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2005
11.30

限りない絆 ―「安宅の関」に想う?―

 最後の一つは、主従関係を通した人間の絆です。
 無事関所を通過した後、一休みとなった山道で、義経へ詫びる弁慶はなかなか泣きやみませんでした。
 いのちをかけても義経を守ろうとし、その理想の実現を生きがいとしていた弁慶にとって、こともあろうに主人義経を打ちすえるなど本来はあり得ないことで、なかなか自分を許せなかったのは当然です。
 あの時はああするしかなかったと頭では判っても、情けなく悔しく申しわけないという気持がわき上がるのを止められなかったのでしょう。
 涙のシーンではあっても、決して切れない絆で結ばれた主従は輝いていました。

 人が人にかけ、皆で共通の目的にかけて生きている時は、誰しもが輝いています。
 もちろん、何ごとをなそうとする場合も、辛いことや苦しいことは山ほどあって当たり前ですが、絆があればそこで流す汗もまた、大いなる充実感をもたらします。
 前回「たった一昔前、〈関守の富樫泰家〉は世間のどこにでも棲んでおり、身近にはいくらも小さな〈安宅の関事件〉がありました。」と書きましたが、たった一昔前、〈大いなる充実感をもたらす場〉もまた、日本のどこにでもありました。
 それは職場であり、育児をする家庭でした。
 NHKの『プロジェクトX』や、かつての子供たちの教育レベルや日本人の品位の高さはそれを証明しています。

 しかし、弱肉強食思想がもたらす偏った能力主義・成果主義・効率主義は、職場を限りなく殺伐としたものに変えつつあります。

 人事課にいた元社員の書いた『内側から見た富士通』という内部告発の書は、そのあたりの事情を見事に伝えています。
 人間が潤いのある人間性を保つためには、信頼できる人間関係が欠かせません。
 一日の大半を過ごす職場からそれが失われたならば、行き着く先に恐ろしい世界が待つのは当然です。
 かつて触れた『すべてを超える翼』によると、雁の驚異的な渡りの達成には強い鳥だけでなく、老年・若年・女性など弱い鳥の存在が不可欠であると書かれています。
 逆V字型の翼は強い者の列と弱い者の列からなっており、弱い者を助けつつ強い者はさらに強くなり、弱い者は助けられつつ力を増し成長します。
 群れが共有しだんだん高まる「群れの心」が信じがたい大飛行の原動力になるのです。
 ここで学ぶべきは、「同じ雁だから皆平等にやろう」という形にはなっていない点です。
 それぞれが、群れにおける自分自身の位置を知っています。
 その上でそれぞれが助け合い、精一杯やるのです。

 今、私たちは、子供たちの徒競走で一等賞・二等賞と区別せず、子供たちに自分自身の位置を自覚させないようにしています。
 一歩社会へ出れば通用しない明らかに誤った平等主義によって育てられた子供たちは厳しい社会へ適応できず、落伍者が急増しています。

 平等が異常に主張されている一方で、自由競争の名のもとに弱者は限りなく切り捨てられつつあります。
 個人も地域もどんどん見捨てられ、うまくやって巨富を手にする者たちが英雄視されています。
 万物の霊長であるはずの人間は、自然から授かった雁の智慧と正反対のことをやり、憂き世の憂いをさらに深めているとしか思えません。

 また、ジェンダーフリー思想と自由放任主義は、家庭から母性を発揮する〈母親〉をなくし、人間の基礎をつくる〈しつけ〉をなくしつつあります。

 NHKの『クロズアップ現代』を見て、恐ろしくなりました。
 自分の好きなものしか食べない子供の食べ残した給食が、大量に捨てられています。
 そして、当然ながら、子供たちの身体は健全に発育できず、小学生ですでに糖尿病や高脂血症にかかるのは珍しくないというのです。
 この傾向は、ここ10年で悪化の一途をたどっています。

 好き嫌いさせないという基本中の基本であるしつけが行なわれなくなっているなどとは、にわかには信じられません。
「子供に嫌いなものを無理に食べさせようとすると、母親のストレスになります」にも耳を疑いました。
 たとえ子供が泣こうが駄々をこねようが、親が子供のためにしつけをするのは当たり前ではないでしょうか。
 子供に喜ばれさえすれば良い、子供の笑顔だけがあれば良いというのでは、あまりに知恵も責任感もありません。
 番組の終盤でこういう真っ当な指摘があり、すべての親たちに聞かせたいものだと切に願いました。
「子供は小さいうちにいかなる食生活の習慣を持つかで、身体も心もどう発育するかが決まります。
 手をかけられた、たくさんの種類の食べものを食べた子供は健全な身体だけでなく、いろいろなことに興味を持つ情操豊かな子供に育ちます」

 こんな日本になっても、アメリカに比べればまだましなようです。
 11月21日付のニューヨークタイムズは、研修制度が未整備で地域によって千差万別のカリキュラムがあるアメリカは、教師の教育が盛んで全国統一のカリキュラムがある日本に学び、基礎学力をきちんとつけなければならないというコラムを掲載しました。
 しかし、「より小さな政府」「地方でできることは地方で」という旗印が、この誇るべき制度を破壊しようとしています。
 このままで進めば、誰でも自由に教師の役割を果たせることになり、教材も地方により地域により先生によってバラバラになり、今のアメリカの姿に近づくのは目に見えています。
 「肝心なことは国が責任をもってやらねばならない」こんな当たり前のことが行なわれなくなりつつある弊害が、今度の設計書偽造事件でも明らかになりました。
 もし国が何かの責任を放棄するならば、その行く先について充分な議論と検討を重ねねばならないはずなのに、何もかもが一権力者によって「いつまで」と期限を区切られ、「こういう方向で」と結論を示され、それに異論を唱えれば「抵抗勢力」であると排除される、こんな愚かしく恐ろしいことはありません。

 人間の絆が失われつつあります。
 職場も家庭も〈大いなる充実感をもたらす場〉でなくなりつつあります。
 その証拠がニートやフリーター、そして中高年自殺者の増大です。
 その根底には、「我(ガ)」の肥大があります。
 お互いが自分を主とすれば、他人は壁になり、ストレスの発生源になります。
 会社の同僚は競争相手、上司は乗り越える対象、部下は利用する対象でしかなくなります。
 自分の気分の良さを求める母親は、収入を得て気ままをしたい欲求に流され、正しくしつけをするという子供への責任を果たせず、意のままにならない子供によってストレスを発生させます。
 横暴な権力者は、我の権化です。彼の表情と行動は、時代の空気を如実に表わしています。

 病状はすでに深刻です。明らかに、「我の肥大」という最大の現代病と真剣に向き合わねばならない時が来ています。




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2005
11.29

限りない徳 ―「安宅の関」に想う?―

 考えさせられた二番目は、鬱々と毎日を過ごしている関守が、義経捕縛という願ってもない出世のチャンスをむざむざと捨てても、真情へ真情で応えようとした徳の高さです。

 芥川龍之介の『蜘蛛の糸』にたとえるならば、カンダタが何かのおりに地獄にいる仲間の真情にうたれ、目の前に蜘蛛の糸が垂らされた時、その仲間へ糸を譲ったようなものです。

 まさに千載一遇。もう二度とこれほどのチャンスはこないことでしょう。しかし、彼は、決然と〈我が利〉を捨てました。誰はばかることのない〈権利〉の行使を行ないませんでした。

 そうして彼が得たのは、山奥で静かに眠る湖のような、どこまでも深まって行く満足感、人間としてのまことを尽くした安堵感といったものではなかったでしょうか。

 

 誰も誉めてはくれません。それどころか、義経を頼朝へ差し出した場合に讃えられるであろう功績の大きさと、与えられるであろう栄誉の高さと、もたらされるであろう報酬の多さを考えると、特等に当たっている宝くじを手放してひっそりとした生活の安寧を守るよりも落差の大きなできごとだったことでしょう。

 しかし、彼は、いかに魅力的であっても所詮は憂き世に処するための〈我が利〉を選ばず、真情に応えました。



 最近は死語の山に驚かなくなりつつありますが、その一つに「我利我利亡者(ガリガリモウジャ)」があります。

 自分の利益ばかり考えていると人間性が卑しくなり、生きながらにして亡者になってしまうことを戒める言葉です。

 いくら成績が良くても、思いやりがなく催事やクラブ活動などに参加しない生徒は亡者と呼ばれました。

 いくら金持でも、弱者をかえりみず社会に貢献せぬ者は亡者と呼ばれました。

 ましてや、あからさまに成績のみを求め、財だけを求めるような姿勢は唾棄され、そうした人を見ると、人ごとながら恥ずかしいと思ったものです。

 成績が良ければ良いほど、財産があればあるほど人間性の低さが際だち、皆は彼らを反面教師として自分の人間性を磨こうとしました。

 もちろん、やっかみもありましたが、子供も大人も人間として一番大切なものを見失ってはいませんでした。見失わぬような智慧が生きていました。



 たった一昔前、〈関守の富樫泰家〉は世間のどこにでも棲んでおり、身近に、いくらも小さな〈安宅の関事件〉がありました。

 「それにひきかえ」と今の世のことは言いますまい。心ある方々は、よくよくお見通しだからです。

 ただ、狂人だらけになればまっとうな人が狂人の立場になってしまい、人間を人間たらしめている「徳」が限りなく忘れ去られることを怖れています。

 お大師様は、

「酔っぱらいは酔っていない人を笑い、心の眠っている人は覚っている人を嘲る」

と説かれました。



 釈尊は、誰もが一緒に幸せになる方法を説かれました。

 この世は、み仏からいただいたとても長い箸を持って食事をするようなものだというのです。

 自分で食物を食べられないほど長い箸は、誰かへ食べさせるためのものです。まず誰であれ、縁となった人へ食べさせること。そうして初めて自分も誰かに食べさせてもらえます。お互いが相手へ食べさせようとせず無理に食べようとすると、箸を折る恩知らずになり、手づかみで食べる餓鬼や畜生になり果てます。

 真の心の糧が得られない「我利我利亡者」になるのです。



 亡者だらけの時代になったればこそ、「安宅の関」でのできごとはますます輝きを増すのでしょう。




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2005
11.28

限りない智慧 ―「安宅の関」に想う?―

 NHKの大河ドラマ『義経』は、27日、「赤穂浪士の討ち入り」と並んで日本人の感涙を呼ぶ「安宅の関」を放送しました。
 筋書きはとくと知っているのに、始まれば観てしまい、またしても涙をもよおしてしまいます。
 これは、心のポイントを突かれているからでしょう。
 ポイントとは、真実に触れて反応せざるを得ない〈人間を人間たらしめている心の核〉です。
 我が身を捨てるかのような行動で人命を救った市井の人、絶望的なケガを克服して勝利をつかんだスポーツマン、七転び八起きで成功を手にした経営者などの生きざまなども、その尊い核へ否応なく触れてきます。

 さて、「安宅の関」です。
 辺鄙な関所に配属されて気持が屈折したかと思わせる関守の富樫泰家を演じた石橋蓮司の芸は出色でした。

 富樫泰家は、酒と病気に身体はおかされていても、人間として、武士としての心のアンテナはまったく曇っていません。一流の人物です。
 配下が形式的な取り調べのみで義経一行を通そうとしたにもかかわらず、一行が通行の目的と主張する出羽三山での荒行に関する知識を試し、弁慶の言葉をとらえてその証明を求め、最後は義経の身なりに不審を抱きます。

 行者が持っているはずのない笛。荒行にはあまりにもふさわしくない雅の世界の小道具について義経が申し開きに詰まった際、弁慶はとっさの機転で、義経の盗癖のせいにします。
 そして、お前はまだ悪癖が直らないのかと六尺棒で打ちすえます。
 たとえ一瞬でも弁慶が手心を加えたなら、富樫泰家ほどの人物が見のがすはずはありません。
 従者ではなく諭す者の心にならねばならないと、心を鬼にして叩いたのではないでしょうか。
 結果として、弁慶の異様な真剣さと行者たちの様子に、富樫泰家は義経一行にちがいないとの確信を得ます。
 しかし、彼は、従者が主人を打つというまっとうな人間としての限界を超えた行為をしてまで義経を守ろうとする弁慶の真情に深く共感し、通行を許可しました。

 ここで、三つほど考えさせられました。
 一つは、形式が楯となり、人間としてのまことが貫かれたということです。
 関守は、実体を知ってしまったにもかかわらず、「これなら要件を満たすと言える」と考え、表面的な事実を根拠として通行を許可しても役割に背かず、周囲の者たちを納得させられると判断したのです。
 そして、弁慶の真情に応える決定をくだしました。
 形式は、真実の世界を守るための事実として使われました。
 その智慧の深さ、慈悲の大きさ、徳の高さには、ウームと唸るしかありません。

