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2007
11.30

12月の運勢(世間の動き)

 今月は、人びとが集まって動き、集団として意志を表現する機会が多くなります。
 初めは小さく見えても、やがて大きなうねりとなる可能性をはらんだいろいろなものが耳目を集めます。
 あるいは興味を持ち、あるいは共鳴してそれに参加する場合は、何よりも霊性を持った人間として是非善悪の判断を誤らないようにしましょう。
 刺激の強さに惹かれたり、欲心をかきたてられたりして軽率に動けば、その結果は自分自身が引き受けねばなりません。

 釈尊

「世の中で起こる諸々のことがらに触れても、心が動揺せず、憂いを持たず、塵汚れを離れ、安穏であること、これが最上の幸せである」


と説かれましたが、世捨て人や山中の仙人になれと言っておられるのではありません。
 自分の中にある仏心のみを自分の導き手としていれば、何ごとに会っても迷わず、沈まず、穢れず、穏やかさを失わないでいられる。そのような人であって初めて、諸々のことがらへ智慧と慈悲とをもって当たることができるのです。

 当山の信徒Sさんは、タクシーの運転手をしていて強盗に遭ったことがありました。
 首根っこに刃物を当てられたSさんは自然に真言を唱え、その気高さと不動心に気押された強盗は刃物を引っ込め、やがて、自首するように勧めるSさんの言葉に従いました。
 教えの通り心に決して失われない「最上の幸せ」を保っている人は、自分が幸せであるだけでなく、他人をも幸せにできる大きな力を持っているものです。

 一方、釈尊

「他人からさまざまな言葉で責められると、自他を傷つける刃を手にするようになる」


とも説かれました。
 心に「最上の幸せ」を持っていない人は、他から攻撃を受けると(攻撃を受けたと思いこむと)、受けたものの何倍もの強さと残酷さを伴う攻撃心に駆られるものです。
 そして、自他を損ない、あるいは破滅させます。

 マスコミを賑わしているから、有名だから、おもしろいから、ワクワクさせらるから、あるいは偉い人だからといった動機で、目立つ集団に巻き込まれないよう、流されないよう、気をつけたいものです。

 今月は、一部の人びとが我が世を謳歌する一方で、声を上げると上げないとを問わず、多くの人びとが我慢を強いられる状況が顕在化します。
 万事、立場の強い人びとと弱い人びと、裕福な人びとと貧困に喘ぐ人びと、などが両極端にどんどん離れて行きます。
 必然的に、争いは個人的にではなく、集団的に起こるようになり、お金を始め、財物に関する主張のぶつかり合いが激しくなりましょう。
 教えに学び実践し、「最上の幸せ」を持った人として眺め、判断し、あるいは動きに参加し、あるいは参加せぬようにすることが肝要です。
 「単なる傍観者」は、菩薩から最も遠い存在です。
 霊性をきちんとはたらかせ、渦の中にいても、外にいても、己の業と社会の共業とを見つめ、何ごとかを考え、語り、行いたいものです。
 
 今月は、世のうねりによって、私たち一人一人がいかなる人間なのか、否応なく自分の姿を自覚させられることになりそうです。
 また、今月は、雨や雪の影響が予想を超える場合があり、慎重に行動しましょう。
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2007
11.29

