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2015
07.25

チベットでの焼身自殺 ―青年の死を無駄死ににさせぬためには―

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〈これがチベットと中国の現実である〉

 7月9日、チベット僧侶ソナム・トプギャル(27才)が焼身自殺をはかり、翌日病院で死亡した。
 平成21年からこれまでの間にチベット人の抗議自殺は142件にのぼる。
 場所は中国青海省玉樹チベット族自治州。
 ここでは5年前、マグニチュード6.9の青海地震が発生し、死者2698名、行方不明者270名、負傷者1万2千名以上の大惨事となった。

 いかに覚悟の上とは言え、彼は火に包まれても転げ廻らず、暴れず、倒れたまま祈っているようにすら見える。
 また、周囲の人々も誰一人、火を消そうとせず、ただ、見届けようとしているかのようだ。
 自他の救済を祈る僧侶が自らのいのちを断つしか人々を救う方法がないとは……。
 元来、チベットの動物だったジャイアントパンダを各国との友好親善の道具として用い、弾圧と略奪を繰り返しつつ日本で〈爆買い〉に興ずる中国人とは……。
 
 難民支援NGO"Dream for Children"公式ブログは報じた。

トプギャルの家族はトプギャルの遺体を引き取るために病院に出向いたが、中国当局は遺体の引き渡しを拒否し、家族を拘束したという。
 トプギャル焼身自殺後、中国当局はただちに現地の取り締まりを強化し、通信を遮断している。
 その後、車のガソリンを買うには、政府からの許可が必要となっている。」

 
 約2年前、ダライ・ラマ法王は、日本の支援者たちを前に焼身自殺への感想を求められ、こう答えられた。

「このように自らの命を犠牲にして何かに抗議するという行いは、今までも行われていたわけです。
 例えば中国の中におきましても、ある中国の仏教のお寺の僧侶の方が自らの命を投げうって、人びとのために抗議をしたことがありますし、ベトナムの中でもそういったことは起こっています。
 そして私たちの国チベットでも全く同じです。

 このように自分にとってもっとも大切なものである命を投げ出して、他の人たちを救うために、世の中にそういったことの不条理を問いかけようと、こういう行いというものは本当に尊ぶべき、本当に美しい行いだと思います。
 そういった行いというのは、究極的には他の者たちに暴力を使わないで自らを痛めるということによって、世にその不合理性を問うという行為であるわけですから本当に素晴らしい行為ではないかと思います。

 これに関しましては、もちろん本当に非常に心が痛む悲しい出来事であるわけです。
 私はひとりの仏教の僧侶でありますので、そういう意味においても本当に焼身自殺者が出るということに関しては本当に心を痛めているわけなんです。
 これは政治的な状況によって、どうしようもなく起きてしまっていることであり、私自身は約2年前に完璧に政治的な分野における最高指導者としての位置を引退しておりますので、そのような状況であります」


 法王は三つの内容を説かれた。
 一つは、他者を傷つける暴力によるのではなく、自らのいのちをかけて社会の不条理を正そうとする行為は菩薩(ボサツ)の利他行であるということ。
 もう一つは、いのちを尊ぶ宗教者が自分で自分のいのちをなくすという究極的方法しかないと決断し、死んで行くのは耐え難いほど悲しいということ。
 そしてもう一つは、チベット人の力ではどうにもならないところまで追いつめられた状況について、政治的分野での最高指導者を降りた自分は、政治的判断や行動を控えるということ。

 なお、自殺そのものに関するダライ・ラマ法王の見解については、拙書「生と死そして愛とカルマ ダライ・ラマ『死の謎を説く』に学ぶ」をご覧いただきたい。
(http://hourakuji.blog115.fc2.com/blog-entry-4642.html)

 ここでは、以下、自殺に関するお言葉の一部のみを断片的に転記しておきたい。

「人がこのような決断を下す理由は、唯一つの事柄によるわけではない。」

「死への恐れ、恐怖は依然としてある。
 にもかかわらず、それと対立し矛盾する心の衝動が生じ、それが恐れを凌駕(リョウガ)する瞬間が、人が自ら命を断つときなのだろう。」

「自殺においては、己(オノレ)自身を殺すという動機は存在する。
 また、その行為は現実に遂行(すいこう)されている。
 だが、あなた自身が死ななければ自殺が完成しない以上、あなた自身が己(オノレ)を殺すという行為を完遂させることは不可能だ。
 真の意味で自殺は成立しないということになる。」

