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2006
09.30

郷(ゴウ)に入らば郷(ゴウ)に従え

 ある取材で「寺子屋で何をやるのか、具体的に聞かせてください」と言われ、供養堂への入堂からお話を始めました。

 道場でもある供養堂へ入る際は、背筋を伸ばし、きちんと合掌をするように指導します。

 それは、作法だからです。

 

 古来、日本人は、寺院へ詣でたならば合掌礼拝、神社へ詣でたならば礼と拍手といったように、場に応じことに応じた作法を尊び、おりおりにそれを自分へ課することによって姿勢や動作を磨き、心を創ってきました。

 仏教徒だから神社へ行っても数珠を手にして合掌をするだけ、氏子だから寺院へ行っても頑なに二礼・二拍手・一礼しかしない、などということはありません。

 日本人たちは、そうした水のようにこだわらない心で寺院も神社も尊び、仏神をあげつらって争うことなく、尊いものに自分を合わせることによって他人の尊んでいるものも尊びつつここまで来ました

 日本が真の意味で大和の国でありえたのは、こうした精神風土があったからです。

 それは「郷(ゴウ)に入らば郷(ゴウ)に従え」という慣用句で子どもたちへ教えられました。

 還暦になる私たちの世代でこの一句を知らない人はほとんどいないはずです。なお、この句は、室町時代から伝わり江戸時代には寺子屋の教材として広く用いられた教訓の書『童子教(ドウジキョウ)』にあります。



 ところで、よく「押しつけ反対」というセリフを耳にしますが、日本人は自由を求めるあまり、心が頑なになったのではないでしょうか。

 寺院と神社の例で考えれば、仏教徒が正式な形で神社に詣でたからといって何ら宗教的信念が損なわれることはなく、氏子が正式な形で寺院に詣でたからといって宗教的信念が損なわれることなどあり得ません。

 事実、プロの仏教徒である私自身が国家国民の危急と考えたおりには己の修法に加えて靖国神社へ詣でたし、キリスト教の葬儀では会葬者の方々と同一行動をとりました。教会の入り口にお焼香台を置き、会葬者へ選択の余地を与えたやり方にも納得できました。

 人生相談にご来山される方々の信じる宗教宗派がまちまちなのは当然だし、真の安心の場を求め、関東地方から「大人(ウシ)」「刀自(とじ)」という文字の入った諡(オクリナ…仏教の戒名)のある神霊を合祀墓『法楽の礎』に納めた方もおられます。

 ほとんどの日本人が、多くの場合仏教的なやり方で行なわれるお葬式へ参加した時に仏教の作法にならってお焼香を行なうのは、実にうるわしい光景と言えましょう。

 死者を送る時に死者と遺族の安心する方法以上のものはなく、真に故人を悼むのなら、会葬者はできるだけその信念や希望や意向に合わせるのが当然だからです。



 しかし、自由の観念が肥大し「自分の気まま心を制限されるのは、いかなる場合も嫌だ」「気まま心に添わぬものは、見たくも聞きたくもない」という状況になりつつある現在、うるわしい光景は急速に失われつつあります。

 事実、ある新興宗教の信者さんが亡くなってお焼香にお伺いしたところ、ご遺体のそばに陣取っていた信者とおぼしき方々が「呼びもしない坊主が何しに来た」と言わんばかりに声高に世間話を続け、隅っこに追いやられていた奥さんや兄弟たちから帰り際に小声で「すみません」と謝られたことがあります。

 また、心ない親の一言が学校から「いただきます」「ごちそうさまでした」の習慣を失わせ、押しつけ反対を叫ぶ町内会員の抗議で、子どもたちが揃って御神輿を担ぐお祭ができなくなっています。



 戦争から立ち直って世界有数の経済大国になった日本では、人は生きられるのが当然であり、それも気ままに生きるのが当然といった「自分を限りなく甘やかす」環境になり、我(ガ)が異様に肥大したのでしょう。

 真の「自由」や真の「宗教的信念」は一心の問題であって環境に左右されないという真実など疾うに忘れ去られ、「気まま心」まで「権利」と称して声高に叫ぶ人が珍しくなくなりました。

 自分の心の揺らぎをすべて環境や相手のせいにして、不断に自らを鍛える姿勢を失いつつあります。

 たとえば、真の精神統一は喧噪の中でも保つことが可能であり、そうしたレベルでなければ使いものになりません。

 恵まれた静寂な環境で修行をした僧侶が壇信徒さんへ尊大な態度をとり、つまらぬことで威張り、些細なことで怒るようでは真の禅定など得ているはずはないのです。

 また、極端な場合はさておき、真の知足(チソク…足るを知り感謝する心)は貧困の中でも可能です。

 釈尊もお大師様も自ら厳しい環境を求めて修行に勤しみ、常に人々の中にあって、禅定も、もちろん知足の優雅さも失うことはありませんでした。だからこそ救済が可能だったのです。



 寺子屋では、水のように素直に自分を環境に合わせつつ自分を高める指導をします。

 み仏と御霊のおられる場へ入る時、ふさわしい礼儀作法をもって行なうのは、その初歩の初歩です。

 ぜひとも、まず、親御さんにその大切さを認識していただきたいものだと切に願っています。




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2006
09.29

前頭前野

 18年9月28日付の河北新報で、東北大学教授川島隆太氏が述べておられます。



「私が研究で見つけた、生活の中で前頭前野をたくさん使う工夫(脳トレ法)は

?読み・書き・計算をする

?他者とたくさんコミュニケーションをする

?何かを作るという目的をもって指を使う


ーの三点です。

『楽で便利なもの』はほぼすべて、前頭前野を活性化しません。コンピューターを使ったり、テレビやビデオを見たりすることでは、前頭前野は働きません。前頭前野以外の脳しか働かないのです。

 身体を鍛える時と原則は全く一緒です。楽で便利なものはできるだけ避け、ちょっと面倒な道をわざと選ぶことが、脳を鍛えるコツなのです」



 前頭前野には人間をケダモノと隔てるはたらきがあり、いわば情緒の中心とも言える大切な部分です。

 そこでは、想像力・思考力・記憶力・自制力・交感力などがはたらきます。

 たとえば柿の実が落ちて来た場合、目から入った情報は、視床から視覚野へ行き、前頭前野を含む前頭葉へ到着します。ここで、美味しそうだとか、まだ熟していないとか、もったいないとか、ぶつかったなら危ないなどの判断をして対策を決め、その命令は運動野と脊髄を通じて足や手へ届き、手に取る、見過ごす、逃げるなどの運動が行なわれます。



 ところがゲームで柿の実をキャッチする場合の指の動きは、見たら取る、あるいは逃げるといった単なる仮想上の反射的行動に過ぎず、前頭葉を使っていません。

 それは獲物を見たら捕まえるといったケダモノの行動と変わらず、ゲームをすればするほど心から人間的なはたらきが失われて行くのは当然です。



 ?は、かつての寺子屋で行なわれていた教育そのものです。「読む」「書く」は、当然、当山の寺子屋でも行ないます。

 もちろん、?も、目上目下・師弟などの区別と礼儀作法を厳しくしつけながらも和気藹々とした寺子屋本来のあり方に他ならず、当山でもそうした体験を通していわゆる「一人っ子症候群」に対応する計画です。

 そして?は、当山の寺子屋で身・口・意各方面に偏らない教育をしようとしていることに符合します。身体と言葉と心をバランスよく創って行かねばなりません。

 遊びまわるだけで勉強をしない子、口だけ達者な子、じっと勉強するだけで友人と交わらず日常的なことごとのできない子、などにせず、それぞれの長所を生かしながらもバランスのとれた発育をめざします。

〈食べものの好き嫌いをせず身体が健全で、立居振る舞いが美しく、他人の言葉をよく理解すると同時に自分の思いもきちんと言葉で表現でき、感性が活き活きしていて情緒が豊かであり、思いやりのある子供〉に育てねばなりません。

 霊性を活性化させ、心の乾いていない人間味あふれる大人になる土台を創ろうとする当山の寺子屋は、科学的見地からも理想的であることが確認でき、意を強くしています。




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2006
09.28

わかっちゃいるけどやめられない ―惑・業・苦―

 私たちは霊性を持ち、子供の頃から「悪いことをしてはいけない」と教えられ、何が良いことで何が悪いことかは解っています。
「人殺しはやっちゃいけない、他人のものを盗んではいけない、弱い者は助けよう、お米を作ってくださるお百姓さんに感謝しよう」
 しかし、つまらぬことで殺人者となり、盗人となり、いじめを行ない、感謝を忘れます。
 なぜでしょうか?

 それは、「惑(煩悩)」があるからです。
 ゾウリムシにとってのこの世は、食べものとそうでないものとの二種類からなっているそうですが、人間もまた、あらゆるものを自分のためのものとそうでないものとに分け、限りなく自分のものにしようとします。
 ゾウリムシと同じく、生きものである以上、「食べものでも何でも得て生きたい」という無意識の渇望があるからです。

 ここで問題なのは、人間は他の生きものたちと違い、思考に基づく自由意思があるということです。
 人間以外の生きものたちは皆、自然の節理に従って生きています。
 人間も自然の節理を離れては生きられませんが、思考は節理を利用しようとし、時として節理の枠を超えようとします。
 そこに文明が起こり文化が発達する理由がある一方で、他の生きものにはない善悪が現れます。
 ライオンが鹿を殺しても悪ではなく、もちろん善でもありませんが、人間が相当の理由無くして鹿を殺せば悪であり、傷ついた鹿を助ければ善です。
 ライオンは節理に従っているだけであり、人間は自分の意思で殺し、あるいは助けているからです。
 ライオンには悪がないので自由に生きても罪を犯しませんが、人間は意思によって善か悪かを為し、禍福という結果を受け、そこに喜びも悲しみも生じます。善を為せば徳となり、悪を為せば罪となります。

 人間にとってやっかいなのは、他のいきものたちと同じく生きたいという無意識の渇望に従えば、他の生きものたちと同じレベルでしか生きられないということです。
 つまり、人間は、放っておけばたやすくケダモノになるということです。
 だから、釈尊は生涯をかけて「放逸はならぬ」と説かれました。
 人間が人間でなくなり、自他を不幸にするからです。

