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2007
09.30

日本の歌35 ―さくらさくら―

42 さくらさくら
  日本古謡

さくら さくら
やよいの空は 見わたす限り
かすみか雲か 匂いぞ出ずる
いざやいざや 見にゆかん


 この歌は、幕末の江戸で、箏の手ほどき曲として子供向けに作曲されたものとされる。
 春の空は秋の空と違い、湿度が高く気温が低いのでぼんやりとした感じが漂っている。
 だから「月も朧に東山」となる。
 見上げる先には、霞か雲か見分けのつかぬものがあり、そこに「出ずる」「匂い」は、実際の香りというより、むしろ桜のある気配であろう。
「さあ、さあ」見に行こうかという心は、現代人と同じ花見気ではない。
 咲いたという情報を受けてさっそく席取りへ向かうというものではなく、季節の変化を感じ、智慧に裏付けられた慣習的行為へと誘われているのだろう。
 現代の花見は、誰か一人でも「もう見た」人がいて一斉に行われるのだが、この歌では、見た人はまだいないのである。
 古代人の一種敬虔な思いも隠されているのではなかろうか。
 
 昔の日本人は桜の咲き方や散り方でその年が豊年満作になるかどうかを占ったという。
 故折口信夫は、こう書いた。
 

平安朝の初めから著しくなつて来るものに、花鎮(ハナシヅメ)の祭りがある。鎮花祭は、近世の念仏踊り・念仏宗の源となり、田楽にも影響を及して居る。鎮花祭の歌詞は今も残つてゐるが、田歌であつて、かういふ語で終つて居る。
やすらへ。花や。やすらへ。花や。
 普通は「やすらひ花や」としてゐる。「やすらへ」は「やすらふ」の命令法であつて、ぐづぐづする事である。ぐづぐづして、一寸待つて居てくれと言ふ意味である。だから、此鎮花祭を「やすらひ祭り」と言ふのである。


 桜が山いっぱいに咲いてなかなか散らなければ吉兆だったのだろう。
 反対に、咲いた思う間もなく散ってしまったという状態は凶兆だったのだろう。
 霞や雲に映える花の気配に誘われ、期待と不安とがないまぜになった思いを抱きながら吉凶を確かめようとでかけたに違いない。
 この歌における「いざやいざや」は単純に奮い立ち、勇む様子だけではないと考える。
 こうした背景があればこそ、短い歌が大切に唄い継がれて来たのだろう。

 さて、昭和16年に『うたのほん(下巻)』へ新たな歌詞が掲載されて以来、だんだんと古い歌詞は主役の座から追われた。

さくら さくら
野山も里も 見わたす限り
かすみか雲か 朝日ににおう
さくらさくら 花ざかり


「朝日におほふ」は、本居宣長の「敷島の大和心を人とはば朝日に匂う山桜花」によるもので、山桜が朝日を浴びながら美しく散りゆく潔さをもって、軍人の姿勢、あるいは国へいのちを捧げる者の心を美化しようとしたという説がある。
 たとえそうであってもなくても、古い歌詞と新しい歌詞とでは、月とスッポンほどレベルが違う。
 古い歌詞が持つ、古人の思いすら彷彿させる深みと完成度の高さは圧倒的だが、新しい歌が持つ、つぎはぎだらけといった言葉の流れと「花ざかり」で締めくくる感覚にはガッカリさせられる。
 それは、最後の部分を「月よ月よ 満月よ」と言い換えてみればすぐ解る。
 古い歌詞なら「『君が代』ではなく『さくらさくら』を国歌にせよ」という論にも一理あると思えるが、新しい歌詞では恥ずかしい。
 今の教科書はほとんどが新しい歌詞だという。
 やはり、霊性は濁ってきたのだろうか。
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2007
09.29

他人とうまく接することのできない貴方へ ② ―愚―

『法句経』に「愚暗品(グアンボン)第十三」という恐ろしい一章があります。

 冒頭に

愚暗品とは、曚(モウ)を開くを将以(モッ)ての故に、其(ソノ)態を陳(ノ)べ、闚明(キミョウ)ならしめんと欲す


この一章では、愚かさを悟らせ解脱させようとするがゆえに、愚かしい実態を調べ明確にしようとするものである)
とあります。

1 寐(イねずんば夜は長く、疲倦(ヒケン)せば道(ドウ)長く、愚には生死(ショウジ)長し、正法を知ること莫(な)ければなり。


(眠れない夜はとても長く感じられ、疲れた身には、先の道のりが遙かに遠く感じられる。同じように、愚か者は、こうした苦の人生が一体いつまで続くのかと嫌になり愚痴をこぼす。それは、正しい教えを知らないからである)

3 愚人(グニン)は数に著(ジャク)し、憂慼(ウシャク)すること久長(クチョウ)なり、愚と居(オ)るは苦なり、我に於(オ)いて猶(ナオ)怨(ウラミ)あるがごとし。


(愚か者と仲間になれば憂いは長く続く。愚か者と共に行動し、住むのは辛く、まるで自分を敵とするような苦しみが伴う)

釈尊が「出家せよ。人生の大事を見つめ、修行せよ。いつまで苦の中にいるのか」と説かれた意味がよくよく解ります。
「愚と居るは苦なり」とは、決して娑婆から逃れず、苦闘しながらでも菩薩の道を生きようとする行者にとっては、血を吐くような言葉です。
 子供の頃、胸を患って血を吐いた時の「どうしようもなさ」を思い出します。
 苦の巷でいかなる愚か者をもお救いくださるお地蔵様や観音様の尊い気配がどこから来るのか、地獄にありながら地獄を超えた存在はいかに尊いものか、地獄を超えていながら地獄を離れない菩薩はいかなる不動心と勇猛心を持つのか――、ステージを一歩登る困難を実感させられます。
 奮い立たせられます。

 たとえば、指導に従わず「授業の邪魔だけはしないように」と諭した先生へ、「先生は私を邪魔者だと言うんですか!」と逆上する子供を前にしたならどうでしょうか。
 そして、愚かな親が「学校では、ウチの子を邪魔者扱いします!」と教育委員会へ駆け込んだらどうでしょうか。
 また、上司の指示が気に入らないからと反抗し続ける部下へ「君はこのままでは社員として失格者になってしまうよ」と警告し、「えっ、私は失格者なんですか!人生の失格者だと言うんですか!」と逆上された場合、どうでしょうか。
 人生は、こうした愚かしい場面に満ち満ちています。
 
 愚かな人間と深い人間関係を持ち続けるのは、自分の中に敵を住ませるような辛さや苦しみが伴い、人生を浪費させられるるようなやりきれなさに襲われます。
 しかし、菩薩道を歩もうとするならば、真の仏道行者であらんとするならば、決して逃げてはなりません。
 修行は、己の愚かさを脱するためのものであり、同時に、やりきれなさに潰されないで生きる力を与えてくれるものでもあります。
 修行なくして「我に於いて猶怨あるがごとし」を克服できるとは考えられません。
「菩薩は修行し続ける存在である」とは、こうした意味であろうと確信しています。
2007
09.28

日本の歌34 ―さくら貝の歌―

41 さくら貝の歌
 作詞:土屋 花情 作曲:八洲 秀章 昭和24年 辻輝子が『NHKラジオ歌謡』で唄いヒット

1 うるわしき 桜貝ひとつ
  去りゆける 君に捧げむ
  この貝は 去年(コゾ)の浜辺に
  われひとり 拾いし貝よ

2 ほのぼのと うす紅 染むるは
  わが燃ゆる さみし血潮(チシオ)よ
  はろばろと かようかおりは
  君恋うる 胸のさざなみ

  ああなれど わが思いは儚なく
  うつし世の渚に 果てぬ



 転落事故きより17歳で障害者となった鈴木義光が作曲家を目指し東京にいた昭和13年、故郷北海道在住の横山八重子と夢で逢った。
 それまで思いを打ち明けたことのない片思いの相手である。
 死を予感して帰郷した彼は、夢枕に立ったのが死亡時刻だったことを知り、本名から「八」を、戒名誓願院釈秀満大姉から「秀」を借り、それ以来、八洲秀章と名乗った。
 鈴木義光22歳、横山八重子18歳だった。
 そして、厨子海岸で眼にした桜貝に心を奪われ、一句を詠んだ。
「わが恋の如くかなしやさくら貝かたひらのみの寂しくありて」
 
