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2013
11.20

昭和初期の童話「燕と子供」を読みましょう(2)

20131119000222.jpg

 菊池寛編集の「日本文藝童話集(上)初級用」から『燕と子供』(作:北村寿夫)を書き出しました。
 現代文にするなど、若干、手を加えました。
 親子で読み、子供が書いた感想文を親が添削し、もう一度書かせてみるといった用い方ができそうです。
 全文を掲載しておきます。

をおくれ。靑いがほしいよう!」
 燕は、思わず目をあげて深い深い夜の大空(オオゾラ)を見あげました。
 そこには、ほんとうに淸らかな淸らかな神の瞳(ヒトミ)のような、美しいがありました。
 子供はあれをほしがっている。
 だろうか、あれはなんという崇高(ケダカ)いものだろうか。
 燕はこう考えました。もし、寂しい子供が、ただひとりこの世から離れていくにしても、あの美しい光をもっていたら、恐らく迷い易(ヤス)い道でも、迷わずに行けるだろう。
 あの光が子供のはかないこれからの行方(ユクエ)を導いていってくれるだろう。
 おお、しかし、あののあるところまで、いったいどのくらい遠いのだろうか。
 もし行きついても、持って帰ることが出来るだろうか。

 燕はふと、そのとき物語――子供といっしょに聴(キ)いた子供のお母さまの尊い美しい澤山(タクサン)のお話を、思い出したのでありました。
 熱い愛のこころ、世の中にこれほど高い、これほど美しいものがどこにあるのでしょう?
 そうだ、あの物語に澤山(タクサン)出てきた勇敢(ユウカン)な人々のように。
 ――燕は心をきめると、お窓の外から子供に云いました。
「坊(ボッ)ちゃん、お待ちなさい。
 わたしは靑いを、とってきてあげましょう。」
 燕は出来るだけ羽をひろげて、ひろい夜の大空へと飛びました。
 鳥は夜になると、それほどによく目の見えないものです。
 けれど、燕は、そんなことは考えずに、高く高く出来るだけ、高く飛びました。

 初めは、まず、冷たい電信(デンシン)の針金に頭をうちつけて、いやと云(イ)うほど痛い思いをしました。
 それから、あつい壁(カベ)のような雲に迷いこんで、いくたびも途方(トホウ)にくれました。
 しかし、どうして、この心の淸い感心な燕は心を落としましょう。
 一つの困難がやってくると、燕の心はさらに雄々(オオ)しく張りきりました。
 一つの苦しみがやってくると、燕の小さい心臓は、嵐のような烈(ハゲ)しい勇気にふくれるのです。
「星まで! 輝く緑の星のある所まで……」
 深淵(シンエン)のように靜かな夜空、はてしのない水のような夜の大空は、じっと、抱き入れるように寂(サミ)しい孤獨(コドク)の鳥をかい抱きました、
 上へ上へ、空のつきる所まで……

 夢中で飛んでいると、いつの間に、これほど高く上ったのでしょう?目をおろすと、はるかに星明かりに浮いている下界(ゲカ)の姿も、今は見えません。
 そして、目をあげてみると、まだ星は高く高く、靑白い優しい光を投げています。
「では、もう、ひと飛び……」
 燕は飛びました。
 矢のように飛びました。
 しかし、小さい翼はもう疲れきって、あまりに高い空の寒さに堪(タ)えられないほどになっていました。
 可哀想(カワイソウ)な子供のことを思い、燕は心かぎり、勇気をふるい起こしたのでした。
 でも、傷(イタ)める翼、それは遂(ツイ)に、寒く冷たく永遠に凍えてしまったのであります。

 あくる日の朝、ここのお家の人は、子供の寝ているお窓の外に、一羽の燕の動かない姿を見いだしまた。
 ちょうど、子供も靜かにこの世を去ったのでした。
 ですから、誰もその混雑(コンザツ)にとりまぎれて、屋根の上の燕のことは、ひとりとして気にかけるものもありません。
 お屋根には、何ごともなく靜かな日がさして、何ごともなく、その上に、黒い燕が横たわっておりました。
 誰が知りましょう。昨夜のことを誰が知ってましょう?