 この魂の根幹に触れる世界は、同じように許可にかかわるできごとであっても、このところ毎日マスコミをにぎわせている設計書類偽造の事件とあまりにかけ離れており、妻がそばいるのも忘れてしばらく悄然としていました。
 「安宅の関」から約八百年後、重要かつ強大な権限を与えられた調査機関は真実どころか事実へ迫ろうとせず、業務上の形式すら満たすことなく、ただただ次々と許可を出して利益を得、たくさんの人々を不安と不幸のどん底へ落としました。
 私たちの魂は、義経後、幾億とも知れない生死をくり返しても、さしたる向上をしていないのでしょうか。




2005
11.26

あの世からの知らせ

1 亡きお父さん
 
 息子さんの酒癖の悪さを治したいと何度か来山され、このところ劇的な改善を見た父親が言われました。
「ありがたいなあと思っていたところ、妻の亡父がはっきりと妻の枕元に立ちました。
 はっとして目が覚めたら、まちがいなく立っていたんです。
 おい、親父さんが来ているぞって妻を揺り動かしましたが、何夢見ているのと言うばかりで、横を向いてしまいました。
 私はあまりこういうことを信じる方ではなかったんですが、錯覚や夢ではなく、明らかな事実でした。
 あんなことってあるんでしょうかねえ。
 いったいどういうことだったんでしょうか?」

 観たところ、凶事の前触れなどではなく、娘夫婦が光明を見いだしたのを喜び、自分も守っているんだよ、自信を持ってしっかりやりなさいとばかり、励まし力をつけてくださるために姿を現したのです。
 ご守護の験(シルシ)ですと申し上げたところ、ご夫婦は驚かれました。
「父は、亡くなる直前、世話になったな、必ずあの世で護っているぞって言ったんです。
 その後、言われたことはすっかり忘れていましたが、息子の更生には、ご本尊様と一緒に亡き父も力を貸してくれていたんですね。
 その知らせだったんでしょう。
 ―――ありがたいことでです」

2 亡き友人
 
 当山の共同墓『法楽の礎』には、同級生だったE君が眠っています。
 やはり同級生だったS君が、ゴルフの帰り道、初めて当山を訪れようという気になり、探しながら近くまで来たそうです。
 うっかり通り過ぎてしまい、道路工事でごちゃごちゃしていることもあって、もうこのまま帰ろうと思ったけれども、なぜか?引き返さねばならない?という気持が強く起こり、Uターンしました。
 そして、住職が不在だったので『法楽の苑』を訪れました。
 
 ここにE君がいるんだったなあと思いながら十三仏様の前に立ち、E君の碑盤を見つけたS君は息を呑みました。
 命日だったのです。
「Eに導かれたとしか思えないなあ。
 第三者と相乗りしていたのに回り道しようと思い立ったのも、通り過ぎてからわざわざ戻ったのも、おかしいよ。引っ張られたんだろうなあ」
 誰からも好かれ、人間好きだったE君は、少し淋しかったのかも知れません。

3 架け橋
 
 大学教授S先生が亡くなって一年が経とうとしています。
 お墓へ向かう車中で、奥さんが言われました。
「主人が亡くなる2日前、目を見張るようなすばらしい虹が病院の窓から見えました。
 表現できないような美しさでした。
 主人は阿寒湖のそばで少年時代を過ごしたそうです。
 ランプ磨きなどをした思い出話を聞いたことがあります。
 とにかく山などになじみ、自然が好きな人でした」
 快晴で無風。やや暖かくさえある日。
 紅葉もあり、雑木林や草地などが広がる墓地の周囲は、冬というより晩秋の気配が濃厚です。
 修法していると、皆さんも御霊も一緒に自然へとけ込むような気持になりました。
 お呼びにあずかった食事の場所へ向かいながら思いました。
「虹は、自然の創る大きな大きな架け橋だったのだろう。何ごとも順序立て、きちんきちんとやり抜いた方へ、み仏がご用意くださったご褒美にちがいない」




2005
11.25

五欲の問題 5 ―天人五衰 5―

5 食欲
 私たちは、普段、あまり食欲について考えないものです。
 それは「食べる」のは生きものとしてあたりまえであり、日本では、飢饉や人口爆発などで「食べられない」という食糧難の事態が起こることはなくなり、社会保障も充実しているからです。
 そして、食べものへの感謝が薄れました。
 天の恵みとして自らのいのちを差し出してくれる生きものたちへの感謝が薄れました。
 
 学校では、「いただきます」「ごちそうさま」がどんどんなくなり、無論、食事の前後に手を合わせるなどという学校は、仏教系のところ以外ではほとんどなくなりました。
 「子供に合掌させるのは宗教の押しつけだ」というお定まりの議論はもちろん、「親がお金を払い弁当を持たせて学校へ行かせているのに、食べものを他の誰かからもらったかのように感謝させるとは何ごとか」といった暴論すら叫ばれ、まかり通っているそうです。

 さて、私たちは何のために仏前へご供物を捧げるのでしょうか?
 「ウチのお寺では、上げた水がどんどんなくなる。仏様がお飲みになるからです」と言った僧侶がおられるそうですが、それはともかく、御霊が透明人間のように生前好きだった食べものをパクパクと食べるところを見た話は聞いたことがありません。
 
 これまで何度も書いたように、ヒントは花にあります。
 捧げる花は、ご本尊様や御霊の方を向かず、必ず捧げる人の方を向いています。
 それは、ご本尊様を美しい花々で荘厳したい、御霊に好きだった花を楽しんでもらいたいといった素朴な願いだけでなく、〈花の心を捧げる〉という供養の根本があるからです。
 花を目にする私たちが
「この花のような心を忘れないで生きて行きます。
 だから安心してください。
見守っていてください」

と誓い、雨風に耐えて咲く花のような忍耐の実践をする心をつくることこそが最大の供養であり、そうした場をつくってくださったご本尊様や御霊への恩返しになるのです。
 人は誰しも、自分の死をもって人生最後の大仕事をします。
 それは、人々が身近な人の死に際して立ち止り、生死の一大事を感じ、考え、供養という尊い報恩と修行の行為を思い立つからです。
 生前、縁のあった人々へ位牌や仏壇の前でそうした行為をする機会をつくること、これが大仕事でなくて何でしょうか。

 そうすると、ご供物を捧げる意味と意義が解ります。
「食べものとして自らのいのちを捧げてくれる生きものたちに感謝し、心身を整えて人間としての道をまっとうします」と誓い、実践することです。
 霊性を持った人間にとって、食欲といういのちのはたらきの尊さはここにあります。

 ご本尊様へ捧げる時だけでなく、食欲によって食事をする時は、同じように感謝し、報恩を誓いたいものです。
「いただきます」と「ごちそうさま」は、その心をつくるすばらしい習慣です。
 いただくものは、生きもののいのちです。
 ごちそうになったものもまた、すべて生きもののいのちです。
 そして、それらは、すべて天地自然のお恵みです。
 感謝と報恩の心があってこそ人間であり、食欲にまかせてただ貪るだけならば畜生と変わりないではありませんか。
 むしろ、畜生の方が摂理に合った自然な生き方をしているとさえ言えます。
 彼らは決して必要以上には貪らないからです。
 あの獰猛なライオンでさえ、空腹でなければ無用の殺生はしません。
 それなのに、美食を貪り、一方でダイエットに励む現代人はどうかしているのではないでしょうか。
 いのちの無駄づかいという原因は、必ず何ごとかとしての結果を生みます。
 それはすでに個々の人々に悩みや病気として現れているだけでなく、世界的な悪しき結果も広がっています。自然破壊であり、食糧難です。

 私たちは、太りすぎて食欲と向かい合います。
 あるいは病気になって向かい合います。
 食べられなくなって初めて、食べもののありがたさに気づきます。
 いのちの尊さに気づきます。
 できることならば、そうした形ではなく、先人の智慧に学び、日々の「いただきます」「ごちそうさま」、そして「おかげさま」という言葉と合掌で食欲といういのちのはたらきを活かしたいものです。




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2005
11.24

独裁者の出現・小泉内閣の危険性 2

 8月15日。敗戦の日に、『独裁者の出現・小泉内閣の危険性』を書きました。
 その後3カ月間、ブログのアクセス解析によると、このページはほとんど同じペースで皆さんに読んでいただいています。
 驚くべきことです。
 この問題に関心をお持ちの方々がたくさんおられることを心強く思います。

 さて、11月22日、自民党の立党五十年を祝う式典が催され、その様子が報道されました。
 最年少の青年代議士杉村太蔵氏が、輝くばかりの表情と青空を切り裂くような鋭い声で高らかに宣言した決議文を聞き、背中を悪寒が走りました。
「積極的に活動する国家の実現を国民に約束する!」
 ついに、日本も、固有の〈使命〉をもって世界を動かそうとする国になりました。

 戦争はすべて国家権力によって引き起こされるもので、国家に聖性を認め他国を相手としてその使命を果たそうとするところに根本原因があります。
「偉大なる我々が偉大なる使命を果たそう」が「偉大なる使命に殉じよう」となり、兵隊は前線へ送り出され、手足を失い、耳目を失い、胸から腹から血を流し、見えなくなり、聞こえなくなり、苦しみ、のたうちまわり、家族や友への哀惜の情に胸をかきむしりながら息絶えます。

 国は大地です。
 いのちを育み、文化を守り育て、そこで生まれた人々が人間としての尊厳を養うための足場となります。
 お大師様は、人間一人一人がそれぞれ地獄などの苦から離れ、活き活きと生きるための教えを説き法を修する一方で、誰もが安心して暮らせる国であるようにと生涯祈り続け、止むことはありまんでした。
 平和による安心が大地のように揺るがぬよう願われたのです。

 お大師様は国家権力の立場に立っておられたという「ためにする」議論があり、高名な作家や評論家がいろいろと書いていますが、そのほとんどは、お大師様のお心を把握しているとは到底思えないものです。
 そう思いたいからそう見えるのだろう、そう言いたいからそう書くのだろうと言うしかありません。
 テレビのワイドショーが、制作者の意図するように構成されているのと同じです。
 事実は巧妙に料理されて視聴者へ提示されます。
 特定の目的を持たされた評論家などの〈正義の使者〉たちが、レフリェーのいないリングで、餌食となる獲物を実にタイミング良く痛めつけます。
 考えながら見ていると、コマーシャル直前や番組の終了間際に決定的な一撃を加えています。
 獲物は反論・反撃を許されず、視聴者から特定のイメージを持たれてしまいます。
 ぼんやりと眺めている人々の心にはいつしか同感・同意、あるいは義憤・快感が生まれます。
 世論は、明らかに操作されています。
 私たちの頭は、マスコミの創った、あるいは権力者の望むするさまざまな〈図式〉であふれています。
 時折、頭の中を調べてみなければなりません。

 ちなみに、お大師様は、鎮護国家という言葉を一度も使っておられません。
 いかなる国もそこで生き死にする人々にとって安心の基(モトイ)であり、国同士がそれぞれを認め尊び合う世界であって欲しいものです。
 国は大地であること。どこまでも駆け抜ける疾風や、悪を滅ぼす雷電や、何ものをも焼き尽くす燎原の火である必要はありません。

 さて、式典では、この前の選挙で初当選した新人議員たちが登壇し、杉村氏の宣言に引き続き、その実現を誓う唱和を行ないました。ベテランたちは壇の下にいます。
 権力の中核が純化されて最高権力者が気ままに旗を掲げ、誰もそれを検証・修正・廃棄できず、若者がその旗印に熱狂する。これほど恐ろしい事態はありません。
 しかも、与党は衆議院における議席の3分の2を握り、多数決原理という正義をもって何でもできる状態です。

 先の選挙では、徹底的に情が排斥されました。
 全国いたる所で、親子・夫婦・師弟・盟友・親族が骨肉の殺し合いを強いられました。
 小泉氏が、大先輩であり党の指導者であり、衆議院議長まで務めた綿貫氏と一緒にブラウン管に映った時、能面としか言いようのない顔をし、他人ごとのように「政治とは非情なものですねえ」と言い放ったシーンは忘れられません。
 もちろん、選挙は権力闘争です。情を脇へ押しやり、非情さも発揮しなければ勝者になることはできないのでしょう。
 しかし、そうした面がこれほど明らかになり、人々があまり違和感や嫌悪感を感ずることなく、闘争が一種の見せ物として行なわれた選挙は、これまであったでしょうか。
 まるで、イラク戦争の「ピンポイント爆弾」をテレビで眺めるのと同じ心理です。
 ことは身近で起こっているので、人々は、あの時よりワクしたかも知れません。