 翌昭和14年、作詞家土屋花情へ句を素にした詩を依頼したところ、土屋花情は自分の失恋体験をだぶらせて「さくら貝の歌」を創った。
 もちろん八洲秀章が作曲してこの名曲はできあがったが、時あたかも軍国主義まっさかりの時代であり、しばらく置かれてしまう。

 やがて敗戦となり、昭和24年7月、ラジオから流れたこの歌は大ヒットとなった。
 昭和15年に「高原の旅愁」が伊藤久男の歌で大ヒットしすでに人気作曲家となっていた八洲秀章は、その後も「あざみの歌」や「マリモの歌」などを発表し、生涯で3000曲以上を作曲したといわれている。

 さて、岡本敦郎も唄ったそうだが、昭和21年生まれの私には、昭和44年から聞くことになる倍賞千恵子の歌声が鮮烈な印象として残っている。
 5歳年上の彼女の歌には悲恋の悲しみよりも恋情の熱さが感じられ、世間ではその清楚を喜んでいたようだが、私はかなり異なった聴き方をしていた。
 彼女の「わが思いは儚なく」には、過去にあった恋情の涙を伴う思い出ではなく、今の思いに身を焼かれている心の悶えが色濃く表現されていると感じていた。
 しかし、おそらく二分音符、二分音符、全音符になっているだろう「果てぬ」の単調な旋律は、水平線の彼方へ消えて行った過去へと誘い、澄んだ歌声は南海の果てで待つ観音菩薩の補陀落浄土(フダラクジョウド)へも届くと思われた。
 
「片思い」が死語になっているかどうかは知らない。
「忍ぶ恋」が生んだ傑作に、何度でも何度でも決して慣れることなく、変わることなく心を打たれるばかりである。
2007
09.26

第四十八話 ―死と共に生きる菩薩―

現代の偉人伝~隣にいる英雄たち~とは

アレキサンダー大王、

ジンギスカン、ナポレオン、織田信長・・・戦争が生んだ、偉人とされる人々・・・。それよりも、自らを他人のために投げ打って、人や命を助けた人々の生き様こそ、学ぶべきではないでしょうか? あなたの身近にいる偉人を紹介してください!当山では、身近な人々の善行に関する情報を集めています。

>詳しくはこちらをご覧ください。



                                
 仙台市在住のAさんが、久方ぶりに、ひょっこりと訪ねて来られた。
 Aさんは、10年前、長くてあと3か月のいのちですよと宣告を受けながら飄々として生き、現在も病人とは思えない覇気を秘めておられる奇跡の人である。
 福祉関係の会社を始めたという。
 ご体調、70歳を超えた年齢、またしても驚かされた。

 い死んでもおかしくない自分が生かされているのは、やるべきことがあるからだと気づき、恩返しのつもりで福祉に関する理論と法律を一から学び、ついに独力で会社を作るに至った。
 始めた時は13人のスタッフだったが、わずか1か月で27人になり、今もはたらきたいと駆けつける人が絶えないし、仕事もあり、嬉しい悲鳴ですと笑われる。

 終末医療に関わることも多く、心構えだけはしっかり話してから現場へと肩を押す。
「縁の方のために自分で考えられる限りのことを考え、できる限りのことをしなさい。お互い、生かされているいのちです」

 奇跡の人は、奇跡を起こす。
 あと3日でしょうと言われ、誰とも口をききたくなくなったBさんが大病院から末期医療の施設へ移され、担当者を派遣した。
 Bさんはもちろん寝たきり、点滴のみでいのちをつないでいる。
 ところが、最初は担当者に近づかれるのも嫌がっていたのに話を始め、やがて食事を摂るようになった。
 医学的には考えられない事態だという。
 化粧品関係の仕事をしていたBさんは、担当者へ「こうするのよ」と化粧法を教えるまでに回復した。
 Aさんは、「彼女はいつ退院したって良いんじゃないかと思えるほど元気になりました。本当に人のいのちって解らないですねえ」と笑う。
 きっと、Aさんの持つ「どこかで〈永遠なるもの〉とつながっているいのちの力」が乗り移ったのだろう。
 
 かつて死の淵を覗き、いつも死と隣り合わせで生きているAさんの笑顔は、今までで最高の光を放っておられた。
 菩薩である。
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2007
09.25

守本尊道場造営計画日記 ―2―

 一昨日9月23日は秋分、お彼岸の中日でした。
 雨は夏の名残の暑さを吹き払って秋の気配を濃くし、「法楽の苑」では子どもたちが虫と遊んでいます。
 お盆を迎えるために入念に行われた草刈にもかかわらず、この日を待っていたかのように彼岸花が咲きました。

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 さて、Kさんから手作りの額を奉納していただきました。
破邪顕正」です。
 これはれっきとした仏教用語で、空を説く『三論玄義(サンロンゲンギ)』を出典とし、邪なものをうち破り、正しきものを明らかにするという意味です。
 Kさんは、額を作っていたところに『法楽』9月号が届き、開いてみたら「不動明王の剣は破邪顕正を行う」とあったので、やはりご縁だなあと思われたそうです。

s-nettohajakennsei.jpg


 私もご縁だなあ思ったのは、虚空蔵菩薩様のお智慧がいかなるものであるかについて、ある実感をいただいていたからです。
 それは、仏法で説く正しさは、娑婆の頭で考える道理にもとづくものではないということです。
 最近では、「道理の魔」という言葉すらチラチラします。

 私たちは、普段、無意識の裡に自分の尺度となった道理を用いて、正しいものと邪なものとを区別しています。
 特に、正義感の強い方は(自分の)道理に合っていると思う考え方や判断を強く主張し、それに反する、あるいは合わないものを激しく攻撃します。
 それは、一面では、客観性というお墨付きへの確信に基づくものであり、一面では、自分を通したいという我欲によります。

 道理には深浅があり、深いところへ到達したものは万人に通ずるので対立を招きませんが、浅いところで止まっているものは千人千様なので争いを招く場合があります。
 当山は、以前、「真理道理原理」という一文においてこう書きました。
 

 人は誰でも生れた瞬間から〈死へ向かって歩んでいる〉のであり、他の〈おかげ〉無くして生きている人はいません。
 その「真理」を観て「道理」を導き出すのが「智慧」、無常と縁とを認識しながら道理に従って生きる者同士が思いやりで支え合うところに「慈悲」があります。
 等しく死へ向かいつつかけがえのない今を生きている者としてお互いを尊び、他へ感謝し、縁の相手へ思いやりをかける行為が善行であり、他を踏みつけても己の意志のみを通そうとする傲慢な行為が悪行です。



 こうした仏法のレベルの真理から導き出される道理であれば対立を招きませんが、たとえば、慣習や世代感覚の違いによってお互いの持つ道理が同じではないことに耐えられないと、嫁姑の対立が生まれたりします。
 あるいは、強い我(ガ)による浅い道理の主張は自他を傷つけ、不快をまき散らしますが、本人は周囲が悪いと思っていたりします。
 もちろん、心の病気による場合もあり、道理という衣をまとった我(ガ)のぶつかり合いになれば、お互いが不幸になるばかりです。

 こうした「道理の魔」に負けないためにはどうしたら良いか。
 それが虚空蔵菩薩様の「是所非所智力(ゼショヒショチリキ)」ではないかと気づきました。
「仏説十力経」に、この智慧が説かれています。

 是所において如実に是所たることを知り、非所において如実に非所たることを知る。



 真理に基づく道理に合っているものについては、そのままに「正と知り」、真理に基づく道理に合っていないものについても、そのままに「邪と知る」ということでありましょう。
 問題はその結果です。
 
 そのままありのままに知った虚空蔵菩薩様は、端然としておられます。
 一見、迷いを超越した風情ですが、それは、決して向こう側へ行ってしまわれた方のものではありません。
 もちろん、邪なものを邪慳に払いのける険しい眼差しもありません。
「非所」を観てそれを悲しみ、それを憐れみ、それに耐え、それを解こうという強い決意を内に秘めておられます。
 邪なものをうち破り、正しきものを明らかにしないではいられないけれども、それは邪なものを持った人を剣で切ってしまうわけではなく、そういう人そのままに慈悲の手で救いとり、心を傷つけずに邪なもののみを切り払おうとしておられるのです。

