第五回、映画「チベット チベット」を観る会が終わりました
『チベット チベット』を観るたびに新しい発見があります。
今回は、金監督と、ネパールにある難民救援センターで活躍する看護婦さんの言葉が強く印象に残りました。
金監督の言葉です。
在日韓国人三世として日本で生まれ育ち、一度も韓国へ行ったことがなく、旅を終えたなら日本人になろうとしていた彼は、旅の最後に韓国でご先祖様のお墓へ詣で、聖職者を招いての正式な供養を行いました。
最初に母国を訪れて「何かが変わった」と感じた彼は、ダライ・ラマ法皇が亡命しているインドのダラムサラで生まれ育った小さな子どもたちのすべてがチベットへ〈帰りたい!〉と願っている事実に衝撃を受けました。
さらに、祖国を失い、言葉を失い、伝統を失い、文化を失いつつあるチベットの人びとのいのちがけの行動と、あくまでも対話によってチベットの自立を回復しようとしているダライ・ラマ法皇の姿勢に打たれ、見失いつつあった大切なものに気づいたのです。
だからこそ、彼はこの映画を作ったのでしょう。
韓国人としての誇りを深く自覚したからこそ、誇りが奪われつつあるチベットの人びとの置かれている状況の悲惨さが身に迫り、行動を起こさずにはいられなかったのでしょう。
自利と利他を一如として励む菩薩は、自分のためには煩悩という〈迷わせるもの〉を離れ、他人のためには方便という〈役に立つ手だて〉を実行せずにはいられません。
無限の向上を続け、決して苦しむ他人を見捨てません。
その具体的実践が「布施、持戒、忍辱。精進、禅定、智慧」の六波羅密(ロッパラミツ)行です。
自分の心の根を省みようとして旅へ出た彼は、はからずも、菩薩として生き直したと言えるのではないでしょうか。
看護婦長の言葉です。
知ることがすべての始まりです。
情報の豊富な現代社会ですが、真実を伝え、人間が悪業を積まず善業を積むために役立つ情報がどれほどあるかは疑問です。
利益追求が最優先となっているほとんどのメディアは、興味や煩悩を刺激する情報を主として流しているのが実態です。
私たちは、霊性を汚さず、多くの石ころの中からわずかな珠玉を見つけ、その光が教える真実を理解する想像力を持たねば、情報の海に溺れてしまうだけになりかねません。
当山がこの活動を決心したきっかけが小さな新聞記事だったことは何度も書きました。
いまだに、同じ記事を読んだ方にお目にかかってはいません。
いかに〈大きな記事〉や〈くり返される話題〉が私たちの心へ入り込み、〈小さな記事〉や〈くり返されない話題〉が、目に留まりにくく、心へ染みこみにくいかが判ります。
心して情報に接したいものです。
破壊された寺院に転がる〈み仏の手〉にもあらためて目を奪われました。
我が身に置き換えてみましょう。
もしも、足繁く通う寺院なり神社なりが破壊され、仏像や神器が屑同然にされ、祈ることが禁止され、さらに言葉を侵略者のものに変えさせられ、ものの考え方を強制されたなら、耐えられるでしょうか。
心の根を断とうとする破壊の恐ろしさには身震いするほどです。
それが今、まさに隣国で進行しつつある現実です。
蛮行を知った私たちは、「さあ、貴方はどうするのですか?」とみ仏から人間性を問われているような気がします。
第六回は9月6日(土)午後2時より『仙台青年文化センター』にて行います。
一人でも多くの方々がご来場されますよう、一日も早くチベットが救われますよう祈っています。
今回は、金監督と、ネパールにある難民救援センターで活躍する看護婦さんの言葉が強く印象に残りました。
金監督の言葉です。
「この旅で、〈自分の民族や国に誇りを持ててこそ、他の民族や国を尊ぶことができる〉ことと、〈知ることの大切さ〉を知りました」
在日韓国人三世として日本で生まれ育ち、一度も韓国へ行ったことがなく、旅を終えたなら日本人になろうとしていた彼は、旅の最後に韓国でご先祖様のお墓へ詣で、聖職者を招いての正式な供養を行いました。
