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2008
09.17

生前戒名の功徳 ─トンボになったお義母(カア)さん─

 嫁ぎ先の両親と折り合いのつかないAさんは悩みつつ、5年前に義母を送りました。
 現在は夫と義父との三人暮らしですが、義父は自分の部屋で自立した生活を送っており、もともと話し下手を自認しているAさんは、普段、義父とあまり口をききません。

 若い頃から田畑になじんできた義父は野菜を作るのが得意、キュウリやトマトなどを収穫しては台所のザルへいれておいてくれるので助かります。
 最近、草むしりをしていて気づきました。
 高いところにあるキュウリ数本が収穫されないまま、ぶらさがっています。
「ああ、お義父さんは、もう高齢で手が届かないんだ」
 手頃な台を探してもぎとり、黙って義父の部屋の冷蔵庫へ入れたら、心に一陣の風が吹いたようでさっぱりしました。

 台所へ戻ると、オニヤンマが一匹、イスの上にとまっています。
 オニヤンマは年に数度来訪しますが、いつも風と一緒にブーンとやってきては、すぐに風に乗っていなくなります。
 もちろん、家の中でどこかへとまったことなどありません。
 よく見ると羽が一枚破損しています。
「ああ、ケガをしているのか」
 憐れに思って近づいても逃げる気配がありません。
 すると、偶然、目が合いました。
 もちろんトンボは複眼ですから、いわゆる見合といった形はあり得ませんが、驚くほど美しい瑠璃色の目は、明らかにこちらを凝視しています。
「貴方は何を言いたいの?」

 数秒後、ケガをしているのが信じられないほどの元気さで飛び上がり、窓からでたと思うまもなく二度三度旋回したオニヤンマは、一直線に雲へ溶けこんでしまいました。
 高く高く舞い上がった様子は、別世界をめざしているかのようでした。
 あっけにとられたAさんの頭に、やがて、稲妻のようなひらめきが起こりました。
「ああ、お義母さんが、キュウリのお礼にきてくれたんだ」
 止まらない涙と共に合掌していました。
 そして、思いました。
「お義母さんにしてあげられなかった分も、お義父さんを大事にしなくちゃ……」

 因縁解脱を願い、生前戒名を授かってから7日目のできごとでした。
 Aさんは、介護の勉強を始めたそうです。
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2008
09.06

生前戒名 ─麗しき大地─

 生前戒名の最後の二文字(法名)に「麗地」と出た方があります。
 麗しき大地とは一風変わった法名だなあと思った翌日、仔細あって古本屋さんへ注文していた高村光太郎の『美に生きる』が届きました。
 高村光太郎の作品を甥である高村規氏が撮影し、北川太一氏が編集したものです。
 
 冒頭に選ばれた文章です。

生命を持たないものは芸術でない。いのちを内に蔵さない作物は過去現在未来に亘(ワタ)って決して芸術であり得ない。その代り、いのちを内に持つものは悉く芸術である。一見芸術を逸脱する如く見えるものもまた結局それが芸術の本道となる。芸術は無限にひろがって究極するところがない。いのちを内に持たないものは、その見かけの如何にかかわらず、必ずあとから消えてなくなる……。

伝統でも、幻想でも、抽象でも、具象でも、どんなものでも存在する権利があり、又存在する理由がある。芸術はその一切を容れてこばまない。ただ容れないのは、いのち無きものだけである。

ところで、同時代は一切を含む。いのちある芸術をも、いのち無き擬体物(ギタイブツ)をも用捨なく包容する。清濁あわせ呑む。いのちなき擬体物は必ずしも無用でない。あやしげな擬体物の騒音や渦巻の中からこそ芸術は生れる。いのちある芸術も一人で忽然(コツゼン)とは生れない。いわば千万の擬体物の情熱が、いのちある芸術を育てるので、同時代という濁流の中にもまれて、いのちある芸術も強靱となるのである。生活は芸術よりも大きい。芸術の容れないものを生活は逞しく容れて、まるで盛り上がる大河のように、殆ど無感覚に、昼夜をすてず滔々(トウトウ)と流れゆくさまは実に壮観であり、文句をさしはさむ余地もない。