 選挙でくり広げられたのは人間ドラマではなく、乾いたゲームでした。
 選挙民も被選挙民もこぞってゲーム感覚で参加し、勝者を讃え敗者を蔑みました。
 乾ききれない者の多くは落選の憂き目に遭い、村八分にされ、白日の下で政敵を倒し排除する者は、限りなくもてはやされるようになりました。

 情という潤いが欠落し理念という乾いたものだけで動く権力が強大になり、まだ人生をあまり知らない若者たちへ、生きた情の代わりに歴史や道徳なる衣をまとった〈国家の使命〉が与えられました。
 彼らの心は鼓舞され、優れた知能が総動員されて〈国家の使命〉は果たされようとすることでしょう。
 大地は今、飛ぼうとしています。
 飛ぶべきでないものが幻の翼をもって崖から離れる時、何が待っているか。
 明らかではないでしょうか。



 晴れた日の午後、弟子が気づき、写真におさめました。
 ご参詣の方も驚かれました。
 平和を祈り靖国神社へ詣でた後にお祀りした『平和観音様』が、明らかに泣いておられます。

 この写真を見た方々からご質問をいただきました。
「今も見られるんですか?」
 数時間だけのできごとでした。
 もう、お涙は消えました。

「どういうことでしょうか?」
 イラク派兵によって犠牲者が出ぬよう祈っておりましたが、国の未来を誤らせぬため、今の政治の潮目を変えるための犠牲者が必要になっているのかも知れません。
 イラクで自衛隊員が戦死したり、東京で爆弾の被害者が出たりせねば良いのですが………。




2005
11.23

供養を受けて良いのだろうか

 火葬が終わるまでの間、ご遺族のたってのお申し出により、葬祭会館でお弁当をいただきました。
 初めてです。
 これまで幾度となくそうした話はありましたが、すべてお断りしました。
 身内の死という人生最大の衝撃を受けておられる方々に無用の心配や出費をさせたくないからです。
 同じ理由で、送迎も受けたことはありません。
 「自分でできることは自分でやる」のは当たり前です。
 まして、行者がいいかげんな気持で人様に頼るなどということは許されません。

 日当たりと眺めの良い部屋で箸を動かしていると、ぼんやりとした違和感が胸の底に広がります。
「これで良いのだろうか………」
 我が身は一介の行者です。
 誇るべき何ものもありません。
 学歴も、財も、名誉も、実績もありません。
 当山には、豪壮な伽藍も、輝かしい歴史も、神秘的な言われ因縁もありません。
 それなのに、こうした待遇を受け落ちついた時間を用意していただくのは、心底不思議です。
 自分がこうしたもてなしに相応しいかどうかと考えれば、明確に「否(イナ)」です。
 もちろん、自分が供養されているのではなく、自分を通じてみ仏が供養されているのだということは、解ります。
 しかし、自分がいかなる人間であるかということを誰よりも知っている者としては、違和感は消えません。
 釈尊を応供(オウグ…供養を受けるに相応しい方)とお呼びし供養した人々の釈尊への尊敬・憧れ・畏怖といったものを想像すると、こうした待遇はあまりにも畏れ多く、ただただもったいなく、もうしわけなく、ありがたく、身の縮む思いです。

 出家する時は、誓いの言葉をもって剃髪(テイハツ…髪を剃ること)します。

「三界の中を流転して 恩愛を断つことあたわず 恩を棄てて無為に入り 真実の報恩者となる まさに願わくば 衆生とともに永く煩悩を離れ 寂滅を究竟(クキョウ…完成する)せん」

(私たちは迷いの世界にあり、恩愛の束縛を断つことはできない。
 世俗の恩愛を離れて出家者となり、まことにみ仏の恩に報いる者となる。
 願わくば、み仏のご加護によりあらゆる人々と共に迷いを離れ、究極の安心世界へ入ろう)
 こうして出家した僧侶は「み仏の定められた行にかける者」すなわち行者です。
 必要な衣食住は、寒さ暑さをしのげる衣装と、修法しみ仏と一体になるために定められた法衣、心身を養えるバランスの取れた食事、み仏のため御霊のため縁の方々のために修法する場所、座って半畳寝て一畳の住まい、修法・活動に必要な仏具などのモノたち、それだけです。
 いつの間にかそうしたものが調って来たのも、不思議です。

 最近までガソリンは千円か二千円しか入れられず、灯油もずいぶん節約しながらやってきました。
 今年の冬は、どうにか灯油に不自由をしなくてすみそうですが、プレハブの冷えがこたえて、3時か4時になると眼が醒めます。
 これまでも、4時前には起きようと努力しながら、なかなか毎日というわけには行きませんでした。
 しかし、このところ、すっかり習慣になり、一日がだいぶ長くなりました。
 ありがたいことです。
 歳をとって行動力が鈍った代わりに睡眠時間が減り、活動する時間が長くなりました。
 考えもしなかったできごとです。
 み仏のおはからいは文字通り人知を超えています。

 不思議不思議と思い、ありがたいありがたいと言い、深遠な悟りなど開けぬうちに未熟な行者は一生を終えそうです。




2005
11.21

運命転化法 6 ―欲しいものが手に入らない時─

 胎藏界(タイゾウカイ)の大日如来は、好みや欲しがるものを観てお導きくださるみ仏です。
 しかし、欲しいものは何でもお与えくださるのではありません。
「好む」「欲しがる」という一見自然な心のはたらきに現れているその人の因縁に応じ、与えるべき時に与えるべきものを与えたり、与えてはならないものを決してお与えにならなかったりします。
 真言宗のようなタイプの仏教を密教と呼ぶ理由の一つもここにあります。
 み仏は、その子である人間へすべての真理を明らかにされているのではなく、ふさわしくない者へは秘密にしておられるのです。
 どんなにおいしいお酒や料理でも、療養中の病人にとっては毒として禁じられるのと同じです。

 こうしたおはからいは人知を超えており、至心に合掌する時、?ああ、そうだったのか?と感涙と共に明らかになったりします。

 孝行息子Aさんは、無類の母親思い。母親の病魔と闘うことをあらゆるものに優先しています。
 一方、歳と共に気ままになった母親は、息子の介護を当り前と思い、崩れかけている息子の健康を口で言うほど気にもしません。
 Aさんはある時、当山で「自分の身はご自身で守らねばなりませんよ」と言われたことを思い出して、とうとう提案しました。
「お母さん、このままでは私が先に死ぬかもしれない。誰かに介護を頼んで、交代で付き添うことにしようと思う」
 答は、驚くべきものでした。
「いっそ、お前も一緒に死んでくれないか」
 Aさんはまだ中年にさしかかったばかり、むしろこれから新しい人生が始まる年齢です。ご一家は窮乏しているわけでもありません。
 決して惚けてもいない母親はどうしてしまったのでしょうか。

 プライバシーの問題もあってここに詳しく記すことはできませんが、「欲しい」という欲求がもつれた因縁となり、恐ろしい相を見せるに至りました。
 これも心の魔ものです。
 いかに親孝行であっても、Aさんは自らを守る強い意志を持たねば対抗できません。
「もう、俺も疲れたなあ」は崖っぷちです。
「いっそのこと」という魔ものの囁きに負ければそれまでです。
 魔ものが鋭い刃を光らせる直前にきちんと鎧をまとっていたAさんは、大丈夫です。
 ご本尊様は必ずお守りくださいます。

 魔ものに負けないことはもちろん大切ですが、それは治療法であって、魔ものをつくらないことが根本です。苦を生まないための予防法です。
 魔ものをつくらないためには、欲しいものが手に入らない時、「待てよ………」と立ち止ることです。
 そうすると、「これがないと人生はもう終わりだ」というほどものではないことが解るかも知れません。
 あるいは、「これは無茶な願いだった」と気づくかも知れません。
 もしかすると、「私は何てバカだったんだろう」あたりまで行きつくこともありましょう。
 どんなに欲求が強くとも、それが本当に必要なのかどうかは判りません。
 むしろ、強ければ強いほど警戒する心構えが必要です。
 
 不倫や権力者の傲慢などは、誤った欲求がもたらすものの典型です。
 事件のほとんどは、欲してはならないものを欲するところに生じます。
 戦争を起こし、殺し合いをさせるのは国家権力です。
 勝手に愛を欲しがった少年は、与えてくない同期の少女を殺しました。
 国家権力の暴走に歯止めをかけるための憲法が、権力の行使を正当化するための美しい飾り物をたくさんつけようとしています。

 最近、当山でよく耳にする言葉に「わきまえない」「度を超している」「やっちゃいけないことが判らない」といったものがあります。
 確かに、日本では人倫のタガがはずれかけています。
 これまでになかった不気味さが世間を覆いつつあります。
 霊性が薄れ、獣性がむき出しになりつつあります。
 
 大阪大学社会経済学研究所の発表によれば、アメリカ・イギリス・ドイツなどではおおよそ高齢になればなるほど「幸福度」が増しているのに、日本人だけが加齢と共に「幸福度」が薄れるそうです。
 こうした結果は、社会保障などの面からいろいろ分析されているようですが、人間観察力を磨いた大人の間で得も言われぬ不安感が強まり広まっていることの方が、むしろ重大なのではないでしょうか。

 自分の欲求であれ、他人の欲求であれ、権力からの欲求であれ、何か変だなと感じたならば「待てよ………」立ち止りたいものです。
 大日如来からのお知らせかも知れません。 




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2005
11.20

堂々と休みましょう

 団塊の世代には、ある律儀さがあります。
「休むのは恥だ」
というものです。
 会社勤めなら早朝から深夜まで会社にいること、商売人なら朝から晩まで汗を流すこと。
 さらに、休日も何らかの形で仕事に関わること、家にまで仕事を持ち込むこと。
 これらが当り前。
 まるで、こぎ続けていないと倒れる自転車のような感覚ではたらいてきました。

 ご自身を叱咤しながら独立独歩で生きてきたMさんの話です。
「和尚。
 もう疲れました。
 仕事、もうやめにしたいんです。
 皆、やめたい。
 休みたいんです。
 自分はだらしない男です。
 休みにして良いでしょうか」
 そうですねえと相づちを打ちました。
「『やめる』も良いでしょうが、『休む』という発想は大賛成です。
 仕事をしていても、休んでいても、一人の人間が生きているという真実に変わりはありでせん。
 そのうちにまた何か心に動くものがあれば、それに応じてその時にやれることをやろうという自然な姿勢で良いんじゃないでしょうか」

 当山も、最近まで休みなしでやってきましたが、決まったスケジュールと各種のお申し込みへ対応するという受け身だけではやりきれなくなりました。
 修法のまとめ、集中した研究、お見舞い、ご挨拶、妻を仕事から解放すること、こうしたことごとは、〈何も受けない時間〉つまり早朝や深夜だけでなく、〈何も受けない日〉をも必要とするに至りました。
 そして、休日を設けました。
 そこでの実感も答の言葉に反映されました。
「一人の人間が生きているという真実に変わりはありません」です。

 最近、病没した青江美奈という歌手が最後のステージを務めた時の様子を知りました。
 彼女の危機的状況を知らずにいたマネージャーが、舞台裏で、その唄いぶりに息を呑みんだそうです。
「まるでレコーディングなみじゃないか。何であんなに一言一言かみしめるように唄うんだろう」

 常々、ラジオやテレビから流れる歌手たちのステージぶりに不満を感じていた私は、即座に「やはり」と思いました。
 明らかに舞台などでは「流して」いるのです。
 もちろん、会場の雰囲気をリラックスさせるといった効果なども考えてのことでしょうが、あまりに惰性的な唄いぶりは聞き苦しく、誉められたものではありません。
 まれにしか歌番組へチャンネルを合わせないのでよくは判りませんが、三橋三智也・淡谷のり子・小椋佳・五輪真弓といった歌手には、一度もそうした不満を感じたことはありませんでした。
 もちろん、歳をとれば高音の伸びや声の力はだんだんに落ちます。
 しかし、「古城」や「雨のブルース」や「シクラメンのかほり」や「恋人よ」は常に同じ品位を保ち、同じ誠実さで唄われていました。
 おそらく、「レコーディングと舞台の違い」はなかったのではないでしょうか。
 歌とお経の違いはあっても、拙いなりに、いつどなたに聞かれても恥ずかしくないようなお経を唱えたいと念じてここまでやってきた行者にとっては、彼らは永遠の師です。
 〈犯しがたいもの〉のまえで誠実になること。
 歌手にとってはその対象が歌であり、僧侶にとっては経典です。変わりはありません。

 休日は、「生きているという真実」が〈犯しがたいもの〉であることを教えてくれました。
 生に誠実であれば、何をやっていても同じです。
 たとえば営業マンならば、丁々発止をやっていてもトイレに入っていても同じだということです。
 いずれの時にも生の炎は燃え、いのちの砂時計はサラサラと落ち続けています。
 仕事の時間だけが特別、あるいは学生さんにとって勉強の時間だけが特別なのではありません。
 砂時計の砂が上の容器に残っている間にできることしかできません。
 できるところまでしかできません。
 いつ砂が落ち切るかは心配ご無用、それはみ仏まかせです。
 休むことも含めて、生に誠実に生きる。
 人のあるべき姿勢とはそうしたものではないでしょうか。