最初に母国を訪れて「何かが変わった」と感じた彼は、ダライ・ラマ法皇が亡命しているインドのダラムサラで生まれ育った小さな子どもたちのすべてがチベットへ〈帰りたい!〉と願っている事実に衝撃を受けました。
さらに、祖国を失い、言葉を失い、伝統を失い、文化を失いつつあるチベットの人びとのいのちがけの行動と、あくまでも対話によってチベットの自立を回復しようとしているダライ・ラマ法皇の姿勢に打たれ、見失いつつあった大切なものに気づいたのです。
だからこそ、彼はこの映画を作ったのでしょう。
韓国人としての誇りを深く自覚したからこそ、誇りが奪われつつあるチベットの人びとの置かれている状況の悲惨さが身に迫り、行動を起こさずにはいられなかったのでしょう。
自利と利他を一如として励む菩薩は、自分のためには煩悩という〈迷わせるもの〉を離れ、他人のためには方便という〈役に立つ手だて〉を実行せずにはいられません。
無限の向上を続け、決して苦しむ他人を見捨てません。
その具体的実践が「布施、持戒、忍辱。精進、禅定、智慧」の六波羅密(ロッパラミツ)行です。
自分の心の根を省みようとして旅へ出た彼は、はからずも、菩薩として生き直したと言えるのではないでしょうか。
看護婦長の言葉です。
「援助を受けるよりも、むしろ、多くの人びとに真実を知って欲しい」
知ることがすべての始まりです。
情報の豊富な現代社会ですが、真実を伝え、人間が悪業を積まず善業を積むために役立つ情報がどれほどあるかは疑問です。
利益追求が最優先となっているほとんどのメディアは、興味や煩悩を刺激する情報を主として流しているのが実態です。
私たちは、霊性を汚さず、多くの石ころの中からわずかな珠玉を見つけ、その光が教える真実を理解する想像力を持たねば、情報の海に溺れてしまうだけになりかねません。
当山がこの活動を決心したきっかけが小さな新聞記事だったことは何度も書きました。
いまだに、同じ記事を読んだ方にお目にかかってはいません。
いかに〈大きな記事〉や〈くり返される話題〉が私たちの心へ入り込み、〈小さな記事〉や〈くり返されない話題〉が、目に留まりにくく、心へ染みこみにくいかが判ります。
心して情報に接したいものです。
破壊された寺院に転がる〈み仏の手〉にもあらためて目を奪われました。
我が身に置き換えてみましょう。
もしも、足繁く通う寺院なり神社なりが破壊され、仏像や神器が屑同然にされ、祈ることが禁止され、さらに言葉を侵略者のものに変えさせられ、ものの考え方を強制されたなら、耐えられるでしょうか。
心の根を断とうとする破壊の恐ろしさには身震いするほどです。
それが今、まさに隣国で進行しつつある現実です。
蛮行を知った私たちは、「さあ、貴方はどうするのですか?」とみ仏から人間性を問われているような気がします。
第六回は9月6日(土)午後2時より『仙台青年文化センター』にて行います。
一人でも多くの方々がご来場されますよう、一日も早くチベットが救われますよう祈っています。
仙台良寛会にて
仙台良寛会で「チベット チベット」の映写会を行いました。
会場は仙台市青葉区国分町の『樽』さんです。
内ヶ崎ビルへ引っ越して間もない『樽』さんのご主人夫婦は、昔に変わらぬ明るく優しい笑顔のままでした。
また、この会は初めての参加でしたが、知己の方々が多く、驚きました。
知己といっても、娑婆にいた頃から、つい最近ご縁になったばかりの方までさまざまであり、自分の年齢を実感させられ、皆さんの自己紹介を聞きながら人生を省みるような気持になりました。
参上する前は、自由人である良寛さんといつもまなじりを決しているような自分とはあまりにもタイプが違うので、「〈地〉でやったらまずいのではないか」「何か柔らかなテーマにしようか」などとも考えましたが、終わってみると、志と信念のままに拙い話を申し上げて良かったとつくづく感じました。
知己の方のお顔を拝見したのもさることながら、新聞や地域誌「シルバーネット」やホームページやメールのネットワークや口コミなどで、当山を知っておられる方が多かったからです。