NHK文化講座講義録3 ―愚暗品(グアンボン)―

 NHK文化講座で行った法話の一部を記します。
  毎回、身近なできごとを題材にして充分に質疑応答を重ね、一緒に学んでいます。
 気楽におでかけください。
 

過罪の未だ熟せざる時は、愚は以て恬淡(テンタン)たり。其の熟処に至って、自ら大罪を受く。


(過失や罪悪を犯しても、それが結をもたらさないうちは、愚か者は何ごともなかったかのように平然と暮らしている。
 しかし、時が至れば、必ず過失や罪悪に応じた報いを受けねばならない)
 私たちの行為は必ず何らかの結をもたらす原)になります。
 行った行為は引力となり、さまざまなが生じます。
 が重なると、やがて結)がもたらされます。
 この〈〉は縁起の法則と呼ばれ、万古不変の真理です。
 古人は、こんな風に表現しました。
「お天道様が見ているよ」
(仏神は、太陽のように天から見ておられるので、悪事を隠しておこうとしても必ず見つけられ、罰を受ける)
閻魔様に舌を抜かれるよ」
(この世で隠し通せた悪事も、あの世で閻魔様の前に出ればすべてばれてしまう。そこで、まだ嘘を言えば閻魔様に舌を抜かれ、地獄へ堕とされる)
天網恢々(テンモウカイカイ)疎にしてもらさず」
(天を覆う網はあまりに大きいので目が粗いけれども、私たちの行いはすべてすくい上げられ、洩れるということはない。行いは必ず結となって現れる)

 しかし、縁起の法則を無視する愚かな人は、悪事を犯しても「どうせばれないだろう」とタカをくくり、平気の平左で日々を送ります。
 やがて逃れようのない形で結果が生じた時、かりそめの安楽は一気に崩壊せざるを得ません。
 情報化社会になった今、私たちはこうしたできごとを毎日のように目にし、耳にしているのに、なかなか「我がこと」として受け止められないものです。
 心のどこかに「自分は別」という意識が居座っているからです。
 これも煩悩の一つ、「慢」なのでしょう。 
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2007
11.28

聖地を完成させるために

 還暦を迎えたお大師様は、高野山を聖地として形あるものにしたいと願い、善男善女へあまねくご寄進を募りました。
 当山も、人びとの「この世の幸せとあの世の安心のために」より一層、法務を遂行できる場にしたいと願っています。
 お大師様が広くご寄進を募るために記された渾身の書を意訳し、当山の決意とします。

謹んでお勧めする、仏塔とマンダラをお造り申し上げる書。

 そもそも、諸々のみ仏のなされることは、大いなる慈しみの心を第一とされ、菩薩の衆生を救おうとする行為と願いは、大いなる憐れみを要点としている。
 慈しみは人びとへ楽を与え、憐れみは人びとを苦しみから救い出す。
 苦しみから救い出し楽を与えるための基礎は、人びとへ正しいみ仏の道を示すことに他ならない。
 いわゆる正しい道には二種類ある。
 一つには、瞑想と智慧をもっぱらにするもので、もう一つには、善行によって人びとへ福徳をもたらすものである。
 瞑想と智慧は、正しい教えを学び、瞑想を行ずることを主とし、福徳をもたらすためには、仏塔を建て、仏像を造ることを要点とする。
 過去・現在・未来の諸々のみ仏も、世界中の菩薩も、すべてこうした福徳をもたらす行いと、瞑想と智慧とによって悟りの境地を完成する。
 それゆえに、最近、国王・父母・衆生・三宝の恩に報い、自利・利他を完全になし遂げようと、高野山金剛峯寺に、ビルシャナ仏という宇宙の本体を表す二基の塔を建て、胎蔵・金剛両方のマンダラを造ることにした。
 しかし、労役に従事してくれる人びとはたくさんいても、食料に事欠く状態である。

 今、思うに、貴賎を問わぬ人びと、僧侶・尼僧・男性信徒・女性信徒と共に、この功徳ある仕事をなし遂げたい。
 小さな塵も積もり積もれば大きな山となり、一滴のしずくも集まれば大きな海をより深いものにする。そのように、心を一つにし力を合わせてこの仕事を完成させたい。
 
 衷心よりお願い申し上げる。
 諸々の施主の方々がそれぞれ金一銭、あるいは米一粒でも提供して、功徳ある仕事へ協力していただきたい。
 そうすれば、この仕事は、日ならずして成就するに違いない。
 そこから生ずる功徳は永遠に滅することなく、世界を覆うことだろう。
 功徳は、現在も未来も、国王・父母・衆生・三宝の恩へ充分にお報いし、五種類の天神は、眼に見える福も眼に見えない福も、豊かにもたらしてくれることだろう。
 こうして、皆と共に無明を脱し、等しく大日如来の悟りの御殿で遊ぼうではないか。
 謹んでお勧め申し上げる。