 その日の晩(バン)、人間の目にはつかない二人の天使が、ひとりは、かわいい子供を、ひとりは小さい燕の骸(ムクロ)を抱いて、ここのお屋根から天の方へ飛んでいきました。
 その途中(トチュウ)で、ひとりの天使は云(イ)いました。
「ゆうべ、あたしはこの燕を、わざと、子供のそばへ落としてやったのです。
 いじらしい燕の心……この心は神さまのいちばんおほめになる心です。
 この燕はお空へいって、花園をまもる番兵になるのです。
 あたしはこの閉じた翼を、唇であたためて抱いていってやりましょう。」
 も一人の天使も、嬉しそうにほほ笑みました。
 そして云(イ)いました。
「ええ、わたしも知っています。
 この小さい胸が、どんなに大きい尊いものを抱いていたか、天へ行ったら神様は、きっと喜んでほめてやって下さるでありましょう――」
 美しいお月夜の下を、天使たちは、靜かに靜にかに上へ昇っていきました。


 なぜ、こうした童話が子供の心を、そして大人の心をもうつのでしょうか?
 それは、損得を離れ、自分のいのちよりも尊いものにかける姿が美しいからです。
 私たちは、損得だけで生きるのが尊い生き方ではないことを知っています。
 自分のモノや自分のいのちがこの世で最も守るべきものではないことを知っています。
 しかし、大人になると常に損得勘定を先にし、言いわけをしながら自己中心で生きがちです。
 それだけに、こうした物語に接すると、子供ならずとも、心へ清風が流れこみ、心で温かなものが広がります。
 一流の童話が持つ力は偉大です。

20131120001 (2)

 高橋鍵彌先生(江戸川学園取手中・高等学校校長)は、人間に必要な三つの要素である知情意(チジョウイ)について、明確に図式化されました。

「人が人間らしくあるためには、まず確固たる意志の力(C)、そして豊かな情操(B)が必要です。このBとCの部分が人格をつくります。
 知識(A)は、このB・C部分に支えられて成り立つ。
 BやCがしっかりしていなければ、Aは支えを失い、たちまち力を失ってしまうのです。」


 そして、図に従った実践によって教育の荒廃や崩壊と戦い、「日本を救う」人材の育成に全力をそそいでおられます。

 私たちが「燕と子供」に感動するのは、小さな燕が、へこたれない意志力と、我が身を忘れて人を思いやる情けにかけて行動したからです。
 その〈人格〉のすばらしさがまっすぐに伝わってくるからです。
 大人も子供も何が大切かを教えてもらえる芸術作品の力は偉大です。



「のうぼう あきゃしゃきゃらばや おん ありきゃ まり ぼり そわか」※今日の守本尊虚空蔵菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=IY7mdsDVBk8





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2013
11.20

昭和初期の童話「燕と子供」を読みましょう(1)

20131107003 (2)

2013111900111.jpg

 菊池寛編集の「日本文藝童話集(上)初級用」から『燕と子供』(作:北村寿夫)を書き出しました。
 現代文にするなど、若干、手を加えました。
 親子で読み、子供が書いた感想文を親が添削し、もう一度書かせてみるといった用い方ができそうです。
 全文を掲載しておきます。
 

 ……燕はその小さい巣を、そこの煙突(エントツ)の上へかけたのです。
 高い高い赤いお屋根の上でした。
 けれど煙突(エントツ)の口には、黒い風おおいが、蓋(フタ)のようにくっついているので、燕の巣は風にも吹かれず、雨にも濡れずにおりました。
 かわいい巣は、その蓋(フタ)の蔭にありました。
「この下のお家は何だろう?」
 若い燕はよくこう思って、つるつるすべるお屋根の下へ降りていきました。
 そこからは、ちょっと軒先の桐の木にとまると、お家の中がはっきりと見えました。
「ここのお家は何だろう?」
 ちょうど、そこはお窓でした。
 いいお天気がつづくので、お部屋のお窓は、すっかり明いていて、すみの方に引かれている青いカーテンは、そよそよと漣(サザナミ)のように動いておりました。
 そのお部屋は小さい坊やのお部屋でありました。
「ねえ、坊や。」
と、坊やのお母さまは、よく、坊やの小さな、お寝臺(ネダイ)のそばへ腰かけて、やわらかい坊やの髪を、なでながら云いました。
「きょうは、何のお話をしてあげましょう? 
 赤い帽子のお話? 口をきいたお月さまのお話?」
「いいえ、お母さま、僕、もっともっと尊いお話がいいの、イエスさまだの、天のお使いの美しいお話だのがいいの……」
 やさしいお母さまは、ほほえんで小さくうなづきながら、いろいろの淸(キヨ)いうつくしい、けだかい物語をなさいました。
 白い(ツバサ)のある三人の天の子供や、その子供たちが、かわいそうな老人(トシヨリ)に、明るい望みの光を吹き入れてあげるお話、または目のない小さな鳩が、神様のやさしいお力で、たよたよと幸福な太陽のそばまで、飛んでいけたお話、そうしたいろいろの正しい、いとおしい、涙ぐましいほどの、愛にみちた物語りでありました。

