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2006
03.31

幸せを何倍にもする方法4 ―『覆』を払いましょう―

 幸せを共有させない邪魔ものに「覆」があります。
 この文字には二つの面があり、普通、「フク」と読む場合は「くつがえる」「くつがえす」という意味で使われます。
 ここで用いられるように「かくす」の場合は、「フ」「フウ」と読むことになっていますが、仏教では、特に「フク」と読むのが決まりです。

 因果応報を知らず、「自分可愛さ」や「もの惜しさ」のために現実から逃げてしまう愚劣・卑劣・卑怯な態度が覆です。
 覆い隠そうとするものは、悪行など、明らかになっては〈都合の悪いもの〉です。
 
 一生、罪過と無縁な人は一人もいません。
 なぜなら、人間としてこの世に生まれる以上、必ず無明を抱えているからです。
 言い換えれば、無明があるからこそ、この迷いと苦の娑婆へ生まれるのです。
 その「生」は、やがて「老」と「病」と「死」とを招きます。
 これが無明の現われとしての宿命、『四苦』です。
 私たちは、一生、四苦と向き合い、気がつきながらあるいは気づかぬうちに自分の犯した罪過の始末をつけながら人生を歩み続ける存在であり、その歩みこそが霊性を磨く尊い一歩一歩です。
 それなのに覆へ逃げようとするのは、愚かしさに愚かしさを重ねる行為であり、待っているのは地獄に相違ありません。
 釈尊は、『法句経愚暗品第十三』において説かれました。

 過罪の未だ熟せざるときは、愚は以て恬淡たり、其(ソノ)熟処(ジュクショ)に至って、自ら大罪を受く
(自分の犯した罪科が結果をもたらさぬうちは、愚か者は平気の平左で過ごしている。しかし、いずれ必ず、自ら大きな罰を受けねばならぬ時が来る)

 愚の所望する処を、苦に適(イタ)るとは謂わず、厄地(ヤクジ)に堕するに臨んで、乃ち不善なりと知る 
(愚か者は、悪行を犯しながら、その結果は自分へ降りかからぬだろうと考えている。しかし、来世に生まれ変わった時、悪行を為した者の行く所の恐ろしさを知るであろう)

 愚惷(グシュン)は悪を作(ナ)して、自ら解(サト)ること能わず、殃(ワザワイ)を追うて自らを焚(ヤ)き、罪、熾燃(シネン)と成る
(愚か者は、悪行を犯しながら、その悪しきことに気づかない。しかし、自ら災厄を追うかのごとき運命となり、心身は業火に焼かれるであろう)

 さて、今日、この稿を書く予定でいたところ、六時にやって来た行者S君から、境内地入り口の表示板が壊されているとの報告を受けました。
 何者かが境内地へ車を乗り入れて表示板の支柱へ車をぶつけ、そのまま逃走していました。
 大きなガラス戸は落ちて割れ、貼ってあった写真も無惨な姿になり、鋼製の支柱はぐにゃりと曲がって使い物になりません。
 軍手をつけて後始末をしながら、聖地でこうした行為が行なわれる「時代と時代を創っている人間の低劣さ」を思いました。
 犯人が哀れになりました。やっとの思いで購入した表示板をしっかり取り付けてくださったTさんとSさんの姿が思い出されました。

 朝食を一緒にしながら、S君へ
「『法句経』に、逃亡先はどこにもないとあったよなあ。
 表示板を壊した犯人のように逃げないで、謝り、ちゃんと始末をつけてこそ、まっとうな人というもんだよ」
と語りかけ、ふと、脇にある新聞へ目をやって驚きました。
 自民党旧橋本派への献金事件に関し、村岡元官房長官が無罪判決を受けた記事がトップにあったからです。
 思わず、「やっぱり」と口から漏れました。これで、彼がスケープゴートであることがはっきりしました。
 危うく罪人にされそうになった彼は、裁判長の「せめて今晩一晩ぐらいは平穏な気持で桜を楽しまれたら」をどう聞いたのか、心を察すると言葉もありません。
 真実を覆う欺瞞が暴かれ、「熟処に至」ろうとしています。
 
 覆へ逃げないために必要なものは「智慧」と「勇気」と「思いやり」です。
 智慧がなければ逃げられると思い、勇気がなければ言い出せず、思いやりがなければ罪過の大きさが解りません。

 
 子供は、この三つについて試され、教えられ、鍛えられて育ちます。
 幼い時分、いつも遊び仲間から失敗の結末を押しつけられていた私はこうして文章を書いている一方、コソコソと逃げ隠れしていた連中は、今どこでどうしているか知りません。
 数年前、そのうちの一人がとっくに死んだと風の便りで聞きました。
 大人になってから人間性を変えることは難しいものですが、自覚した大人たちは自ら生き直しつつ、子供や若者をしっかり導きたいものです。




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2006
03.30

御詠歌の話 2

『御詠歌の話』の稿について、たくさんの方々から「知りませんでした」「感動しました」「もっとないんですか?」と言われました。ありがたいことです。
 あと三首、記しておきましょう。

『妙遍』 高野山第一番御詠歌

高野山(タカノヤマ) 山にはあらで はちすばの 花坂のぼる 今日のうれしさ


(高野山はただの山ではない。蓮華の上なるこの世の極楽である。今日、その花の一枚である坂をこうして登れるとは、なんと嬉しいことか)

『弘法大師第一番御詠歌』は、天台宗の座主によるものですが、これもまた、他宗派のトップが詠んだものです。
 明治時代、浄土宗総本山京都知恩院の門主であり、名刹芝増上寺の法主を務める福田行誡上人は、知恩院を出発して三日後、ようやく高野山の麓にある花山村へ到着しました。
 当時は徒歩しか参詣の方法はなく、かなりの高齢であっても、自力で登らねばなりません。その登坂を前にした決意と喜びを率直に詠まれました。

 高野山は、密教の道場にふさわしい場所を探しておられたお大師様が、二匹の黒い犬をつれた狩場明神に案内されて登った地域一体を指します。そこは、楊柳山や転軸山など八つの山々に囲まれた平地であり、山の一つ一つを蓮華の花弁に見立てています。
「はちすばの 花坂」とは、そのことです。

 なお、お大師様のおられる御廟に通じる参道の両脇には、三十万基にものぼる供養塔や墓石が並んでおり、織田信長・上杉謙信・武田信玄・伊達政宗・親鸞上人・法然上人・与謝野晶子・池田勇人・豊臣家・徳川家など、宗教宗派・社会的立場を問わず、たくさんの御霊がお大師様に護られて眠っています。

 教えと法を受け継いだ当山もかくありたいと願っており、『法楽の苑』の規模は高野山の万分の一にすら及ばずとも、宗教宗派・国籍・住所を問わぬ御霊が十三仏様に護られ仲良く憩う霊場となっています。

『玉川』 高野山第二番御詠歌 

忘れても 汲みやしつらん旅人の 高野の奥の 玉川の水

(たとえ高野山開基に関することごとなどが忘れ去られようとも、ここへ足を運ぶ人々は、玉川の霊水によって清められ、悟りへの機縁を得ることであろう)

 これはお大師様の作です。お大師様は、「南獄の清流は憐れむこと已(ヤ)まず」と記し、玉川周辺を殊の外、気に入っておられました。
 御廟すぐ前の橋は御廟橋(ミミョウバシ)とも無明橋(ムミョウバシ)とも呼ばれていますが、この橋を渡り、おそばへお詣りすることによって無明煩悩が消えるとされています。

『楊柳』 高野山第三番御詠歌 

天が下 照らさぬくまもなかりけり 高野(タカノ)の奥の 法(ノリ)のともし火


(天下は遍く照らされ、その滋光の恩恵を受けぬ者はない。かかる霊光を放つ高野山奥の燈火は、何とありがたいことか)

 明治天皇の侍従長であり、西郷隆盛の盟友でもあった高崎正風氏は、御廟手前にある燈籠堂へ入り、その神々しさを詠みました。

 ここには、白河法王の永代燈籠や「貧者の一燈」として有名な持経燈をはじめとする無数の献燈が、永遠不滅の法燈として灯し続けられています。
 その光は宇宙へ遍満し、合掌する私たちの心にも、確かに灯っています。 




2006
03.29

幸せを何倍にもする方法3 ―『恨』を払いましょう―

 心を曇らせ、他の幸せをすなおに喜ばせない〈垢の実態〉の二番目は「恨(コン)」、怨みです。

 三毒の一つである怒りは三匹の鬼として現れます。
 カッとなれば赤鬼です。
 貪る気持が根にあって出てくると言われています。
「欲しいけれども手に入らなくて怒る」のは、子供が駄々をこねるのと同じです。
 だから、水に文字を書いたようなこの怒りはすぐに消えます。水が流してしまうのです。

 ムッとすれば青鬼です。
 怒りっぽい気性が根にあって出てくると言われています。
 何かにつけすぐにカッカするのは困ったものですが、気性を自覚して何とかしようという気持があれば大過ありません。
 浜辺の砂に文字を書いたようなこの怒りは、波がやってくれば消えてしまいます。

 ウヌッとなれば黒鬼です。
 道理に暗い愚かさが根にあって出てくると言われています。
 智慧の眼が開かねば退治できませんから赤鬼や青鬼のようなわけには行きません。
 石に文字を書いたようなもので、かなり厄介です。
 多少の波風では消えません。消し去るには膨大な時間を要します。
 実は、この黒鬼が、ここでとりあげる「恨」の生みの親です。

 赤鬼はいわゆる「頭に来る」状態なので、頭が沸騰しても長続きせず、冷めれば終わりです。
 青鬼も似たものです。
 しかし、黒鬼は胸に踞っています。
 踊りでは、赤鬼は松明や小槌を持ち、青鬼は斧などを手にしますが、黒鬼は剣を持ちます。
 切ろうとして時を待っているのでしょう。
 相手を切るまで無念の思いは晴れず、時が流れても、ほとんど癒しになりません。
 恨は自他の運勢を損ない続けるのです。
 
 慶長五年、九万三千もの西軍を相手にして興亡をかけた戦いに臨むおり、幹部を集めた徳川家康は、こう表明しました。
「あなた方は、妻子を豊臣方の大阪へ人質に出しておられる。
 豊臣と戦うことはさぞや後ろめたいことであろう。
 それは道理である。
 望むならば、速やかにこの陣を離れて大阪へ行かれよ。
 敵方に与しようと、私は決して〈恨〉とは思わない。
 あなた方が軍を整えて領内を進んでも構わぬことはすでに下知してある。
 心おきなく出て行かれよ」
 皆、愕然としてしばし沈黙があった後、福島正則がこう述べました。
「このような時にあたり、妻子への情に引かれて武士の道を踏み外すことはできません。
 私は殿の御為に、身命を抛ってお味方しましょう」
 長たる者の優れた器量は団結心を一層強固にし、相手方を畏れさせ、九月十五日の戦いに勝利しました。

 深く道理を観、恨を離れた時の力は偉大です。
 こうして運勢を転化し、自他共に向上できる運命を創りたいものです。




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2006
03.28

幸せを何倍にもする方法2 ―『忿』を払いましょう―

 前回、「自分の幸せを膨らませるのは自分だけのことですが、他人は無数にいるので、もらえるものは無限です」「〈あなたも私もお互いに嬉しい〉というありがたい世界はどうして生まれるのか」と書きました。
 