 承和元年(834年)八月二十三日

 以下が原文の読み下しです。

敬って勧む、仏塔曼荼羅を造り奉る知識の書

 敬って勧む、仏塔曼荼羅等を造り奉る応(ベ)き書。
 夫れ諸仏の事業(ジゴウ)は、 大慈を以て先と為し、 菩薩の行願(ギョウガン)は、 大悲を以て本(ホン)と為す。 慈は能(ヨ)く楽を与へ、 悲は能(ヨ)く苦を抜く。 抜苦与楽(バックヨラク)の基(モトイ)、 人に正路(ショウロ)を示す、 是(コレ)なり。 謂(イ)う所の正路に、 二種有り。 一には定慧(ジョウエ)門、 二には福徳の門。 定慧は正法(ショウボウ)を聞き、 禅定を修するを以て旨と為し、 福徳は仏塔を建て、 仏像を造するを以て要と為す。 三世の諸仏、 十方の薩埵(サッタ)、 皆斯(コ)の福智を営みて、 仏果を円満す。 是の故に比年、 四恩を抜済(バッサイ)し、 二利を具足せんが為に、 金剛峯寺に於て、 毘盧遮那法界体性塔(ビルシャナホウカイタイショウトウ)二基、 及び胎蔵、 金剛界両部曼荼羅を建て奉る。 然るに今 工夫(コウフ)数多(アマタ)にして、 粮食(りょうしょく)給し難し。
 今思はく、 諸の貴賤の四衆と、 斯(コ)の功業(クゴウ)を同じくせんと。 一塵(イチジン)大嶽(タイガク) を 崇(タカ) うし、 一滴広海を深うする所以(ユエン)は、 心を同じくし、 力を 勠(アワ) すが、 之(コレ)致す所なり。
 伏して乞ふ。 諸の檀越(ダンオチ)等、 各(オノオノ)一銭、 一粒(イチリュウ)の物を添へて、 斯の功徳を相済(アイスク)へ。 然らば則ち営む所の事業、 不日にして成らん。 生ずる所の功徳万劫(マンゴウ)にして、 広からん。 四恩は現当(ゲントウ)の徳に飽き、 五類は幽顕(ユウケン))の福を饒(ユタカ)にせん。 同じく無明(ムミョウ)の郷(サト)を脱して、 斉(ヒト)しく大日の殿に遊ばん。 敬って勧む。
 承和元年八月二十三日


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2007
11.28

12月の例祭

 いずれの例祭も参加は自由です。
 護摩に身を近づけ、大きなご加護をお受けください。

○今月の第一例祭 12月2日(第一日曜日)午前10時より
 第一例祭では太鼓と共に『観音経』三巻を唱えます。
 ご参詣の方々へお授けとなる『法句経上巻』の教えが心の核となって前半月を無事安全に過ごされますよう。

○今月の第二例祭 12月16日(第三土曜日)午後2時より
 第二例祭では太鼓と共に『般若心経』三巻を唱えます。
 ご参詣の方々へお授けとなる『法句経下巻』の教えが心の核となって後半月を無事安全に過ごされますよう。
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2007
11.28

NHK文化講座 ―生活と仏法―

 身近なできごとを通じて、み仏教えを学びます。教材は最も古い経典とされる『法句経』などです。身近なできごとにも目を向け、質疑応答を交え、楽しく、真剣に、「まっとうに生きる」道を考えましょう。

一 日 時 平成19年12月12日(水)午前10時より12時まで
       平成19年12月26日(水)午前10時より12時まで
一 場 所 NHK文化センター仙台・泉
        宮城県仙台市泉区泉中央1-7-1泉中央駅ビル(スウィング)6階
        022(374)2987
一 主 催 NHK文化センター
一 申 込 NHK文化センター


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2007
11.27

友引のお葬式

 N家から相談がありました。
「遺族の都合上も、来てくださる方の関係上も、友引に葬儀をしなければならないんですが、いかがなものでしょうか?」
 
 お答えしました。
「人間の生死は、大安や仏滅と関係ありません。大安に亡くなる人もあれば、仏滅に生まれる人もあります。
 無常は迅速であり、時を選びません。
 だから、友引の葬儀は、御霊の成仏とも、関係者の吉凶とも何の関係もないので、皆さんがそう希望されるならばそれで結構でしょう。
 ただし、考慮すべき点は、やはり来てくださると思われる方々の問題です。
 友引にお葬式へ行って引っ張られたら大変だと考えるような方々が多い場合は慎重を期した方が良いでしょうね」

