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2011
12.12

仏前結婚式を行いました

 穏やかに晴れた仲冬の日、本堂にて仏前結婚式を行いました。
 新郎は強い生命力を底に持った澄んだ眼で優しく、四国八十八霊場の尊像を貼った屏風の陰で純白のウェディングドレスに着替えた新婦は天女のように美しく、本堂は太陽が降りたような明るさに満ちました。
 さしたる打ち合わせをする余裕もなく、未来を告げる太鼓に続いていきなり入堂が始まりました。
 正面の本尊大日如来へ向かって深紅の絨毯を歩く二人に拍手が送られ、本堂は金色のご威光に満ちました。

 ご本尊様へ誠心を述べます。

「~今茲(ココ)に宿世(スクセ)の善因将(マサ)に成熟し、吉祥(キチジョウ)の良縁満足して~」


(過去の善き因が成熟し、吉祥をもたらす良き縁が満たされ)

「~諸仏菩薩(ボサツ)の哀愍(アイミン)加護を請いたてまつり、三業(サンゴウ)を清浄にし、至心に帰依(キエ)して厳かに結婚の式典を行う~」


(み仏方のお慈悲によるご加護を願い、身口意でつくった過去の業を清めていただき、深く信じおすがりして厳かに結婚式をとり行う)

「~夫妻を加持(カジ)護念(ゴネン)し、寿命長遠(チョウオン)福徳自在子孫繁栄如意(ニョイ)円満せしめたまえ~」


(どうぞ夫婦をお守りくださり、いのち長く、福徳がもたらされ、子孫繁栄し、希望が叶いますように)

 戒律や帰依の覚悟が述べられ、ご加持した数珠が手渡されます。
「この数珠は自己中心の煩悩(ボンノウ)を、自他のためにという良き意欲へ変えます。
 合掌する右手はみ仏、左手は自分です。
 それが合わさることにより、迷った生き方は、み仏の子らしい生き方に変わります」

 教えを述べます。

「受けがたき人身(ジンシン)今己(スデ)に受く。
 遭(ア)い難き仏法今己(スデ)に遭(ア)う。
 得難き良縁今己(スデ)に得(え)たり。
 今両人相依(アイヨ)り相扶(アイタス)け相共に三宝(サンポウ)に帰依(キエ)し、以(モッ)て終生(シュウセイ)の光となし、四恩(シオン)の徳を報じ、人倫の道を完うし、祖先の名を恥ずかしめず社会の福祉に貢献し、世の景仰(ケイゴウ)を得ずんばある可(ベ)からず」


(生まれる確立の低い、人間として生まれ、
 会いにくい仏法にいま、すでに会った。
 得がたい良縁をすでに得た。
 この上は、二人揃って助け合い、仏法僧へ帰依し、それを生涯にわたって導きの光とし、国家社会の恩、親やご先祖様の恩、生きとし生けるものや自然の恩、仏法僧の恩に報い、人倫を守り、ご先祖様に顔向けできないことを行わず、社会のために役立ち、周囲から一人前の人間として認められるような生き方をせねばならない)

 覚悟が確認されます。

「大師の厳誡(ゴンカイ)慈訓(ジクン)を守り、今日(コンニチ)の心を以(モッ)て終生(シュウセイ)の心と為(ナ)し、人道に背くこと無く、妻を護り敬愛を忘れず、相和(アイワ)して、以(モッ)て四恩(シオン)に報い十善(ジュウゼン)の教(オシエ)に順(シタガ)い、生涯苦楽を偕(とも)にすることを誓いたてまつる可(ベ)し」


(お大師様の厳しい戒めとお慈悲にあふれたお諭しを守り、今日の心を一生涯保ち続け、人道に背かず、妻を守り敬い愛し、和合して仏法僧の恩に報い、十善戒の教えに従い、一生、苦しみも喜びも共にすることを誓わねばならない」
 妻への確認はここが違います。

「婦徳(フトク)を上日(ジョウジツ)とし、夫を助け敬愛を捧げ」


(妻としての徳を実践することを第一とし、夫を助け敬い愛し)
 二人はそれぞれ、「誓います」と答えました。

 そして聖水をいただきます。
 目に見える世界を表す胎蔵界と、目に見えない世界を表す金剛界と、両方の世界を守るみ仏方の徳をいただく二つの器から聖なる水が一つの器へと注がれます。
 それは、ありとあらゆる徳とご加護をいただく一方、陰と陽の和合でもあり、夫婦が一心同体になるという象徴でもあります。
 三三九度の古式にのっとり夫婦が飲み終えると、今度は出席者全員の杯にも聖水が注がれ、両家が睦まじく良縁を守り生かして行く固めの杯となります。

