--
--.--

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2016
11.12

流されず、地力をつけよう ─11月の運勢─

2016-11-11-0007.jpg
〈四国の霊場で出会ったツワブキ〉

 11月7日から12月6日までの運気の流れと私たちの心づもりについて少々、書いておきます。

○自分の視点を失わないよう

 今月は、仰ぎ見るべきものをまちがわないようにしましょう。
 ポイントは、多数者が仰ぐものだからといって惑わされず、自分なりの価値観で見分けることです。
 無定見のまま、烏合(ウゴウ)の衆に混じっては危険です。

 私たち一人一人の意思は、集まれば多数者の意思となりますが、情報化社会では、氾濫する情報の中にいかなる意思が含まれているか、もっと言えば、いかなる意思が多数者を動かそうとして情報を操作しているか、なかなかわかりません。
 たとえば、アメリカ大統領選挙の最終盤で、FBIのコミー長官がヒラリー・クリントン氏のメール問題を再びとりあげ、わずか数日で訴追なしと発表しました。
 なぜ、ああしたことが行われたのか、誰がどう絡まったのか、選挙の結果とはどういう因果関係が認められるか、ベールに包まれたことだらけです。
 謎のつむじ風に煽られながらアメリカ国民は投票し、結果が出ました。
 何がどうだったかは、歴史が教えてくれることでしょう。

情報客観性を疑ってみたい
 
 情報公開、ネットの時代となり、さまざまな統計が発表されます。
 しかし、その客観性は、必ずしも保証されていません。
 誰しもが〈良い成績〉を見てもらいたい以上、そこに作意がはたらくのは当然だからです。

 たとえば、手術の成功率を取りあげてみましょう。
 A医院は80パーセント、B医院は70パーセントと出れば、多くの人々はほぼ無条件に、A医院を信頼するでしょう。
 しかし、もしも、A医院では患者に早くから手術を勧め、B医院ではなるべく患者の心身と財布に負担をかけぬよう、慎重に手術の時期を見極めているとしたならば、私たちはどう考え、どう選ぶべきでしょうか?
 統計というもののあやふやさや、私たち自身のものの考え方を振り返ってみる必要があるのではないでしょうか?

 また、情報の流通量を競うネットの業者は、クリックされる機会が多く見込まれる情報を優先して流します。
 そこにも必ず作意があります。
 だから、私たちは、〈鵜呑みにしない〉〈納得するまで調べる〉といったことを心がけねば、作意の掌で転がされかねません。

○肝腎なものを守ろう

 神社仏閣のお詣りはブームの域に達しているそうですが、皆さんは、どういう意識で出かけられるでしょうか。
 観光なら、美しいものや、凄いものを観て満足することでしょう。
 やむにやまれぬ思いで祈らずにいられなくなって出かけるなら、きっと何か、非日常的な得難い体験をすることでしょう。
 どちらの目的であっても、訪れる人々の心が聖地を支えていることは確かです。

 四国の霊場を巡拝し、それぞれの寺院が持つ雰囲気の違いを強く感じさせられました。
 訪れる人の心の波に同調する形で願いを引き受けてしまうような寺院がある一方で、波をすっぽりと吸収してしまうような寺院もありました。
 いずれにしても、僧侶がきちんと祈っている寺院では、お詣りする方々の祈りも又、深まることでしょう。

○嫉妬やへつらいはやめよう 
 
 今月は、他者への嫉妬や、権力者へのへつらいなどにも要注意です。
 勝れている人や精進している人を素直に認められなければ、幻の高慢心を持ち、結果的に自分を貶め、運勢を傾け、和合を損なうだけで、百害あって一利もありません。
 他者の力に過度に頼れば、いつまでも繰られるままでしかありません。 

 有徳の人を尊敬することは、他者と和する優雅でゆとりある心をつくるための第一条です。
 ゲーテはこんなことを言っています。
「生命ある自然の中では、全体というものと結びついていないようなことは、何一つ起こらない。」
 私たちのありようも、他者との関係性の中で揺れ動きます。
 よきものを認め、よきものに共鳴し、よき心を伸ばし、地力をつけたいものです。




 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。



「のうまく さんまんだ ばざらだん かん」※今日の守本尊不動明王様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=EOk4OlhTq_M





[投票のご協力をお願いします。合掌]

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へにほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 真言宗へ
にほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 悩み・苦しみ・迷いへにほんブログ村



blogram投票ボタン


スポンサーサイト
2016
10.02

背き合いとマンダラ ─10月の運勢─

2016-10-02-00012.jpg
〈世界を裡によって表現した胎藏マンダラ

2016-10-02-0002.jpg
胎藏マンダラの「最外院(サイゲイン)」には、人を喰うダーキニーもいます。「電気仕掛けの胎蔵界曼荼羅を描いてみるぶろぐ」様よりお借りして加工しました〉