さて、肝心の映画です。
今回は持時間がとても少なかったので、かなりの部分を飛ばしました。
自分がどれ程度映画の内容を把握しているかを問われているようなもので、観ていただく場面の選択もなかなか難しいところです。
まず在日韓国人三世である監督がいかなる意図でこの作品を作ったか、チベットの現状(映画製作時)はどうか、ダライ・ラマ法皇はいかなる方か、そして亡命先のチベット人たちは何を望んでいるか、この4つについて皆さんなりのイメージをもっていただこうと判断しました。
いずれも重いテーマであり、結果がどうだったかは観た方々の判断にお任せするしかありません。
映写が終わってから、毎月第一土曜日に行う予定の映写会へおでかけいただき、全編をゆっくりとご覧いただきたいと申し上げました。
法話では、「自分の業(ゴウ)は自分の修行で清めて欲しい。それには六波羅密(ロッパラミツ)を意識して日々を送ることです」と申し上げ、「六つの誓い」を記した置物をお渡ししました。
また、「共業(グウゴウ)に関わっていない人は一人もいない。今の世の中や世界がどうなっているかは、私たち一人一人の生き様の反映です。今のままで良いと思わないのなら、たとえ何であれ、自分にできることを実践する以外、世の中を変え、自分の毎日を変える方法はありません」と申し上げました。
温かく迎え入れ、私のような若輩者の話に真摯に耳を傾けてくださった会員諸兄にあらためてお礼申し上げます。
なお、次回の定期映写会は、8月2日(土)午後3時より『仙台青年文化センター』にて開催します。
会場は仙台市青葉区国分町の『樽』さんです。
内ヶ崎ビルへ引っ越して間もない『樽』さんのご主人夫婦は、昔に変わらぬ明るく優しい笑顔のままでした。
また、この会は初めての参加でしたが、知己の方々が多く、驚きました。
知己といっても、娑婆にいた頃から、つい最近ご縁になったばかりの方までさまざまであり、自分の年齢を実感させられ、皆さんの自己紹介を聞きながら人生を省みるような気持になりました。
参上する前は、自由人である良寛さんといつもまなじりを決しているような自分とはあまりにもタイプが違うので、「〈地〉でやったらまずいのではないか」「何か柔らかなテーマにしようか」などとも考えましたが、終わってみると、志と信念のままに拙い話を申し上げて良かったとつくづく感じました。
知己の方のお顔を拝見したのもさることながら、新聞や地域誌「シルバーネット」やホームページやメールのネットワークや口コミなどで、当山を知っておられる方が多かったからです。
さて、肝心の映画です。
今回は持時間がとても少なかったので、かなりの部分を飛ばしました。
自分がどれ程度映画の内容を把握しているかを問われているようなもので、観ていただく場面の選択もなかなか難しいところです。
まず在日韓国人三世である監督がいかなる意図でこの作品を作ったか、チベットの現状(映画製作時)はどうか、ダライ・ラマ法皇はいかなる方か、そして亡命先のチベット人たちは何を望んでいるか、この4つについて皆さんなりのイメージをもっていただこうと判断しました。
いずれも重いテーマであり、結果がどうだったかは観た方々の判断にお任せするしかありません。
映写が終わってから、毎月第一土曜日に行う予定の映写会へおでかけいただき、全編をゆっくりとご覧いただきたいと申し上げました。
法話では、「自分の業(ゴウ)は自分の修行で清めて欲しい。それには六波羅密(ロッパラミツ)を意識して日々を送ることです」と申し上げ、「六つの誓い」を記した置物をお渡ししました。
また、「共業(グウゴウ)に関わっていない人は一人もいない。今の世の中や世界がどうなっているかは、私たち一人一人の生き様の反映です。今のままで良いと思わないのなら、たとえ何であれ、自分にできることを実践する以外、世の中を変え、自分の毎日を変える方法はありません」と申し上げました。
温かく迎え入れ、私のような若輩者の話に真摯に耳を傾けてくださった会員諸兄にあらためてお礼申し上げます。