 子供はまだ小さかったから、學校へも行きません。
 朝、あかるい日が靜かにさしている時も、また、うす緑の美しい月影の照る夕べも、桐の花のさいているお窓の近くで、お母さまからお話をきいているのが常でありました。
 小さい燕……ふとしたことから、ここのお屋根の上にすんでいる燕も、ときどき細い桐(キリ)の木にとまって、坊やのお母さまから、物語をきいたのであります。
 お母さまも子供も、この可愛らしい聴き人に気がついていたでしょうか。
 いいえ、すこしも知らないのでした。
 あるとき、お話の途中で、ふと、子供はこう云ったことがありました。
「ねえ、お母さま、そら、あの燕も坊やといっしょに、お話をきいていますよ。」
 お母さまは、子供の指す方へ目をあげて。紫の桐(キリ)の花がくれに、おとなしく止っている燕を見ました。
 が、すぐ、にっこりしてこう云いました。
「うそよ、坊や、燕はお腹でも痛いのでしょう。
 それとも、羽が疲れていて飛べないのかもしれないわ……」
 それっきり、その後はお母さまも子供も、この燕のことを、気にかけなかったのでありました。
 でも、燕はお母さまの云ったように、お話をきいていたのではなかったのでしょうか。
 聴いてはいても、お話がわからなかったでしょうか。

 いく月かたって、かわいそうに子供はご病気になりました。
 ひどいご病気でした。
 お医者さまは自転車にのって、一日に二度もきました。
 赤い薬や黄色いお薬が、子供の枕もとにならべられてありました。
「ねえ、お母さま、お話をして下さいよ。」
 子供は寂しそうにお寝臺(ネダイ)の上で云いました。
「僕、どうしても寝られないのよ。」
 お母さまは嬉しそうに、いつもお話をしてあげました。
 でも、あるとき、お母さまは看病のくたびれで、子供にお話をする勇気もなく、ぐったりと子供のそばで眠ってしまいました。
 子供はたいへん心寂しかった。
 でも小さい心に、疲れているお母さまを起すのは、お気の毒だと思いました。
 子供は光の弱い目をあげて、お窓から暮れていく靑白い空を、眺めたのであります。
 そこには緑いろの火のような小さいが、薄い絹のような雲の底から、きらきらと暖かな優しい光をなげておりました。
「おさま、きれいなおさま……」
 じっと眺めていると、子供は自分の掌(テノヒラ)の中に、あの小さいの玉を、握りしめてみたいと想いました。
 ほしいと思うと堪(タマ)らなくなりました。
がほしい。」
 子供は、こう叫びながら、そのとき、急に目をつぶって唸(ウ)めき出しました。
 お母さまが驚いて目をさましたとき、子供の病気はよっぽどわるく変わっておりました。
「星をおくれ。靑い星をおくれよう……」
 苦しい呼吸の中で、子供は何かにひかれているように、夢中になって叫びました。
 燕が、びっくりして巣を出たのもこのときです。
 桐の木に身をよせて、燕は目を大きくあけながら、お部屋の中を覗(ノゾ)きました。
 そして小さい灯影(ホカゲ)の下に、かわいそうな病気の子供を見出(ミイダ)したとき、病気の子供が苦しそうに叫(サケ)んでいる叫(サケ)びをきいたとき、燕は気の毒さに胸がいっぱいになりました。