 こうして良縁が堅固になったところで、最後の確認と祈願が行われます。

「一樹(イチジュ)の蔭(イン)に宿り一河(イチガ)の流れを汲む如(ゴトキ)き、猶且(ナオカツ)偶然に非(アラ)ず。
 いわんや)や而二不二(ニニフニ)異体同心(イタイドウシン)の理趣(リシュ)を顕現(ケンゲン)し、永(ナガ)く将来を期すをや。
 是(コ)れ宿縁(シュクエン)の熟する所、諸仏の導きたまう所なり。
 今より以降、諸(モロモロ)の悪を息(ヤ)め、衆(モロモロ)の善を修し、四恩(シオン)に報ぜんことを念ず可(ベ)し」


(二人の縁は、たまたま雨に遭って一本の木の下に雨宿りをした者同士、あるいはたまたま同じ川べりで水を汲む者同士のような、まれな出会いではあるが、ただの偶然ではない。
 自己中心となりがちな意欲を教えに基づく実践力へ転換し、身体は男女に分かれていても心を一つにし、姿形は凡夫のままでも、み仏の子として生きる道を歩み、永遠に将来を誓わねばならない。
 この結婚は、過去の良き縁が成熟してもたらされたのであり、み仏方の目に見えないお導きがあったればこそ、成就した。
 これからは、悪しきことを行わず、善きことを行い、国家社会の恩、親やご先祖様の恩、生きとし生けるものや自然の恩、仏法僧の恩に報いる生き方をせねばならない)

 途中、両人には導師から幾度か語りかけられ、厳粛な中にも笑顔と涙が輝く嬉しい結婚式となりました。
 形式的ではなく、願いと誓いと教えと祈りに満ちた一時間は瞬く間に過ぎました。
 二人の首途(カドデ)は、ご両家だけでなく、当山にとっても未来への新たな首途であるかのように思えました。
 お二人とご両家にみ仏のご加護があるよう、永遠に祈り続けます。

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 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。




「のうぼう あきゃしゃきゃらばや おん あり きゃ まり ぼり そわか」※今日の守本尊虚空蔵菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。





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2006
06.25

仏前結婚式

 TさんとSさんの良縁により、ご両家の親御さん方数名が参列して、厳粛な結婚の儀をとり行いました。
 仏前結婚式の特徴は、二人の添い遂げる決意を仏神だけでなくご両家先祖累代の霊位へも誓うことです。
 結婚の意義は、無限の過去に生きた人々から受け継がれた二つのいのちが一つになり、諸縁が調えば新たないのちを未来へ授け渡すところにあることを認識せねばなりません。

 まず、全員が列席する中で、導師が仏神と両家の御霊へご挨拶申し上げ、ご加護を願い修法を行ないます。

 次に、法を結んだ数珠をお授けします。

 次に、授戒を行ないます。これも仏教独特のもので、導師が「人間に生まれることは大変難しいのに、こうして生まれている。
 仏法に会うこともまた大変難しいのに、こうして出会っている。このようにありがたい(有り難い)この世の人生においてまことの道を求めないならば、いつ、できようか。至心に仏法僧へ帰依しよう」と導きます。

 次に、指輪の交換があれば行ないます。

 次に、導師が新郎新婦へこのように誓いますかと訊ね、二人は「誓います」と答えます。
 み仏の教えを守り、たった今互いの胸に抱いている決心を終生の誓いとし、人の道を忘れず、お互いに助け合い敬愛し合い、相和して生涯苦楽を共にすることを誓うのです。

 ここで、人倫の基本中の基本である「四恩十善戒」を人生の柱とする決心もします。

 次に、三三九度の儀を行ないます。
 密教において世界を表現する胎藏界と金剛界は、目に見える世界と目に見えない世界でもあり、おさまりの姿と変化発展の姿でもあり、陰と陽でもあり、女性と男性でもありますが、それを合わせて二人のいのちを一つにするのです。

 次いで、両家の縁を固める杯を挙げ、最後にもう一度祈願をして終了となります。

 法話では四恩十善戒についてお話申し上げ、人の道をまっとうに歩むことが二人の幸せ、ひいては両家はもちろんご縁となる方々の幸せをももたらすことを考えていただきます。
 ただし、形の上では帰依ですが、それは式を挙げた寺院の信徒となることを強制するものではありません。
 特に、お大師様はあらゆる宗教思想にその存在意義を認めておられ、当宗においては一切他の仏神と争わず排除しないマンダラの姿勢なので、新郎新婦が招来いかなる宗教の信者になろうと、何の問題もありません。
 尊きものの前で誓った、四恩十善戒における〈生きとし生けるものの恩を忘れない〉ことや、〈親の恩を忘れない〉こと、また〈無益な殺生をしない〉ことや〈二枚舌を使わない〉ことなどは、いかなる宗教にあっても否定されぬものであり、誓いの重さは不変です。

 仏法は第一義的に生者を導くためのものであり、それには人生のあらゆる場面において力強く清浄な明かりとなる教えと法が備わっています。
 仏前結婚の意義は小さなものではありません。仏神と無始の過去よりつらなる霊位の前で法が結ばれ、まごころからの決心が披瀝される以上、単なる形式ではないのです。










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