 ありがたい世界は、たとえてみれば、一個あるケーキを誰かが食べて「ああ、おいしい!」と感じた時に、実際には食べない友人へもその喜びが伝わり、「ああ、嬉しい」となるようなものです。
 最近のできごとにたとえるなら、スケートで金メダルをとった荒川静香選手や、野球で世界一になった王貞治監督の笑顔が、数千万人もの日本人の心を明るくするようなものです。
 誰かの手にありながらたくさんの人々を魅了するたった一個のダイヤモンドの輝きは、チャラチャラと身に付けてテレビに出演し、これ見よがしに己の富を誇る愚かしい人々の持つ宝石の光とは次元が異なります。

 この世の真実の姿は、お互いが眼に見えぬ糸で結ばれた水晶球のようなもので、お互いの光がお互いを照らし合い、一つなら大したことのない水晶たちが、それぞれとてつもない輝きを発しているようなものであるという教えがあります。
 それは、これまで何度も書いた『すべてを超える翼』の世界です。
 たった一羽なら何ほどの力もない雁が、強い者も弱い者もうち揃って飛び立ち、数千?の旅を行く時、どんな嵐にも負けない真の翼として想像を絶する力を発揮できるのです。

 こうしたことごとが可能になるのは、穢れがないからです。
 ケーキを食べた人にも、それを見た友人にも、荒川選手にも、王監督にも、二人を祝福する人々にも、水晶にも、雁にも、穢れがありません。無垢です。
 つまり、〈お互いに無垢になること〉が、幸せを何倍にもする方法なのです。
 それには、垢を知らねばなりません。どうしても垢をまといがちな自分自身を見つめねばなりません。そして、輝き合うことを妨げる垢を拭き去りたいものです。

 釈尊は、垢の実態を詳しく示されました。

 まず「忿(フン)」、怒りです。自己中心的になっていると、周囲は気に入らぬことだらけになります。いつも「邪魔されている」と感じ、イライラしてなりません。
 こうした人は、都会に住めば周囲の人々の無関心に憤慨するのに、田舎に住めば周囲の人々の干渉に辟易します。安心の地はありません。
 親が厳しくてゲームのソフトを買えないと不満を言いながら、買ってくれた親が「どんなゲームをやっているの?」と見に来ると、ありがたさを忘れてうるさく感じる子供のようなものです。たやすく恩知らずになります。
 そして、不満と不安に苛まれ、昂じると悪行に走り、事件を起こしたりもします。
 
 すべて、自分という小さな殻に閉じこもっていたい、自分の幸せだけしか見えないという小我(ショウガ)のなせるわざです。
 小さなものを守ろうと汲々としているために、敵でないものを勝手に敵にしてしまうのです。そして、愚かな牙を剥きます。
 こうした精神状態でいる時に吐く息には凄まじい毒素が含まれており、この息を集めた空気を小動物へ吸わせると病気になるという実験すら行なわれているほどです。
 かつて、石原東京都知事が排気ガスをプラスチックケースへ入れてその恐ろしさを主張した場面は圧巻でしたが、私たちは、怒りの悪影響をもっともっと自覚したいものです。

 怒りの反対は笑いです。「笑う門には福来たる」とは、よく言ったものです。
 笑いによる健康回復を標榜するカウンセラーが全国にいるのも尤もです。
 ムッとしたならば、深呼吸をしましょう。
 ご本尊様の梵字を思い出しましょう。あるいは真言を口にしましょう。
 何としても『忿』という垢を落としたいものです。




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2006
03.26

イナバウアー?

Category: 日想
 3月27日、仙台市で荒川静香選手の凱旋パレードが行なわれることになりました。

 一度見たら目に焼き付いて離れない歴史的傑作写真をもう一度眺め、人生でおそらくは最大の勝負の時に、身体を反らし、大地から宇宙へ流れるようないのちの流れを表現しながら伸ばした左手の指先の彼方へ向けた「勝負師の笑顔」は何だったのかを考えさせられました。

 あの眼は何をとらえようとしていたのでしょうか。



 採点法が変わったことにより、イナバウアーという技は、ほとんど評価されない単なる姿勢に過ぎないものとなりました。

 限られた持ち時間の中でいかに得点を積み重ねるかで勝負がつくギリギリの戦いにあって、荒川選手は相当考えたことでしょう。

 一秒一秒のすべてに生涯をかけた場面です。わずか数秒であっても、それはただちに勝敗につながります。

 しかし、彼女はイナバウアーの採用を決断しました。計算だけに頼らず、信念で持ち時間を埋め尽そうとしたのでしょう。



 その結果が金メダルでした。

 技の完成度が群を抜いていたのはもちろんですが、採点者の判断を決定させた最大の要因は、むしろ、信念を貫く心だったのではないでしょうか。

 技はあくまでも道具です。道具が創りだすものは〈美〉です。彼女にとって、数分の間に自分が創る美の総体からイナバウアーを外すことはできませんでした。

 そうして現前した美の圧倒的な力は、勝利の女神を微笑ませました。



 あの視線は、女神を見ていたのでしょう。

 同時に、見られた女神は彼女に宿りました。「勝負師の笑顔」は、女神のそれに他なりません。

 

 霊性の顕れである美の力は、「計らいの時代」「数字の時代」「二者選択の時代」「勝ち負けの時代」にあって、そうしたものが私たちの生をかけるべき〈根源のもの〉ではないことを示しました。

 勝負の世界で、ある意味では勝負を捨てた勝負師が結果を出すことによって、勝ち負けを超える〈根源のもの〉を教えてくれました。



 荒川選手は、まぎれもなく金メダルにふさわしい超一流の選手です。




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2006
03.25

懺悔し、責任をとる ─平手政秀─

 織田信長は、弱冠十六歳で父織田信秀の後を嗣ぎました。
 父から指南役を命じられた平手政秀の進言にはまったく耳を貸さず、異風としか言いようのない身なりや立ち居ふるまいを続ける一方で、馬術・武術・鉄砲術・鷹狩り・兵法などの錬磨に連日汗を流しました。

 そんなある日、平手政秀の長男五郎衛門が大切にしていた名馬を欲しくなり、譲ってくれと頼みました。
 五郎衛門は、きっと信長の言動をいまいましく思っていたのでしょう、自分は武道を探求しているので差し上げられませんと断りました。
 これは大事件です。当時は家臣が主君の意思に背くなど許されぬことであったのはもちろん、こうしたもの言いは、明らかに相手を蔑んでいるからです。
 以来、二人の中は険悪になりました。

 平手政秀は深く悩みました。息子の行為が自分と信長の間に悪影響を生み、指南役として役割を果たす上で大きな障害となっていると考えたからです。
 彼は決断しました。息子を切腹させ、自分も、主君を諫める遺書を遺し、後を追ったのです。

 信長は言動を改め、『政秀寺』を建立して弔いました。
 天下人となってからも、政秀がいたからこそここまで来れたとしみじみ述懐し、川へ行けば、「政秀よこれを飲んでくれ」と水を捧げ、鷹狩りに行けば、「政秀よこれを食べてくれ」と獲物を捧げて涙しました。

〈責任をとる〉とは、こうして己の肝心なものを捨てることです。
〈悔い改める〉とは、こうして新たな力を発揮することです。


 大人が「反省しています」などという子供じみた内容のない言葉で頭を下げて済ませようとするようになったのは、いつ頃からでしょうか。
 マスコミが「反省していますか?」と追求するのも、実に良くありません。子供に躾けようとするのならともかく、反省は内心の一大事であり、大人が軽々に口にすべきではないからです。大人がそれを口にするならば、責任をとる具体的な行動が伴っているべきです。
 大人の世界では、「私の心はこうなっています(だから許してください)」などという言い訳は、ただただ見苦しいだけです。
 たった一人でも、はっきりと謝罪し、「反省をしているかどうかは内心の問題ですからお答えできません」と言いのこしてさっさと責任をとる大人がいないものでしょうか。

 悔い改めるとは生き直すことです。
 生き直しを伴わない懺悔は偽物です。自己欺瞞であり、逃避でしかありません。
 愚かな息子を育て、指南役として責任をまっとうできない自分を「これではいけない」と悔い改めた政秀は、死という手段をもって、自分の魂を信長の魂へぶつけました。
 その結果、この世での縁は切れましたが、二つの魂は、まったく新しい次元で永遠の交感を始めたのです。

 人は誰しも失敗します。大人なら、悔い改め、責任をとりたいものです。そうしてこそ、〈真の大人〉になれるのではないでしょうか。〈子供〉から脱皮することができるのではないでしょうか。
 人が真の大人にならぬ限り、お互いが信頼し合える社会の到来など、ましてや政治への信頼の回復など望むべくもありません。
〈責任の重さ〉が再考される時代になって欲しいと願っています。




2006
03.24

お盆・供養・奉納剣

 こうしたご質問がありました。やはり、心がみ仏へ向かうお彼岸ですね。
「なぜ、お盆に奉納剣を行なうのですか?」



【お盆とは?】 
 
 お盆は、年神様をお招きして一年の無事安全を祈るお正月と並んで最も盛んな年中行事です。
(当山にとってのお正月には、新しい年の初めに一代守本尊様をご供養するという、もう一つ重大な意義があります)
 お正月に神様をお迎えするのに対して、お盆にはご先祖様をお迎えし、ご供養します。ここに、聖徳太子以来の、神道と仏教が共存する日本独自の宗教感覚が表れていると言えましょう。
 経典によれば、供養の始まりは以下の通りです。

 神通力を備えた目蓮尊者(モクレンソンジャ)が亡き母の様子を観たところ、餓鬼界へ堕ちて苦しんでいました。
 慌ててご飯を捧げてもすぐに燃えて灰になってしまい、やせ衰えた母親の口へは入りません。
 自分の力ではどうにもならないので、泣きながら釈尊へおすがりしたところ、救済の方法が示されました。
「あまりに罪深い人を救うには、たくさんの徳を捧げねばならない。
 修行を積んだ清浄な僧侶たちがうち揃って祈るならば、必ず救うことができる。
 それも、七世に渡る父母たちも一族で災難に遭っている人々も皆、この世にあっては福徳を得られ、あの世にあっては天界へ昇ることであろう
 そして、居並ぶ僧侶たちへ告げられました。
「まず、目蓮尊者の母親のために祈りなさい、その後に、心静かに供養を受けなさい」
 無量の仏徳が回向された母親がたちまちに餓鬼界を脱したことを知り、僧侶たちを精一杯供養した目蓮尊者は、もう一度、釈尊へ質問しました。
「もしもこれから先、親孝行な仏弟子たちが今回と同じように祈るならば、あらゆる父母たちを救うことができるのでしょうか?」
 釈尊は、まことに時宜を得た質問であると讃え、答えられました。
親孝行をしようとする者は、修行があける七月十五日に僧侶たちを供養しこの法を受けるならば、七世の父母すべてが救済されるであろう。
 仏弟子となった者たちは、この法を身につけねばならない