 邪なものを、そうと知った上で受け止めれば、必ず自分へ負担がかかります。
 しかし、虚空蔵菩薩様は、端然としてそれを行っておられます!
 何というお慈悲の深さ、不動心の強さでしょうか。
 このことを知っただけでも、行に入った甲斐があったと思われてなりません。
破邪顕正」の額を前にし、密かに感涙がこぼれたお彼岸でした。

守本尊様のご供養申込数累計
 12体
○唱えた真言の回数累計
 81,000回
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2007
09.24

第四十七話 ―予知夢を見た少年―

現代の偉人伝~隣にいる英雄たち~とは

アレキサンダー大王、

ジンギスカン、ナポレオン、織田信長・・・戦争が生んだ、偉人とされる人々・・・。それよりも、自らを他人のために投げ打って、人や命を助けた人々の生き様こそ、学ぶべきではないでしょうか? あなたの身近にいる偉人を紹介してください!当山では、身近な人々の善行に関する情報を集めています。

>詳しくはこちらをご覧ください。



                                
 仙台市在住のSさんが、お彼岸を期して、徒歩によるご参詣を行った。
 4時間の行である。
 当山は立派な本堂もなく貧しい寺院だが、まれに、徒歩や自転車でご参詣される方がある。
 ありがたいお励ましと言うしかない。
 疾うに還暦を超えたSさんは、汗を拭き、おいしそうにおにぎりを食べながら、驚くべきお話をされた。
 
 Sさん宅へお盆供養にお伺いしたおりのことである。
 ことのほか暑い日、お経を唱えるそばで、お孫さんT君が気持ちよさそうに眠った。
 修法が終わり、私が辞去した後で、T君は、お祖父さんとお祖母さんへ夢の内容を語ったという。
「お坊さんが海水パンツをはいて泳いでいたよ」
 お二人は、何を寝ぼけているんだろうねと笑って相手にしなかった。
 しかし、作り話にしてはあまりに途方もないことだし、これは一体何なのだろうかという疑問が残った。

 その後、お二人は、届いた『法楽』9月号を読んでびっくりした。
「現代の偉人伝」に、私がプールへ入ったことが記されていたからである。

 それで、Sさんは、真顔になって訊ねた。
「住職がプールへ行ったのはいつですか?」
 調べたところ、Sさん宅で修法した9日後だった。
 秘伝によれば、9日後は「成る」日である。
 T君の夢は、予知夢(ヨチム…できごとをあらかじめ知る夢)に違いない。
 結界を張った法の場で、T君は異次元の夢を見たのである。
 私は、S家の方々へ、T君についてかねがねお話していた。
「ことのほか鋭いものを持ったお子さんだから、何であれ、一流のものに接する機会をつくってあげてください」
 
 5歳とは思えぬ凄まじい感応力である。
 さすがは、「これから『法楽の苑』へ行き、草取り奉仕をさせていただいてから帰ります」というSさんのお孫さんである。
 将来いかなる境遇に生きても、こうした類い希なる力が菩薩として発揮できる人になるよう、祈り続けたい。
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2007
09.23

彼岸 ―無財の七施―

 今日はお彼岸の中日です。
 み仏に成ることをお誓いしましょう。
 もちろん、み仏とは言っても、如来様にはなれません。
 菩薩(ボサツ)様になるのです。

 菩薩様とは「見捨ててはおけない」心の持ち主であり、「できるかぎりの布施をしないではいられない」存在です。
 菩薩様は、いつもこんな布施をもって私たちを見守り、お救いくださっています。

 たとえば、観音経にあるように、慈悲のある眼であらゆるものを視る眼施(ガンセ)」です。眼をかけないではいられない心に発します。

 和やかで穏やかな表情や、未来へ向かう心を写す表情で相手に接する和顔悦色施(ワゲンエチジキセ)」です。お線香の佳い香りのようなものがいつも漂う心に発します。

 思いやりのある言葉を口にする愛語施(アイゴセ)」です。相手の気持を慮(オモンバカ)る心に発します。

 手を差しのべずにはいられない「身施(シンセ)」です。相手の奮闘を前にして、自分も何かをせずにはいられない心に発します。

 相手の苦を自分のことと感じて何とか解決しようとし、何とかして楽になってもらいたいと心配りをする心施(シンセ)」です。
 儀礼や慣習や損得や恩の貸し借りといったレベルを超えたところで他人と接する真心に発します。

 立っている人を座らせてあげないではいられない「牀座施(ショウザセ)」です。弱者への思いやりに発します。

 雨風をしのがせてあげないではいられない「房舎施(ボウシャセ)」です。
 昔は寺院がこうした役割を担っていましたが、世知辛い世の中になり、各種の被害が相次いだことから現代では不可能になっています。
 せめて笠を貸す、あるいは、ホームレスの方へ施す心は忘れないようにしたいものです。

 これは誰にでもできそうですね。
 この「無財の七施」を行えば、誰でも菩薩様です。
 菩薩様に成り切ってしまうことはなかなか困難でも、菩薩体験は人生を善き方向へと導く力になります。
 お互いに菩薩様をめざしましょう。
 そして、自らの(ゴウ)を清め、社会のを清めましょう。
2007
09.20

父親殺人事件と苦受について

 京都府京田辺市で警察官(45)が次女(16)に殺害された事件は、ブログの『楽と苦』において「苦受」に関する例としたものと同じパターンでした。

 父親の生き方と、それを許して日常生活を続けている家族の現状に我慢できない多感な少女は、嫌いで憎い相手の存在を消す以外、現状を打破し自分の憎しみを解消する方法を見つけられなかったのでしょう。
 憎悪・嫌悪という苦受は凶暴な怒りを呼び、人を地獄まで引きずって行くとも言えます。
 
 友人の誰かが、
「そんなお父さんだって、あと15年もすれば定年退職だし、いつまでも好き勝手をしてはいられないはずだよ。君もあと数年で、家を出て自由に暮らすことだってできるんだよ。家庭内暴力があまり酷いようなら、先生や警察へ相談してみなさいよ。何なら一緒に行ってあげても良いよ。それに、お父さんの女性関係は、基本的に夫婦間の問題だから、お母さんに任せておいてみたら?」
といった話を入り口にして、〈時が経てばすべては変化する〉〈時が経てば自分も変わる〉という視点を持たせることができなかったのかなあと思います。

 若さは往々にして性急さとして表れます。
 思い詰めるのはそのためです。ここでやらなきゃどうにもならないと思ってしまいます。
 無常は時間に伴って現れますが、歳を重ねてすら、無常の理がきちんと腑に落ちていない人が多く見受けられ、若いうちは、なかなか気づきません。
 やはり、学ぶ機会は必要なのです。
 
 寺子屋では、さまざまなものの観察などを通じて、こうした真理を感じとる体験をさせたいと考えています。
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2007
09.19

楽と苦

 私たちの毎日は「苦楽は糾(アザナ)える縄のごとし」、「楽あれば苦あり」で過ぎ行きます。
 一喜一憂、楽しみがあるかと思えばストレスに悩まされつつ生き、やがて死を迎えます。
 いずれにしても「ままならない」ものであり、それを釈尊は「苦なり」と説かれました。
 
 釈尊は、まず、自らのありようを正確に知り、正しい方法をもって「苦を脱せよ」と説かれました。
 うまくやろうとする小賢しい浅知恵ではなく根本を見すえる智慧と、真の思いやりによって、自他共に「苦を抜き、楽を与え合う」浄土をめざそうと説かれました。

 さて、見る聞くといった私たちの感受作用には、「楽受(ラクジュ…快の感覚)」と「苦受(クジュ…不快の感覚)」と「不楽不苦受(フラクフクジュ…快でも不快でもない感覚)」の3種類があり、放っておけば、いつかは耐え難い苦を招きます。
 すべては移ろうものであるのに、この無常の理を深く心に刻んでいない人は、必ず詮無き「とらわれ心」を起こすからです。