2005
11.17

托鉢と猫 2

Category: 本堂建立計画   Tags:托鉢写真
 Bさんが、10日に撮ってくださった首途(カドデ)の写真を手に来山されました。
 托鉢へ出る雰囲気が顕れていて感心しました
 プロの凄みがあります。さすがと言うしかありません。
 Bさん、ありがとうございます。













2005
11.17

五力 16 ―定力 3 月へ感謝しましょう―

 午前4時、西の空にやや傾きかけた満月は、すさまじいまでの白さで天地を照らしています。
 古人たちは、月光のあまりに清らかな様子に、み仏の世界を感得しました。
 幾千年後の私も同じです。
「───ああ、ありがたい」
 
 月は太陽と異なり、ある程度観続けることができます。
 観た姿を目蓋の裏へ思い描くのも容易です。
 そうして、行者たちは心を月と一体化しようとしました。
 理想の実現を追い求める探求心は、その方法を深め、高め、精緻な修法として完成しました。
 今に伝えられる密教の秘法『月輪観(ガチリンカン)』です。

 この上なく澄み渡った霊光は、私たちの心の奥深くにあるみ仏の智慧を導き出します。
 ありのままに円かに観る智慧、我彼と分け隔てせずに全体を観る智慧、いのちのはたらき・心のはたらきの精妙さをきちんと観る智慧、それぞれに合った具体的な救済法を知る智慧、この世の本源を感得する智慧。『五智如来』のお智慧です。

 霊光に導かれ、私たちはみ仏の世界を分けいただいている存在であるという真理、そのありがたさを実感できます。
 『月輪観』によって、いつでも〈いのちの故郷〉へ帰られます。

 昨日、ご主人を亡くされ、最近は家にばかりいて気分がすぐれず、つい子供に当たってしまうという方が人生相談に来山されました。
「パワーをいたきたいのです。気持を安定させたいのです」
 そう言って握手を求められました。
 こちらから人様へ触れることはほとんどありませんが、求めに応じて心を澄ませました。
 涙ぐみ、ご安心された様子です。
 私も気持を落ち着かせたいと言って、今度は「当たられる」娘さんが同じく握手を求め、念をこらしておられます。
「なかなか集中できないものですね」
 手を離して、はにかまれました。

 パワーを出すと疲れませんかと尋ねられました。
「こうした法を行なう行者は電波の中継基地のようなものです。
 いただいたみ仏のお力を必要とされる方へお渡しするだけですから、自分のパワーが減るわけではありません。
 大丈夫です。
 ただ、引導を渡すお葬式だけはちょっと事情が異なりますが」
 返事をし、呼吸法をお伝えしました。
 呼吸法を伴う専門的な『月輪観』まで行かなくても、きちんとした呼吸法の訓練によってある程度〈揺れ動かない澄んだ心〉になる体験ができ、やがては、いつでもそこへスッと入られるようになります。
 
 お大師様は説かれました。
「もしも魔ものが現れたならば、大いなる慈悲の心になりましょう。
 そうすれば、魔ものたちは怖れて退散することでしょう」
 正しい方法で得られた〈揺れ動かぬ澄んだ心〉は定力となり、智慧と慈悲という二つの宝ものを孕んでいます。
 その光が魔ものを追い払うのです。

 こうした心を教えてくれる月へ手を合わせ、霊光に感謝しましょう。
 定力を学びましょう。
 もちろん「女性は月を眺めてはダメ」などということはあり得ません。
 バカなことを言いふらす人もいるので、念のため―――。




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2005
11.16

運命転化法 5 ―これではいけないなあと思った時―

『病気にならない生き方』についての稿で、こう書きました。
「人間の運命は、持って生まれた因縁と、育ち及び生き方の因縁によって創られます」
「無限の過去からの因縁が人間の誕生をもたらします。
 因縁解脱とは、たった今の自分を〈こうさせている〉要素のうち良きものを伸ばし、悪しきものを消すことです。
 それは、教えの実践によって成就されます」

 もう少し詳しく考えてみましょう。
 私たちのいのちのはたらきは、「身・口・意(シン・ク・イ)」の三つとして現れています。
 〈生き方を変える〉とは、この三つを変えることです。
 身体で何かを行なえば、それは習慣・癖を創ります。
 今日タバコを吸い明日も吸えば、明後日は自然にタバコが離せなくなります。
 一週間も散歩をすれば、散歩しないと落ち着かなくなります。それらはすべて〈業(ゴウ)〉となり、吉凶・幸不幸・快調不調などをもたらします。やがては子孫へ影響を与えもします。
 この明暗綾なす業を吉・幸・快調など明るい方向へと変質させ、やがてはみ仏の清らかさに近づけるものがみ仏の教えであり、その実践です。
 
 み仏のいのちのはたらきには凶・不幸・不調はなく、限りなく明るい光にみちており、それを業に対して〈密(ミツ)〉と言います。
 密は秘密の意味です。
 なぜ秘密かと言えば、愚かなままでは、自分で明るい月を雲でおおってしまうようなものであるからです。
 極楽は人間によって隠され、秘密になっています。
 また、お慈悲の深いみ仏は、ふさわしくない者へは強い光を隠して見せないからです。
 たとえば、いくらすばらしいバイクでも、まだ運転できない人へは与えられない方がまちがいを起こさせないのと同じです。
 
 三つの業が清められ三つの密になることが即身成仏です。
 それは〈三密〉の完成です。
  
 で何かを話せば、聞いている人との人間関係が動きます。
 愚かなことを言えば馬脚が現れて軽蔑され、相手を思いやる言葉が口から出れば親近感が深まります。

 で何かを思えば、いつしか思考の型が創られ、それは無意識の裡に行動の型も創ります。
 当然、話し方の型へもつながります。
 つまり、〈自分の生き方を変える〉とは〈心に抱く内容を変える〉ことに帰着します。
 
 ただし、「こんなに酒ばかり飲んでいてはいけないなあ」と思っても、思っただけでは三日坊主になるのが普通です。
 大事なのは、決心にイメージを伴わせることです。
 酒で人生を棒に振った人、酒に流されず立派に役割をまっとうした人、深酒から脱した人など、具体的であればあるほど効果があります。
 自分のいる世界と理想の世界を観ることです。
 自分がどこにいるか、どこを目ざすのかがはっきりしていなければ、心はたやすくは動きません。
 また、酒をやめる、あるいは控えるだけでなく、それと同時に、子供や妻と話す、本を読むなど、別の行動を行なうことです。

 「こんなに愚痴ばかり言っていてはしょうがないなあ」と思ったならば、そうしている自分の醜い姿を瞼に思い浮かべること、そして、それに代わる別な言葉を口にしてみることです。
 
 「こんなバカなことを考えてばかりいては大事な人生がもったいないなあ」と思ったならば、バカな思考にとらわれている自分の醜い姿を瞼に思い浮かべること、そして、具体的な目的を持って別な考えを持ち、頭をはたらかせましょう。

 いずれの場合も、究極はもちろん真言を唱えることです。
 守本尊様は、良き方向・善き生き方・まっとうな人生を目ざす人へ必ずお力をくださいます。
 何をどう唱えれば良いかは、プロへお尋ねください。




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2005
11.14

プロの覚悟 2 ─僧侶はしもべです─

 『プロの覚悟』で質問された方のお身内の葬儀を行ないました。
 お骨あげの最中弟子と共に読経をし、ご遺族が収骨室を後にされてから斎場で担当してくださった方へご挨拶しました。
 しみじみした感謝の気持が湧き、葬祭会館へ向かう車中で弟子S君へ言いました。
「今日も〈しもべ〉としてはたらかせていただいたなあ」 
 彼もそうですねえと神妙です。

 「僧侶は、皆さんのしもべです」
 これもご質問の方への答えの一部です。
 もしもプロになることを考えるのなら、この覚悟もまた不可欠です。

 僧侶は不動明王でなければなりません。
 観音様や阿弥陀様は蓮華の上におられますが、お不動様だけは頭上に蓮華を載せておられます。
 それは、衆生を上から導き救うのではなく、下からヨイショと持ち上げるためです。
 そもそもお不動様のお姿は、古代インドの奴隷の格好に発しています。あらゆる人々の奴僕(ヌボク…しもべ)となってあらん限りの力を発揮する。
 これがお不動様のお覚悟なのです。
 僧侶もまた同じでなければならないと考えています。

 そもそも、教えによれば、み仏と衆生と行者は一つです。
 それぞれではあるが本質は共通していること。
 それを「而二不二(ニニフニ)」といいます。
 であるならば、み仏へお仕えするのが僧侶の務めである以上、あらゆるご縁の方々へお仕えせねばならないのは当然です。

 また、僧侶がみ仏へのご喜捨によっていのちを永らえる存在であるならば、ご縁の方々があって初めて生きて務めをまっとうできるのですから、生かしてくださる方々よりも生かしていただく方が上であるなどと考えれば、「恩知らず」と言うしかないではありませんか。
 たとえば、イチロー選手や松井選手がファンへ対して「この俺がお前たちを楽しませてやっているんだぞ」と言うはずがありましょうか。
 「ファンの支えがあってこその選手活動である」との信念にちがいありません。

 百カ日までの法要が済んで精進落としの席にお招きいただき、挨拶を所望されたので、しもべとして無事役割を果たさせていただいたことにお礼を申し上げました。
 葬儀中に聞いたお別れの言葉によれば、今日お送りした故人は、最後に子供たちの手を握って「ありがとう」と口にされたそうです。
 魂が震えました。
 余韻はまだ明らかに残っています。

 今日も、しもべの一日は「おかげさま」と終わりそうです。




2005
11.14

プロの覚悟

 「自分は今、苦境にあって仏教へ大変関心があります。どうすれば良いのでしょうか?」
 中年にさしかかろうとする男性が、まっすぐこちらを見て質問されました。
 答えました。
 「まず考えるべきは、プロになるのか在家で信仰するのかを決めることです。
 もちろん、み仏のお救いに分け隔てのあろうはずはありませんが、ここをきちんとおさえてからいろいろ考えられてはいかがでしょうか」

 プロと在家は違います。在家とは聖職者以外のすべての方々です。
 何が違うかといえば、覚悟が違います。
 覚悟とは、いのちも含めてみ仏へ全てをかけるかどうか、全てをお任せするかどうかということです。

 娑婆で全財産を失ってこの道へ入った者としてはっきり解ったものごとの一つは、お任せできなければ真のプロにはなれないということです。

 理由は二つです。一つは、み仏へいただく浄財でいのちを永らえ寺院を維持する以上、み仏以外のものへ頼るなどということがあってはならないからです。
 み仏へ自らをお預けしていながら別の収入で生きることには矛盾があります。。
 我が身も家族のいのちも托鉢へかけるようになり、このあたりの理は、よくよく教えていただきました。
 明日の米に困っていながら、いくら歩いてもなかなか受けていただけない日は辛いものがありましたが、不思議なもので、もうこれで終わりというお宅で万札をいただき、妻や子の顔を思い出しながら帰山したといったできごとは、枚挙にいとまありません。
 み仏はこうして鍛えてくださり、お救いくださるのだなあと、幾度となく感涙にむせびつつここまで来ました。

 もう一つの理由は、前の理由と重なり面がありますが、他の収入へ頼るとプロとして必ず甘くなることです。
 これは、僧侶に限ったことではありません。
 もしも大工さんが宝くじで三億円を当てたなら、どうなりましょうか。
 腕前の鈍る方が現れはしないでしょうか。
 どんな職業であろうと、身につけた何ごとかをもって世間様から養っていただく以上、その力を磨き高めるよう全力投球をするのがプロとしての責務でありましょう。
 種々の事情から、一時「二足のわらじを履く」生活をした者として、矛盾を抱えた生き方の欺瞞性とそれに慣れてしまう堕落の恐ろしさは、身をもって体験しています。
 そうした観点からすると、ほぼ毎日のように投資関係の会社などから勧誘の電話が来る現況は憂うべきであると考えています。
 「こちらは修行寺ですから、ご縁のない話です。よそへ話をしてください」と断っても、「そんなことをおっしゃっても、私たちはあなたたちのやることをよく知っていますよ」とばかり、電話の向こうでニヤリとしている様子を感じたりすると、情なくなります。