生活は芸術よりも大きい」には打たれました。
 芸術に自分をかけている人の言葉だけに、千金の重みがあります。
「擬体物(芸術家の魂と感応せず、ただ雑然と存在するものたち)が主役となって流れ行く生活
 あらゆる生活が創っている同時代、そして、同時代によって創られる生活
 人間が環境と共に生きている具体的な生活からしか、永遠につらなる芸術は生まれない。
 同時代─生活─日常的現実、これがすべての母である」
という意味でしょうか。

 ページをめくると「Ⅰ 形成 木彫師の家」が始まり、その左側のページにはこうした短い文章があります。

芸術は人間を慰めるものでなくて、人間を強めるものである。面白がらせるものでなくて、考えさせるものである。人間をひき上げるもの、進ませるもの、がっしりさせるもの、日常の苦しみを撫するに姑息を以てするのでなくて、その苦しみに堪える根蔕(コンテイ)の力を与えるものである。

 ここまで読んで、〈屹立する巨人〉の世界を感じました。
 そして、90歳になる中曽根元首相が今回の福田首相の辞任に関してコメントした言葉を思い出しました。
「不敵さがなくなった」
 日本には、一国を双肩に担いで揺るがない巨人的人物がいなくなったのでしょうか。

 さて、「麗地」ですが、こんなことを考えつつサラサラとめくっていたら、読者カードがはさまっているところで止まりました。
 そこには「大地麗(ダイチウルワシ)」という揮毫の写真がありました。
 添えられた文章の一部です。

書いてみると急にあたりの山林が、
刈ったあとの菅原が、
まだ一二寸の麦畑のうねうねが、
遠い和賀仙人の山山が
目をさまして起きあがる。

大地麗」の文字に天地自然が感応したのでしょう。
 巨人たる芸術家は、巨人たるお大師様と同じく、文字と世界が共振・共鳴することをはっきりと知っていたのです。

 これまで苦労を重ねた麗地さんには、「麗しい大地のように、喜びと美しさと潤いを感じながら活き活きと生きて欲しい」と願ってやみません。
 み仏からのご褒美は、またも人智を超えたものでした。
2008
08.09

一対になった方

 最愛の伴侶を亡くしたAさんが、涙ながらに生前戒名を求められました。
 もちろん、意義については充分にご理解の上、「一緒にいられそうだから」と決断しました。

 ご主人の戒名には、事前の話はなかったにもかかわらず、ネクタイピンを作るほど好きだった生きものの名前が登場して驚かれましたが、今度は、お父さんが愛娘へそうあって欲しいと願っていたという花の名前が出ました。
 二つの戒名を並べると、まさに一対としか言いようがありません。

 お授けを受けたAさんは、世間の荒波に一緒になって立ち向かったご夫婦の話に加え、家族同様だった愛犬のエピソードも聞かせてくれました。
 ご主人が倒れて入院した日、一緒にベッドで寝ていた飼い犬B君が突然、体調を崩して食べものが喉を通らなくなり、病院で検査を受けても原因が見つからず、そのまま入院となりました。
 ところが不思議なことに、ご主人が亡くなった日から、まったく以前通りの元気をとりもどしたのです。
 自分も苦を背負おうとしたのか、それとも、守らねばと自分のいのちをかけたのか、よくは判りませんが、単純に、「寝る時に一緒のご主人様がいなくなったストレス」とは思えないそうです。
 そうであるならば、亡くなった途端に食べものへ喰らいつくはずはありません。
 B君なりに何かを知り、自然な反応が出たのでしょう。

 Aさんの述懐です。
「もう、これで、何の心配もありません。
 主人がいなくなった以上、欲しいものなどもありません。
 後を追うつもりでいたのにこのような生き直しができたのは、想像もしなかったことです。
 主人はあの世で、私はこの世で、しっかりやって行きます。
 仏様に、いつまでも一対ですよと教えていただいたのですから」
 Aさんは、ことに応じて、生前戒名にある法名を新たな名前として名乗り、刻んだ文字の朱色のように活き活きと過ごされることでしょう。

