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2015
03.18

一代墓と墓じまい

201503180002.jpg

 「一代墓」へのご質問が相次いでいます。

Q:どういうお墓ですか?
A:お墓に定型のものはありません。
  大きさは0.49㎡のものから4㎡のものまでさまざまな区画がありますから、皆さんのイメージと予算に応じて、どういうものでも造られます。

Q:いくらかかるのですか?
A:お寺は墓地を永代に使用していただくだけで、その分としては10万円から25万円までです。
  また、管理料が1年間に5000円かかります。
  建てるお墓については石屋さんと相談してください。

Q:普通にお墓を建てるのと変わりませんね。
A:そうです。
  ただ、「一代墓」として用いるためには、建ててから何年間、供養されることを望むかによって、その期間の年間管理料を払っておけばよいのです。
  また、最終的に墓石を撤去して共同墓へ改葬するための費用も払っておけば、あとの心配はなくなります。
  つまり、将来、どこかの時点で〈墓じまい〉をしたい方のためのお墓です。

Q:いったん「一代墓」にしておいて、だれか継続して使いたい人が現れたら使えますか?
A:もちろん、使えます。
  当山では社会通念上、問題がある場合を除き、継承者に一切、条件をつけていません。
  だから、すでに当山の墓地では、友人同士で、あるいは、娘さんの嫁ぎ先と一緒にお墓を造る方も増えています。

Q:たとえばどういう方の例がありますか?
A:仲の良い夫婦のどちらかが亡くなったら残った方が供養し、最終的に一定期間、二人だけで一緒に眠りたい方。
  自分が生きた証(アカシ)として、あの世の家も自分なりに気に入った形で準備したい方。
  今ある墓地が遠くてなかなかお詣りに行けず、自分の代ではきちんと供養する意志があるけれども、後継ぎがないために改葬できずに困っていた方。
  若い人の収入が少ないので、建てた後の一定期間、一切の経費がかからず、安心できるようにしておいて、最終的に誰かが後を嗣ぐかどうかは〈お任せ〉という方。




「おん さんまや さとばん」※今日の守本尊普賢菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=rWEjdVZChl0





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2014
10.29

生きた証の一代墓 ―そっと落とし文を―

201410290024.jpg
〈河北新報様よりお借りして加工しました〉

 人生相談の現場には、こうした声もあります。
「自分の生きた証を残したい」
「ずっと二人で支え合って生きてきたので、どちらかが亡くなったなら残った方がしっかり供養したい。
 二人とも亡くなり、あの世でまた一緒になってから、自然墓へ移して欲しい」
 〈お墓には後継者が不可欠〉という抜きがたい先入観を打ち破りさえすれば、一代墓(イチダイボ)という形で願いは実現します。
 
 ご近所のペット霊園やすらぎ」さんで、恒例の供養会を行いました。
 園内4カ所で修法し、大日如来、地蔵菩薩、観音菩薩のご加護について申しあげ、代表の鈴木広氏よりお話をお聴きしました。
「最近では、もう、癒されるというところを超えています。
 多くの方々が、救われると言われます。
 本当に救いなんですねえ。
 だんだん、人間が当てにならなくなってきたんでしょうか」

 どうしてもペットと一緒のお墓を建てたいというご相談が絶えません。
 もちろん、お骨を混ぜることはできませんが、同所に眠る方法はあります。
 本堂でのご葬儀も増えています。
 人間のご葬儀で泣き声が聞こえることはほとんどありませんが、ペットの場合は珍しくありません。
 ご家族だけなので、気持が外へ出やすいのでしょうか。

 み仏のお救いはこうなっています。
 現実世界を真実世界へ転換させたい→思いやりを根本的価値とする→具体的で適切な方法を実践する
 必ず、方法は見つかるはずです。
 祈りつつ、想像力と創造力をもって、共に進みましょう。




 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
 般若心経の音声はこちらからどうぞ。(祈願の太鼓が入っています)
 お聴きいただくには 音楽再生ソフトが必要です。お持ちでない方は無料でWindows Media Player がダウンロードできます。こちらからどうぞ。



「のうまく さんまんだ ばざらだん かん」※今日の守本尊不動明王様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=EOk4OlhTq_M