 また、この方は、話を聞き終わった時「よく解りました。その内お茶飲みにあがります」と言われましたが、僧侶は世間様のようなお茶のみはしませんとはっきり申し上げました。
 皆さんとお会いする時は、常にプロです。
 たとえどんなにくだけた雰囲気になろうと、気を抜いてしまうことはありません。
 人生相談は、もちろん袈裟衣をつけご本尊様の前で法を結んでから行なうし、例祭が終わってお茶になり、和やかな世間話をしている最中も、構えは同じです。
 そうでなければ、寺院へ足を運ぶ方へ申し訳ないではありませんか。

 プロとそうでない方々の区別が限りなくあいまいになっている昨今、当山では、古くさくこんな風にやっています。




2005
11.13

学校へ入るまでの間をどのように導けば良いのでしょうか

 「三つ子の魂百まで」とは、三歳あたりまでに人間の核ができあがり、それが生涯をつらぬく因縁となるこを意味します。

 運命は生まれ持った因縁と育ちの因縁によって創られますが、特に三歳過ぎあたりまでにいかなる環境であったかは、子供と親の人生に大きな影響を与えます。

 近年、この時期には子供へ安心感を与え、世界への信頼を持たせることが大切であると強調されるようになりましたが、それは、見方を変えれば、大人が意識しないと子供は安心感よりも不安感を与えられかねない世の中になったことを示しています。

 家事や育児といったかけがえのない仕事を、金銭を伴う労働よりも低いと考える風潮が広がったこと、離婚の増加により母子家庭が増えたこと、核家族化して、父親や母親の不在を家族が補えなくなったことなどが原因として挙げられますが、それを論(アゲツラ)い嘆いてみても始まりません。

 生まれた子供はいかにして人間になって行くのかをよく考え、大人たちができることをやるのみです。

 五里霧中の一歳から、人間の喜びも悩みも実感できる6歳になるまでの様子と、導きの簡単なポイントを書いておきます。

【1歳の子供】

 子供は深い霧の中にいるようなものです。周囲から無条件に愛情をそそがれますが、本人はまだそれが理解できません。何も判らずただ乳を飲み、泣き、眠るだけです。飲まず、泣きやまず、寝付きが悪いこともあるために、母親にとって心身共に大変な時期です。

 いろいろ考えてみても、親は結局自分でやらねばならないので、自分がしっかりする他ありません。

 親は、子供の誕生を機会として生命・親子・先祖などについてよく考え、人間の根本を見つめることです。何かあったならば、地蔵菩薩へ祈りましょう。

【2歳の子供】

 もがき始めます。生きものとして生存し続けるために必要な行動を憶えます。話をし、歩き、意思表示もはっきりし、親は戦争のような状態になったりします。子供は白布のような状態であり、何者にもなり得ます。

 ここで必要なしつけや教育や習慣が身につくかどうかが、その後の親子にとって大きな分かれ目になります。

 親は、子供をどこへ向かわせるべきか、自分はどこへ向かうべきかをよく考え、何かあったならば、阿弥陀如来へ祈りましょう。

【3歳の子供】

 自我が形成され、周囲と自分についての認識が深まります。ここでは、欲が意思としてはっきり主張され、いかなる品位の人間になるか魂の色合も決まり始めます。我を張り、欲しい欲しいと駄々をこね、きたない言葉を使ったり嘘をついたりする場合もあります。偏食や反抗も現れます。

 放任すれば餓鬼界の人間になりかねません。いかに導くか、良くも悪しくもその成果が目に見えるようになります。

 「三つ子の魂百まで」です。子供にとっても、親にとっても大きな運命の分かれ目です。

 親は、子供がどういった世界にいるかをよく見極め、何かあったならば、不動明王へ祈りましょう。

【4歳の子供】

 自立心がかなり進み、仲間同士で遊ぶ場がどんどんできます。子供は子供らしく親は親らしくあって、共に成長できるか、それとも親子の対立の芽が出るか、吉凶の分かれ目です。親はいかに忙しくとも、とにかく目をかけ、「おかげさまを教えねばなりません。

 親が気まま勝手な生き方になっていると、後で「なぜこうなったの?」とびっくりさせられる時が来ます。

 親は、是非・善悪・虚実をちゃんと判断し、何かあったならば、虚空蔵菩薩へ祈りましょう。

【5歳の子供】

 子供の成長にそれぞれはっきりと違いが出るようになります。育て方・育ち方が否応なく明らかになります。ここできちんと導けないと、やがて修羅場をもたらしかねません。

 子供は、もう自分で何かを選び取る力がついており、それが良いものであればまっとうに成長し、悪しきものであれば、親子間や友人間に強い対立を生じさせたりします。
 人生最初の前厄年です。
 親は、子供の性根がどうなっているかを見誤らず、何かあったならば、勢至菩薩へ祈りましょう。

【6歳の子供】

 ついに人の間で揺れ迷う〈人間〉になります。幼児から脱して自分の運命を創り初め、周囲からの自立が顕著になります。自分は一人前のつもりなのに認められないなどの不満や不安や怒りから、心身に大きな変化を来たしたりもします。それをどうとらえどう導くか、親のレベルが幸も不幸も招きます。

 子供は、この世に生まれて初めての本厄年に当たります。

 親は、歴史や偉人や賢者に学び、人間というものをよく考えた上で指導し、何かあったならば、千手観音菩薩へ祈りましょう。



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2005
11.12

故人の信仰と違う宗教で弔われて大丈夫でしょうか?

 信徒Iさんからの質問です。
「嫁いだ娘が七五三のお祝いに昔から行っていたT神社へお詣りしようとしたら、新興宗教に入っているお姑さんから『神社へ行ってはだめよ』と言われ、その教団施設へ誘われて困っています。
 新興宗教の話は初めて聞いたので驚いています。
 幸いお婿さんは『俺は母親とは違うから』と理解を示していますが、この先が思いやられます。どうしたら良いでしょうか?」
 Iさんは、忙しいお婿さんは時間がないので、娘さんと一緒にT神社へ行こうとしておられます。

 ここで一番大切なのは、お婿さんの考え方です。
 彼が母親にひきずられず妻の気持を大切にしてくれる姿勢であれば、必ず何とかなります。
 そして、Iさんは、あくまでもお婿さんを立て、アドバイスはしても若夫婦の自主性を重んじることです。
 こちらの家がそうであれば、嫁ぎ先の家もそうなりやすく、若夫婦を困らせる危険性は薄れます。
 双方の親が若夫婦をそれぞれ自分の考え通りにやらせようとするのは最悪で、もしも若夫婦の間にすきま風を吹かせたりするようであれば、親としてこの上なく愚かしいことです。
 お姑さんが我(ガ)を張って若夫婦へも自分の信じる宗教に入信させようと強引に出ると大変ですが、Iさんもまた、嫁いだ娘さんと一緒の行動には細心の注意をはらう必要があります。
 たとえ正しいことであっても、〈お嫁さんの実家の口出し〉は嫁ぎ先親子にとってはカンに障る可能性が大であり、それだけで双家の感情にぎくしゃくしたものを生む場合も珍しくありません。(もちろん、健康や危険などに関することであれば、遠慮するわけにはゆきませんが)
 とにかく若夫婦の仲が第一、たとえ親であろうと個人の信仰は第二とわきまえれば道を誤りません。

 こんな質問もありました。
「キリスト教徒の友人が亡くなりました。嫁ぎ先は仏教徒で、そのお墓へ埋葬されました。大丈夫でしょうか?」
 違う宗教で供養されて安心できるだろうかという心配です。

 ここで一番大切なのは、亡きご友人が、人の生死をどう考えていたかということです。
 たとえどんな権力者であろうと、自分が死んだ後のことは生きている人たちへ任せるしかありません。
 あの世から「こういう風に葬式をせよ」などと指示できましょうか。
 もし、お骨をばら撒かれてしまったとしても、どうすることもできません。
 どう弔うかは〈弔う人々の問題〉であり、亡くなった人はは弔われる側でしかないのです。
 このことをきちんと認識し、〈自分にとっての死後は自分の心の問題である〉ことが腑に落ちていれば、死後の弔いがどのような形になろうと、まったく動ずるはずはありません。
 
 もちろん、こうして欲しいという希望のある場合は、生前にはっきり言っておくべきです。
 ただし、死は優れて自分一身の問題ですが、弔いは(家族も含めて)他人を巻きこむ社会的問題であることを忘れてはなりません。
「おかげさま」である周囲の人々の状況をよく判断した上での希望でなければならないのは言うまでもなく、そうした理が解っていれば、希望がどういう結果に結びつこうと、迷う原因になろうはずはありません。

 このご友人は、死を直前にして枕許で牧師に聖書を読んでもらい、お葬式には正式な聖職者は呼ばず、友人たちの賛美歌と皆さんのお焼香で送られたそうです。
 智慧というべきでしょう。
 ご本人の覚悟も立派、周囲の人々の対応も適切であり、御霊がどこへ収まろうと、これからどう供養されようと迷う心配はありません。




2005
11.11

托鉢と猫

 隠形流行者S君が托鉢を始めました。
 でかける準備にとりかかった頃、外資系保険会社に永年勤務したYさんが来山されました。
「入社したらいきなり飛び込みセールスですよ。
 百件歩いたって一件も相手にしてもらえません。
 まだ何も知識がなかったから、門前払いばかりで、かえってほっとしましたよ。
 もし、じゃあ説明してくれなんてことになったら、ドギマギするしかなかったんですから」
 こんな冗談で、S君の緊張をほぐしてくれました。

 Yさんと入れかわりに、テーマにしている滝の写真を手にした写真家Bさんがひょっこり顔を出されました。
 全体を蒼い空気がおおっているような作品で、白いしめ縄がとても生きています。「清浄無垢染」と口に出てしまいました。
 ありがたいことに、初出動前の写真を撮っていただけることになりました。
 さすがに、プロは構成の段取も構える角度もちがいます。
 できばえが楽しみです。

 もう太陽がかなり傾いてはいましたが、予定通りでかけました。
 皆さん快く托鉢を受けてくださり、S君は感激の様子。
 初めの数軒は二人で歩きましたが、残りは一人で歩きました。
 なにごとも、最初は大変です。
 大変に感じてしまうものでもあります。とにかく根気よく続けていれば何かを会得できることでしょう。

 猫とネズミの話があります。

 ある剣豪の家にとてつもなく大きなネズミが現れました。
 近所の猫たちを連れてきても猫が負けてしまい、剣豪の剣も空を切るばかりです。
 そうこうしているうちに、良い猫がいるというので、下男が一匹の老いた連れてきました。
 とくにこれといって取り柄もなさそうな猫なのに、家へ入れたとたん大ネズミはすくんでしまい、あっという間に捕られてしまいました。

 その夜、ネズミに負けた猫たちがこの「達人」を上座に迎え、謹んで尋ねました。
「私たちはいずれもそれ相応の力を持った者ですが、あんな強いネズミに会ったのは初めてでした。
 あなた様はいったいいかなる術を用いてネズミを捕ったのか、ぜひお教えください」
 彼は逆に尋ねました。
「皆さんはお若いし達者だ。
 ただ、正しい道筋をお聞きになったことがないのでしょう。
 まずは、皆さんの修行ぶりを聞かせてもらえませんか?」

 鋭さをみなぎらせた黒猫は言いました。
「私はネズミ取りの名手と名高い家に生まれ、修行を積み、どんなネズミも取り逃がしたことはありません。
 今日のできごとは残念でなりません」
 彼は答えました。
「君はまだ技術に頼っていますね。
 それでは相手と技比べだけになってしまういます。
 時にはそうした知恵がじゃまになってしまうものです。この点に注意してやりなさい」

 虎毛の大きい猫が進み出ました。
「自分は気を練ってきました。
 今は気合に充ち満ちています。
 相手と闘う前にもう勝っています」
 彼は答えました。
「あなたの気迫はたいしたものだが、自分を恃む気持がある。
 相手が『窮鼠猫をかむ』ような気迫で手向かってきたりすると勝てない場合がありましょう。
 気迫だけで勝てるものではありません」

 灰色の年配猫が静かに言いました。
「私はずっと心を練ってきました。
 今は、幕がつぶてを受けるように、争わず和する気持です。
 ところが今日のネズミといったら、鬼神のようでした。
 あんな強敵は初めてです」
 彼は答えました。
「あなたの和は、まだ自然に発したものではありません。
『はからい』があります。
 それがなくなれば天下無敵になることでしょう」

 最後に言いました。
「皆さんのやり方は決して悪いのではありません。
 技も、気迫も、練れた心もそれぞれ重要です。
 ただ一番肝腎なのは、それぞれの『はからい』を捨てることです。
 でも私の境地が最高ではありませんよ。
 昔、近所にこういう猫がいたのです。
 彼は一日中寝てばかりいて誰もネズミを捕ったところを見た者はいません。
 しかし、彼のいる所、行く所では一匹のネズミも出ないのです。
 四度ばかり極意を聞かせて欲しいと頼みましたが、答は一言も返ってきませんでした。
 おそらく、彼も言葉にできなかったのでしょう。
 私などは、彼に比べればまだまだです」

