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2007
03.31

4月の聖語

自ら観ぜよ。我が心は無色無形といえども、本来清浄にして潔白(ケッピャク)なることなお満月の如し。客塵煩悩(キャクジンボンノウ)のために覆弊(フクヘイ)せられて明らかに見ることを得ず ―弘法大師―



(自分で自分自身の心をよく観察せよ。その心は色も形もないが、本来は白く輝く清浄な満月のようなものである。しかし、煩悩のために覆い隠され、明らかにその様子を見ることができない)



 日常生活の精神状態で自分の心を探ろうとしても、多少じっと座ったくらいでは何ともなりません。

 なぜなら、み仏の子であるゆえんの〈人間本来の心〉は、み仏の次元のものであって、その次元を感得する力がない限り、解り得ないからです。

 では、日常生活の次元を超えた力はどうやれば発揮できるか?

 それが、業をつくり続ける凡人の身・口・意のはたらきを、凡人には秘密になっているみ仏の身・口・意と一致させるべく行う三密行(サンミツギョウ)です。



 常々は我がために何かをつかみ取ろうとしている手であっても、み仏の印を正しく結べば、身体がみ仏と一致します。

 常々は喜怒哀楽で笑ったり怒鳴ったり嘆いたりはしゃいだりしている口であっても、真言やお経を正しく唱えれば、口がみ仏と一致します。

 常々は感謝したり恨んだり愛したり憎んだりしている心であっても、み仏の世界を正しく観想すれば、心がみ仏と一致します。
 そしてこの三つが円満に解け合ったところに、み仏の次元を感得する力が顕れます。



 こうして即身成仏(ソクシンジョウブツ)が成就されれば、み仏の次元のものである清浄なる心が明らかになります。

 そして、お与えいただいている満月を知って例えようのない感謝と安心が生じ、群雲の正体を知って愚かさに打ちのめされ、本当の恥を知ります。

 み仏の世界とこの世のありさまとを、ありのままに知るのです。

 一旦、満月の実在と群雲の恐ろしさを知った人は、決して仏法を離れません。 

 この成り行きは理論の問題ではなく、お大師様の体験に基づき、伝授を受けた行者たちの体験に基づいた真実のできごとです。



 お大師様は、教典を深く読み込み、心と世界の本質を〈体〉本質が表れている様子を〈相(ソウ)〉本質がダイナミックに変化しているはたらきを〈用〉と説かれました。

 〈体〉は、一心にあっては雲一つかかっていない満月であり、世界にあっては地・水・火・風・空・識の「六大」です。

 〈相〉は、以下の通り四つのマンダラとして展開しています。



1 大マンダラ…宇宙の全体

 大地のように堅固で揺るがぬ徳、水のように生きものを潤す徳、火のように温かな徳、風のように自在な徳、空のように何ものをも妨げず包み込む徳、意識のように知り克服する徳。こうした徳がそれぞれに補い合い、高め合いながら成り立っているこの世の総体です。



2 三摩耶(サンマヤ)マンダラ…個々の姿

 貴方は貴方、私は私。梅は梅、桜は桜。といったように、個々が、他によって置き換えられないものとして存在している様子です。



3 法マンダラ…個々についた名称

 拓也君は拓也君と呼んでその人を特定でき、愛さんは愛さんと呼んでその人を特定できます。リンゴはリンゴであり、バナナはバナナと呼ぶしかありません。このように、名称は必ず実体を指し示しています。



4 羯摩(カツマ)マンダラ…宇宙が生きて変化し、発展している動き

 稲も、カエルも、海も、山も、すべてのものは、それぞれのはたらきをし、宇宙にあるものはすべて関連し合いながら変化してとどまることはありません。



 そして〈用〉は、迷いの凡夫にあっては「三業」ですが、本来のみ仏の世界にあっては「三密」です。

 

 最新の研究によれば、密教は釈尊以前のインドに発祥し、釈尊の仏法と融合した後、お大師様によってまとめられ、精緻な体系となりました。

 教えにはすべて具体的な実践方法が伴っており、正統な方法を正しく行う実践は成仏を約束するものです。

 お互いに満月の光を発し、この世を清浄な極楽にできるよう願ってやみません。




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2007
03.31

ポット

 最近、「ポット」というウィルスがあることを知りました。
 インターネットを使っているパソコンユーザーなら、皆さん名前は知っておられることでしょう。

 ビッグローブから送られてきた注意書きによれば、昨年12月、総務省と経済産業省がポット対策プロジェクトを発足させたそうです。



 ポットは知らぬ間に感染し、特に悪さもせずにパソコンへ潜んでいます。

 ところがある日、突然、第三者がそれを操作して特定のサイトを攻撃したり、個人情報を盗み出したりします。

 ポットは、邪悪な目的を持ったスパイのようなものです。

 対策としては、水際でウィルスを撃退する強力なソフトを導入すること、さまざまな対策サービスを利用すること、ソフトの修正プログラムをいつも最新のものに更新しておくこと、つまり、感染を防ぐ対策を怠らないことです。

 そして、身に覚えのないメールを開かないことです。



 コンピューターというモノの世界と、宗教という心の世界の仕組みが似ていることに、とても関心しました。

 

 寺院は、み仏がおられ、み仏と、教えと法力というそのご加護と、さまざまな形で縁を結び、救われる人々とによって成り立っています。

 仏法僧の三宝です。

 ここへ入ったポット人は、すばやく感染しそうな人と感染しにくい人とを見分けます。

 そして、ターゲットになった信徒さんへ近づき、「なれなれしさ」という武器で「親しさ」という矢を打ち込みます。

 この時点では、何らの問題も起こってはいません。

 しかし、何かのできごとをきっかけとしてポット人は寺院へ足を運ばなくなり、親しさの矢を打ち込んでおいた人々と人間関係を深め、結果的に、寺院へ足を運ぶより自分との関係を重視させるようになります。

 いつしか、自分にすがらせ、〈自分教〉の信者にしてしまうのです。



 ポット人には二種類あります。

 一つは、本もののポットと同じく、最初から特定の目的を持ってつながりを利用しようとする邪悪なものです。

 たとえば、特定の宗教の信者を獲得するために、他の教団へもぐり込むスパイなどです。

 もう一つは、本人がそれと気づかぬままにポット的生き方をしている場合です。

 こういう人の特徴は、寺院にいる時、心を裸にして信徒さんたちと接しないことです。自分も気づかぬうちに、自分特有のの「なれなれしさ」が通じる相手を探しているからです。

 そして、寺院の催しなどとは無関係に食事する機会を作ったり、何かの手伝いをしたりしながら矢を打ち込まれた人へ徹底的に優しくし、寺院を省いた〈私的な〉関係を強めます。

 やがて、蜘蛛の糸に繰られるようになった人々は、ポット人同様、寺院へ足を運ばなくなります。

 なぜなら、本ものの寺院には慰撫だけでなく、必ず厳しく問いかけるものがあります(雰囲気はもちろん、「好みにひきずられてはならない」「公と私の区別をせよ」「男女関係には細心の注意をせよ」といった教えなど)が、自分の弱みを直接なでさすってくれるだけの優しさは、無条件に心地よいからです。

 こうして徒党を組んで寺院がないがしろにされ、仏縁が破壊されます。

 

 だから、厳しい伝授や修行の場では、信徒さん同士の私的な会話を制限し、連絡方法はもちろん本名を明らかにすることすら禁じ、もちろん道場以外で接したならばその時点で不適格者とし、破壊者を排除する場合があります。

 三宝を尊び、人の道を踏み外したくないならば、ポットに感染しないための方法同様「身に覚えのないメールを開かない」、つまり、なれなれしさへ対する警戒感を持つことです。

 そして、寺院との距離を徐々に遠くさせられていないか、何かに絡めとられていないか、ご本尊様以外のものに近づけさせられていないか、時折チェックすることです。

 賢いお年寄りは、親切を装って近づく詐欺師や泥棒の犠牲者にならないよう注意するではありませんか。



 これまで、当山にも、こうした〈悪人ではないポット人〉が何人か来られましたが、み仏のご加護により、無事、法務を続けています。

 また、当山には壇信徒さん方が自主的に作られた『親輪会』という護持会があり、横のつながりとはいっても、あくまでも三宝を尊び、決して〈自分〉や〈自分たち〉をその上へ置かない謙虚な方々が集っておられます。

 本ものの寺院でありたいと努めている当山にとっては、『法楽の会』同様、まぎれもなく清浄なる宝ものです。




2007
03.30

4月の守本尊様

 今月(4月5日より5月5日まで)の守本尊様は普賢菩薩様です。

『諸善解脱三昧智力(ショゼンゲダツサンマイチリキ)』という、煩悩による苦を解決し、心の平穏を保てる智慧をつかさどるみ仏です。

 煩悩は、〈自分を迷わせ、他から邪魔される〉魔ものとなって、いざ何かをしようとする時に、思わぬ妨げとなります。

 正しい方法によって自分を清め、周囲を清め、魔を祓いましょう。








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2007
03.30

4月の真言

 その月の守本尊様をご供養しお守りいただきたい時、願いを成就させたいと念じる時、つらい時、悲しい時、淋しい時は、合掌して真言(真実世界の言葉)をお唱えしましょう。

 たとえ一日一回でも、信じて行なえば、ご本尊様へ必ず思いが届きます。

 回数は任意ですが、基本は1・3・7・21・108・1080回となっています。



普賢菩薩(フゲンボサツ) 



「おん さんまや さとばん」




今月の真言をお聞きになるにはこちらをクリックしてください。音声が流れます


※お聞き頂くには 音楽再生ソフト が必要です。お持ちでない方は、

 こちらから無料でWindows Media Player がダウンロードできます。





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2007
03.30

4月の運勢(世間の動き)

 今月は、たとえ元気であろうと亡くなっていようと、とにかく母親の心を慮(オモンバカ)り、思慮分別のある女性の生き方に学ぶ人が伸びる時期です。

 手っ取り早く利を得ようと浅知恵に頼ろうとする人は、なかなかうまく行かないことでしょう。

 また、今の苦労は必ず後に報いられます。「苦は楽の種、楽は苦の種」です。



 さて、戦後61年、戦後日本史が還暦を終えた今年、はからずも、国立国会図書館が「新編 靖国神社問題資料集」を発表しました。

 昨年1月にスタートした編集作業は、昨年7月に靖国神社が非公開としていた資料を提供したことにより、一気に進みました。

 厚生省(当時)が、昭和33年頃から靖国神社側と協議を重ね、東京裁判で戦犯の汚名をこうむった御霊を合祀するよう積極的に動いた経緯も明らかになっているとされています。

