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2016
11.29

年内のお納骨や墓地の確保ができます

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 年内の共同墓へのお納骨も、墓地の確保もできます。
 ご縁の墓石業者大黒堂様が、「送迎付きの見学会」を開催してくださることになりました。
 地域のお母さんが作った漬け物や、住職の著書のプレゼントもあります。
 どうぞお気軽にお出かけください。

2016-11-29大黒堂





 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。




「おん あらはしゃのう」
※今日の守本尊文殊菩薩様の真言です。どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=WCO8x2q3oeM





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2016
11.06

この世の人だけではない納骨時の立ち会い者

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〈複雑に切断加工した木材を嵌め込み叩きつつ、巧みに組み合わせて行く宮大工さんたちの仕事ぶり〉

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樹木葬『法楽陵』のベニカナメ〉

 夏から続いていた陽の力が去ってしまう寸前となったある日、古い墓所でお納骨を行った。
 東日本大震災にも耐えた伝統的なフォルムの墓石は、それほど大ぶりではないが、石質といい、無彩色にほんの少々、淡いパープルが溶け込んだ色合いといい、建て主のセンスが偲ばれる。
 皆さんにお線香を捧げていただき、いよいよ最後の一人になった。
 とは言え、いちいち後姿を視認するわけではなく、ほとんど瞑目して経文を唱えており、人の動きは気配として感じているのみだ。

 その時、妙なことが起こった。
 墓石の前へ足を運んだのは一人だけなのに、もう一人、誰かが脇で佇んでいる。
 足音が聞こえなかった割には、そこに居る存在感があまりに濃密だ。
 この世の人ではないだろう。
 ただし、結界の中へ入って来たのだから、魔ものの類ではない。
 お線香を上げた人の足音が正面から動いたのを合図に、次の所作へ移った。
 目を開けると午後の陽光が小生の右後から射し、墓石のパープルは画家ジョルジュ・スーラがカンバスへ置いた点たちのように、存在感を増していた。

 すべてが終わっても、喪主様が小さな声で感謝を口にしたのみで、あとは誰も口を開かない。
 無事、納まるべきところへ納まってご安心でしたね、とのみお話しし、静かに辞した。
 もちろん、〈あの人〉はもう、いない。
 振り返り「誰か参加する予定だった方がおられませんでしたか?」と訊ねたい衝動にかられたが、落ち葉たちの形を見ながら、そのまま歩を進めた。

 駐車場に着き、少し落ちついて霊園を眺めた。
 さっきの方々がゆらゆらと揺れるように墓石群の間に現れ始めた。
 それぞれの脳内に〈もう一人〉が浮かび、皆を寡黙にさせているのではないか、と勝手に思いつつ、早々に車をスタートさせた。
 エディ・コスタの「ハウス・オブ・ブルー・ライツ」が流れ始めた。
 天才と呼ばれた彼は、勝負の一枚によって名声を不動のものにしたが、まもなく、31才で去ってしまった。
 もう、この先へは行けないと思えるほど深いタッチで響く低音は、あの世へ通じる扉の鍵までも弛めさせそうだった。

 この世あの世と通じ合う時間と空間は確かにある。




 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
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「おん さんまや さとばん」※今日の守本尊普賢菩薩様の真言です。
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2016
10.10

埋骨の場をどう考えるか? ─人間は「死者守動物」─

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ウナムーノ

 ある時、はたらきざかりのご主人を失ったAさんが、おを建てた。
 家族のため懸命にはたらき、寸暇を惜しんでは家族を自然の中へ連れて行き、生活の中にも自然の気配や香りを取り込もうとしていたご主人のために、姿を整えられた石造ではあるが、石が持つ自然性も残したおである。
 できあがりを見て、そのことを指摘したらAさんは目を輝かせ、短く答えた。
「私には譲れなかったんです」
 誰に対して何を譲れず、何を現出させたのか?
 詳しくは語らなかったが、言わんとすることは十二分に伝わってきた。

 秋晴れかと思うと、すぐに雨模様となり、寒さも伴うこの時期は、お納骨や、お開眼供養を行うその時まで天候が気になる。
 雨風の中で修法すること自体は慣れているのでほとんど苦にならないが、参列される方々の中におられるご年配の方が健康を崩されはしまいかと気づかってしまう。
 だから、修法できる条件で始められると、「天気がもってくれてよかったですね」あるいは「いいお天気で何よりでしたね」が最初に交わす言葉となる。
 その日もそうだった。
 ただし、修法後のひとことを、皆さんはいつも以上に強いまなざしで受けとめてくださった。
「お骨を納め、手を合わせる場は、ご一家、ご一族にとって、仏神に守られた聖地です。
 ずっと、大切にお守りください」
 スペイン出身の哲学者ミゲル・デ・ウナムーノの言葉を思い出した。

「私は死なねばならないという考えと、その後には何があるのかという謎、それは、私の意識の鼓動そのものなのだ」(以下、『生の悲劇的感情』より)

「人間を他の動物と最も明確に区別するものは、人間は何らかの形で死者を保管し、万物を生み出す母なる大地の恣意にまかせるようなないがしろな態度は決してとらないということであるといえよう。
 つまり、人間は、死者守(モリ)動物なのである。

「生きている者のために、不順な天候が破壊してしまうような土の家や藁小屋しか作らなかった時代に、死者たちのためにはすでに墳が建造されていた。
 石は、住居よりも以前に、のために用いられたのである。

「これは病気であろうか。
 そうかも知れない。
 しかし、病気を気にしない者は、健康をも軽んずる。
 そして人間は、本質的、実体的に病める動物なのである。」

「しかし、その病気はまた、力強いすべての健康の源泉でもあるのだ。


 こうした真実を告げる言葉に解釈は不要だろう。
 参列された皆さんが、涙を浮かべつつ見開いていた瞳には、確かに、まぎれもなく〈健康〉な、澄んで〈力強い〉光が感じられた。