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2014
10.16

一代墓は先祖供養の否定をするものではありません ―落とし文とガンジー―

201410160007.jpg

 ブログ「一代墓先祖供養の否定か?」にひき続き、一代墓(イチダイボ)が先祖供養の否定でないことについてお話ししましょう。

 日本古来の情報伝達法に「落とし文(ブミ)」があります。
 思いを寄せ合いながらも浮世の事情により、隠れて花を咲かせるしかない男女が、寺院や神社の境内などのしかるべき場所へ手紙をそっと落とすように置き、意志を通じ合おうとするものです。
 風雨による破損、喪失や、他人による思わぬ発見、露見などの危険性を孕みながらも、つながって行こうとする心を想像する時、二人の間でいかに深く、熱く、かつ細やかな情感が育っていたか、また、仏神へ祈るしかない切なさがいかなるものであったか、想像するとほとんど憧れに近い気持になります。
 落とし文にはもっと広い意味もあり、「大辞林」は以下のように示しています。
①公然とは言えないことを文書にして落としておくもの。落書(らくしよ)。 「物によせて歌を作りて-にし侍れば/筑波問答」
②江戸時代,火付けなどの脅迫文を書いて家に投げ込んだ文書。捨て文。
③オトシブミ科の甲虫。体長8ミリメートル 内外。首が細長く,前胸部は三角形。体は黒く,上ばねは赤い。広葉樹の葉を巻いて巣を作り,中に産卵する。シベリアから日本にかけて分布。ナミオトシブミ。 [季] 夏。 《 -ゆるく巻きたるもの悲し /山口青邨 》 〔巣の形が巻き紙に似ているとして「ホトトギスの落とし文」などといわれたことから転じた名〕

 東日本大震災の後、岩沼市にある「岩沼民話の会・語りっこ岩沼」が、ご近所さんから体験談を聞き書きし、A5版の文集三冊にまとめて「おとしふみ」と名づけました。
 その第一集の前書きです。
「新緑の時期に、広葉樹の野山などを散策していると、『落とし文』の様な筒状に巻かれた葉が落ちていることがある。
 この『落とし文』をせっせと作って路面に落とすのがオトシブミ科の昆虫である。
 江戸時代に他人に知られないように、そっと手紙を道端に落とし、他人に渡したという。
 私たちは、たくさんの人々の震災の体験を、後世の人々に伝えたいと思い、そっと『落とし文』をいたします。」
 80才になるリーダー親子から珠玉のような文集をいただいた時、頭を上げられない思いになりました。

 その二年後、高校で同期の仲間と文集『おとしぶみ』を作りました。
 もうすぐ70才になろうとする今、このまま消えて行きたいと願う人がいる一方で、言い遺したい思いを持つ人もおり、後者の面々が「落とし文をしておこう」ということになったのです。
 亡き後に読まれるかどうかわからないものでよい、そっと言い遺そうという趣旨でした。

 さて、前段が長くなりましたが、一代墓もまた一種の〈落とし文〉ではないかと考えています。
 この世に生きた証(アカシ)を人知れぬ墓地の片隅にそっと残すこと、この奥ゆかしさと、慌ただしく、切り貼りされるモザイクのような〈今〉だけでない死後の未来にも通じる時間の流れに身を委ねるゆったりした心は、私たちの文化の奧にある大切な何ものかと通底しているのではないでしょうか。
 また、自由に墓地へ足を運び、そうした〈落とし文〉たちへ目をやる人々は、それぞれの墓地に込められた知人、あるいは見知らぬ人の思いを感じる時、やはり、心に大切な何ものかが静かに兆(キザ)すのではないでしょうか。
 そして、こうした時間の中にある経験は、〈今〉が決して単独で存在しているのではなく、〈過去〉と〈未来〉とを含むものであり、私たちのいのちも心もそうした存在であるという真実に気づくきっかけとなることでしょう。

 私たちは功利的思考に慣れています。
 役に立つか立たないか、損か得か、といった判断形態です。
 もちろん、こうした思考は現実に生きて行く上で欠かせぬものですが、すべてのものへその物差しをサッと当てるだけでは、深い価値判断をせぬままに、真の価値があるものを、回転寿司の台へ乗せるように意識の外へ追いやってしまう虞(オソレ)があります。
 あけすけに言ってしまえば、楽をしてお金をかけずに何ごともやり過ごすだけの生き方は心を磨かず深めず高めず、大切なものを受け嗣ぎ、引き渡す機会を失うのではないかということです。
 それでは、魂の底から湧きあがる共鳴、共感に震えることもなく、自分もそうありたいという憧憬や、それにかけたいという志望に熱く燃えることもない、薄っぺらな人生になりかねません。