なお、次回の定期映写会は、8月2日(土)午後3時より『仙台青年文化センター』にて開催します。
第四回、映画「チベット チベット」を観る会が終わりました
映像がとらえたチベットの修行僧たち、そして、ダライ・ラマ法皇の法話を聴きに集まる人びとの表情は皆、真剣そのものです。
国と文化の消滅に立へ向かう人びとの、揺るがずに刃の上を渡るような勁さについて考えさせられました。
ティソン・デツェン王(742〜797)の時代、チベットの前身である吐蕃国の軍隊は唐の長安を陥れ、783年には唐と国教を画定しています。
織田信長の桶狭間の合戦や、源義経の鵯越(ヒヨドリゴエ)が連想されます。
ネット上のフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』に掲載されている1950年から1951年にかけての「チベット侵攻」を読んでみても、圧倒的な中国軍と戦った勇猛果敢さが想像されます。
こうしたチベット人のほとんどは敬虔な仏教徒です。
彼らの勁さは「発心(ホッシン…自らを仏法へ投げ入れること)」の堅固さに結晶しています。
だからこそ、毎年、二千人もの人びとがいのちがけで標高六千メートルのヒマラヤ山脈を越え、亡命するのでしょう。
二千人の成功の陰で、どれだけの人びとが無念の落命をしているかは判りません。
また、3月10日の暴動後、初めて現地を訪れた外国のマスコミへ文字通りいのちがけで真実を伝えようとした僧侶たちの表情も忘れられません。
観光寺に監禁されている彼らは、殺されるのを覚悟し、テレビの前で叫びました。
「皆、嘘だ!嘘だ!ここを歩いているのも皆、中国軍だ!」
「自由がない!」
一見、平和そうに見える光景はすべて、中国軍によって一時的に作られた仮構の空間だというのです。
何と恐ろしいことでしょうか。
中国軍は、世界のマスコミを前にして、町を歩く人びとまでも入れ替えていたのです。
さすがに僧侶は代役がきかないので、十二分に恫喝してからマスコミの前へ出したのでしょう。
もちろん、最初からいのちがけで直訴しそうな僧侶は監禁するか殺すかして、従順そうな人たちだけを選んで現場に置いたのでしょう。
しかし、彼らは、心が殺され、故郷がなくなり、仏法が死滅することに耐えられなかったのです。
発心した以上、抜け殻にされた身体だけが生き残ることに耐えられなかったのです。
絶望の中で理不尽さを訴えようとした人びとの恐怖と慟哭と憤怒の入り交じった顔を忘れられません。
もしも、中国が人権を尊重するまっとうな国であると主張するのなら、あのシーンに写った僧侶たちをもう一度、世界のマスコミの前へ立たせなければならないはずです。
人のいのちは尊ぶべきであると考える世界中の人びとが、さまざまな形でこうした要求を行うよう強く提唱しておきます。
日本の政治家のたった一人でも、中国大使館なりへ当然の要求を堂々と行い、身をもって世論を喚起するような気骨ある人がいれば、日本の未来はまだ信じられるのかもしれませんが………。
第五回上映は、8月2日(土)午後3時より『仙台青年文化センター』にて行います。
一人でも多くの方々がご来場されるよう、祈っております。
国と文化の消滅に立へ向かう人びとの、揺るがずに刃の上を渡るような勁さについて考えさせられました。
ティソン・デツェン王(742〜797)の時代、チベットの前身である吐蕃国の軍隊は唐の長安を陥れ、783年には唐と国教を画定しています。
織田信長の桶狭間の合戦や、源義経の鵯越(ヒヨドリゴエ)が連想されます。
ネット上のフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』に掲載されている1950年から1951年にかけての「チベット侵攻」を読んでみても、圧倒的な中国軍と戦った勇猛果敢さが想像されます。
こうしたチベット人のほとんどは敬虔な仏教徒です。