2016-10-02-0008.jpg
〈染川英輔画伯の「最外院」〉

 今月は、「君がそっちへ行くというのなら、僕はこっちへ行くよ」というような〈背き合い〉が生ずるかも知れません。
 人それぞれに好みや主張があるのは当然ながら、「他人のことは知ったこっちゃない」という姿勢になれば、大問題があります。
 誰一人として、他者との〈関係性〉の中でしか生きられないのに、その真実を忘れ、自分一人だけで生きているような気持になるのは、錯覚というものです。
 錯覚は、自分に眠る仏心への扉となる根本的な感謝の心を薄れさせ、周囲とのを薄く、暗くしてしまうことでしょう。
 しかも、自分の運勢を傾かせるだけでなく、周囲の人々にも決してよい影響を与えはしません。

 世界の姿が表現されているマンダラを眺めてみましょう。
 中央部附近にはありがたいみ仏方が霊光を発しておられますが、周辺をよく観察すると、気味の悪いものや恐ろしいものもいます。
 人間に害を及ぼす鬼や夜叉などです。
 しかし、彼らがいくら嫌いだからといってマンダラから消してはなりません。
 そうしたものたちも含めてこそ、この世が成り立っており、人間の都合によってどうこうできるわけではないからです。

2016-10-02-000622.jpg
〈金剛界マンダラの「供養会(クヨウエ)」では、中心の如来様を女尊が優しく供養しています。上記の「最外院」とは何という違いでしょうか〉

 たとえば、私たちはウジ虫を見れば〝気持悪い〟と感じ、招来はハエになって飛び回るので、ウジ虫もハエもいなくなって欲しいと思うかも知れません。
 しかし、太平洋戦争の激戦地では、傷口にうごめくウジ虫を食べて生き延びたという実話もあります。
 そこにそのように生ずるものには必ず、宇宙的バランス上の必要性があり、たかが人間の都合で安易にどうこうしようとするのは軽率であり、身勝手と言うべきです。
 なお、ウジ虫は今、医学などの分野で脚光を浴びています。

 たとえば、最近、日本で新しい免疫療法が開発され、注目を浴びていますが、それは「免疫チェックポイント阻害剤」です。
 私たちの身体には、生じたガン細胞を攻撃する免疫細胞がいます。
 ただし、異物への攻撃は体内での戦いなので、あまり激しくやると体そのものがアウトになりかねません。
 核戦争になれば地球が滅ぶのと同じです。
 だから、パワーが暴走しないよう、歯止めがかかっています。
 さて、彼らはガンをやっつけようとしますが、ガンは抵抗し、やがては、この歯止めボタンを押します。
 そうなると、免疫細胞は「撃ち方やめ」となるので、ガンは勢力をどんどん伸ばします。
 そこで、医学博士本庶佑氏は、ガンがボタンを押させないように工夫しました。
 効果は顕著で、他の方法では助からないはずの人々が回復するようになりました。
 しかし、当然ながら、ボタンはそもそも体全体のバランス上、必要なはずだったものであり、暴走すれば肺や大腸などに副作用をもたらし、重症筋無力症などを発症させる場合もあります。
 現在は、免疫細胞にどうアクセルを踏ませ、どうブレーキをかけるかという研究が行われているそうです。

 たとえば、フィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ大統領は、選挙で「大統領になったなら、半年で10万人の犯罪者を殺す」と公約し、事実、当選後2ヶ月の間に、警官とビジランテ(非公式自警団)は、麻薬密売人と目される3000人以上の人々を射殺しました。
 裁判制度があり、死刑禁止が国是となっている法治国家において公然と行われている大量殺戮は明らかに法と秩序を無視していると言えましょう。
 あろうことか、9月30日にはこう演説しました。
「ヒトラーは300万人のユダヤ人を虐殺した。
 (フィリピンに)麻薬中毒者は300万人いる。
 私も喜んで殺したい」 
 しかし、世論調査によれば、国民の9割もが大統領を支持しているそうです。
 他国の状況ながら、何かのバランスが危機的に崩れているのではないかと心配になります。
 そして、世界中で、拳を振り上げつつ誰かを叩き、周囲に耳を貸さず、強引にやりたいことをやろうとするタイプの人間が喝采を浴びつつある現状は、恐ろしいと感じます。