 無意識の渇望は、こうして霊性に蓋をします。
 この渇望を「惑(煩悩)」といいます。

 さて、「惑」はなかなか抑制できません。
 たとえば、腹八分が健康に良いことを解っていても、おいしいお酒や料理が目の前に並んでいれば、つい飲み過ぎ、食べ過ぎます。
 頭ではやっちゃいけないと知っていながら、行動はそれに従いません。
 ともすれば、考える力よりも、無意識の「飲みたい、食べたい」の方が強くはたらきます。
 こうして「惑」の力に負け、飲み過ぎ食べ過ぎという「業(ゴウ)」を作ります。
 この場合の「業」は決して善なるものではなく、結果として時には仕事にさしつかえ、時には身体を壊し、時にはセクハラを行ない、時には飲酒運転を行ない、時には夫婦げんかを招きます。
 出た結果が「苦」です。

 ままならず困った状況を招いたのは、自分に潜む「惑」と、それに負けて積んだ悪しき「業」に他なりません。
 私たちの人生における「苦」は、自分の、あるいは誰かの「惑」と悪しき「業」によるものであることを忘れず、身・口・意で善きことを為し、その善業の力でお互いの悪業を清め、霊性あふれるこの世にしたいものです。
 そのための扉は、み仏の教えを正しく学び、たとえ小さなことでも実践するところに開けます。
 さもないと、いつまでも「わかっちゃいるけどやめられない」をくり返すだけの、情けなく、悲しく、辛く、そして不安で恐ろしい世の中になることでしょう。




2006
09.26

理想と道義心

 新聞社から、寺子屋における教育はどういうものになるかとの取材を受けました。

 同時期に、教育の専門家から教育の現場について詳しい方から状況をお聞きしました。

 親が子供のしつけを怠っていながら、子供が問題を起こすと教師のせいにして学校へどなり込む。あるいは、教師たちが、教育長の机に腰かけて詰問するなどなど、およそ普通の生活をしている外部の人間には想像もできぬような話の連続に、ただただ唖然とするばかりでした。

 

 こうした環境にありながら、子どもたちの心をまっすぐに伸ばすにはどうしたら良いか?

 当山では、徹底して偉人伝を教える予定ですが、偉人伝から何を学ばせるべきか?

 つきつめると、「理想」と「道義心」に行き着きました。

 

 理想は、未来への希望であり、夢であり、子供の心をワクワクさせるものです。

 道義心は、過去の精髄であり、霊性の基盤であり、子供の心に爽やかな風を感じさせるものです。




 理想がなければ、未来は不安の雲に覆われ、人は怠惰になります。

 道義心がなければ、過去は記録か思い出でしかなくなり、人は無頼になります。




 さて、社会を動かす原動力である政治には、当然、この両面が求められますが、過去5年間は、見事に道義心が抜け落ちていました。

 時代の空気を見るに敏な人たちが理想を掲げ、その実現を自分たちの功績にすべく、道義心をかなぐり捨てて走りました。

 理想に同調する者は善人として「創られたお祭の御輿」を担がせる一方、反対する者は悪人として御輿を担がせないばかりか、政治的に抹殺しようとしました。

 それは、あたかも、平然と王家一族をギロチン台へ送ったフランス革命のようでした。

 フランス革命の背景には、上流社会の女たちが金もうけをして着飾り社交界で男たちにチヤホヤされることを競うあまり母性を失い、乳母や田舎に預けられて育った子どもたちが暴力的・攻撃的・破壊的な人間になり、残虐な行為へ走ったという暗黒があったことは、以前、指摘したとおりです。

 

 今の日本でも、母性は明らかに崩壊しつつあります。

 それは、もはや、母親だけの問題ではなく、子どもたちを共同の宝ものとして守り育むという伝統的な無意識の社会的合意までも破壊するという恐ろしい様相を帯びてきました。


 子どもたちの身にふりかかる悲劇が毎日マスコミをにぎわし、それをはっきりと証明しているではありませんか。

 母性の崩壊は大地の崩壊と同じです。

 目に見える順序としてはまず男がダメになり、そして女もダメになります。

 

 こうした不安な空気があったればこそ、人々は硬直し妥協しない政治スタイルに幻想を抱き、拍手を送ったのでしょう。

 しかし、無理に屋台骨を外されねじ曲げられた社会構造は不安を解消するどころか、〈年齢が高くなればなるほど幸福度が低くなる〉という、先進国では唯一の「不安大国」をもたらしました。

 確たる未来像を描けず、ただ今日を生きるしかないニートやフリーターは、時々刻々と増え続けています。

 日本は、弱った景気を治療するために使うべきでない劇薬を用い、副作用によってとてつもない後遺症が残りました。

 この5年の間に、一人一人の日常生活につきまとう不安は増大し、国民の8割以上が身の回りに「いつ何が起こるか分らない」と危険を感じながら生きており、「世界一安全な日本」は、もはや神話となり果てました

 外国人に阿ない歌舞伎町の取り締まりや、厳しい排気ガス規制や、独自の教育方針の明確化などで国策を超えた政策を実行する東京都だけが、唯一、気をはいているという惨状です。

 一体誰がこんな国になることを望んだのでしょうか。

 当山は当初から政権の危険性を指摘してきましたが、こうした結果を見ると非力さが残念でなりません。

 

 ところで、革命の蛮行に懲りたフランスでは、二度とああした熱狂を起こさず、ギロチン台を用いないために、各家庭で子どもたちへ宗教心を教える時間を持つことが義務づけられています。

 道義心は道徳のないところにはあり得ず、道徳の核は良心であり、良心は、つきつめると宗教心になるからです。

 

 次々に起こってやまない、信じられないような凶悪事件は明らかに道義心の消失がもたらしたものであり、それは政界のありさまと、そして、堀江・村上といった人たちや阿漕(アコギ)な金融会社に象徴される「大手を振って大道を歩く無頼漢たち」の姿と重なっています。

 これからは、大きな「揺り戻し」がありましょう。

 それを怖れた過去の権力者たちは皆、陰へ隠れるのに懸命です。ある人は議員バッジを捨て、ある人は公職を辞し、ある人は古巣へ帰ろうとしています。

 幻の熱狂が去れば、もう、彼らの居場所はどこにもありません。



 揺り戻しの時代に気をつけねばならないのは、個人攻撃だけでなく丁寧に過去の検証を行い、省みること。そして、振り子が反対側へと振り過ぎぬようチェックを怠らないことです。

 さもなければ「理想」が暴走した愚を、今度は、「道義心」の暴走によってくり返すことになりましょう。



 大人たちが理想と道義心をバランス良く持って生き、その姿で子どもたちを導きたいものです。




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2006
09.24

お墓の造り方

『法楽の苑』にある墓石は実にさまざまです。
 初めて足をはこんだ方々は、ほとんどが「へえ」という感じを受けられるようです。
 そして、あれこれと眺め、考えられる方もあります。
 今回のお彼岸は好天に恵まれたこともあり、ま西に位置する笹倉山は、こうした想念に憩う時間を用意してくれるかのようにゆったりと見守っています。

 さて、最近、こんな文章を書きました。

墓石であれ、位牌であれ、そこが御霊の拠り所となるのは、み仏のご加護とお導きの力がいただければこそのことです。
『法力によって法が結ばれた聖なるものが用意される』ことが根本です。
 表現として墓石へどう書くかということは宗教宗派によってさまざまですが、この根本に立って考え、用意せねば、墓石は、「ここにお骨がある」という単なる標識に過ぎなくなります。
 姿形は、以上の根本を考えた上で、建墓者が決めねばなりません。
 その場合、信頼できる行者としての僧侶へ相談できる方は幸せというべきでしょう」

 御霊が確かに安らぎ、お詣りする方々もまた安心を得るためには、私たち人間の力を超えた存在のお力が必要です。
 そうでなければ、あの世は単にこの世の続きとなり、迷いと混乱と一時の快楽の世界に過ぎなくなりましょう。
 手を合わせる心の行き場所がなくなるのです。
 いかなる形、いかなる大きさのものであっても、そこへみ仏のご加護があって初めて、お墓は聖地となります。
 土地を聖地へと神変させる力が必要であり、行者はプロとして法力を磨きます。
 法力によって稲妻のように仏界と俗界の結ばれた場所、聖性を感じて手を合わせる場所、それが聖地に他なりません。
 
 お墓をいかなる姿にするかという表現方法は、霊性に導かれた感性で決めれば結構です。
 最近は、あれがいけない、これもいけないといった古いタブーを振りかざす者が人気を得ているようですが、愚かしいことです。
 私たちの脳細胞は、今でもわずか15%程度しか使われていませんが、それでも、使われる割合は時代と共に大きくなっています。
 今ほど脳細胞が使われず、墓石が身近な材料によってしか造られなかった時代の「怖れ」や「都合」が表現されたタブーをそのまま現代へ持ちこんでも、何の意味もありません。
 大切なのは、建墓者が真理・道理・原理を知り、自らの感性を磨き、法力のある行者が法を結ぶことです。
 そうして初めて、永遠の聖地であり一族のお守となるお墓が、その方、その一族にふさわしいものとして完成することでしょう。




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2006
09.23

輪廻転生 2 ー法輪ー

 釈尊が教えを説くことを象徴しているのが法輪です。
 インドの国旗に描いてあり、一見、船の舵のようにも見えますが、あれは車を示しています。
 古くはインダス文明にも輪の印があり、くるくると廻る形は、輪廻転生を信じるインドの人々にとても馴染深いようです。

 仏法が世界へ広まる上で大きな役割を果たしたのがアショーカ王でしたが、彼は、法輪をもって釈尊の解脱と布教を讃えました。以後、法輪は仏法の象徴となりました。

 インドがイギリスの圧政から独立する際、ガンジーは、民衆の力を結集するために、各家庭で糸車を廻し、その地道な努力をもって世界最先端の技術力を持つイギリスの紡績工場に対抗しようとしました。
 こうした民衆の姿勢は、非暴力・不服従を説くガンジーの行動指針を支える力となり、やがてインドへ独立をもたらしました。
 そして、独立国家として国旗を決めようということになった時、誰しもが最初に考えたのはこうした神聖な意義を持つ糸車でした。
 しかし、糸車そのものではなく、同じく「廻すもの」というイメージを持ったアショーカ王の法輪を使うことになりました。

 釈尊は、このように法を説かれました。
「実に法が、熱心に暝想しつつある修行者に顕わになる時、彼の一切の疑惑は消失する。
 彼は悪魔の軍隊を粉砕して安立している。
 それはあたかも、太陽が虚空を照らすがごとくである」