「楽受」の典型は恋愛です。
 自分が相手を好きでいるだけでは満足できず、相手にも同じような姿勢を求めます。
 それは「もっと、もっと」となり、たとえこの上ない幸福感や満足感を得ても、次はそれが欠けることを恐れ、相手の感情に変化が生じると我慢できなくなります。
 これが、三毒の一つ「貪(トン)」すなわち貪りです。
 無常の理を知らぬ楽は、貪りを引き起こし、大きな苦となります。

「苦受」の典型は怨敵の出現です。
 誰かを気に入らず不快の念がある場合、相手の存在が苛立たしくなります。
 不快は、自分の心から発し、自分の心の中にしかないのに、相手がいるせいだと思い、だんだんに我慢できなくなります。
 これが、三毒の一つ「瞋(シン)」すなわち怒りです。
 無常の理を知らぬ苦は、怒りを引き起こし、大きな苦となります。

「不楽不苦受」は、「楽受」や「苦受」が起こっていないだけのことであり、智慧がないかぎり、必ず「楽受」や「苦受」を招きます。

 もしも愛する相手ができたならば、お互いが無常の存在であることをよく認識し、「つかの間の真実であればこそ」の思いで相手を大切にすれば、「貪」に陥らずに済みましょう。
 もしも憎む相手ができたならば、お互いが無常の存在であることをよく認識し、「つかの間の齟齬でしかない」の思いで相手に接すれば、「瞋」に陥らずに済みましょう。
「貪」と「瞋」を克服するには、「痴(チ…真理を知らぬ愚かさ)」の無明を脱する必要があり、無明を脱した先には「苦を抜き、楽を与え合う」浄土が待っています。
 浄土とは、貪・瞋・痴の三毒がない世界です。
 ぜひ、創り、住みたいものです。
2007
09.18

小さきもの 5

小さきもの 6 龍のヒゲ

百万返堂」への参道に並ぶお地蔵様の足元を、龍のヒゲでお守りすることにしました。
 雪に埋もれてしまいそうな小さなお地蔵様なので、コンクリートの台へお乗せしたのですが、周囲が砂利ではなあと思ったからです。
 庭師のKさんは、「龍のヒゲは生命力が盛んだから、すぐに周囲を埋めてしまうでしょう」と言われます。
 ポットから小分けにして植えてみました。
 暑さであっという間に伸び、秋雨に、澄んだ緑色を見せています。
 お地蔵様のそばにしゃがんで空を見上げると、一匹の赤とんぼが舞っていました。

s-nettoryuunohige.jpg


2007
09.17

理想的な社会

 苦は一人一人の心が直接生み出すだけでなく、社会によっても、もたらされます。
 社会が作る悪しき業(ゴウ)は強力で、なかなか個人の力では抗し得ない場合があります。
 たとえば地球温暖化による海面の上昇や、中国の砂漠化による黄砂の飛来などを前にすれば、一人の個人の力などは無に近いものでしかありません。
 国家社会を、あるいは国際社会を動かさねば、たくさんの人間が作り出す大きな共業(グウゴウ)には対抗できません。

 その反対に、社会が善き業を作るようであれば、個人個人は幸せな環境で生きられます。
 お大師様は、政治を司る人が理想的な人格者となれば、その国土はすばらしいものになると説かれました。
 善き業を作る社会になるよう導くのが、賢明な指導者です。
 ちなみに、お大師様によれば、真の王と称されるような指導者によってもたらされる国はこうなります。
 

いろいろな宝ものや感動的なできごとのある所、善行が行われ福徳の集まる所、人々が親族のごとく交わる所、苦悩を背負った人が居場所を見つけられる所、帰られる場所のない人が帰られる所、家のない人が住み家を見つけられる所、恐ろしい思いをしている人はそれが取り除かれる所。


 言い換えれば、人が活き活きと生きられる活力ある社会、隣人を信じられる安心な社会、あらゆる人々が見捨てられず、不安や怖れを克服できる思いやりにあふれた社会、ということになりましょうか。
 まさにこの世の極楽です。
 
 今、自民党総裁選のまっただ中です。
「何が消滅させるべき悪しき業なのか、いかなる善き業を作って行くべきなのか」がしっかり示される選挙であって欲しいものです。
 
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2007
09.16

み仏の土俵

 本当の優しさに生きるためには、〈信じる〉〈認める〉〈教える〉〈与える〉〈守る〉という5つの徳が円満に成就されねばなりませんが、いずれもなかなか難しいものです。

 たとえば、自分へ優しくしてくれる人を信じたり、好きな歌を唄う人を認めたり、仲の良い人へ特ダネ情報を教えたりすることは簡単ですが、辛く当たる人を信じたり、道理に反することを主張する人を認めたり、仲の悪い人へ教えたりすることは容易ではありません。
 それは、この徳は「み仏の徳」であり、好き嫌いや喜怒哀楽といったものに流されながら実践できるものではないからです。
 しかし、これを実践できない限り、私たちは苦から逃れられません。

 もしも同僚が些細な問題について理不尽なことを主張したとしましょう。
 もちろんそのまま認められるものではなく、反論します。
 でも、「もう聞きたくないよ」と言われたらどうしましょうか。
 正義感だけでさらに追い打ちをかければ、「旅人のマントを引きはがそうとする北風」と同じ失敗をするだけです。
 何という人だろうかと見捨てれば、「人でなし」になります。
 み仏ならば、きっと「聞きたくない」という言葉を吐かないではいられない気持をおもんばかり、黙って、そっと微笑むのではないでしょうか。旅人を相手にする「北風」ではなく「太陽」です。

 好き嫌いや喜怒哀楽は相手にも自分にもあり、それぞれ異なった反応の仕方や表現の仕方があります。
 人はそれぞれです。また、こうした感情のうねりは人生に彩りを与え、結晶すれば芸術にもなり得ます。
 しかし、如何せん、このレベルに止まっていては、永遠に〈苦の囚われ人〉でしかありません。

「もう聞きたくない」と口にする同僚から発せられる感情という土俵に乗り、一緒に「何おっ!」となってはそれまでです。
 相手の土俵そのものを静かに観る視点を持てば、やがては太陽になれることでしょう。
 それは、み仏の土俵に乗ることです。
 経典を読誦するのも、瞑想をするのも、〈み仏の土俵〉を希うからに他なりません。
 相手にもみ仏の土俵に乗ってもらえれば最高ですが、まず、自分がいつでもポンと乗れる人にならねばなりません。
 自他の苦を克服するため、精進しましょう。
2007
09.13

日本の歌 33 ―こんにちは赤ちゃん―

40 こんにちは赤ちゃん 
  作詞:永六輔 作曲:中村八大 昭和38年 梓みちよでヒット

1 こんにちは 赤ちゃん あなたの笑顔
  こんにちは 赤ちゃん あなたの泣き声
  その小さな手 つぶらな瞳
  初めまして 私がママよ

2 こんにちは 赤ちゃん あなたの命
  こんにちは 赤ちゃん あなたの未来に
  この幸せが パパの望みよ
  初めまして 私がママよ

  二人だけの 愛のしるし
  すこやかに美しく 育てと祈る

3 こんにちは 赤ちゃん お願いがあるの
  こんにちは 赤ちゃん ときどきはパパと
  ホラ 二人だけの 静かな夜を
  作って欲しいの お休みなさい
  
  お願い赤ちゃん
  お休み赤ちゃん 私がママよ


 我が子の誕生に立ち会った中村八大は、ガラス越しに頭を下げて「はじめまして」と挨拶したという。
 一緒にいた同志永六輔はその様子にうたれ、この歌が生まれた。
 こんな成り行きで、そもそもは父親の心を表現したものである。
 だから、「私がママよ」と歌詞を変えて女性の梓みちよが唄ったけれども、女性の実感としては胎内にある時から我が子なので、「初めまして」というのはおかしいという議論があった。
 
 しかし、「初めまして」には新たな生命の誕生を前にした〝うわあっ〟という感動があり、そうした面では、父親・母親と目くじらを立てるほどのこともなかろう。
 また、よく考えると、この言葉には、独立し単独で耀いている生命体への畏敬の念も感じられる。「初めまして」は、対等の関係を前提としているからである。