 これは剣の道を説いた寓話ですが、「行」というものに共通するところがありそうです。
 S君には、たゆまず歩んでもらいたいものです。
 ───今、どのあたりにいるか、時折省みながら。




2005
11.09

【現代の偉人伝 第8話】 9・11に現れた二人の菩薩

現代の偉人伝~隣にいる英雄たち~とは

アレキサンダー大王、ジンギスカン、ナポレオン、織田信長・・・戦争が生んだ、偉人とされる人々・・・。それよりも、自らを他人のために投げ打って、人や命を助けた人々の生き様こそ、学ぶべきなのではないでしょうか? あなたの身近にいる偉人を紹介してください!当山では、身近な人々の善行に関する情報を集めています。

>詳しくはこちらをご覧ください。


                                                 遠藤龍地

 2001年9月11日、ニューヨークのツインタワーへテロリストにハイジャックされた旅客機が突っこみ、2749名ものいのちが奪われた。
 消防士や警察官が献身的に救助活動を行なったが、民間人の活躍も決して劣るものではなかった。
 新刊書『9・11生死を分けた102分』は、この事件に遭遇した人々の体験と記録によってまとめられ、これまであまり知られていなかった真実が明らかになった。

 本の最後に、ビルが倒壊した後、果敢に救助へ向かった二人のエピソードがある。

 アパートに引きこもっていた元救急治療士チャック・セレイカは、事件を知り、現場へ向かった。
「なんとか酒は断ったが、救急医療士の仕事に戻れる望みはもはやなかった。
 それでもトレーナーはまだあったし、バッジも取りあげられていなかった。
 骨折の応急手当や包帯を巻くくらいのことなら、自分にもできるかも知れない。」

 ビジネススーツに身を包んでいた会計士ディヴィッド・カーンズもまた、現場へ向かう。
「事件のことを知った彼は、車でロングアイランドへ走り、海兵隊の装備をしまってある貸ロッカーへ行った。
 海兵隊勤務は数ヶ月前に終了していたが、彼の制服のズボンとジャケットはきちんとプレスしてあった。
 すばやく制服を身につけると、理髪店まで車で行って、髪をぎりぎりまで刈りこんだ。
 次に教会に寄り、牧師に頼んで祈りを捧げてもらった。
 そして新車のコンヴァーティブルの屋根をおろして、ロウワーマンハッタンを目指した」

「現場に着いてみると救助隊員たちは茫然自失の状態で意気阻喪し、組織だった捜索はまったく行なわれていなかった。
 カーンズは同じ海兵隊の男をみつけた。
 トマスという軍曹で、ファーストネームはわからない。
『行こう、軍曹』カーンズは言った。『ひとまわりしてみよう』
 周囲にはひとりも人がいなかった。
 ふたりは瓦礫の中を歩きながら、叫んだ。
『合衆国海兵隊だ。声が聞こえたら、叫ぶか、ものを叩け』
 答える者はなかった。
 彼らはさらに瓦礫の奥深く入っていった。
 第四棟では炎がうなっていた。
 でこぼこの、危険な地面の上を、二人は進んでいった。」

 瓦礫に埋もれていたウィル・ヒメノはその声を聞いた。
(彼は生き埋めになって一時間後、ある人物を探す声に応えたが、声の主はそのまま去ってしまった)
「ヒメノは全力をふりしぼって叫んだ。
『ここだ!港湾公社警察のヒメノとマクローリン。ここだ!』
『そのまま声を出していろ』カーンズは指示した。
 二・三分かかったが、カーンズはふたりがいる穴をみつけた。
『行かないでくれ』ヒメノは言った。
『どこへも行かないよ』カーンズは答えた。」

 一方、セレイカは、夕暮れの中をさまよっていた。
「ひとりになったセレイカは、つまずきながらも瓦礫をかきわけて進んでいき、ディヴ・カーンズがひとりで立っているところにたどりついた。
 上からはウィル・ヒメノの姿は見えなかったが、声が聞こえた。
 セレイカはせまい割れ目に体を押しこみ、少しずつ奥に入っていって、ようやくヒメノの手をみつけた。
『おい』セレイカは言った。
『置いていかないでくれ』ヒメノは言った。
 セレイカは脈をとった。
 しっかりした脈動が確認された。
 これが緊急治療の第一歩だった。
『置いていかないでくれ』ヒメノはまた言った。
『置いていきゃしないよ』セレイカは答えた。」

 セレイカはヒメノへおおいかぶさるようにして慎重に残骸を取り除くが、まだ崩れきっていないビルは「うめき声のような」音を出し、いつ二次災害に遭うか判らない。
 しかし、セレイカ、カーンズ、そしてだんだんに集まってきた人々は怖れず、力を合わせて黙々とはたらき、4時間かけて「危険で、暑く、時間がかかる」作業を終えた。
 セレイカは助かった。
 もっと深い所へ閉じこめられていたマクローリンは、力を使い果たした人々に代わるグループにより、朝方までかかってやっと救出された。

 疲れ切ったセレイカは家路につく。
「地上にあがったセレイカたちは、歩くのもやっとの状態だった。
 髪には煙がしみこみ、毛穴をすっかり煤がふさいでいた。
 セレイカが穴から這い出すと、ちょうどバスケットに乗せられたヒメノが警察官や消防士の手から手へとわたされて、道路のほうへ運ばれていくところだった。
 荒れ果てた現場に十重二十重に人の列ができていた。
 セレイカは患者についていくことはできなかった。
 やっとの思いで歩道に出た。
 何時間も一緒にいた仲間たちは、ファーストネームしかわからなかった。
 彼はどの機関にも所属していなかった。
 穴から出たら、ともにはたらいた仲間はばらばらになってしまった。
 何時間も前に、この日の朝に──今となっては別の時代のように思われるときに──自分の意思でここに来て救助活動にあたった人たちと同じように、彼は今、ひとりで家路についていた。
 裂けた救急医療士のトレーナーを着て、晩夏の夏、ひとりでとぼとぼと歩いていった。」

 チャック・セレイカもディヴィッド・カーンズも、明らかに菩薩である。




2005
11.08

星空に想う ─「恒」とは─

 4時頃の空にまたたく星の光には、妙なるメロディーを感じさせるものがあります。
 不思議な懐かしさや安らぎもあります。
 大きい星も小さい星も、近い星も遠い星も、宇宙全体で自分を包んでくれているような気配があります。

 冴え冴えした月を観るていると、月の歌人と称された明恵上人が「あかあかや あかあかあかや あかあかや あかあかあかや あかあかや月」と詠まれたように、無垢で稟としており圧倒され引き込まれるものを感じますが、星たちには過去や未来へ想いを馳せさせる優しさがあります。
 釈尊も、聖徳太子も、お大師様も眺められたことだろうし、50億年経って太陽がなくなる頃には宇宙を庭としているはずの子孫たちもまた、どこかで眺めているはずです。

 『法句経』は「常なる者は皆尽き 高き者も亦(マタ)堕つ 合会(※2文字でア)えば離るる有り 生ける者死有り」と無常を説き、「常」は変わらぬように見えていながら変わるものですが、動かぬ星を恒星と呼び、無常の理そのものが変わらぬことを「恒」というように、星空には「またたき」や「流れ」があるにもかかわらず時空を貫く「恒」を感じさせるものがあります。

 『平家物語』に、子が泣いて親を諫める場面があります。
 謀反を企てた一味が捕らえられ、背後にいると目される後白河法皇を清盛が幽閉しようとした際、長男重盛が駆けつけ、「恒」を説きました。
「父上のご運はもはや末に至りました。
 人は、運の傾く時は必ず悪事をなそうとするものです」
 法王を貶めるなどという道に反したことを考えるようでは、もう家運の衰退は必至だと指摘しました。
「まず、この世には『四恩』があります」
 出家した父へ、子が出家者にとって基本中の基本である「恩を忘れない」という教えを説いたのです。
 平服で駆けつけた息子を武具で固めた姿で迎えるのは面はゆく、鎧の上へあわてて法衣をはおった清盛はどう聞いていたのでしょうか。
 権力のすべてを平家一門で握り、トップにいる清盛へいかなる者も意見できなくなっていた時、慢心こそが一族を滅ぼすと観て理を説いた重盛は炯眼(ケイガン)と言わねばなりません。
 事実、2年後に重盛が病没し、さらに2年後には清盛も没し、その4年後には壇ノ浦で平家滅亡となりました。

 父を説得するために重盛も引用した聖徳太子の『十七条憲法』は「恒」そのものです。
 第一条の「和をもって貴しとし、忤(サカラ)うことなきを宗とせよ」は、人倫の基本です。
 昨今は誰しもが平和を口にしますが、平和とはいかなる状態を指すのでしょう。
 武装したガードマンや警官が街中で目を光らせ、セキュリティの完備した家に住めばそれが平和なのでしょうか。
 一切を意のままにできる権力者になったなら平和を実感できるのでしょうか。
 また、権力者に阿(オモネ)て物言わぬ羊になり切れば平和なのでしょうか。
 和は「なごやか」とも読みます。人々が心からなごみ、我の張り合いから生ずる愚かしい争いのない社会こそが理想であるとされた聖徳太子の願いは当り前であり、まっとうであり、千年単位の時をへだてても私たちの魂に訴えかけます。
 この条文は、政治を司る者は何よりも平和を目ざさねばならないと、権力者を戒めたものでもありましょう。
 和を軽んじて理想社会は実現され得ません。

 第十条では、

「心の忿(イカリ)を絶ち、おもての瞋(イカリ)を捨てて、人の違うことを怒らざれ。
 人みな心あり。
 心おのおの執るところあり。
 かれ是とすれば、われ非とす。われかならずしも聖にあらず。
 かれかならずしも愚にあらず。ともにこれ凡夫のみ。~」

と説かれました。
 我のみが正しいとする愚かしい考え方が怒りや争いを生む。
 人それぞれ思うところが違うのだから、相手が愚かで自分が正しいと思っても、お互いに愚かさを抱えた人間同士としてそれぞれが自分を省みる姿勢を失ってはならないとされたのです。

 そして最後の第十七条です。

「それ事はひとり断(サダ)むべからず。かならず衆とともに論(アゲツラ)うべし。少事はこれ軽し。かならずしも衆とすべからず。ただ大事を論うに逮(オヨ)びては、もし失(アヤマチ)あらんことを疑う。ゆえに衆と相弁(アイワキマ)うるときは、辞(コト)すなわち理を得ん。」


 権力者には、気まま勝手は許されない。
 必ず衆知を集めて議論を深めよ。
 小さな問題ならば独断でも大丈夫である場合もあるが、大きな問題に関しては決して誤るわけには行かないのだから独断は許されない。
 必ず衆知をもって道理を見極めなければならないと説かれました。

 総理大臣になった中曽根康弘氏は、先輩の後藤田正晴氏を官房長官として迎えました。
 理想家肌で明確な国家イメージを持ち、「青年将校」と呼ばれた自分が暴走せぬよう、見張っていてもらうためです。
 カミソリと畏れられ歯に衣を着せぬ「うるさ型」後藤田氏は、重要な場面で臆することなく直言しました。
 中曽根氏は「これをやれば明らかに自分の手柄になる」と思われる政策についても信頼する先輩の意見に謙虚に耳をかたむけ、場合によっては遂行を断念し、国を誤らせることなく職責をまっとうしました。
 きっと十七条に導かれ、「恒」を重んじたのでしょう。

 「あるべき様を背く故に、一切悪しきなり」。
 明恵上人は、人はそれぞれ生きている場で「いかにあるべきか」を考え、我ではなく、不変の真理によってつかんだ「あるべきよう」を生きねばならないと説かれました。
 それが人間本来の正しい生き方であり、「あるべきよう」でないところに悪が生ずるとされました。

 思いつくままにここまで書き、「ああ」と嘆息が漏れました。
 ───昨今のありようは。
 もう充分に明るく、猫が餌をねだって鳴き始めています。




2005
11.07

11月の守本尊様は阿弥陀如来様です

今月(11月7日から12月6日まで)の守本尊様は阿弥陀如来様です








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2005
11.07

11月の真言

 その月の守本尊様をご供養しお守りいただきたい時、願いを成就させたいと念じる時、つらい時、悲しい時、淋しい時は、合掌して真言(真実世界の言葉)をお唱えしましょう。

 たとえ一日一回でも、信じて行なえば、ご本尊様へ必ず思いが届きます。

 回数は任意ですが、基本は1・3・7・21・108・1080回となっています。



阿弥陀如来(あ・み・だ・にょ・らい)  





