--
--.--

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2011
02.08

「錫杖経(シャクジョウキョウ)」について (9)

 行者魔除けのために使う錫杖(シャクジョウ)の威力は偉大です。
 ここでは、カシャカシャカシャと錫杖を振りながら唱える「錫杖経」の読み下し文を区切って解説しています。
 いよいよ最終回、第九番目の経文です。

第九条 行願円満(ギョウガンエンマン)

過去世の諸仏は、
 錫杖を執持(シュウジ)して、
 已(スデ)に成仏したまいき。
 現在の諸仏も、
 錫杖を執持して、
 現に成仏したまう。
 未来の諸仏も、
 錫杖を執持して、
 まさにに成仏したまわん」


 過去のみ仏方は、
 錫杖をしっかり持った功徳によって、
 すでに成仏されました。
 現在のみ仏方も、
 錫杖をしっかり持つ功徳によって、
 現に成仏しておられます。
 未来のみ仏方も、
 錫杖をしっかり持つ功徳によって、
 必ずや成仏されることでしょう。

 過去現在未来は「三世(サンゼ)」といい、「永遠なる時間のすべてにおいて」という意味があります。
 それと対になる言葉が「十方(ジッポウ)」です。
 四方八方の方位と上下の方位をもって立体的な世界を表し、「無限なる空間のすべてにおいて」という意味があります。
 ここでは三世であり、そこにおられるみ仏は、「過去荘厳劫(ショウゴンゴウ)一千仏」、「現在賢劫(ゲンゴウ)一千仏」、「未来星宿劫(ショウシュクゴウ)一千仏」となります。

 仏法における時間は「生・住・異・滅(ショウ・ジュウ・イ・メツ)」の「四相(シソウ)」で表されます。
 読んで字のごとしであり、時間は、あらゆるものが生まれ、とどまり、変化し、滅するところに成立しています。
 成劫・住劫・壊劫・空劫(ジョウゴウ・ジュウゴウ・エゴウ・クウゴウ)、略して「成・住・壊・空(ジョウ・ジュウ・エ・クウ)」の「四劫(シゴウ)」とも言い、成立したものは存在する力を持ちますが、因と縁によって成り立っている以上、変化を免れず、存続する力を徐々に失って崩壊へ向かい、やがては姿を滅し去ります。
 その成り行きは政治権力を観れば、よくわかります。
 政権が樹立された時は飛ぶ鳥を落とす勢いがあるので強い上昇力を示しますが、最大の力を発揮している時期は太陽が中天にあるのと同じく、必ず沈んで行くしかなく、どんなにあがいても崩壊は逃れられません。
 そして、ガラガラポンとなった状態は〈無〉ではなく、次の政権を生む土壌である〈空〉です。
 四劫はあらゆる分野で無限に繰り返され、過去にも現在にも未来にもあります。

 過去における四劫の中の「住劫ジュウゴウ」が、過去にあった荘厳された時代つまり「過去荘厳劫(ショウゴンゴウ)」です。
 その時には、一千仏がおられました。
 なお、仏法における「千」は無限を意味しており、当山が厄除け護摩祈祷で千枚の護摩木を奉じて祈ったのは、ご本尊様をご供養しようとする無限の誠心を示すためです。
 現在における四劫の中の「住劫ジュウゴウ」が、今ある智慧の発揮されている時代つまり「現在賢劫(ゲンゴウ)」です。
 今も一千仏がおられます。
 未来における四劫の中の「住劫ジュウゴウ」が、星の廻りと共に成立する時代つまり「未来星宿劫(ショウシュクゴウ)」です。
 未来にも一千仏が現れます。

 この行願円満(ギョウガンエンマン)の最終条では、錫杖は成仏への導きであり、あらゆるみ仏の持つ法具であることが示されました。

〈雪が閉ざし清める世界〉
230207 004




「おん さんざんざんさく そわか」※今日の守本尊勢至菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。





[投票のご協力をお願いします。合掌]

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へにほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 真言宗へ
にほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 悩み・苦しみ・迷いへにほんブログ村



blogram投票ボタン



スポンサーサイト
2011
01.22

「錫杖経(シャクジョウキョウ)」について (8)