彼らの勁さは「発心(ホッシン…自らを仏法へ投げ入れること)」の堅固さに結晶しています。
だからこそ、毎年、二千人もの人びとがいのちがけで標高六千メートルのヒマラヤ山脈を越え、亡命するのでしょう。
二千人の成功の陰で、どれだけの人びとが無念の落命をしているかは判りません。
また、3月10日の暴動後、初めて現地を訪れた外国のマスコミへ文字通りいのちがけで真実を伝えようとした僧侶たちの表情も忘れられません。
観光寺に監禁されている彼らは、殺されるのを覚悟し、テレビの前で叫びました。
「皆、嘘だ!嘘だ!ここを歩いているのも皆、中国軍だ!」
「自由がない!」
一見、平和そうに見える光景はすべて、中国軍によって一時的に作られた仮構の空間だというのです。
何と恐ろしいことでしょうか。
中国軍は、世界のマスコミを前にして、町を歩く人びとまでも入れ替えていたのです。
さすがに僧侶は代役がきかないので、十二分に恫喝してからマスコミの前へ出したのでしょう。
もちろん、最初からいのちがけで直訴しそうな僧侶は監禁するか殺すかして、従順そうな人たちだけを選んで現場に置いたのでしょう。
しかし、彼らは、心が殺され、故郷がなくなり、仏法が死滅することに耐えられなかったのです。
発心した以上、抜け殻にされた身体だけが生き残ることに耐えられなかったのです。
絶望の中で理不尽さを訴えようとした人びとの恐怖と慟哭と憤怒の入り交じった顔を忘れられません。
もしも、中国が人権を尊重するまっとうな国であると主張するのなら、あのシーンに写った僧侶たちをもう一度、世界のマスコミの前へ立たせなければならないはずです。
人のいのちは尊ぶべきであると考える世界中の人びとが、さまざまな形でこうした要求を行うよう強く提唱しておきます。
日本の政治家のたった一人でも、中国大使館なりへ当然の要求を堂々と行い、身をもって世論を喚起するような気骨ある人がいれば、日本の未来はまだ信じられるのかもしれませんが………。
第五回上映は、8月2日(土)午後3時より『仙台青年文化センター』にて行います。
一人でも多くの方々がご来場されるよう、祈っております。
第三回、映画「チベット チベット」を観る会が終わりました
6月7日の映画「チベット チベット」上映会は、30数名の方々が参加され、無事、終了しました。
毎回のように足をはこばれる方や子連れの方や家族連れの方、またカンパしてくださる方もおられ、ありがたくてなりません。
法話は、日本に生まれ育った在日韓国人の金森太郎監督が、国とは何か、民族とは何か、自分のアイデンテティーはどこに求められるかと考え、「決して帰りたいと思わない」祖国韓国を訪ねることに始まったこのドキュメンタリー映画が、「ただいま」という一言で終わったことに関するものでした。
1951年、「チベット国民を圧政から解放する」という名目で侵略した中国軍は、人びとが平和に暮らしていた町や村へ囚人などをどんどん送り込み、国土を奪う過程でチベット人を社会の最下層へ堕としました。
中国軍は、チベット人たちが一人残らず共産主義というイデオロギーの信者になることを求め、チベット文化の太い柱だった仏教を破壊するために最高指導者ダライ・ラマ法皇の写真を持つことすら禁止し、観光資源とならない寺院は破壊してしまいました。
毎年、数千名ものチベット人たちが弾圧と迫害から逃れようと六千メートルのヒマラヤ山脈を越え、隣国ネパールへ亡命します。
もちろん、途中でいのちをなくしてしまう人びとも数えきれませんが、そうしてまで亡命をはかるのは、中国語などへの同化政策によって言葉が奪われ、共産主義の強制によって宗教が奪われ、祖先から受けついだ文化が奪われることによって人間たる〈心の根〉がなくなるからでしょう。
植物も、根が死ねば、いかに美しい花をさかせていようと、いかに瑞々しい緑をまとっていようと、やがては枯れ、朽ち果ててしまいます。
人間はなおのこと、心の根を失えば人間として生き続けることはできません。