 昔はこのように、母親が物語を聞かせてくれました。
 それは童話だったり、地方の伝承だったり、母親の創作だったりと、さまざまです。
 もちろん、子守歌代わりになる場合もありました。
 母親のぬくもりと一緒に与えられる言葉たちは、どんなにか幼子の想像力や優しさを増したか、はかり知れません。
 母親に事情があれば、祖父や祖母が代役を務めるのは当然でした。
 情操教育のスタートは、まさに家庭にありました。
 そして心の根が力を持ち、挨拶や箸の持ち方など、ふるまいの土台も固まった子供たちが小学校へ上がり、中学生になってゆきました。
 学級崩壊や陰湿ないじめなどがほとんどなかったのには、明らかな理由があったものと思われます。
 核家族化し、ますます忙しく、しかも格差の広がる世の中になり、いつ、だれが、どうやって幼子の〈生きる土台〉をつくるか、焦眉の急とは、このことではないでしょうか。



「のうぼう あきゃしゃきゃらばや おん ありきゃ まり ぼり そわか」※今日の守本尊虚空蔵菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
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2013
11.09

『菜の花と小娘』を読みましょう

20131107003.jpg

 訳あって「日本文藝童話集(上)初級用」を繙(ヒモト)きました。
 大御所菊池寛がまとめ、昭和2年に文藝春秋社より発行された少年少女向けの本ですが、志賀直哉・菊池寛・与謝野晶子といった豪華な執筆陣による薫り高い作品群であるのはもちろん、装丁といい、挿画といい、天皇皇后両陛下の天覧に浴しただけの完成度が感じられます。
 冒頭の志賀直哉作『菜の花と小娘』に若干、手を加え(当用漢字にする、現代文にする)てみました。
 親子で読み、子供が書いた感想文を親が添削し、もう一度書かせてみるなどの用い方ができそうです。
 全文を掲載しておきます。

20131107004.jpg

菜(な)の花と小娘 作:志賀(しが)直哉(なおや)

 或(あ)る晴れた静かな春の日の午後でした。
 一人の小(こ)娘(むすめ)が山で枯れ枝を拾(ひろ)っていました。
 やがて、夕日が新(しん)緑(りょく)の薄い木(こ)の葉を透(す)かして赤々と見られる頃、小娘は集めた小枝を、小さい草(くさ)原(はら)に持ち出して、そこで自分の背(せ)負(お)ってきた荒い目(め)籠(かご)に詰(つ)めはじめました。
 そうして、しばらくたちました。
 すると、小娘はふと誰かに自分が呼(よ)ばれたような気がしました。
「ええ?」小娘は思わずそう言って、立ってそのへんを見回しました。
 が、そこには誰の姿も見えません。
「誰?私を呼ぶの。」小娘はもう一度大きい声でこう言ってみましたが、矢(や)張(は)り答える者(もの)はありませんでした。
 二三度(にさんど)そんな気がして、初めて気がつくと、それは雑草の中からただ一本(ひともともと)、わずかに首を出していた憐(あわ)れな小さい菜(な)の花でした。
 小娘は頭にかぶっていた手ぬぐいを取って、顔の汗を拭(ふ)き拭き近寄って行きました。

20131107001.jpg

「お前、こんなところで、よくさびしくないのね。」
「さびしいわ。」と菜の花は親しげに答えました。
「そんならならなぜ来たのさ。」小娘は叱(しか)りでもするような調子で言いました。
 すると菜の花は、「ひばりの胸(むな)毛(げ)に着いてきた種が、ここでこぼれたのよ。困るわ。」と悲しげに答えました。
 そして、どうか私をお仲間の多い麓(ふもと)の村へ連れていってくださいと頼みました。
 小娘は可哀そうに思いました。
 小娘は菜の花の願いを、かなえてやろうと考えました。
 そして静(しず)かにそれを根から抜くと、自分の荷物(にもつ)を背負(せお)い、それを片手に持って、山路(やまじ)を村の方へと下(くだ)って行きました。

