第六回、映画「チベット チベット」を観る会が終わりました
質疑応答に入ると皆さんから活発な発言があり、とても心強い思いをしました。
世界中の悲惨に心をくばり、さまざまな救援活動などをされている方は、涙ながらにこの活動が広がることを願われました。
「チベットの密教と日本の密教はどう違うのですか?」あるいは、「チベットの現状に関する本を何冊か読みましたが、あまりに内容が専門的で解りにくく、残念です」などの質問やご意見がありました。
また、現地を知っている方々からの発言も相次ぎました。
「1年前にチベットを訪ね、自然や文化のすばらしさに感動しましたが、今年は入国を拒否されました」
「10年前のチベット視察旅行では、奥地にまで足を伸ばし、水葬や風葬などが行われていた地域も訪ねました。空気も山々も清々しく、美しく、心洗われるすばらしい国でした」
旅行で〈美しいチベット〉のみを見せられ、懐かしさを抱きつつ来場した皆さんは、あまりにも悲惨な現実を知り、絶句される様子でした。
さて、法話の一つは、言葉と文化についての雑感でした。
私たちは「自分の考え」、「自分の意見」といったものをきちんと持っているつもりですが、よく検証してみるとどれもこれも意外にあいまいであり、人生をしっかり引っぱっているかといえば、あまりあてにはならない場合が少なくありません。
しかし、ああだこうだと考えた結果ではなく、突然、ポンと、根元的な言葉や運命を創る言葉、あるいは考え方が飛び出した経験のある方は少なくないはずです。
その背景になっているのは、錆びついていない言葉の感覚です。
江戸時代の人々はそうした言葉の大切さをよく知っていたので、寺子屋では子供たちに「読み書き」をたくさんやらせ、当時、世界で第一級の文化が花開く土台ができました。
個人的な体験としては、ふと、口から漏れた言葉が未来を暗示し、そのとおりに真実世界が開けたできごとがいくつもあります。
代表的なのは、『み仏は あなたのそばに』へ書いたエピソードです。
家庭の事情もあり、迷ったままの東京生活に見切りをつけ、無念の帰郷をする列車のデッキに立っていたところ、突然、前後の脈絡がまったくないままに、口から言葉が漏れ出ました。
「文武両道の塾を創ろう」
心ならずも家業を継ぐことになったがための帰郷であり、まだ、新たな夢を描けるだんかいではありません。
それどころか、なぜ、考えたこともない内容が意志になり言葉になったのか、皆目、見当がつきませんでした。
時は移り、事業の失敗ですべてを失い、托鉢を主とする修行に明け暮れていました。
膨大な伝授書をまとめ、密教剣法隠形流(オンギョウリュウ)居合を創設しようとしていた師僧の手伝いをしていた時のことです。
突然、師僧から「道場を文武館(モンブカン)と名乗ろうと思う」と言われました。
その時の衝撃は、とうてい忘れられません。
以後、今日に至るまで隠形流居合は修行の重要な柱となり、毎週、仙台で「文武館」の道場を開き続け、来年には文武両道の寺子屋を始める予定です。
このできごとについて考えてみると、子供の頃から本に親しみ、武に関心を持ち、文武両方を探求する偉人たちへの興味が深かったことに関係があると思われます。
いつしか、言葉を大切にしながら文弱に堕せず、武の備えはありながらたやすく武に頼らない毅然とした生きざまが理想的生き方のイメージになっていたのでしょう。
(もっとも、「文」の深意とは平和時にはたらく霊性の発露であり、「武」の深意とは、非常時にはたらく霊性の発露なので、どちらがどうとも言えないものではありますが)
失意のどん底で、無意識に考えもしなかった〈志〉が飛び出すとは──、そして、それという意識もないままにそのとおりの運命が創られるとは──。
いずれにしても、未来を暗示するあの一言は、氷山の一角である言葉と、それを成り立たせている水面下に潜む膨大な氷塊のような文化の蓄積が、全体として一青年の精神にいつしか深くかかわっていたから生まれ出たに相違ありません。
心の核が言葉となって人生を導き、文化を創り、文化が言葉の内容を豊かにし、時として、真言のように言葉が世界と感応する力さえも持つ。