 法=真理は、迷いを解き、霊性を発揮しながら生きる道を示します。
 釈尊が悟りを開いて法をつかみ、法楽に憩い、やがて立ち上がって説法の一歩を踏み出してから、仏法は、時間空間を超えて廻り続ける輪のように私たちへ救いをもたらしています。

 彼岸=安寧の境地へ共に渡ろうとするこの時期、法輪の廻り始めた日を想像してみてはいかがでしょうか。




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2006
09.22

文殊の智慧

 昔、あるところに、愚かな人々の国がありました。

 釈尊がその隣の国へ入られた時、神通力では一番と言われるモクレン尊者が申し出ました。

「師よ、私が凶暴な人々を救いたいと思います。隣の国へ行かせてください」

 

 許可を得たモクレン尊者は勇んででかけ、懸命に教えを説き、自分も善行にはげみましたが、誰一人耳をかたむけず悪口を言うだけだったので、モクレン尊者はすごすごと引き返しました。

 今度は智慧一番と目されるシャリホツ尊者がでかけましたが、侮辱されるだけで帰って来ました。

 次々と高弟たちがでかけては教化に失敗したので、アーナンダは言いました。

「師よ、あの国の人々はすべて悪人なので、誰も教えを受けつけません。しかも修行僧たちを侮辱しました。きっと全員が重罪を受けることになるでしょう」

 釈尊は応えました。

「確かにあの国の人々は罪深いが、真の布教者に接すれば、その罪も晴れるであろう」

 そして、文殊菩薩を派遣しました。



 文殊菩薩は、隣国へ入るやいなや、ありとあらゆるものを褒め称えました。王様をはじめ、その人の教養に応じたやり方ですべての人々を褒めたので、人々は皆、嬉しくなり、言い合いました。

「あの布教者は実に立派だ。私たちの心の奥底まで見通しておられる」

 そして、こぞって供養し、布施をしました。



 やがて頃合いを見ていた文殊菩薩は告げました。

「あなた方がこうしてくれるのは実にありがたいけれども、私は、師僧に遠く及びません。皆さんの供養を私などよりも師僧へ捧げれば、今の何十倍もの福徳を得られることでしょう」

 その後、国中の人々が釈尊のもとを訪れ供養し、教えを受けたのは当然です。



 釈尊はアーナンダへ話しかけ、弟子たちへ説かれました。

「アーナンダよ、彼らの大きな罪はどこへ行ったのだろうか」




2006
09.21

【現代の偉人伝第二十四話】 ―共業へ立ち向かう家族―

現代の偉人伝~隣にいる英雄たち~とは

アレキサンダー大王、ジンギスカン、ナポレオン、織田信長・・・戦争が生んだ、偉人とされる人々・・・。それよりも、自らを他人のために投げ打って、人や命を助けた人々の生き様こそ、学ぶべきなのではないでしょうか? あなたの身近にいる偉人を紹介してください!当山では、身近な人々の善行に関する情報を集めています。

>詳しくはこちらをご覧ください。



                                            遠藤龍地



 秋雨が天地を濡らす日、仙台市のGさん宅をめざした。石屋さんから納骨でご紹介をいただいた御霊が一周忌を迎えたのである。

 修法が終わっての会食で、忌憚のない話になった。

 どうしてこんなに心の荒んだ日本になったのだろうという話題になり、共業(グウゴウ)という考え方があることをお伝えした。



 私たちが生きるということは、善悪さまざまな業を積むということである。

 業はすべて意識下の第七識(潜在意識)へ蓄えられて運命を創り、やがて、死と輪廻に伴い、誰かが「生まれ持ったもの」としての第八識(深層意識)となる。

 私たちは、おとなしい子、あるいは丸顔の子、あるいは手先の器用な子、などとして生まれるが、どう生まれるかの原因はすべて過去にあり、それは、過去に生きた人間の人生以外のものではあり得ない。

 こうした「積まれ、引き継がれるもの」を業と言うが、個人的な業は不共業(フグウゴウ)と呼ばれる。



 それに対して、器世間(キセケン…環境世界)として積まれる業を共業と呼ぶ。

 国家や文明のあり方は共業の表れであり、ここで話題となっている心の荒みは、単にマスコミに載るような事件を起こす特定の人だけの問題ではなく、広く日本を覆う「状況」と言うべきものである。

 

 そもそも、人は誰も自分一人だけで生きることはできず、生きている以上、社会との関わりは不可欠であって、一人の積む業は必ず共業と関わり合っている。

 たとえば、ニューヨークヤンキースに所属する松井秀喜選手の事故からの復活は、野球少年たちに夢と希望を与え、少年が親を殺す事件は、社会を寒々とさせる。

 また、コンピュターの発達は、障害を持った方々が社会と交わる上でとても有効な道具となり得る一方、高度なゲーム機の開発は、子どもたちや若者たちの能を着実に破壊しつつある。



 こうした器世間にあって、菩薩たるべき人間は、他人の悪業に染められず、自分の善行をもって共業の浄化をはからねばならない。

 それを「功徳の回向(エコウ)」と言う。

 これがいかに難しいかは、ゲームをしない子供が、学校で仲間の話題に入れないという一事をもってしても容易に推し量られる。

 毎朝毎朝、必ず誰かが捨てたゴミの落ちている道路を清掃する方の忍耐力を考えると、頭が下がる。



 さて、「我が意を得たり」とばかりに談論風発となったGさんご一家の話の成り行きには驚いた。

 長男は営業の指導という立場で、マニュアル以外の日常会話ができない若者たちの現状と毎日格闘し、家庭での会話をもってこうした社会へ立ち向かおうと子どもたちに一切ゲームをやらせず、家族同士の接触を最も大切にしておられる。

 その結果、長男は、選ばれて海外のホームステイを体験できるようなお子さんへと成長した。

 次男は、一人一台づつパソコンが与えられた結果、社内での会話が極端に減り、上司がすぐ側にいる部下へ指示を出すことすら対話ではなく機械を通じて行なうようになったことを憂い、異様な空間を嫌い人間性が破壊されることを怖れて一流会社を辞職した。

 人間性豊かな新しい分野への挑戦に意欲満々である。

 

 三男は、教育者を目ざして学問を行なったが、広く世間を知らずに真の教育はできないことを覚り、コンピューター関連の会社へ入った。今、社会に学びつつ教育のあり方を研究しておられる。



 皆さんそれぞれ、悪しき共業に染められぬ生き方をしようと懸命である。

 その姿勢が家族の絆を深め、お子さんたちをまっすぐに成長させている。

 まさに理想の家族であり、共業を動かす力は志を共にする人々の団結力にあるということを実感させられた。

 一人で暴風へ立ち向かうことは困難でも、団結すれば吹き飛ばされず、そうした姿勢が周囲の人々を目覚めさせ、勇気づけるに違いない。

 気づいた人同士がこのご家族のように「同志」としての絆を深め、共に悪しき共業を浄化したいものである。




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2006
09.19

肩凝りの治った人

 雨の合間に、解体のプロとして東北六県を飛び回っているSさんが来られました。

 Sさんは、かつてタクシーの運転手をしていた頃、首へ刃物を突きつけられたおりに動ぜずお経を唱え、強盗を改心させた胆力の持ち主です。

 

 開口一番、いやあ住職さん、この間は助けられましたよと言われますが、いつもブルトーザーなどで境内整備をしてくださり助けていただいているのはこちらなので、何のことかと思いました。

「今の現場は大きくて、泊まりがけでやっていますが、この間、経験したことのない肩と首の凝りに襲われました。

 どんなに大変でも、凝ったことはなかったんです。それが、現場近くの温泉に入ってマッサージをしても治りません。あんな風に重く固まってしまったのは初めてです。

 かなり辛かったんですが、休日にお寺へ来てユンボをやりました。住職さんが事故に遭ったことを聞いて、俺が忙しくて近頃さっぱりお手伝いしないからこういうことになったんだと申し訳なく思っていたからです。

 終わって家へ帰った時から、不思議なことに、だんだんと凝りが薄れ、とうとう何でもなくなりました。女房も驚いています」



 Sさんは敬虔なお不動様の信者さんで、これまでも、護摩の灰で作ったお清め塩を撒いた現場で難を逃れたことがありました。

 でも、今回は、やはりお地蔵様のご守護でしょう。

「そうでしたか。それは良かったですね。Sさんがお手伝いくださらないから事故が起こったのではなく私の不注意が原因だったのですが、私も、Sさんと同じように、お救いいただいたと思いましたよ。

 それは、あのお地蔵様です。

 退院して整備の済んだお姿を目にした時、まだ修法していないのに?ああ、おられる?と感じました。あんなことは初めてです。

 ご自分で宿ってくださったお地蔵様です。これからも必ずご加護がありますよ」



 経典には真実が述べられています。

「諸々の衆生のために生死に処在し、種々の苦を受けて心に退転なし。これを菩薩の不可思議と名づく」

(あらゆる人々のために迷いのこの世にあり、自ら相手の苦を受けて人々を救い、いかなる目に遭おうとも慈悲の心が揺るがない。これが、浅はかな思考を超えた菩薩の偉大なる力である)




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2006
09.18

『八正道』により『四苦八苦』を克服しましょう 4

 前回は、「生・老・病・死」は、ただ時系列的に並べただけでなく、「老いや病気や死などを直視するところから、生まれることの意味が知られる」といった視点を紹介しました。
 苦である(ままならない)老いや病気などを我がこととして受けとめて初めて、「『生』とは何ごとであるか」が掴めるのです。
 こうしたことは、四苦八苦における他の苦についても言えましょう。
 
 たとえば、愛してやまない我が子を失った時、その呻きの中から『生』も『死』も観えるのではないでしょうか。
 たとえば、憎まずにはいられない相手との巡り会いに悩み、殺意すら芽生えそうになる時、『生』も『死』も観えるのではないでしょうか。
 また、死を前にした時、愛憎の意味がより明らかになるのではないでしょうか。
 また、病気になって死を意識する時、モノ金への執着が何であるかが判るのではないでしょうか。

 このように、宿命である八苦は、それぞれが「人間の根本的なありようが『苦』である」様子を示しています。

 さて、本題である「生苦」に戻りましょう。
 前回、生が苦であるのは、「いつ、どこで、誰の子として、どういう性格や性質や身体を持って生まれてくるかを自分で意識的に決めることができない(と思う)からです。また、生まれて来ないことも自分で決められない(と思う)からです。つまり、自分は、生まれてくることに関われない(と思う)からです」と書き、「(と思う)と書いたのは、それが真実ではないからであり、理由は後に述べます」としました。
 真実について述べねばなりません。