 親と子は別個の生命体だが、情という糸でつながっている。
 だから、親は時として自らのいのちを危険にさらしても自然に我が子を育て、育てられた子が親になれば、同じように我が子を育てる。
 肉体は別ではあっても、情は切り離せない。
「こんにちは」「はじめまして」と二つの存在にはなっても、「私がママよ」と眼で見、心で抱擁し、そして実際に抱擁することによって一体感が生まれ、絆が確認される。
 子は一体感という安心の中で憩うことによって情操の核を創りつつ成長できる。
 この歌はふんわりとした優しさがあるだけでなく、こうした真実を孕むさりげない気高さもまとっている。
 名曲とされるには、やはり、理由がある。
2007
09.12

十三仏様のご加護12 ―虚空蔵菩薩―

13 虚空蔵菩薩様のご加護

 寛喜2年の夏、洛陽でのできごとである。

 父母が早く世を去ったために、辛酸を舐めながら日々を送る一人の貧しい女性がいた。
 経典に「今の生きざまを観て過去の因縁を知れ」とあり、きっと過去世の慳貪によって今世の貧困と無福がもたらされたのだろうと考え、虚空蔵菩薩におすがりしながら罪障消滅を祈っている。

 母の年忌供養に当たる年になったが、み仏へ供養する何ものも用意できない。
〝父母からもらったこの身は重宝せねばならない。しかし、親のためには惜しむべきほどのこともない〟と考え、身を売って菩提寺へ弔料を納めた。
 同じ町内に豊前前司(ブゼンゼンシ)という財福に恵まれた男がいた。
 ある夜の夢に、かねて信仰している虚空蔵菩薩が現れ、告げた。
「親のために身を売って供養した貧女の孝行心はまことに見上げたものである。汝は彼女の受けた対価を払い、自由の身にせよ」
 虚空蔵菩薩のご指示であればと、豊前前司は彼女を救った。

 その昔、唐の薫水(キンスイ)は老父に孝養を尽くしていたが、亡くなった時に葬式ができず、身を売って送ろうと買い手の家へ向かっていた。
 途中、一人の美女に出会った。
 彼女は、妻になりたいと申し出、同行を求める。
 しかたなく二人で出向いたところ、主人は、三百疋の織物を仕上げれば自由にしてやろうと言う。
 彼女はたちまちの裡に織り上げ、二人は幸せになったという。
 
 薫水の孝行心は神を動かし、貧女の孝行心は虚空蔵菩薩を動かした。
 仏神を崇敬し、人の道をまっとうしようとする者は、必ず救われるのである。


 これで、十三仏様のご加護の話を終わります。
 十三話に共通なのは、「信仰感応をもたらす」ということです。
 感応とは、見えないはずのものが見えたり、聞こえるはずのないものが聞こえるといった、いわゆる霊感レベルのできごとではありません。
 真摯な祈りや清らかな行いは、当人がそれとは気づかぬ間に、心の奥底にある仏心を覆う穢れを取り除き、いつか肝心な時にその霊光が人を動かし、天地を動かし、運命を転化させるのです。
 真摯な祈りや清らかな行いを可能にするもの、その導き手こそがみ仏です。
 信じる時はすでに救いの中にあり、奇瑞と思われるできごとはその結晶、あるいは証(アカシ)です。
 証が人知を遙かに超えている真実は、こう説かれています。
如来の精妙なお身体は世間のいかなるものとも比較できない。如来のお身体が無限のものであるということ、それを〈真実世界は常に在る〉という」
 
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2007
09.11

真言―真実語の力

 求聞持法の真言が5万返を超えました。早いものです。
 さて、大学を退学し人生の真実を求める旅に出たお大師様は、日本人として初めての戯曲『三教指帰(サンゴウシイキ)』を書かれました。
 ここに、取り組んだ虚空蔵求聞持法についての記述があります。

 

阿国大滝嶽(タイリュウダケ)に登りよじ、土州室戸岬に観念す
谷響きを惜しまず 明星来影(ライエイ)す


 (阿波の石鎚山大滝ヶ嶽へよじ登り、土佐の室戸岬で観法を行った
 谷は真言に応じて響き、満願の日は、明けの明星がその光で成満を告げた)

 後世、密教の僧侶や信者は、明けの明星が真言を唱え続けるお大師様の口に飛び込んだことに感嘆し、歴史家たちは伝説だと言うばかりですが、行者として「響き」について気づいたことがあります。

 行者の口から出る真言がご本尊様である虚空蔵菩薩様の足元から入り、虚空蔵菩薩様の胸にある満月に金色の文字として現れ、それが行者の頭上に降りそそぐという行を何度も繰り返しているうちに、行者の口から出る瞬間に虚空蔵菩薩様の満月から流れ出ることが解りました。
 響き合うのです。
 行者の穢れをまとった真言は、み仏の心にある清浄な鏡へ映った瞬間、穢れを離れた悟りの言葉そのものとして行者へ照り返します。
 菩薩でありたいと願う行者の唱える真言は、悟りの世界の言葉であるがゆえに、み仏の言葉たり得るのでしょう。

 壇から降りてありがたくなりました。
 菩薩でありたいと願うならば、み仏の言葉を用いること、そして、それはご本尊様を前にした時のみ金色の言葉として返ってくるだけでなく、人みな仏性がある以上、どなたを前にしても同じであり得るのではないか―――。
 もしも、我が言葉に対して穢れた言葉が返ってくるならば、それは、我が言葉が仏性から出ていないか、もしくは相手の仏性へ通じるだけの力を持っていないからではないか―――。
 そして、真実世界に住み信念を持って吐く言葉であれば、返ってくるものは皆、み仏の言葉であると解るはずではないか。この世は大日如来の徳に満ちているのだから―――。

『徒然草』に有名な一段があります。
 

 清浄な満月となる修行や、満月に顕れる阿字となる修行に勤しんでいた明恵(ミョウエ)上人が歩いていて、川で馬の足を洗っている男に出会いました。
 男は「足、足」と馬へ声をかけています。
 それを聞いた上人は立ち止まりました。
〝何と尊いことか。阿字、阿字と言っているではないか〟
 そして、どなたの馬であるかを訊ねました。
 男「府生(フショウ)殿のお馬です」と答えると、上人はさらに感激し、「阿字本不生(アジホンプショウ)ではないか、何と嬉しい機縁であることよ」と言い、ハラハラと落涙されました。



 阿字本不生とは、「宇宙万物の根源は阿の一文字で表現され、それは誰かが創ったものではなく、何かから生まれたものでもなく、無始の過去より無窮の未来へと続くみ仏の真実世界である」という真理を表す言葉です。
 真理の探究一筋に生きる上人にとっては、あらゆるものが〈真実世界〉として立ち現れていたのでしょう。

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2007
09.10

日本の歌 32 ―この道―

39 この道
  作詞:北原白秋 作曲:山田耕筰作 昭和2年『童謡百曲集』第3集に発表 


1 この道はいつか来た道
  ああ そうだよ
  あかしやの花が咲いてる

2 あの丘はいつか見た丘
  ああ そうだよ
  ほら 白い時計台だよ

3 この道はいつか来た道
  ああ そうだよ
  お母さまと馬車で行ったよ

4 あの雲もいつか見た雲
  ああ そうだよ
  山査子(サンザシ)の枝も垂れてる


 鈴木三重吉が創刊した『赤い鳥』に共鳴した北原白秋は「童心に還れ」と主張して「浪漫主義の詩王」とまで讃えられ、西条八十や三木露風と共に子どもたちの心を表現し続けた。
 童心は母親への思慕が核となって成長し、やがては生きとし生けるものへの優しさとなって拡がる。
 
 文学に志した白秋は早稲田大学をめざし上京しようとするが、家業を継がせたい父親は絶対反対だった。その志を認め成就を祈り続けた母親は、親以上の存在だったのではなかろうか。
 思い出は「お母さま」に凝縮され、「かたじけない」という根本感覚を得た白秋は崇敬の念をもって母親を心の満月へ招き入れている。