 真の価値は必ず時間との関係を持っています。
 たとえば、ノーベル物理学賞を受賞した赤崎勇教授(85才)は、窒化ガリウム結晶の研究に着手してから受賞まで41年かかっています。
 ノーベル文学賞を受賞したフランス人パトリック・モディアノ氏(69才)の受賞理由にはこう書かれています。
「記憶を扱う芸術的手法によって、最もつかみがたい種類の人間の運命について思い起こさせ、占領下の生活、世界観を掘り起こした」
 また、戒名について人生相談に訪れる方のほぼ100パーセントが、祈りの伴った意義と、祈りの現場におけるさまざまな事実に接して、こう言われます。
「初めて聞きました」「初めて知りました」
 もちろん、当山では、結果として戒名をお求めになるかならないかは100パーセント自由意志にお任せし、戒名でも俗名でも一切のわけへだてなく修法しますが、質疑応答のたびに、対話の大切さを実感させられます。
 それは、戒名として私たちへ過去から与えられている文化的価値を有するものに具わった時間と心の集積を感じとっていただけるからです。
 感じとることは現場でしか、あるいは現場に携わる人の声を通してしか、なかなか、叶いません。
 紅葉についてテレビの説明を観るよりも、眺めにでかけることです。
 ラーメンの旨さについての番付を調べるよりも、食べてみることです。
 真の価値は手軽につかめないのです。

 お墓はまぎれもなく、先に逝った御霊との交感を行う聖地であり、あの世のより所であり、思いを遺す場です。
 仏教的には、空(クウ)や無常を考え、供養と感謝という人生修行を行う場として、先に逝かれた方々が造り伝えてくださった聖地です。
 ガンジーは説かれました。
「人間には果たすべき役割があり、それを実践する場としてこそ、人生を生きているそれぞれの場所がある」
 家にあっても、会社にあっても、地域にあっても役割があり、それを果たすことによって、家にも会社にも地域にも真の意義が生じ、生きている実感も喜びも得られます。
 人生の行く末を考え、あるいは締めくくろうとする時、功利的思考を離れ、世論や風潮に流されて思考停止せず、「お墓とはいかなる場なのか……」と立ち止まる必要があるのではないでしょうか。
 その先にこそ、永代に守るお墓、あるいは共同墓、自然墓、そして一代墓といったその方なりの人生観を真に反映する決断が生じることでしょう。




 原発事故の早期終息のため、復興へのご加護のため、般若心経の祈りを続けましょう。
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「のうまく さんまんだ ぼだなん あびらうんけん」※今日の守本尊大日如来様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。
https://www.youtube.com/watch?v=LEz1cSpCaXA





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2014
10.14

一代墓は先祖供養の否定か? ―村上春樹のエルサレムスピーチ『壁と卵』を考える―

2014100900052.jpg

 ブログ「この世で生きた証(アカシ)に一代墓(イチダイボ)を建てませんか」を読んだAさんから交流サイトへ感想が届きました。

「夫婦、友達同士、なんかいいですね。
 道祖神のような男、女が仲良く彫られてるようなのも、なんかいい~。
 生きてきた証ですよね。」


 ぜひ、こうした自由な発想でお墓を造っていただきたいものです。

 病身を書道にかけているBさんからのお便りです。

「私はあまり長生きできません。
 気に入った自分の作品を気に入った石に彫っておきたいと思います。
 建てさせていただけますか?」


 ぜひ一代墓を建て、生前から、ご自身の、あるいはお仲間のよりどころ、交流の場にしていただきたいものです。

 ご来山された墓石業者様Cさんから嘆息が漏れました。

「先祖供養のベースだったお墓が『要らない』の大合唱になるとは、日本人の心はどこへ行ってしまうんでしょうね。
 住職の一代墓もNHKさんが報じた〈墓じまい〉と似てはいませんか?」