 これから内容が順次世間へ明らかになるにつれて、さまざまな議論が行われることでしょう。



 こうした問題に関して判断をする際、最も大切なことは、あくまでも歴史におけるそれぞれの時点で人々が何を考え、何を望み、いかなる行動をとられたのかを、当事者の心になって受け止めることです。

 イデオロギーやレッテル貼りに走らず、尊いいのちを生きて死んだ方々の思いを受け止め得た人だけが真に歴史を活かせるのではないでしょうか。

 

 例えば、与謝野晶子には「反戦詩人」というお定まりのレッテルがありますが、決して、国をないがしろにして声高に自己主張をした人ではありません。

 確かに、日露戦争の真っ最中、与謝野家の期待を一身に背負いながら出征した弟を思い、「親は刃をにぎらせて 人を殺せとおしへしや」と詠みました。

 この句を目にした明治時代の人々の驚きと憤りと嘆きはいかばかりか、きっと私たちには想像し得ないほどのものだったことでしょう。(もちろん、多大な共感もありました)

 当然激しい攻撃を受けた晶子は、日本に生まれた私は国を愛することにおいて誰にひけをとるものでもないと明言し、堂々としていました。

 やがて11人の子どもたちを育て上げましたが、太平洋戦争は、容赦なく彼らを戦場へ駆りたてました。

 母親与謝野晶子は、出征する我が子へこう詠みました。

「水軍の大尉となりてわが四郎 み軍(イクサ)に征(ユ)く猛(タケ)く戦へ」

 国を恨まず、お前だけは生きて還れなどと泣き言は言いません。

 こうしたことをもって、与謝野晶子は「大政翼賛」の空気に流されたとか「戦争賛美者」だったとか、「反戦詩人」とは正反対のレッテルを貼りたがる人々もいますが、残念ながら、そうした人々の魂に彼女の人生の真実は映らないはずです。

 母親与謝野晶子は、こうも詠んでいます。

「戦(イクサ)ある太平洋の西南に 思ひてわれは寒き夜を泣く」



 とにかく、色眼鏡や自分勝手なモノサシを離れて、歴史から浮かび上がる心をありのままに観ましょう。それがみ仏の大円鏡智(ダイエンキョウチ)です。



 ところで、棋界の聖者、故大山名人は、プロ棋士たちから比類なく〈信用されていた〉そうです。

 それは「間違うはずがない」と思われていたということです。

 だから、劣勢になった対戦者は“もうだめだ”と早めに諦めてしまいました。

 今の社会には、大山名人のように〈信用される〉ほど確固たるものなど、どこにもありはしません。

 いつ、何が崩壊し、誰に主役が変わったとしても、何の不思議もない状況です。

 男性は空間的な感覚に優れていますが、女性は大地に在る感覚を大切にします。だからこそ、いのちのバトンタッチの主役なのでしょう。

 治安が悪化し、道義が薄れ、社会のあちこちで不安定さが増す今月は、生活の根っこのところで周囲と和し、いのちをねばり強く育てられる女性の智慧に学びながら人生街道を歩きましょう。



 今月、特に注意すべきは、通信や契約や信用のトラブルと交通事故です。

 皆さんに、み仏のご加護がありますよう。




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2007
03.29

十善戒の歌4 ─不邪淫─

おみなへし にほふあたりは こころせよ いろかにみちを わすれもぞする
(女郎花 匂うあたりは 心せよ 色香に道を 忘れもぞする)
 
 古今東西、人を狂わせるものは〈飲む、打つ、買う〉であり、特に、異性に惹かれる強さにはなかなか抗しきれないものです。
 酒とギャンブルは多分に習慣の問題であり、意志一つでどうにでもなるものですが、異性は種の保存という生きものの根源的欲求の対象であって、惹かれることは、食事をするのと同じくらい当然だからです。
 
 仏法は、「放っておけばたやすくケダモノに堕ちてしまう人間が人間たる生き方をして自他共に幸せに生きるには、根源的欲求をコントロールせねばならない」と説きます。
 最も強い衝動としてはたらく欲は「食欲・睡眠欲・性欲・物欲・名誉欲」の五欲と分類され、前の二つは生存そのものに関わるもので、消し去ることはできません。
 性欲は自分が生きるためだけならば消し去ることもできそうですが、なかなかそうたやすい相手ではなく、雷のように突然訪れた恋情に食欲がなくなり、眠れなくなって「恋やつれ」し、「仲を裂かれるくらいならいっそのこと」と行われる心中は古今東西、後を絶ちません。
 こうしたものと比べれば、物欲と名誉欲は可愛いもので、あまり財のない人や地位のない人は、自分の心のバランスをとるために自然に無視できたりもします。

 さて、やっかいな性欲です。
 釈尊は、貪りの代表としてこの欲を挙げ、不邪淫戒を破る者は行者の資格なしと厳しく戒められました。
 月照が喩えとしたオミナエシは女の「オミナ」に圧倒的という意味の圧「ヘシ」がついてこの名前になったらしく、女郎花と漢字で書かれるようになったのは『古今和歌集』からであるというのが定説になっています。
 ただし、女郎は蔑みの表現かというとそうではなく、「いらつめ」と女性に敬意をもって呼ぶ場合「女郎」と書いていたので、花の美しさにうたれた人がこう表記したのだろうという説があり、納得できます。
 美を訴える姿や香りの強烈なものが好まれ作られるようになった今では、黄色の強さはあってもどちらかというと形も香りも控えめな女郎花にどれだけの人が惹かれるかは判りませんが、月照には、万葉集にも詠われたこの花の吸引力が理解できていたのでしょう。
「手にとれば袖さへ匂ふ女郎花 この白露に散らまく惜しも」 ─万葉集─

 いずれにせよ、良きにつけ悪しきにつけ物心がついてから灰になるまで伴走車である性欲は、上手にコントロールして人生の楽しい彩りにしたいものです。
 暴走を抑えるのに困ったり何かの邪魔になって手を焼くからといって、本来、種の保存という崇高な役割を与えられた宝ものを邪慳にするだけでは、あまりに智慧がありません。
 仏法は、人間を白と灰色と黒だけの〈無彩色の世界〉へ誘うものではなく、慈悲と智慧をもって与えられたいのちを活き活きと生き抜くための方法を説き、自分でいのちの行く手を塞いでしまう愚かさを解き去る力を与えるものです。
 たとえばこの一首を心にしまっておくだけでも、性欲の暴流は相当に抑えられることでしょう。
 まして真言や教典を読誦する功徳ははかり知れません。
 大切なのは、そうした実践です。

 余談ですが、私は小学校の卒業記念に、受け持ちのS先生から一句いただきました。
「遠美近醜気をつけよ」
 愚かな私がこの教えの鋭さとありがたさを心の底から理解できたのは、教えを理解していなかったことの恐ろしさを骨の髄まで知ってからです。
 皆さん、遠美近醜、気をつけましょう。




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2007
03.28

泥棒の正義 ─無罪になった泥棒たち─

 3月26日、東京簡易裁判所で、東京都世田谷区のゴミ収集場から古新聞を盗んだ古紙回収業者5人に判決が下され、全員無罪となりました。

 判決理由は、おおよそ以下の通りです。



1 世田谷区の清掃・リサイクル条例は、どこがゴミ収集場かの定義があいまいであり、不明確な規定で刑罰を与えることを禁止した憲法31条に違反している。



 ちなみに、〔法定手続の保障〕とされている憲法第31条は以下の通りです。

「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない」



2 廃棄物処理法には、一般廃棄物の持ち去りに関する罰則規定はない。廃棄物の持ち去りを無条件に禁止し、罰金を科すのは同法に違反しており、地方自治体の条例制定権を逸脱している。



 つまり、一つには「現行法で取り締まりきれない悪行を条例で取り締まろうとしたが、決め方に不備があり、泥棒に罪を問えない」ということです。

 もう一つは、「現行法では、そのあたりに放置された廃棄物を持ち去った場合に罰を与えることになっていないのに、条例で勝手に罰を与えてはいけない」というものです。



 もっと単純化すれば、「5人は泥棒だが(事実では争っていません)、罪に問うシステムに抜け穴があったので、有罪にはできない」となりましょう。

 区が仕事として回収している資源ゴミである古紙を自分の利益のために盗んだ悪人を、法では取り締まれないのです。

 

 当山は、常々、「法は人間がケダモノに堕ちない最低ラインをとりあえず決めたものであって、霊性を発揮して生きるには、自分の心におられるみ仏に善悪を問いながら生きねばなりません」と説いています。

 法が機能しなければケダモノが善人を食いちらかす修羅場になるので、社会が法の遵守をはかろうとし、人が法を犯さぬようにせねばならないのは当然ですが、根本的な善悪は、法ではなく、道徳や道義によらねばなりません。

 心を清め、善悪の判断をきちんとしない限り、自他を傷つけ悩ます悪徳はなくせないのです。

 

 このできごとは現代文明のありようを象徴しています。

 子どもの頃に芽生える邪智が放置されてイジメとなり、インターネットなどの匿名性や個人情報保護の空気によって「ばれなければ良い」「つかまらなければ良い」となり、そして「法に触れなければ良い」となりました。

 一歩手前で罪を問われない人は、何の文句があるのかと居直り、罪を問われた人は、悪徳を恥じるのではなく、引っかかったことを悔やんで平然としています。

 最近有罪判決を受けた堀江貴文被告は、保釈後、悪びれもせず堂々とテレビに登場し、一切罪を認めず、責任を語らず、ただただうまくやれなかったことを後悔していたのが印象的でした。

 彼はやがて〈法的に〉罪を償った後、二度と悪徳を行わないのではなく、もっとうまくやろうとすることでしょう。応援したり、拍手したり、利用したりする人は絶えないに違いありません。

 恐ろしい世の中になったものです。

 

 こうした霊性の濁った世の中を変えるためには、卑劣な邪智を子どものうちに退治しなければなりません。

 寺子屋の建立を切望してやみません。




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2007
03.27

日本の歌? ─うれしいひなまつり─

Category: 《日本の歌》
14 うれしいひなまつり

   作詞:サトウ ハチロー 作曲:河村 光陽 昭和11年 レコード発売




1 あかりをつけましょ ぼんぼりに

  お花をあげましょ 桃の花

  五人ばやしの 笛太鼓(フエタイコ)

  今日はたのしい ひな祭り



2 お内裏(ダイリ)様と おひな様

  二人ならんで すまし顔

  お嫁にいらした 姉様に

  よく似た官女(カンジョ)の 白い顔



3 金のびょうぶに うつる灯(ヒ)を

  かすかにゆする 春の風

  すこし白酒 めされたか

  あかいお顔の 右大臣



4 着物をきかえて 帯しめて

  今日はわたしも はれ姿

  春のやよいの このよき日

  なによりうれしい ひな祭り



 お祭の楽しさは、男の性、女の性が顕わになるところにあります。

 あからさまに性を表現せずとも、あるいは雅楽のような雅やかさ、あるいは激流のような激しさを伴った形式と手順が参加者や観る者のいのちを躍動させる時、無意識の裡に男性は男そのものを取り戻し、女性は女そのものを取り戻します。

