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2016
03.19

四国霊場を巡る話 ─88の意味、心の変容─

2016-03-19-00012.jpg

 四国八十八か所巡りは、宗教宗派を超越した世界有数の聖地巡礼です。
 お大師様にゆかりの深い霊場を巡ると、各札所で何を体験したかという事実はもちろん大切な思い出になりますが、その全体が、日常的な自分を離れた〈何ごとか〉であったことを、あとからジワッとした充実感と共に感じとれるものです。

1 八十八の話

 ところで、「88になったのはなぜですか?」というご質問をよくいただきます。
 煩悩(ボンノウ)の数。
 男性42、女性33,子供13という厄年の数の合計。
 八十八の末広がり。
 その他いわれは多々あっても根拠はあいまいで、数にこだわる必要はなさそうです。
 ちなみに、星野英紀博士はこう書いています。

「開創については諸説あるが、信仰上では弘法大師空海が修行のため一寺一寺を巡ったことから始まったとされている。
 しかし、この説には史的データの裏付けがないこともまた確かである。
 無理のない学的推測の範囲でいえば、平安末期にはその祖型らしきものが確立し、鎌倉期、室町期を通じて次第に整備され、おそらく室町末期には八十八か寺が定まり、そして江戸期になって一般民衆の遍路者を多く迎えるようになったと考えられる。」(以下、「四国遍路の宗教学的研究」より)

「もし旧遍路道を徒歩で歩くとすると、現実には、参詣寺院は優に百か寺を上まわるのである。
 すなわち八十八の数は参詣のうえで、あまり実質的な意味を持っていなかったと考えることができる。」

「ある案内書には、八十八カ寺の他に『四国別格二十カ所霊場』を付加している。
 両者を併せると百八か寺となり、仏教のいう百八煩悩に通じると説明している。」


 実際、八十八カ寺以外のいわゆる番外札所も訪ねてみると、少なくともその〈聖性〉において、定められた札所にまったくひけを取らないすばらしい寺院が数多くある事実に気づきます。
 たとえば、細い山道の先に突然、光景が開け、山上とは信じられないほど広い駐車場に着き、本堂はいかにも修行寺らしい峻厳な空気を漂わせていて身が引き締まったりします。
 だから、あまり八十八という数字にはこだわらず、許された時間と体力の範囲で、ご縁に応じたお詣りを実践することが大切ではないでしょうか。

2 熟成される体験

 さて、私たちの日常生活は、家族や友人との関係、あるいは地域や会社の構造など、幾種類もの関係・構造が重なり合いつつ営まれています。
 それがあってこそ人間の社会であり、そこにこそ生きられる基盤がある一方で、関係や構造は、個人個人をつなぎ止めて救いとなるだけでなく、鎖としてそこに縛りつけるという一面も持っています。
 私たちは家族や会社に感謝しつつ、時には〈鎖〉から解放されたいという欲求も禁じ得なくなります。
 そうした欲求に導かれてでかけるお遍路さんは皆、平等であり、一切の階層や上下関係などが消えます。
 お遍路さんも地域の住民も互いに尊び合う四国遍路は、〈鎖〉の対称にある〈解放〉世界です。
 解き放たれたといっても孤独地獄へ放り出されるのではなく、自然な思いやりという信じがたいほど温かで柔らかい空気に包まれるのです。

 数々の苦しみや迷いから10代で四国遍路を体験した明治時代の女性史研究家高群逸枝(タカムレイツエ)は、苦闘の遍路体験を振り返り、20年後にこう書きました。

「その後、私の生活は、幾起伏(イクキフク)を辿(タド)ったけれども、それを一貫した態度としては、運命にまかせるところに、安心の境地をもつことであった。」


 お遍路の体験が、時の経過とともに高群の心へ「運命にまかせる」という根本的態度を育てたのでしょう。
 もちろん、そう意識されていようがいまいが、「運命」の成り行きと、「まかせる」気持を受けとめるのはお大師様です。
 霊場巡りは、いつしか、お大師様が目に見えない人生の同伴者となってくださる尊い修行です。

「〈生きている〉のではなく、〈生かされている〉のだという認識を得ることもできた。」(以下、体験者の話)

「心がきれいになったらいいなと、遍路に出る前に思った。
 終わってみて、心がきれいになったとはいえないが、世の中には優しい人がいることがわかった、接待などを通じて、ここまで心の優しい人がいるのかと思った。」


 四国は実に別世界であり聖地そのものです。




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 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
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2013
09.15