 かつで、『水子の真実』について、こう書きました。
「私たちは、どのようにして生まれて来るのか?ここが出発点です。
 この世で善悪さまざまな業を積んだ魂は、業となった『因』に対する『果』を現実のものにするため、転生の機会を待っています。
 やがて、運命や性格などの『魂の色合』に共通するところを持った男女のペアを見つけると、そこに宿ろうとします。
 大切なポイントは、子供が親を選ぶことであり、肉体より魂の引力が先にはたらくという点です。
 ここを勘違いすると、子供が親へ『勝手に生んだ』などと暴言を吐いたり、親が子供へ『望みもしないのにできてしまった』などと妄言を口走ったりします」
 しかし、私たちは、生まれた時、表面の意識には生前の過去が残っておらず真っ白なので、「自分が選んだ」ことを知り得ません。
 では選ぶ自分とは誰か?
 それが表面の意識の下の下にある「伝識」と呼ばれる深層意識です。
 ここに過去のすべてが入っており、それを持った魂が選ぶのです。
 もちろん、意識下の意識ですから、認識することはできません。しかし、それは確実に存在します。
 人間は特定の「何者か」としてしか生まれないのが何よりの証拠です。
 おとなしい子、すぐにぐずる子、よく乳を飲む子、なかなか飲んでくれない子、キョロキョロと忙しい子、ダーッと寝ている子などなど皆違うのは、「過去が違うから」以外、理由があり得ましょうか。
 男女はもちろん、重い子、軽い子、丸顔の子、角顔の子、こうした身体的特徴もまた、「生まれ持った」ものであり、どう生まれるかの理由は過去にしかありません。
 それを端的に示しているのが過去の集積体である遺伝子です。

 私たちは、明らかに、自らの過去を因とし、両親となる男女を縁として、自らこの世へ生まれ出ているのです。
 この「自分の存在についての正しい見解」つまり、八正道における「正見(ショウケン)」こそが、生苦を克服する一番の方法です。

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2006
09.18

『八正道』により『四苦八苦』を克服しましょう 3

 いよいよ、具体的に四苦八苦を考えてみましょう。
 まず、『生苦』です。
 この場合の『生』が持つ本来の意味は、「生きること」ではなく「生まれること」です。

 なぜ、生まれることが苦(ままならないこと)なのか?
 それは、いつ、どこで、誰の子として、どういう性格や性質や身体を持って生まれてくるかを自分で意識的に決めることができない(と思う)からです。
 また、生まれて来ないことも自分で決められない(と思う)からです。
 つまり、自分は、生まれてくることに関われない(と思う)からです。
(と思う)と書いたのは、それが真実ではないからであり、理由は後に述べます。
 その結果、「私なんか生まれて来なければ良かったのに」「どうしてこんな親の子供として生まれたんだろう」などという、愚痴(愚かな考え)を抱いたりします。
 これが、人間における迷いの根本です。
 
 この考えに立てば、すべてがままならないばかりでなく、苦しみになります。
「生まれて来たばっかりに、年取って辛い思いをする。
 生まれて来たばっかりに、病気で苦しむ。
 生まれてきたばっかりに、死ななければならない。
 生まれて来たばっかりに、愛する人と別れねばならない。
 生まれて来たばっかりに、憎らしい人と出会わねばならない。
 生まれて来たばっかりに、欲しいものが得られずにがっかりする。
 生まれて来たばっかりに、いろいろやって思い通りにならない」

 確かに、釈尊はこう説かれました。
「実に生があるときに老死があり、生に縁りて老死がある」
 これを、「生まれたから、老いて死ぬ」と単純に考えれば、ほとんど何の意味もありません。
 そんなことは誰でも知っており、わざわざ聖者が教えとして説くまでもなく、聖悟として残るはずはありません。
 では、釈尊は何を言おうとしておられたのか?

 60歳になる私は、もう立派に老人の仲間入りをしており、肉体の衰えを感じています。
 若かりし頃のようにはゆきません。
 病気も持っています。
 もちろん、死神がそばに待っていることも認識しています。
 こうした「老・病・死」が我がこととなった地点から「生まれる」ということを考えてみると、「生まれて来たばっかりに」という意識はかけらもないことに気づきます。
 
 自分たち夫婦で生んだ子どもたちは、一人前になりました。ロクでもない親だったのに、他人様へ大した迷惑をおかけすることもなく、ちゃんと生きています。ありがたいことです。
 孫も見る見るうちに育っています。動きを見ていると、エネルギーの大きさに驚嘆してしまいます。
 もうこうしたことを知っているのか、もうこんなことが言えるのか、と驚くことばかりです。凄まじい生命力の伸長です。
 子や孫の成長は、自分の老いと平行して進んでいます。
 自分が老いることは、別の生命が伸長することと同じなのです。
 老いが苦であり得ましょうか。


 もちろん、我が子や我が孫のことだけではありません。
 登校する子どもたちに「おはよう」と声をかけてはじけるような笑顔を見ると、ここまで生きて来て、老い、病気を我が身に受けたからこそ、生まれ育つもののいのちの輝きがよく観えるのだろうと思います。
 やっと「生まれる」ことが解りかけたような気持になるのです。
 こうした真実にうたれるのは、まさに、自分が「生まれた」からに他なりません。
 生まれなければ老いも病気も死もなく、「生」を知ることはなかったのです。


 なお、生苦を抜く真言は秘密となっており、伝授によらねばならず、守本尊様の御前で人の道を歩むことを誓えばお授けできます。
 ご誠心の方は、どうどお申し出ください。




2006
09.17

閻魔様への贈りもの

 経典にこんなお話があります。

 ある国の王様は、死後、閻魔様から裁きを受けることを知り、自分が死んだならいろいろな贈りものを持って行こうと考え、国中から宝ものを集めていました。

 この国に貧乏な母子がいました。
 お父さんが早く亡くなったので、生活は大変です。
 ある時、一人息子が王女様に片思いをしましたが、贈りものを持って会いに行くことができず、とうとう臥せってしまいました。
 不憫に思った母親は、ふと、思い出しました。
 亡き夫が、閻魔様へ差し上げようと言って、金の宝ものを口に入れていたのです。
 もしかしたらとお墓を掘り起こしてみたら、金の宝ものは、そのまま残っていました。
 それを手にした息子は喜んで王宮へ行き、王女様と会うことができました。

 二人の様子を見た王様は、驚きました。
「わしの国には、まだ、こんなものが残っていたのか」
 そして、若者へ事情を尋ねたところ、すっかり悲しくなってしまいました。
「あの世へは、たった一つの宝ものさえ持って行けなかったのか。
 それでは、わしの集めた宝ものも、役に立たないではないか。
 閻魔様へ贈りものをすることはできないのだろうか」

 側にいた賢い大臣が言いました。
「王様。この世のものは、何一つ持って行けません。
 ただし、死後のために善い行いをする必要はあります。
 閻魔様は、善行を喜んで美しいお顔で褒められ、悪行に対しては恐ろしい顔でお叱りになると聞いております。
 王様にとって善いこととは、行者たちや憐れな人々、特に、貧乏な人々へ施すことです」
 王様は、深く頷かれました。

 ある勉強会で申し上げました。
「この世とあの世はつながっていますから、いろいろやらかしたなら、悔い改める必要があります」
 Iさんが応えました。
「私は、あの世があるという確信はありません。死んだことがないからです。
 しかし、ないという確信もなく、あるかも知れないという気持はあります。
 だから、もしもあの世があったら大変なので、極力悪いことはしないように心がけています」
 このIさんの感覚は、多くの日本人にとって納得できるものではないでしょうか。
 やはり、悪いことはしない方が無難です。 




2006
09.16

へこんだお地蔵様

 いつも境内清掃などに余念のないSさんが、人生相談と事故のお見舞に来られました。

「事故に遭ったと聞いて、毎日、お地蔵様に先生の無事を祈っていました。

 数日前の朝、時おりやるようにお身体を拭いていたら、デコボコしているのに気づきました。

 ふっくらしている両方の胸のあたりと、胃袋の近くが少しへこんでいるのです。

 地震があったわけでもないし、子どもたちもちゃんと手を合わせているので、いたずらをして倒すはずはありません。

 何か受けてくださったんじゃないでしょうか。

 魂を入れていただいた時、先生は『これは唐金ですね。佳いものです。大事にしてください』と言われましたよね。

 金属が勝手にへこむなんていうことがあるんでしょうか?」



 驚きました。

 事故の際、両方の胸は、肋骨をやられましたが不思議にもまったく内出血など打撲の痕跡がなく、外見はきれいなままでした。

 また、お腹のあたりは、ポケットに入れておいた携帯電話が潰れてしまったにもかかわらず、内臓に障害を受けなかった場所です。



 Sさんは奉仕活動に熱心で、いつも一人かお子さん連れで黙々とやっておられるまじめな方です。作り話をするはずはありません。

「えっ、胸は強打したのに肋骨が一本折れ、あとはヒビが入っただけで大丈夫だった場所だし、お腹は、携帯電話が壊れたのに何ともなかった場所です。ありがたいことですねえ」と口にしながら、ああそうだったなあと思い出しました。

 

 去年のある日、Sさんは古びたやや大きめのお地蔵様を抱えて来られ、家の守り本尊様にしたいのですがどうでしょうかと修法を依頼されたのでした。

 あの時、家庭の内外に問題を抱え苦労しつつも健気にやっておられたSさんのために祈りましたが、今回は、そのお地蔵様が身代わりとしてお護りくださったとしか考えられません。

 事故の翌日帰山して、皆さんが一生懸命にお世話してくださっていた水子地蔵様が立派に完成しているのを目にし、まだ法を結んでいないにもかかわらず?ああ、もう、おられる?と確信しましたが、法身仏(ホッシンブツ)のお地蔵様はまぎれもなく仏界から降り、Sさん宅でも、当山の境内地でもご守護くださったのでしょう。



 これが、医師の言われた「奇跡」の真の意味に相違ありません。 




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2006
09.15

オウム真理教の問題

 オウム真理教事件は、決して風化していません。
 たくさんの人々が、狂った教団のために癒しがたい苦を与えられ、苦吟の人生を送っておられます。
 過日、『アーレフ』と名前を変えた現在のオウム真理教についてNHKが報告するのを観、思い出しました。