 清い小さな流れが、水音をたてて、その路にそうて流れていました。
「あなたの手は随分、ほてるのね。」
 しばらくすると、手の菜の花は不(ふ)意(い)にこんなことを言い出しました。
「あつい手で持たれると、首がだるくなって仕方がないわ、まっすぐにしていられなくなるわ。」
 そう言いながら、菜の花はうなだれた首を小娘の歩調(ほ ちょう)に合せ、力なく振っていました。
小娘は、ちょっと当惑(とうわく)しました。
 そして、心配そうに、「苦しいの?」と下を向いてしまった菜の花を、のぞき込んで言いました。
「そんなでもないの、いいの。心配なさらないでも。」
 菜の花は苦しいのを我(が)慢(まん)して答えました。
 小娘には図(はか)らず、いい考えが浮かびました。
「いい!いい!」と小娘は言いました。
 そうして身軽(みがる)く道端(みちばた)にしゃがむと、そのまま黙(だま)って菜の花の根を流れへ浸(ひた)してやりました。
「まあ!」
 菜の花は生き返ったような元気な声を出して小娘を見上げました。
 すると、小娘は宣告(せんこく)するように、「このまま流れて行くのよ。」と言いました。
 菜の花は不安(ふあん)そうに首を振りました。
「先に流れてしまうと恐いわ。」
「大丈夫。心配しなくてもいいの。」
 そう言いながら、早くも小娘は流れの表面(ひょうめん)で、持っていた菜の花を離してしまいました。
「恐いは、恐いわ。」と流れの水にさらわれながら、菜の花は見る見る小娘から遠くなるのを心配(しんぱい)そうに叫びました。
 が、小娘は黙(だま)って立ち上がると、両手を後へ回(まわ)し、背(せ)で跳(おど)る目籠をおさえ、駆けて来ました。

 菜の花は安心しました。そして、さも嬉(うれ)しそうに水面から小娘を見上げて、何かと話しかけるのでした。
 どこからともなく気軽(きがる)な黄蝶(きちょう)が飛んできました。
 そして、うるさく菜の花の上をついて飛んできました。
 菜の花はそれを大変嬉(うれ)しがっていました。
 しかし黄蝶は、せっかちで、移り気でした。
 そして、いつとはなしに、又、どこかへ飛んでいってしまいました。
 菜の花は小娘の鼻(はな)の頭にポツポツと玉のような汗が浮かび出しているのに気がつきました。
「今度はあなたが苦しいわ。」と菜の花は心配そうに言いました。
 が、小娘はかえって「心配しなくてもいいのよ。」と不愛想(ぶあいそう)に答えました。
 菜の花は、叱(しか)られたのかと思って、黙ってしまいました。

 間もなく小娘は菜の花の悲鳴(ひめい)に驚(おどろ)かされました。
 菜の花は流れに波打っている髪の毛のような水草に、根をからまれて、さも苦しげに首をふっていました。
「まあ、少しそうしてお休み。」
 小娘は息をはずませながら、傍(かたわ)らの石に腰をおろしました。
「こんなものに足をからまれて休むの、気(き)持(もち)が悪いわ。」
 そう言いながら、菜の花は尚(なお)しきりにいやいやをしておりました。
「それで、いいのよ。」小娘は汗ばんだ真っ赤な顔に意地悪(いじわる)な、しかし親(した)しみのある笑いを浮かべて言いました。
「いやなの。休むのはいいけど、こうしているのは気持が悪いの、どうか一寸(ちょっと)あげてちょうだい。どうか。」
「いいのよ。」小娘は笑って取り合いません。
 が、そのうち水のいきおいで菜の花の根は自然に水草から、すり抜けて行きました。
 そして、不意に、「流れるぅ!」と、大きな声を出して菜の花はまた、流されて行きました。
 小娘も急いで立ち上がると、それを追って駆け出しました。
 少しきたところで、「やっぱりあなたが苦しいわ。」と菜の花はこわごわ言いました。
「何でもないの、心配しなくてもいいの。」
 今度は小娘も優しく答えてやりました。
 そうして、菜の花に気をもませまいと、わざと菜の花より二三間(にさんげん)先を駆(か)けて行くことにしました。