「自殺はなべて悪であるとは言い切れない。
 ある特定の、ひじょうに限定された状況において、自殺は許される行為となりうることを言っておかねばならない。」

「他者に悪しきカルマをもたらすことを避けるためには、こうした自殺は許される。」

「よく肝に銘じておくべきだ。
 仏教徒にとっても、自殺は悪しきことである。
 極力、自殺は避けねばならない。
 ここで私が述べたことは、あるきわめて限定された極限状態の中で、例外的に自殺も否定されない場合があるということである。
 いかなる場合も、自殺を絶対的に罪だとするキリスト教との違いを覚えておけばそれでいい。」


 あしかけ6年、ようやく映画『ダライ・ラマ14世』が完成し、全国各地での上映会が始まった。

「本作では、今まで誰も見たことのないダライ・ラマ14世に出会うことになる。
 カメラは関係者以外には入ることのできない場所へと分け入っていく。
 そこに映し出されるのは、眼鏡をはずし、お茶をのみながらくつろぐ普段の姿。
 書物に目を通し、今も日々の課題を学ぶひとりの僧侶としての姿である。

 また、チベット亡命政府のあるインドのダラムサラと、いまもチベットの伝統と風習が受け継がれるラダックへの取材を敢行。
 その映像からは、脈々と受け継がれるチベット仏教の教えと、その源流であるダライ・ラマの存在、そして亡命後にダライ・ラマ14世が人々と作り上げてきたものが浮き彫りになってくる。
 作品中、法王は私たち日本人に、エールというべき期待を込めたメッセージを送っている。
 戦後70年の今、そのメッセージをひとりでも多くの人に受け取ってほしい。」


 ネットで映画の情報について検索すると、明らかに消されたものがある。
 恐ろしい状況になった。 
 宮城県での一日も早い上映会開催が望まれる。
 何としても、青年の死を無駄死ににしたくない。




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2013
05.12

映画『クンドゥン』のあらすじ(その1)

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 5月11日の寺子屋『法楽館』では、1997年に作られたアメリカ映画『クンドゥン』を観賞し、学びました。

 『クンドゥン』は、ダライ・ラマ14世の誕生からチベットを追われるまでの過程をつづったマーティン・スコセッシ監督の作品です。
 出演者はすべて世界中から集められた素人のチベット人であり、数々の受賞に輝きました。
 ここには、宗教の真実も政治の事実も、そして侵略と迫害の現実も描かれています。

 インドで起こり、その精華を伝えるチベット仏教は、「宗教はアヘンである」とする中国共産党のために、チベットにおいて消滅させられつつあります。
 チベットの人々は中国軍の侵攻により国土を失い、生活を失い、言葉と宗教を失い、文化を失い、すでに120万人以上がいのちをも失いました。

 この映画は、「ダライ・ラマとは何か」だけではなく、チベットが地上から消し去られようとしている現実と、チベットの人々がいのちに代えてでも守ろうとしている尊いものを示しています。
 一人でも多くの方々に『クンドゥン』を通して真実に触れていただきたいと願い、以下、あらすじを追ってみます。




 ダライ・ラマとは、智慧の大海という意味である。
 チベットは、戦乱の続くアジアで、1000年もの間、非暴力主義を貫いた国であり、その指導者がダライ・ラマ法王法王である。

 ダライ・ラマ法王13世が亡くなり、後継者が探されていた。
 
 ある寒村で、飢饉が何年も続いた時、二羽の烏が家を守るように飛んで少年が生まれ、それまで大病を患っていた父親が快癒した。
 カラスの守護は初代ダライ・ラマ法王の時と同じだった。
 少年は「守る人」を表すハモと名づけられた。

 ある日、ハモは、戦う虫の一匹を遠ざけ、戦いを止めさせた。
 それを目にした僧侶がハモの家を訪ねると、ハモは数珠を見て「それ僕の」と言って手にし、ダラムサラへ帰る僧侶を追って泣いた。
 後日、確認のため再度、訪れた僧侶たちの前で、少年は仏器やメガネなど、ダライ・ラマ法王が使っていた五つのものを「僕のだ」と正確に選び取り、僧侶たちは「クンドゥン(法王猊下)」とつぶやき、黙礼した。
 両親は、ダライ・ラマ法王の生まれ変わりと証明されたハモが手元を離れることを知った。