 行者が魔除けのために使う錫杖(シャクジョウ)の威力は偉大です。
 ここでは、カシャカシャカシャと錫杖を振りながら唱える「錫杖経」の読み下し文を区切って解説しています。
 第八番目の経文です。

第八条 三途八難消滅(サンヅハチナンショウメツ)

「まさに衆生(シュジョウ)のために願うべし。
 十方一切(ジッポウイッサイ)の、
 地獄餓鬼畜生など八難の処にて、
 苦を受ける衆生(シュジョウ)は、
 錫杖の声を聞かば、
 速やかに惑癡(ワクチ)の二障と、
 百八の煩悩解脱(ゲダツ)することを得て、
 菩提心(ボダイシン)を發(ハッ)し、
 具(ツブサ)に萬行(マンギョウ)を修して、
 速かに菩提(ボダイ)を證せん」


 行者は衆生のために願います。
 あらゆるところのすべての、
 地獄界や餓鬼界や畜生界の三途(サンヅ)など、八難の世界で、
 苦を受ける衆生は、
 錫杖の声を聞いたならば、
 速やかに惑障(ワクショウ)と癡障(ギショウ)と、
 百八の煩悩から解き放たれて、
 菩提心を発し、
 あらゆる善根功徳を積む修行を行って、
 早く悟りを得られますように。

 私たちは、八つの世界に堕ちていると仏縁が薄いとされています。
 ①地獄
 ここは火に焼かれるような苦しみがあるので「火途(カズ…火の道)」ともいいます。
 戒律を破った因縁で堕ちるとされています。
 ②餓鬼
 ここは刀で切られるような苦しみがあるので「刀途(トウズ…刀の道)」ともいいます。
 物惜しみをし、我欲に走った因縁で堕ちるとされています。
 ③畜生
 ここはお互いに喰い合い血を流す苦しみがあるので「血途(ケツズ…血の道)」ともいいます。
 恥知らずになった因縁で堕ちるとされています。
 以上の三つは最悪の途(ミチ)であり、「三途(サンヅ)」と呼びます。
 ④長寿天
 寿命が長く安楽であると自己を深く省みたり、問題意識を持ったりできず、教えを学び実践する意識が起こらなくなります。
 お大師様が弱冠18歳の頃、道教的で安楽な不老長寿を求める道でなく、厳しい菩薩の道を選んだことに通じます。
 ⑤辺地
 いわゆる僻地ではありません。
 大切な教えが情報としてもたらされないように離れ、隔離された場所にいては、仏法に帰依できません。
 ⑥身体不全
 身体に重い病気を抱えて苦しんでいる場合には、業(ゴウ)を深く考えたりする余裕がありません。
 当病平癒などの現世利益は、眼前の苦しみを脱し、み仏の子として生きる意識や意欲を持てるようになって真の成就といえます。
 ⑦世智弁聡(セチベンソウ)
 知恵がまわり口も達者で世渡りに長け、世間的才知でうまくやれる人は、自分の抱えている根元的な心の闇に気づかなかったりします。
 人が大成するパターンの一つが「大きな挫折体験」とされているのは、才知の役立たない場面に遭遇することの価値を示しています。
 ⑧仏前仏後
 み仏の教えが説かれる前やそれが消滅してしまった後では、学ぶ機会がありません。
 いわゆる「焚書(フンショ…書物を焼却すること)」は、人類への破壊行為です。

 もしもこうした世界にいる人々でも、『錫杖経』によって救われると説かれています。
 煩悩から解脱できます。
 それを邪魔する障りとして二つ挙げられています。
 一つは惑障(ワクショウ)です。
 煩悩障(ボンノウショウ)ともいい、貪り、怒り、愚かさなどは心の平安を破り、悟りから遠ざけます。
 もう一つは癡障(ギショウ)です。
 所知障(ショチショウ)ともいい、自分や世界を観て考える際の見解が誤っていれば、鏡が曇り、定規が狂っているようなものであり、悟りへ向かう心が起こりません。
 錫杖をうち振る行者の祈りは、必ずやこうした悟りへの障害を取り除くことでしょう。