 釈尊の当時、雨期の間中、歩いて虫を殺さぬよう行者たちは精舎へ籠り、集中して修行をしました。七月十五日は、その終了・満願の日です。
 また、目蓮尊者ほどの人物の母親がなぜ餓鬼道へ堕ちたかという点については、母親は、たとえ他のものを盗むなどして自分は罪人になろうとも、地獄へ堕ちようとも、我が子を生かし育てようとする無限の慈愛ある存在であることに思いを致さねばなりません。
 その恩を深く思い起こし、この世では幸せであるよう、あの世では安心が得られるよう、み仏へおすがりしたいものです。

【奉納剣とは?】
 隠形流の剣が切るものは心の魔ものであり、仏神と私たちの間にある障りや、疑いや、迷いや、穢れなどです。
 仏神の世界へ通じるまごころを発揮することこそが、身体では剣を振るい、言葉では九字や真言や経典を唱え、心には教えを抱く目的です。
 また、剣法を修することによってまごころを捧げるのは、花をもって忍辱の心を捧げ、線香をもって精進の心を捧げ、飯食をもって禅定と感謝の心を捧げ、水をもって布施の心を捧げ、灯明をもって智慧の心を捧げるのと同じなのです。
 つまり、奉納剣とは、釈尊が在家へは供養を説き、僧侶へは法を説いた教えの実践に他なりません。

【お盆に行なう奉納剣の意義とは?】
 在家の意識で剣を振るうならば、み仏と僧侶への供養です。
 み仏と一体になった意識で剣を振るうならば、あらゆる父母たちと御霊の安寧をもたらす修法です。
 こうした意識の切り替えをきっちりと行なうための次第は確立されており、伝授されます。





 これが当山・当流でお盆に奉納剣を行なう理由であり、一般の武道や、いわゆる舞いや踊りとは全く異なったものなのです。




2006
03.22

『法句経』の講座が新しいスタートをします

 釈尊の生の言葉が記されているとされる『法句経』は、珠玉のような教えがぎっしり詰まっている宝石箱のようなものです。

「小道(ショウドウ)を学んで以て邪見を信ずること莫(ナカ)れ、放蕩を習うて欲意を増さしむること莫れ」 ―教学品第二―
(本来の人の道と異なるものを学び、邪な見解を信じてはならない。気まま勝手な生き方に慣れ、ただただ欲のままに生きてはならない)

 学ぶべきものを見極めてこそ、学ぶ意義があります。たとえば、ネットで人の呪い方をいくら熱心に学んでも、自らを害するだけです。そうして邪なものの見方をするようになれば、必ず泣きを見ることになりましょう。
 また、今の日本は、何とか生きては行ける社会になった結果、世のため人のために自らを厳しく鍛えようとする人が少なくなり、今日を気楽に過ごし、明日喰う米があれば良いといった刹那的・退廃的な空気が強まっています。
 食欲も、睡眠欲も、財欲も、すべて尊い目標があってこそ活きます。
 もしも齢をとったならば、シャンとして生きること自体が、周囲の人々へ余計な負担をかけないで済む尊い生き方です。
 そのように、生きる目標は、いつ、いかなる状況下にあっても、自分の心一つで立派にうち立てられます。
 人の道を学び、まっとうに生きる目標を持って尊い人生を生き抜きたいものです。
「昼夜に慈を念じて、心に克伐(コクバツ)なく、衆生を害せずんば、是(コノ)行に仇なし」 ―慈仁品第七―
(昼も夜も心に思いやりを抱き、他人を思い通りに自分へ従わせようとする慢心がなく、人々に害を与えなければ、安楽で、他から煩わされることのない日々が送られる)

 私たちは、とかく、我を張りたいものです。
「我がため」でなく、自分の何かを差し出すことには抵抗感があるものです。
 その反対に、誰かのために何かをすれば、後からゆったりとした満足感や暖かい感謝の気持などが出てくるものですが、我欲が邪魔をしてなかなか実行できません。
 お互いの我と我がぶつかることによって、あたかも対向車同志が道を譲り合わないような対立や不満や不都合が生じるのです。
 お互いが道を譲ろうとすればどちらの心にも感謝が生まれ、事後は気持ちの良い運転ができるというものです。
 ここで説く「念じる」とは、心にしっかりと抱き続けるという意味です。
 とにかく、まず、自分が「思いやり」で生きましょう。
 この世を極楽にするには、それが不可欠の第一歩なのです。


「過失(アヤマ)って悪を為すも、追い覆(カエ)すに善を以てせば、是れ世間を照らす、定んで其(ソノ)宣(ヨロ)しきを念ぜよ」 ―放逸品第十―
(もしも、うっかり悪しき行為をしてしまったとしても、善き行為によって過ちをうち払ってしまうような生き方をすれば、やがては世間の人々を導く灯火にもなれよう。このことを忘れず、善行の実践をすべし)

 誰しも過ちは犯すものです。
 すべては「その後」です。
 そのままズルズルと悪行に慣れれば行く先に地獄が待っているかも知れないし、いつまでも悔やんでばかりいては運勢の勢いがなくなり、自分で自分の運命を切り拓けなくなりましょう。
 しかし、深く悔い改め、敢然として善行へ邁進すれば、過去の幻は消え、〈正しく力強く足を踏みしめる現在〉の連続が明るい運命を創ることになります。
 ちなみに、私たちになじみの「空」の思想を完成したとされるナーガールジュナは、若い頃、天才ともてはやされて慢心し、透明人間になる術によって悪行を重ね、危うく殺されそうになりました。
 しかし、身をもって欲情が苦の元であるとを悟った後は求道の生活へ入り、やがてすばらしい教えを説く菩薩様になったのです。

 NHK泉文化センターにおいてこうした教えを共に考える講座が、4月12日(水曜日)から新しいスタートへ入ります。
 身近なできごとを考えたり、質疑応答を行なったりと、和やかな雰囲気でやっています。
 今日の講座の前半は、日本の野球チームが世界一になった感動や、子どもたちの原状についての不安や、時事問題についての不満などでもちきりでした。
 ご興味がおありの方は、見学も可能ですので、お気軽におでかけください。




2006
03.22

彼岸 ―御詠歌の話―

 暴風に近い春の嵐にもかかわらず、本堂を埋め尽くす善男善女のご参詣とご唱和をいただき、無事、彼岸供養会が終わりました。
 本日の法話をかいつまんで記しておきます。
 題材は御詠歌でした。

『金剛』 弘法大師御詠歌第一番
 
 ありがたや 高野の山の岩かげに 大師はいまだ在しますなる

(ありがたい。高野山の岩陰にまでも、お大師様のおられる気配はありありと残っているではないか)

 これは、お大師様から約四百年後、天台宗のトップでおられた慈鎮和尚が高野山へお詣りし、自分も即身成仏(ソクシンジョウブツ)を得たいと発願して灯籠堂に籠った際、はっきりとお大師様に会えた感激を詠んだものです。
 当時は、あらゆる宗教宗派の人々がお大師様の偉大さを偲び、高野山へ足をはこんでいました。座主(ザス)という宗派で最高の立場にある僧侶ですら、ご加護を願って高野山を目ざしました。
 また、僧侶も信徒もうち揃って唱和する御詠歌の第一番に他宗派の僧侶の作を掲げることは、み仏も、神々も、邪なる者も、あるいは鬼すらもその存在意義を認めるマンダラ世界を実相とし、一切の宗教宗派と争わぬ真言宗の姿勢を鮮明に表わしています。

『光明』 弘法大師御詠歌第二番
 
 高野山結ぶ庵に袖くちて こけの下にぞ 有明の月

(高野山の奥深くおわしまして、法衣の袖が朽ちるまでになった今も、お大師様はあたかも有明の月のように変わらぬお慈悲の光で世の人々を導いておられる。衣が朽ち果ててはえたコケの下からすら、その光が差しているようだ)

 これは、お大師様が息を引き取られてから約九十年後、諡(オクリナ)として大師号を授けようとしておられた後醍醐天皇の夢枕に見知らぬ僧侶が立って詠んだものです。
 当時は別な諡が検討されていましたが、夢によって、お大師様が今なお明らかに人々を導き続けていることを知った天皇は、「空海上人は弘法利生(コウボウリショウ…仏法を弘め人々を救うこと)の大師である」と気づき、弘法大師とお決めになられました。
 そして、諡と一緒に新しい御衣を賜られ、ここに「お衣替」が始まりました。
 そのおり、御廟より、「昼夜いつも万民を慈しみ、やがて弥勒菩薩(ミロクボサツ)がこの世に現れて最後の一人をももらさず救済する時は一緒に姿を表わそう」とのお声が聞こえました。

『梵音』 弘法大師御詠歌第三番
 
 阿字の子が阿字の古里 立ちいでて また立ちかえる阿字の古里

(阿字で示されるみ仏の世界からこの世へ旅立った子供は、清浄な修行を終えて古里へ帰ってしまった。またいつの日か、尊い使命をもってこの世へ現れることだろう)

 これは、釘一本瓦一枚からのご寄進を募って高野山を開創していた当時、後継者と目されていた甥の智泉(チセン)大徳が、冬の高野山で無理をしていのちを落とした際に、お大師様が詠まれたものです。
 深く悲しんだお大師様はこの引導の一首をもって送り、自らお墓を建てて弔われました。
 智泉様は、その能力からすればこの世での役割をいくばくも発揮されぬままに遷化されましたが、たとえ厳寒の中であろうとも自らの役割をまっとうせんと文字どおりいのちをかけられた姿勢で、今も変わらず、私たちを叱咤激励しておられます。

 こうして、一番目は他宗派の人の作、二番目は見知らぬ僧侶の作、そして三番目にお大師様の作と続くのを見ると、しみじみと嬉しさが胸に広がります。
 他の宗教宗派を攻撃あるいは排斥するものが増えている原状を鑑みるにつけても、お大師様の法統にあることが、ありがたくてなりません。
 ここには、世界平和の根本が確かにあります。

 経典を手にして真剣に唱える善男善女のまごころに守られた慰霊の法は、きっと、日本列島を守っておられる祖霊にも、遙か南方の島や極寒のシベリアに眠る英霊にも、そして、貧困や暴動や戦争などの地獄や修羅にあって今この瞬間にすら次々といのちを落としている世界中の哀しい御霊へも届いたものと信じています。




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2006
03.21

〈本来のいのちのはたらき〉とは

「声を取り戻す」を読まれた方から、〈本来のいのちのはたらき〉とは何かというご質問がありました。

 いのちのはたらきは身・口・意の三方面に表れます。
「身」つまり身体で他人を殴れば迷いの凡夫であり、田畑を耕す器具を持てば悟りのみ仏になれます。
「口」つまり言葉で悪態をつけば迷いの凡夫であり、老人へいたわりの言葉をかければ悟りのみ仏になれます。
「意」つまり心で他人を呪えば迷いの凡夫であり、病人の快癒を願えば悟りのみ仏になれます。

 三つを限りなくみ仏へと近づける修行をすることが私たちの〈生〉の意義であり、私たちが〈まごころ〉で行動した時にもっとも深く何ものにも壊されない喜びを感ずるのは、み仏に近づいているからに他なりません。

