔軟に、グチを言わずに─

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 4月運勢と考慮したいポイントです。

 今月は、相手の優しさや人のよさに乗じて強気になったり、いい気になったりすると、せっかくの和合を台無しにしかねないので、謙虚さや感謝を忘れないようにしましょう。
 普段はともかく、社会正義に燃えたり、高尚な理想を持ったり、信仰心が高まったりすると、自分でも知らぬ間に鋼鉄のような頑(カタク)なさを抱いてしまう場合があります。
そうなると、客観的な視点を失わずに対話を行う柔軟さや、問題の解決に向かって相手の言い分も飲む懐の深さがなくなり、険悪な雰囲気や沈黙してしまう気まずさを招く危険性があります。
 胸中には不退転の炎を燃やしつつも、まっさらな視点と感性で外の世界に接したいものです。

 また今月は、自分の弱点によって自滅せぬよう、火に油をそそぐような勢いがあるものにやられぬよう、気をつけましょう。
 グチは最悪です。
 考えても仕方のないことや遡りようのない過去などにとらわれ、ウジウジと語ること、それはよき縁を遠ざけ、未来を塞ぎ、悪しきものに付け入る隙を与えます。
 自分へ厳しくありたいならば、まず第一にグチや言いわけを放逐せねばなりません。
 グチは、万人にとって最悪の弱点と言うべきものの一つです。 

 世間的な流れとしては、誰もが〈信頼〉や〈和合〉や〈親和〉の価値に気づき、さまざまな紐帯が進むことでしょう。
 もう一つ大切な〈譲り合い〉についても進めばよいのですが、狭く、先鋭的な紐帯になってしまえば、こちらの面は難しくなるかも知れません。
 全体を眺め、全体の利益を考える賢者や徳ある人の活躍が望まれます。

 個人的立場と全体的立場の両方に目を向けながら情報について理解し判断するよう心がけましょう。
 皆で盛り上がるお花見も、個人的に行うお花見も佳いものです。
 また爛漫と咲く桜並木も、ポツンと咲く孤高の山桜も佳いものです。




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「のうぼう あきゃしゃきゃらばや おん ありきゃ まり ぼり そわか」※今日の守本尊虚空蔵菩薩様の真言です。
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