宮床開運守本尊 大師山 法楽寺 〜法灯により法友とともに法楽に住せん〜

2008-08

納得の戒名

 およそ10年前、地域の長老Kさんは、開山間もない当山を訪ねられました。
 地道な事業家ですが、風貌には数学者のような静けさと練な医師のような柔らかさがあります。
「和尚さんはどういった心構えで仕事をしておられるのですか?」
 遙かに年上の方が、よそ者であり平屋の古家に住みついたばかりの私に、人において避けて通ることのできない根源的な問題に関する質問をされました。
 それは釈尊の時代に行われていた論議を思い起こさせるひとときでした。
 どこの馬の骨とも知れない僧侶へ数々の疑問をぶつける真摯なご様子に、「ここにはこういう方もおられるのか」と驚き、骨を埋める可能性の高い場所になりそうな当地への期待も高まりました。
 その後、一度、ご自宅で修法する機会があったきり、さしたる会話もありませんでしたが、顔を合わせるたびに尊敬と信頼の念を深くしていました。

 Kさんは亡くなり、初七日にやっとお焼香の機会を得、位牌とお骨と遺影を前にして、久方ぶりの対面をしました。
 戒名を一読した途端、信念を通されたことを知りました。
 まさに「Kさんの戒名」だったからです。
 お茶を前にしながら奥さんから伺った話によれば、不治の気にかかったことを知ったKさんは粛々と「その時」の準備を始め、あらゆる面での納得を求めて旦那寺へ足繁く通われました。
 住職との激論の雰囲気をそのまま家へ持ち帰ったこともしばしばだったそうです。
 その執念が戒名に表れていたのでしょう。
 とても納得できました。

 今夜だけですよとたった一日、院から外泊が許された日の翌朝、「これで終わり」と奥さんへはっきりと別れを告げて逝かれたのも、まことにKさんらしく、「さすが」と目頭が熱くなりました。
 頭を廻らせ、あらためて肩越しに見るKさんの遺影は尊厳に満ちており、〈きぬいてんだ〉一人の人間の絶対性が、地球の重さに匹敵するような重さで宿っていました。

「送ること」、「弔うこと」がほとんど慣習となっている中で、〈〉〈〉〈苦〉〈欲〉といった問題へ正面からぶつかり、仏法本来の「苦を抜き、楽を与える」力に納得を得られる方はそう多くないように見受けられます。
 まして、Kさんのようにさんざん辛酸をなめ人の酸いも甘いも噛み分けた方が、「人はこういったものさ」と思考停止をせず、「いかなることか?」「いかに?」と探求を続ける姿は、修行中の者にとって導きとなるだけでなく、質問を受ければ勉強になり、共に考えたことを参考にしていただければ励みともなります。
 玄関で送ってくださる奥さんの言葉は、これ以上ない贈り物でした。
「主人は、法楽寺さんから送っていただくものを隅から隅まで全部読んでいました」

 Kさん、これからは修法をもって私が会いに行きます。これからもよろしくお願いします。

感謝と共に逝った方

 Hさんのお母さんは、亡くなる2日前の朝、病床で「Aさん、ありがとうございました」「Bさん、ありがとうございました」「Cさん、ありがとうございました」などと言い始め、延々とお礼を述べ続けました。
 付き添っていて哀れと感じたご主人は、「もう良いんだよ」と声をかけましたが、虚空への呼びかけと感謝の言葉は止みません。
 とうとう、医師へ相談して心の安定をはかってもらったそうですが、お父さんからこのできごとを聞いたHさんは、「ああ、お母さんらしいなあ」と涙が止まらなかったそうです。
 死によって「仏様」と崇められる前に、もう、成仏しておられたのでしょう。
 即身成仏です。

 母親を送ったHさんは、悲しいながらも自分の心に安らぎがあることに気づきました。
 そして、「お母さんも、きっとこうした安らぎを持って旅立ったのだろう」と思うと、何となくホッとしたそうです。

お彼岸の心構え

 お彼岸は最も早く「彼の岸」へ渡られる時期とされています。
 「此の岸」は迷いの世界であり、川向こうの「彼の岸」は悟りの世界です。
 そこは完全な慈悲と智慧とがある仏国土です。

 聖徳太子の言葉に「魂を彼岸に遊び、心を道場につなぐ」があります。
 道場で修行をすることが、魂を彼岸へと上昇させる方法です。
 彼岸はあの世ではなく、修行する者に開けるこの世の極楽なのです。

