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2016
01.14

要る人、要らない人 ─守本尊様のお救い─

2012093千手観音

〈子年生まれの方の守本尊千手観音様〉

 還暦を迎え仕事を離れたAさんは、元々、趣味などがまったく異なっているとの毎日をどう暮らすか、頭を痛めておられました。
 きっと、奥さんもそうなのでしょう。
 この先、二人して身体も弱って行くのに今さら離婚もできないし、そうかといって、こまごまとうるさいことを言うと一緒にいるだけで胃がおかしくなってしまうし……。
 やがて、Aさんにとって奥さんはだんだん〈要らない人〉になって行き、危機に瀕しました。
 Aさんが当山の門を叩かれたのはこの時点でした。

 しばらくお聴きしてから、ご提案をしました。
「もっともなお話ですね。
 別に誰が悪いわけでもないし、今さら過去に遡ってのやり直しもきかないし、でも、このままでは過ごせないし、困りましたね。
 こうなったら、守本尊様へお祈りしてみてはどうですか?
 今から真言をお伝えしますから、それを無心にモゴモゴと口にしてみるだけでいいんです。
 やってみる気があれば、一週間ぐらい唱えてみてください。
 私もどうやったらいいかわからない時など、これをやるんです」
 Aさんは最初、あまり気乗りがしないようでしたが、合掌して一緒に唱え、「そうですね」と呟きながら帰りました。

 しばらくして又、Aさんから人生相談のお申し込みがありました。
 Aさんは、やおら、切り出しました。
「私にはが必要だし、にも私が必要だということがわかりました。
 これから少しづつ、に合わせてみようと思います。
 実はもう、何も言わずに合わせ始めているんですが、驚いたことに、の態度がこれまでとちがってきたんです。
 不思議なものですね。
 これからは、妻の守本尊様も拝んでゆきたいと思います」

 そし、奥さんの守本尊様の真言を覚え、二人分の守本尊様をご供養したいと申し出られました。
 自分に合わない妻は〈要らない人〉になりかけていましたが、そうした関係性が生じたのは妻だけに原因があるのでなく、むしろ、自分にこそ大きな原因があると気づかれたのでしょう。
 自分が変わり、それに伴って関係性も大きく好転したのが何よりの証拠です。
 すべてはによって起こり、因縁が変わればありようも変わります。
 無言の言葉でお導きくださった守本尊様はまことにありがたいものです。

(プライバシー保護のため、Aさんのご了解のもと、細心の注意をはらって書きました)




 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。



「のうまく さんまんだ ぼだなん あびらうんけん」※今日の守本尊大日如来様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=LEz1cSpCaXA





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2010
07.14

まことの生き方

 最近は離婚人生相談が多くなりました。世間に離婚カップルが増えているのか、それとも当山にそうしたご縁がたまたま増えているのかはよく判りませんが、岐路に立った二人とご家族や友人のご心痛に接していると、離婚という断腸のできごとを新たな旅立ち、あるいは生き直しの機会にしていただきたいと願う思いが深まります。

 さて、その原因はさまざまですが、いつも〈まこと生き方〉を選ばれるようお話申し上げ、ご修法を行っています。
 たとえば、夫の浮気が破綻に至った直接の原因だとします。
 そこで、財力のある夫が、妻とはもう身も心も離れていながら子供可愛さに母子をそばへ住まわせようとする場合があります。
 妻もまた生活の安定を求め、妻の実家も世間体を考えてそうさせてはどうかという場合、〈まこと生き方〉という観点からすると、その方法はお勧めできません。

 夫にとっては、好きな女性と暮らしながら可愛い子供にいつも会えるという都合の良い形ですが、ここには大きな思いやりの欠如があります。
 一つは、財をもって別れた妻を縛りつけておけば、結果的に一人の女性から真の喜びを奪ったままであるということです。
 また、子供が小さいうちはわけも解らず優しいお父さんに甘えていても、やがて成長してことの実相を知った時にどうなるか──。
 甘えが軽蔑に変わり、ひどくなると男性不信に陥るかも知れません。
 また、いつわりの生活を続けている母親を軽蔑し反抗心が強くなるかも知れません。
 もしかすると、真実を求めず、うわべだけをうまくやろうとする性格をつくってしまう可能性もあります。
 妻と子供は、真の思いやりの外におかれたままです。

 妻自身はどうでしょう。
 確かに男性の財力に頼れば目先の生活は確保されます。
 しかし、それは麻薬によって一時の快楽をむさぼるのと同じで、いつわりの安定です。
 決して自分をごまかすことはできません。
「子供のため」は言い訳です。
 自分で未来を切り拓く意志を放棄すれば心身に大きな歪みと傷を生じます。
 また、近くにいて他の女性と暮らすかつての夫を恨み続ければそれは地獄であり、恨みも嫉妬も感じないように自分を殺そうとすれば、それは真の解決にはならず、心身から活力を奪いバランスを壊すことでしょう。
 そうした母親の姿が子供に良い影響を与えるはずはありません。