 2年後の1939年、ダラムサラから迎えが来た。
 剃髪する前に、ハモは暗誦させられる。

「私は病を持つこの世のすべての人の医者であり看護人、すべての人を癒す。
 私は味方を持たぬ弱い人を守り、私は川を渡りたいと願う人々の橋となり船となろう」

 瞑想中にハモ少年を見いだした摂政レティングは、ハモへ言う。

「何世紀も前、ゲンドゥン・ドゥプという人が生まれた家へ強盗が押し入り、殺されると思った家族は逃げた。
 翌朝、家へ戻ってみると、隠しておいた赤ん坊は二羽の大カラスに守られて無事だった。
 それが初代ダライ・ラマ法王であり、私たちはクンドゥンと呼ぶ。」
「あなたはこの世へ再び甦ってくださった。
 できる限り長くこの世にとどまり、そして又、戻ってきてください。
 生あるものがこの世にある限り、あなたは甦り続ける。
 あなたは生きとし生けるものを愛するため、この世に生まれたお方。
 生あるものを愛し、慈悲をそそぐお方。
 生あるものがこの世にある限り、あなたがいる所には常に慈悲があり、仏陀のお姿があります。」

 紅い絨毯を踏んで法王の座に就くハモを例しつつ迎える人々の中に母親もいた。
 法王となる仏具を渡した摂政レティングは人々へ宣言する。
「慈愛に満る仏陀、我らの願いを叶えたまう、第14代ダライ・ラマ法王猊下」
 家族を含め、人々は五体投地の礼を行う。

 軍と僧侶たちに守られたダライ・ラマ法王は、やがて、ダラムサラへ到着しポタラ宮へ入る。
 侍従長パラは五体投地の礼の後、教える。
「第5代ダライ・ラマ、第7代ダライ・ラマ、第13代ダライ・ラマ、そしてあなたが成人の時、この玉璽(ギョクジ…法王の印鑑)はあなたのものになります。」
 お付きの者たちが、瞑想やゲームなどを教える。
 負けて悔しがる法王へ諭す。
「今日は負けても明日は勝ちます。」

 摂政レティングへの報償やダライ・ラマ法王の家族への援助などについての話しあいの場を盗み見、一人で寝る法王は寂しくなり「母さん」と呼ぶ。
 寝ずの番で法王を守る僧侶が抱きしめ、背中をなでながら諭す。
「ここは古くて暗い宮殿ですが、夏は違います。
 庭があり、動物もいます。
 鹿や犬、小熊や小鳥も」
 そして、曼荼羅に書かれた女神ペンデン・ハモについて「あなたの守護神であり、チベットと政府を守っています」と教え、「本当にいます。この世に」と言い、安心させる。




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2011
12.21

DVD『チベット難民~世代を超えた闘い~』を観ました

 チベットは面積が日本の約6・5倍あり、七世紀にインドから伝わった大乗仏教最後の教えをチベット仏教へと練り上げた仏教国です。
 1959年、中国共産党軍の侵略を受けて政治と宗教の最高指導者ダライ・ラマ14世はインドへ亡命し、約13万人以上のチベット人が後を追ってヒマラヤ山脈を越えました。
 中国はこれまでに約120万人のチベット人を殺害し、チベット自治区と称されるようになった地域のチベット人と中国人の人口比は逆転しました。
 こうした国家・民族・宗教・文化の抹殺に抵抗する人々は、あるいは投獄され、あるいは凄まじい拷問を受け、今では毎年、2000人以上のチベット人が難民となっています。
 拷問から帰還し、難民となった人が一番辛かったのは、食事を与えられなかったことだと言います。
 餓死しそうになるとわずかばかりのスープを与えて生かしてまた拷問を加えるので、殺された方がどんなに楽かと思うそうです。
 粗末な装備でヒマラヤを越える人々は文字通りいのちがけで、途中で警備兵に撃たれたり、倒れたりする人々も多く、「麦焦がし」に頼って無事、ネパールなどへ到着しても凍傷で手や足を失う人は絶えません。

 ダライ・ラマ法王は、インドのダラムサラにある亡命政府で指揮を執り、「非暴力主義」と「中道政策」を掲げて中国政府へ問題解決を迫っていますが、中国は相手にしません。
 法王は説かれます。

「世界中で不幸なできごとが起こっているのは、思いやりの心が欠けているからである。
 世界を救うのは、思いやりのある温かい心である」
「中国政府が否定するダライ・ラマ制をどうするかは、チベット人が決める問題である」
「チベット問題は、チベット人の権利、文化、霊性、生活のすべてにかかわる問題である」