〈勁きもの〉
230118 0132



「のうぼうあきゃしゃきゃらばや おん ありきゃ まり ぼり そわか」※今日の守本尊虚空蔵菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。





[投票のご協力をお願いします。合掌]

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へにほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 真言宗へ
にほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 悩み・苦しみ・迷いへにほんブログ村



blogram投票ボタン

 
2011
01.09

「錫杖経(シャクジョウキョウ)」について (7)

 行者魔除けのために使う錫杖(シャクジョウ)の威力は偉大です。
 ここでは、カシャカシャカシャと錫杖を振りながら唱える「錫杖経」の読み下し文を区切って解説しています。
 第七番目の経文です。

第七条 邪類遠離(ジャルイオンリ)

「まさに十方一切(ジッポウイッサイ)の衆生(シュジョウ)を願うべし。
 邪魔(ジャマ)外道(ゲドウ)、
 魍魎(モウリョウ)鬼神(キジン)、
 毒獣(ドクジュウ)毒龍(ドクリュウ)、
 毒蟲之類(ドクチュウシルイ)、
 錫杖(シャクジョウ)の聲を聞かば、
 毒害(ドクガイ)を摧伏(ザイブク)し、
 菩提心(ボダイシン)を發(ハッ)し、
 具(ツブサ)に萬行(マンギョウ)を修して、
 速かに菩提(ボダイ)を證せん」


 行者は一心に願います。
 この世におけるあらゆる衆生は、
 悪魔も邪説の者も、
 山河の物の怪や悪鬼邪神も、
 害する獣も悪龍も、
 害する虫なども、
 錫杖の声を聞いたならば、
 衆生へ毒害を及ぼさなくなり、
 あらゆる善根功徳を積む修行を行って、
 早く悟りを得られますように。

 この項の前までは、私たちが心の曇りを除くことを願ってきましたが、ここでは一転して、私たちの悟りへの道を妨げる周囲のものたちが錫杖の音を聞いて悪心を捨て、私たちと共に悟りの世界へ入ることを願っています。

邪魔」は、善行者を混乱させ、人命を害する悪魔です。
 天に住む魔王とその仲間たちは魔人や魔民とも呼ばれています。
外道」は、仏法の真理・道理に反する道を主張する者です。
 邪魔は天女などの惑乱させる姿にもなって悪行へ導き、外道は人間の姿となって真理を疑わせ、善行を捨てさせます。
「魍魎」は木神と水神であり、山河木石などの精気から生じる物の怪です。
 私たちの目に触れる時は、赤黒い色をした三歳ほどの子供の姿をし、赤い耳と美しい髪が特徴であるとされています。
鬼神」は、夜叉(ヤシャ)や羅刹(ラセツ)とも呼ばれ、主として肉体を害するのが「鬼」、精神を害するのが「神」です。
 噉精鬼(カンセイキ)という鬼は、甜水(カンスイ)という人間を人間たらしめる心の水を喰らって頭痛を起こさせたり悶絶させたりし、7つの甜水すべてを失えば、人間は生きてはいられないとされています。
「毒龍」は、強大な力で害を及ぼす悪龍であり、仏法を守護し、生きとし生けるものを救う善龍ではありません。

 この項は、仏法があらゆるものを救済する法であることを如実に示しています。
 悪しきものたちすら、行者のうち振る錫杖の音を聞けば悪を離れ、悟りの世界へと近づきます。
 如来から鬼までがその位置を明確に示される密教のマンダラは、救いの手から漏れる者のないみ仏のお慈悲があますところなく表現されています。
「従えば救う、従わねば地獄へ堕ちる」という宗教とはまったく異なっており、マンダラには全人類の救いがあります。
 錫杖を振りながら山河を歩む行者たちは、その守護によって自分の修行を行うと同時に、周囲を清めてもいるのです。
 お大師様が一歩一歩と清めつつ開かれた四国の霊場をあらためて考えさせられました。

〈負けずに生きています〉
230109 004




「おん ばざら たらま きりく」※今日の守本尊千手観音様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。





[投票のご協力をお願いします。合掌]

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へにほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 真言宗へ
にほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 悩み・苦しみ・迷いへにほんブログ村



blogram投票ボタン

 