盛岡市のラカン像と『みやぎ四国八十八か所巡り道場』完成への思い

20130915006.jpg

20130915001 (2)
〈河北新報さんからお借りして加工しました〉

 信徒Aさんから新聞の切り抜きをいただきました。
 平成25年6月16日付の河北新報に掲載された「石造十六羅漢像(盛岡市)」です。
 
 盛岡市茶畑の「らかん自児童公園」に5体の如来像と16体のラカン像があります。
 5万8053人の寄進によって嘉永2年(1849年)に完成した尊像は、発願から17年以上の歳月をかけて完成しました。

 南部藩で起こった天明飢饉のおりに多数の餓死者などが出たことを憂いた祇陀寺の住職天然和尚は、尊像建立のために托鉢を行い、天保4年(1833年)、病気で倒れます。
 天保飢饉のまっ最中に後を託された弟子泰恩和尚は、長松寺の住職を辞して托鉢を始めました。
 天保8年(1837年)、集まったお布施と借入金による建立が始まり、12年の歳月をかけて尊像は完成しました。

 長松寺住職の斗ケ沢祥悦氏(71才)。

「民が苦しんでも藩は、助けてくれなかった。
 自分たちが何とかしないといけない、という思いがあったのでしょう。
 ましてや僧であったわけです。
 その思いは現代人の想像をはるかに超えるものです。」


 この頃は全国的に石仏の建立が進められていました。
 盛岡市文化財保護審議委員大矢邦宣氏(69才)。

「この時期、国内では貧富の差が拡大し、国の周囲では外国船が近づいてさわがしくなっていた。
 仏の教えが続くように、皆を救ってもらえますようにという人々の願いがありました。」


 泰恩和尚は完成の翌年にこの世を去りました。
 人が去っても願いは形となって残り、言い伝えられて残り、合掌する人の心へ届きます。

 オウム真理教が世間を震撼させ、麻原彰晃が逮捕されるという騒動のまっ最中に宗教法人の認証を求めていた当山は、平成8年に認証を受け、平成11年には『托鉢日記第二集』を出版し、寺子屋建立運動を開始しました。
 托鉢でお訪ねしたお宅のテレビは圧倒的にオウム真理教について報道していました。
 今回の津波で跡形もなく失われてしまった沿岸部の方々は、よくぞ、見たこともない僧侶の托鉢を受け入れ、お支えくださり、人生の真実をお教えくださったものだと、奇跡のようにさえ思えてきます。
 それから10年、講堂の建立と本尊大日如来の開眼法要に至りました。
 江戸末期の僧侶方は飢饉という抗えない状況において救いを求め、行動を起こしました。
 当山は、現代人の心に忍び寄っている荒廃を感じて寺子屋を始め、44回目となった今月の寺子屋では映画『洟をたらした神』を観賞し、映画の舞台となった福島県で今、失われつつあるものと、私たちの文明が置き忘れつつあるものを実感しました。
 また、当山は、江戸時代の寺子屋で用いられていた教材である『実語教・童子教』を用いた講話も続けています。

みやぎ四国八十八か所巡り道場』の建設運動は、托鉢に訪れた皆さんから「行きたいけど四国までは行けない……」と聞かされたたくさんの思いと、私自身が四国の霊場で救われた強烈な体験とに動かされて始めたものです。
 ようやく工事に着工してまもなく東日本大震災が起こり、犠牲になられた御霊のご供養も大きな願いに加わりました。
 長年にわたり道場用地を確保し、お支えくださったA氏が今年、他界されました。
 托鉢でお会いし、お支えいただいた方々の願いにお応えするため、東日本大震災で犠牲となった方々とA氏の御霊をご供養するため、何としても完成させねばなりません。
 日々の人生相談、ご供養、ご葬儀、ご祈祷などと平行して、建設の趣旨をより多くの方々にお伝えしようとする力はあまりに微少なものでしかありませんが、幸いにして、ご理解の輪は徐々に広がりつつあります。
「仙台で行われた四国八十八か所巡りの御砂踏みが大盛況だったので、法楽寺にそういうところがあればいいなと思って少しだけ協力しました」(宮城県在住のB氏)
「私自らはよろこんで寄付をさせていただく余裕がなく残念でございますが、崇高なご意思に仏様のご加護がありますように」(関西在住のC氏)

 飢饉の中で尊像建立にかけた方々の心へ思いをいたし、大震災と原発事故に遭った東北の地で祈り、情報を発信し、道場の完成へ向かうため、今日も微力を尽くします。
 大和町宮床での祈りが仙台市の道場へ届き、恩人の方々と犠牲者の御霊方へ届きますよう。