 インドで暮らす難民は皆、貧困で、平均年収は約2万円ほどですが、どんなに苦しくとも「いつの日か、ダライ・ラマ法王と共に故郷へ帰る」という希望が共通の支えになっています。
 祖国は消滅の危機に陥っていても、チベットの文化を絶やさないために、ダラムサラでは1万人以上の学生が勉学に励んでいます。
 その教育方針は「伝統教育と近代教育をバランスよく行う」というもので、やがて故国へ戻った若者たちがチベット社会を生き返らせる力となることを目的としています。
 しかし、難民のうち古い世代は伝統文化を守り、若い世代はアメリカ的な西洋文化へ走るという二極化が顕著になり、亡命政府はいろいろと智慧をしぼっています。
 また、職業に就けない若者たちの間で、西洋社会と同じくアルコール中毒・麻薬・エイズの問題も起こりつつあります。

 こうした中、中国軍に平和を奪われてから40年が経った年に、ダラムサラにある「チベット青年会議」は350キロに及ぶ『平和行進』を企画します。
 以前、中国政府へ抗議するためのハンガーストライキを行ったグループから焼身自殺をする者が出たほどチベット情勢は逼迫しているのに、世界はまだまだ無関心であると危機感を募らせたからです。
 炎に包まれながらトゥプテン・ングドゥプ氏は叫びました。
ダライ・ラマ万歳!」「チベットは必ず勝利する!」
 そして遺書です。

「わたしはチベット青年会議の今回の活動に心から賛同します。
 わたしは心を一つにして6名のチベット人(ハンストをしているメンバー)の中に加わりたい。
 そしてチベット国内の独立を勝ち取る闘争においてこのように奉仕する機会を得て嬉しく思っており、いささかも悔やんではおりません。
 法王様の中庸の道に対するわたしの信頼は揺るぎ無いもので、他のチベット人もこれを支持することを望んでいます」


 今年も相当数の僧侶がチベットで焼身自殺による抗議を行っていますが、その内容はほとんど報道されていません。

 さて、『平和行進』は、1999年、中国政府へ抗議してチベット人が立ち上がった3月10日を期して決行されました。
「世界の人々と同じく自分の国が欲しい!」
 ヒンズー語と英語のビラも用意され、ダラムサラのツクラカン寺前でダライ・ラマ法王が作った歌をご本尊様へ捧げてから始まった行進には130名が参加しました。
 2才から69才までのメンバーには13か国の外国人もいます。
 僧侶は言います。

「仏教で怒りは悪と説かれているが、デモ行進の怒りは正しい動機に基づいているので許される。
 私はチベットを解放するために叫んでいる。
 黙っていてはならないから、僧侶も怒りを表明する」


 チベットでは家族の一員が出家するのは大変名誉なこととされ、僧侶は厳しい修行に励みますが、修行で最も大切なのは正しい動機であるとされています。
 特に、質問者と回答者が容赦なくやり合う「問答」はとてもレベルが高く、教えが本当に真実を有しているかどうかを道理によって明らかにすると同時に、行者の中身も暴かれます。
 2才の子供を背負った女性は言います。

「このいのちを捧げて祖国のために何とかしたい」


 パンとお茶という簡素な朝食で歩き出した人は言います。

「私が亡命したのは、本当のチベットへ帰るためです。
 あらゆる努力が『チベットの独立・解放』のためになされるべきです。
 世界の人々へチベット問題に気づかせねばなりません」


 オランダから参加されたご夫人は言います。

「すべての人は自由であるべきです」


 途中の長い道では2台(!)のトラックに分乗しますが、二台で立ったままメンバーはチベットの独立を叫び続け、休みません。

 二日目、三日目となると、共に歩く人や差し入れをする人も現れます。
 ヒンズー教の寺院に宿泊し、地域の人々と交流したりラジオ局へアピールしたりと、幹部は休む間もありません。
 行進が世界へ報道されているかどうかも確認します。
「世界の人々との結びつきが支えとなる」
 行進に賛同する世界の動向がメンバーへ活力を与えるのです。
 また、チベットで拷問を受けたメンバーが取材に応じたりもします。
 筆舌に尽くせない体験を堂々と語る勇気と使命感は涙を誘います。