こうしたダイナミズムが妨げなくはたらいてこそ人間は自由となり、尊厳が守られるのではないでしょうか。
このように考えてみると、仏教を理解するために創られたチベット語がチベットから駆逐され、チベット文化の中枢をなす仏教信仰が事実上禁止されている現状の悲惨さに慄然とさせられます。
中国政府が文化的死を拒否して抵抗する人々を弾圧するといった非人道的な蛮行を一日も早く悔い改めるよう望んでやみません。
なお、次回は、10月4日(土)午後7時より『仙台青年文化センター』にて上映します。
ぜひ、お誘い合わせの上、おでかけください。
【現代の偉人伝】 第64話 ─弘津正二─
アレキサンダー大王、ジンギスカン、ナポレオン、織田信長・・・戦争が生んだ、偉人とされる人々・・・。それよりも、自らを他人のために投げ打って、人や命を助けた人々の生き様こそ、学ぶべきではないでしょうか? あなたの身近にいる偉人を紹介してください!当山では、身近な人々の善行に関する情報を集めています。>詳しくはこちらをご覧ください。
昭和16年11月5日午後10時、貨客船氣比丸は城津の沖合で浮遊機雷に触雷し、沈没した。
犠牲者の中に、京都帝国大学文学部で哲学を学ぶ弘津正二(23歳)がいた。
彼は本来昭和17年に卒業する予定だったが、父親の逝去と兄の招集によって無人となった生家の商売をせねばならず、卒業を延ばすことにして清津の自宅へ帰郷していた。
しかし、戦争の影響で大学が学年短縮になったため、昼間は労働に汗を流しながら夜間に書いた卒業論文「カントの実践哲学批判」を携えて京都への旅に出た。
そして事故に遭遇したのである。
彼は、卒業論文を書くために大学の図書館から借りたカント全集の2冊をとても大切にし、置く場所から持ち方まで気をくばっていた。
旅立ちの際も、行李(コウリ…もの入れ)の中へ大切にしまいこんだという。
その彼は沈没する船からの脱出を競わなかった。
隣にいた左官屋から「早く乗りなさい」と声をかけられても「どうぞお先に」と譲り、悠然とタバコをくゆらしていた。
彼はいつも、カントが遺した最期の言葉「Es ist gut(これでよろしい)」を好んでいた。
カントは80歳で亡くなる10日前から食事を絶ち、枯れるように死んだが、23歳の青年もまた、同じくつぶやきつつ船と運命を共にしたのだろうか。
彼は旧制五高(後に新制熊本大学の母体となった)時代から氣比丸乗船の2時間前まで日記を書き続けた。
およそ原稿用紙五千枚という膨大なもので、一年分づつ製本されていた。
昭和17年6月、昭和15年2月から9月までの分が「若き哲学徒の手記」として出版された。
キリスト教から仏教へと進んだ彼は、今日、8月31日の日記にこう書いた。
彼はどういう気持で「行的人間」と書いたのだろう。「人間は生きる事即ち創造的行為に於いて人間であり自己である。
即ちその時初めて人間は有限と無限との対立を止揚(シヨウ…高い次元での克服や解決)し統一出来るのである。
即ち人間は此の行(ギョウ)的人間として初めて神人合一の最も具体的にして且つ力強き生きた人間となるのである」
何を行として自分へ課したのだろう。
ところで、私は何かをなし終えると「ヨシと」とつぶやき、そばにいる妻からは「何をしても『ヨシと』なんだから」としばしば言われるが、大カントが「これでよろしい」と決着し、弘津正二も同じ口癖だったのだから、ぶつくさ言われる筋合いはないと思う。
いずれにしても、きちんきちんとものごとを進める人間は一区切り、一区切りを確認し、大切にし、生涯、石段を登るような気持でいるはずだ。
彼は、死の瞬間までどのような階段を登り続けていたのだろうか。
普賢菩薩の六根清浄法 2
無始の過去から重ねてきた悪業を清めるためには、こうした具体的な心構えを持ち、できることから実践する以外ありません。1 み仏の教えに学んで心を正しく保ち、仏法僧を謗らず、行者や人生修行に励んでいる人びとの善行の邪魔をしないことです。
2 父母に孝養を尽くし、師や長老を敬い尊ぶことです。
3 み仏の教えにかなう方法で社会を浄化し、人心を清めることです。