 耐用年数の過ぎた肉体という衣を脱ぎ捨ててみ仏の世界へ旅立ったご主人、そして、み仏の子としてこの世で生き直しをされた奥さんの新たな旅立ちへみ仏のご加護がありますよう。
2007
11.25

さようなら、Nさん

 昨日の早朝は、真っ白に光る満月が西の空にかかり、きらめく星々を伴に従えているような趣がありました。
 修行へ入る前にしばし、合掌をしたほど心惹かれる清浄さでした。
 そんな日、緊急の電話が相次いで二本、入りました。
 Nさんが亡くなったのです。
 
 関西から移住されたNさんは墓地と寺院を探しておられ、たまたま『法楽の苑』を見に来られたおりに作業中の私とお会いになり、「気に入ったけん」と即断されました。
 すぐに墓地を求めてお墓を造り、奥さん共々生前戒名を求め、「これで安心じゃ」と持病との闘いに専念しておられました。
 それから三年半、お盆やお彼岸には必ず顔を会わせており、会うたびに親友あるいは兄弟といった感じの信頼関係を確認できたNさんは、足早に旅立たれました。

 いつも郷里の関西方面に気をくばり、幼稚園の洗濯機が壊れたと聞くと一度に三台も送ってしまう優しい方でした。
 病状が好転したら住職とゆっくり話がしたいと口癖のように言っていたそうですが、この世では、墓地の契約と生前戒名のおりがたった二度の機会でした。
 しかし、あの世でまたきっとお会いできると思っています。

 枕経に駆けつける夜空には満月。今度は東の空に王のような姿を見せています。
 ご遺族は、あまりに早かったと言われます。
 早すぎない死はあり得ませんが、生前戒名に「麗しい月のような方が天翔ける」と表れたNさんは、この日を選ばれたのではないかと考えています。
 長い間の闘病に疲れ、ご遺族が最期は大変じゃないかと心配しておられたにもかかわらず、とても穏やかに逝かれたNさんが遺したのは、「もうアウト」という静かな一言だったそうです。
 とても潔く、いのちの限りを尽くしながら淡々としておられたNさんらしいなあと、胸が熱くなりました。

「精魂込めて引導をお渡しします。Nさん。寺子屋を造り、貴方が植樹してくださった桜を立派に育ててから、やがて私も行きます。今度こそゆっくりお話しましょう。しばし、お待ちください」
2007
10.28

戒名のつけなおし 1

 ご相談がありました。
「法楽寺さんで葬儀をしていただきましたが、郷里にあるお寺のお墓にお骨を納める時は、住職にわけを話せば大丈夫でしょうか?ウチで新たに戒名をつけなさいと言われたりするのではないかと心配なのですが」

 お答えしました。
「戒名は、戒律を授かり仏弟子として生き直す際にみ仏から降りる厳粛な名前です。
 ちょうど、親が我が子の幸せを願って一生懸命考えて名前をつけるようなものです。
 今は亡くなってからみ仏の元へ旅立つ時に授かる場合が圧倒的に多いのですが、当山では、生前戒名を申し込んで人生の再出発をしようとする方が徐々に増えています。
 人は親からいのちと共にもらった名前を用いて一生を生き抜きます。
 戒名もまた、清らかな一本道を歩むためにみ仏が定めた魂の名前ですから、寺の都合でつけ直すなどということがあってはなりません。
 現に、『法楽の苑』に眠っておられる方々の宗派はさまざまで、当山では、心からこの聖地を選んだ方々をわけへだてすることなく、それぞれの戒名をもってご供養しています。
 万が一、ウチで戒名をつけなければお墓へ入れられませんと言われたならば、その仏法上の理由と、墓地の永代使用契約を結んでいる当事者として拒否する根拠をお尋ねになるべきです」
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