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2016
05.20

人は変わるか変わらないか ─気質と性格─

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〈仙台稲門会様で拙いお話を申し上げました〉

 私たちは、こんなことを知っています。
「三つ子の魂百まで」
「親子の血筋は争えない」
 一方、すっかり〈別人になった〉人を何人か知っているし、なぜ、あの親からこの子ができたのかと首を捻ったりもします。

 私たちは、自分の性格に悩まされます。
「ああ、また同じ失敗をやってしまった。俺ってどうしようもない」
 一方、口べただった人が、周囲の思いもよらないような発言をするようになりびっくりしたりもします。

 私たちは、ここ一番の場面で、強い自分が出て成功する一方、弱い自分が出て失敗することもあり、自分自身がよくわかりません。

 まじめなはずの人の思わぬ二枚舌にきりきり舞いさせられて、驚いたりします。

 私たちは、自分のバカさ加減に諦め気味である一方、まだ、発奮する気力を残しています。

 こんな多面性を持ち、つかみどころのない個人の人間性について、遺伝性格から考える手法が現れました。
 一人の人間の個性気質性格によって形づくられており、変わらない気質と変えうる性格のバランスをとって生きて行けばよいというものです。
 気質は、周囲の環境に対して無意識な反応を行ってしまいますが、性格は意識的な行動を導きます。

 たとえば、気に入らないことがあるとすぐに「バカヤロー!」と頭へ血が上っては後で後悔する人が、何度か失敗を重ねているうちに、内心ではカッカしても叫ばなくなった時、彼のどこが変わり、どこが変わっていないのか?
 たとえば、生真面目で手を抜かず一生懸命やるよい子が、社会へ出てどんどん重荷を背負い、気力を失って何も手につかなくなった場合、彼女の何が変わり、何が変わらなかったのか?
 上記のとたえは、クロニンジャーが唱えた気質性格に関する理論に合っているかどうかわかりません。
 しかし、個性には変わらない面と変わる、あるいは変えられる面との両面があるという説は、私たちへ希望を与えてくれるのではないでしょうか。

 私たちは〈どうしようもない〉面を持っているけれど、〈どうにでもできる〉面もあるのです。
 仏法はそれを過去世の因縁によって生まれ持ったものと、育ちや生き方によってつくられて行くものとに分けて考え、祈ってきました。
 私たちの生活は、来世に〈生まれ持つ〉ものをコツコツとつくり続ける日々でもあるのです。
 最新科学の「気質と性格の理論」も、仏法の「因果応報と輪廻転生の思想」も、私たちの考えを整理し、生きる方向を見定めるための指針となります。
 学びたいものです。




 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
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「のうぼう あきゃしゃきゃらばや おん ありきゃ まり ぼり そわか」※今日の守本尊虚空蔵菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
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2016
01.26

厄祓いと守本尊様 ─誰が厄を祓うのか─

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 2月7日午前10時より、皆様の願いをこめた千枚の護摩木を焚いて厄除けの春祭を行います。
 当山で行う秘法の骨子は以下のとおりです。

1 本命星と星の位置

 当山の厄祓い厄除けは、九星学(キュウセイガク)という東洋哲学が示す教えに基づき、古来、伝わる守本尊様の秘法を用いて行います。
 私たちは誰でも、生まれた年に縁となっている九星の一つが本命星(ホンメイセイ)となります。
 たとえば、平成28年の立春から平成29年の節分までの間に生まれた人は、「二黒土星(ジコクドセイ)」が本命星となります。
 なお、四季の廻る一年は立春からスタートするので、平成28年でも、お正月から節分までの間に生まれた人は、平成27年の「三碧木星(サンペキモクセイ)」が本命星です。

 星は毎年、8方位と真ん中との9方位を廻ります。
 9つに分けられた盤は星マンダラとも言えます。
 一年の星の位置を示した盤を年盤と言います。
 ちなみに、平成28年は、「二黒土星(ジコクドセイ)」の年なので、「二」が年盤の真ん中に入ります。
 平成28年における星の配置は以下の通りとなります。

二黒土星(ジコクドセイ)………中央
三碧木星(サンペキモクセイ)…北西
四緑木星(シロクモクセイ)……西
五黄土星(ゴオウドセイ)………北東
六白金星(ロッパクキンセイ)…南
七赤金星(シチセキインセイ)…北
八白土星(ハッパクドセイ)……南西
九紫火星(キュウシカセイ)……東
一白水星(イッパクスイセイ)…南東