 何も、個別のおを建てることだけを称賛しているのではない。
 送り、納める方法を考えに考え、決心し、埋骨の場に最大の畏敬の念を保ち続けること。
 それこそ、人間が、ウナムーノの言う「死者守動物」である真姿に生きる道ではなかろうか。
 今日もまた、人生相談の方々と、〈病める動物〉同士の対話を行う。
 そこに真実が顕れることを願いながら。




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2016
10.01

共同墓『法楽の礎』物語 ─心配りの人とマンダラ─

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共同墓法楽の礎』の正面に珍しく空きが出ました。2区画お求めの方はこの機会にどうぞ〉

 ご主人を亡くされたAさんは2年間、お骨を抱え、思案に暮れていた。
 菩提寺(ボダイジ)はなく、仙台市の市営墓地へ納骨だけ行うのも味気なく、生前、仏教に関心を持っていたご主人の気持を考えても、なかなか踏ん切れないでいた。
 ある時、当山の共同墓法楽の礎』を契約した方と知り合い、〝どういうお寺なのだろう?〟と気になり始めた。
 自分の目で確かめたいと思い、寺子屋『法楽館』に参加し、思い切って質問をした。
「事情があって、主人のご葬儀を行えず、戒名もないままで来ました。
 本当に、受け入れていただけるんですか?」
 質疑応答でお戒名の意義を知り、お戒名はご本尊様から授かるとも聴いて決心した。
「お戒名をつけて『法楽の礎』にお願いします。
 私の分も契約します」

 Aさんは、立ち居振る舞いも言葉遣いも、細やかな心配りを感じさせる。
 金剛界マンダラの「供養会(クヨウエ)」を思い出した。
 ここでは、主尊である毘盧遮那(ビルシャナ)如来などの5尊を除く68尊をすべて女尊として描くことになっている。
 その全員が供養する品々を捧げ持っている。
 多くは私たちにおなじみの水や花だが、ただ、「はい、お水です」「はい、お花です」というわけではない。
 み仏の世界ではこうだろう。

「清水を汲んできました。
 生きとし生けるものを潤し、見返りを求めずに他のために役立つ布施の心と、汚れ無き清浄なまごころをもってご供養いたします」
「新鮮な生花をそのいのちと共に捧げます。
 いかなる怒りも憎しみも静め、和やかにする忍辱(ニンニク)の心をもってご供養いたします」

 マンダラ全体に細やかな供養の心が満ちている。
 Aさんもそうした心で亡きご主人を供養し、安心していただこうとしておられる。
 十三仏様はきっと、新たな〈仏弟子〉を温かく迎え入れ、浄土へとお導きくださることだろう。




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2016
05.07

信頼という宝もの ─死後の安心とは─

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〈人の目のないところで〉

 ある秋の午後、Aさんは「墓地のことについてお訊きしたい」と人生相談にやってこられた。 
 ごく普通の安定した職業に長いこと従事してきたAさんの質問は、いずれも勘所を外さぬものだった。
「私が亡くなったら、ご住職はどんなふうに戒名をつけてくださるのですか?」
「私が死後年忌供養を受けるのにはどういう意味があり、ご就職は何をしてくださるのですか?」
「ご住職は新聞などでご自身のご意見を明確にしておられますが、多少、意見の食い違う者もきちんと送っていただけるのですか?」
 舌を巻いた。
 短いやりとりの後、Aさんはその場で墓地の契約を申込み、つぶやかれた。
「ようやく見つかりました」
 かたわらの奥さんへ言う。
「おい、もう大丈夫だ」

 Aさんは「ゆかりびとの会」へ入会したが、それきりとんと顔を見せず、どうしておられるかなあと思い出すようになった頃、突然、訃報が届いた。
 メガネを外し、仰向けになったAさんの顔は、あの時と変わらず、穏やかだった。
 そして、口元は緩んでいない。
 違うのは神々しさをまとっておられることだけだ。
 無口で表情は動かないのに、周囲の空気が一種の明るさを漂わせている。
 自然に手が合わさった。

 Bさんは、居合の見学を申し込まれ、友人と二人でやってきた。
 まだ少女のような無邪気さを振りまきながら、熱心に質問された。
 み仏のご加護をいただく剣法というものに心底、驚いた様子だった。
 深い関心を持つ一方、二人とも、自分にはやれないという結論に達した旨を正直に言われた。
 そんなBさんは、お身内のご不幸に際してご主人と共に当山を選び、久方ぶりの再会となった。

 留守電で聞いたBさんの訃報は信じられなかった。
 明るくふるまっていたBさんは、人知れず闘病生活をしていたという。
 当山が発行する機関誌や新聞記事に欠かさず目を通し、ご主人や友人たちとあれこれ議論することが楽しみだった。
 お柩の中でBさんは微笑んでおられる。
 信じていますと語りかけてくるようで涙があふれそうになった。
 
 当山を信頼する方が逝かれたならば、信頼は永遠に託されたことになる。
 不動の信頼へ当山はどうお応えしてゆけばいいのか?
 どうお応えせねばならないのか?
 寺院の存在理由と価値が問われている。

 死を託す相手を選び、信頼して託すことは真の宗教行為である。
 託された死と死後に対して、信頼に恥じぬよう誠意を尽くすこともまた、真の宗教行為である。
 一行者、宗教者として、信頼を宝ものとして守り、死にたいと願う。
 あの世で、AさんやBさんと一緒に、信頼という宝ものが発する光に浴したい。




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