 修行方法は、6つの心を磨き出す「六波羅密(ロッパラミツ)」です。

1 布施(フセ)…勝手な区別をせず、恩に着せないで施す心。
   「水」を捧げる目的は、この心をつくること。
2 持戒(ジカイ)…戒めを守り、道に外れない心。
   「塗香(ズコウ)」を捧げる目的は、この心をつくること。
3 忍辱(ニンニク)…何があっても動ぜず、道を失わない心。
   「花」を捧げる目的は、この心をつくること。
4 精進(ショウジン)…正しい目的へまっしぐらに進む心。
   「線香」を捧げる目的は、この心をつくること。
5 禅定(ゼンジョウ)…心身を整え、いのちに感謝する心。
   「飯食(オンジキ)」を捧げる目的は、この心をつくること。
6 智慧(チエ)…我欲を離れた判断を導く心。
   「灯明」を捧げる目的は、この心をつくること。


 これで、お線香などを捧げる「六種供養」がなぜ行われるか、その目的がはっきりしました。

 お線香は、ただ単に佳い香りをたむけるためだけではなく、お線香に象徴される心で生きることを誓うところにこそ、真の目的があります。
 その心で生きようと努力することが修行であり、真剣に努力している時、行者はすでに極楽の住人なのです。

 極楽の住人になっている姿を見ていただく以上の供養はありません。
 
 立場を変えてみてください。
 自分があの世にいたならば、一番嬉しいのは、生きている人々が、尊きものを尊び、人間としてまっとうに生きようと努力している姿を見ることではないでしょうか。
 そうしたならば、思わず「そうだ!そうだ!頑張れ、頑張れ」と応援したくなるはずです。
 その応援が、この世にいる人々にとってはご加護です。
 み仏や御霊へ願いごとをしてはならないなどという妄言に惑わされず、教えに導かれて人生修行を行い、いざという時は素直にご加護を願いつつやりましょう。

 塗香(ズコウ)は、手に塗るお香で、密教行者はこれを塗らずには法を結びませんが、売っている所はあまりありません。
 塗香以外の5つを行じることがすでに戒めにそった修行なので、「五種供養」が一般的に行われ、誰でもができる供養と修行になっています。
 当山では、機関誌『法楽』など、おりにふれて「五種供養」の文をご紹介し、実践をお勧めしています。

○水のごとく、素直に、他を潤し、心の汚れを洗い流さん
○雨風に負けず咲く花のごとく、堪え忍び、心の花を咲かせん
○線香のごとく、たゆまず、怠らず、最後までやりぬかん
○己を捨てて食べ物となる生きものに感謝し、心身を整えん
○灯明のごとき智慧の明かりで道を照らし、まっすぐに歩まん


 お墓の前でも、仏壇の前でも、ぜひ、この言葉を口に出して唱え、心に刻み込み、真の供養をしていただきたいと願っています。

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死の淵からの生還

 会社役員Tさんは、早朝の仕事を終え、食事前の一風呂を浴びて自室へ戻り、テレビを見ている妻の後で、こんなに気持の良い風呂は初めてだなあと思いながら身体を拭いていました。
 その時です。変に胸焼けがするので胸をトントンと叩いていたら、続いて吐き気と発汗に襲われ、とっさに、目の前にいる妻の背中へ「救急車を頼む」と言うなり倒れ込みました。
 幸いにも近くの消防署からすぐに救急車が到着しましたが、ほどなく心停止が確認されました。
 奥さんはもちろん、消防士が名前を呼び手を握ってみてくださいなどと声をかけても反応はなく、身体はどんどん冷たくなって行きます。
 三度目の発作なので、医者から「今度起こったらかなり危険なので覚悟をしておいてください」と告げられていた奥さんは、もうだめかなあと思いました。

 しかし、Tさんの意識ははっきりしており、呼びかけも全部解っていたのに身体はまったく動かず、口もきけなかったそうです。
 周囲からはもう意識すらないと思われていても、本人としては通常とまったく同じ気持だったのです。
 ただし、「救急車が走っていてサイレンが鳴らないのはおかしいなあ」としきりに思ったそうですが、このあたりでは、聴覚も鈍りかけていたのでしょう。
 病院へ到着する頃からは何も覚えておらず、医師に「Tさん、もう終わりましたよ」と呼びかけられて我に返りました。