20131107002.jpg

 麓(ふもと)の村が見えてきました。
 小娘はふり返(かえ)らずに、「もうすぐよ。」と声をかけました。
「そう。」と、後で菜の花が言いました。
 それきりしばらく話は絶(た)えました。
 ただ流れの水音にまじって、バタバタ、バタバタ、という小娘の草履(ぞうり)で走る足音が聞こえていました。
 ポチャーンという水音(みずおと)がしました。
 と、すぐ、小娘は菜の花の死にそうな悲鳴(ひめい)を聴(き)きました。
 小娘は驚いて立ち止まりました。
 見ると菜の花は、花も葉も色がさめたようになって、「早く早く。」と延(の)びあがっています。
 小娘は急いで引き上げてやりました。
「どうしたのよ。」
 小娘はその胸に菜の花を抱くようにして、後の流れを見回しながら訊(き)きました。
「あなたの足元(あしもと)から何か飛(と)び込んだのよ。」
 菜の花はまだ動悸(どうき)が治(おさ)まらないように、言葉を切(き)りました。
「いぼ蛙(かえる)なのよ。一度もぐって、不意に私の顔の前に、浮かび上がったのよ。口の尖(とが)った意地(いじ)の悪そうな、あの河童(かっぱ)のような顔に、もう少しで、頬っぺたをドスンとぶつけるところでしたわ。」
 それを聴いて小娘は、大きな声をして笑いました。
「笑い事(ごと)じゃあ、ないわ。」と菜の花はうらめしそうに言いました。
「でも、私が思わず大きな声をしたら、今度は蛙の方でびっくりして、あわててもぐってしまいましたわ。」
 こう言って菜の花も笑いました。

 間もなく村へ着きました。
 小娘は早速(さっそく)自分の家の花畑(はなばたけ)に一緒(いっしょ)にそれを植えてやりました。
 そこは山の雑草(ざっそう)の中とはちがって土がよく肥(こ)えておりました。
 菜の花はどんどん延び育ちました。
 そうして、今は多勢(おおぜい)の仲間(なかま)と仲よく、仕合(しあわ)せに暮(く)らせる身となりました。






 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
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2012
10.29

子供十善戒のすすめ ─子供の導き方を考える─

20121029005.jpg

 まじめなお父さんやお母さんは悩みます。
 子供の導き方がわからないからです。
「良い子なろう」といっても、どのような良い子になることが幸せなのか?
 宗教という道しるべを排除したマニュアルだけでは、導きようになかなか信念が伴いません。

 当山では、『お約束』として「子供十善戒」を提唱しています。

1  不殺生(フセッショウ)…生きものをむやみに殺しません。
2  不偸盗(フチュウトウ)…盗みません。
3  不邪淫(フジャイン)……ふしだらなことをしません。
4  不妄語(フモウゴ)………嘘をつきません。
5  不綺語(フキゴ)…………へつらいを言いません。
6  不悪口(フアック)………悪い言葉で話しません。
7  不両舌(フリョウゼツ)…二枚舌を使いません。
8  不慳貪(フケンドン)……貪りません。
9  不瞋恚(フシンニ)………妬んだり、キレたりしません。
10 不邪見(フジャケン)…悪い考えを起こしません。


 では、もしも「どうしてキレてはいけないの?」と問われたなら、すぐに答が出せるでしょうか?
 自分に答を考えさせるのも一法です。

「キレている時、どういう気持?
 楽しい?
 嬉しい?
 そして、もしも嫌いな子を殴ってしまったらどう?
 楽しい?
 嬉しい?
 そして、君がキレていてケンカになったら、周りの皆はどうだろう?
 楽しい?
 嬉しい?
 その反対に、誰かと仲良くしている時はどう?
 周りの皆はどう?」

 答を待ってから諭します。
 
キレると、自分がとても不愉快になるだけでなく、相手はもちろん周囲にも緊張感が走り、誰からも笑顔が消えてしまいます。
 エスカレートしてケンカになれば、お互いの心に「相手をやっつけよう」という悪い願いが満ち、実際に相手を傷つけたりします。
 もしも自分が顔を腫らしたり血を流したりすれば、それを見たお父さんやお母さんはどれほど悲しむでしょうか?
 自分が殴られた以上に悲しみ、もしかすると相手やそのお父さんやお母さんへ「復讐する」という悪い願いが起こるかも知れません。
 いのちがけで大切に育ててくれた親を悲しませ、とても悪い心を起こさせたならば、それは良いことと言えるでしょうか?