 ご説明申しあげました。
 一代墓は決して先祖供養の否定ではありません。
 お墓というものへの間口を広げようとするものです。

「そうか、こうして自分の死後へ遺志が残せるのか」
 新たな発見が、新たな〈死後の未来〉をイメージさせます。
 そして、家族であれ、知人であれ、他人であれ、自由にお詣りできる墓地のお墓を目にすることにより、人の思い、志、多様さを感じた方々が、ご自身の〈死後の未来〉を考えるきっかけになれば、情操が深まり、生き方にも必ずよき変化が生ずることでしょう。
 お釈迦様は、はっきりと説かれました。
 「死後は無になると考えれば、それは迷妄である」
 この教えには二つの依って立つ道理があります。
 一つは、原因には必ず結果が伴い、それは、自分という一人の人間が死のうと生きようと、ずっと続いて途切れないこと。
 もう一つには、〈現在〉をもたらした原因は〈過去〉にしかなく、自分が特定の人間として生まれた原因は過去世にあり、過去世、現在世、来世のつながりは途切れないこと。

 もちろん、死後の有無は別にして、自分の死後には何も残したくないとお考えの方々もおられます。
 そうした方々は、そうされればよいだけであり、当山はそうした願いを否定するものではありません。
 起こりつつある「お墓は要らない」という大合唱の中でなお、生きた証を考え、何とかならないかと悩む方々へも手を差し伸べさせていただきたいという一心なのです。
 み仏のお力には〈救い漏れ〉がないからこそ凡夫とは違う存在であり、み仏のお慈悲を忖度すれば、見捨てられるべき〈少数派〉という区別、差別はあり得ません。

 とても興味深く、忘れられないできごとがあります。
 平成24年2月、エルサレム賞を授賞した作家の村上春樹氏は、イスラエル軍がガザに侵攻しており受賞を辞退すべきであるとの糾弾をものともせず、エルサレムへ出向き、受賞スピーチを行いました。
 その一部です。

「1つのとても個人的なメッセージをお伝えすることをお許しください。
 それは、私がフィクションを書いているときに、常に心に留めていることなのです。
 紙に書いて壁に貼り付けるようなことはしたことがありません。
 むしろ、それは、私の精神の壁に刻印されているのです。よろしいですか。
 『高く、堅い壁と、それに当たって砕ける卵があれば、私は常に卵の側に立つ』
 しかも、たとえ壁がどんなに正しくて、卵がどんなに間違っていようとも、私は卵の側に立つのです。」

「こんなふうに考えてみてください。
 私たちのそれぞれが、多かれ少なかれ、1個の卵なのだと。
 私たちのそれぞれは、脆い殻の中に閉じ込められた、ユニークでかけがえのない魂です。
 これは、私にとっても当てはまりますし、皆さん方のそれぞれにとってもあてはまります。
 そして、私たちそれぞれは、程度の差こそあれ、高く堅い壁に直面しているのです。
 壁には名前があります。
 『システム』です。
 システムは、私たちを守るべきものです。
 しかし、時には、それ自身が生命を帯び、私たちを殺し、私たちに他者を殺させることがあります。
 冷たく、効率的に、システマティックに。」

「私が小説を書く理由は1つだけです。
 それは、個人の魂の尊厳を外側に持ってきて、光を当てることです。
 物語の目的は、警鐘を鳴らし、システムがその網の中に私たちの魂を絡めとり、損なうことがないように、システムに光を照射し続けることです。」

「本日、私が皆様にお伝えしたいことが1つだけあります。
 私たちは皆人間であり、国籍や人種や宗教を超えた個人であり、システムと呼ばれる堅い壁に直面した脆い卵なのです。
 どう見ても勝ち目はありません。
 壁はあまりに高く、あまりに強固で、あまりに冷たいからです。
 少しでも勝ち目があるとすればそれは、それは、私たちが、自分自身と他者の魂の完全な唯一性とかけがえのなさを信じることと、皆の魂を1つにすることによって得られる温もりから得られるに違いありません。」

「このことについて、少し考えてみてください。
 私たちのそれぞれが、触れられる、生きている魂をもっています。
 システムは、そういうものではありません。
 システムが、私たちを利用するのを許してはいけません。
 システムが、それ自体生命を帯びるのを許してはいけません。
 システムが私たちを作ったのではありません。
 私たちがシステムを作ったのです。」


