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2007
02.26

遙かな愛

 運転中、NHKドラマ『蝉しぐれ』(原作:藤沢周平)の主題曲を初めてしみじみと聴きました。
 歌詞を追っているうちに驚きました。“これは現代を代表する恋歌ではなかろうか!”

遙かな愛
 作詞:及川恒平 作曲:小室等
 歌:普天間かおり

 もしも私
 生きているのが一年だけなら
 春の息吹をうけたらすぐに
 花を抱きしめ踊り出すのよ
 あなたと一緒に
 花を抱きしめ踊り出すのよ
 あなたと一緒に

 もしも私
 生きているのが一日だけなら
 朝の日差しに目覚めてすぐに
 鳥を集めて歌をうたうわ
 あなたと一緒に
 鳥を集めて歌をうたうわ
 あなたと一緒に

 もしも私
 生きているのがひとときだけなら
 誰に伝えることもしないで
 風になって遠くへ行くの
 あなたと一緒に
 風になって遠くへ行くの
 あなたと一緒に

 もしも私
 生きているのが一瞬だけなら
 うまれたままの心と姿
 悲しみじゃない涙をそえて
 あげます あなたに
 悲しみじゃない涙をそえて
 あげます あなたに


 生きている時を区切って「もしも」と言っていますが、時は一年であっても、一日であっても、同じことです。
 要は、自分に与えられた時のすべてを相手と共にいたいというのです。
 それも、「踊る」「うたう」「風になる」といった時でありたい、それが叶わぬほど短い場合は、自分をそっくりそのまま相手へ捧げると唄います。
 二人で一つのハーモニーを奏でることこそ、愛する者同士の最も望むものです。
「愛し合っている」とは「美しいハーモニーを奏でている」ことであるとも言えましょう。
 黙って見つめ合っても、セックスをしても、遠く離れて心を通わせ合っても、二人の間には二人だけのかけがえのない旋律が流れています。

 白眉は、「うまれたままの心と姿」にそえられる「悲しみじゃない涙」です。
 涙は不思議なものです。
 哀しいから、嬉しいから、あるいは寂しいから流れるとは限りません。
 この歌を聴き、切なさと一緒に胸に兆した涙は、魂の震えがもたらす「生の証」といった感があります。
「悲しみじゃない涙」とは、〈実存の全体〉〈自分に凝縮された世界のすべて〉といったものではないでしょうか。

 それにしても、こうした二人を引き離す「死」の近くで生きる自分の因縁を思わずにはいられません。
 不断に訪れる死は、必ず涙を伴っています。
 最近、ご主人を亡くされて3年以上も経った奥さんからいただいた手紙には、こうありました。
「夫の死は誰でもこたえます。いつも一人になると夫のことを思い出し、悲しいです」
 
 実際に流れようと流れまいと、涙は人生の伴侶です。
 ご縁のとなたとであれ同じ涙を共有しつつ、仕事をまっとうしたいと願っています。




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