 勉強するのは、必要な知識でどんどん心を満たすことです。
 正しい知識が増えれば、無知という闇が薄れ、できごとにたいする的確な判断ができるようになります。
 知識が増え、練られれば、判断のレベルが上がります。
 それが人間としての向上です。
 お互いに人間としてのレベルを上げられれば、お互いに助け合えるようになります。
 溺れているAさんを泳げるB君が救えるかも知れません。
 どっちへ行けば目的地へ早く着くかわからないでいるB君へAさんが道を教えてあげられるかも知れません。
 それはお互いに嬉しいことで、お互いに笑顔になり、「感謝する」というとても良い心が起こります。

 だから、勉強して必要な知識で心を満たし、お互いに良い心になれるよう、お互いが笑顔で暮らせるように努力しましょう」




 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。



「おん あみりたていせい から うん」※今日の守本尊阿弥陀如来様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。





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2011
12.23

み仏と凡夫はどう違うのですか?

 小学生Aちゃんからの質問です。
「いろいろな様が祀られていますが、様と人間はどう違うのですか?」
 大人はあまり考えつかぬ鋭い一矢です。
 お大師様の言葉を思い出しました。
仏心は慈と悲となり。
 大慈はすなわち楽を与え、大悲はすなわち苦を抜く。
 抜苦は軽重を問うことなく、与楽は親疎を論ぜず」
 みの心には慈と悲とがあります。
 限りない慈しみの心は衆生へ楽を与え、限りない悲しみの心は衆生の苦を抜きます。
 苦を抜くのに身分などの軽重によって区別せず、楽を与えるのにもまた、自分にとって親しいかどうかによる区別はありません)
「Aちゃん、楽しいことがいっぱいあって、苦しいことはない方が良いよね。
 それは、誰でも同じだよね。
 ところで、Aちゃんにはお父さん、お母さんなど、家族がいるよね。
 お父さんが何かで嬉しそうにしていたら、自分も嬉しくなるでしょう。
 お母さんが何かで苦しそうにしていたら、自分も苦しくなるでしょう。
 もし、隣の家のお父さんが嬉しそうにしていたら、どう?
 嬉しくなる?
 もし、隣の家のお母さんが苦しそうにしていたら、どう?
 悲しくなる?
 どうしても自分の家族と同じようには感じられないよね。

 でも、みは、誰の喜びも誰の苦しみも、わけへだてなく同じように受けとめるんだよ。
 自分へたくさんお供えものをするからたくさん守ってくださり、あまりお供えをしないから見捨てるなどということはないよ。
 一生懸命、みへ尽くす人が守っていただけるのは、尽くそうとする良い心が、み仏からいただくご加護を大きく育てるからなのです。

 でも、私たちは違うよね。
 自分へたくさんお小遣いをくれる人は好きだけれど、あまりくれない人は嫌だったりして、好きな人が嬉しいと自分も嬉しくなるけれど、嫌いな人が嬉しくても無関心だったりするよね。
 好きな人が苦しい時は、何とかしてやりたいと思うけれど、嫌いな人が苦しい時は、ざまあみろと思ったりするよね。
 もし、私たちがこのままだと、お互いに自分中心で喜びを集め、苦しみを追いやろうとするばかりで、皆が笑顔で暮らせる社会にはならないよね。
 イス取りゲームみたいに、幸せの奪い合いをするのではなく、分け与え合えば、だんだん世の中の幸せは大きくなり、不幸は小さくなるよね。

 み仏は清らかだよね。
 それは、自分というこだわりを離れているからです。
 誰の喜びでもより大きくしてあげたいと願い、誰の苦しみでも早く取り除いてあげたいと願っているからです。
 自分や、自分にとって都合の良い人のことばかり考えている人にはこうした清らかさが感じられないものです。
 清らかさを感じる心を大切にして、なぜ清らかなのか、忘れないようにしようね。
 そして、み仏から少しでも清らかさを分けてもらえるよう、周囲の人々の楽しいことや苦しいことを、きちんと受けとめようね。
 そうしていると、きっと、み仏と同じように誰の楽しいことにも嬉しくなり、誰の苦しいことにも苦しくなり、人間としてやるべきことがやれる人間になれるよ。
 み仏にだんだん近づくよ。
 み仏は、こうして、完成された人間の様子をお示しくださっているのです」

〈匠の技〉
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 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。




「おん ばざら たらま きりく」※今日の守本尊千手観音様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。





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