 この歌を聴くたびに、自分の住む世界とは異なる世界の持つ深く暖かい豊かさを感じ、子どもの頃と変わらない春霞のような憧れもよみがえります。

 

 身体のつくりや脳のはたらきを分析するまでもなく、厳然たる事実として、男性と女性は異なった生きものです。

 霊性が、観念ではなく〈生きた現実としての世界〉と接して動く〈情緒〉が形成される大切な時期に、生まれ持った宝ものとしての特性を磨く機会を与えるのは、親や社会の責務です。

 もちろん、女の子のいるすべての家庭でおひな様をお祀りできるはずはありません。

 団塊の世代の多くは貧しい中で成長し、誰かの家に集まって年に一度の特別な日を楽しんだものでした。

 主役の女の子がはしゃいでいる後の方で、少しまぶしく見える女の子たちを眺めていた記憶があります。白酒をなめさせてもらえるのも、心ときめくものでした。

 

 現代人は、観念というオブラートに包まないと安心して世界と接することができなくなってしまいました。

 名前を知らない花や、観光地ではない山河に感動できません。「高価なバラだから美しい」「名だたる名所だからすごい」これではいかがなものでしょうか。
 

 観念病は、飼いネコがネズミを捕った様子に恐れ、神経質なまでに匂いを消さないではいられないような心性を生んでいます。

 洟を垂らし、涎を流し、尿と糞を毎日毎日排泄している我が身を忘れている様子には首をかしげるしかなく、知らぬ間に生きものとしての原始的な力が失われつつあることを、心底恐ろしいと感じています。

 

 神聖な性もまた、人間としての情緒ではなく、観念(それも多分に商業主義やイデオロギーによって作られた妄念とも言うべきもの)で対処されるようになりました。

 その結果、男女共に自分にある生のままの性を委縮させ、異性を理解、受容することが難しくなっているやに見受けられます。

 結婚できない男女が増え、あきれるような性犯罪が多発する現実をもたらしたものは何か、よくよく考える必要があります。

「結婚したい」という善男善女の真実で切実な思いが文明の歪みのようなものに潰されているとしたら、残念でなりません。

 

 こうした歌を大切にし、現代になって創作されたお祭はそれとして、生きものとしての原初的な力を鼓舞する伝統的なお祭の価値を再認識したいものです。



 ところで、当山では、さまざまな事情で飾れなくなったおひな様などをお送りいただいており、因縁を解き、清めた後、お焚き上げをしています。

 また、きれいなものは、お送りくださった方のご了解を得て、寺子屋が完成したあかつきに飾り付け、皆さんに楽しんでいただきたいと考え大切に保存しています.





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2007
03.25

自他を幸せにする『四無量心』 10 ─鶴見署長大川常吉に学ぶ その2―

 今年のお彼岸も、『法楽の苑』で、あるいは本堂で、あるいはお訪ねしたお宅で、ご縁の方々とたくさんの言葉を交わしました。
 感謝し、教えていただくできごとは山ほどありましたが、とりわけ、Sさんのお宅で法事を行い、いつものように法話をした結果は強く印象に残りました。

 法事の数日後、Sさんがお塔婆を受け取りに来られた時のことです。
 いきなり「あの時の法話は、あそこで住職さんの心に浮かんだのですか?」との質問を受けました。
「いいえ、今回のお彼岸を迎えて閃いた話をしようと、あちこちで採りあげていたできごとでした」と応えながら、何ごとだろうと考えました。
 話は、関東大震災直後の混乱の中で、たくさんの朝鮮人を救った横浜鶴見署長大川常吉の捨て身の善行についてでした。(※詳しくは「お彼岸の法話 ─鶴見署長大川常吉に学ぶ─」にあります)
 Sさん宅では、このできごとを知った若い方もご年配の方も熱心に質問され、とても有意義な時間を過ごしたのです。

 さて、Sさんは続けて言われます。
「あの場に若い女性がいて質問したことを覚えておられますか?」
 確かに、とても利発そうながらどこか控えめな女性が、真剣な目をしてまっすぐにこちらを見ておられました。
「彼女は一族のお嫁さんになった韓国の人ですが、これまでは親戚が集まってもほとんど発言せず、いつも無口でした。
 ところが、この間の法要では一緒にお経を口にしていたし、終わってから住職さんと積極的にやりとりをしたので、皆が驚きました。
 お話を聞いて、何かがふっきれたんでしょうかねえ」

 大川常吉のできごとがあってから、もう83年の月日が経ちました。
 しかし、一身を提して生き仏となった人の善行の功徳力は凄まじく、未だに私たちを導き、勇気づけ、救いをもたらしています。
 誰しもが本来は仏であり、生き仏になれるはずです。
 十善戒を守り、五種供養に励み、四無量心を持って身・口・意をみ仏と一致させ、即身成仏(ソクシンジョウブツ)すなわち大川常吉のような〈生き仏体験〉をくり返したいものです。
 これが自他を救う確かな方法であることを、重ねて教えていただいた一件でした。



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2007
03.25

日本の歌? ─海─

Category: 《日本の歌》
13 海

   作詞:林柳波 作曲:井上武士 大正2年 『尋常小学唱歌(五)』




1 松原遠く消ゆるところ 白帆の影は浮かぶ

  干網(ホシアミ)濱に高くして 鴎(カモメ)は低く波に飛ぶ

  見よ 晝の海

  見よ 晝の海



2 島山闇に著(シル)きあたり 漁火 光淡し

  寄る波岸に緩(ユル)くして 浦風輕(カロ)く沙(イサゴ)吹く

  見よ 夜の海

  見よ 夜の海



 海は若人の友だち、陽に焼ける最も活気に満ちた所、といった感がありますが、ひ弱で小さないのちにとっては、ただボンヤリと眺める対象でした。

 元々身体が弱く小学1年生の時に胸を患った私は、養護学級という特別なクラスにいました。

 教室の後に畳を敷いた部分があり、疲れたり体調が悪くなった時はいつでも横になれるようになっている一室には、顔色の悪い子、ほとんど口をきかない子などがいました。

 いつも唇を紫色にして前の席に座っていたA君がいなくなり、初めて人の死を知りました。



 学校で海に連れて行かれたことがありますが、水辺で遊ぶ仲間を含めた光景を林の中から見ていた記憶があります。

「見よ 晝の海」とその雄大さへ誘い、さらに「見よ」とたたみかける歌は美しいだけでしかなく、海は圧倒的な広さで自分の〈向こう側に〉在りました。



 大きくなって、若山牧水の「白鳥は 悲しからずや 空の青 海の青にも 染まず漂ふ」を知り、あの海をすら超えるものの存在に驚きながら、なぜか安心したりもしました。

 さらには、三島由紀夫の『午後の曳航』の主人公龍二、そして『豊饒の海』第四部「天人五衰」の主人公安永透の目を通して展開する海の姿に深く共鳴したものです。



 海へちょっと斜めに構えてしまう私のような者にとっても、この歌の格調の高さには、今更ながらため息が出る思いです。

 練りに練られた日本語が持つ〈心を清め高める力〉は、言霊(コトダマ)のはたらきにちがいありません。

 この歌の二番に感応する感性があれば、いにしえの日本人が書いた文章にもすんなりと馴染め、理解することができることでしょう。

 やはり、子どもたちへは、外国語より先に学ばせねばならぬものがありそうです。




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2007
03.24

NHK文化講座 ─生活と仏法─

 身近なできごとを通じて、み仏の教えを学びます。教材は最も古い経典とされる『法句経』などです。身近なできごとにも目を向け、質疑応答を交え、楽しく、真剣に、「まっとうに生きる」道を考えましょう。

  

一 日 時 平成19年4月11日(水)午前10時より12時まで

        平成19年4月25日(水)午前10時より12時まで

一 場 所 NHK文化センター仙台・泉

        宮城県仙台市泉区泉中央1-7-1泉中央駅ビル(スウィング)6階

        022(374)2987

一 主 催 NHK文化センター

一 申 込 NHK文化センター




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2007
03.24

卯月の俳句

 信徒総代鈴木悦子さん(仙台市太白区在住)の俳句です。

 鈴木さんは、機関誌『法楽』と新聞『法楽かわら版』へ何年にもわたって投稿しておられます。

(掲載が一ヶ月遅れになる場合があります)



モーツァルト流しつ見居る春の雪



桃活けて心華やぐ小居間かな



ちひろの絵淡きひひなは桃の色



残雪や蔵王連峰光りをり




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2007
03.23

彼岸 ―「お墓に水をかけてはならない」「仏様に願いごとをしてはならない」 2―

 いつものように墓地で作業の布施をしてくださっているSさんからご質問をいただきました。
「お墓へ水をかけてはならないと聞きましたが、どうしてでしょうか?」

 驚きました。お墓へかける水は「功徳水(クドクスイ)」という聖水だからです。
「それはまちがいです。み仏がお護りくださり、御霊のよりどころとなっているお墓へ水をかけてきれいにする時は、『極楽の池にあるこの上なく清らかな水のように、大きな功徳を持つ水で洗おう』と観想してください。
 そして、一度目は、み仏への感謝、二度目は御霊への感謝、そして三度目は有縁無縁の諸聖霊への感謝を込めて注ぐのです。
 Sさんがそう思って洗うだけでなく、お子さんやお孫さんへも、ぜひ、この尊い感謝と供養の行を正しく伝えてください。
 今日もありがとうございます」

 仙北へでかけ、80人ほどの方々の前でお彼岸にちなんだ説法を行いました。
 お線香を焚いたりお花をかざったりするのは供養の世界の扉を開くようなもので、お線香に込められた「精進」、花に込められた「忍辱」の心を誓って自分の行とするところに真の意義があるというお話を申し上げ、質問を投げかけました。
「皆さんがあの世に行って、この世を眺めていると想像してください。
 家族や友人、知人がどうして暮らしていれば安心できますか?」
 皆さんは口々に「健康であって欲しい」「仲良く暮らして欲しい」「正しく暮らして欲しい」などと言われました。

「そうですね。きっと、人間らしく幸せに暮らしていて欲しいと願うことでしょう。
 香りや花を捧げるのは尊い行為ですが、そうした気持に応えることが一番の供養であることが解りますね。
 だから、皆さんは、仏壇やお墓の前で『このお線香のように精進します。この花のように忍耐します。だから安心してください。見守っていてください』と誓い、願い、そのように生きてください。
 そうすれば、先に逝かれた方々は、きっと喜び、安心し、守ってくださることでしょう」