4 縁に応じて身心を慎み、殺生などの悪行をしないことです。
5 因果応報を信じ、真実を求め、み仏がおられることを実感できるよう心を清めることです。
最近、あることを正しいと信じてコツコツ実践を重ねてきたAさんは、自分の変化に気づき、感慨を口にしました。
「これまでは頭でそうなんだろうなあとぼんやり理解していただけですが、やっと、因果応報を信じられるようになりました。
天地自然のすべてを動かしている理法にかなうようにやれば、必ず目ざす生き方ができるのですね」
真摯な神経内科医Bさんは、述懐されました。
「私は、薬を自分で服用し、自分の心と身体がどう変化するかを確認しない限り、処方箋を書きません。
こうすればこうなると本当に解らなければ、責任をまっとうできません」
人生に希望を持つならば、まず自分の意志を固め、実践するしかありません。
その霊性の動きが周囲の縁を動かし、仏神の世界へも通じて「おかげさま」の偉大なる力となり、運命の舵が切られます。
もしも、特に自分の因縁で問題があると思う場合は、眼であれ、耳であれ、以下の文を読んでから何か経典や真言を読誦してください。
必ず転換の時が訪れましょう。
[眼の懺悔法]
若(モ)し眼根(ゲンコン)の悪有りて 業障(ゴッショウ)の眼不浄ならば
但だ当(マサ)に大乗を誦(ジュ)し 第一義を思念すべし
是を眼を懺悔して 諸もろの不善業を尽くすと名づく
(「大乗」とは、般若心経や観音経や理趣経などです)
[耳の懺悔法]
耳根(ニコン)は乱声(ランショウ)を聞きて 和合の義を壊乱(エラン)す
是に由りて狂乱(オウラン)を起こすこと 猶お痴なる猨猴(エンコウ)の如し
但だ当に大乗を誦(ジュ)し 法の空無相を観ずべし
永く一切の悪を尽くして 天耳(テンニ)もて十方を聞かん
(「法の空無相」とは、すべてが因と縁によって現れているものであり、変化を免れるものはないのだから、何ものにも執着せず、ただ、今在ることに感謝する心です)
(「猨猴」とは、猿です。欲に追われてやみくもに騒ぎ動きまわることの象徴です)
(「天耳」とは、清らかな心でありのままに聞く耳のはたらきです)
[鼻の懺悔法]
鼻根(ビコン)は諸香に著して 染に随いて諸もろの触を起こす
此くの如き狂惑(オウワク)の鼻 染に随いて諸塵を生ず
若し大乗経を誦(ジュ)し 法の如実際(ニョジツサイ)を観ぜば
永く諸もろの悪業を離れて 後世に復(マタ)生ぜじ
(「狂惑」とは、香を縁として煩悩を起こす穢れたありさまです)
(「法の如実際」とは、煩悩を離れて解る清浄な真実世界です。末期の眼がとらえる世界も、そうしたものなのでしょう)
[舌の懺悔法]
舌根(ゼッコン)は五種の 悪口の不善業を起こす
若(モ)し自ら調順(ジョウジュン)せんと欲せば 応(マサ)に勤めて慈心を修し
法の真寂の義を思いて 諸もろの分別の相無かるべし
(「調順」とは、コントロールすることです)
(「法の真寂」とは、煩悩の波風に見出されない真実世界の不動のありさまです)
[身体の懺悔法]
身は是れ機関の王 塵の風に随いて転ずるが如し
六賊は中に遊戯(ユゲ)して 自在にして罣礙(ケイゲ)無し
若(モ)し此の悪を滅して 永く諸もろの塵労(ジンロウ)を離れ
常に涅槃(ネハン)の城に処し 安楽にして心恬白(テンパク)ならんと欲せば
当(マサ)に大乗経を誦(ジュ)して 諸もろの菩薩(ボサツ)の母を念ずべし
(「六賊」とは、眼・耳・鼻・舌・身・意の六根です。身体があってこそ、6つのはたらきがあります)
(「遊戯」とは、動き回ること、「罣礙」とは、障害となるものです)
(「涅槃」とは煩悩の火が消えた状態、「恬白」とは、清浄で悩みのない状態です)
[心の懺悔法]
心根(シンコン)は猨猴(エンコウ)の如くにして 暫くも停まる時有ることなし
若(モ)し折伏せんと欲せば 応(マサ)に勤めて大乗を誦(ジュ)し
仏の大覚心 力無畏(リキムイ)の所成(ショジョウ)を念じたてまつるべし
(「折伏」とは、抑え、コントロールすることです)
(「力無畏の所成」とは、智慧と慈悲の力が無限にはたらくことです)