〈まごころ〉こそがみ仏の世界であり、それが〈本来のいのちのはたらき〉として人間世界へ展開した時、この世は極楽浄土になります。


 さて、今さかんにもてはやされている愛は、容易く憎しみへと裏返ります。
 人が普遍的な愛に立つことはとても困難です。
 なぜならば、愛はほとんどの場合愛情であり、それは、自分が好む相手を選んでこそ成り立つからです。
 好む気持が薄れれば当然愛も薄れ、相手の好ましさが変化すれば憎しみも湧いてきます。
 それゆえ、釈尊は、愛は煩悩であると説かれました。

 それでは愛は虚妄かといえば、そうではありません。
 釈尊が警告を発し世間で用いられている意味の愛ではない「普遍的な愛」は何かという実例を挙げてみましょう。

 つい60年前のできごとです。
 真珠湾攻撃を敢行した日本軍は、約半年後、3隻の特殊潜行艇でオーストラリアのシドニー湾を奇襲しました。
 若い兵士たちは果敢に行動し、敵艦1隻を沈没させたあげく、3隻共に自爆や爆雷攻撃による破壊で沈み、全員戦死しました。
 帰還の可能性のない小さな潜水艦に乗り込んで見知らぬ海底を行くとは何という胆力でしょうか。
 驚嘆したオーストラリア海軍は、潜行艇を引き揚げ、10日後に丁重な海軍葬を行いました。
 敵国の軍人を弔った司令官ムーアヘッド・グールド少将の言葉です。
勇気は特定の国民の所有物でも伝統でもない。
 あのような小型潜行艇を操縦し、死地に赴くことは最大の勇気を必要とする。
 わが国においてこれらの勇士の行なった千分の一の行動を行なう覚悟を持っている人が何人いるだろうか。
 勇士たちが冷静沈着に決行した行動は最高の愛国心に基づくものである」
 そして、26年後、戦死した松尾敬宇大尉の母親を招いたオーストラリア海軍は、連邦戦争記念館で、ランカスター館長自ら遺品である血染めの千人針を手渡しました。
 母親まつ枝は館長の手を握り、館長は思わず抱きしめたとされています。

 若い兵士たちは、気力胆力の限りを尽して祖国のために生き、死にました。その〈本来のいのちのはたらき〉は少将の言うとおり「最高の愛国心」に基づいており、そこで発揮された勇気は、「特定の国民の所有物でも伝統でもない」のです。
 殺し合う敵味方の区別をも超えて人の心を打つものは、あるいは「勇気」として、あるいは「思いやり」として発揮されるまごころです。
 これを「普遍的な愛」とも呼ぶならば、釈尊も許してくださるのではないでしょうか。

 潜行艇の兵士たちも、9・11事件に際して勇敢に行動した米国の消防士たちも、ヘレン・ケラーも、ガンジーも、まごころの人々でした。〈本来のいのちのはたらき〉を生きた人々でした。
 こうした先人たちに学び、前を向いて人間修行の道を進もうではありませんか。




2006
03.20

声を取り戻す

Category: 日想
 金曜日、居合の道場へ遅れてやってきたTさんが、声が出なくなりましたから今日は見学ですと囁きました。

 バリバリのキャリアウーマンとしては殊の外重大事なのに、意外にも笑顔です。ただし、ちょっとした寂しさが目元にも口元にも漂っています。

 観てから告げました。「吐き出せば治ります。三日かかれば大丈夫でしょう」そして吐き出す方法をお伝えしました。



 これはおまじないでも何でもありません。私自身が同じような症状になったことがあり、お不動様のご加護によってすぐに快癒したので、その通りすれば良いと知っていただけのことです。



 さて、同じ日、ちょっとした無理が祟って咽をやられ、抗生物質と倦怠感や頭痛などで少々生命力が減退していた私は、しっかり稽古をし土曜日の例祭で護摩を焚けば治ることが判っていたので、恥ずかしい姿でも剣を振り続けました。

 

 たくさんの善男善女の読経に支えられた例祭が終わって勢いを取り戻した翌日曜日、ほとんど回復した咽で法要三つをこなしてメールを開いてみたら、Tさんから報告が入っていました。

「声が出るようになりました。~重かったものがとれたような気がします」



 私たちのいのちには、普段想像している以上のはたらきがあります。力があります。

 しかし、現代人は、霊性の座以外の部分を一生懸命に鍛えて頭がいびつになり、しかも大きくなりすぎたので、いのちのバランスを少々乱してしまい、人間らしからぬ行動すら珍しくない時代になりました。

〈本来のいのちのはたらき〉が充分に発揮されにくくなっています。

 

 きちんと歴史をひもとけば、〈本来のいのちのはたらき〉で生きた先人はいくらでもおられたことが解ります。

 私たちが「学ぶ」には、まず、過去を正しく観なければなりません。未来には夢も希望もかけられますが、学ぶことはできません。だから、「未来志向」と叫ぶ人々や、脳天気に「前を向こう」とするだけの人々の様子には軽薄さが貼りついている場合が多いのです。

 

 当山では、〈本来のいのちのはたらき〉で生きた先人に学び、過去のもたらした宝ものである法灯をしっかりとお伝えする心算でおります。

 法灯とは、釈尊や聖徳太子やお大師様などが説き、磨き、伝えてくださった真理・真実に立つことごとのすべてです。それを信じて行なうことが、必ずや〈本来のいのちのはたらき〉を取り戻させてくれるものと信じています。

 さればこそ、「法灯に依り 法友と共に 法楽に住せん」が当山の姿勢となっています。

 

 師弟共々すぐに声を取り戻せたのは、奇跡でも何でもありません。



「正見を学びて務めて増さば、是を世間の明と為す、所生の福は千倍し、終(ツイ)に悪道に堕せず」 ―『法句経教学品』―




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2006
03.19

保険への疑問?

Category: 日想
 わけがあって車の保険を別な車へ移す必要に迫られました。仕事の関係上、もう夜になっています。

 車屋さんの店頭で、いつものように、妻から示された保険会社の電話番号を押して仰天しました。午後5時で営業を終了しているので、翌朝以降にしてくださいと機械が答えるのみです。

 おそらくは24時間やっているだろうと思われる他の部門へ電話を入れ、御社におけるこうした場合の便法を知りたいのですがと尋ねましたが、案の定、係が違うので、さきほどお客様が電話をされた番号をお知らせするしかありませんという回答のみでした。

 これまで何度もこうした場面があり、いつでも保険証券と関係書類をファクスなどで知らせておけばそれで契約者の意思が確認できたことになり、正式な契約書のやりとりは後日というのが当然だったので、唖然とするばかりです。。



 やりとりを聞いていた担当者から、セールスマンへ連絡がつかないんですかと言われ、保険などの一切を任せておいた妻をふり返ったところ、テレビなどで知った会社と直接契約をしたので、そういう人は知らないとのこと。

 一瞬にして成り行きの全体像が明らかになり、常々抱いていた保険業界への不審感も納得できました。



 今、起こっているのは、人間が人間ならざるものを相手にするがゆえに発生する問題です。

 心が契約と金銭のみを相手にするがゆえに発生する問題です。

 情あるものが情のないものを相手にするがゆえに発生する問題です。

 

 人間が生きていれば、常に思いがけない場面に遭遇します。困った時に情ある者ならば一緒になって対応しようとしますが、情のない者は無関心です。

 情のない者は契約の範囲内でしか相手と向き合わぬことにしており、契約内容を超えるものをも求めて得られずに去る人々、あるいは契約しようとしない人々の発生は最初から確率的に計算され、省かれているのでしょう。それでも莫大な利益が出るようコンピューターは事業計画を立案し、「理想的な契約書」を作っているはずです。

 まさに、微妙な世界までを含んでいるレコード盤と異なり、扱いやすい情報のみをとりだして美しく作られるCDなどのデジタル世界と同じです。



 さて、今の保険業界に不審を抱くのは、コマーシャルの異様さにあります。

 そもそも、病気になるとか、ケガをするとか、事故に遭うとか、まして死亡するなどというのは決して笑顔の出る事態ではありません。

 だから、これまでのセールスマン(マンは人間一般であり、当然女性も含みます)の方々は、相手の気持を思いやりながら、おずおずと説明し、ねばり強く納得の形を求め、まず、自分への信頼を得て初めて契約へこぎつけていました。

 セールスマンが一緒に不測の事態へ立ち向かってくれるという安心感が契約者を決心させました。

 セールスマンは成績を上げ、会社は儲けなければならないので、契約者とは利害が対立する面が大きいのですが、これまでの日本のセールスマンは、時には会社の利益と相反しても契約者を守ってくれるのではないかと契約者へ思わせる中間的な存在としてのイメージがありました。そのかなりの部分が契約者の思いこみであり、優秀なセールスマンはそう思いこませる術に長けているのかも知れないとしても、そうしたセールスマンに体現される〈信頼〉が会社と契約者を結ぶ最も強い糸であったことは間違いありません。

 それは、不幸へ立ち向かう〈同志〉の信頼感でした。

 

 こうした仕事が、テレビのコマーシャルに流れるような〈希望に満ちた笑顔〉で、できましょうか。

 あの笑顔には、サラ金のコマーシャルで微笑む美女たちのそれに通じる恐ろしい問題が含まれています。




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2006
03.17

幸せを何倍にもする方法1 ―幸せはどこにでもあります―

 今ある幸せを何倍にもする方法は二通りあります。
 一つは、自分の幸せを長持ちさせ、大きく育てること、もう一つは、他人の幸せをもらうことです。
 自分の幸せを膨らませるのは自分だけのことですが、他人は無数にいるので、もらえるものは無限です。

『徒然草』にこんな話があります。

 ある時、明恵上人が道を歩いていたら、近くの河で馬の足を洗っている男が「あし、あし」と言っています。
 足を洗うために足を上げさせようとして「足!足!」と声をかけていたのですが、いつも仏法しか頭にない上人には、宇宙の根元である「阿字」と聞こえたので、思わず足を止めました。
「何と尊い人だろう。前世の善行によって阿字・阿字と唱えているとは―――。ところで、どなたのお馬なのですか?」
 男は答えました。
「府生(フショウ)殿のお馬です」
 府生とは下級の役職ですが、これを「不生(フショウ)」と聞いた上人は感涙をこぼしました。
「これは何とめでたいことだろう。阿字本不生(アジホンプショウ)になったではないか。こんな嬉しい縁に遇うとは」


 阿字本不生とは、〈「阿」の字で表わされる宇宙の根元は本(モト)より不動で、いつ発生したものでもなく、不生不滅である〉という真理のことです。
 悟りを求めて修行を続ける上人にとっては、馬をひく男も、馬も、あらゆるものがみ仏の顕れであり、常にこうした真理を示してくれるものでした。
 俗世の「足」は、そのまま悟りの世界における「阿字」であり、俗世の「府生」は、同時に「不生」であって、決して聞きまちがえではないのです。
 そして、このできごとは、上人にとって感激であっただけでなく、見知らぬ僧侶の流す涙にいぶかしがってその訳を尋ねたであろう男にも、ある種の感動を与えたに相違ありません。