 たとえ辛くとも苦しくとも、ことをはっきりさせ、心身の離れた者同士はそれぞれの道をそれぞれの力で歩み、それぞれが未来への可能性にかけた生き方をして初めて傷心のできごとが人生の糧となるのではないでしょうか。
 そしてまた、〈まこと生き方〉をしている親の姿を見せる以上に子供にとって大切な教育はないのではないでしょうか。

 私的なことですが、体調を崩した妻との生活は、子供を抱え一人で生活を支える女性や、病人の介護をしながらはたらき、生きる人々の日常を我がこととして実感させていただけるかけがえのない毎日です。
 そしてまた、当山をお支えくださる方々のありがたさとみのご加護を、今までよりいっそう教えていだたく日々でもあります。
 こうした実感や喜びや感謝は、今まさに勇気を持って波浪の中へ旅立とうとする方々へ
「それが真の方向です!。
 行く手には辛さだけでなく、より大きな希望と喜びが必ず待っています。
 真実生き方をする人をみは決してお見捨てになりませんよ」

と己をかけてお話させていただく力になっています。
 人は皆、目に見えぬ縁の糸でつながっています。
 糸を大切にし、共に手を携えて〈まこと生き方〉を貫きたいものです。

※この文章は、もうネットで読んでいただけない古い綴りから行者高橋里佳さんがピックアップし、再掲しています。

 

「のうぼうあきゃしゃきゃらばや おん ありきゃ まり ぼり そわか」※今日の守本尊虚空蔵菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。





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2009
10.26

死後の和解

 秋も深まった寒い朝、いつものように子供たちを学校へ送り出して一息ついたAさんは、電話の音に腰を上げました。
 遠い他県の役場から届いた若い男性の一語一語確認するように話す言葉に、Aさんは息を呑みました。
 それは、30年前、父親と離婚して家を出た母親の死を告げていました。
 たった一人で亡くなっており、身内が引き取りにきて欲しいというのです。

 平和な日常生活に激震が起こりました。
 大好きだった母親の突然の死にうろたえているいとまはありません。
 すぐに実家の父親と夫と二人の妹へ連絡し、子供たちが帰るのを待って車のハンドルを握りました。
 同乗者はすぐ下の妹です。

 小さな港町ではたらいていた母親は脳溢血で急死し、地域の集会所で白い蒲団に横たわり、香が焚かれていました。
 お世話してくださった近所の方々は、過去を語らず黙々と事務の仕事を務め、いつも静かな笑顔を絶やさなかった母親の生活ぶりを教えてくれました。
 二人は涙も乾かぬままに遺体を乗せ、夜道を走りました。
 姉妹が交わす母親との思い出話は尽きませんでした。

 離婚をきっかけに自分の実家の親戚筋との縁を一切絶っていた母親は夫の元へも帰られず、お骨の行方も定まらぬままに、三人の娘たちが荼毘に付しました。
 死を知った親族や関係者たちはそれぞれに異なった助言や主張をするだけで、実際に遺骨を引き受けようとする人は誰もいません。
 母親が住んでいたアパートの整理も終わり、膝をつき合わせた三人は、当山へ人生相談に訪れました。
 知人から活動について聞かされていたからです。

 助言を受けながら気丈に涙をこらえて具体策を相談する三人は、たちまち、すべての結論に達しました。
 当山で遅ればせながらの葬儀を行う。
 喪主は長女が務める。
 父親に葬儀への列席を促す。
 親族は一切、呼ばない。
 遺骨共同墓法楽の礎』に納める。
 位牌は当山へ納めて永代供養を受ける。

 三人の夫たちは揃って妻たちの出した結論を尊び、助力すると約束してくれました。
 父親は、黙って葬儀に出ました。
 子供たちも別れた夫も知らない生活の中で写した一枚の写真は、参列者すべてにとって、昔のままの故人の面影を宿していました。
 帰り際、〈昔の夫〉は合掌してポツンと言いました。
「ありがとうございました。良いやつでした」

 後日、花を持って訪れた長女は、妹と一緒に、涙の浮かんだ目を輝かせ、笑顔で頷き合いました。
「お父さん、別れてもずうっとお母さんを好きだったんだよねえ。きっと、お母さんもそうだったんだろうね」

※実話がベースですが、プライバシーを考慮し、フィクション仕立てになっています。




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