 会場を出ようとしたら、車いすに乗った高齢のご婦人から「質問がありますが…」と呼び止められました。
 片膝をつき、澄んだお顔を見上げながら耳にした質問は、最近、頻繁にお受けするものでした。
「神様にはお願いごとをして良いけれども、仏様にはしてはならないと教えられましたが、本当でしょうか?」
 さっき、願ってくださいと申し上げた言葉を正確に聞いていてくださったのです。周囲の方々も耳をそば立てておられます。
 その理由は何ですかとお訊ねしたら、願い事を受けた仏様は肩の荷が重いためになかなか成仏できないとのことです。
 それじゃあ貴女は仏壇の前でどう思いながら手を合わせておられますかと、重ねてお訊ねしました。
「『安心してください。今日も無事に過ごせますように』と欠かさずやっています」
 
 それはまさに願いごとでしょうと申し上げたら、ああそうですね!と破顔一笑されたので、ほっとしました。
「先に逝かれ、み仏の世界にいる御霊は私たちの親のようなものです。見守っておられるにちがいありません。
 感謝を忘れず御霊に恥ずかしくないように生き、いざという時は、子どもの頃に怖い目に遭って『お母さん!』と叫んだようにおすがりするのが道であり、情というものです。
 太平洋戦争において、英霊の方々が『お母さん!』と口にしつつ亡くなられたことは、よく知られている事実です。
 貴女の自然な思いを大切にしてください。
 そして、み仏と御霊のご加護をいただき、お元気で過ごされますように」




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2007
03.22

彼岸 ―鶴見署長大川常吉に学ぶ─

 お彼岸の中日は本堂いっぱいにご来山された善男善女が共に読経をされ、すばらしい供養会となりました。
 参詣できなかった方々に参考にしていただきたく、当日の法話について記しておきます。

 お彼岸の「彼岸」は迷いの「此の岸」から離れた幸せと安心の場ですが、そこには最高の慈悲と智慧があります。
 この世にいる私たちにとっては遙かに遠く、見上げても見えないほど高い世界に思えて、実は、瞬時に行けるところでもあります。

 大正12年9月1日に起こった関東大震災は、実に340万人以上もの方々が被災し、犠牲者は死者行方不明者合わせて14万人以上に上る大災害でした。
 翌2日、政府は戒厳令を宣告し、3日には戒厳地境が東京府・神奈川県全域まで拡大されました。
 非常事態にあたり、朝鮮人が混乱に乗じて日本政府の転覆を計るのではないかと疑心暗鬼になった人々は、兵士や警察官はもちろん、自警団を組織する民間人なども、朝鮮人と見るや暴行し殺害しました。
 治安を乱そうと強盗や放火を行い、井戸に毒物を入れているなどという噂も飛び交っていたからです。
 そうした最中、横浜鶴見の警察署へたくさんの朝鮮人が救いを求めて訪れていました。
 鶴見署は彼らを総持寺へかくまいましたが、人数が多くて安全の確保は難しく、殺気立った群衆から守るため警察署へ連れ戻しました。
 それを知った群衆は鶴見署をとり囲んでどんどん膨れあがり、ついには千人以上の人々がだれ込みかねない様相を呈するほどになりました。
 危機に直面した当時の署長大川常吉は覚悟を決めて群衆の前へすすみ出、まず自分を殺してから朝鮮人を殺せと大音声で言い放ち、実際に井戸へ毒を入られたというのならそれを持って来いと告げました。
 そして、眼前へつき出された一升にもなろうかという水を群衆の面前で飲み干しました。
 この気迫に押された群衆は引き上げ、ことなきを得ました。
 後に、大川署長はこう語ったとされています。
「朝鮮人であれ、日本人であれ、自分の仕事は人のいのちを救うことなのであり、当然の行動だった」
 こうした使命感を支えたもの、それは、限りない思いやりと、是非善悪を判断して揺るがぬ智慧です。
 大川署長は、決断し、実行した時、まさに彼岸の住人になっていたと言えるのではないでしょうか。

 いざという場面で、人間性は否応なく明らかになります。
 ギリギリの岐路に立ち、人間として誤らないかどうかは、見るもの聞くものなどによって動いた心の歴史がすべて蓄えられているマナ識(潜在意識)の内容如何にかかっています。
 常々、良きものや善きものと接してマナ識が清浄な人は、道を誤りません。
 常々、悪しきものや穢れたものと接してマナ識が濁っている人は、道を誤りやすいのです。

 彼岸という大切な時にお寺やお墓へ詣でて供養をし、お経を唱えたり聞いたりすることは、マナ識へ清浄な宝ものを蓄えるようなものです。
 すばらしい功徳が皆さんへすばらしい未来をもたらしますよう。




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2007
03.21

受験に失敗した若い方々へ

 おじさんの体験談を書きます。
 参考になればありがたいことです。

 私は子どもの頃から政治に興味を持ち、大きくなったら政治家になろうと決心していました。
 高校を卒業する時に「天下をとる」などと書いたのですから、今思うと恥ずかしいとしか言いようがありません。
 そして、政治家になるためには必ず卒業しなければならないと思っていた大学を受験し、失敗しました。二度目も三度目も失敗しました。
 三度目に初めて志望校以外の受験もしたところ、合格し、自分の能力を初めて正しく知りました。
 要するに、思い上がっていたのです。

 ところが、その時点では、まだ事態を正確に把握できません。
 目的は政治家になることであり、受験はそのための手段に過ぎないのに、たった一つの手段をとれなかったからといって目的は達成できないと思いこんだのです。
 受験は向こう岸へ渡るために橋を渡るようなものであり、一つの橋が渡れなかったならば別の橋を探せば良い、あるいは、裸になって泳げば渡れるかも知れないのですが、そうは考えられません。
 この世の終わりといった感覚に陥り、すっかりうちひしがれ、行くあてのない船のようになりました。
 座禅をしたり、アパートの窓に黒い布を張って何日もじっとしていたり、他の大学へ勝手にもぐり込んで宗教学をかじったり、バーの用心棒をしたりしつつ無為に過ごしていました。
 そんなお正月、帰郷したところ、寝たきり老人を二人抱えながら商売をしていた両親が過労と風邪で寝込んでいました。
 退学し、自堕落な生活を止めて家業を継ぎました。

 むちゃくちゃにはたらき、遊びもし、ビルを建てて世間的には成功したかのようでしたが、所詮は根無し草のやることです。
 見てくれは砂上の楼閣に過ぎず、失敗し、すべてを失って仏道へ入りました。
 自分で道を選んだというよりも、み仏が待っていてくださったとしか思えません。
 帰郷してからここまで20年かかりました。
 そしてさらに20年が過ぎ、今を生きています。

 こんな拙い経験を通してようやく言えることは、「目的をよく考えてみよう」ということです。
 受験は目的を達成するための手段の一つです。
 それに失敗したからといって簡単に捨てるられるような目的なら、真の目的は別のところにあり、思っていた目的は手段だったのかも知れません。
 後から思うと、私の場合は「世の中のためになりたい」が真の目的であり、「政治家になりたい」には、多分に虚栄心と傲慢さが入っていました。
 だから、その二つが行き場を失った時、自分を見失ったのです。
 20年間迷ってようやく己の愚かさに気づき、虚栄心と傲慢さを捨てるべく己を鍛えながら、いくばくかは真の目的に向かって生きられるようになりました。

 自分の能力や置かれた位置を知るのはなかなか難しいものです。
 もちろん、魂は死ぬまで向上し続けますから、知り得るのはどこかの時点での状態でしかありませんが、それにしても意気盛んな若いうちはなかなか謙虚になれるものではなく、希望的観測が自分の内外へ強力にはたらき、現実はありのままに見えないものです。
 それでもなお、若い日に明確に抱いた未来への強いイメージは、まさしく自分独自の人生航路を示す何ものかであり、それがいつ、いかなる形をとって現実になるかは判らないとしても、軽んじないで生きることをお勧めします。
 目的意識をもたらすイメージこそが、未来へと導く船の舵です。
 いかなることがあっても、イメージを投げ捨ててはなりません。
 それは、宝ものを手放し、未来への扉を小さくするようなものです。
 私は、政治家への夢破れて一介の行者になりましたが、ご縁の方々の幸福と御霊の安心はもちろん、いつも日本と子どもたちの未来を考えながら法務を行っています。
 イメージに導かれ、回り道のあげく、ある人は作家になり、ある人は医師になり、ある人は歌手になり、ある人は介護士になりました。
 こうした方々と接すると、人間を信じ、夢を信じる力がどんどんと強まり、いつも心で合掌してしまいます。

 最後に、人間は決して独りではないことに気づいていただきたいと思います。
 まず、必ず仏神が観てくださっています。だからこそ、いつかはイメージが現実化するのです。
 そこへ至る過程に関して自分の力などいかに小さいものかは、後から解りす。
 また、自分はどんなに孤独だと思っても、独りで生きているのではありません。
 この世にいられるのは、見ず知らずの警察官が治安を守り、見ず知らずの職員さんが水道や電気を確実に供給し、見ず知らずの店員さんが安全な食べ物を準備しておいてくれるからです。
 有縁無縁の方々の「おかげ」があればこそ今日を生き、明日を信じられるのではありませんか。
 おかげさまと思えれば、心が開けます。
 心が暗くなった時は、思い切って交通整理をしている警備員さんへ「ご苦労様です」と挨拶してみてください。食堂の店員さんへ「おいしかったよ」と言ってみてください。
 相手の笑顔を待つまでもなく、自分の心に明かりが灯るはずです。
 また、家族や知人は空気のようにかけがえのないものであり、一種の故郷です。
 連絡が密であっても、時には関係が希薄になっても、夜空にかかる月のようにいつも変わらず観ていてくれます。
 このように、独りで生きている人間は誰もいません。
 孤独感は、自分の心がつくる一時の影法師なのです。

 さて、ものごとは、〈自分の努力〉と、〈縁のおかげ〉と、〈仏神のご加護〉によって成就します。それを三力(サンリキ)といいます。
 目先の目的が達成できなかったからといって、人生の扉が閉じられたわけではありません。
 我が身をふり返り、周囲の人々の存在を肌で感じ、いよいよという時は心の底から仏神へ手を合わせてください。必ずや三つの力のうち不足しているものを補っていただけることでしょう。
 そのおりの真言を記しておきます。

「おん あぼきゃ ほじゃ まに はんどま ばじれい たたぎゃた びろきてい さんまんだ はらさらうん」






2007
03.19

彼岸 ―宗教は必要か「吉行淳之介の一文」─

 出先で吉行淳之介の一文に出会い、ちり紙に書き留めて帰山しました。

「詩人とか作家は、やはり追い詰められ追い込まれて、そういうものになってしまうのが本筋ではあるまいか、と私はおもう。
 人生が仕立おろしのセビロのように、しっかり身に合う人間にとっては、文学は必要でないし、必要でないことは、むしろ自慢してよいことだ」 ─「わたくし論」─吉行淳之介―