 17世紀前半に、一店主として生涯を送ったヒンズー教の聖者トゥカーラームが遺した言葉です。

「食を捨つることなかれ、森の庵に赴くなかれ。
汝の悩みあるいは楽しむいかなる場合にも、
ナーラーヤナ神(ヴィシュヌ神)を念ずべし。
母の肩におぶさる子は苦難を感ぜす。
これ以外の一切の念慮を捨てよ。
世の快楽にとらわるるなかれ。またそれを捨つるなかれ。
汝のなす一切のことを神に捧げよ」


 聖者でありながら、人々と共に生き、欲を清らかに活かす生き方を示されたのでしょう。
「世の快楽にとらわるるなかれ。またそれを捨つるなかれ」は誤解をされやすいと思われますが、ここはヒンズー教の根幹であると同時に、仏法の根幹に触れるところでもあります。

 密教経典『理趣経(リシュキョウ)』には、こう説かれています。

「大欲(タイヨク)は清浄なることを得て、大安楽は富饒(フジョウ)なり」

(聖なる無限の意欲は清浄であり、聖なる無限の安楽にはこの上ない豊かさがある)

 真の行者は、自らが活き活きと生きると同時に、信徒に限らず、周囲の人々とも、その活気と心の豊かさを共有できねばならないと考えます。
 やはり、『アーレフ』には、大きな問題があると言わざるを得ません。




2006
09.15

もの惜しみ

『法句経』にある一節です。

「諸々の真を見んと欲せば、楽(ネゴ)うて法を聴講し、能(ヨ)く慳垢(ケンク)を捨(シャ)す、此を信と為す」



(さまざまな真理を知ろうとするならば、自分から進んで教えを聞き、もの惜しみという心の垢を捨てよ。そうした態度が信じるということである)



 この教えの要点は「慳垢」にあります。

 もの惜しみとは、いわゆるモノ金のことだけではありません。むしろ、それ以外の、時間、労力などが問題です。

 今のように便利でなかった時代には、人生の疑問を解こうとするならば聖者のもとへわざわざでかけて行き、そこで聴いたことを反復復習してしっかり心へ入れる(「念ずる」の真の意味です)ことが必要でした。

 もし、疑問があったなら、質問し、理解と納得を得て疑いを除くことも欠かせません。

 あそこまで行くのは面倒だから、時間がかかるから、お布施をするのが嫌だから、といった態度では、真理をつかみ、それを自分の血肉にすることはできないのです。

 聖者は一切の営利活動をしないので、教えを受けた人々が自然に布施で支えますが、布施をするのは、聖者とその教団のためであると同時に、布施をする人が救いの中へ入るためでもあります。



 これまでも何度か書いたとおり、タイのバンコクでは、毎朝、若い修行僧たちが黄色の袈裟衣姿で托鉢に歩きます。

 町の人々は、跪いてお金や食べものなどを捧げます。

 たとえ相手が小さな子供であっても、行者を相手にする時は、敬虔な気持で接し、喜んで布施をします。

 自分のため、家族のため、会社のため、などなど、世間の荒波を越えるにはさまざまな応用問題を解くことが欠かせません。修羅場で自分を穢し、汚してしまう場合もありましょう。

 布施という清らかな行には、そうした業を洗い流す力があります。

 だから、人々は、行者のためであって同時に自分のためでもある布施を、感謝と共に行ないます。

 少年行者は、こうした経験を経て社会人になり、国家社会を支え、発展させます。



 

 さて、正しく信じる人は、他人を悪の道へ誘ったり、傷つけたり、不快にさせたり、利用したりすることはありません。



「信は他を染せず、唯、賢を人に与う」

(信のある人は、決して他人を悪に染めることはない。与えるものは正しい智慧である)



 しっかりした信仰を持った人と接すると、佳い空気を吸ったような気持になります。心が浄められ、活き活きします。無意識の裡に身を正していたりもします。

 こうした感じを与えるのは、ただ宗教心を持っている人に限ったことではありません。

 どの道にあっても、まっとうな信念を持って一筋に生きている人には、似たような雰囲気があるものです。

「惜しまず」に、黙々とやっておられるからでしょう。

 やはり、ここにも「慳垢」はないのです。




2006
09.13

寛容

 昭和59年10月、インドのインディラ・ガンジー首相はシーク教徒の警備官によって暗殺されました。
 その2週間前、首相はロシアや北朝鮮も含め41ヵ国から代表を招き「仏教及び国際文化に関する第一回国際会議」を開催しました。
 ちなみに、インドではヒンズー教徒が圧倒的に多く、指導者のほとんどはヒンズー教徒かイスラム教徒です。

 会議に出席した中村元氏は、開会式における首相の挨拶をこう書き残しました。
「今の世界は非情に危険な状態にある。文明は進歩したけれども、精神面ではいろいろとちぐはぐなことが起こっている。
 今度もし戦争が起きたなら、勝利者もいないし、敗北者もいない。これをどうして防いだらよいか。
 そのためには高貴なる精神を必要とする。過去の世界の生んだ偉大な精神的指導者の教えに耳を傾けるべきである」
 そして、まず、仏陀、次いでマハーヴィーラ(ジャイナ教の教祖)、ナーナク(シーク教の教祖)、マホメット、キリスト、孔子、老子などを挙げました。
「こういう人々の教えに耳を傾けるべきであるけれども、特に仏教はリースト・ドグマチックである
「だから、私はその精神を明らかにするためにこの会議を開く」

「リースト・ドグマチック」は非常に印象的な言葉です。
 教義を振りかざして独善的になったり、教義を楯にして他と争ったり、教義を物差しにして人を計ったり、教義によって信徒を縛りつけたりすることが最も少ないということです。
 ガンジー首相は、こうした「寛容」こそが、戦争を防ぐ最も高貴な精神であると考えていたのでしょう。

 首相の暗殺後、世界は、まさに勝者も敗者もいない泥沼の戦争へ入り込みました。
 寛容とは正反対の精神構造を持った指導者たちが、世界各地で殺し合いを続けています。
 この殺伐とした空気は子どもたちへも大きな影響を与え、大人顔負けの犯罪に走る子どもたちが続出しています。
 アメリカでは、子供による銃を用いた殺人事件は日常茶飯事となり、日本は、限りなくアメリカ化しつつあります。

 9・11事件後、早くも5年が経ち、世界の人々は、戦争・争い・平和・和合といったものを正面から考えているように見受けられます。
 今、大切なのは、お互いに寛容な心を涵養し、殺伐とした空気を変えることではないでしょうか。




2006
09.12

縁起と無常

 釈尊のお悟りは「縁起の法を観た」こととされています。
 縁起は、「縁(ヨ)りて」という文字と「起こる」という文字の組み合わせでできているインドの言葉です。
 条件なくしては、何ものも生起しません。
 条件とは、因と縁です。
 すべてのものは、原因と、それにはたらきかける縁とによって、結果としてもたらされます。

 経典にはこう説かれています。
「彼の疑惑はことごとく消え去った。縁起の法を知れるがゆえである」
 私たちは「なぜ?」と問いを発し、苦吟しますが、釈尊はもう大丈夫です。いかなる問いをも解くカギを手に入れたからです。

 やがて、釈尊は、人々のために真理を説き始めます。
「比丘(ビク…出家修行者)たちよ。
 縁起とはどのようなことであろうか。
 たとえば、生があるから老死がある。
 このことは、如来がこの世に出ようと出まいと定まっている。
 法として定まり、法として確立している」
 老いも、死も、生まれたがゆえに訪れるのであり、それは、真理の世界からこの世へ来る如来がおられようがおられまいが、それとは関わりなく、真理として動きはしません。
 仏法は、決して釈尊が創ったものでもなければ、神の啓示を口にしたものでもありません。
 仏法にある真理は永遠不変であり、釈尊の悟りの前も、悟りの後も、何ら変わらないからです。

 こうして、釈尊にはすべてが明らかになりましたが、悟りを得ていない弟子たちにとっては、教えを聞き、考え、修行し、納得するという手順が欠かせません。
 そこで、釈尊は、懇切丁寧に教えました。
「比丘たちよ。色(シキ…目に見える物質世界にあるもの)は常であろうか、それとも無常であろうか?」
「大徳(ダイトク…無限の徳を持った者、すなわち師である釈尊)よ。
 それは、無常である」
「比丘たちよ。無常なるものは苦であろうか、それとも楽であろうか?」
「大徳よ。それは苦である」
 すべては因縁によって起こったものであって、それ自体勝手に存在するものは何一つないのだから、この世のすべては無常です。
 
 それは古今東西変わらぬことであり、誰かがどうこうしようとしてもできるものではありません。
 誰にとっても「ままならない」のです。それを「苦」といいます。
 そして、「色」には、当然、私たちの身体も含まれます。

 生まれた以上、老い、病気になり、死ぬことは避けられません。
 それは誰か特定の人だけに起こることではなく、まぎれもなく、私たち一人一人の身の上に必ず起こるできごとです。
 つまり、誰かが病気で苦しんでいるなら、それは決して〈他人ごと〉ではないのです。
 だからこそ釈尊は、45年にもわたって悩み苦しむ人々のために教えを説き、法力をもってお救いになられました。
 釈尊にとって〈他人ごと〉は何一つなかったことでしょう。

 この「縁起の法を知る」ことと、「縁起の法によってもたらされている無常を知り、苦を知って、〈他人ごと〉という観念が消える」こととの距離は果てしなく遠く、その過程こそ人間修行の道程であり、大人になるということの真の意味ではないでしょうか。
 真理を知ったならば、我が身をふり返り、他人を眺め、真理が「導くもの」としてのいのちを持つまで熟成させるのが人間修行です。

 兄弟げんかをすることも、友人の病気を心配することも、額に汗して黙々とはたらくことも、すべてがこの道です。
 しかし、少子化、医療技術の進歩、経済復興とバブルの体験などによって、「歩む」道は細くなりました。
 子供は勉強してわずかな理屈を知っただけなのに一人前になったと勘違いし、身体しか大人にならない大人が続出しています。
 誰もが自分だけ「手っ取り早く」「うまく」やろうと血眼になり、結果的に心の熟成していない人間が富を握り、権力を握り、社会から人倫が薄れ、仕事人への信頼がなくなり、各種犯罪は年齢と地域とを問わず誰にとっても身近なものになりました。
 日本における所得格差はOECD加盟30か国の中で第2位にまで拡大しました。
それは、政治から思いやりが薄れ、非情な社会構造になったことを意味します。