「オン アミリタテイセイ カラ ウン」




今月の真言をお聞きになるにはこちらをクリックしてください。音声が流れます


※お聞き頂くには 音楽再生ソフト が必要です。お持ちでない方は、

 こちらから無料でWindows Media Player がダウンロードできます。





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2005
11.07

11月の聖悟

「酒はこれ治病の珍、風除の宝なり」 ─弘法大師─



(酒は病気を治す妙薬であり、風邪を予防する宝ものでもある)



 お大師様は、こう遺言されました。

 一方、仏教の基本的な戒律である『五戒』は、「不殺生、不偸盗(フチュウトウ)、不邪淫、不妄語、不飲酒(フオンジュ…酒を飲まない)」」となっています。

 どういうことでしょうか。



 まず、『五戒』から考えてみましょう。

 五番目にある「不飲酒」は、深酒によって「不亡語」に続く『十善戒』の残りの六つが破られてしまうことになりやすいので、戒めるものです。

 六つとは、「飾り言葉を使わない」「悪口や粗暴な言葉づかいをしない」「二枚舌を使わない」「貪らない」「怒らない」「邪な考えを持たない」です。確かに、酒に負けるといいかげんなことを口走ったり、飲み過ぎてしまったり、つまらぬことで争いになったりします。

 

「父母恩重経(ブモオンジュウキョウ)は、説いています。

「いかなる親孝行をしても、仏法僧の三宝を信じないままにしておいては親不孝である」

「たとえ父母を一生遊んで暮らさせるとも、酒色に溺れるにまかせておいては親不孝である」

「ひとたび酒色に溺れれば、悪魔がその隙を襲い、妖しい者どもが近づき、散財し、人倫を失い、怒りを発し、怠惰になり、心乱れ、智慧ははたらかず、行いはケダモノに等しくなってしまう。昔からこれによって身を滅ぼし家庭を崩壊させ、国王は危機を招き、結果的に親を辱めさせて来たのである」

 父母の恩に報いるには、み仏を信じ、教えと法を尊び、寺院やみ仏に仕える人々のためになる道へ誘うことが欠かせず、それを怠ってただただ楽をさせるだけでは、父母を恥ずかしい状態にさせておきかねず、親不孝であるというのです。

 ここでも、飲酒の恐ろしさが色狂いと並んで厳しく指摘されています。



 さて、レオナルドダヴィンチと並び称せられることもあるお大師様の広範なお智慧は、書や文学や哲学はもちろん、土木・建築・薬学・医学・天文学などにまでわたり、まことに驚異的なものです。

「路傍の草や石といえども、解っている者にとっては薬となり宝ものともなる」

と説かれ、人間などのいのちはもちろん、万物を活かす智慧と法を生涯にわたって探求され、説かれ、遺されました。

 スーパーマンでおられたお大師様にとっては、古来薬として用いられて来た酒も大事な治療薬だったに相違ありません。

 また、密教の根本経典では、いのちの勢いを正しく活かす「大欲(タイヨク)」に生きることが行の目標とされ、マンダラは宇宙にあるありとあらゆるものを尊ぶ教えの象徴です。

 ここには、酒を恐ろしいものとして排斥する姿勢はありません。



 酒に関して悪しきものは酒に負ける弱い心であり、酒そのものに罪はありません。狂った人が手にすれば人を殺め、料理人が用いれば絶妙の料理を生み出す包丁と同じ理です。

 真の智慧さえあれば、酒は心身の病気を癒す立派な薬なのです。

 これから寒さに向かいます。忘年会シーズンでもあります。

 飲めるならば、薬となり、人間関係の潤滑油となる範囲で「ありがたく」たしなみたいものです。




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2005
11.05

11月の運勢(世間の動き)

 今月(十一月七日より十二月六日まで)は、表面的には派手な動きが目立つ一方で、何かが突然止まるといった現象も起きがちです。

 うまい口上で大衆を動かす者がリードし、大衆もまたそうした者へ称賛を送り、大きな動きが始まります。流れに乗る者は一時的に栄え、異を唱える者は苦汁をなめねばなりません。悲憤慷慨するならば、その表現方法に細心の注意を払う必要があります。

 万事、行動を起こす際は相手や周囲の状況や反応を確かめながらやりましょう。特に強い者・権勢のある者については慎重にやる必要があります。



 同じような性向の人々が親和し、集うところには予想以上の力が生まれ、老若を問わず女性が団結した場合の力は特に大きくなりましょう。親和は、足し算ではなくかけ算の力を生むものです。

 この時期に、長幼の序をわきまえ、親和を大切にするならば、その徳は後に花を咲かせましょう。逆に親和を無視したり破壊したりすれば、後に冷たい世界へ入らねばならなくなります。



 不動産や金銭について大きな問題を起こさぬよう厳に注意しましょう。ここで悶着になると、自分の代はともかく、後に続く人たちへ重荷を背負わせることになってしまいかねません。

 地震や火災に気をつけましょう。また、何かが止まってしまっても焦らぬことです。?ああ、来たか?と冷静に対処できる心構えでいることが肝要です。




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2005
11.05

藤沢周平に触発された女性行者

 『ニューズウィーク』の10月24日号に興味深い記事が載りました。
 「サラリーマンにとってのサムライ ─ノスタルジア作家の藤沢周平氏が亡くなって8年後、藤沢氏は今まで以上にファンに愛されている─」というタイトルです。
 藤沢周平は、剣を持った時代を背景に日本人のこまやかな人情・人々の素朴で気概ある姿勢・宿命を飄々と生きる人間の姿などを描いて右に出る者のいない作家です。作品は、仏教の無常観やみ仏の慈悲の実感といったものがまだ強く活きていた時代の空気を余すところなく伝えてもいます。
 
 法句経の勉強会から隠形流居合を通じての不思議な縁で、隠形流居合の行者田熊サチさんが、藤沢周平について記者のインタビューを受けました。
 興味深い全文(田熊さんの妹さんが訳しました)を記しておきます。

 東京で文学の講義をしている大久保トモヒロ氏がクラスの退職者の生徒にどの作家について勉強したいかを尋ねたところ、大多数の人々が「藤沢周平」と答えた。
 藤沢氏は1997年に亡くなるまで江戸時代の生活についての作品を数多く書いた。
 大久保氏は生徒の要望に快く応じ、「藤沢は名人的作風で全ての作品を描いている。画家は色と色調とを使うものだが、藤沢氏は季節や風景、人間の感情を言葉を使って表わしている」と述べている。
 他にも藤沢のファンはたくさんいる。彼が亡くなって8年経つが、今まで以上に人気が出てきている。
 日本では3200万部以上の藤沢小説が売れた。藤沢氏の影響は本の売り上げだけに留まらない。
 10月1日から北海道から沖縄までの250館以上の映画館で、忠実で感動的な恋愛を描いたサムライ小説「蝉しぐれ」が公開された。
 「藤沢周平の世界展」では何千人ものファンが東京世田谷区文学館で氏の質素な調査記録や愛読していたミステリー小説、CDを見学している。
 9月17日にこの展覧会が開かれて2週間後には5000人以上の客が訪れた。これは前例のない人数である。
 館長である(ディレクター)イクタヨシアキ氏は「このブームは根強いものです。来館者は藤沢の作品に強い愛情を示し、古き日本と人生において何が大切なのかを考えさせられるようですよ」と述べた。
 藤沢作品(氏)が永遠に訴えるものとは何か?一つは普通の人々を優しく雄弁に描いたことと、社会的敗者に対して親近感を持っていたことである。
 「私は年老いた農夫が寒い天候によって、荒廃してしまった田んぼにただ一人立っているのを眺めたり、年老いた職人が一生桶を作っているのを観ていると深く尊敬してしまいます。私は無名で、普通の人生にはすばらしい人間的ドラマが見えます。」と藤沢氏は書いていた。

 彼のサムライ小説は低い身分の武士について描いたものが多い。剣士の身分だけではなく、封建的な領土に仕える権力によるもがき、陰謀、友情、恋などの日常生活が描かれている。どの角度から見ても登場人物は現代のサラリーマンに似ている。大久保氏は「だから退職したサラリーマンたちは登場人物に自分達を同化するのです。」と語っている。
 藤沢氏自身、産みの苦しみというものに耐えた。彼は1927年鶴岡郊外の貧しい農家の次男として生まれた。結核を患い、教師の職を失うことになった。1963年に娘が生まれ、まもなく妻が亡くなり、生計を立てるために東京の新聞社で働いた。
 藤沢氏は40歳まで小説を書いたことはなかったが、一度書き始めたら、亡くなるまで書くことを止めず、60冊以上の作品を書き続けた。
 「たそがれ清兵衛」などの作品は映画化され、この映画は2004年に外国語部門でオスカーにノミネートされた。
 しかし藤沢氏は自身の作品を映画会社へ売ることに対して気が進まなかった。実際、人気作品である「蝉しぐれ」の許可をもらうのに監督の黒土三男は3年を要した。
 藤沢氏がその映画を見たならきっとその映画を認めただろう。若いサムライである文四郎と近所の娘ふくが育った城下町の風景は息を呑むほど美しい。数年後の運命的な別れに失望と屈辱したお互いの顔ですら深い愛情がある。蝉の鳴き声が重要な場面である。
 黒土監督は「藤沢氏の小説と人格は私達が失ってしまったものを切望させる。他の人々への真の哀れみとどのように心行くまで懸命になされるかを。」と語っている。
 藤沢ブームは衰える兆しがないようだ。彼のファンは高位の政治家からビジネスマン、若い営業マン、OLなど全ての人を含んでいる。
 仙台の25歳の事務員、田熊サチは17歳のときに藤沢小説を読み始めてから、居合を始めた。
 彼女は「藤沢作品の登場人物はステレオタイプの剣士ではなく、実際に存在する人間のような印象を与える。彼らは私達のように感じる。」と語っている。
 藤沢氏のファンはさらに膨らんでいる。
 11月には講談社インターナショナルから英語版の「竹刀と他のサムライの物語(The Banboo Sword and Other Samurai Tales)」が出版される。
 藤沢氏は一度、自分の夢は人生を静かに終え、跡形無く消えることだと語った。今ではそのチャンスはないようだ。




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2005
11.04

【現代の偉人伝第7話】 K医師

現代の偉人伝~隣にいる英雄たち~とは

アレキサンダー大王、ジンギスカン、ナポレオン、織田信長・・・戦争が生んだ、偉人とされる人々・・・。それよりも、自らを他人のために投げ打って、人や命を助けた人々の生き様こそ、学ぶべきなのではないでしょうか? あなたの身近にいる偉人を紹介してください!当山では、身近な人々の善行に関する情報を集めています。

>詳しくはこちらをご覧ください。



                                               遠藤龍地



 常々筆舌に尽くせぬお支えをいただいているK医師からメールが入っていた。午前2時半過ぎに書いているという。



 K医師は、工学部と医学部を出ている名医で奥さんも医師。おしどり夫婦で知られている。工学部的な発想で画期的な医療機器の開発を行なったりして活躍中である。

 メールは目を見張らされるものだった。



 彼は、平均寿命の延びたことに不安を持っている。「過半数の寿命が80才を越えるというのは人類史上初めてのことで、精神寿命の伸びが追いついていないように思う」そうである。

 子供たちの図体は昔より大きくなったけれども運動機能はそれに比例して伸びてはいないし、人間としての精神年齢も追いついていないのではないかという指摘はたくさんある。実際そうだろうなあと考えざるを得ない場面もいろいろあった。しかし、寿命が延びた分精神的成長が追いついていないという指摘は、寡聞にして初めて目にした。

 

 彼は続ける。

「大脳生理学的には、人間の精神的行動は元来の性癖に向かうところを、大脳で抑制しているというメカニズムです。ところが大脳の働きが落ちてくると、抑制が取れてくるので、個人の個性が露わになってきます。それで、若い内から野放図に活きてきた人は段々本性が露わになってきて、晩節は嫌われ、軽蔑されながら最後を迎えるケースが結構あります。個人の不徳が周囲をも不幸にします。」

 人間の脳は自然に欲を抑制するようにできており、年をとってその抑制が薄れるに従って〈これまでどういう生き方をして来たか〉が明らかになる。もしも気まま勝手な生き方をしていると、それが晩年に人間性となって現れ、嫌われたり軽蔑されたりするばかりではなく、そうした人格は周囲の人々を傷つけるというのである。

 そして、親を看病する子供は親の精神的荒廃を目の当たりにして親を嫌うようになり、やがては〈親を嫌う自分〉に悩むようになる場合もある。こうした愚かな親は「子不幸」であり、「恐ろしいことです」と続いている。