「詩人、作家」を「僧侶、行者」と置き換え、「文学」を「宗教」と置き換えれば、そのまま通用しそうに思えました。
 我が身をふり返ると、受験の失敗から学生時代に一度追い詰められて鎌倉の円覚寺へこもったりしたものの、右往左往するばかりで定まるところなく、後に事業で失敗し、無一文になってどうにもならないところへ追い込まれてやっと道が決まりました。
 若い日は、追い詰められても逃げ込むところがあったので、宗教との接触は、所詮「誰でも通る関所」程度の意味しかなかったのでしょう。
 しかし、親も妻も子も抱えて全財産を失えば、もはや、選択できる道は限られます。
 そして、かねての決心通り、托鉢へいのちを託す綱渡りであり奇跡の連続でもある日々が始まりました。

 行者になって気づいたのは、うまくお布施をいただく楽な方法を聞かされても、そうした世間的な技術へ傾けば偽ものになるということでした。
 真の修行は、楽でなく効率的でもない方法、言い方を変えれば自分を厳しく鍛える方法でしかできません。
 歌舞伎の第一人者と目されている人が「観客から最も美しく見える姿は、当人が最も辛い姿勢である」と述懐するのを耳にし、とても納得するものがありました。
 追い詰められた人は辛さも、そこを克服して掴んだものの価値も知っています。
 辛い状況は、一陣の春風を待って花開く福寿草にとっての冷たく固い地面であり、追い詰められた人が自分に厳しくできるのは、ある意味で当然と言えましょう。

 考えてみれば、胸に迫って離れない「苦」という難問へ正面から立ち向かわないではいられず、釈尊は恵まれた環境を捨てて探求の道へ入りました。
 お大師様もまた、天才として世間を渡る知恵を極めつつも飽きたらず、根本の智慧をもたらす最高レベルの仏法を求めて海を渡りました。
 お二方共、常人を遙かに超えた高い次元で追い詰められ、追い込まれておられたのでしょう。
 
 さて、吉行淳之介は、文学が必要でないことはむしろ自慢してよいと書きました。
 これはなかなかうまく捻った表現で、「宗教が必要でないことはむしろ自慢してよいことだ」と当てはめてみると、ウーンと腕組みせざるを得ません。
 「そういうものになってしまう」にもまた深いものがあり、一流の筆の鋭さに脱帽しました。
 足元についてあらためて考えさせられるとは、やはりお彼岸です。




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2007
03.19

お彼岸の心構え

 お彼岸は最も早く「彼の岸」へ渡られる時期とされています。
 「此の岸」は迷いの世界であり、川向こうの「彼の岸」は悟りの世界です。
 そこは完全な慈悲と智慧とがある仏国土です。

 聖徳太子の言葉に「魂を彼岸に遊び、心を道場につなぐ」があります。
 道場で修行をすることが、魂を彼岸へと上昇させる方法です。
 彼岸はあの世ではなく、修行する者に開けるこの世の極楽なのです。

 修行方法は、6つの心を磨き出す「六波羅密(ロッパラミツ)」です。

1 布施(フセ)…勝手な区別をせず、恩に着せないで施す心。
   「水」を捧げる目的は、この心をつくること。
2 持戒(ジカイ)…戒めを守り、道に外れない心。
   「塗香(ズコウ)」を捧げる目的は、この心をつくること。
3 忍辱(ニンニク)…何があっても動ぜず、道を失わない心。
   「花」を捧げる目的は、この心をつくること。
4 精進(ショウジン)…正しい目的へまっしぐらに進む心。
   「線香」を捧げる目的は、この心をつくること。
5 禅定(ゼンジョウ)…心身を整え、いのちに感謝する心。
   「飯食(オンジキ)」を捧げる目的は、この心をつくること。
6 智慧(チエ)…我欲を離れた判断を導く心。
   「灯明」を捧げる目的は、この心をつくること。


 これで、お線香などを捧げる「六種供養」がなぜ行われるか、その目的がはっきりしました。

 お線香は、ただ単に佳い香りをたむけるためだけではなく、お線香に象徴される心で生きることを誓うところにこそ、真の目的があります。
 その心で生きようと努力することが修行であり、真剣に努力している時、行者はすでに極楽の住人なのです。

 極楽の住人になっている姿を見ていただく以上の供養はありません。
 
 立場を変えてみてください。
 自分があの世にいたならば、一番嬉しいのは、生きている人々が、尊きものを尊び、人間としてまっとうに生きようと努力している姿を見ることではないでしょうか。
 そうしたならば、思わず「そうだ!そうだ!頑張れ、頑張れ」と応援したくなるはずです。
 その応援が、この世にいる人々にとってはご加護です。
 み仏や御霊へ願いごとをしてはならないなどという妄言に惑わされず、教えに導かれて人生修行を行い、いざという時は素直にご加護を願いつつやりましょう。

 塗香(ズコウ)は、手に塗るお香で、密教行者はこれを塗らずには法を結びませんが、売っている所はあまりありません。
 塗香以外の5つを行じることがすでに戒めにそった修行なので、「五種供養」が一般的に行われ、誰でもができる供養と修行になっています。
 当山では、機関誌『法楽』など、おりにふれて「五種供養」の文をご紹介し、実践をお勧めしています。

○水のごとく、素直に、他を潤し、心の汚れを洗い流さん
○雨風に負けず咲く花のごとく、堪え忍び、心の花を咲かせん
○線香のごとく、たゆまず、怠らず、最後までやりぬかん
○己を捨てて食べ物となる生きものに感謝し、心身を整えん
○灯明のごとき智慧の明かりで道を照らし、まっすぐに歩まん


 お墓の前でも、仏壇の前でも、ぜひ、この言葉を口に出して唱え、心に刻み込み、真の供養をしていただきたいと願っています。




2007
03.18

【現代の偉人伝第三十五話】 ─C型肝炎と闘う『フロンティア』を書いた女医さん─

現代の偉人伝~隣にいる英雄たち~とは

アレキサンダー大王、ジンギスカン、ナポレオン、織田信長・・・戦争が生んだ、偉人とされる人々・・・。それよりも、自らを他人のために投げ打って、人や命を助けた人々の生き様こそ、学ぶべきなのではないでしょうか? あなたの身近にいる偉人を紹介してください!当山では、身近な人々の善行に関する情報を集めています。

>詳しくはこちらをご覧ください。



                                  

 夫が院長を務める仙石病院に勤務する神部眞理子医師が『フロンティア』を上梓した。

 消化器内科部長という激務をこなしながらの執筆は、偉業というしかない。

 物語は、中年の身体にむち打って奮闘する消化器内科部長野田善之の日々を記したものである。

 全編が医療の現場を描く物語であり、C型肝炎と闘いながら患者のためにすべてを捧げる野田医師は、まさに聖者である。



「自分がこうしていられるのは、過去の集積の結果であり、すべてが今につながっていると考えれば、あらゆる過去のできごとに感謝すべきなのだ」

 み仏の教えそのものである。



「過去のことにこだわるのは、それが辛かったからばかりではなく、現在の生活にまで影を落とし続けているからなのだろう。過ぎてしまったこととして忘れたり、思い出のひとつとして振り返ることができるのは、今が幸せと思える場合だ」

 中年まで生き得た人間ならではの述懐である。



「この中には人間の叡智と善意、そして欺瞞と欲望とが混沌として渦巻いているのだ」

 かつて所属していた大学病院の研究棟を久方ぶりに訪れ、冷めたような心地で思っている。



「大学に在籍していた頃は、患者を診つつも心はいつも研究に向かっていた。実験をして論文を書き、研究者として認められることが何より大切だった。だが、それらの雑念を捨ててしまえば、目の前にいる患者がすべてである」

 雑念と言い切るところは、さすがと言うしかない。女神のように慕われ信頼されているのも、むべなるかなである。



「患者の訴えがあれば、頭の天辺から足の先まで診る」

「患者は待ってはくれず、ほとんどの場合、直ちに何かの解決策を出さねばならない」

 臨床の現場では、いいわけは効かない。



「基本的な問題は、病気の治療という大義名分を掲げてさえいれば、あらゆることが許されるのかどうかだね。つまり、ヒトはどこまで神に近づきたいのだろうということだ」

 臓器再生・臓器移植などについての議論である。



「───動物は、その種がヒトから遠くなれなるほど、例えば薬剤毒に対する抵抗力が強くなって、体重あたりの致死量がヒトの何十倍にもなることがあるのは常識ですが、出血に対してもヒトと比較できないほどに強いですよ」

 ヒトの危うさを考えていたところだったので、とてもよく理解できた。



「医療は元来が非生産的な仕事で、質を高めようとすれば人手と金のかかるもの」

 良心的な医療は、金儲け至上主義や弱肉強食原理とは両立できないはずである。黒字になり儲かる病院だけが生き延びられる今の制度は、明らかにまちがっている。

 教育も医療も商売になってしまった。聖職者が不要な世の中で、人は霊性に導かれる生き方ができようか。



「大学が躊躇するのは、失敗を恐れるたあめだけです。世界初の治療ですから当然ではあります。決して失敗は許されず、責任は果てしない。……実施には非常な勇気が必要ですが、誰かがその勇気を持たねばなりません。そこでは大学の権威など、いかほどの価値もありませんよ」

 再生肝臓の移植に踏み切ろうかどうかというギリギリの場面である。

 人のいのちを預かる者として大切なものの順番を厳しく問う。



「その穏やかでしかも威厳に満ちた表情は、死者に特有のものだった。生存のあらゆる苦しさから解放されて、永遠の安らぎを得た者だけが見せる気品位溢れた優しげな顔をして───」

 死者が、医師と僧侶からまったく同じに観られていたとは驚きである。

 私は、人の死は誰にとっても凶事(マガゴト)であることを重々承知の上でなお、死者がみ仏になった様子を密かに清浄と感じていた。

 死は決して穢れではないのである。



 C型肝炎と臓器移植についての記述は、特に精緻を究めている。

「聖職」という言葉を思い出させる快書を、ぜひ、たくさんの方々に読んでいただきたい。




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2007
03.17

墓石を安くお譲りします

『法楽の苑』で参考品を展示しておられる石材業者さんの「現品処分」をお知らせします。

 現品限りですので、契約済みになった場合はご容赦ください。



1 大特価90万円(※聖地の永代使用料25万円別)

  聖地は間口2メートル、奥行2メートル(4?)です。

  がっしりした外柵に黒御影石の堂々とした洋風です。

 (連絡先346-2106法楽寺)