 私たちが是非・善悪を判断し、よりよいと思う方向を目ざすのは当然ですが、自分が思う「是」によって「非」を排斥し、「善」によって「悪」を否定しようと先鋭化すれば、独善に陥る危険性が生じるだけでなく、全体を俯瞰(フカン)する目が失われ、自分も、人間関係も、社会も、免疫細胞の暴走に似た状態となりかねません。
 もしも〈背き合い〉の気分を感じた時は、頑(カタク)なな一歩を踏み出す前に、マンダラを思い描いてみましょう。
〝自分はマンダラのどこにいるのだろう?〟
 このように一呼吸置いただけで、無事安全にこの一ヶ月を送るきっかけになることでしょう。




 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。




「おん さんまや さとばん」※今日の守本尊普賢菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=rWEjdVZChl0





[投票のご協力をお願いします。合掌]

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へにほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 真言宗へにほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 悩み・苦しみ・迷いへにほんブログ村



blogram投票ボタン



2016
09.01

正義感だけでいつも勝てはしない ─9月の運勢─

2016-09-01-00022.jpg
〈金森選手と加藤コーチ。東京スポーツ新聞様よりお借りして加工しました〉

 今月は、素朴な正義感や高邁な理想だけではなかなか太刀打ちできない場面があるかも知れません。
 そこで依怙地になれば、墓穴を掘ってしまう場合すらあり得ます。
 こうした時期には冷静で適切な戦略がことの成否を分けます。
 戦術に長けているだけでは成就へたどりつきにくい場面がありそうです。
 何よりも武将智慧が必要であり、腕に覚えのある武術者といえども、武将を選んで時を待つべきでしょう。

 戦国武将馬場美濃守信春(ババミノノカミノブハル)は、戦略戦術両方の達人でした。
 武田信虎、信玄、勝頼と三代にわたって仕え、上杉、今川、徳川、北條との七十数回にわたる戦いを指揮してかすり傷一つ負わず、不死身と称されていました。
 その信春は、織田との「長篠の戦い」において、利あらずと見破り、勝頼に帰城を具申しましたが聞き入れられません。
 案の定、織田の鉄砲隊に翻弄され、たちまち敗勢に陥りました。
 ついに決心してしんがりを務め、主君を逃がした後、追いすがろうとする織田軍へ反転突撃し、見事な最期を遂げました。
 武将として実にあっぱれなはたらきぶりであり、進退もまた、この上ないものだったと言うしかありません。

 オリンピック女子200㍍平泳ぎにおいて金メダルを獲得した金藤理絵選手(27才)は、9年前に日本代表となって以来、自分より若い日本人選手に負け、代表の座を失い、加藤健志コーチとぶつかり、いくたびもの挫折を繰り返してきました。
 それでも加藤コーチへの信頼を保ち「お前は世界一持久力があるから、最初の50メートルさえ出遅れなければ、絶好調でなくとも絶対に負けない。あとはそれをお前が信じろ」という指示どおりに泳ぎ切りました。
 二人は戦略を定め、戦術を磨いてきたと言えましょう。
「ラスト50メートルは、このためにいろいろときつい練習をやってきたんだと思って泳ぎました。
 絶対に出し切って最後タッチするんだと。
 もし昨年の世界選手権でへたにメダルを取っていたら、今の自分は絶対になかったと言えます。」
 コーチの談話です。
「人ってこんなにも変われるんだなと。
 あいつはスーパースターじゃないし、器用でもない。
 でも努力をすることで五輪の金を取れるということをあいつが証明してくれた。」
 信春や金藤選手に学び、困難にぶつかっても、戦略戦術を考えてやりぬきましょう。

 ところで、9月20日からは動物愛護週間が始まります。
 動物と人間の関係を考え、共生のありがたさを思い、感じる時期にしたいものです。
 ただし、「過ぎたるは及ばざるがごとし」です。
 第5代将軍徳川綱吉は、犬公方(イヌクボウ)と呼ばれるほどの犬好きで、「生類憐れみの令」を発し、8831人もの入牢者を出しました。
 この頃、有名なことわざができたそうです。
 「犬も歩けば棒に当たる」
 うかうかしていると、いつなんどき、酷い目に遭うかわからない、というものです。
 「くわばら、くわばら」と厄除けを願う庶民の声が聞こえてきそうです。
 皆さん、棒に当たりませんよう。




 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。



「おん あみりたていせい から うん」※今日の守本尊阿弥陀如来様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=4OCvhacDR7Y





[投票のご協力をお願いします。合掌]