 毎日10時間以上歩くうちに疲労が蓄積し、本来、歌や冗談の好きなチベット人から笑いの渦が起こったりしますが、最終日ともなると、もう、ほとんど皆、声が涸れています。
 ついに目的地シムラに到着し、1913年にチベット、イギリス、中国の三国が会議を開いた建物へと向かいました。
 複雑な世界情勢を背景にした三国会談は6カ月に及び、中国政府はチベットへへ宗主権は持つがチベット政府は完全な自治権を持つこと、イギリスによるチベット併合は認めないことなどを内容とした仮調印が行われました。
 しかし、チベットとイギリスとの間では正式調印となりましたが、中国の清朝は土壇場で調印を拒否し、1959年の侵略へとつながります。
 建物にはチベットの版図が明確に示された地図が残っており、数百人にも膨れあがった人々は敷地へなだれ込み建物内へ入ろうとしますが、警官に阻まれ、玄関前で国家を斉唱しました。
 泣く人、叫ぶ人、いずれも、その悲痛な思いは映像を観る者の胸に突き刺さります。
 翌日、メンバーの代表数人だけが建物へ入り、イギリス製の地図を確認します。
 その夜は野宿となりました。
 たき火の回りで、年齢も職業も人種も国籍も超えて人々は唄い、踊ります。
 ラジオから平和行進のニュースが流れます。
「チベット解放の勢いは少しも衰えていない」

 一週間ぶりとなったダラムサラでは大勢が出迎え、『平和行進』は無事、完遂されました。

 結婚する若い二人へ親は願いをかけます。

「二人にはダライ・ラマ法王と難民のために献身的にはたらいてもらいたい。
 彼らの世代がチベットへ帰られるように」


 ダラムサラのチベット寺院ではチベットで行われていたとおりの儀式が荘厳に行われますが、無礼な観光客に雰囲気を壊される場面もあります。
 しかし、僧侶は言います。
「残念だが、チベットを知ってもらうきっかけにはなるだろうから受け入れている」

「全てのチベット人には、チベットを解放する義務がある」


 西洋文化になじみ始めた若者も闘いをあきらめません。

「格好は西洋人でも中身はれっきとしたチベット人です」
「チベット人としてのアイデンティティは常に保っています」


 難民社会を支える若者は言います。

「チベットは霊的で高貴な場所であるはずです」


 活動家は言います。

「同じ人間、同じアジア人として、日本人もどうか一緒にチベット問題を考えて欲しい」
「中国の民主化の延長線上にチベット問題の解決がある」



〈石巻の被災現場を訪れたダライ・ラマ法王〉
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〈チベットで焼身自殺する尼僧(edfe90c8をお借りして加工しました)〉 
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2011
12.06

映画『チベット難民~世代を超えた闘い~』鑑賞会

チベット難民~世代を超えた闘い~』の鑑賞会が近づきました。
 
 チベットでは、人も文化も消滅させられつつあります。
 12月2日にはまた、僧侶弾圧へ抗議する焼身自殺をはかり、重体になりました。
 チャムド地区で10月26日に爆発事件が起こっており、中国政府は、関係したとの疑いからチベット寺院への取り締まりを強化しています。
 しかし、3月から12人もの僧侶焼身自殺をはかったことでもわかるとおり、僧侶がイスラム過激派と同様の無差別殺人的な手段を用いるはずはありません。
 すべては、寺院から僧侶と仏教を消し去る動きに違いありません。

 最近、中国のあちこちを旅した方から聞くところによると、お大師様が訪れた寺院などは観光客であふれかえっています。
 高さ3メートルに及ぶ弘法大師像も建てられています。
 しかし、いずれの寺院であれ、修行に勤しんでいる僧侶の姿も気配もなく、完全に観光地化しているそうです。
 宗教は消滅させられ、お金を生むモノとしてのみ、寺院は存続しています。
 チベット寺院も〈宗教なき観光地〉とするため、あらゆる手段が用いられているものと思われます。

 ぜひ、この貴重な資料を観て、たった今も隣国で怖ろしい弾圧が行われている現実を知り、想像力をはたらかせ、何かの声を上げようではありませんか。
 ご自身で津波の被災地へ足をはこばれたダライ・ラマ法王のお心にお応えするためにも。

・日 時 12月17日(土)午後4時より6時まで
・場 所 法楽寺講堂
・参加費 無料

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アウシュビッツで殺された子供が遺した絵〉
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2011
02.09

チベットの風(2)

 DVD『チベットの風』の続きである。 

 最盛期には世界一と称されたデプン寺には現在700人の僧侶がいる。
 中国が来て、文化大革命に襲われる前は7000人が修行していた。
 殺され、亡命し、還俗させられ、僧侶は激減した。