2 厄年と本命星

八方塞がりの人…本命星が中央に入る「二」の人々です。
 数え年で1・10・19・28・37・46・55・64・73・82・91・100才です。

・前厄の人…本命星が南に入る「六」の人々です。
 数え年で5・14・23・32・41・50・59・68・77・86・95・104才です。

本厄の人…本命星が北に入る「七」の人々です。
 数え年で6・15・24・33・42・51・60・69・78・87・96・105才です。

・後厄の人…本命星が南西に入る「八」の人々です。
 数え年で7・16・25・34・43・52・61・70・79・88・97・106才です。

3 本命星の位置と守本尊

 八方塞がりの年には、本命星「二」が中央にあり、中央は守本尊地蔵菩薩様の位置です。
 だから、この年回りの方々の厄除けは、地蔵菩薩の秘法によって行います。

 前厄の年には、本命星「六」が南すなわち午(ウマ)の方位にあり、そこは守本尊勢至菩薩(セイシボサツ)の位置です。
 だから、この年回りの方々の厄除けは、勢至菩薩の秘法によって行います。

 本厄の年には、本命星「七」が北すなわち子(ネ)の方位にあり、そこは千手観音菩薩の位置です。
 だから、この年回りの方々の厄除けは、千手観音菩薩の秘法によって行います。

 後厄の年には、本命星「八」が南西すなわち未申(ヒツジサル)の方位にあり、そこは大日如来(胎蔵界)の位置です。
 だから、この年回りの方々の厄除けは、大日如来(胎蔵界)の秘法によって行います。

 厄年だけでなく、それぞれの年回りにおける注意点など、詳しくは、2月13日(土)午後2時からの寺子屋にてご説明します。
 ご自身の精進に加えて敬虔な心になれば、確かなご加護がいただけることでしょう。
 関心のある方はどうぞ、ご祈祷、及び寺子屋へおでかけください。
 (いずれの催しも、地下鉄泉中央駅そばの「イズミティ21」前から送迎車が出ます。必ず事前に乗車のお申し込みをしてください)



「のうまく さんまんだ ぼだなん あびらうんけん」※今日の守本尊大日如来様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=LEz1cSpCaXA





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2015
09.24

心はそっちにある? ―ディオニュソス神をめぐって―

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〈今年も『法楽農園』の稲刈りが始まります。今日、明日で稲刈りを終え、26日、27日の両日、はせ掛けの台を作りますので、ご協力をお願いします〉

 最近、を実体視し、自分のそちら側に置いて地好く操(ク)るような、もの言いや、文章が目につく。
 たとえば「をそそぐ」などはどういう状態なのだろう?
 が自分のなら、は誰がどこからどうやって持って来て、どういう方法で注ぐのだろうか。
 文章を書いたり読んだりして気持良くなるのは結構だが……。

 はどこにあるとも言えないが、自分が居る以上は、自分と共に在ると考えるしかないだろう。
 また、誰かの思いが通じてくるならば、誰かの心も、誰かの存在を縁として在るに違いない。
 この世とあの世の別なく。

 心は絶え間なく起こってくる。
 時には思いやりとして、時には憎しみとして、時には怒りとして。
 縁の風が凪いでいる時は穏やかで、強風にあっては激しく波立つ。

 かつて、アテネの独裁者ペイシストラトスは紀元前534年、先住民族のディオニュソス神信仰を利用して独裁政治の基盤を固めようと、「大ディオニュソス」を行った。
 いきものたちのいのちを司る神のは、先住民族も侵略民族も都市生活者も農村生活者も悦び、ワイン産業も陶器産業も飲食店も潤し、皆が為政者を讃えるだろうと期待された。
 松明行列から前夜が始まり、翌朝はファルスと呼ばれる男根の行列、雄牛たちの供儀、合唱コンクール、そしてワインで洗った雄牛の生肉を喰いながらの夜を徹した乱痴気騒ぎ。
 その後、三日間、ディオニュソス劇場で悲劇のコンクールが行われた。
 ギリシャの歴史と共にいのちの饗宴は続いたが、200年、300年と経つうちに形骸化し、滾(タギ)り立つ原始的で素朴なエネルギーは失われていった。
 哲学者ヘラクレイトスはすでにこう言っていた。
 為政者によって創られたの真姿を見抜いていたのだ。

「彼らは、ディオニュソスを奉じて狂喜乱舞し、礼を行っているのだが、ディオニュソスはハデス(あの世の神)と同じなのだ」


 そして、母なる大地母神アルテミスを祀る神殿で子供たちとサイコロ遊びに興じつつ人生の幕を閉じた。

 神とを利用しようとする人間の意図など、紙切れのように儚(ハカナ)い。
 私たちの心には、ディオニュソスアルテミスもいる。
 ハデスすら、影絵のように見ている。
 もちろん、アポロンに通じる理性も調和も具わっている。
 何に近づくか、遠ざかるか、あるいは何に成るか、成らないか。
 心は一本の糸であり、それを成す一瞬一瞬は、生まれ持った過去の因縁としての資質と、今の意志と生き方とによって紡(ツム)がれる。

 糸は、自分も為政者も、弄(モテアソ)べない。
 結果として紡がれるものであることを忘れないようにしたい。
 自分の生き方がどうなっているかをこそ、厳しく見つめたい。
 自分の心を考えるならば……。




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「おん あらはしゃのう」
※今日の守本尊文殊菩薩様の真言です。どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=WCO8x2q3oeM





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2015
08.26

性格は変えられない? ―過去世の因縁と人生の危機、そして決心―

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〈密教世界を表す根来寺の多宝塔〉

 よく耳にします。
「生まれ持った性格(性分)だからどうしようもない」
 なぜ、性格や性分といったものは変わりにくいのでしょうか?