2011
01.07

「錫杖経(シャクジョウキョウ)」について (6)

 行者魔除けのために使う錫杖(シャクジョウ)の威力は偉大です。
 ここでは、カシャカシャカシャと錫杖を振りながら唱える「錫杖経」の読み下し文を区切って解説しています。
 第五番目の経文です。

第六条 捨悪持善(シャアクジゼン)

「まさに衆生(シュジョウ)を願うべし。
十方一切(ジッポウイッサイ) の無量(ムリョウ)の衆生(シュジョウ) は、
錫杖(シャクジョウ)の聲(コエ)を聞かば、
懈怠(ケダイ)の者は精進(ショウジン)し、 
破戒(ハカイ)の者は戒を持(タモ)ち、 
不信(フシン)者は信ぜしめ、
慳貪(ケンドン)の者は布施(フセ)し、
瞋恚(シンニ)の者は慈悲し、
愚痴(グチ)の者は智慧あり、
驕慢(キョウマン)の者は恭敬(クギョウ)し、
放逸(ホウイツ)の者は心を攝(セッ)し、
具(ツブサ)に萬行(マンギョウ)を修して、
速かに菩提(ボダイ)を證せん」


 行者は一心に願います。
 この世におけるあらゆる衆生は、錫杖の声を聞いたならば、
①懈怠(ケダイ…おこたり、なまけること)の心になっている者は、精進し、
破戒(ハカイ…戒律を破ること)の心になっている者は、戒律に従い、
③不信(フシン…仏法を信じないこと)の心になっている者は、仏法を信じ、
④慳貪(ケンドン…むさぼること)の心になっている者は、布施を行い、
⑤瞋恚(シンニ…怒ること)の心になっている者は、慈悲を生じ、
⑥愚痴(グチ…道理に暗いこと)の心になっている者は、智慧を起こし、
⑦驕慢(キョウマン…おごり高ぶること)の心になっている者は、温良に敬い、
⑧放逸(ホウイツ…わがままなこと)の心になっている者は、引き締め、
 あらゆる善根功徳を積む修行を行って、
 早く悟りを得られますように。

 精進しましょう。
 人間としてなすべきことを行わず、あたかも酔って生き、夢を見ながら死んでしまうような「酔生夢死(スイセイムシ)」の人生では、いただいたいのちを粗末にし、餓鬼道に堕ちてしまいます。
 持戒しましょう。
 経典は説きます。
「あらゆる悟った人々を百年間供養するよりも、一日一夜、戒律を守る方が功徳は大きい」
「戒律に従って生きる者の幸いは、八万四千の仏塔を造る者よりも大きい」
 戒めを破り、非道徳的な人には、真の福徳は訪れません。
 正しい信仰を持ちましょう。
 それは、自他を人間的に向上させ、人間関係を円満にし、他人の信仰を尊ぶものでなければなりません。
 他人のものを欲しがり、自分のものを出し惜しみし、欲しいままに貪る卑しい生き方は哀しいものです。
 布施を行う人には真の満足感が訪れるものです。
 自分が得た喜びよりも、他人が得た喜びを大きく感じられれば、布施行は成就します。
 怒りやすい人は、せっかく積んだ功徳を一瞬にして失う哀れな人生になります。
 経典は説きます。
「一切の功徳を盗む盗賊も、怒りによる功徳の破戒力には及ばない」
 世間を騒がす事件のいかに多くが、その発生する時点で怒りを伴っていることか……。
 他人を軽んじ、驕り高ぶる人は、尊敬や信頼を得られません。
 せっかく財物や地位を得ても尊敬されず、利用されるだけの人になります。
 他人を敬い尊ぶ人だけが尊敬に値し、周囲の縁が支える力となります。
「傲慢な賢者」は存在しません。
 わがままな心は、人間として低レベルの行動へと導きます。
 悪事を恥と感じず、真に他のためになる道を考えず、他人の善行を妨げもします。
 自己中心的姿勢こそ、釈尊が最も戒めた生き方です。

 行者はこうした願いをこめて錫杖を振り、祈っています。

〈img55371978[1].jpgをお借りし、加工しました〉
img55371978[1]