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2013
08.17

みやぎ四国八十八か所巡り道場で第一回目の合同巡拝を行いました

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 8月15日午後3時より、『みやぎ四国八十八か所巡り道場』の合同巡拝作法どおりに行いました。
 守本尊のお地蔵様へ祈り、できあがった7カ寺分のお堂を巡り、東日本大震災で亡くなった方々や、戦争で犠牲となった方々、そして万霊のご供養を行いました。
 善男善女のお志により、道場は一歩づつ進んでいます。
 木立を通ってくる風。
 あちこちにいるカブトムシやクワガタ。
 道場は救済の場でもあります。
 皆さん、ぜひ、ご協力をお願いします。




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2013
05.25

迷いに惑わず、苦しみに翻弄されない道 ─四国霊場巡りによる自己確認─

20130525001.jpg
櫻井恵武著『四国名刹』より転写加工したお大師様〉

 最近は、四国八十八か所の巡拝が盛んに行われるようになり、歩く人々の目的も多様化していると言われています。
 四国霊場はまぎれもなく聖地です。
 心身の構えをしっかりさせてそこへわざわざ足をはこぶ方々は、きっと、それぞれの覚悟を胸に秘めておられることでしょう。

 さて、巡る目的の一つは、自己修養です。
 日常生活に翻弄されたままの自分ではなく、自己中心の穢れを祓い、み仏の子としての真姿を取り戻そうとするのではないでしょうか。
 また一つは、当病平癒(トウビョウヘイユ)や身体健護、あるいは家内安全や世界平和など、具体的目標の達成です。
 もう一つは、伴侶や大震災の犠牲者など、先に行かれた御霊供養です。
 もちろん、僧侶にとっては、帰依とする心と修法の勉強を深め、未熟な法力を高めること以外の目的はありません。
 
 こういった中で、文化人類学者故岩田慶治氏は巡礼について、「一種の自己確認の手続きであると同時に、自分の所在を納得する手続き」であると鋭い指摘をしておられます。
 巡礼もしくは巡拝とは、巡りつつ礼拝するまぎれもない宗教行為です。
 それが自己確認であるとはいかなる意味か?

 巡拝する聖地は、この世にあるとはいえ、仏神がおわします別世界です。
 だからこそ、礼拝が行われます。
 礼拝のない巡拝はあり得ません。
 では、巡拝において各札所のご本尊様とお大師様へ捧げられる礼拝とは何か?

 礼拝は帰依に始まり、帰依(キエ)の確認に終わります。
 帰依とは、自分のすべてを投げ出して依りどころである仏神へ帰すること、つまり、鎧兜をまとったり美しく着飾ったりという世間的な衣を脱ぎ捨てて裸になり、聖なるものに導かれ、溶け込むことです。
 いつも頼りにしている世間的なものから解き放たれるところにこそ礼拝の重要な一面があり、それをくり返す巡拝を重ねているうちに、いつもの自分には起こりえないことが起こり、いつもの自分にはできないことができ、いつもの自分にはわからなかったことがわかるようになります。
 投げ出して初めて、〈今、ここにいる裸の自分〉に気づき、その自分になって生きれば、自分の所在は〈今、ここ〉にしかないことがだんだんに納得できることでしょう。

 こうして、いかなる目的を持った方も、至心に礼拝しつつ巡り、巡り終えてからも〈つかんだ自分〉を生きれば、迷いに惑わず、苦しみに翻弄されなくなることでしょう。
 憂き世に迷いと苦しみのない人生はありません。
 利他(リタ)に生きる菩薩(ボサツ)もまた、同苦(ドウク)すなわち、他者の苦しみを我が苦しみとするところからしか役割を果たせない以上、苦しむ存在です。
 聖徳太子が最も尊んだ『維摩経(ユイマギョウ)』の主人公である維摩居士(ユイマコジ)は、文殊菩薩(モンジュボサツ)と対等の悟りを得てなお、「生きとし生けるものに病気がある以上、私も病気に罹るのだ」と明言し、病の床に伏します。
 問題は、迷いや苦しみをどうするか、迷い、苦しんだ自分がどうなるかという一点にあります。
 迷いに惑わずレ洞察力や判断力をベルアップし、苦しみに翻弄されず克服する智慧と胆力を得られるところにこそ、憂き世に生きる者の救いがあり、そのためには〈今、ここ〉に生きて在ることを〈つかんだ自分〉にならねばなりません。
 四国八十八か所の霊場を巡ることは、そうした意味で、まぎれもなく「一種の自己確認の手続きであると同時に、自分の所在を納得する手続き」に違いありません。