「私たちは、ご住職からそう教えてもらえれば安心です。
 連絡する方々は皆さんご高齢なので、今さら何やかやと気にする人もいないでしょうから、これでお願いします」
という次第で、決定しました。
 当山を信じて檀家になり生前戒名も受けたご夫婦のご一族が自分たちの頭で考え、プロの僧侶から聞いた道理を咀嚼して因習を離れたことは、まことに感慨深いものがあります。
 
 斎場はさすがに閑古鳥が鳴いていましたが、それでも何組かは利用者がある様子でした。
 お骨になったNさんは係官が驚くほど崩れがなく、いつもそばで看病していた妹さんに至っては、頭蓋骨の美しさに感動しておられました。
 何ごともきちんきちんと進め、迷いのなかったNさんは最後の最後までみごとなふるまいでした。

 さて、友引を含む六曜について書いておかねばなりません。
 これは唐における時刻の吉凶占法である「六壬時課(ロクジンジカ)」が「小六壬」として渡来したもので、日本以外、歴注になっている国はありません。
 しかも、現在の六曜は、本来のものとかなり異なっています。

○速喜→先勝 諸事急ぐことによし。午後より悪し。
○留連→友引 朝夕よし。正午悪し。
○将吉→先負 諸事静かなることによし。午後大吉。
○空亡→仏滅 万事凶。口舌を慎むべし。患えば長びく。
○大安→大安 移転開店等万事利あらざることなし。大吉日。
○赤口→赤口 諸事ゆだんすべからず。用いるは凶。正午少しよし。


 今回問題となった友引、すなわち留連は「相打ち友引とて勝負なし」という意味で、葬式に友を引いてあの世へ連れて行くなどという意味はまったくありません。
 仏滅もかつては「物滅」と表記され、仏様が滅するなどという意味はなく、現在のような六曜による吉凶判断は、江戸時代の庶民の語呂合わせがもたらしたとされています。

 以上が、ことの真相であり、当山が「仏法上、六曜を考慮する必要はありません」としている根拠の一つです。
 ただし、長い間行われている因習・慣習は潜在意識へ影響を及ぼしているので、その点だけは多少留意する必要があります。
 だから、あくまでもケースバイケースですが、N家のように道理で判断する方々が増えれば、無意義な因習は自然に消えて行くことでしょう。

2007
11.26

戒名のつけなおし 2

 前回の「戒名のつけなおし 1」では、寺院の都合でつけなおしを強要される場合について書きましたが、今度は、寺院へ不信感を抱き、離壇したので戒名をつけなおして欲しいという場合について記します。
 実際、当山へは、これまでに幾度もこうしたご相談がありました。
 当山は、基本的に、考え方をおしつけません。
 教えと道理とをお話し申し上げ、必要な場合は個人情報に十分留意した上で事例もお示しし、判断はあくまでも当事者へ委ねます。
 だから、説明を聞いて新たな戒名を求めた方もあれば、縁となった戒名を見直し、そのままで当山の檀家になった方もおられます。

 さて、考え方は二通りあります。
 一つは、「穢れを厭う」です。
 たとえば、悪しきできごとの気配をも消してしまいたいという強い思いを持ち、身の回り品を送ってこられる場合があります。
「カギ供養」や「お焚き上げ」です。
 たとえ高価なものであっても、誰かに譲ったり売り払ったりして単純に手放すのではなく、因縁を切ってから処分して欲しいと願われます。
 清めた後に処分して寺子屋建立のために用いてくださいと申し出られる方もおられます。
 それと同じように、あるいは最愛の妻の戒名を、あるいはかけがえのない父親の戒名を新たなものにし、悪しきできごとをすっかり精算した上で心爽やかに供養をしたいと願う人は後を絶ちません。