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へにほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 真言宗へ
にほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 悩み・苦しみ・迷いへにほんブログ村



blogram投票ボタン


2016
07.03

7月の運勢 ─高慢心でなく健全な気位を─

2016-07-03-0001.jpg
〈広島の平和記念公園で出会った招魂木(オガタマノキ)。身震いする思いでした。当山の個別型永代供養樹木葬法楽陵」の御神木である招魂木もこうなることでしょう。楽しみです。〉

2016-06-18-0232.jpg
樹木葬法楽陵」〉

 7月7日から8月6日までが小暑と大暑の文月(フヅキ)です。
 今月の運勢、留意点をかいつまんで述べます。

 今月は、とにかく高慢心に注意しましょう。
 高慢心には大きく分けて二種類あり、他者と比較して自分を高くしないではいられない「慢」と、比較せず自分勝手に自分の価値を高いと自惚(ウヌボ)れ傲(オゴ)る「憍(キョウ)」です。
 前者は、自分に都合のよい尺度を持ち出して他者を貶(オトシ)め、後者は無意味な自己満足で終わります。
 いずれも、自らを省みる智慧と謙虚さに欠け、自ら向上の可能性を阻害し、他者へ不愉快な気持を生じさせるだけでなく、真の和合や親和を排除する情けない煩悩(ボンノウ)です。
 
 ポトラッチという言葉があります。
 北アメリカの太平洋側北西部からカナダの沿岸部にかけて、原住民の間で行われてきた贈りものの儀式です。
 そもそもは、裕福な人々が、結婚式や葬式などで参加者へ食糧や装飾品などを贈り、富裕ぶりを誇示するだけでなく、富を社会へ還元する意味合いもある宗教的儀式でした。
 それが時と共に華美になり、豪勢になり、競争意識も芽生えて争いさえ引き起こすほどになり、ついに禁止されました。

 私たちも無意識のうちに、自分流のポトラッチを求めてはいないでしょうか?
 ほとんどその価値が疑われない〈自己実現〉という言葉の裏に、こうした〈見せびらかし〉の欲動がないでしょうか?
 個人主義であるのに、〈個〉であることに毅然として耐えられるほど強くなく、無理をしてでも他者に勝る旗や力を示し、他者に認められないではいられない焦りのようなものがないでしょうか?

 お釈迦様は説かれました。
「無数の敵を相手にし、たった1人で勝者となる者も、自分にうち克つ者にはかなわない。
 彼こそが最も戦に強い者である」
 ソクラテスも、ほとんど同じことを言っているのは驚きです。
 お釈迦様より100年以上も後に生まれたはずなのに。
「私は、敵を倒した者より、自分の欲望を克服した者の方を、より勇者と見る。
 自らに勝つことこそ、最も難しい勝利だからだ」

 何ごとも、負ければ辛く、悔しく、残念ですが、勝てば勝ったで、満足感や達成感に続いて高慢心という煩悩(ボンノウ)が生じます。
 それがまた周囲に無用の争いや反発や離反や怨みや妬みを引き起こします。
 人生はやはり、ままなりません。
 私たち自身にとって、また周囲の人々にとっても何が求められるべきか、よく考えたいものです。

 月光がモノの形をくっきりと浮かび上がらせる光景や、ミニトマトがたわわな実をつけた様子などに、自分が生きて〈在る〉ことを実感し、感謝できれば、ポトラッチを探し求めるなど思い浮かぶこともないはずです。
 たとえ特段のモノや地位に恵まれまいと、一人間としてこの世に〈在る〉気位をしっかり持っていれば、不足ない気持で生きられることでしょう。
 向上心や切磋琢磨する心は持っていても、高慢心などは無用です。
 その反対に、わずかばかりの才能や財産や地位や実績などにすがり、誇り、高慢心を持つ一方で、気高く清浄で品位ある気位を知らなければ、真の福徳は得られようはずもありません。

 私たちは一人残らず、縁が調えば一人で生まれ、縁が壊れれば一人で死んで行く存在です。
 その存在は誰とも比較できません。
 ときおり、自分を省みれば、つまらぬ高慢心、はた迷惑な高慢心、空しい拠り所の高慢心を持っていることに気づくかも知れません。
 それを穢らわしいと感じ、恥じる気持になれれば大丈夫でしょう。
 健全な気位には爽やかさこそあれ、何らの疚(ヤマ)しさも伴っていません。
 謙虚に、健全な気位を持って生きようではありませんか。




 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。



「おん あみりたていせい から うん」※今日の守本尊阿弥陀如来様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=4OCvhacDR7Y





[投票のご協力をお願いします。合掌]