1 元々、その人固有のもので簡単には変わらないものを性格という

 あまりにも当然ですが、その人が〈どういう人〉であるかを表しているのが性格であり、もしも性格がコロコロ変わったならば、私たちはその人とおつき合いができません。
 私たちは、〈何ものでもない人〉や〈何ものにもなる人〉とは安定した関係を構築できないからです。
 そもそも、自分の性格が日々、変わるならきっと発狂することでしょう。
 もし、今朝起きた時、昨日とはすっかり別人のようになっていたなら、私たちは今日をどう生きればよいのかわかるでしょうか?
 少なくとも、怖(オ)ず怖ずと手探りするようにしか過ごせないのではないでしょうか。
 そして、次の朝も凄まじい変化があったなら、耐えられるはずがありません。

 性格は生まれ持ったものであり、その人が〈そういう人〉として生まれた原因は現在にも未来にもない以上、過去世因縁が〈そういう人〉として結実したのが性格であると言えましょう。
 もちろん、育ち方や生き方が性格に陰影や彩りや深みを与え、変化はしますが、なかなか大転換はできません。
 このように、姓名同様にその人を特定できるほど一定しているからこそ性格と呼ばれるのであり、変わらないのは当然です。

2 変わる場合もあるが、それは往々にして、危機がきっかけとなる

 こういう言い方も、よく、耳にします。
「あの人はすっかり別人みたいになった」
 なぜ、変わらないはずの性格が変わったのでしょうか?
 それは、その人がその人のままではいられないような危機に直面したからです。
 もしも、危機をうまく克服できれば、それは弱点や歪みが克服され、長所が伸びたことを意味します。
 もしも、危機をうまく克服できなければ、それは、弱点や歪みに負け、長所が破壊されたことを意味します。

 たとえば、好きな彼女が暴漢にからまれた時、虫一匹も殺せないほどおとなしく、ケンカをふっかけられては泣かされ、大声など出したことのない男性がその前に立ち塞がったとします。
 もちろん、足はガクガク、無我夢中かも知れませんが、気持一つで彼女を護ったならば、もう、立派な勇者です。

 たとえば、同様な状況で、いつも自分に自信があり、高慢で横柄な態度を取っていた男性が尻込みしたり、逃げたりしたならば、もう、彼は彼のままでこれまでと同じく振る舞うことでできないでしょう。
 私たちには多かれ少なかれ、自分を誇りたいという願望があるので、一生のうちに何度かはこれに似た哀れで情けない体験をし、落ち込むかも知れません。
 そうした人を見かけたならば、バカにしたり、無視したりせず、自分も同じような人間であるという立場で、そっと思いを寄せたいものです。
 の力をもらった彼は真に自分と向き合い、沈み込んだり歪んだりせず、克服できるかも知れません。
 を救うのはです。

 ただし、逃げるという手があるので、一孝と注意を要します。
 骨の髄まで卑劣な人は、自分を知らない人しかいない世界を求めて生活の場や人間関係をガラリと変え、仮そめの強気な〈看板〉を下ろさずに生きている場合もあります。
 こうした人は、以前よりも手酷い打撃を受け、骨の髄から揺さぶられるほどの痛みを味わうまで、変われないかも知れません。
 たとえば犯罪によって逮捕されるといった成り行きです。

3 人生丸の航路を決めるのは性格よりも学びであり決である

 危機によってしか、なかなか変われないとなると、自分で自分の性格を何とかしたい人にとっては困ったことになりますが、大丈夫です。
 私たちは決や覚悟一つによって、自分の願う方向へ〈生き方〉を変えられるからです。
 たとえば、バイクや音楽や旅行など自分の好きなことしかやらず、気ままに生きてきた男性が結婚し、子供ができた途端、別人のように家庭を大事にし始めたりします。
 この場合、彼は、バイクや音楽や旅行など、自分の人生そのもののような気がしていたものに没頭できないという意味でいったん、危機に瀕しています。
 そこで落ち込ませない太陽のような存在が妻であり、子供です。
 その光と温かさによって、彼のから新たな光と温かさが発し始めたのです。
 彼の中で、これまでの我がまま、短気、不精、などがいつしか克服され始めたのかも知れません。