監督は、チベットの現状と亡命者たちの思いを確かめ、ダライ・ラマ法皇への同行取材を続けるうちに、祖国韓国の存在のありがたさに気づきます。
監督は旅の最後に韓国を訪れ、祭祀を行う聖者の立ち会いのもとでご先祖様のお墓詣りをします。
ラストシーンは、黒い画面に白抜きで「ただいま」と記されるだけです。
法話後の質疑応答で「監督はどこへ帰ったのでしょうか?」というご質問をいただきました。
「韓国、日本と分けて考える次元を超えた自分そのものへ帰ったのでしょう」とお答えしました。
血のルーツである韓国は深層意識の源泉であり、生まれ育った日本は潜在意識を創り、そうした土台の上に自分という意識があってそれらが金森監督という一人の人間の精神に結晶しています。
求めていた自分とは、そうしたものの全体だったのです。
監督の真摯な探求が綴られたこの映画を観ると、人間を人間たらしめている〈心の根〉を枯らしてしまう「文化の破壊」ほど恐ろしい非人間的行為はないことがよく解ります。
チベットに住むチベット人は、生きながらにして精神を殺されています。
亡命したチベット人は、根無し草になる不安と戦いながら「チベット人として生きる」ことによって文化を守り、祖国を復活させる運動にかけています。
ダライ・ラマ法皇は、亡命者たちを「お前たち一人一人がチベットなのだ」と励まし、非暴力を貫きながら故国を救おうとしておられます。
現代文明の中で暮らす私たちにとって信じられないほどの悲惨な現状をもたらした直接の原因は、もちろん中国の侵略にあります。
一方、地上で呼吸をしている人びとのたった一人も、現実という形をとって現れている共業(グウゴウ…一緒になってつくっている業)に無関係ではあり得ません。
もしも私たちが何もしないでこの非道を放っておき、チベット文化を地上から消滅させるならば、私たちは間接的な下手人であり、罪人です。
私たち一人一人ができることを行って善き業を積み、罪をあがない、地上にある悪しき共業を清め、チベットの人びとを救おうではありませんか。
第四回上映は、7月5日(土)午前9時より『仙台青年文化センター』にて行います。
毎回のように足をはこばれる方や子連れの方や家族連れの方、またカンパしてくださる方もおられ、ありがたくてなりません。
法話は、日本に生まれ育った在日韓国人の金森太郎監督が、国とは何か、民族とは何か、自分のアイデンテティーはどこに求められるかと考え、「決して帰りたいと思わない」祖国韓国を訪ねることに始まったこのドキュメンタリー映画が、「ただいま」という一言で終わったことに関するものでした。
1951年、「チベット国民を圧政から解放する」という名目で侵略した中国軍は、人びとが平和に暮らしていた町や村へ囚人などをどんどん送り込み、国土を奪う過程でチベット人を社会の最下層へ堕としました。
中国軍は、チベット人たちが一人残らず共産主義というイデオロギーの信者になることを求め、チベット文化の太い柱だった仏教を破壊するために最高指導者ダライ・ラマ法皇の写真を持つことすら禁止し、観光資源とならない寺院は破壊してしまいました。
毎年、数千名ものチベット人たちが弾圧と迫害から逃れようと六千メートルのヒマラヤ山脈を越え、隣国ネパールへ亡命します。
もちろん、途中でいのちをなくしてしまう人びとも数えきれませんが、そうしてまで亡命をはかるのは、中国語などへの同化政策によって言葉が奪われ、共産主義の強制によって宗教が奪われ、祖先から受けついだ文化が奪われることによって人間たる〈心の根〉がなくなるからでしょう。
植物も、根が死ねば、いかに美しい花をさかせていようと、いかに瑞々しい緑をまとっていようと、やがては枯れ、朽ち果ててしまいます。
人間はなおのこと、心の根を失えば人間として生き続けることはできません。
監督は、チベットの現状と亡命者たちの思いを確かめ、ダライ・ラマ法皇への同行取材を続けるうちに、祖国韓国の存在のありがたさに気づきます。
監督は旅の最後に韓国を訪れ、祭祀を行う聖者の立ち会いのもとでご先祖様のお墓詣りをします。