 夜半過ぎに亡くなられた方をお送りした後で書かれた文章は、こう結んであった。

「80才を越えて善人の人は本当によい人なのでしょう。晩年の生きようが、その人の総決算だとすれば、日頃から、教養と徳を積む努力を怠らないことが大切だと考えさせられます。」

 生かすことが使命であり、医学の進歩の結果長く生きるようになった人々をじっと観ながらはたらく医師。人間のありさまを知り尽くし、自らの心身をすり減らしながら黙って他人のいのちに仕える医師。

 彼も、もう還暦。偉人であると思う。





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2005
11.03

11月の例祭

 護摩の修法を行い、ご供養とご祈願により皆様とみ仏とのご縁を深めていただきます。



 例祭で行われる護摩法は、願いが最も早く仏神へ届く秘法です。

 どなたでも自由に参加できます。

 たくさんの願いを持って守本尊様にお会いし、悪い縁や弱い運気や自分のいやなところは智慧の火で燃やし去っていただき、良い縁を固め運気を高め、精進がすばらしい花を咲かせるよう大きなお力添えをいただいて下さい。



 毎月第1日曜日(11月6日) 午前10時より

 毎月第3土曜日(11月19日) 午後2時より



 要注意の月に当たる方(新聞『法楽かわら版』に掲載しています)は特に不意の災難に遭いやすく、尊きものを尊び五種供養の心を忘れず、例祭にお参りするなどして、み仏のご護をいただき無事安全な日々を送りましょう。



【五種供養】

○「水」のごとく、素直に、他を潤し、心の汚れを洗い流さん

○雨風に負けず咲く「花」のごとく、堪え忍び、心の花を咲かせん

○「線香」のごとく、たゆまず、怠らず、最後までやりぬかん

○己を捨てて「食べ物」となる生きものに感謝し、心身を整えん

○「灯明」のごとき智慧の明かりで道を照らし、まっすぐに歩まん








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2005
11.03

地獄界はどうなっているのでしょうか

 地獄界や餓鬼界はどうなっているのか?
 それは人間次第です。
 なぜなら、因果応報が宇宙の原理である以上、行なった行為の報いとして堕ちるのが地獄や餓鬼界だからです。
 これまで、そのありさまはさまざまに説かれて来ました。
 卓越した行者が深い瞑想で観たものもあることでしょう。
 実際にあの世へ入り込み、奇跡的に生き返った人の語ったものもあることでしょう。
 み仏からお示しいただいた善男善女もいることでしょう。
 いずれ、針の山は、人間の心身を針で刺すしわざに即した報いの世界であり、血の海は、人間の心身から血を流させたしわざに即した報いの世界であり、舌を抜かれるのは、嘘をついて人間の宝ものである言葉を汚したしわざに即した報いの世界であり、水があっても飲めないのは、水を汚したり水を与えなかったりしたしわざに即した報いの世界であるにちがいありません。

 地獄界も餓鬼界も、過去の因縁が積み重なってできています。
 因縁でつくられるものであるならば、それは変化しています。
 あの世がいかなるものとなるか、すべてはこの世のありさまにかかっています。
 さて、地獄界や餓鬼界などの底はいくらかづつ浅くなっているのではないでしょうか。
 人間は向上の途上にあるからです。
 ギロチンや張りつけや火あぶりといった刑罰はなくなりました。
 情報化社会となり、世界中が残虐行為などを監視するようにもなりました。
 文明が発達して生活が便利で楽になり、飢饉などの被害もだんだん少なくなってもいます。
 しかし、依然として人間は殺し、盗み、裏切り、嘘を言い、愚かしい考えで行動しています。
 依然として環境を破壊し続けています。
 動植物の種を絶えさせつつあります。
 虐殺し、飢餓で死んでいます。
 依然として兵器を開発し、原爆を持ち、発展途上国は搾取されゴミを捨てられたりして環境を破壊されつつあります。
 日本では人倫を知らぬ子供たちが増え続けています。
 こんなことを続けていると、これまでより深い地獄界をつくりかねません。
 これまでより悲惨な餓鬼界をつくりかねません。

 あの世の様子は、すでにこの世に顕われています。
 地獄界や餓鬼界をどうするか、そうした悪所へ行くのか行かないのか。
 たった今、自分はどうするか、これから先をどう生きるか、すべては人間の生き方にかかっています。




2005
11.02

人はなぜこの世に生まれ、死ぬのでしょうか 

 人間はなぜこの世に生まれるのか?
 それは、宇宙は膨張という形で発展し、魂は向上という形で発展し、魂にとってこの世が向上の場だからです。
 宇宙はビッグバンに始まり無限の膨張を続けています。魂もまた、脳細胞の使用割合の増加に顕われているとおり磨かれつつあります。
 人間の頭脳は、現在、与えられている脳細胞の15パーセント前後しか使われていないとされますが、以前は使われる割合がもっと小さかったのですから、発展していることにまちがいはありません。
 そのことは、人間の一生を観てもすぐ解ります。
 子供のころと、大人になってからと、晩年とでは、どう違うでしょうか。
 年を追って生きものとしての動物的力はどんどん落ちるのに、人生の意義などへの理解は逆に深まります。
 脳細胞は20歳くらいから1日約10万個づつ死滅し始めます。
 運動機能なども含めて魂の入れ物である肉体は古くなれば一旦消滅するモノの原理で消滅へ向かうけれども、魂は限られた期間内でどんどん向上し、洞察力などの根本的機能を高め続けます。
 このように、宇宙も魂もまだまだ未完成です。
 だからこそ、魂は五感を備えた人間として生まれる必要があるのです。

 人間はなぜ死ぬのか?
 それは「生(ショウ)・住(ジュウ)・異(イ)・滅(メツ)」がこの世の原理だからです。
 いのちある者も、ないモノも、すべてはそのもの特有の形をとって生まれ、存在し、形を変え、消滅します。
 人間に当てはめれば、釈尊の説かれた「生・老・病・死」です。
 生まれた人間は、生きているうちに歳をとり、だんだんに老います。
 その変化がはっきりと現れるのが病気です。
 不整脈があればそれは脈拍の〈異〉常であり、ガンは〈異〉物。その〈異〉が進めばやがて〈滅〉としての死がやってきます。
 生まれたならば、必ず死なねばなりません。

 しかし、誕生と死は、無から生じ、また無へ還ることではありません。
 お大師様は、
「阿字の子が 阿字のふるさとたちい出て またたち帰る 阿字のふるさと」
と説かれました。
 誕生とは、「阿」で表わされる無限のいのちの世界からこの世へ旅立ってきたようなものです。
 み仏のいのちを分けいただいているのが私たちです。
 子供を「授かった」と言うのはこのことです。
 私たちのいのちは、み仏からお授けいただいたものです。
 死とは、そのいのちをみ仏へお返しすることです。
 元の広大ないのちの世界へ帰ることです。そこはふるさとに他なりません。
 いつ帰るのか、その時期は人間の決めることではありません。
 授かるのがみ仏のおはからいであるのと同じです。

 ふるさとである「あの世」は、基本的に休む世界です。
 この世の「切った張った」は、もう、ありません。
 だからお別れの時、決まって「どうぞゆっくりお休みください」「どうぞ安らかにお眠りください」と言います。
「どうか、あの世では安心に過ごせますよう」
 これは万人の願いではないでしょうか。
 しかし、どこでどのように休むことになるかは、この世での生き方次第です。
 なぜならば、原因は必ず結果を招くという「因果応報」の真理は、この世とあの世をつらぬいているからです。
 人を騙し、苦しめ、利用し、好き勝手なことをしたけれども、うまくのうのうと過ごした人。こんな人の積んだ悪業は、死によって帳消しになるはずがありません。あの世が逃げ場になると考えたら大まちがいです。
 人と助け合い、思いやりを忘れずまっとうに生きた人の積んだ善業もまた、死によって決して帳消しになるものではありません。
 つまり、場合によっては、あの世で必ずしも休憩が得られるとは限らないということです。
 悪事の多かった人は地獄界や畜生界へ行ってしまい、とても休むどころではないことでしょう。
 本来の「み仏のいのち」に還り切るためには、自らの悪行の重さ・恐ろしさをしっかりと魂で受け止める長い時間が必要なのです。
 殺人者も不倫者も二枚舌を使った者も、皆あの世で被害者の苦しみを体験するようになる、とされているのはこのことです。

 人は、「どうか、あの世では安心に過ごせますよう」と願い、「追福菩提(ツイフクボダイ)」と称して、遺族などがこの世で行なう善行の功徳があの世へ届き、御霊により苦しみの少ない所へ行っていただくよう祈ります。
 地獄界から天人界へ、あるいは修羅界から菩薩界へと導く修法も大きな力を発揮します。
 あの世でちゃんと休むには、この世で善行にいそしまねばならないし、追福菩提の供養をしてもらえるように徳を積んでおかねばなりません。
 さらには、いつの日かこの世へ転生する時に、みじめな者にならないためにも………。




2005
11.01

11月の真言

 その月の守本尊様をご供養しお守りいただきたい時、願いを成就させたいと念じる時、つらい時、悲しい時、淋しい時は、合掌して真言(真実世界の言葉)をお唱えしましょう。

 たとえ一日一回でも、信じて行なえば、ご本尊様へ必ず思いが届きます。

 回数は任意ですが、基本は1・3・7・21・108・1080回となっています。



阿弥陀如来(あ・み・だ・にょ・らい)  





「オン アミリタテイセイ カラ ウン」




今月の真言をお聞きになるにはこちらをクリックしてください。音声が流れます


※お聞き頂くには 音楽再生ソフト が必要です。お持ちでない方は、

 こちらから無料でWindows Media Player がダウンロードできます。





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2005
11.01

運命転化法 4 ―なすべきことを行なっても事態が好転しない時―

 Sさんは、どこと言って非のうちどころのない模範的な母親であり、妻であり、娘であり、職業人です。
 まさに七面八臂(シチメンハッピ…たくさんの面と腕を持った仏神のようにあれこれと大活躍すること)の方ですが、難問を抱えられました。
 介護の必要になった母親が、なかなかそばから離してくれなません。
 老いた母親は、介護士さんなどの手を借りればこと足りる面がたくさんあるにもかかわらず、すべてを娘の手でやってもらわないと気が済まないし、いつも目の前にいないと不安だと訴えるのです。
 Sさんは仕事を辞め、身体のあちこちに故障を起こしながらも奮闘し、み仏へもおすがりして文字通り全力投球をしていますが、母親の病状も縛る姿勢もなかなかよくならず、これは一体どういうことなのでしょうかと根っこを問われました。
 信心深いSさんは、今までみ仏の厚いご加護を実感しながら生きてこられただけに、「なぜ?」と考えないではいられなかったのでしょう。

 Sさんはいつ誰に対しても献身的で、己を後にし、相手のためを第一にして来られました。
 まさに観音様のような方です。これまで、Sさんの周囲におられる皆さんはすべてその思いやりによって救われました。
 そうしてやって来た今、どんなに尽くしても、「娘の健康のため家族のために自分は少々がまんする」たったこれだけができない母親にすがりつかれ、一緒に沈没してしまう怖れさえ感じているのですから無理はありません。

 あれこれやりとりした後しばしの沈黙があり、Sさんは一言一言かみしめるように口から言葉を絞り出されました。
「『もっと自分を大切にしてください』と教えていただきましたが、そうやっては相手がかわいそうだなと思っても、全体を観て、厳しくしなければならないところはちゃんと厳しくしなければならないんですね。
 相手に対しても、自分に対しても。
 ―――母親がこうなったのは自分にも原因があったのでしょうねえ」
 ついにSさんは解られました。
 み仏は、Sさんの魂を向上させるために、たやすくは楽にさせてくださらなかったのです。
 Sさんは、努力し続け信じ続けた結果、明らかに自らの因縁に気づかれました。
 そして、真実のありさまが深く腑に落ちた瞬間、それは解消の速度を早めたにちがいありません。
 み仏は、これまで何度もお救いいただいたのに今回はなかなかそれが実感できないにもかかわらず、信を曲げないSさんへ、大きなご褒美をくださったのでしょう。

 周囲に問題が発生した時、たいていの人は、問題を起こした人が悪く自分は〈巻き込まれた人〉、被害者としか思えません。
 子供が曲がった場合、学校や友だちや社会のせいにして自分を被害者であるとする親御さんすらおられます。
 しかし、よく観ると、自分が問題の根元にかかわっていたりするものです。
 そもそも、自分のありようと無関係なできごとは、この世に何一つありはしません。
 そのことは、欲望や損得が先に立つ普段の頭で考えただけではなかなか思い至りません。
 やるべきことをやり、仏神を尊ぶ謙虚さへもたらされる真実です。
 因果応報は真理です。汗を流し、信じる人は、必ずその因に応じた果をいただけます。
 揺るがぬ精進と信心で運命を転化しましょう。 




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