 自分で自分の性格を「こうだ」と決めつけて長所と短所にあれこれととらわれるよりも、「生きとし生けるものすべてが苦を望まず、幸せを願っている」という真実を忘れずに、人や社会や自然と接することが大切です。
 そうしていると、その人なりに、心の太陽すなわち霊性が活性化されます。
 その時きっと性格は、佳き方向へと陰影や彩りや深みを増すことでしょう。 




 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
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「おん あみりたていせい から うん」※今日の守本尊阿弥陀如来様の真言です。
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2015
05.19

ご加持の会を行います ―健康回復・能力開発・運命転化のために―

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〈手作りの霊符です〉

 持てる意欲を智慧と慈悲によって大きく生かしましょう。
 それが煩悩(ボンノウ)から離れ、大欲(タイヨク)に生きる菩薩(ボサツ)です。
 いのちも、心も、モノも、使いようによって、時には悪の様相をつくり、時には善の様相をつくります。
 人としてまっとうに使う道こそが仏道であり、善道です。

 ご加持(カジ)とは、み仏のご加護を直接皆様の心身へ伝えるためにお大師様から伝わっている秘法です。
 また、ご加持とは、み仏のご加護のお慈悲が「加」わるよう、そして、それを受けた方がしっかり「持」って離さず救われるよう、行者がアンテナの役割をする秘法です。

 経典は、ご加持の様子を「太陽や月の姿が澄んだ池の水面へ映って揺るがないようなものである」と説いています。
 ご加持の様子は決して第三者へ見せてはならず、行者と受者だけの閉ざされた空間で、千年以上も受け継がれている秘法が修されます。

 霊符(レイフ)はご加持法が結ばれるものであり、大日如来の使者として不動明王をはじめとする守本尊様方が守ってくださいます。
 霊符は、バッグへ入れても、仏壇へ置いても、枕の下へ入れてもかまいません。ある程度の期間を過ぎたなら納めてください。
 法を抜いてお焚きあげを行います。
 また、身代わり人形を用い、当山で面影加持と呼ばれる遠隔加持法を行えば、どこへでも法が届き、確かなご加護を受けられます。
 アメリカや東京で救われた方もおられます。
 どうぞ、確かなご加護がありますよう。

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〈手作りの身代わり人形です〉

 当山は開山以来、この秘法をずっと勤修してきました。
 特に、東日本大震災の後は、天変地異による精神的肉体的ダメージを受けた方々や、運転中に何者かに腕を引っぱられる方、あるいは避難先でうなされる方、あるいは残った建物で異様な気配を感じてしまう方など、たくさんの方々がご来山され、元気を取り戻されました。
 あるいは人の足音が聞こえる事務所や、怪異現象が現れる井戸や、取り壊す古家などへもでかけてご加護をいただきました。

 今般、龍慧寺(栃木県矢板市)の住職室田龍慧師と共に、この秘法を行います。
 龍慧寺(栃木県矢板市)の住職室田龍慧師は住職の兄弟子です。
 自ら托鉢などで開山し、人生相談やご祈祷やご供養、そして何よりも、ご加持の修法を柱とした活動を続けておられます。

 教典には、お釈迦様が法力で人びとをお救いになられた場面が多々、登場し、お大師様もまた、四国八十八霊場などで数限りない救済のエピソードを遺されました。
 修法によってご本尊様から下りる救済力が「加(カ)」であり、清らかな心でしっかり受け止めることが「持(ジ)」です。
 それはちょうど、陽光が静かな水面を明るく照らすようなものです。
 複数の僧侶で、大々的に複数の方々へご加持を行うのは初めてです。
 健康回復、運命転化、能力開発、因縁解脱、怪異消滅などを切実に求める方はこの機会にぜひ、おでかけください。

・日時:5月22日(金)午前10時30分~12時
・場所:当山講堂
・申込:会場準備の都合上、参加ご希望の方は必ず21日午後5時までに電話やメールやファクスにてお申し込みください。
・送迎:イズミティ21前より午前10時に出発します。乗車ご希望の方は必ず21日(木)午後5時までに電話やメールやファクスにてお申し込みください。
・ご志納金:5000円

 どうぞ、自他のため、よき願いを思い切り、願ってください。

除災招福 厄除開運 転迷開悟 運命転化 無病息災 当病平癒
安産守護 商売繁盛 社運隆盛 社内安全 業績順調 交渉円満
交際円満 良縁吉祥 恋愛成就 結婚成就 職場円満 仕事順調 
五穀豊饒 大漁満足 家運隆盛 家内安全 方災解除 怪異消滅
交通安全 旅行安全 学業成就 試験合格 就職実現 訴訟必勝
福寿如意 金銀如意 災害不到 火難守護 水難守護 心願成就




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