 当山の『みやぎ四国八十八か所巡り道場』は建設が始まったばかりです。
 仏天のご加護と善男善女のご芳志により、一日も早くこうした清めと気づきと力づけのパワーを持った聖地として完成するよう祈っています。




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2013
05.22

『みやぎ四国八十八か所巡り道場』へご協力を

20131517039「イノシシやカモシカも歩きます」
〈イノシシやカモシカも歩きます〉

八十八か所6のコピー

八十八か所7のコピー
〈「ウサギ野仙哉」君が参道入り口の目印です〉

 泉区福岡の丘に『みやぎ四国八十八か所巡り道場』の建立を始めてからもうすぐ2年になろうとしています。
 おかげさまにて順路ができ、守本尊の地蔵菩薩様と6か寺分のお堂が建ち、そろそろ水やトイレについても考えねばならない段階に至りました。

 そんな矢先、かねて当山の理想に共鳴され、宗教法人の認証を受ける時代から当該地へ深くかかわってこられた方が急逝されました。
 無常は承知ながら、共に道場の完成を心待ちにしていた者として無念でなりません。
 力不足をいくら詫びても足りない思いがします。
 そこで、このたび、あらためて計画について広くご案内し、ご理解とご助力をお願い申しあげることにしました。

 本計画の趣旨は、四国八十八霊場へ関心があってもなかなか出かけられない方々が、魂入れをした各寺院のご本尊様へ手を合わせることにより、ご加護をいただける聖地をつくることにあります。
 こうしたご要望は、一軒一軒と歩く托鉢行を行っていた時代からお寄せいただいておりました。
 霊場の創設は、共同墓寺子屋に並んで「いつか必ず」と心に秘めていた願いです。
 法縁の皆様のおかげで、共同墓は、十三仏様に護られる『法楽の礎』、及び『自然墓』として完成し、皆さんに安心を感じていただいています。
 また、寺子屋は、毎月第二土曜日に開く『法楽館』、及び第二・第四水曜日に開く『人生よろずQ&A法話と人生相談』、あるいは毎週金曜日に開く『隠形流(オンギョウリュウ)居合』の道場として展開しています。
 ここに至り、ぜひ、『みやぎ四国八十八か所巡り道場』の進展をと願っています。

 当山は、平成22年に「脱檀家宣言」を行い、檀家だからという理由で寺院がお布施(フセ)を強要したり、檀家さんが嫌々ながら金品を納めるといった本来の布施行からかけ離れたやりとりに終止符を打つ姿勢を明確に打ち出しました。
 公器である寺院の法務は、あくまでも、穢れのないお布施を喜んで差し出す自主的なサポーターによってのみ支えられるべきであると信じています。
 本計画においても、趣旨に心から賛同される方々が清浄な布施行の実践によって徳を積まれ、その徳の積み重なりとして共通の理想が現実のものとなるよう願っています。

 要領は以下のとおりです。
 ご高覧、ご理解、ご助力をいただければ幸甚です。
 本ページをお読みいただいた皆々様へみ仏のご加護がありますよう心よりお祈り申しあげます。

2013052122「高さは約180センチメートルあります」
〈各札所の守本尊様が祀られます〉

20130521018「ご芳名と願いごとが銘記された石柱」
〈ご芳名と願い事を銘記した石柱が参道に建ち並びます〉



1 場所 
宮城県仙台市泉区福岡字菅の崎3
約8000坪の南東に向いたなだらかな丘です。
2 礼拝所数 
四国八十八か所分と高野山で89宇(ウ)
3 参拝施設
高さ約1・8メートルの石堂内へご本尊様をお祀りし、足元には、住職が四国八十八か所を巡拝したおりの砂を納めます。
4 ご志納金
どうぞ、まごころのままに
5 ご芳名簿 
『一か寺分50万円』がまとまり次第建立し、お堂の横へ皆様のご芳名のみを列記します。
もしも50万円をお納めになられる場合は1宇の石堂へ刻むご芳名はお1人となります。
もしも30万円の方と20万円の方がおられればお2人となります。
もしも10万円の方が5名おられれば5名となり、1万円の方が50名おられれば50名となります。
また、参道外側に立てられる石柱は『一本5万円』で、ご芳名と願い事と建立年月日が刻まれます。
6 ご入金
ご賛同いただける場合は、下記の口座へのご送金をお願い申しあげます。
○七十七銀行吉岡支店 普通預金 5446007
○ゆうちょ銀行 店名 八一八(ハチイチハチ) 店番 818 普通預金 3028612
○古川信用組合吉岡支店 普通預金 3383332




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