 ガンデン寺もまた最盛期には9000人が修行する世界最大規模の寺院だったが、文化大革命で、僧侶は一人残らず殺された。
 ガンデン寺で、ある宗派が成立していたのが理由である。
 ダライ・ラマ法王とパンチェン・ラマがゲルク派のため、ゲルク派の創始者ツォンカパが建立した寺院は完全に破壊され尽くした。
 西チベットの高僧と支持者によって4寺が再建されているものの、今も破壊の跡が生々しく残っている。
 青年は言う。
「5年前まではダライ・ラマ法王の写真を家に置けましたが、今ではそれさえも許されません」。

 パンチェン・ラマの本山タシルンポ僧院はダライ・ラマ一世の創建によるが、今は4ヵ寺しかない。
 ラサから来た男性の話。
「一番目の寺院には、パンチェン・ラマ10世が造った世界一大きな銅製の仏像が安置されています。
 二番目の寺院には、1989年に亡くなったパンチェン・ラマ10世の墓があります。
 仏塔中にある遺体に、当局が防腐処理をしました。
 三番目の寺院には、パンチェン・ラマ4世の墓があります。
 中国が来るまでは、たくさんの寺院がありました。
 それらはすべて破壊され、パンチェン・ラマ5世から9世の墓は、最後の墓へ一緒に納められました。
 6000人いた僧侶は800人になってしまったのです」。

 チベットには転生ラマ(トゥルク)として崇められる高僧がたくさんいる。
 13世紀に転生ラマ制度が始まってからは、歴代ダライ・ラマ法王と歴代パンチェン・ラマが転生ラマの代表とされた。
 歴代ダライ・ラマ法王は、5世から政治と宗教の実験を握る国家元首となった。
 歴代パンチェン・ラマは、タシルンポ僧院の座主を務め、阿弥陀仏の化身として尊ばれている。
 パンチェン・ラマが亡くなると、ダライ・ラマ法王が次のパンチェン・ラマの転生者を承認・選定する。

 1989年、パンチェン・ラマ10世は、こうした声明を発表した4日後、謎の死を遂げた。
「中国のチベット支配は、チベット人へ対し、利益よりも多くの害をもたらした」。
 パンチェン・ラマ10世亡き後、11世を建てる必要が生じた。
 亡命中のダライ・ラマ法14世は、チベットにいるゲントゥン・チューキ・ニマ少年を、ダライ・ラマ法王認定のパンチェン・ラマ11世とした。
 しかし、すぐに、この少年は家族と共に行方不明となった。
 中国政府は後に、ニマ少年の拉致を認めている。
「本当のパンチェン・ラマ11世はチベット人ですが、家族共々、どこにいるかわかりません。
 中国の刑務所に拘束しているのでしょう」。
 政府はギエンツェン・ノルブ少年を11世として立た。
「パンチェン・ラマ11世は二人います。
 一人はダライ・ラマ法王に認定され、もう一人は中国政府が立てました。
 北京にいるのは中国擁立のパンチェン・ラマです。
 北京のパンチェン・ラマがツガツェやラサの訪問に際して、政府は法律を作りました。
 民衆は外に出、スカーフ(カター)を持って歓迎しなくてはいけません。
 皆は彼がパンチェン・ラマだと信じていると言いますが、内心ではまったく信じてはいません。
 中国政府が立てたからです」。
 少年だったパンチェン・ラマは現在20才になり、活動させられている。
 もちろん、中国政府が立てたパンチェン・ラマはダライ・ラマ法王に認定されてはいない。
 だからこのパンチェン・ラマを信じているチベット人は誰もいないのである。
 中国人すら信じるだろうか?


 これは何世紀も前の遥か昔にあったできごとではなく、わずか半世紀前に始まり、たった今、この地球上で継続している現実である。
 人権侵害という耳慣れた言葉でくくってしまえないほど現実離れし、想像を絶する弾圧である。
 人間を人間扱いしない政治体制の中国が軍事・経済・政治各方面で世界へ大きな影響力を及ぼしつつあるという事実、数百万人の人々が暮らす一国が丸ごと簒奪され、民族が一人もいなくなるようにし向けられているという事実の途方もなく巨大な暗黒。
 私たちは、国会で誰一人この問題を採りあげようともしない国に安閑と暮らすことを恥じないでいられようか。

〈真実〉
230207 008




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