 引用が長くなりましたが、氏の言う、「システム」を少々ずらし、「世論」や「風潮」と言い換えてみると、当山がこのタイミングで一代墓を強く打ち出した意味もおわかりいただけようかと思います。
 氏の言い方を変えればこうなります。
世論風潮に利用されないようにしましょう。
 世論風潮それ自体生命を帯びるのを許さないようにしましょう。
 世論風潮によって私たちの考え方が出来上がったのではありません。
 私たちの考え方が世論風潮を作ったのです。」
 かつては托鉢で氏の言う〈卵〉を実感し、墓石が豪華になってゆく時代に、共同墓『法楽の礎』を造りました。
 今は人生相談で〈卵〉を実感し、共同墓『法楽の礎』および『自然墓』にも、一般墓『法楽の苑』にもたくさんのご縁をいただきつつ、あえて、一代墓も提案しました。
 当山は、お一人で、あるいはご夫婦で、あるいは親子で、あるいは友人同士でも、生きた証を考える〈卵〉の方々へ一代墓の場を提供しないではいられません。
 当然、一代墓は先祖供養を否定するものではありません。
 そのことについては、また、お会いした時に申しあげましょう。




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「おん さん ざん ざん さく そわか」※今日の守本尊勢至菩薩様の真言です。
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https://www.youtube.com/watch?v=qp8h46u4Ja8





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2014
10.12

この世で生きた証(アカシ)に一代墓(イチダイボ)を建てませんか

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〈遠くに見えるのは笹倉山です〉

201410120002.jpg
〈第一期募集は30基分のみです〉

 最近増えたご年配の方々からの人生相談です。
「自分一代になりそうですが、これまでのお墓をどうすればよいものでしょうか?」
「子供は遠くに住んでおり、故郷へ帰っては来ません。お墓を建てたい気持はあるのですが、後のことを考えると……」
 お墓のある方の多くは、ご自宅の近くへ移してご供養を続けられたり、共同墓へ改葬したりされます。
 また、新たなお墓を考えている方の多くは、共同墓や自然墓を契約されたりします。
 もちろん、当山は〈後継者の有無〉を建墓の条件にしていないので、「それなら」と、墓石屋さんとデザインの検討に入る方もおられます。

 さて、当山が書いたブログ「『墓が捨てられる ~無縁化の先に何が~』について ―『墓じまい』を考える―」は、膨大な方々に読んでいただきました。
 今回の稿はその続編です。
 ブログの基となったクローズアップ現代は、〈墓が放置される〉〈墓はいらない〉、といった内容だけで構成され、〈それでもお墓が欲しい〉という現実にある希望や苦悩について等閑(トウカン)に付されていたことは見捨てておけません。

 托鉢時代を思い出しました。
 一軒、一軒と訪ね歩き、生かされていた頃、皆さんからよくお聴かせいただきました。
「独り暮らしでお墓もないけど、自分の死後はどうなるんでしょうか?」
「お寺からいきなり何十万もお布施の依頼が来ます。子供たちには同じ苦労をかけたくないので悩んでいます」
「私たち夫婦だけでひっそりと生きてきたから、二人して並んで眠れる場所があれば嬉しいのですが」
 こうしたお声を受け、新しく開山した当山は墓地の造成と共に、まったく無縁となる方々用の共同墓「五輪の塔」と、普通のお墓のように俗名や戒名を表札形で貼り出す共同墓法楽の礎」を造りました。
 いずれもが、皆さんの願いと当山の理想に共鳴する方々の大変なお力添えによって出来上がりました。
 大規模霊園の開発が全国的に行われている最中のできごとです。

 10月8日のNHKテレビは、評論家などの言葉も交えて一つの方向へ向かう潮流を示しましたが、私の心へは、むしろ、世間の流れに括りきれない方々の存在を強く意識させました。
 跡継ぎはないけれど、自分、あるいは夫婦が生きた証としてお墓を建てたいと願う方々です。
 そうした願いを胸に秘めておられる方々のために、一代墓(イチダイボ)も可能であるということを明示しておきます。
 たとえ一人でも、あるいは夫婦、親子、兄弟、そして友人同士でも可能です。
 当山ではこれまでに、何人もの方々が建墓し、安心と満足を得ておられます。
 詳しくはどうぞ、お問い合わせください。

 たまたま、今般、手狭になった駐車場を整備し、眠っていた墓地用地の活用ができるようになりました。
 遠く笹倉山を望み、陽光の降りそそぐ平坦地です。
 一区画の永代使用料は25万円、年間管理料は5000円、間口5尺、奥行き6尺あるので、充分な広さです。
 入檀料や頭割りのお布施依頼はありません。
 資料をお送りしますので、ご請求ください。

 多様なあの世へのイメージが自由に育てられる日本であることに感謝します。







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