 最近、こうしたできごとがありました。
 数年前にご主人を亡くしたMさんが、体調不良になりました。ウツウツとして眠れず、時として亡き夫が夢に現れますが、どうも嬉しくありません。
 夫も安心している風には見えなくて心配です。
 そこで、夫の供養とご自身の体調回復のご祈祷を依頼されました。
 修法をしてお札とお守をお送りしたところ、体調はたちどころに戻り、不快な夢も見なくなりました。
 お札がMさん宅へ届いたのは、亡き夫の命日でした。
 Mさんの述懐です。
「ありがとうございました。
 生前、何でも法楽寺さんへ任せなさいと言っていた夫が、私の不調を心配して早くお寺へ頼むようにと知らせてくれたのでしょう。
 魂って、確かにあるんですね!一人になってしまったけれども、夫と法楽寺さんに守っていただいているんですから、しっかり生きて行きます」

 明恵上人は、道で会った男から仏縁の喜びをもらい、男は、上人から喜びに共鳴する感動をもらいました。
 Mさんは、夫とお寺の守護をもらい、行者は、Mさんから感謝という励ましの特効薬をもらい、同時に、御霊とみ仏が確かに守護してくださっているという信念を強めてもらいました。
〈あなたも私もお互いに嬉しい〉というありがたい世界はどうして生まれるのか、次回から、そのポイントについてお話しましょう。




2006
03.16

魔ものの正体 ―四魔とは―

 私たちの心には四種類の魔ものが棲んでいるとされています。
 何度か書いたこの『四魔』について、その正体を記しておきます。

 春になるとムズムズして「煩悩魔(ボンノウマ)」が動きやすくなります。
 樹々の芽吹きや暖かい風に誘われ、冬の寒さで閉ざされていた心身が解放されるような気持になり、我欲がはたらき出すのです。
 霞のかかった水色の空も、爛漫と咲く桜もそうした気分を昂めますが、それは〈見たり感じたりするする自分〉がこちらにいて、目という小さな窓から眺めているからです。

 夏になると、深い緑色に輝く木の葉や、真っ青な空に湧き上がる雄大な雲や、強い陽ざしの暑さによって解放は最高潮に達し、高慢心による「天魔」がはたらきやすくなります。

 秋になると、ひんやりとする秋風や、高く澄んだ空に舞うトンボや、舞い降りる紅葉の様子に、いのちのはたらきが下降する怖れを抱き「死魔」がはたらきます。

 冬になると、寒さによって心身は萎縮し、多くの動物たちも植物たちも活躍を縮小するか休止に入るかして冷気の帳が天地を満たすのを見て、自衛のために殻へ閉じこもり、「こだわり」という「蘊魔(ウンマ)」が強くはたらきます。

 いずれにあっても、春と同じく、やはり〈見たり感じたりするする自分〉がこちらにいます。
 その〈自分〉は、無意識の裡に自他を対立的にとらえ、肉体に閉じこめられた範囲の自分を可愛がるもので、小我(ショウガ)といいます。
 桜の薄桃色に浮き立っても、揺れるススキにもの悲しさを覚えても、その段階でとどまれば小我でしかなく、魔ものの掌に乗ることになるでしょう。

 真実世界のありようとしては、桜の頃は、自分も春にあって、桜と同じく天地の一部です。秋風の頃は、自分も秋にあって、秋風と同じく天地の一部です。
 たとえば松尾芭蕉は、そうした境地をこんな風に詠んでいます。

「木のもとに汁も鱠(ナマス)も桜かな」


 樹のもとでくり広げられる花見の華やぎの中では、汁も鱠も桜も皆渾然一体となり、自分もそこに溶けこんでいます。

「秋風の吹(フク)とも青し栗のいが」


 秋風が吹かば吹けとばかり、栗は青いいがをもって生を主張しており、秋風も栗も自分も全部あっての秋なのです。
 どこにも〈見たり感じたりするする自分〉はいません。

 もう『四魔』の正体は明らかになりました。〈小我によって生まれた幻の子供〉です。
 私たちは、自分で生んだ子供によって苦しみ、迷い、道を誤ります。
 しかも、幻を生む小我もまた幻でしかありません。
 松尾芭蕉は、そうした二重の幻を払った大我(タイガ)の人なので前の二句を詠めたのでしょう。
 大我にあっては、自分と他人、自分と自然、そして自分とみ仏という小さな分別は消えます。
 もちろん、修法は行者と衆生とみ仏の一体が大前提であり、そこに入らねば法力は動かず、死者へ引導を渡すこともできません。

『四魔』を克服し大我(タイガ)に生きることが、自他共に苦を脱する方法です。 そのために、善き願いを持って祈り、ご加持の法を行ない、瞑想し、四魔切の剣を振るいます。
 一歩一歩と、世知辛い憂き世を極楽浄土にする歩みを進めましょう。




2006
03.14

自他を幸せにする方法1 ―『四無量心(シムリョウシン)』で共に幸せになりましょう―

 このカテゴリーでは、四つの心について徒然(ツレヅレ)に書いたものを集めました。

 自分も他人も、人々すべてが幸せになれる心のありようがあります。
 それは四つの限りないみ仏の心『四無量心(シムリョウシン)』です。

慈(ジ)…相手を幸せにしないではいられない心です。
 たとえば、電車の座席に座っていて目の前にお年寄りが立ったならば、自然に「どうぞ」と言って席を譲る心がそうです。
 それは、相手を選ばず、見かえりを求めず、実践すると心に青空が広がり、すぐに忘れてしまうけれども、その経験は清らかな反射的行動の種となって心の深みに残り、次の機会をじっと待っています。
 
悲(ヒ)…他人の苦を抜いてあげずにはいられない心です。
 たとえば、友人が病気になって入院したなら、とにかくお見舞いにでかけ、「おい、大丈夫か?お前も大変だなあ」としばし座っている心です。
 自分が辛い時は、気持の通じる人がそばにいるだけで救われるものです。胸の裡を少し言葉にして聞いてもらえるだけで、すうっと気持が楽になるものです。

喜(キ)…他人の幸せを喜ばないではいられない心です。
 たとえば、かねて欲しがっていた車を購入した人が喜んでいたなら、自分はボロボロの車に乗っていたとしても「良かったですねえ。
 これでご家族皆さん揃っておでかけできますね!」と、自分のことのように喜ぶ心です。
 他人の喜びを共有できる心になるならば、この世は喜びだらけです。たちまち極楽になることでしょう。

捨(シャ)…誰しもが同じくいのちというお慈悲の世界の住人であることを観る心です。
 たとえば、ヘビとカエルです。これは以前も書いたシーンですが、本堂前にある池の近くで、気配を察知して動けないカエルと飛びかかるタイミングを測るヘビが、双方共に動けずにいました。
 はりつめたいっときの後、ジャンプしたヘビのすぐ脇を、カエルがヘビのいた方向へと跳びました。
 カエルはそのままさっさと姿をくらまし、急に迂回できないヘビはそのままスルスルとどこかへ行ってしまいました。
 ヘビが「獲物にありつけず残念」でもなくカエルが「助かって良かった」ということもなく、平安と死とが背中合わせになりながら皆が輝いているいのちの世界の真実を表わしたできごとでした。
 自分の都合や誰かの立場といった分別の枠を超えて輝く世界を観れば、とかくままならぬ苦を抱えているこのこそのままで極楽の住人になれます。

 四無量心の実践は、まったく難しくありません。
 昨日こんなできごとがありました。
 当山前の道路で工事をしている方が重機を冷やす為の水をもらいに来られました。
 池の横に蛇口があるのを知っておられたのでしょう。
 ところがあいにく延長コードがないために、井戸から水をポンプアップできません。
 尋ねたところ、この業者さんもコードを持っておられないというので、すぐに仕事を中断して『法楽の苑』へ走りました。
 うまい具合にコードが見つかり、ただちに通電できたので業者さんはとても喜ばれました。
 ああ良かったなあと思い、本堂で仕事をしていた弟子のS君にこうした場合の積極的な対処法を教えました。
 しばらくして、さっきの業者さんが、残ったセメントで参道入り口近くの窪みを修理されました。当山も大助かりです。
 
 この一連のできごとに何も特別ななりゆきはありませんでした。
 世のためになる仕事に必要なものを求めておられる方に対して、できる協力をするのはあたありまえです。
 水がなくて困っておられる方へ、差し上げられる水を提供するのは、あたりまえです。
 目の前で仕事をしている方がうまくできて喜ぶのはとても嬉しいことであり、これもまたあたりまえです。
 寒風の中を頑張っておられる方々のいのちは、やはり寒風の中を托鉢に歩く僧侶のいのちと何ら変わりありません。
 これを今回のテーマにあてはめれば「慈・悲・喜・捨」となるだけです。
 
 み仏と私たち凡夫の違いは、み仏のお心のはたらきは無限であり、私たちの心のはたらきはたかが知れているということですが、できることをやって死ぬ以外、凡夫の道はありませんから、それで良いのではないでしょうか。
 お互いに『四無量心』を頭の片隅に入れておけば、この世はもう少し極楽に近づくことでしょう。



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2006
03.13

柿本人麻呂から西郷隆盛へ そして………

Category: 日想
 明治時代を迎えた日本の願いはただ一つ、西洋列強の世界支配という野望から国の独立を守ることでした。

 そのために、隣国朝鮮と対等な国交を行ない、ロシアの侵略に備えようとしていました。

 ところが、朝鮮は、そうした日本の姿勢について、伝統文化を捨てつつあると観て国書の受け取りを拒否するなど、軽蔑的な態度をとりました。

 ついには、釜山にある日本の貿易事務所へ、食料や燃料といった生活必需品をもたらす朝鮮人が出入りすることが禁止され、「日本は無法の国である」という内容の紙が貼り出される事件が起こりました。

 この事態に当たり、日本では、とにかく小さな軍隊を派遣して貿易事務所にいる邦人を守り、それと平行して修好条約締結の話し合いをしようという主張が主流になりました。参議板垣退助などによるいわゆる「征韓論」です。



 陸軍大将兼参議という要職にあった西郷隆盛は、いくら小規模とはいえ軍隊を派遣すれば戦争になりかねないことを憂い、まず第一にやるべきは使節の派遣であり、自分がその責を負わねばならぬと判断して板垣退助へ書状を送りました。



「慣例による正式な服装をした使節が条約締結を主張すれば、朝鮮政府は、必ず全権大使を殺すであろう。そうすればあなたが主張する派兵の口実ができる。だから私にその役割を果たさせて欲しい」

 

 自分のいのちと立場をかけても平和裡に条約を結ぼうとする決意には征韓論を唱えていた人たちも動かされ、ついに西郷派遣が閣議決定されましたが、岩倉具視などの工作で決定は宙に浮き、西郷隆盛は職を辞しました。明治6年のできごとです。



 今からわずか130年ほど前には、こうした政治家が日本を導いていました。



「もののふの八十(ヤソ)うぢ河の網代木(アジロギ)に いさよふ波のゆくへ知らずも」 ―柿本人麻呂―



(宇治川の網代木がつくる白い波は、起こった次の瞬間にはなくなってしまう。次々とそうした儚い営みがくり返されているのを観ると、美しい流れを遮りながら一時の夢に駆け回る人々の姿は、いずこへともなく消え去る波のしぶきのように思える。―――ああ。清らかな宇治川は、そうしたことごとにかかわらず、時を超えて滔々と流れている)