2 大特価84万円(※聖地の永代使用料25万円別)  

  聖地は間口2メートル、奥行2メートル(4?)です。

  ペットも一緒に眠られるカロートがついた新しいタイプです。

 (連絡先0120-148-026担当:門沢氏)





3 大特価70万円(※聖地の永代使用料・永代供養料込)

  聖地は間口1メートル、奥行1.5メートル(1・5?)の企画墓『法楽の廟(ミタマヤ)』です。

  高さは約1・8メートルあります。

 (連絡先346-2106法楽寺)





4 グリーン 大特価52万円(※聖地の永代使用料・永代供養料込)

  グレー  大特価68万円(※聖地の永代使用料・永代供養料込)

  ブラック 大特価58万円(※聖地の永代使用料・永代供養料込)
  

  向かって左からです。(佐々木家様を除きます)

  聖地は0・7メートル四方(0・49?)の企画墓『法楽の廟(ミタマヤ)』です。

  高さは約1・7メートルあります。

 (連絡先346-2106法楽寺)




2007
03.16

十善戒の歌3 ─不偸盗─

2 不偸盗(フチュウトウ)
やまもりの ゆるさぬほどは たにかげに おちたるくりも ひろはざるなむ
(山守の 許さぬほどは 谷陰に 落ちたる栗も 拾わざるなん)

 山守とは山を守る人々のことですが、ここではもっと幅広く、山で生きる人々、たとえば猟師や炭焼人あるいは鷹匠なども含めて考えたいものです。
 そうした人々にとって山はいのちの場であり、聖地でもあります。
 聖地にあるものは、たとえ一個の栗であっても、その存在は厳粛なものです。
 こうした感覚のはっきりしていた僧月照には、手を出せなかったことでしょう。

 また、「谷陰に」には、「たとえ誰かが見ていなくても」という意味が込められています。

 昔、賄賂を渡されそうになった人が、こう諭して断ったそうです。
 「君は誰も知らないから大丈夫と言うが、この悪事は君が知っているだろう。もちろん、僕も知っている。そして神仏もご存じではないか」
 今は、ばれなければ大丈夫という気分が蔓延しているのではないでしょうか。
 原子力発電所などの企業や公的機関が平然と事件・事故・不祥事を隠すのはもちろん、「法に触れていないから」と称して、道義的な問題から逃げようとする社会的立場の高い人々が明らかに多くなったのも、恥を忘れた空気の反映ではなかろうかと思われます。

 1月30日に発表された総務省のデータによると、万引を絶対にやってはならない行為であると認識している生徒の割合は、小学生で95・2パーセント、中学生で83・2パーセント、高校生になると80・9パーセントに下がります。
 万引や放置自転車泥棒などで検挙・補導された人員のうち、中学生は34・7?、高校生は実に43・4パーセントにのぼっています。
 犯罪者の約8割が中学生・高校生とは、言葉もありません。
 
 まず何よりも大人たちが自らを悔い改め、子どもたちへは、小さなうちからこうした歌を覚えさせるなどの指導を徹底し、かつて恥の意識では世界一だった〈徳高き日本〉をとり戻したいものです。




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2007
03.15

救われる方法

 NHKカルチャーセンターの講座で読んでいる『法句経』にある教えです。



「心乱れ、愚かで理に疎く、尊大で人の道を無視する者は、真理の説かれた善き言葉を理解できない」



「正しい心でふるまい、澄んだ心で道理に従い、足るを知って嫉妬しなければ、真理の説かれた善き言葉を理解できる」



 私たちは、普通、「真理の説かれた善き言葉」つまり教典に導かれてこそ、正しく清らかで迷いのない生き方ができると考えますが、ここでは順番が逆になっています。

 なぜでしょう。

 それは、教典とはみ仏の言葉を記したものであり、み仏の心にならなければ言葉に秘められた内容を把握できないからです。

 言い方を変えれば、凡夫の次元を超えているからこそみ仏の次元なのであり、凡夫のままで次元の異なるものを求めても得られないということです。

 それならば、私たちは永遠に救われないのでしょうか。



 しかし、次元の相違を突破する方法はあります。

 穢れたままで教典について考えようとせず、誰しもが持っている仏心という音叉にこびりついた汚れを取り除き、み仏の世界にある音叉から発せられる音に共鳴させれば良いのです。

 その証拠に、教典は音読が基本であり、僧侶になりたての頃は、徹底的に大きな声で読誦させられます。いわゆる読経です。

 自分の他は誰もいないのに、必ず声を出して読みます。それは、自分が聞くために他なりません。

 意味が解らなくても、真剣に唱え、み仏の言葉をくり返し聞いているうちに、まず姿勢が変わります。そして読み方が変わります。そして、だんだんに心が変わりです。

 まさに、身・口・意の穢れが剥がれ落ち、本来のみ仏のいのちがはたらき始めるのです。



 答は出ました。

 いつもは心乱れ、道理に冥く、高慢であっても、これではいけないと気づいたならば、居住まいを正し、懺悔の心を抱き、至心にみ仏へおすがりするために読経しましょう。あるいは真言を唱えましょう。

 その瞬間、尊い音叉は必ずや共鳴を始めることでしょう。


 最初はあまり高い音で響かず、判りにくいかも知れません。

 しかし、愚かな自分のままでいたくないならば、迷い苦しみから脱したいならば、霊性から発する願いを実現したいならば、信じて続けるのみです。

 「発心(ホッシン)」し「修行」するみ仏の子を、親であるみ仏は決して見捨てません。



 お大師様は、般若心経について、こう説かれました。



「誦持(ジュジ)・講供すれば即ち抜苦与楽(バックヨラク)し、修習思惟(シュジュウシユイ)すれば即ち道を得、通を起こす」



(この教典を読誦し大切に持ち、話し供養すれば、苦は抜け去り楽が与えられ、やがてしっかり習い覚え理解すれば、自分が歩むべき道を悟るだけでなく、自他を救う霊妙な法力をも得るであろう)





2007
03.14

十善戒の歌2 ─不殺生─

1 不殺生(フセッショウ)
よのなかに いきとしいけるものはみな ただたまのをの ながかれとこそ
世の中に 生きとし生けるものは皆 ただ玉の緒の 永かれとこそ

「玉の緒」とは、魂を肉体へつなぎとめているとされる紐です。
 私たちは、その紐がはたらいている限りにおいてこの世で笑い、泣いていられるとても儚い存在です。
 人間だけでなく、生きものはすべて、根本に「生きていたい」欲求を持っており、その無意識の願いともいうべきものにすがって生きている姿は、等しく健気(ケナゲ)なものです。
「尊いいのち」という感覚は、そうした健気さに魂が揺すぶられる体験を持たねば生まれません。

 
 言葉を知っているだけでは、ただの観念に過ぎません。
 学校にとても悲しいできごとが起こった時、校長先生が決まって「いのちの尊さを忘れないようにしましょう」と訓辞を述べますが、いつもウーンと考えさせられてしまう場面です。
 私たちは、固く冷たい土から鎌首をもたげているフキノトウを採る時も、寒風の中で身を小刻みに震わせながら咲いている梅の花を観る時も、この感覚を忘れないようにし、おりにふれて子どもたちの感性を導き出したいものです。

 なお、『万葉集』に、

「玉の緒よ たえなばたえね ながらへば 忍ぶることの 弱りもぞする」
(玉の緒が切れるならば切れてしまって欲しい。このまま人知れぬ恋の苦しさに耐えながら生きているうちに、誰かに感づかれてしまってはならないから)

があります。
 忍ぶ恋に至高の価値を見いだしていた万葉人の心根が偲ばれます。




2007
03.13

十善戒の歌1

 文化10年(1813)、大阪に生まれた僧月照は、22歳で清水寺成就院の住職になった後、西郷隆盛と共に時代を動かし、安政5年(1858)、入水しました。
 彼が残した「十善戒歌」です。

1 不殺生(フセッショウ)
よのなかに いきとしいける ものはみな ただたまのをの ながかれとこそ
(世の中に 生きとし生けるものは皆 ただ玉の緒の 永かれとこそ)

2 不偸盗(フチュウトウ)
やまもりの ゆるさぬほどは たにかげに おちたるくりも ひろはざるなむ
(山守の 許さぬほどは 谷陰に 落ちたる栗も 拾わざるなん)

3 不邪淫(フジャイン)
おみなへし にほふあたりは こころせよ いろかにみちを わすれもぞする
(女郎花 匂うあたりは 心せよ 色香に道を 忘れもぞする)

4 不妄語(フモウゴ)
いつはりて かたらんよりは しらつゆと みはいさぎよく きえもはてなん
(偽りて 語らんよりは 白露と 身は潔く 消えも果てなん)

5 不綺語(フキゴ)
くもとりの あやをりなして いひたつる ことにまことは すくなかりかりけり
(雲鳥の 綾織なして 言い立つる 言に誠は 少なかりけり)

6 不悪口(フアック)
わがやどに やしないおける いぬだにも しかりたけりて せめじとぞおもふ
(我が宿に 養いおける 犬だにも 叱り猛りて 責めじとぞ思う)

7 不両舌(フリョウゼツ)
とにかくに あしくいひもて あしがきの なかをへだつる ことぞいやしき
(とにかくに 悪しく言いもて 葦垣の 中を隔てつる 言ぞ卑しき)

8 不慳貪(フケンドン)
さくをまち ちるをばおしむ くるしみは はなほりうへし とがとこそしれ
(咲くを待ち 散るをば惜しむ 苦しみは 花掘り植えし 咎とこそ知れ)

9 不瞋恚(フシンニ)
ちりばかり いからでしのべ しのびなば やまよりたかく とくはつもらん
(塵ばかり 怒らで忍べ 忍びなば 山より高く 徳は積もらん)

10 不邪見(フジャケン)
みにかげの はなれぬがごと よしあしの わざのおしへの なかるべしやは
(身に影の 離れぬがごと 善し悪しの 業の教えの 無かるべしやは)




2007
03.11

自他を幸せにする『四無量心』 9 ―喜無量心とは―

4 他の喜びを自分の喜びとするく喜無量心(キムリョウシン)とはどういう心でしょうか。
 それは、一つには、他者へ幸福を与えないではいられない心です。
 喜無量心が深まると、観音様にもなれるとされています。
 観音様は、詳しくは「観世音菩薩」といい、人々の救いを求める声を漏らさず聞いて、ただちに救済のための手だてをしてくださる方です。
 このようになれたら最高ですね。