 体験も、思い出も、白秋個人のものである。
 しかし、霊性の発露によって表現された心模様は、第三者の霊性へ訴える力がある。
 霊性は仏心の顕れであり、仏心はあらゆる人々が共有するいのちの大海である以上、当然である。
 この歌を守って行きたい。
2007
09.09

守本尊道場造営計画日記 ―1―

 昨日9月8日は白露(ハクロ)、仲秋となりました。
 早朝に百万返堂へ足をはこぶと、野草たちの葉に置いた露が白く光っています。
 この時期は、やはり

夕月夜(ユウヅクヨ)心もしのに白露の置くこの庭に蟋蟀(コオロギ)鳴くも ―万葉集―


ですね。

 台風一過で熱帯の暑さがもたらされ、日中の気温は高くとも、朝夕の虫の音やトンボたちの姿は、はっきりと秋の到来を告げています。
 つい最近まで盛んに鳴いていたウグイスもさすがに声を潜めました。
 しかし、濠の睡蓮は真っ白な花を咲かせており、猛暑の夏は、未だに気配をとどめています。
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 おかげさまにて求聞持法は順調な滑り出しとなり、堂内外の整備も進んでいます。
 今回より、二十四節気に合わせて進行状況を公開します。

守本尊様のご供養申込数
 6体
○求聞持法の回数
 38,340回

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2007
09.07

他人とうまく接することのできない貴方へ ①

 他人とうまく接することが苦手ですというご相談が増えました。
 対人恐怖症と自称する方は決して珍しくありません。
 夏目漱石が悩んだ頃は珍しかったうつ病が、今では、七人に一人の割合で、生涯に一度は罹患しているといいます。〈どこにでもある病気〉、〈身近な病気〉になりました。
 現代人は、身体の病気を克服しつつある一方で、心が病みやすくなっています。

 最近、誰が見てもバリバリの建築会社社長がご本尊様の前でこんなことを口にされ、驚きました。
「はたらいている時間のうち、私が本当にやりたい仕事をしている時間は三分の一もないでしょう。
 忙しい忙しいと生きていても、実際、何をやっているんだろうと考えてしまいますね。
 病院へ行ったり仕事ができなくなったりはしませんでしたが、これまで、何度かうつ病になっていたんじゃないかと思っています」

 現代人に心の病気が多くなったと感じられる理由は、一つには、医学が進歩し、これまでは病気と考えられていなかった症状がさまざまな病名で説明され、治療されるようになったことが挙げられましょう。
 たとえば、医療過誤や政治家のずさんな金銭管理などが、情報システムの発達と情報の公開という機運によって明らかになりつつあるのと同じです。
 広く「知られるようになった」ということです。
 
 もう一つには、一人一人への社会の縛りが薄れたことが挙げられましょう。
 敗戦によって戦前までの道徳や規範などが否定され、それに代わるものが熟成しないまま半世紀以上が過ぎ、何でも自分で決められるようになったので、〈自由の海に溺れる〉危険性が高まりました。
 
 たとえば、嫁入をする場合、自分を一旦真っ白にして嫁ぎ先の家風に極力合わせねばならないという暗黙の前提がなくなったからといって、「二人だけで一切の束縛を離れ、新しい人生を歩みながら新しい家風を創ろう」「嫁ぎ先の両親はそれに合わせてもらうようにしよう」と決めれば、あとは安心というわけには行きません。
 結婚し、二人で一つの人生を歩むためには大変な努力が必要であるという事情が古今東西変わりないのは当然です。
 そして、慣習や規範という「すがる杖」、あるいは「頼りにする柱」のない不安定な中で、「気まま」に流されず、周囲の人々との親和をはかりながら人々を変えて行くには、とてつもない智慧と根気と労力が欠かせません。
 ともすると「気まま」へ逃げるようになり、それは伴侶への姿勢ともなり、「気まま」をぶつけ合った結果、破綻する場合も出てきます。
 やがて「気まま」は周囲からの孤立を招き、人々はバラバラになって行きます。
 気楽そうでありながら、深々とした安心感には縁が薄いのではないかと思われる〈単独者〉がたくさん見受けられるようになったのは、これに類する成り行きがあちこちで起こっているせいではないでしょうか。

 もう一つは、とにかく生きて生かさねばならない戦後の混乱から脱して、誰もが生きられる社会がもたらされた先に、我欲の解放が待っていたということが挙げられましょう。
 人は、法律に触れない限り、何をいくら求めても構わないことになり、得たものの量で人生の成功失敗と幸不幸が計算される世の中になりました。
 年収五百万円で暮らしている人よりも年収一千万円で暮らしている人の方が、より成功した幸せな人であると考え、豪邸を披露したり豪華な指輪を見せびらかしたらりして己の富裕をこれ見よがしに誇る浅薄で品位に欠ける人間の愚かさが判らなくなりました。
 テレビでは、守銭奴(シュセンド)や我利我利亡者(ガリガリモウジャ)をヒーロー扱いしています。
 我欲という人間を苦しめる邪悪な力が、現代人の人生の堂々たる機関車になりました。
 
 こうした社会では、人の心を芯から潤す肝心なものが忘れられ、いつも自分を一番先にしないではいられない邪見(ジャケン)に陥った人々は、必ず邪慳になります。
 この邪慳が「心根の優しい人」や「神経のこまやかな人」や「我を張れない人」や「他を押しのけられない人」などを襲い、傷つけ、被害者にしてしまいます。

 まず、この稿では、「他人とうまく接することができない人は貴方だけではありません」「傷ついた貴方は時代の被害者です」、そして「貴方が傷を癒した暁には、被害者を生む社会的問題へ共に立ち向かいませんか」と申し上げておきます。

2007
09.06

第四十六話 ―ホームセンターの真摯な人―

現代の偉人伝~隣にいる英雄たち~とは

アレキサンダー大王、

ジンギスカン、ナポレオン、織田信長・・・戦争が生んだ、偉人とされる人々・・・。それよりも、自らを他人のために投げ打って、人や命を助けた人々の生き様こそ、学ぶべきではないでしょうか? あなたの身近にいる偉人を紹介してください!当山では、身近な人々の善行に関する情報を集めています。

>詳しくはこちらをご覧ください。



                                
 晩夏のホームセンターでのできごとである。
 
 お地蔵様の台になる石を探して売り場を訪れた。
 屋根のある所を通り過ぎて一番外れにある石のコーナーへ着いて午後の陽射しを浴びた時、この夏の厳しさを再認識させられた。

 さて―――と思った途端、日陰から人が飛び出してきた。
「何をお探しですか?」
 明らかに自分より年上の男性である。
 きちんとユニフォームをまとっている。
 きっと自分よりも暑さを感じておられるだろうに、ご苦労さんなことだなあと思った。

 探し物を告げると、すぐ、お待ちくださいと小走りに去り、これではどうでしょうかとサンプルを持ってきた。
 客を歩かせず、自分が動いて質問に応えようとしている。
 感心してあれこれと相談したところ、すべて、実物を目の前に持ってきた上で説明してくれた。
 的確な判断と迅速な行動と商品知識の確かさに、二度目の感心をした。

 決めた商品を15個買うことにしたら、台車へ積んで持って行きますからレジでお待ちくださいとのこと。
 いくばくも待たないうちに、笑顔で台車を押してきた。すっかり、汗だくである。
 持参したブルーシートを敷いただけでは車に傷がつきそうだからと心配し、やはり走って段ボールを数枚持ってきた。
 会計が終わり、車へ積み込んでくれるというので、当然、自分も手を出そうとしたら、いいですよ私がやりますからと止められた。
 そうは言われても見かねて石へ手を伸ばそうとしたら、はっきりと遮られた。
「お客様は、下ろす時に大変なのですから、積む間は休んでいてください。どうぞ売り場をご覧になっていてください」
 決然としている。涼しいところで待っていてくれと言うのだ。
 暑さと石の重さと店員さんの年齢を考えると、驚いてしまう。
〝自分が楽をしようとはまったく思っておられない!〟
 