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へにほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 真言宗へ
にほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 悩み・苦しみ・迷いへにほんブログ村



blogram投票ボタン


2016
06.06

6月の運勢について ─不動明王の慈悲で断つ─

2016-06-06-00012.jpg

 6月の運勢です。
 今月は、意を決して、魔もの悪縁を断つのによい時期です。
 ただし、断つことそのものの快感に酔ったり、ざまあみろといった高慢心が起こったりすれば、切った刃で自分も傷つく虞があります。
 あるいは、浴びた返り血が思わぬ災いを呼ぶかも知れないので、断つ時の心構えや、断つ手順や、断った後の心の持ちようなどにも充分、注意したいものです。

 そもそも仏教は、あらゆるものを等しく救い、救い漏れはありません。
 悪しきものにも救われる道があります。
 たとえば、結界を張る秘法においても、必ず、そこに居るべきでないものの脱出や救済が考慮されています。

 仏教行者の基本的な姿を示す不動明王の経典にはこう説かれています。

「魔軍を破(ハ)すといえども、後(ノチ)には法楽を与え、忿怒(フンヌ)を現ずといえども、内心は慈悲なり。」
「大力の諸(モロモロ)の夜叉(ヤシャ)も、明王(ミョウオウ)降服(ゴウブク)し盡(ツク)して、解脱(ゲダツ)の道に入(イ)らしむ。」


 未熟な子供は皆、聞き分けのよい者ばかりではありません。
 可哀想でも、叱り飛ばして怖がらせねばならない場合があります。
 親が、自分の感情からではなく、強い慈悲心から子供へ恐怖感を与え、目覚めさせるように、不動明王もまた、忿怒の形相と鋭い智慧の剣をもって凡夫の悪心を断ち、その後には必ず大きな安心をお与えくださるのです。

 ところで、『三国志』の「泣いて馬謖(バショク)を斬る」は広く知られています。
 いかに情が通っていても、関係を断たねばならない場合には、英断をもって行うという意味で、広く用いられています。
 以下、ウィキペディアから引用します。

「蜀(蜀漢)の武将・馬謖(バショク)が、街亭の戦いで諸葛亮(ショカツリョウ)の指示に背いて敗戦を招いた。
 この責任をとり馬謖(バショク)は処刑されることになるが、愛弟子(マナデシ)の馬謖(バショク)の処刑に踏み切るにあたり諸葛亮(ショカツリョウ)は涙を流した。
 後に蒋琬(ショウエン)から『馬謖(バショク)ほどの有能な将を』と彼を惜しむ意見もあったが、諸葛亮(ショカツリョウ)は『軍律の遵守が最優先』と再び涙を流しながら答えたという。」

 しかし、三国志の「正史」と「演義」とでは、泣いた理由が違います。

「『演義』では、何故泣くのかを蒋琬(ショウエン)に訊かれた諸葛亮(ショカツリョウ)は『馬謖(バショク)のために泣いたのではない』と答えている。
 諸葛亮(ショカツリョウ)は劉備(リュウビ)に『馬謖(バショク)を重く用いてはならない』という言葉を遺されていたにも拘らず、その言葉を守らなかった自分の不明を嘆き、泣いたとされている。」

 つまり、「三国志演義」によれば、軍師だった諸葛亮(ショカツリョウ)は、〈ふさわしくない人間〉と指摘されていた人物を用いて重大なマイナスをもたらしてしまった自分の不明を悔いたのです。
 この後段はあまり知られていないかも知れませんが、実に重大な問題を孕んでいます。
 人材の登用は難しく、人事権者はいつの時代も悩みを持つものです。
 仏教における得度、すなわち入門についても事情は変わりません。
 特に、師資相承(シシソウショウ)と言い、直接的な伝授によってしか肝心の法が伝わらないとされる密教では、弟子入りの希望者が伝授を受けるに足る〈器〉であるかどうかが相承(ソウショウ)決め手となります。
 師僧(シソウ)の器に入っているものは、たとえ未熟ではあっても、一定の受容可能性を持った人物の器にしか渡すことができません。

 今月は〈断つ〉のによい時期であっても、無慈悲が許されるわけではなく、よく考えて決断、実行しましょう。
 また、何かをつないだり残したりする際にも一考を要しそうです。
 力や立場や権威に傲(オゴ)らず、自他のため、冷静にしっかりと対応しましょう。




 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。



「のうまく さんまんだ ぼだなん あびらうんけん」※今日の守本尊大日如来様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=LEz1cSpCaXA





[投票のご協力をお願いします。合掌]

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へにほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 真言宗へ
にほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 悩み・苦しみ・迷いへにほんブログ村



blogram投票ボタン


back-to-top
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。