 もう一つには、他者の幸福を決して妬まない心です。
 私たちは、ともすると、嫉妬心を起こします。嫉妬は人間にとって最後まで解決できない難問であると言う人さえいるほど厄介なものです。
 さて、観音様には別な呼び名があります。般若心経などでおなじみの「観自在菩薩」です。
 観ること自在な菩薩様とは、まず、この世のありさまをすべて観通し、そして、この世をあらしめている真理を観通し、真実世界を現してお救いくださる方です。
 このようになれたら、もう、嫉妬など、どこにもなくなることでしょう。
 観音様を象徴する蓮華のように清浄になる道へ入れば、どす黒く、穢れ、卑しく、品性を貶める嫉妬心は、真っ先に消え去るはずです。

5 こうした心をつくるための真言が今に伝えられ、摩利支天(マリシテン)法で修行する穏形流居合の行者たちは四無量心を求めて日々唱え、稽古をしています。
 
 真言は祈りの言葉であり、霊性の波動をもたらすものです。
「こうありたい」と願う極限の思い、つまり「祈り」は必ず言葉を必要とします。
 そうした思いに対してみ仏からお与えいただいた〈言葉の結晶〉が真言であり、真言は、祈りの心をみ仏へ伝える霊性の叫びとなります。

 それが真心から発せられる時、み仏のお慈悲が動かぬはずはありません。
 だからこそ「ギャテイ ギャテイ ハラギャテイ ハラソウギャテイ ボウジソワカ」と真言を唱える般若心経などは、仏法でも神道でも尊ばれて来ました。
 教典から人生訓を得ようとするよりも、まっさらな祈りを抱き、至心に読誦したいものです。



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2007
03.10

日本の歌百選 12 ―上を向いて歩こう―

12 上を向いて歩こう

   作詞:永六輔 作曲:中村八大 昭和36年、坂本九がNHKテレビ「夢であいましょう」で唄い、ヒット。昭和38年、タイトル名『スキヤキ』としてアメリカ音楽専門誌第一位獲得。




 上を向いて歩こう 涙がこぼれないように 思い出す春の日 一人ぽっちの夜

 上を向いて歩こう にじんだ星をかぞえて 思い出す夏の日 一人ぽっちの夜

 幸せは雲の上に 幸せは空の上に

 上を向いて歩こう 涙がこぼれないように 泣きながら歩く 一人ぽっちの夜

 (口笛)

 思い出す秋の日一人ぽっちの夜

 悲しみは星のかげに 悲しみは月のかげに

 上を向いて歩こう 涙がこぼれないように 泣きながら歩く 一人ぽっちの夜

 一人ぽっちの夜 一人ぽっちの夜



 この歌は、土曜日の午後10時15分から30分放映された「夢であいましょう」の一部という印象があります。

 個性の強い出演者たちが皆で一枚の布を織り上げるようにして作られたとても上質な番組で、デザイナー中島弘子は、目立たない指揮者といった見事な司会ぶりでした。

 『遠くへ行きたい』『こんにちは赤ちゃん』などのヒット曲を生んだことからも、番組の雰囲気が偲ばれます。



 この歌は、坂本九の個性があまりにも強く、余人には唄いにくいはずなのに、よく口ずさまれていました。

 まったく別の名前で世界的なヒット曲になったことを考えても、当時は、歌詞よりもリズムと旋律が多くの人々の感性に触れたのでしょう。

 しかし、改めて歌詞をよく読むと、並々ならぬ作品であることがよく解ります。

 

 喪失した幸福の日々をおりおりに思い出しているようであり、「一人ぽっちの夜」のくり返しからは、春、夏、秋、それぞれの季節を一人ぼっちで生きてきた自分の人生をふり返って寂しさを募らせているようにも思えます。

 また、旋律としての白眉は、「幸せは空の」と「悲しみは月の」で一瞬短調になるところです。

「上に」「かげに」ですぐに長調に戻り、タッ・タ・タ・タと調子の良い間奏から「上を向いて」と続くので、寂しさの色濃い歌でありながら、文字通り「上を向いて歩こう」と励ます力が強く全面に出るのです。

 

 淡々としており派手派手しく何かを訴えるという印象はまるでないのに、忘れられません。

「一人ぼっち」を笑顔で唄う坂本九とのトリオが生んだ大傑作と言えるのではないでしょうか。




2007
03.07

日本の歌百選 10 ―いつでも夢を― ―犬のおまわりさん―

いつでも夢を  作詞:佐伯 孝夫 作曲:吉田 正 昭和37年橋幸夫・吉永小百合のコンビでヒット

1 星よりひそかに 雨よりやさしく
  あの娘はいつも歌っている
  声がきこえる 淋しい胸に
  涙に濡れたこの胸に
  言っているいる お持ちなさいな
  いつでも夢を いつでも夢を
  星よりひそかに 雨よりやさしく
  あの娘はいつも歌っている

2 歩いて歩いて 悲しい夜更けも
  あの娘の声は 流れ来る
  すすり泣いてる この顔上げて
  きいてる歌の懐かしさ
  言っているいる お持ちなさいな
  いつでも夢を いつでも夢を
  歩いて歩いて 悲しい夜更けも
  あの娘の声は流れくる

3 言っているいる お持ちなさいな
  いつでも夢を いつでも夢を
  はかない涙を うれしい涙に
  あの娘はかえる 歌声で
  あの娘はかえる 歌声で


 昭和39年の東京オリンピックを控えて日本中の意気が上がっていた時代、人気絶頂の吉永小百合が唄ったこともあり、圧倒的な支持を受けた。
 都会的なムードのある歌謡曲を作るゴールデンコンビ佐伯孝夫と吉田正にとっては、多少毛色の異なる作品だったが、リズムのずれと転調が若い橋・吉永コンビのフレッシュさを際だたせ、大成功となった。
 おそらく、団塊の世代でこの歌を覚えていない人はほとんどいないのではないか。
 この歌を聞いたり思い出したりすると、ただ流されるように口ずさんでいた高校生の当時よりも、還暦を超えた今の方が心にしっくりくるのだから不思議なものだ。
 懐かしいと思ったり、去った若さに寂寥感を感じたりするのは一瞬でしかない。
 若人は「いつでも夢を」と言われるまでもなく夢を抱くので、歌に喚起されるのは単なる同感だが、還暦にもなると、こうした言葉が夢を保ち続けようとする気持を鼓舞してくれるからだろうか。
 プロの女優としての矜持を失わない吉永小百合が徹底した自己管理によって自分を鍛え続け、美しさを保っていることも、同世代への無言の励ましになっているのだろう。
 いずれにせよ、常在戦場を生きる行者にとって、「♪いつでも夢を いつでも夢を」は、たった今の応援歌である。

 妻はほとんど歌を唄わないが、なぜかこの曲と『寒い朝』だけは、ごくまれに口にする。
 どの面をとっても大きく異なっている私たちは、同じことを行って同じ旋律を奏でることがあまりできない。
 年に一・二度、せめて二曲くらいは一緒に唄い続けたいと願っている。

犬のおまわりさん
  作詞:佐藤 義美 作曲:大中 恩 昭和35年「チャイルドブック」掲載 昭和36年NHKテレビ「うたのえほん」でヒット

1 まいごのまいごの こねこちゃん あなたのお家(ウチ)は どこですか
  お家をきいても わからない 名まえをきいても わからない
  ニャン ニャン ニャン ニャン ニャン ニャン ニャン ニャン
  ないてばかりいる こねこちゃん 犬のおまわりさん 困ってしまって
  ワン ワン ワン ワン ワン ワン ワン ワン
2 まいごのまいごの こねこちゃん この子のお家は どこですか
  からすにきいても わからない すずめにきいても わからない
  ニャン ニャン ニャン ニャン ニャン ニャン ニャン ニャン
  ないてばかりいる こねこちゃん 犬のおまわりさん 困ってしまって
  ワン ワン ワン ワン ワン ワン ワン ワン


 自分の子どもが小さい頃もラジオやテレビから盛んに流れており、唄って聞かせた記憶がある。
 この曲が秀逸なのは、「ニャン ニャン ニャン ニャン ニャン ニャン ニャン ニャン」がいかにも収まりどころのない子猫の鳴き声を連想させ、同じリズムで呼応する「ワン ワン ワン ワン ワン ワン ワン ワン」は音程が低く、ネコに対する犬、それも小さな者に対する大きな者の表現として、実にぴったりとはまっている点である。
「ないてばかりいる こねこちゃん」のところはリズムも旋律もちょっと難しく、子どもも大人も感興がそそられる。
 時を超えて残る佳い歌には、必ずどこかに強い印象を残す部分がある。

 二人の娘が可愛くて仕方がなかったくせに、ほとんど妻任せにして構わず、仕事と遊びに没頭していた娑婆の時代を思い出す時、胸苦しい感覚に襲われる。
 苦くうっすらとした後悔の念が起こるのを禁じ得ない。
 たまに会う孫と何度か「ワン ワン ワン ワン ワン ワン ワン ワン」と唄ったが、それもやはり仕事の合間、人生のほんの一瞬でしかない。
 弁護士や作家など、現役の仲間を見ていると、お互い、決して言葉には出さないが同じ苦みを今も抱えつつ生きている「同類」に違いないと思う。
 入るモノと押し出されるモノが変わらない心太(トコロテン)と異なり、楽しい材料を入れて苦い製品が出てくることもある心とは、面白いものである。
2007
03.07

伝統の価値 ―坂東玉三郎と寺島しのぶ―

 最近、日本を代表する伝統芸術歌舞伎の世界が、庶民へ嬉しい光をもたらしました。
 坂東玉三郎の写真集と寺島しのぶの活躍です。

 坂東玉三郎の女形は、生身の女性が表現しきれない女性の価値を実にありありと感じさせる凄まじいものです。
 鬼才篠山紀信が37年間にわたって撮り続けたものの中から450点以上を厳選した写真集は世界的価値、歴史的価値があるはずです。
 草木染めの装幀や最高の桐箱を伴うまでもなく、50万円は妥当なもの(当山には高嶺の花ですが…)と言えるでしょう。

 寺島しのぶは、歌舞伎役者の娘に生まれたばかりに、跡継ぎになれる男子でないからと「いらん子」扱いされているように感じながら成長し、父の歌舞伎でなく母の映画でもない舞台の世界をめざし、超一流の域にまで達しました。
 打ち破れない壁を前にして生じた強い反発心と克己心が一人の女性を磨き上げました。
 フランス人との結婚には、そうした無意識の伏線があったのかも知れません。

 篠山紀信は、若き日の坂東玉三郎を一目見て他の役者にない雰囲気を醸し出していると感じて惹かれ、撮影を始めたそうですが、私がNHK大河ドラマ『武蔵』で亜矢を演じる寺島しのぶを初めて見た時も、主演男優を超える桁外れの存在感にこれは何者だろうと驚きました。
 並んで座っている妻へ、大発見をしたかのように「彼女は必ず有名になるよ」と言ったら、妻からすでに有名な女優だと笑われ、納得したものです。