「うぢ河」は宇治川です。「網代木」は、魚を獲るために川へ打ち込まれた棒杭です。「いさよふ波」は杭によって遮られた流れがつくる白い波です。

「八十」と「うぢ」で八十氏となり、八十氏があるといわれたほどの隆盛を誇りながらも滅んでしまった物部氏、そして蘇我氏なども含めた興亡の儚さがこめられています。

 また一面では、中国から入って来た「自分の氏族の名を立てよう」というせせこましい考え方への批判が読み取れます。



 西郷隆盛を生んだのは、万葉集の時代から脈々と伝わる日本人が持つ魂の色合だったのでしょう。 




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2006
03.11

なぜ眠狂四郎なのか

Category: 日想
 おかげさまにて、40名を越える善男善女のご参加をいただき、映画会は無事、終了しました。

 ご参加の方々、そして、ご協力くださった方々へあらためて深く感謝申し上げます。

 市川雷蔵の当たり役を堪能し、おにぎりとお茶で一休みした後、渡辺祥子さんの『すべてを超える翼』についての熱弁に耳を傾け、最後は、寺子屋の柱になる『隠形流居合』の作法を2~3分ほどご覧いただきました。

 熱く、中身の濃い2時間半はあっという間に過ぎました。



 思わぬ恩師のご参加に感激したのもつかの間、「あなたは、映画の始まる前に眠狂四郎について、『男の美学』といった簡単な説明をしたけれども、眠狂四郎ってそういうものですか?」と鋭いご指摘をいただきました。

 確かに、開始前の一分ほど、こんなご挨拶をしました。

「人が感動するのは真・善・美・妙なるものに触れた時です。最近、大和撫子はなかなか頑張っていますが、日本男子はどうも元気がないようです。これから、日本と日本男子のすばらしさを描いた映画で美を感じていただき、後に渡辺さんのお話で真や善に触れていただければと思います」

 先生から、それでは通り一遍の話ではないか、混血という宿命を背負ってあの時代を生きた人間を観る眼はどこへいったのかとご指摘されれば、グウの音も出ません。恩師とは、まことにありがたいものです。



 言葉にすれば優に一時間にはなってしまうであろう思いの一旦をここに述べて、先生を初め、ご参加いただいた方々へのお詫びとします。



 映画会へ、若い男性が参加されました。インターネットで当山を知り、居合に興味を持たれたのです。

 やがて、事前の申込み通り若い女性も現れ、二人は熱心に稽古風景を観て、入門を希望されました。

 女性は明らかに異国人の血を引いておられます。

 まさに「お導き」と言うしかありません。

 眠狂四郎を選んだ深い理由は、たとえいかなる血を受け嗣いだ人であろうとも、その高貴な空気に触れれば高貴に生きざるを得ないような〈清浄なるものがあった時代〉と、そこに生きた〈活ける男〉を観ていただきたかったからです。苛烈な宿命によって心に氷を抱いた浪人をも美しく生きさせる〈まごころ〉を観ていただきたかったからです。



 当山の宿願は、一部の人間の欲望が際限なく満たされる一方で、世界は不毛の対立と暴力の応酬に陥り、文明圏を問わず人倫が限りなく破壊されつつある現代にあって、大人が覚醒し、未来を委ねる若年層を「文明の毒」から救い出すための捨て石になりたいという一点にあります。

 そのために宗教者は宗教をかけて行動せねばならぬと覚悟しており、渡辺祥子さんのような朗読アーティストには、言葉をかけて行動してもらいたいと願っています。

 

 これまで何度も書いたように、『すべてを超える翼』は、「個は、全体の一部として役割を果たす時に最も輝き、そういった個の集まる全体はとてつもなく大きな力を発揮して困難に打ち克つ」という真理・真実を描いています。

 こうした、「個が孤立へ走らず互いに思いやりを忘れぬようにしよう」という思想はみ仏のお慈悲につながる「世界を救う思想」の範疇に入ります。だからこそ、この企画となりました。



 詳しい説明は一切行なっていないにもかかわらず、こうした日に、はからずも日本人とは血の異なる女性が稽古を観て共鳴し、伴ってくださった男性と共に同志の一員に加わったことは、当山の理想が仏神の御心にかなっている証左でありましょう。

 また、力強いご加護をいただきました。いのちの限りやり抜きます。








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2006
03.09

業火の風上へ走りましょう ―子どもたちをネットやゲームの魔ものから救うために―

 野放図に子どもたちへ与えられるネットやゲームによる快感は、脳を破壊しつつ、社会をタバコ・アルコール・麻薬などと同じような依存症の患者だらけにしました。
 豊かな人間性をもたらす前頭葉のはたらきが枯渇した哀しい〈知能あるケダモノ〉がどんどん出現しています。
 いじめも、学級崩壊も、不登校も、そして若年者による殺人も、あるいは引きこもりやニートの増大も、すべてはゲームに代表される私たちの文明が引き起こした文明病に他なりません。
 人々が共につくった恐ろしい共業(グウゴウ)はちょうど空気のようなものであり、この世で呼吸している何ぴとも、その影響から逃れることはできません。
誰しもが〈業の囚人〉なのです

 思えば、水銀による水俣病も、アスベストによる中皮腫等も、タバコによる健康破壊も、先覚者の「気づき」があってから社会全体が気づくまで、長い年月を要しました。
 その間、被害者はどんどん増え続け、ついには、眼を覆うばかりの惨状をもたらしました。
 抜本的な手が打たれたのはそれからであり、被害者の「破壊された人生」は二度と取り戻せません。
 私たちは、学ぶというにはあまりに悲し過ぎる歴史を目の当たりにしたばかりですが、いまだ充分学んでいないかのようです。
 しかも、これまでの業による被害者はいかに多いとはいえ限定された人々でしたが、現在進行しつつあるネットやゲームによる脳の破壊は直接間接を問わず、万人を被害者にします。
 誰しもが一瞬後に「目的なき殺人」の標的になって何の不思議もなく、可愛い我が子が、突然無慈悲な事件の被害者や犯人になって何の不思議もありません。

 今や、業の火から逃れる方法は一つしかありません。
「智慧と勇気」という水をかぶり、火の中へと駆け入って風上へ突き抜けることです。


 火に追われつつ風下へと走る人々は、一人たりとも生き残れないでしょう。

 釈尊は説かれました。

「人が人の道をまっとうするのは苦である。
 人の道をまっとうせぬのもまた苦である」 ―四十二章経―


 業火こそが苦の原因です。
 逃れようと風下へ走るのが苦なら、風上へ走るのもまた苦ではありますが、向かう方向が反対なら、当然、結果もまた反対です。

 悪しきネットやゲームは若年者へ与えないよう、法的な規制をしましょう。
 成長過程にある子どもたちへ不適切なものを見せたり聞かせたりしないよう、大人たちは自らに課しましょう。

 これが風上へ走る方法ではないでしょうか。
 たった今、手を携えて走り出したいものです。これ以上社会の病巣が悪化しないうちに。文明病に喘ぐ若者たちを救うために。そして、無垢の子どもたちを病魔から守るために。




2006
03.07

以心伝心 ―救いの世界へ―

 遠方にお住まいのKさんから電話がありました。
「住職がこれほどご熱心なんだから、さぞや佳い企画だろうと思います。
 夫婦で参加しますが、会場までの行き方がわかりません。
 夜は運転が心配なので電車で行きます。どう行けば良いか教えてください」
 電車を乗り継いでまで、10日に行なう映画会へ参加したいと言われます。

 托鉢が縁結びとなったKさんは、菩提寺がすぐそばにあるにもかかわらず当山の信徒になられた方です。
 ご夫婦のくったくない笑顔と済んだ眼を思い浮かべながら、以心伝心とはこのことだなあと、つくづく嬉しくなりました。
他人の気持や思いを忖度(ソンタク…おもんばかること)し、多少自分の都合を脇へ置いてもそれに自分を添わせるという美しい日本人の心がまだ残っている時代に生を承けたことが、ありがたくてなりません。

 この企画は、もちろん、忘れられつつある市川雷蔵の名作をもう一度観るのが主眼ではありますが、『すべてを超える翼』という〈全体の中でこそ個が活き、皆の心が一つになった時は1+1が3にも5にもなり得る〉物語をライフワークにしようとしている渡辺祥子さんのお話を聞いていただくことも、大きな狙いです。
 煩悩に汚される自己中心の生き方が大手を振っている時、鮮烈なイメージで〈我を離れた世界〉のすばらしさを訴える物語は貴重です。
 若き朗読アーティストへ「あなたはこの物語の伝道者になりなさい」と申し上げた以上、当山は何としても後押しをせねばなりません。
 詳しくは書かなくとも、Kさんはそうした強い願いが発する何ものかを感じとってくださったのでしょう。

 明治22年、オスマントルコ帝国は、日本へ656人もの使節団を派遣しました。
 日本と同じように、トルコも欧米列強の世界支配へ抵抗しようと頑張っていたからです。
 明治天皇へ拝謁し大いに親善を深めた一行は、9月15日、台風シーズンだからと日本側が制止しようとしたにもかかわらず、アラーのご加護を信じて帰途に就きました。
 おり悪しく台風の直撃を受けた船は和歌山県樫野崎沖で沈没し、オスマン・パシャ提督を含む587人もの犠牲者を出しましたが、69人の生存者は地元民の手厚い看護を受け、軍艦2隻に護られて祖国へ送還されました。
 トルコの人々は、広く義援金を募集し、遭難追悼碑を建て、官民共に〈我がこと〉としてこの悲劇へ立ち向かった日本人の心に感激し、事件後百年以上経った今も、日本は、トルコの人々が行ってみたい外国の筆頭だということです。

 渡辺さんも当山も、美しい人倫を破壊し尽そうとする〈我の暴風〉へ立ち向かおうとしています。
 暴風の被害者は、かつて生きていた人々であり、たった今呼吸している人々であり、これから生まれる人々のすべてです。
 救う力はみ仏の子である私たち自身にあることを信じ、以心伝心で通じ合う人々が一つの翼になり、暴風の先に待つこの世の極楽へ旅立ちたいと念じています。
 そうすれば、V字をつくって力強く飛行するグループを頼ってたくさんのグループが集まり、さらに勢いを増して「真の翼」となる雁の群のように、すべての人々が暴風の先へと行けるに違いありません。





2006
03.06

【現代の偉人伝第16話】 ―手本を示す人―

現代の偉人伝~隣にいる英雄たち~とは

アレキサンダー大王、ジンギスカン、ナポレオン、織田信長・・・戦争が生んだ、偉人とされる人々・・・。それよりも、自らを他人のために投げ打って、人や命を助けた人々の生き様こそ、学ぶべきなのではないでしょうか? あなたの身近にいる偉人を紹介してください!当山では、身近な人々の善行に関する情報を集めています。

>詳しくはこちらをご覧ください。



                                            遠藤龍地



 いかにも春らしい柔らかな陽ざしの日、本堂いっぱいに善男善女がご参詣された第一例祭が終わり、昼食後の「仏器磨き」になった。

 皆さんそれぞれ指をまっ黒にしながら、磨き粉ピカールをつけ、金属製の仏器をゴシゴシと磨いてくださる。まことにありがたい。おかげで、どこの葬祭会館でも「ご住職のところの仏器は、いつもきれいですねえ」と言われる。自分がやるよりも皆さんの手を煩わせている部分の方が大きいので、こそばゆい一方で、密かに誇らしくも思う。