「おん あみりたていせい から うん」※今日の守本尊阿弥陀如来様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。



[投票のご協力をお願いします。合掌]

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へにほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 真言宗へ
にほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 悩み・苦しみ・迷いへにほんブログ村



blogram投票ボタン


2010
12.07

「錫杖経(シャクジョウキョウ)」について (5の6)

 行者が魔除けのために使う錫杖(シャクジョウ)の威力は偉大です。
 ここでは、カシャカシャカシャと錫杖を振りながら唱える「錫杖経」の読み下し文を区切って解説しています。
 第五番目の経文です。

第五条 六道教化(ロクドウキョウカ)

「まさに衆生(シュジョウ)を願うべし。
 檀波羅蜜(ダンパラミツ)によって一切の衆生を大慈悲し、尸羅波羅蜜(シラハラミツ)によって一切の衆生を大慈悲し、羼提波羅蜜(センダイハラミツ)によって一切の衆生を大慈悲し、毘梨耶波羅蜜(ビリヤハラミツ)によって一切の衆生を大慈悲し、禅那波羅蜜(ゼンナハラミツ)によって一切の衆生を大慈悲し、般若波羅蜜(ハンニャハラミツ)によって一切の衆生を大慈悲しよう」


(衆生のために願おう。
 布施波羅蜜(フセハラミツ)を行じ、一切の衆生を大慈大悲によって抜苦与楽(バックヨラク)しよう。
 持戒波羅蜜(ジカイハラミツ)を行じ、一切の衆生を大慈大悲によって抜苦与楽しよう。
 忍辱波羅蜜(ニンニクハラミツ)を行じ、一切の衆生を大慈大悲によって抜苦与楽しよう。
 精進波羅蜜(ショウジンハラミツ)を行じ、一切の衆生を大慈大悲によって抜苦与楽しよう。
 禅定波羅蜜(ゼンジョウハラミツ)を行じ、一切の衆生を大慈大悲によって抜苦与楽しよう。
 智慧波羅蜜(チエハラミツ)を行じ、一切の衆生を大慈大悲によって抜苦与楽しよう)

 行者は一心に願います。
 何を願うかといえば、菩薩(ボサツ)になるための6つの修行を行うことによって、生きとし生けるもののためになり切ろうということです。
 今回は、その6番目を学びます。

6 智慧波羅蜜(チエハラミツ)を行じ、一切の衆生を大慈大悲によって抜苦与楽しよう。

 智慧とは、み仏の智慧です。
 私たちの日常生活は自分を中心にした気持で過ごされ、そこでは何かを見ても聞いても理性や知性などが自己中心的にはたらきやすいものですが、そうした「自分」という枠を離れて真理をふまえ、思いやりの心ではたらくのが、ここで説く智慧です。
 当山の修行にあっては

「我、灯明のごとき智慧の明かりで道を照らし、まっすぐに歩まん」

と誓い、菩薩の心をつくります。

 智慧は般若心経(ハンニャシンギョウ)における般若すなわち、インドの言葉で「パンニャー」です。
 知恵が叡智となって正しくはたらいている状態です。
 智慧はまず、余計なフィルターを通さず、ありのままに正しく観ます。
 そして、得た情報へ自分に都合良い勝手な加工を施さず、慈悲の実践方法を見つけます。
 その方法は、〈極端〉へ走らず、全体のバランスを生かす〈中道〉でなければなりません。
 古来、東洋で叡智と呼ばれているもののイメージです。

 智慧がはたらいている状態での行動は、必ずしも〈胸のすくような〉形になりません。
 しかし、見聞きする人へ〈ハッ〉と大切なものに気づかせたり、深い納得をもたらしたりします。
 ある県議会議長経験者Aさんの述懐は忘れられません。