 もう一つは、「人は穢れても、み仏は穢れない」です。
 寺院から高額な戒名料を求められたり、信頼できない僧侶から戒名を受け取ったりした場合、間に立つ寺院や僧侶は穢れていても、み仏にお決めいただいたのだから、寺院との縁は切っても戒名はそのままにしておくという判断もあり得ます。
 それは、たとえば、狂った宗教団体が信奉していたからといって、般若心経に間違いや穢れがあるとは言えないのに似ています。
 経典が本ものならば、糾弾されるべきは邪宗であって、用いられた経典ではありません。

 いずれを採るかは、できごとの内容により、当事者の感覚や思考方法によりそれぞれですが、大切なのは、いずれの方法であってもきちんと決まりをつけ、何のわだかまりもなくしてから供養をするということです。
 わたしたちの苦は、身・口・意のいずれかにまとう穢れによって惹起し、身・口・意の三業(サンゴウ)をすべて清浄な三密(サンミツ)に変えることが自他の苦を抜く方法だからです。
 み仏と同じ姿になる合掌のおりには、心は満月のようでありたいものです。
 それが般若心経の説く「無罣礙(ムケイゲ)」ではないでしょうか。

2007
11.25

さようなら、Nさん

 昨日の早朝は、真っ白に光る満月が西の空にかかり、きらめく星々を伴に従えているような趣がありました。
 修行へ入る前にしばし、合掌をしたほど心惹かれる清浄さでした。
 そんな日、緊急の電話が相次いで二本、入りました。
 Nさんが亡くなったのです。
 
 関西から移住されたNさんは墓地と寺院を探しておられ、たまたま『法楽の苑』を見に来られたおりに作業中の私とお会いになり、「気に入ったけん」と即断されました。
 すぐに墓地を求めてお墓を造り、奥さん共々生前戒名を求め、「これで安心じゃ」と持病との闘いに専念しておられました。
 それから三年半、お盆やお彼岸には必ず顔を会わせており、会うたびに親友あるいは兄弟といった感じの信頼関係を確認できたNさんは、足早に旅立たれました。

 いつも郷里の関西方面に気をくばり、幼稚園の洗濯機が壊れたと聞くと一度に三台も送ってしまう優しい方でした。
 病状が好転したら住職とゆっくり話がしたいと口癖のように言っていたそうですが、この世では、墓地の契約と生前戒名のおりがたった二度の機会でした。
 しかし、あの世でまたきっとお会いできると思っています。

 枕経に駆けつける夜空には満月。今度は東の空に王のような姿を見せています。
 ご遺族は、あまりに早かったと言われます。
 早すぎない死はあり得ませんが、生前戒名に「麗しい月のような方が天翔ける」と表れたNさんは、この日を選ばれたのではないかと考えています。
 長い間の闘病に疲れ、ご遺族が最期は大変じゃないかと心配しておられたにもかかわらず、とても穏やかに逝かれたNさんが遺したのは、「もうアウト」という静かな一言だったそうです。
 とても潔く、いのちの限りを尽くしながら淡々としておられたNさんらしいなあと、胸が熱くなりました。

「精魂込めて引導をお渡しします。Nさん。寺子屋を造り、貴方が植樹してくださった桜を立派に育ててから、やがて私も行きます。今度こそゆっくりお話しましょう。しばし、お待ちください」
2007
11.24

守本尊道場造営計画日記6 ―相互供養・相互礼拝―

 昨日11月23日は「小雪(ショウセツ)」でした。

 早朝や深夜に行じていると、風もないのにまるでトントンと窓を叩いているかのような音がしたり、誰かが斜め後ろに佇んでいる気配があったりします。
 やはり聖地だなあと、ありがたくなります。
法楽の苑』と『守本尊道場』建立予定地には十三仏様の結界が張ってあり、百万返堂は出入りするたびに虚空蔵菩薩様の結界を張るので、魔障はあり得ません。
 近づく方々は、あるいは救いを求め、あるいは共鳴し、あるいは励まそうとしておられるに違いないのです。
 それは「オーラが見える」などといった曖昧で軽いものではなく、「相互供養相互礼拝」が行われる真実世界のできごとです。
 深く心を通わせ合う人とのかけがえのない対面や対話と何ら変わるものではありません。
 一期一会です。
 本尊虚空蔵菩薩様と行者と御霊とが一つになる厳粛で安穏で清澄で深遠な時間を持てることこそ、み仏からのご褒美であると感謝しながらの毎日です。
 もちろん、こうした行は、ご縁の方々のお支えなくしては不可能です。
 皆々様への感謝と報恩の思いは募り、勇猛心がかきたてられます。