ラストシーンは、黒い画面に白抜きで「ただいま」と記されるだけです。
法話後の質疑応答で「監督はどこへ帰ったのでしょうか?」というご質問をいただきました。
「韓国、日本と分けて考える次元を超えた自分そのものへ帰ったのでしょう」とお答えしました。
血のルーツである韓国は深層意識の源泉であり、生まれ育った日本は潜在意識を創り、そうした土台の上に自分という意識があってそれらが金森監督という一人の人間の精神に結晶しています。
求めていた自分とは、そうしたものの全体だったのです。
監督の真摯な探求が綴られたこの映画を観ると、人間を人間たらしめている〈心の根〉を枯らしてしまう「文化の破壊」ほど恐ろしい非人間的行為はないことがよく解ります。
チベットに住むチベット人は、生きながらにして精神を殺されています。
亡命したチベット人は、根無し草になる不安と戦いながら「チベット人として生きる」ことによって文化を守り、祖国を復活させる運動にかけています。
ダライ・ラマ法皇は、亡命者たちを「お前たち一人一人がチベットなのだ」と励まし、非暴力を貫きながら故国を救おうとしておられます。
現代文明の中で暮らす私たちにとって信じられないほどの悲惨な現状をもたらした直接の原因は、もちろん中国の侵略にあります。
一方、地上で呼吸をしている人びとのたった一人も、現実という形をとって現れている共業(グウゴウ…一緒になってつくっている業)に無関係ではあり得ません。
もしも私たちが何もしないでこの非道を放っておき、チベット文化を地上から消滅させるならば、私たちは間接的な下手人であり、罪人です。
私たち一人一人ができることを行って善き業を積み、罪をあがない、地上にある悪しき共業を清め、チベットの人びとを救おうではありませんか。
第四回上映は、7月5日(土)午前9時より『仙台青年文化センター』にて行います。
「仙台稲門会」における上映と法話
5月7日、仙台稲門会(早稲田大学出身者の会)において法話を行いました。
今年は、時間の関係上、断片的にではありますが映画「チベット チベット」を観ていただき、若干のコメントをつけるという形にしました。
折りもおり、中国の国家主席が来日し、福田首相との会談においてチベット問題が話し合われるという注目すべき日のできごととなりました。
おおよそ、こうした法話の後、上映に入りました。
「昨年申し上げたとおり、私たちは、不共業(フグウゴウ)という個人的な業を創り出しながら生きており、同時に生きている者たちの業が集まって共業(グウゴウ)という社会的な業が創られています。
業には善きものと悪しきものがあり、悪しきものの例は、クラスター爆弾の開発、使用です。
この爆弾は、1ケース中に数百個の子爆弾を搭載し、空中でケースを破裂させることによってサッカー場数個分になる範囲へ攻撃するものですが、子爆弾のうち少なくとも5パーセント以上は不発弾となって残るため、被弾した地域を安全にするには数十年もかかります。
アフガニスタン、イラク、ベトナム、ラオス、レバノンなどにおける被害は深刻で、被害に遭った子どもたちなどの現状は悲惨です。
国連加盟国のおよそ4割が保有し、日本も保有国の一つです。
善きものの例は、満濃池です。
しばしば氾濫を起こし「暴れ池」として恐れられていた香川県仲多度郡の満濃池は誰も改修できず、弘仁12年(西暦821年)、地域住民の請願によりお大師様が築池別当となって工事に着手し、百日間続けられた護摩法の後、約3ヶ月で完成となりました。
お大師様はこう説かれました。
『自然の持つ大きな力と張り合おうとしても、人間は負ける。
智慧をもって水を抱きとめるようにゆっくりと溜め、ゆるゆると水路に活かさねばならない』
さて、チベット問題は決して人ごとではありません。
半世紀にわたってチベットの人びとを悲惨な状態のままにしておき、国家権力による文明の消滅という恐ろしい事態を間近にさせてしまったのは、今、生きている私たちなのです。
私たちがチベットの人びとのために善き業を積み、悪しき共業を清めねばなりません。