「住職さん、私の一番の大仕事は何だったと思われますか?
 議員の定数削減は、あまり目立たないけれど、政治家として最も心血をそそいだ仕事でした。
 ある時は意気投合し、ある時は鋭く議論しながら同じ釜の飯を食っている仲間の誰かが首を斬られるのです。
 もちろん、それが自分になるかも知れないことは大変ですが、誰か他の仲間になっても、大変なのは同じです。
 皆が良識をもって判断し、ほぼ納得できる数を見つけるために、本当に、いのちを梳(クシケズ)る思いで、何度も何度も折衝を重ねました。
 出た結果は派手な削減にならず、傍目(ハタメ)には物足りない成果かも知れません。
 しかし、全員が血を流す覚悟で良識の限りを尽くし、やっとたどりついた結果です。
 私は、賛成した議員も反対した議員も含めて、全員が胸に手を当てて恥ずかしくない行動をとったと誇りに思っています」

 叡智の実践者Aさんに、その何たるかを教えていただきました。
 Aさんは、県民の考え、県の財政状況、議員の気持や事情、議会のあるべき姿、こうしたものを徹底的に観ました。
 そして、現実を理想へ近づけるために県民にとってのプラス、マイナスも、議員にとってのプラス、マイナスもすべて議論するようにはかり、公正な正義の実現をめざしました。
 妥協なしには成り立たない政治の世界ゆえ裏話もあり、腹芸もあったでしょう。
 しかし、結果の公正さには多くの県民が納得できたはずです。
 長い時間と大きな労力を要した割には、あまり目立たない結果と言えるかも知れませんが、話を聞き、よく考えてみれば、「よくぞここまで」と感嘆せずにはいられない成り行きでした。

 こうした叡智に比べれば、平成20年8月に突如として「議員定数を16から6に削減する」との条例改正案を提出し、現在の混乱を招いた阿久根市長竹原信一氏の言動などは指導者として信じられないレベルであり、嘆かわしさを通り過ぎて恐ろしささえ感じさせられます。
 しかし、私たちは、小泉首相以来、〈胸のすくような〉ものを追い求める危険な雰囲気に慣れ始めているのではないでしょうか。
 政治であれ、評論であれ、お笑いであれ、バッサバッサと〈斬る〉のを観て拍手喝采する観客は、一時のうっぷん晴らしで喜んでばかりいられません。
 気づかぬうちに、もう、斬られ役にされつつあるのかも知れないのです。
 大衆が拍手喝采した小泉劇場が開演している間に、規制緩和の恩恵を受けたマスメディアなどの大企業はどんどん肥大化しました。
 大企業は利益を増やし、労働者は賃金を減らし、あっという間に戦後の発展を支えた中流階級は生滅しました。
 拍手した人々は、たちまち、〈嘆きの人々〉になっていました。
 マスメディアが政治を動かす大きな力を持ち、マスメディアの望む方向へと政治が動かされる一方、政治によってマスメディアが動けば世論はどうにでもコントロールできるという恐ろしい状況になりました。

 坂本龍馬ブームもそうした空気に乗り、空気を濃くする面があるように思われてなりません。
 精神科医の野田正彰氏が指摘する通り、英国人と深い関係を持っていた坂本龍馬が「日本の植民地化を危惧していた」などという証拠はないらしく、あまりの英雄視にはうんざりします。
 そして、日露戦争に際して、土佐出身の宮内大臣田中光顕が「皇后の夢枕に立った坂本龍馬」の話を広めた事実は、決して看過されません。
「露国と海戦になれば、(私の)魂は海軍の将卒に宿って日本を守る」
 私も四国八十八霊場をお詣りした際は坂本龍馬の像に合掌しました。
 海を眺め、並々ならぬ意気も想像しました。
 それでもなお、ブームには異様さを感じてしまいます。

 自他を救う智慧は、鏡のように真実を映し出します。
 自他を救う智慧は、慈悲の実践としてはたらきます。
 自他を救う智慧は、極端へ走らず、バランスを壊しません。

 こうした智慧を持ち、空気やマスメディアに踊らされず、こうした智慧を持った人をこそ指導者として評価したいものです。

〈花が去った秋桜の苑〉
221203 002




「おん あらはしゃのう」※今日の守本尊文殊菩薩様の真言です。
 どなたさまにとっても、佳き一日となりますよう。





[投票のご協力をお願いします。合掌]

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へにほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 真言宗へにほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 悩み・苦しみ・迷いへにほんブログ村



blogram投票ボタン


back-to-top
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。