 そうこうしているうちに午後1時になり、Wさんがジーパン姿で登場した。やがては海外で農業をやりたいという夢を持ちながら、まだ何の経験もないお嬢さんである。

 待ってましたとばかり、Iさんの顔が輝いた。Iさんは、国内外で農業の指導をしておられる檀家さんである。忙しい身でありながら、Wさんの「入門希望」を受け、これから『法楽の苑』で行なう作業をテストにする予定である。

 行者S君も一緒に『法楽の苑』へ行き、Iさんから藪を払い雑木を切る手順について指示され、ただちに行動開始となった。

 Iさんは先生だから大丈夫だろうが、ほとんど経験のないWさんもS君もケガのないようにと祈りながら本堂へ戻った。



 予定時刻の3時になっても終える気配はなく、とうとう5時を過ぎてしまった。

 もう、予定地の雑木はすべて切り倒され、大量の蔓草と格闘しながらの撤去作業が続いている。Iさんは懸命に手斧を振るいノコギリを引き、Wさんはぬかるみに足を取られながら、それを引きずり出して運ぶ。女性とは思えない奮闘ぶりである。S君も手伝っている。

 60歳近いIさんは、汗だくになりながらも、手を休めず、4時間経っても仕事の勢いは変わらない。小太りでいかにもエネルギッシュなタイプではおられるが、もう、相当お疲れのはずである。



 ついに「作業、止め」となり、テストは終わった。

 泥だらけになり汗をしたたらせながらも弱音を吐かず、一切手抜きをしなかったWさんは、もちろん「合格」である。

 Iさんは判定基準を明かさないが、Wさんの「手を抜かず、やり遂げる」姿勢を見ておられたに違いない。それは、いかなる分野であれ、プロであろうとするなら絶対の条件である。プロに〈言いわけは許されない〉からだ。



 途中から別の作業でご奉仕くださったSさんも交え、4人でお茶を飲みながらの反省会になって驚いた。

 Iさんは心臓の血管が一部細くなっており、このままでは心筋梗塞になりかねないので近々カテーテル検査を受ける予定だという。

 いかに手慣れた分野とはいえ、そんな身体で何時間ものきつい作業を行なうのは危険である。「これで1キロは痩せたかな」と笑っておられるが、縁もゆかりもないたった一人のためにきちっとやってくださる覚悟の程には、内心、舌を巻いた。

 

 Iさんは、師として、自らの身体を顧みず「手を抜かず、やり遂げる」姿を見せたのである。

 

 若い二人は、その価値に気づいたかどうか判らない。健康な若者にとって、病気や検査の話は基本的に「別世界のこと」だからである。

 やがて、Iさんは、ちょっと失礼しますと座を離れ、着替えられた。汗がひいて身体が冷えるのは禁物である。これも、道具である身体を大切にするプロとして当然の手順である。

 Iさんも私も、そういったことごとについての説明はしない。やる気が本もので、人間としての器量があれば、師の一挙手一投足に無言の教えを聞くことができるはずだからである。

 やる気がなければそれまでである。師は、やる気があっても器量が不足していると観れば、やがて言葉で要点を伝える。プロとしてのいのちの伝授を記録し、記憶し、復習して自分の血肉にできる者だけが、弟子として師の後を追うことができる

 

 復習と習熟の程は、質問によって測られる。

 質問のない者は、やっていない、もしくは工夫していない、あるいは勝手なやり方をしている、のいずれかである。

 やらない者は論外である。

 能力が高く、すぐに身につけば工夫の段階へ入る。すなおな心が保てれば、その先へはどうやれば行けるか質問しないではいられなくなる。質問は不可欠である。質問を伴わねば正道を進めない。

 もちろん、勝手なやり方に走れば外道である。

 

 器量とは文字どおり〈うつわ〉であって、これがなければ、壊れたコップに水が注げないのと同じく、教えが受けられないし、小さなコップでは少ししか入らない。しかし、人間のうつわはコップと異なり、成長させることができる。その養分が〈やる気〉である。



 さすがにIさんは一流のプロである。これから先、どれだけの人を導けるか判らないけれども、その一人一人へこうやってできる限りの伝授をする決心でおられるのだろう。

 み仏のお導きによってたぐいまれな師とめぐり会ったWさんには、師と接することの価値に気づき、しっかりと後を追っていただきたいものである。




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2006
03.05

メール問題・少子化問題と、メディア・ゲームの毒

 民主党議員による偽メール問題の経緯は、いわゆる若手代議士たちの人間的な未熟さを露呈しており、文字どおり唖然とさせらましれた。

 人は、人生を重ねるごとに世間を渡る知恵と共に「人間が人間たるゆえんのもの」を深める智慧を身につけ、肉体が衰える一方で人間性を成熟させるものです。
 だから若い人が老練な人と比べれば未熟なのはあたりまえですが、今回のできごとは、そうしたとらえ方では納得し切れないものを含んでおり、「人は世代を下るごとに幼くなっているのではなかろうか?」という恐ろしい疑問が現実であることをはっきりと示していました。

 まずキワモノをちゃんと疑わない幼さから始まり、やろうとしていることの重大性を認識していない、成り行きの予測や分析ができていない、不十分な態勢で戦い続けた、着地点を見つけられなかった、そして、自分で自分の身を処するすべを知らない、重大事に際して自分の心身をコントロールできない、人の心を動かすには礼が欠かせぬことを知らない、大人としての責任のとり方を知らない、などなど、書くのもいやになるほどの情けなさでした。
 結局、政府関係者と気脈を通じている73歳の長老に今後の国会運営を任せるしかないのでは、この政党の未来はあるのかどうか極めて疑わしくなりました。

 また、人生相談を受けていてつくづく実感しているのは、女生に比べて男性の生命力が明らかに低下している現実です。
 両性の生命力は、平均寿命の差などでは理解できぬほど、格差が拡大しています。
 結婚して子供を育てようとしなくなったのは明らかに女性の側であり、いまや、「不甲斐ない」男性に頼らずに生きる、あるいは「愚かしい」夫に左右されず一人で子育てをする女性はうなぎ登りに増えています。
 男性は、女性からの信頼をどんどん失っています。
 肉体的には、環境汚染などによって精子が著しく薄れてしまったという科学的な分析がありますが、男性の精神的成熟度が遅れだした理由は、よく解りませんでした。

 最近、『脳内汚染』という警世の書を読み、目から鱗が落ちました。
 テレビやゲームやインターネットの普及による脳の破壊が起こっているのです。
 そして、それは、女性よりも空間認知能力の高い男性へより一層強い影響を与えました。
 同書は、寝屋川市教育委員会や長崎県教育庁、東京都の中学校の協力を得て魚住絹代氏が行なった大規模な調査である『寝屋川調査』の結果を詳細に分析し、ゲームに代表されるメディアが人々の脳を汚染し、精神を破壊するさまを詳しく述べています。
 読み進むうちに、偽メール事件で明らかになった若い世代の幼稚さの問題も、少子化につながる男性の生命力低下の問題も、メディアの急速な発達に密接な関連があることを知りました。
 この一冊で、子どもたちの様子を見ながら漠然と感じていた「因果関係」が現実であることをはっきりと知らされもしました。

 同書の『ファイル』は、1992年に発表された、10年の歳月をかけた研究による結論を紹介しています。
「テレビの技術が発達しなければ、アメリカにおける殺人の件数は、一万件少なくなり、レイプの件数は七万件少なくなり、傷害の件数は七十万件少なくなっていただろう」
 また、22年間にわたる調査の結果として、8歳の時点でどれくらいテレビを見るかによって30歳までに犯す犯罪行為の程度が予測されたと記しています。
 そして、メディアの急速な発達、とりわけゲームの普及がいかに子どもたちの脳を破壊し、社会性や倫理観の欠如や・忍耐力の減少・判断力の低下など、つまり、人間性が豊かに発達するのをいかに妨げているかを統計的に論証しています。

 ゲームを作る者は子供への悪影響を無視して儲けを競い、親は機械を放任の道具としてきめ細かな情操教育を怠り、子供はつかの間の快楽にふけり、猛毒は社会全体から人間性を奪いつつあります。
「六根のはたらきが心をつくる」というみ仏の教え、「環境と心は相照らす」というお大師様の教えを忘れたツケが回って来ました。

 19世紀末にヨーロッパでコカインが大流行した時は、精神的苦痛から解放する万能薬として知識人や上流階級からもてはやされたし、ヒロポンも、最初は人間を眠らずにはたらける「スーパーマン」にする薬として万民から歓呼の声で受け容れられたといいます。
 それらのできごとは、人間の精神をあまり強力に左右するものは、いかに便利でも疑ってかからねばならないことを教えています。
 私たちは、道具が凶器であることを知った以上、ただちにそれを社会からなくすか、使用法を厳密に限定するか、いずれかの手を打たねばなりません。
 この日本で、先進諸国の乾いた哀しい文明を軌道修正し、人間が人間らしく生きられる社会を再構築する方法が明らかになったのは、仏神のご加護ではないでしょうか。

 最後に、『6~8歳の子供の特徴』として挙げられているものを列挙します。
 青少年はもちろん、若者をはじめいかに現代人の多くがそのレベルでとどまっているか―――。
 戦慄を覚えるのは私だけではないはずです。
 寺子屋で何をなし得るか。
 使命は重大です。

1 現実と空想の区別が十分でなく、結果の予測能力が乏しい。
2 相手の立場、気持を考え、思いやる共感能力が未発達である。
3 自分を客観的に振り返る自己反省が働きにくい。
4 正義と悪という単純な二分法にとらわれやすく、悪は滅ぼすべしという復讐や報復を正当化し、その方向に突っ走りやすい。
5 善悪の観念は、心の中に確固として確立されたのものではなく、周囲の雰囲気やその場の状況に左右される。






2006
03.03

3月の例祭

◇第一例祭



 3月6(日) 午前10時より

 

 第一例祭では太鼓と共に『観音経』三巻を唱えます。

ご参詣の方々へお授けとなる『法句経上巻』の教えが心の核となって前半月を無事安全に過ごされますよう。

 

◇第二例祭



  3月18日(土) 午後2時より

 

 第二例祭では太鼓と共に『般若心経』三巻を唱えます。

ご参詣の方々へお授けとなる『法句経下巻』の教えが心の核となって後半月を無事安全に過ごされますよう。



 要注意の月に当たる方(新聞『法楽かわら版』と機関誌『法楽』に掲載しています)は特に不意の災難に遭いやすく、尊きものを尊び五種供養の心を忘れず、例祭にお参りするなどして、み仏のご護をいただき無事安全な日々を送りましょう。




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2006
03.03

彼岸供養会のご案内

◇彼岸供養会 

 

 3月21日 午前10時より



 本堂にて年忌供養の経文をお唱えします。

 ご先祖様や、亡きご家族や、有縁無縁の諸精霊のために、どうぞご一緒にご唱和ください。

 読経は四十分ほどで終わりますので、『御詠歌』を一つマスターしていただければと、ご用意しております。お気がねなくご参詣ください。

  