 こうした、「心を熟成させない」文明のありようは正常と言えましょうか? 
 今の日本に最も必要なのは、少子化、医療技術の進歩、経済発展などのもたらした影の部分を補うものではないでしょうか。




2006
09.09

伝授の時

 またまた壇信徒の方々にお手伝いいただき、事故にもかかわらず予定通り『法楽』を完成させ、発送しつつあります。
 ありがたいことです。

 さて、一週間ぶりの隠形流居合の稽古でしたが、いつも通っているお弟子さんのほぼ全員が集まりました。
 それぞれ、「目の周りはまっ黒じゃないか」「顔は痣だらけじゃないか」「足を引きずっているんじゃないか」「痛くて憔悴していんじゃないか」「これまで通り剣が振れないんじゃないか」などなど、心配していたようですが、肺の容量が少し減っていて多少気合の声が小さいくらいで、あとはほとんど変わりないのにびっくりしていました。
 今日のレントゲン検査でも、肺の出血はかなり解消され機能は回復しつつあるけれども、やはり骨がつながるまでは数週間かかるらしく、安静を求められました。
 しかし、実際は粛々と法務をこなしています。

 皆の顔を見ているうちに、『法楽』の発送を手伝っていた次女の言葉を思い出しました。
「病院で処置室から出てくるのを待っている時、お父さんは絶対に死なないと思っていたよ。
 こんな途中で(み仏が)死なせるはずないと思うもの」

「この世の幸せ」のための『守本尊道場』の完成、「あの世の安心」のための供養堂の建立、そして、「子どもたちと日本の未来」のための寺子屋開始、いずれも途中です。
 登山ならば、やっと5合目くらいでしょうか。(資金は、まだ登山口程度です)
 軽症だったのは、やはり、やりなさいというご指示なのでしょう。

「なぜ、先生はそうやっていられるんですか?」
 弟子たちが不思議に思う時は縁の時です。
 彼ら、彼女らもいろいろと抱えながら稽古に通っています。
 伝えねばなりません。
 頭痛の酷い人へは、私が自分にかけている「止め」の法を。
 健康を求めている人へは「増進」の法を。
 古い因縁に悩んでいる人へは「消滅」の法を。
 今日は、皆さん一段と熱心にメモをとり、質問もしました。
 必要なのは、我を捨てる心の清らかさと信念の強さです。
 それがあれば、あとは精進のみです。

 老若男女いずれであっても、その人なりにやれる範囲でまじめにやれば、結果は必ずついてきます。
 篤い思いで伝授を受けた弟子たちは、きっと何かをつかんだことでしょう。




2006
09.07

兄貴

 皆さん、お見舞いありがとうございます。心より感謝しております。

 ところで、6日、秋篠宮文仁親王殿下と同妃紀子殿下の第3子が東京都港区の愛育病院で誕生され、親王だったのは、自衛隊のイラクからの無事帰還以来、最高のできごとでした。
 仏神と祖霊のご加護に相違ありません。
 皆さんと共に、心から万歳と叫びましょう。

 さて、住職は、電話では無理に元気そうな声をしているけれども、実際は松葉杖をついているのではないか、奥さんに支えられてやっと動いているのではないか、普段は痛くてウンウン唸っているんじゃないか、などなどご心配の向きもおありになるようですが、まったく心配ご無用です。

 打撲した場所以外はかすり傷もないので、身体に多少の痛みや一時の能力の低下はあっても、自力で普通に生活し、法務を行なっています。
 明日抜糸すれば頭は解決するし、膝は当分のガマン、胸は数週間のガマンだけのことです。
 人生相談もご加持もご祈祷もご供養も、すべて問題ありません。
 ありがたくご報告させていただきます。

 さて、引き揚げていただいたブルトーザーを眺めていて胸に去来するものがありました。
 子供の頃、妹と二人だけの私は、兄や姉が欲しいと思う時期がありました。
 他家のお姉さんとは多少楽しみや苦労の伴うできごともありましたが、Nさんからいただいたブルトーザーは、初めて強い兄貴を得たようなものでした。
 自然に馴染み、朝であれ、夜であれ動かし、頼りにしていました。
 Sさんが、今回の件でご迷惑をおかけしたご近所様へご挨拶に行ってくださった折り、夜になってもガーガーやっていて、大丈夫かなあと心配していましたと言われたそうですが、やはり、朝と夜が主たる兄弟だけの交わりの時でした。
 しかし、頭の動脈を切るケガをしたのに助かったのは、事件が皆さんと共に作業をしていて発生したためです。
 これは、兄貴の助けではなかったか。
 崖が垂直なので、重機が地上にいる状態とほとんど変わらぬ形で空中を飛んでキャタビラの左端から沢へ激突し、キャタビラを支える太い鋼鉄の棒が曲がって使いものにならなくなりました。
 ひっくり返って私の上へ乗らなかったのも、兄貴が身代わりになってくれたのでしょう。
 彼は壊れても、ただの一カ所も私にぶつかりませんでした。
 私がケガをしたのは、体重を支えるために自分でぶつけたたった五カ所(頭・両胸・両膝)だけでした。

 しばしばお手伝いくださるS君やSさんが事故を起こさず、私だったこともありがたいと感じています。
 やはり、兄弟間のできごとだったのでしょう。

 これから先、重傷の兄貴はどうなるかまだ判りません。
 私は再起してこれを書いていますが、彼は、動けない身体をじっと秋の雨にさらしています。




2006
09.06

彼岸供養会のご案内

 昼と夜の長さが同じになるお彼岸は、正邪・善悪・虚実に迷う私たちが、偏る心を離れてまっすぐにみ仏の悟りの世界へ行くために一番時間のかからない日とされています。

 

 み仏は絶対の善を体現しておられ、私たちはともすれば悪に汚れます。

 合掌する際の右手はみ仏、左手は私たちです。合掌は、み仏と一体になる姿であり、姿は心をつくります。

 合掌の姿で美しい心をつくり、美しい存在として活き活きと生きるさまをみ仏と御霊へ捧げましょう。それに勝る供養はありません。



 9月23日(土曜日)午前10時より、本堂にて彼岸供養会を行ないます。

 護摩法ではなく、密教最奥の経典である『理趣経』を読誦します。

 もちろん、ご参詣の方々も一緒にお唱えいただけます。

 法話と、お茶を飲みながらの自由な質疑応答の時間もあります。

 

 壇信徒であるか否かを問わず宗教宗派も問いません。文字通りの自由参加ですので、どうぞお気軽におでかけください。そして、皆で美しい存在になりましょう。



※午前9時に、地下鉄旭ヶ丘前の『仙台青年文化センター』西口へお迎えの車がまいりますので、どうぞ事前にお申し出ください。




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2006
09.06

9月の運勢(世間の動き)

 今月は、追い風を受けた帆船が穏やかな水面を行くがごとく、どんどんと前へ進む時です。

 誠をもってすれば、人の道にかなう計画には仏神の大きな後押しがありましょう。

 ただし、欺瞞や我欲や嫉妬などの穢れをまとったものは、上下のあごが食べものを砕くように壊れてしまうでしょう。

 また、一見仲好しだった人同士がちょっとしたことで背中合せになる危険性もあります。笑顔で握手をしながら心では反発するといった身・口・意がバラバラなものは、すぐに馬脚が現われます。相手を出し抜くといった卑劣な行為は、最悪の結果を招きます。



 こうした時期に最も大切なのは、魂から魂へ伝えられるものを大切にすることです。

 いかなる分野においても、師弟関係には、ある種の厳しさと共に、宝ものの共有といった面があります。この宝ものは、魂から魂へと受け渡されます。言葉だけでなく、行為だけでなく、モノだけでなく、「感応」といったいのちのはたらき全体でのやりとりです。

 信頼できる人へは惜しまずに与え、信頼できる人から受けたものは人生の宝ものとして大切にする。そうした人々には、心豊かな毎日となることでしょう。



 軽はずみな言葉、事実に基づかない話、激しくトゲのあるもの言い、頭の良さをひけらかすような断言、他人を「斬る」愚かしく恥知らずな悪口、こうしたものは自分で自分の人格を貶めることを深く省みましょう。そうすれば、秋の空気のように心を洗われる言葉と出会い、実りの秋を堪能できることでしょう。




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2006
09.05

9月の例祭

◇第一例祭



 9月3日(日) 午前10時より

 

 第一例祭では護摩法を行ない、諸経典・真言、そして太鼓と共に『観音経』三巻を唱えます。

 参加は自由です。護摩の火のそばへ行き、悪しきものは智慧の炎で焼き祓い、善き願いへ守本尊様方の大きなご加護を受けられますよう。

 ご参詣の方々へお授けとなる『法句経上巻』の教えが心の核となって前半月を無事安全に過ごされますよう。

 

◇第二例祭



  9月16日(土) 午後2時より

 

 第二例祭では護摩法を行ない、諸経典・真言、そして太鼓と共に『般若心経』三巻を唱えます。

 参加は自由です。護摩の火のそばへ行き、悪しきものは智慧の炎で焼き祓い、善き願いへ守本尊様方の大きなご加護を受けられますよう。

 ご参詣の方々へお授けとなる『法句経下巻』の教えが心の核となって後半月を無事安全に過ごされますよう。



 要注意の月に当たる方(新聞『法楽かわら版』と機関誌『法楽』に掲載しています)は特に不意の災難に遭いやすく、尊きものを尊び五種供養の心を忘れず、例祭にお参りするなどして、み仏のご護をいただき無事安全な日々を送りましょう。




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2006
09.05

【現代の偉人伝第二十四話】 ―葬祭会館の方々―

現代の偉人伝~隣にいる英雄たち~とは

アレキサンダー大王、ジンギスカン、ナポレオン、織田信長・・・戦争が生んだ、偉人とされる人々・・・。それよりも、自らを他人のために投げ打って、人や命を助けた人々の生き様こそ、学ぶべきなのではないでしょうか? あなたの身近にいる偉人を紹介してください!当山では、身近な人々の善行に関する情報を集めています。

>詳しくはこちらをご覧ください。



                                            遠藤龍地



 

 SさんとMさんの車で、今後のことごとについて教えて欲しいという方のお宅へ向かう。常に自分の運転で移動するが、今日は、事故の影響を考え、会館さんへお願いした。異例中の異例である。