そのために、まず、このドキュメンタリー映画によって現実を知り、心で声なき声を上げていただきたいと願っています」
大幅に予定時間を超えた上映を、急いで締めくくりました。
「チベットから逃れ、インドのダラムサラへ着いて初めてダライ・ラマ法皇と謁見できた人びとをねぎらう最初の法話は、こうしたものでしたね。
『チベット人、中国人と分けて考えてはならない。中道こそが私たちの歩むべき道なのだ』
あくまでも人間として歩むべき道を歩むことがチベットを救い、中国を救うことになるという信念がノーベル平和賞の受賞をもたらしたのでしょう。
法皇が破壊者であるという中国政府の言い分はいかがなものでしょうか。
また、ネパールにある亡命者救命センターの看護担当者が必死に語った言葉も忘れられません。
『ぜひ、ここの惨状を知っていただきたい。そして手助けして欲しい』
縁に応じ、事に応じて、できることをしようではありませんか」
今年は、時間の関係上、断片的にではありますが映画「チベット チベット」を観ていただき、若干のコメントをつけるという形にしました。
折りもおり、中国の国家主席が来日し、福田首相との会談においてチベット問題が話し合われるという注目すべき日のできごととなりました。
おおよそ、こうした法話の後、上映に入りました。
「昨年申し上げたとおり、私たちは、不共業(フグウゴウ)という個人的な業を創り出しながら生きており、同時に生きている者たちの業が集まって共業(グウゴウ)という社会的な業が創られています。
業には善きものと悪しきものがあり、悪しきものの例は、クラスター爆弾の開発、使用です。
この爆弾は、1ケース中に数百個の子爆弾を搭載し、空中でケースを破裂させることによってサッカー場数個分になる範囲へ攻撃するものですが、子爆弾のうち少なくとも5パーセント以上は不発弾となって残るため、被弾した地域を安全にするには数十年もかかります。
アフガニスタン、イラク、ベトナム、ラオス、レバノンなどにおける被害は深刻で、被害に遭った子どもたちなどの現状は悲惨です。
国連加盟国のおよそ4割が保有し、日本も保有国の一つです。
善きものの例は、満濃池です。
しばしば氾濫を起こし「暴れ池」として恐れられていた香川県仲多度郡の満濃池は誰も改修できず、弘仁12年(西暦821年)、地域住民の請願によりお大師様が築池別当となって工事に着手し、百日間続けられた護摩法の後、約3ヶ月で完成となりました。
お大師様はこう説かれました。
『自然の持つ大きな力と張り合おうとしても、人間は負ける。
智慧をもって水を抱きとめるようにゆっくりと溜め、ゆるゆると水路に活かさねばならない』
さて、チベット問題は決して人ごとではありません。
半世紀にわたってチベットの人びとを悲惨な状態のままにしておき、国家権力による文明の消滅という恐ろしい事態を間近にさせてしまったのは、今、生きている私たちなのです。
私たちがチベットの人びとのために善き業を積み、悪しき共業を清めねばなりません。
そのために、まず、このドキュメンタリー映画によって現実を知り、心で声なき声を上げていただきたいと願っています」
大幅に予定時間を超えた上映を、急いで締めくくりました。
「チベットから逃れ、インドのダラムサラへ着いて初めてダライ・ラマ法皇と謁見できた人びとをねぎらう最初の法話は、こうしたものでしたね。
『チベット人、中国人と分けて考えてはならない。中道こそが私たちの歩むべき道なのだ』
あくまでも人間として歩むべき道を歩むことがチベットを救い、中国を救うことになるという信念がノーベル平和賞の受賞をもたらしたのでしょう。
法皇が破壊者であるという中国政府の言い分はいかがなものでしょうか。
また、ネパールにある亡命者救命センターの看護担当者が必死に語った言葉も忘れられません。
『ぜひ、ここの惨状を知っていただきたい。そして手助けして欲しい』
縁に応じ、事に応じて、できることをしようではありませんか」