 倒れた時に家人がそばにいたこと、救急車の到着が早かったこと、まっすぐにかかりつけの病院へ運ばれ、担当医によってすぐに処置が行われたことなどなど、奇跡に近いほど諸条件が重なっての生還でした。

 Tさんは、意識がはっきりしていたことを「不思議なものですねえ」と言い、奥さんは「考えていた通りだということが証明されました」と言います。
 いずれにしても、死の淵から奇跡的に生還したことはまちがいありません。
 また、聴覚が最後まで残るのも明らかです。

 何度も「あのまま逝けば昨日が四十九日忌でした。おかげさまでした」と言われるご夫婦を前にして、新聞記事を思い出しました。
 鳥取県米子市で、57歳の無職男性が甥を刺し殺し、二人に傷を負わせた事件です。
 時は男性の母親の四十九日忌法要の日、所は法要後に親族が揃って行った飲食店です。
 そして、事件の原因は、故人の遺産相続をめぐるトラブルでした。

 また、前回の大河ドラマも思い出しました。
 臨終間際となり口もきけない秀吉の耳元で、茶々は恨みを込めて囁きます。
「早く死になさい。
 豊臣家はこれで滅びます。
 これから秀頼に織田家再興をさせましょう」

 いずれも、死が必ず自分にも訪れることを自覚していたならば起こりえない場面ではないでしょうか。
 人一倍責任感の強いTさんの「もう、気をもまないことにしました」と笑う顔にはいかなる穢れもなく、微光すら感じました。

 釈尊は、
「死に神の来る前に善行をなせ。死に迫られれば、肉親ですらどうにもならない」
と説き、ダライ・ラマ法王は
「誰もが自分自身の業の力に促され、死後の道をたった一人で行かねばならない」
と説きました。
 密教においては
「阿字の子が 阿字の古里たちい出て またたち還る阿字の古里」
です。

 死は生の断滅ではなく、人生のすべてを背負った生の変容です。
 因果応報の理がある以上、いかなるものも無になるはずはありません。
 現に、過去は今を生きる私たちの生に厳然と在るではありませんか。
 それは、ご先祖様がおられて自分がこの世に生まれたこと一つをとってみても明らかです。
 約2ヶ月前のできごとを淡々と語るお不動様の敬虔な信者Tさんのように、悠然と「変容の時」を迎えたいものです。

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閻魔様への贈りもの

 経典にこんなお話があります。

 ある国の王様は、死後、閻魔様から裁きを受けることを知り、自分が死んだならいろいろな贈りものを持って行こうと考え、国中から宝ものを集めていました。

 この国に貧乏な母子がいました。
 お父さんが早く亡くなったので、生活は大変です。
 ある時、一人息子が王女様に片思いをしましたが、贈りものを持って会いに行くことができず、とうとう臥せってしまいました。
 不憫に思った母親は、ふと、思い出しました。
 亡き夫が、閻魔様へ差し上げようと言って、金の宝ものを口に入れていたのです。
 もしかしたらとお墓を掘り起こしてみたら、金の宝ものは、そのまま残っていました。
 それを手にした息子は喜んで王宮へ行き、王女様と会うことができました。

 二人の様子を見た王様は、驚きました。
「わしの国には、まだ、こんなものが残っていたのか」
 そして、若者へ事情を尋ねたところ、すっかり悲しくなってしまいました。
「あの世へは、たった一つの宝ものさえ持って行けなかったのか。
 それでは、わしの集めた宝ものも、役に立たないではないか。
 閻魔様へ贈りものをすることはできないのだろうか」

 側にいた賢い大臣が言いました。
「王様。この世のものは、何一つ持って行けません。
 ただし、死後のために善い行いをする必要はあります。
 閻魔様は、善行を喜んで美しいお顔で褒められ、悪行に対しては恐ろしい顔でお叱りになると聞いております。
 王様にとって善いこととは、行者たちや憐れな人々、特に、貧乏な人々へ施すことです」
 王様は、深く頷かれました。

 ある勉強会で申し上げました。
「この世とあの世はつながっていますから、いろいろやらかしたなら、悔い改める必要があります」
 Iさんが応えました。
「私は、あの世があるという確信はありません。死んだことがないからです。
 しかし、ないという確信もなく、あるかも知れないという気持はあります。
 だから、もしもあの世があったら大変なので、極力悪いことはしないように心がけています」
 このIさんの感覚は、多くの日本人にとって納得できるものではないでしょうか。
 やはり、悪いことはしない方が無難です。 

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