 目的地は仙台市東部、Aさん宅である。Aさんはお父さんを亡くされたが、諸事情により、焼骨したのみでご自宅に安置されている。

 こうしたケースでは、いわゆる無宗教の場合が多く、基礎・基本からのご質問が出るので、すなおな心のある方であれば、吸い取り紙へ吸収するように肝心要のところを掴まれることも少なくはない。



 ところで、ご縁となる方々のご事情は千差万別であり、会館の方々のご苦労は並大抵のことではない。

 たとえば、今回は、四十九日の法要を忌日過ぎに行ないたいという申し出であるが、責任ある返事のしようがないという。それはそうだろう。法要は忌日前が鉄則であることを知っている葬儀のプロが、いつでも良いからと、無責任に会館使用の契約を結んでしまうわけには行かない。

 そこで、提案した。忌日前に、当山で四十九日忌薬師如来様にご守護いただく修法を行ない、その時に作った塔婆を、皆さんの都合で集まる供養の席へ持参するのである。 こうすれば、修法上何の問題もなく、集まる方々の「遅れ」についての不安もなくなるだろう。



 Aさん宅へ着いたら、やはり基本的な質問が待っていた。戒名を求め、位牌を作って新たに用意する仏壇へ納めるのだが、本尊は必ず祀らねばならないのかという。

 この世で悟りを開けなかった方が、あの世へ行ったからといって急に自分の力だけで安心の境地へ入れるはずはなく、どなたかにお導きいただかねばならない理を申し上げたところ、納得された。

 また、せっかく仏式で正式にご供養をされたいのなら、四十九日の修法以前に、引導を渡さねばならないことも申し上げた。法によって明確にこの世とあの世の区切りがつけられていないのは、御霊が未成仏霊となる典型的なケースである。聡明なAさんは、これも納得された。



 SさんとMさんは、たくさんのご親族が遠くにおられ、それぞれの意見や希望がAさんへ申し入れられているので、法要前後に、基本的な話をして(まとめて)欲しいと言われる。まじめなAさんが心配なのだろう。当日、Mさんからその旨のメモをいただくことにした。



 帰りの車中でお二人からこもごもご質問があり、お答えした。当山は、ご紹介によって一方的にお世話になる立場であり、こちらでこそ頭を下げねばならないのに、お二人はあくまでも謙虚である。

 教えの理ははっきり口にしながら、心で頭を垂れていた。




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2006
09.04

宮床延命地蔵様の完成

 SさんとKさん(事故から救ってくださった方々)の奮闘


完成した宮床延命水子地蔵様 台座は『山の工房村』さんのご寄進です




連日、ペット好きの善男善女が、一緒に眠られるお墓を訪ねてこられます





2006
09.04

九月の聖吾

「光明 法界に満ち 一字 津梁を務む」 ―弘法大師―



(光明は宇宙をくまなく照らし、阿の一字は、迷いの世から悟りの世界への橋渡しとなる)



 根本仏大日如来は光のみ仏です。それを梵字で表わすと阿となります。

 阿は「おぎゃあ」の「あ」であり、あいうえおの「あ」であり、すべてのものを生み出す本源です。

 つまり、この世界は、いつからともなく大日如来のおはたらきによって生み出され、変化発展し続け、その過程のすべてが無限のお慈悲とお智慧の大光明の内にあります。

 ありとあらゆるものが光明を宿しているとも言えましょう。



 迷いをまとっている私たちは、殺人事件の犯人が被害者の母親へ「お前が早く迎えに来ないからお前の娘は殺されたんじゃないか」と暴言を吐き、その母親を列車へ飛び込ませてしまうほど悪辣にもなり得ますが、毎日毎日、人知れずゴミを拾い、いたずら書きを消し、子どもたちの登下校へ目配りをし続けることもできます。



 悪へ走らず善に生きるためには、因果応報、諸行無常を腹へ保って忘れないことです。

 悪を憎むことも必要ではありますが、自他の仏性を観る心の眼を曇らせないことの方が何万倍も大切です。仏性の光こそが悪の迷妄を消す最高の力です。



 一日も早く、皆が自分の胸の裡に「阿」を宿していることに気づき、それに導かれて生きられるよう祈り続けます。




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2006
09.03

9月の守本尊様

 今月(9月8日から10月7日まで)の守本尊様は不動明王様です。









『種々界智力(シュジュカイチリキ)』をもって、人々がどのような境遇にありどのような心の世界に住んでいるかを見極めて、人それぞれに合った教えと救いをお与えくださり、どんな奈落の底にいる人をも、頭上の蓮華へ載せてその下からヨイショと押し上げてくださいます。




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2006
09.03

9月の真言

 その月の守本尊様をご供養しお守りいただきたい時、願いを成就させたいと念じる時、つらい時、悲しい時、淋しい時は、合掌して真言(真実世界の言葉)をお唱えしましょう。

 たとえ一日一回でも、信じて行なえば、ご本尊様へ必ず思いが届きます。

 回数は任意ですが、基本は1・3・7・21・108・1080回となっています。



不動明王(ふ・どう・みょう・おう)



「ノウマク サンマンダ バザラダン カン」




今月の真言をお聞きになるにはこちらをクリックしてください。音声が流れます


※お聞き頂くには 音楽再生ソフト が必要です。お持ちでない方は、

 こちらから無料でWindows Media Player がダウンロードできます。





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2006
09.03

事故の記 3

 入院用具一式を抱えてやって来た妻と次女は退院に猛反対だった。
 すでに何人もの方々から
「骨折は最初が肝心です。充分に身体を休めないと治りが遅く、後が大変です」
「これは、走り続けている住職へ休みなさいというご本尊様からのお知らせです。しばらく休息をとらせてあげてください」
などとさんざん聞いているらしい。
 しかし、退院、しかも昼食後ただちにと決めた。
 治療の必要がない以上、病院にいる理由はない。
 寺院にいても休息は可能だし、何よりも、妻がダウンしてしまわないかと心配である。
 もちろん、住職と連絡がとれない状態が続くなど、ご縁の方々へ申しわけが立たない。
 それに、身体の運動は骨と筋肉によって行なわれるのだから、筋肉を弛緩させればさせるほど、立ち直りが遅くなると考えているからである。

 退院後、まず携帯電話の手続きをし、眼鏡屋へ行き、午後5時ちょっと前に『法楽の苑』へ着いた。
 Sさん、Kさん、石屋さんたちが、まだいろいろとやってくださっている。
 Sさんは、水子地蔵様関連の作業をやりながら、ご近所への挨拶やら、驚いて飛んできた方への説明やらでてんてこ舞いだった。
 庭師Kさんは、ついに、水子地蔵様の周囲を完成してくださった。
 これまで皆さんからいただいた石や岩で周囲を囲い、柘榴とサルスベリを主として既存の桜と皐を見事に配し、香炉と花立てが完全に自然石へおさまったお地蔵様はあまりに神々しく、「天下一品ですね」と口からこぼれた。
 Sさんは「Kさんは、おそらく住職さんが考えておられた以上のものになっているはずですと言っていましたが、その通りだったですねえ」と感無量の風情である。
 寡黙なKさんは、ただニコニコしながら道路の泥を水で流す作業を止めない。
『法楽の苑』は、また一歩、確かにステージを上げた。
 輝くばかりのお地蔵様は、悲しみを抱えた全国の善男善女に供養の安心をくださるに違いない。
 石屋さんたちも奮闘しておられた。長丁場だが、きっと結果が伴うことだろう。
 落ちたブルトーザーは、もう、引き揚げる手はずが調っていた。
 ありがたいことである。

 立ち話の最中、大恩あるAさんの奥さんが犬の散歩に訪れ、私の姿を見てびっくりし、納得もされた。
「大事故だって皆さん大騒ぎしていたけれど、私は、住職さんなら絶対大丈夫だからと落ちついていましたよ。
 やっぱりご加護ですねえ」

 こうした顛末でしたが、常々の皆さんのお心、み仏のご加護、心配してくださった方々の祈り、そうしたものが私をお救いくださったと信じています。
 今日の護摩法は無理でしたが、早朝、一人で所定の法は結びましたから、例祭は途切れておりません。
 達成しようとする目標が高く大きければ大きいほど、邪魔ものも強大になるものです。
 釈尊が悟りを開かれる寸前は、ありとあらゆる魔ものたちが妨害を企てたではありませんか。
 本の出版から本堂の着工という大事の前にこうしたできごとが起り、奇跡的に克服できたことは、暴悪な邪魔ものにうち克ったことに他なりません。
 大願成就に向けて、今後いっそう精進し、必ずや皆さんのお心へお応えする覚悟です。合掌




2006
09.03

事故の記 2

 病室(重症患者専用で、二人の家族しか面会できない)へ入ったら長女が駆けつけて来た。
 泣いている。
 ブルトーザーで転落という妻からの留守番電話を聞いて身体がが震えてしまい、運転できなかったらしく、課長に連れてきていただいたという。
 すっかりグチャグチャになっていて死ぬかも知れないと想像し、かなりのショックだったようだ。
「これは、きっと休みなさいというお知らせよ」と三人は声を揃える。
「いやあ、何があっても乗り越えられるというお知らせさ。
 でも、それも2、3割はありそうだな」と手を打った。
 トイレへ一人で行くところを見せれば三人はいくらか安心するだろうと思い、点滴の台にすがって実行した。
 それぞれ、役割があるので、早々に帰らせた。
 特に、妻は、大変なことだろう。

 一人になってから、「絶食です。明日までずっと点滴を続けます」と担当の看護婦さんに教えられてみると、痰がからまって苦しそうなご老人や「うわー、うわー」と呻く若い男性など、あたらめて重症患者のフロアであることを認識した。
 痛み止めの薬は早めに服用した方が効果ががあるらしく、徐々に増してくるあばら骨の痛みに耐えかねて頼んだ。
 抗生物質と一緒に飲んだ一錠のはたらきはすばらしく、たちまちに痛みは消えた。
 いくらかまどろんでいるうちに、やはり、痛みはぶり返した。
 6時間おかないと飲めませんから、あとは座薬をしましょうと聞いてはいたが、これから先はガマンしようと決めた。
 イラクの人々を思うと、これは「痛みを知れよ」というみ仏からの思し召しとしか考えられない。
 深夜に様子を見に来た看護婦さんへ、痛いけれどももう結構ですと言ったら、くったくない笑顔に似つかわしくない言葉。
「2、3日するともっと痛くなりますよ」と一撃をくらった。