 二人とも、女人禁制の世界があればこそ咲いた大輪の花です。
 気ままに走りがちな「自由」、崇高なものを引きずり下ろしかねない「平等」といった価値観を超えた至高の伝統を保っている日本に生まれたことを、しみじみとありがたく思います。
 文化の高さと深さを考えさせられるできごとでした。




2007
03.06

自他を幸せする『四無量心』 8 ―悲無量心とは―

1 他の苦を抜く悲無量心(ヒムリョウシン)とはどういう心でしょうか。
 それは、他の悲しみを自分の悲しみと感じる心です。
 相手の心に合わせた限りない同情です。
 ちょっと考えただけでは、なぜこれがみ仏の心なのか解らないかも知れません。
 たとえば長年、家族同様にかわいがっていたネコが死んで悲しんでいる場合、誰かが一緒に悲しんでくれたからといって、ネコの死という悲しみの原因はどうしようもないからです。

 しかし、悲しみの起こったきっかけはネコの死ですが、根本原因は自分の心にあります。
 その証拠に、家族間で悲しみの具合はそれぞれ異なっているはずです。
 娘さんは休校するほどうちひしがれても、息子さんは平気で登校し、家に帰ってからは何ごともなかったかのように遊びにでかけるかも知れません。
 毎日餌をやっていたお母さんは落ち込んで食欲もないけれど、お父さんはちょっと手を合わせただけで、いつものようにさっそうと会社へ向かうかも知れません。

 起こってしまったきっかけはどうすることもできません。時間を過去へ戻すことはできないからです。
 でも、悲しみという色に染まっている自分の心を別の色で染めることはできます。
 そのきっかけが、「誰かが悲しみを共にしてくれる」ことです。
 いたわりへの感謝や喜びや、悲しいのは自分だけではないという一種の安心感などが悲しみを薄れさせ、場合によっては、友情を深めたりもします。

2 「なぜ私だけがこんな目に遭うのだろう?」と心がどんどん暗くなる場合があります。
 何度も何度も自分の身に起こっている不幸、不運の数々を数え上げ、決して答の得られない「なぜ?」をくり返します。
 こういう時こそ悲無量心が救いになります。
 最初は「貴方が悲しんでくれても、私の深い悲しみは消えません」と頑なになるかも知れません。
 しかし、ただ言葉で「大変でしょうねえ」と言うだけでなく、自分も大きな悲しみを乗り越えた、あるいは大きな悲しみの裡にあるので、とても他人ごととは思えないという真心を誠心誠意伝える努力をすれば、やがては通じます。
 言葉が行き詰まったならば、黙ってそばにいるだけでも良いのです。
 寄り添うことによって、いのちのエネルギーを分け与えられる場合もあるものです。

3 同情心のあまり、自分がいろいろ「引き受けてしまう」方がおられます。
 こうした時は、

「君看(ミ)ずや双眼の色 語らざれば憂いなきに似たり」


を思い出してください。
 釈尊は、万人の悲しみを我が悲しみと感じておられるので、お心には次々と憂いが生じておられるはずなのに、お優しく澄んだ御眼を見る限り、そうした気配すらありません。
 それは、ご自身の心の中で悲しみを解消し、その境地を見せてお導きくださっているからです。
「お前たちの悲しみは解る。我が心にもそれは映っている」とお言葉にだされない限り、まるで憂いはかけらもないようですが、そうではないのです。

 では、どうすれば釈尊の境地に近づけるのか?
 それが修行です。
 もし、心に強さが残っている場合は、〈自分に厳しく〉しましょう。
 摩利支天(マリシテン)の法を行う穏形流居合で唱える『七言法』を読誦し、心を創るのです。

一 我、愚痴を言わず未来を語るは、人につけいられず、自他の発展を願うがゆえなり。
一 我、好むと好まざるを語らぬは、人に束縛されず、自他の発展を願うがゆえなり。
一 我、自他のものの区別をするは、人に疎んぜられず、自他の発展を願うがゆえなり。
一 我、明と闇の区別をするは、人をまどわさず、自他の発展を願うがゆえなり。
一 我、公と私の区別をするは、人の輪をこわさず、自他の発展を願うがゆえなり。
一 我、恩をきせず恩を忘れぬは、人の道を忘れず、 自他の発展を願うがゆえなり。
一 我、権利より尊さを主張するは、人は万物の長であることを忘れず、自他の発展を願うがゆえなり。


 もし、心が弱ってしまった場合は、〈優雅で和やかな心〉をめざしましょう。
 それには、徳のある人を素直に尊敬し、善行を素直に認め、できる限りにおいて善行に参加し、向上心を忘れず、人の道を学び続けることです。
 
 ここでくわしくは述べ切れませんが、こうした心がけによって立ち直りましょう。
 そして、優しさに強さを加えて、まっとうに生きて行きましょう。



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2007
03.05

清々しい墓地

 真っ暗なうちからカエルたちの饗宴が始まり、池には卵が産み付けられています。
 ウグイスの来訪も、今日明日ではないでしょうか。
 朝一番、久方ぶりに『法楽の苑』へ足を運んだ檀家さんがしみじみと言われました。
「ここへ来ると清々しい気持になります」
 寺院は聖地でなければならないと考えている者にとって、こうした言葉はもっともありがたいものです。
 なぜなら、仏法における聖地とは、み仏のご加護の明らかな場であり、仏神の法力による結界の内側だからです。
 そこに、淀んだものや、怪しげなものや、うそ寒いものなどがあってはなりません。
 日々法を結んでいれば、み仏の清めのお力が、本堂にも墓地にも清々しさをもたらすのは当然であり、おかしな気配のあろうはずはないのです。

 新たにご縁になられたお宅での四十九日までの法要後、言われました。
「夫のことを思い出して悲しかったのに、お経を聞いている間はとても気持が良かったので不思議でした」

 やはり、新たにご縁になられたご一族の納骨後、言われました。
「修法していただいている間に、手に持ったお線香がだんだん重くなって行くのが不思議でした。
 すごくありがたい気持で捧げることができました」

 み仏のご加護は確かです。
 時には癒し、時には安心させてくださいます。
 皆さんのおかげでこうした場を保って行けるのは本当にありがたいことです。
 これからも、清々しい寺院、いかにも僧侶臭くない行者でありたいと願っています。




2007
03.05

平和への道 ―戦争犠牲者をなくすために―

 Iさんと一緒の道すがら、特攻隊の話題になりました。

 Iさんは言われます。

「特攻隊員あるいは英霊を英雄視するのはどうかと思います。

 もちろん、彼らは自分の宿命を受け容れて亡くなったのだから、私たちはそうした姿勢を認めねばなりません。

 しかし、死地へ向かう彼らのいったいどれだけが勝つと信じ、勝つために自ら進んでいのちを落としたかは疑問です。

 特に、特攻隊が必要になった時期などは、国が勝つためというよりもむしろ、家族や故郷を守るため、少しでも敗戦を先へ延ばすためといった様相を呈していたのではないでしょうか。

 また、学徒動員でかり出された学生たちの多くは、苦悩し、やむなく命令に従ったのが実情でしょう。

 こうして死んでいった人々は英雄と崇め奉るべきではなく、犠牲者であったとはっきり認識すべきです。

 そうして初めて、戦争を忌避する強い決意ができるのではないでしょうか。

 彼らを英雄視する考え方は、そのまま戦争を美化する視点をもたらす危険性があります」



 こうした話題は、戦争の経過の検証に移り、どこかの時点で「開戦を避けられた」「和平の機会があった」、また「負け戦にならないやり方があった」などの議論へと発展するものですが、そうした個々の局面が問題視されると、勉強不足の私は口をつぐんでしまいます。

 確かに、同じ悲劇をくり返さぬためには、歴史を検証し、何かを学びとる必要があります。

 しかし、私たちはそこから何を学びとっているでしょうか。

 ほとんどは、勝つ方法、負けない方法ではないでしょうか。

 戦争を起こさぬ方法、それも、より、根源的な方法を学びとろうとすることは少ないのではないでしょうか。



 ところで、Iさんの口から出た犠牲者という言葉は、加害者(責任者)の存在を前提にしています。

 ならば、それは誰なのか。日本政府だったのか、日本軍だったのか、日本が戦争への道進むように罠をしかけたアメリカ政府だったのか、一部の人々が主張するように天皇陛下だったのか?

 もちろん、戦勝国が国際法を無視して行った東京裁判の正当性を信じる日本人は、ほとんどいないことでしょう。

 新たな資料がさみだれ式に発見される中で、これまでもさまざまな角度から調べられ議論されてきましたが、仏神ならぬ私たちは、できごとのすべてをなぞることはできません。

 結論は容易に得られず、戦争へ進んだ過程と戦争の全体像が明らかになるためには、まだ数十年はかかることでしょう。

 それなら加害者は特定できないのでしょうか?



 そんなことはありません。容易に可能です。

 人間を戦争へと駆り立て、戦死者という犠牲者をもたらすものは、いかなる場合も、国家的規模、あるいは民族的規模、あるいは宗団的規模に膨らんだ我欲と頑なさです。

 資源や財物を獲ようとし、人間を獲ようとし、宗教上の優位を獲ようとし、権力を獲ようとし、軋轢が発生すれば、棒を突き立てるように意志を通そうとします。

 今、世界中で起こっている戦争のうち、このパターンに当てはまらないものがありましょうか。

 加害者は、私たち一人一人の心にある我欲と頑なさであることをしっかりと見つめたいものです。

 戦争を起こさぬ根源的な方法はそれしかありません。



 こうしている間も、きっと世界のどこかで、戦争によって人間が殺されています。

 彼らは私たちと同じく、父母から生まれ、育まれ、希望を持ち、生きたいと思っている人々です。

 そして、私たちは、いつ「彼ら」になっても不思議ではないのです。半世紀以上にもわたって戦争犠牲者が一人もいない戦後日本の歴史は奇跡的なものであることを認識せねばなりません。

 自分であれ、家族であれ、友人であれ、知人であれ、あるいは日本人であれ、とにかく想像できる人間が犠牲者となることを具体的に想像してみたいものです。

 手足が吹き飛び、目が見えなくなり、助けてくれ、死にたくないと呻きつつ、呪い、悲しみ、苦しみつつ死ぬことを明らかに想像してみましょう。

(何も奇想天外なことではありません。仏法では、古来、美人が死んで骨が風に吹かれるまでの過程などを想像して、諸行無常を学んできました)

 

 そうした地獄をもたらす我欲と頑なさを人間世界からなくす最も確実な方法、それは、自分自身が煩悩に従わず、仏法に従い、我欲と頑なさを克服することです。




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