 こんなに真摯な対応のできる人がおられるのかと感激し、帰りしな、車から店へ電話を入れた。
「客の声を聞いてくれる部署はありますか?」
 電話口の女性は、何かあったのですかとオドオドしている。
 いや、お礼を言いたくてと告げると、間もなく、落ちついた声の男性に代わった。
 店員さんの胸にあったネームプレートの姓を聞いた担当者は、「ああ、Aですね。よくやってくれています」と、即座に返答する。
 店長か、それに近いだろう男性は、おそらくパートタイマーであろう彼をよく知っている。やはり、はたらきは眼にとまっているのだ。
 どれだけたくさんの人々が勤務しているか判らない地域一の巨大センターにあっても、あれほどの店員さんは、そうはいないのだろう。

「彼はおたくの宝です。彼のような方が集まればおたくは大発展するでしょう。どうぞ大事にしてやってください」
 笑顔を思い出しながら電話を切った。
 忘れられかねない日本人の美徳を生き、社会のレベルをしっかりと支えてくださっている方に合掌した。
 胸にこれほど清々しい風が吹いたのはいつ以来だろうと、余韻に浸りながら帰山した。
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2007
09.05

大欲について ②

 前回、「大欲について ①」において、「大欲そのものについて書きます」としました。
 実は、大欲を説く『理趣経』の精髄を示す「百字偈(ゲ)」の解説を始めています。
 当ブログの「理趣経百字偈 ①」「理趣経百字偈 ②」「理趣経百字偈 ③」です。
 検索で「理趣経」と入れればすぐに読めますので、ご覧ください。
 以下、残りの分も完成させる予定です。
 
 そもそも、仏法における「大」は「大きい」という意味に止まるものではありません。
 それは「無限」を意味します。
 大欲菩薩の清らかな意欲、すなわち、「他のためにならずにはいられない」思いの無限であることを表しています。
 大欲でおはたらきくださるお地蔵様も、観音様も、私たちを選ばずにお救いくださり、本来菩薩である私たち人間もまた、釈尊が説かれたように心を正しくコントロールできれば、大欲で生きられます。
 
 大欲を説き、人間本来の生き方を示す「百字偈」を正しく知っていただきたいと願っています。
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2007
09.04

大欲について ①

 9月4日付け河北新報の「談」という欄で、俳優の中村敦夫氏が「際限なき成長に疑問 釈迦の足跡をたどる」という題で語った内容が掲載されました。
 ここに看過できない重大な一節があります。
 氏は

「今の競争社会は無限の経済成長を信じて突っ走っているけれど、資源というのは有限です。取り尽くしたらどうするのか。無限の経済成長があり得るでしょうか」

と疑問を投げかけ、続けてこう述べました。

「経済成長の中で途絶えることのない競争に進んで疲労してしまう前提には、『欲望も無限である。大欲(たいよく)を持て』という考えがあると思う。その点で僕が関心を持ったのは、仏教の言葉『少欲知足(しょうよくちそく)』でした。
 これは『小さな欲が満たされることで、足を知る』という意味です」

 そして、政治家になり「スロー・スモール・シンプル」という標語を掲げたそうです。

 こうした文脈で大欲(タイヨク)という言葉を用いるのは、大変失礼ながら、氏が特殊なイデオロギーの色眼鏡で大欲というものをとらえているか、あるいは単純に知識が不足しているかのどちらかでありましょう。
 密教経典における重要な用語である「大欲」には、当然のことながらモノを貪るなどという意味はまったくありません。むしろ、反対に、他のために己を捨てる菩提心(ボダイシン)の大きさをこそ示す言葉です。
 こうした偏見に基づく曲解、あるいは無知は、一部知識人の間に根強く巣くっています。

 まず、「偏見」と指摘するのは、大欲を説く密教を集大成した弘法大師が天皇の信頼が厚かったことをもって、「体制の側に立ち、民衆からかけ離れていた」という短絡的な見方をするところから曲解が生ずるからです。
 これはマルクス主義の悪影響です。
 民衆からかけ離れていなかったのは、弘法大師が地域住民の願いによって下された勅許に基づいて満濃池の改修工事を指揮した際、それまでとは桁違いにたくさんの住民が結集し、日夜を問わぬはたらきをしたおかげで、誰もなしえ得かった難工事が短期間に終わり、以後、決壊していないという事実一つとっても明らかです。
 また、皇族、大名、高官、あるいは法然など他宗派の高僧を初め、名も無き民衆も等しく弘法大師を慕い、高野山へ詣でる慣習がずっと続いていたことは明らかな事実です。

 歴史的に考えれば、偏見は明治維新と共に始まったのでしょう。
 西洋列強に対抗して国力を高めるため、西洋文明を採り入れようとした明治政府は、それまで千年以上に亘って〈神も仏も〉等しく敬ってきた日本人の宗教感覚を〈遅れているもの〉、〈レベルの低いもの〉とし、一神教的国家神道をめざして廃仏毀釈を行いました。
 そのやり玉に挙げられたのが、神仏混淆のマンダラを説く真言密教でした。
 全国津々浦々に見られた寺院と神社が並んで建つ風景はなくなり、神社のみが強大になり、仏法は危機に瀕しました。
 聖徳太子以来の「公は神道を柱とし、私は仏法を柱とする」伝統的美風が破壊され、仏法が理想とし、聖徳太子もまた根本とした「和」が追いやられた結果、日本は神道をもってキリスト教による世界制覇をめざす西洋列強と闘い、破れました。
 今日のイスラム教勢力とキリスト教及びユダヤ教連合軍との、妥協点がなく不毛の闘いと何とそっくりなことでしょうか。

 敗戦という過酷な失敗体験を経てなお、総合的、包括的な哲学と修法を持つ密教への偏見はなくなりません。
 中国的無為自然に近い禅宗か、一神教に近い浄土宗と日蓮宗が知識人たちの注目を集めるのみで、誰かの切実な「願い」を「我がこと」として受け止め、具体的な方法をもって対処する密教を現世利益の宗教と切り捨てる悪弊は、根強いものがあります。

 インテリ俳優の氏が大欲を物欲・我欲であるかのように扱うのには、このような思想的背景があるのでしょう。
 
 そもそも、釈尊のおはたらきは、医師の活動に似ています。
 釈尊は「苦」という病気を抱えた人間へその原因を明らかに示し、原因を滅して治療する方法を教え、実際に修法をもって治療に当たられました。
 釈尊の理想は、万人が万人を治療できる心の医師となり、互いに救い救われる世の中にすることだったのではないでしょうか。
 ならば、苦を脱するための根本的な方法である即身成仏を説く密教、安穏な涅槃(ネハン)へ逃げず無限の向上心をもって自他の苦へ立ち向かう大欲を説く密教こそが、釈尊が理想とされた道筋を明らかにする仏法であるはずです。

「他の苦を放っておけない気持」が大乗仏教で理想とする菩薩(ボサツ)の心の核であり、「どうにかしてあげたい」のなら、必死で方法を考えるはずです。
 そこでみ仏へおすがりすれば真の智慧がはたらき、必ず方法は見つかります。
 こうした菩薩のありようが、密教の根本経典『大日経』に「三句の法門」として説かれています。

菩提心(ボダイシン)を因とし
大悲(ダイヒ)を根(コン)とし
方便を究竟(クキョウ)とす


 
 人が救い救われるためには菩提心がなければなりません。菩提心とは悟りを求める心、真実に生きようとする心です。
 そして救いの根本は慈悲心にあります。
 慈悲心を持って真実を求めることろに、み仏は道(方便)をお示しくださいます。
 菩薩とは、方便を実践しようと全力を尽くす存在です。

 
 釈尊の理想を実現しようとする密教への偏見には根拠が無いと言うしかありません。
 次回は、行者が体得した「大欲」の真の意味と意義について書きます。
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2007
09.04

善差別(ゼンシャベツ)

 お大師様は「善差別(ゼンシャベツ)」の重要性を説かれました。 

 教えを垂直に観れば浅い深いの差別があり、水平に観れば、それいぞれの教えによって得た智慧は得た人なりに尊く、それぞれなりの味わいがあるという点では平等である。
 悪平等に堕すれば、得てもいないものを得たと言い、異なるものを同じだと主張する。
〈善き差別〉のできる者は、部分的な悟りと全体的で完全な悟りが二つに分けられるものではないことを知る。
 しかし、同時に、二つは、総合的には一体でも、相対的に異なる面があり、現れようも歴然と異なっている真実をも見誤らないのである。
弘法大師