 法句経に説く通りの夜となった。

「寐(イ)ねずんば夜は長く、疲倦せば道(ドウ)長く、愚には生死(ショウジ)長し、正法(ショウボウ)を知ること莫(ナ)ければなり」


(眠れぬ夜は長く、疲れた者には道のりは遠いのと同じく、愚かな者には人生はただむやみと長いだけである。それは正しい法を知らぬためである)
 長い夜の間中、重篤者たちの呻きや看護婦さんたちの献身的な活躍は昼間と変わりない。

 朝が来た。
 まだ薄暗いが日本晴れだ。
 ご家族はいつ来るんですか(タオルなどが必要)と尋ねられ、いろいろあるはずなのでお昼近くになるでしょうと言いながら、恐らく何十本もの電話に応答しているに違いない妻が心配になった。
 こちらは完全看護で無事安全な身だが、妻は私の代わりに戦争状態になることだろう。
 それにしても、現状はご加護としか思えない。
 頭の傷は、なぜ包帯を巻いているのか判らなくなるほど自覚症状が無く、何度調べても内蔵機能の数値には問題がない。
 胸は肋骨が一本折れ、片方の肺は鬱血しており、立って歩くとさすがに胸全体がバラバラになるように痛いが、医師の言うとおり後は自然快癒を待つだけだから何の問題もない。
 膝はやられているが半月板が割れてはいないので、
 これも快癒は時間の問題だろう。
 メガネが完全に壊れ目の廻りは内出血しているが視力に支障はない。
 救急隊員が「60歳男性が10メートル下の崖にブルトーザーごと転落。頭部から出血、意識はしっかりしています!」と連絡をしていた緊迫感が嘘のようだ。

 ちょうど皆さん寝静まっているので、他の患者さんに聞こえないよう気遣いながら、今日四十九日のご供養予定だった御霊のために微音でお経を唱え法を結ぶと、きっちりした修法になる。
 これには本当に安心した。
 たまたま前回の隠形流居合の稽古で、座ってできる剣の修法を伝授したところだった。
 お弟子さんたちには、是非信じてやってもらいたいと願う。
 明日の例祭は、できれば護摩を焚きたいが、医師に身体を預けた以上、どういうことになるか判らない。
 場合によってはここでやろうと決めた。
 内護摩の法である。

 トイレへ行き、目を細めて、眉を隠した包帯と黒みがかった目の縁、そして生命力が後退した自分の顔全体をまじまじと眺め、死の淵からの生還を知った。
 長女の想像通り、骸なっていて何の不思議もなかった。
 手足の1、2本折れても、目が潰れても、半身不随になっても、内臓がやられても、寝たきりになってもおかしくないのだ。
 それにしても携帯電話の件は不思議である。
 あれだけ破損したということは、固い二つのものの間へ入ったということだ。
 一つはブルトーザーの一部、もう一つは腹でしかない。
 腹へ携帯電話がめり込まなかったのは、落ちる瞬間、無意識の裡に「かーっ」と気合を発し、丹田に力が満ちていたのかも知れない。
 感謝と、やらねばの意気に涙がにじみ、メガネがないためただでさえはっきりしない視界が、すっかりぼやけた。
 今日、『法楽の苑』では、私が現場にいなくても、石屋さんによってペットと一緒に眠れるお墓の案内が行なわれ、KさんとSさんは、懸命に水子地蔵様の周囲整備をしてくださることだろう。
 ことは着実に進んでいるのだ。
「南無大師遍照金剛」「南無守本尊法楽寺如来」

 看護婦さんから無理はしないでくださいよと注意されながらここまでの稿を書き終え、さすがに疲れを感じて横になった午前9時過ぎ、主治医が現われた。
 どう見てもまだ40前後。
 二人の看護婦さんを従えて堂々としている。
 大したものだ。
「もう一度レントゲン写真で確認し、問題がなければ昼食を食べられます。
 退院はご希望なら今夜にもできますが2、3日いても良いですよ。
 今後は通院の必要はありません。
 金曜日に縫った部分の抜糸を行ない、その時にもう一度検査をしましょう。
 骨折と肺に溜まった血の解決まで数週間はかかるでしょうね。
 退院はいつにされますか?
 ご家族と相談されますか?」
 間髪を入れず、今夜にでもと答えると看護婦さんと一緒に微笑み、お大事にとの言葉を残して去った。
 一部の隙もないような物腰と、無駄のない言葉だけを口にしていながら優しさを含んでいる話しぶりに感心した。

 ベッドに腰かけていると、さすがに胸の痛みが増す。
 帰山と決まったが、明日の例祭で登壇はできるかどうか。
 空は真っ青で雲の影もない。
 小さく流れているのはウィヴァルディの『四季』。
 再出発である。




2006
09.03

事故の記 1

 1日の事故につき、たくさんの方々からご心配いただき、感謝し、恐縮しております。
 おかげさまにて、担ぎ込まれた市立病院へ一泊しただけで、昨日帰山しましたが、ご心配くださったお一人お一人すべての方々へご連絡はできませんので、できごとのあらましを述べて、ご報告とお礼に代えます。
 なお、早朝の修法をもって、本日の例祭に代えさせていただきます。
 所定の法は結びましたので、どうぞご安心ください。

 1日午後、ブルトーザーで『法楽の苑』の整地をしていたおり、土を崖の方へ押してからギアをバックに入れたら突然エンジンが止まった。
 エンジンキーを廻してもかからないでいるうちに車体がゆっくりと崖の下へと傾き出し、一瞬横っ飛びに飛び降りようとしたが、やはりエンジンキーへこだわった。
 もう間に合わなかった、沈黙したブルトーザーはバケットを崖下へ向けて滑り降り始めた。
 ザザッという音を耳にしたのもつかの間、スローモーションのように十メートル下の沢へ激突したブルトーザーの運転席にいた私は息が止まり、血が目へ入り出した。

 これはいけないと思ったが、崖の上の離れたところで作業をしてくださっているSさんとKさんは、グラインダーの音を響かせているばかりで、気づいてくれない。
 ブルトーザーはなぜか今頃になってエンジンがかかったが、何が起るか判らないので必死に止めようとしたが、今度はなかなか止まってくれない。
 作務衣の上着のポケットに入っていた携帯電話は無惨に壊れ、使いものにならなかった。
 やっとエンジンが止まり、グラインダーの音が止むのを待って手をたたき、名前を呼んでいるうちに気づいたお二人がかけつけ、救急車の手配をしてくださった。
 「かすり傷ですよ」と言い自力で運転席から降りて崖を登ろうとしたが、衝撃で身体は動かず、血はポタポタとしたたり落ちる。
 崖を降りて来たKさんの動かないでくださいという声に従い、救急車を待った。
 胸が潰れたように息が細くなり、血は両目を塞いだ。
 腹式呼吸が役に立った。

 やがてパトカーと共に救急車が到着し、大勢の人々が手をかけてくださり、担架で崖の上へと運ばれたが、あまりことの重大さを認識しておらず、恐怖心のようなものも全くなかった。ただただありがたく何度もお礼を口にした。
 自転車で駆けつけた妻は血だらけになった夫に肝を潰したことだろう。
 しかし、彼女は割と気丈なところがある。
 救急隊から質問される住所、氏名、年齢、既往症などにしっかり受け答えし、オロオロしてはいなかった。
 救急車ではただちに首を固定され、額には包帯が巻かれた。
 足下にいる妻を呼び、瞑目したままで予定のキャンセルなどについて事細かに指示を与えたが携帯電話がなく、予定があまり頭へ入っていなかった妻はしどろもどろである。
「もう、良いよ」と言った。
 妻は、さっき呼ばれた時に握った指を離さなかった。

 それにしても携帯電話は不思議だった。
 ちょうど腹のあたりにあって何かに激しくぶつかり、すっかり壊れたのだが、自分の腹は痛くも何ともない。
 もしかすると愛用の携帯電話は、身代わりとなり、子供の頃からの弱点であるお腹を守ってくれたのかも知れない。

 集中治療室へ入り、医師の質問へ答えているうちに自分の状態を知った。
 頭部・胸部・両膝・顔面などの全身打撲、及び頭部裂傷である。
 ただちにエコーなどの検査となったが、この時が一番辛かった。身体全体がやるせなく、頭部などがきっちりと固定されて数十分を過ごすのは耐え難かった。
 これで終わりですと宣告された時は、野生のオオカミが野へ放たれたならかくやと思えるほどの開放感だった。

 一時間にも思えた検査が終わり、頭の包帯が解かれ、縫っていただくことになった。
 顔にビニールが被せられ、女医さんが麻酔をします、痛いですよと優しく警告されたが、野のオオカミにはもう何でも来いだった。

「痛くないですか?」と気遣いながら進めてくださる。一度は痛いと言ったが、何度も言ってはいられない。
 イラクの人々を思った。
 チクチクするがそれだけのことである。
 麻酔があるだけでもありがたく、どうぞお続けくださいと返事した。
 こんなやせ我慢をしている時に限って辛い状態が続くもので、女医さんの先生らしい人がこれは酷いね、こっちも縫わなくちゃなどと指導され、結局チクチクは予定を遙かにオーバーして続いた。
 終わってから、看護婦さんが頸部へかけてていねいに血を拭きとり、しばらくは洗髪(!)できませんからと頭を洗ってくださったのには感激した。
 イラクに比べれば日本はまさしく天国だ。

 膝の打撲などすっかり処置を終えてから妻と次女が入室した。
「不死身の証明さ」と笑ったが、これまでさんざん父親が「やらかす」ところを見、その被害者でもあった彼女は、?ああ、またやっている?といったものを漂わせながらも、真剣に心配している様子。
 子供が来ていることに驚き、初めてことの重大さを知った。
「また、こんなことを言って」と妻はあきれている。
 さっき、医師から、ブルトーザーでの転落事故の患者さんと報告を受けてどんな状態になっているかと心配しながら待機していたのに拍子抜けした、奇跡ですよと説明されたらしい。

 医師から入院ですと告げられ、エッと言ったら笑われた。
 治療が終わった以上、すぐに帰られるとばかり思っていたのである。
 肝臓機能の低下もあるし、明日も検査して、何がどうなっているか、よく確認するのだそうだ。
 頭をこれだけ打っているんだから、将来いろいろ出てくるかも知れません、よく調べなければと一発かまされた。




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