 お塔婆の申込みもお受けしております。

 

 事前にご連絡いただければ地下鉄泉中央駅前の『イズミティ21』前までお迎えにまいります。ご遠慮なくお申し出ください。




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2006
03.03

3月の運勢(世間の動き)

 今月は、良きにつけ、悪しきにつけ、「過ぎたる人」は失敗しやすく、「分を守る人」は気のおけない人との親和に人生の喜びや哀感をしみじみと感じることでしょう。

 

 私たちは、かりそめの肉体を持ち、この世につかの間の生を承けた旅人なのに、無意識の裡に永遠を望み、見えるものや聞こえるものを主(アルジ)として心を迷わせ、不動の道を外れては失敗を繰り返しがちです。

 釈尊は、まず、この世に棲む私たちの自身と周囲の姿をありのままに観よと説かれました。

 それが『四法印』です。

 すべては移ろう「無常」なものであり、人生はとかくままならぬ「苦」であり、自分はどこに在るともとらえにくく、あらゆるものは定かに手に収めておけぬ「空」であり、不動の実体あるものはなく「無我」なのです。



 ところが、不思議なことに、このあり様を確かに観ているうちに、移ろわず「常」であり、もどかしさはなく「楽」であり、自分はいつからいつまでともなく「我」であり、あらゆるものはかけがえのない価値をもった「浄」なるものである真実世界が開けて来ます。

 普段は儚いものにつかまろうとして右往左往していますが、実体を観ない迷いを離れれば、この世は儚い世界であることを知り得ます。しかし、それで終わりではなく、その儚さの先には、確かな世界が開けているのです。



 一流の芸術作品はこの二重性・三重性を巧みに表現し、迷いの様子を描きながら不動のものを顕わし、魂をふるえさせます。

 

 今月は、己の分を守り、儚い世界をちゃんと眺めつつ、その奥にある不動の世界にも触れたいものです。お彼岸は、そのための絶好の機会となりましょう。




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2006
03.03

この世の浄土

Category: 日想
「若い人の手助けをすることが我々年配者の生きがい。そのために、まず、体づくりをしたい」

 こんなコメントが『みやぎシルバーネット』3月号に載りました。

 取材を受けた『隠形流居合』行者Mさん(72歳)の言葉です。

 

 ここでは、その人なりの体力や気力に合わせた修行をする、ただ、この一点だけで集まる方々は、週に一度、何の思惑もないカラリとしたひとときを共にします。

 先輩と後輩・年配者と若年者・男性と女性、それぞれ異なった人々がその人なりの目的を心に秘めつつ、和やか、かつ礼儀正しく交わり合う楽しい場は、同時に良き人間修行の場となっています。

 これからも、先輩は後輩に教え、後輩は先輩に学び、年配者は若年者を導き、若年者は年配者を敬い、男性は女性を守り、女性は男性を立てる美しいこの世の浄土であって欲しいと念じています。









(写真提供は『みやぎシルバーネット』さんです)




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2006
03.02

映画鑑賞会の会場が変わりました

 来る3月10日に行なう映画鑑賞会の会場が変更になりました。ご注意ください。

 新しい会場は、「青年文化センター エッグホール」です。

         住所 仙台市青葉区旭ヶ丘3丁目27-5

         電話 022-276-2110



 なお、当日は隠形流居合の稽古日でもあり、ご興味がおありの方には、渡辺祥子さんのスピーチの後、同じ青年文化センター三階の和室にて稽古風景をご覧いただけます。

 スクリーンと実物とで、剣の世界を堪能していただきたく存じます。





市川雷蔵の眠狂四郎




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2006
03.02

供養の心は距離を超えます

 遠くにあるお墓まで行けない、あるいは、事情があって位牌の前で供養できないなどのご相談は、引きも切りません。
 こうした場合の解決法は2種類あります。
 
 一つは、〈お墓や位牌を近くへ持ってくる〉というやり方です。
 たとえば、お墓なら行ける範囲へ移動することです。
 今までのお墓を一旦解体して造りなおしても良いし、新しくお墓を建てても良いし、合祀という方法もあります。
 お墓の移動やお寺を変えるのは信教の自由であり、何ら問題がないことは言うまでもありません。
 
 位牌ならば、自分が供養する、あるいは信頼できるお寺に供養してもらうための位牌をもう一体作るということが可能です。
 
 分骨や複数の位牌は家運を傾かせるといった風説もあるようですが、根拠のない妄言です。
 そもそも、仏教が世界宗教になる大きなきっかけは、釈尊亡き後八つの国々へ分骨されていた仏舎利を、インド統一をなし遂げたアショーカ王が8万4千に再分骨し、それぞれにお墓(卒塔婆…お塔婆の始まり)を造ったことにあります。
 その結果、広大なインドに住む人々は、どこにいても釈尊を身近に感じながら供養することができるようになったのです。

 もう一つは、お墓や位牌をそのままにしておいて、〈遠くから供養する〉ことです。
 法力は距離を問いません。当山では、日々、九州におられる方の家内安全を祈ったり、東京の公営墓地に祀られている御霊の安寧を祈ったり、アメリカにおられる方の病気が平癒するよう祈ったりしています。
 肉体の束縛がある私たちは、「見える・聞こえる」といった五感の範囲には限りがありますが、「思う→願う→祈る」というように第六感を深めれば、時間も空間も超えられます。
 たとえば、『みやぎシルバーネット』3月号で紹介した「昭憲皇太后の夢」もそうした次元のできごとです。

 国家の危機となった日露戦争に際して心をくだかれた昭憲皇太后は、葉山の御用邸におられたある夜、夢で坂本龍馬から告げられました。
「帝国海軍は勝利しますからご安心ください」
 結果は、日本の奇跡的勝利となりました。
 
 国を思う皇太后の心へ、やはり日本の将来を案じつつ世を去った坂本龍馬の御霊が反応したにちがいありません。
 
 供養は常に「思い立ったが吉日」です。〈縁の時〉を失わぬよう、智慧とまごころで人の道を歩みたいものです。




2006
03.01

3月の真言

 その月の守本尊様をご供養しお守りいただきたい時、願いを成就させたいと念じる時、つらい時、悲しい時、淋しい時は、合掌して真言(真実世界の言葉)をお唱えしましょう。

 たとえ一日一回でも、信じて行なえば、ご本尊様へ必ず思いが届きます。

 回数は任意ですが、基本は1・3・7・21・108・1080回となっています。 



文殊菩薩(もん・じゅ・ぼ・さつ) 



「オン ア ラ ハ シャ ノウ」




今月の真言をお聞きになるにはこちらをクリックしてください。音声が流れます


※お聞き頂くには 音楽再生ソフト が必要です。お持ちでない方は、

 こちらから無料でWindows Media Player がダウンロードできます。





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2006
03.01

武士道を求める人

 山形県から人生相談に来た青年は、真っ正面に正座し、「武士のように生きて死にたいが、そうした心が作れません。いざという時にちゃんと死ねるかどうか不安です」と言いました。
 武士とはどういう人ですかと質問したところ、一呼吸おいて、よく解りませんとのこと。何も考えていないのではなく、心身両面から探求してみた結果、いまだはっきりしたものをつかめていないということなのでしょう。
 そこで、「作家三島由紀夫の観た武士道」と、「布施」についてお話しました。

 三島由紀夫は、武士道とは畢竟、「自己尊敬」「自己責任」「自己犠牲」であると分析しました。

「自己尊敬」とは、自分を全体的に肯定する感覚であり、これがない人は簡単に恥知らずな行為に走ります。
 名誉欲は、高慢心と結びつけば悪しき煩悩ですが、「名を惜しむ」という感覚と結びつけば、恥を怖れる清浄な生き方をもたらします。
 自分の尊厳を大切にする人であって初めて他人の尊厳も大切にできるのであり、自分を粗末にする恩知らずな人は、他人をいいかげんにあしらう人に成り下がります。
 この感覚は、何よりも、幼い日にしっかり愛情を注がれることによって養われるとされていますから、若いお母さん方にはよく考えていただきたいものです。

「自己責任」とは、言い換えれば「社会人として大人である」姿勢です。
 この世が人間の社会として機能している根本的な理由は、法律があるからではなく、警察があるからでもなく、お金があるからでもありません。
 無意識の裡にお互いに信頼し合っているからであり、信頼がなくなれば、たちどころにこの世は崩壊することでしょう。
 たとえば、朝、起きて歯を磨く時に、水道水や歯磨き粉に毒物が混じっているかも知れないと不安だったらどうでしょうか。
 仕事にでかける時に、暴漢がいるかも知れないと周囲を窺ってから鍵を開けねばならなかったらどうでしょうか。
 人と会う約束が信じられなかったらどうでしょうか。
 信頼は、責任感がもたらすものです。お互いに、社会人として責任ある生き方をし、誤ったならば責任をとる覚悟があればこそ、信頼が確保されるのです。

 そうした点からすれば、昨今、世を騒がせている「にせメール事件」における民主党関係者たちの右往左往ぶりは、目に余るものがあります。
 問題は、メールの信憑性そのものにあるのではなく、軽率な行為を繰り返した人々の人間性にこそあることを全然認識しておられません。
 一連の行為で明らかとなった人間性がどう見ても国政を担当するという立場にふさわしくないのですから、職を辞するのが当然です。再び立場を求めるのなら人間性を鍛え直し、それが認められるかどうかは有権者の判断に任せるべきです。
 これ以外の根本的な選択肢はないのに、居直ったり、判断を回避したり、辞めると言っては慰留されて残るといった醜態を演じている様子は、とうてい「大人」の姿ではありません。
 今回の事件は、自己責任の欠如が社会から信頼を奪っている様子を明らかにしています。


「自己犠牲」とは、自分のためだけでなく、家族を含む社会の誰かのためになるところに真の生きがいを見いだすことです。
 たとえば、はたらいて米を得たならば、炊いたご飯の一部を誰かに食べてもらい喜ぶ顔を見て、自分が食べて得た満足以上のものを感じる心が、布施の心であり、その内容が犠牲です。
 この場合、犠牲となるものは米ですが、それは時間であっても、モノであっても、お金であっても、心であっても良いのです。

 鎌倉時代のできごとです。
 雪の夜、一人の修行僧が、陋屋の戸を叩きました。
 極貧の武士である主は、何のもてなしもできぬからと、唯一の宝として大事にしている梅と桜と松の盆栽の木を折り、炉にくべて、見知らぬ僧侶に暖をとってもらいました。
 修行僧は隠居中の執権最明寺時頼であり、やがて時頼と再会したこの武士はその誠心が認められ、取りたてられました。
 武士道に生きた佐野源左衛門常世の行為は、「鉢の木」の物語として今日に伝えられています。
 見かえりを求めずに施す「布施」は仏道修行の根本ですが、武士道も行きつくところは同じです。

 当山では、かつて、寺子屋の理念として、「美しい日本人たるよう『自己尊敬』『自己責任』『自己犠牲』(故三島由紀夫氏の分析した武士道)の精神を指導する」と書きました。
 武士道は単なる男性原理ではありません。
 日本人らしい美しさをつくるかけがえのない精神です。
 山形県の青年に宿り、やがて始まる寺子屋に集う子どもたちの心にも宿りますよう―――。




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