 たとえば、小さな子供は、サンタクロースが贈り物を届けてくれると信じ、起きた枕元に欲しいものが置かれているのを見つけると、歓声を上げて喜びます。
 それは、受験生が勉学に励み、難関を突破して上げる歓喜の声と何ら変わるものではありません。
 また、戦争が終結し、離ればなれになっていた家族が再会した時に上げる「声にならぬ声」と何ら変わるものでもありません。

 しかし、人生における意義の深さは、それぞれに異なっています。
 私たちは、幼子の様子には微笑み、受験生には祝福の言葉をかけ、家族の再会には涙し、平和の尊さを実感し、自分の生きて行く姿勢を考えます。

 宗教的にも、それは同じことです。
 山からアナグマが下りてきてから商売がはやるようになったからといってアナグマ神社を造り、アメリカでも活躍した佐々木投手にあやかろうと大魔神社を造り、人は手を合わせます。
 死んで天国へ行けば救われると信じて救いの神にすがり、あるいは救いを求めるあまり死に急ぎます。
 すべては滅し去る無常のものだから「こだわらなければ良いや」と諦観し、悟ったと思いこみます。
 自らの愚かさから逃げずに人としての向上に務め、生かされている恩に報いようと生涯「他のため」という姿勢を捨てずに生きます。

 このように、宗教心にも浅い深いの違いがあり、お大師様は、天皇の命により、その真理を『秘密曼荼羅十住心論(ヒミツマンダラジュウジュウシンロン)』という書物で明らかにしました。
 あまり知られていないこの大書が世界の思想史上、最高のレベルにあることは、日本よりもむしろ、宗教対立や破壊行動に悩み平和を希求する空気の濃いヨーロッパで理解されつつあります。
 
 これで、思いやりという「慈悲心」と、善差別をする智慧に促される「向上心」との二つが兼ね備わらなければならないことが解ります。
 そして、互いを尊敬し生かし合う真の平和は何によってもたらされ得るかも解ります。
 認め合う「平等」と、レベルを知る「区別」とがあることを忘れないようにしたいものです。
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2007
09.03

十三仏様のご加護11 ―大日如来―

12 大日如来様のご加護

 昔、ある所に愚かな女性がいた。
 因果の道理を知らず、仏神を信じず、50歳を過ぎてから7つの病気に罹り、亡くなった。
 ところが、6日後に甦り、ハラハラと涙を流しながら己の愚かさを懺悔する。
 周囲の者たちは驚き怪しみ、どうしたことかと訊ねた。
 女性の話である。

 私は、実に不可思議な体験をしました。
 死んで逆銃火獄へ行きましたが、閻魔王(エンマオウ)が一巻の書物を調べて言うには、
「汝は、昔、巧言和尚のところへ参詣したおり、金剛界のマンダラをかけた伝法道場を礼拝した。
 そうした大きな功徳のある者は、まだ死すべきではない。
 速やかに人間界へ還そう」
 こうした成り行きでこの世へ戻ったのです。

 女性は因果を知り、仏道を志したという。


 
 伝法とは、法のいのちが伝わることです。
 密教においては作法を教える、知るというレベルに止まらず、法を使える師が、法を使う者としての器である弟子へ「水を瓶から瓶へ移すように」身・口・意のすべてを用いて法の全体を引き継ぐのです。
 もちろん、渡したからといって、師の法力はいささかも減るものではありません。
 法力は、計量できるものではないからです。

 女性を救うきっかけとなった金剛界マンダラはこうした伝法にも用いられますが、根本仏大日如来の徳の表れであり仏法における世界を表現する最高レベルのものです。
 善無畏三蔵(ゼンムイサンゾウ)は、大日如来の徳を以下の3つにまとめて説きました。

1 除闇遍明(ジョアンヘンミョウ)
 智慧の光は、遍くすべてのものを照らし、闇を消します。
 太陽の光は必ず影をつくりますが、大日如来の光は隅々まで照らし、影をつくりません。

2 能成衆務(ノウジョウシュム)
 慈悲の光は、存在するものたちなりに生じ、滅する過程をお支えくださいます。
 たとえ糸トンボ一匹でも、人間が無から生じさせ、生かすことはできません。

3 光無消滅(コウムショウメツ)
 大日如来の智慧と慈悲の光は世界と共にあり、永遠です。 太陽には寿命がありますが、根本仏は永遠です。

 十三回忌を司る大日如来様は、七回忌で転生へと向かい始めた御霊へ、光に照らされた真実世界をお示しになられます。
 
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2007
09.02

虚空蔵求聞持法の道場

 どんな道場でやっているんでしょうかというご質問が何件かあったので公開しますが、この程度までです。
 秘法なので、ご容赦ください。

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2007
09.02

今月の聖悟

重々帝網(ジュウジュウタイモウ)なるを即身(ソクシン)と名づく ―弘法大師―

(このよのあらゆるものがインドラ神の網のようにつながり、耀いており、我が身はそこに連なる聖なる一個の宝珠であるというありよう、これを「即身」という)



 お大師様は、「この身、こおままでみ仏に成れる」すなわち、即身成仏(ソクシンジョウブツ)の哲学と行法を明確にされました。
 ただし、「この身」とは、無益な殺生をしたり、欲しいものを無理矢理手に入れるというような穢れをまとった身体ではなく、〈真実のありようとしての身体〉です。
 お大師様は、それを、単なる空(クウ)といった観念を超え、仏神の司る縁でつながり縁で生かされている尊い存在であるとし、誰しもが本来宝珠である真実を観よと説かれました。

 今、行っている虚空蔵求聞持(グモンジ)法では、行者の口で唱える真言が虚空蔵菩薩様の足元へ届き、虚空蔵菩薩様のお心にある満月から現れる真言が金色に耀き、流れて、行者の頭頂へ降りそそぐ修法があります。
 み仏の慈悲心というフィルターを通すことにより言葉が清められ、身体も心も清められます。
 あたかも濁った血液を清浄な血液に入れ替えるようなものです。
 一度に抜いてしまっては死んでしまうので、徐々に行うしかありません。
 しかし、何度も何度も繰り返すことにより、穢れは無限にゼロへ近づきます。
 これが成仏への階梯を登るということなのでしょう。

 こうしている行者の身体が、「即身」であり、宝珠なのではないでしょうか。

 考えてみれば、「即身」は、決して特殊な修行でのみ現れるものではありません。
 たとえば、失恋して落ち込んでいる友人の気持を察して「おい、山へでもでかけるかい」と声をかけ、黙々と山道を歩いているうちに誘われた方の心に友情へ感謝する思いがあふれ「ありがとうな」と返せば、二人は宝珠であり、即身成仏が成就していると言えましょう。
 また、看護士さんの優しい言葉とベッドに横たわる患者さんの感謝の言葉が響き遭う時、即身成仏は確かに成就しているはずです。
 
 私たちは本来、自分が耀き、誰かを照らし、誰かの輝きによって照らされている宝珠であり、み仏です。
 この真実をこそ、生きたいものです。
 
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2007
09.01

9月の守本尊様

 今月(9月8日から10月8日まで)の守本尊様は不動明王様です。









『種々界智力(シュジュカイチリキ)』をもって、人々がどのような境遇にありどのような心の世界に住んでいるかを見極めて、人それぞれに合った教えと救いをお与えくださり、どんな奈落の底にいる人をも、頭上の蓮華へ載せてその下からヨイショと押し上げてくださいます。



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2007
09.01

9月の真言

 その月の守本尊様をご供養しお守りいただきたい時、願いを成就させたいと念じる時、つらい時、悲しい時、淋しい時は、合掌して真言(真実世界の言葉)をお唱えしましょう。

 たとえ一日一回でも、信じて行なえば、ご本尊様へ必ず思いが届きます。

 回数は任意ですが、基本は1・3・7・21・108・1080回となっています。



不動明王(ふ・どう・みょう・おう)



「ノウマク サンマンダ バザラダン カン」




今月の真言をお聞きになるにはこちらをクリックしてください。音声が流れます


※お聞き頂くには 音楽再生ソフト が必要です。お持ちでない方は、

 こちらから無料でWindows Media Player がダウンロードできます。



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