○守本尊様のご供養申込数累計 77体
○唱えた真言の回数累計 302、400回

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2007
11.23

「きりさめ」の帰港

 11月22日、ついに海上自衛隊の護衛艦「きりさめ」が長崎県佐世保市の佐世保港へ帰港しました。
 今日23日、補給艦「ときわ」が神奈川県・横須賀港へ帰港すれば、6年間にわたるインド洋での給油という軍事活動を終えます。

「同盟国」「同盟軍」とはしゃぐ小泉首相以来、一気にアメリカ軍との一体化へ向けて進んできた自衛隊は、おちついて本来のありようを考える時を回復しました。

 確かに、テロは悪です。卑劣な暴力行為です。
 しかし、良心をもってそれを断罪しないではいられない私たちは、アフガニスタンで20年以上も貧しい人びとを救い、現実を見つめつづけてきた医師中村哲氏の言葉にも耳を傾けねばなりません。

「老若男女を問わず、罪のない人びとが、街路で、畑で、家で、空陸から浴びせられた銃弾にたおれた。原爆以外のあらゆる種類の武器が投入され、先端技術の粋をこらした殺傷兵器が百数十万人の命をうばった。さらにくわえて、六百万人の難民が自給自足の平な山村からたたきだされ、氷河の水より冷たい現金生活の中で『近代文明』の実態を骨の髄まで味わわされたのである」


 こうしたアメリカを核とする西洋諸国の行為は、悪ではないのでしょうか。
 軍事力の弱い国を蹂躙する無慈悲な強国の同盟国であることにはしゃぎ、強者の側に立って国益という名の我欲を膨らませ続けているだけで、私たち日本人はご先祖様へ恥ずかしくないのでしょうか。

 おそらく戦後初めてアメリカへはっきり「否」と言った今回の決断は、日本の未来にとってとても大きなできごとです。
 幸いにも立ち止まることのできた今、私たちは〈大の国〉日本のあるべき姿をよくよく考えたいものです。
 釈尊の説かれた「慈悲」、聖徳太子の説かれた「」そしてお大師様の説かれた「マンダラ」といった思想・理想・指針は、きっと力強い道標になることでしょう。
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2007
11.23

お寺は誰のものか ②

 ご質問がありました。
壇信徒ってどういうものですか?檀家は解りますが、信徒って言うと、檀家でなくても誰でも信者になれるんですか?」
 もちろんそうです。
 み仏も、そのご加護も、相手を選ぶはずはありません。
 当然、お寺は万人へ開かれています。

 だから当山では、いつでも誰でもお詣りしていただけます。
 ただし、今は小さな本堂一つですべての法務を行っているので、ご加持の秘法中などはお詣りが不可能になります。
 そうしたこともあって、寺子屋を含む守本尊道場の建立を願って活動しています。

 また、当山とのご縁に感じるものがあり何らかの形でつながったからといって、一切、束縛はしません。
 もしも、守本尊様へ手を合わせたい時や護摩を焚く例祭などに当山へおでかけになられ、普段は近くの観音堂へお詣りに行かれたとしても、問題はありません。
 み仏とは私たちの霊性が持つ徳の根源であり、それは無限にあるからです。
 たとえば、観音菩薩や吉祥天のイメージは優しさの究極であり、不動明王や毘沙門天のイメージは厳しさの究極であって、至心に祈ればそうした徳がはたらき、何らかの形でご加護が現れるものです。
「この仏様さえあれば、他の仏様にお祈りする必要はありません」とか「別な神様に祈ると罰が当たります」などという話は迷った人間のやることであり、無限の入り口と無限の広さがあるみ仏の真実世界とは次元がずれています。

 こういうご依頼もありました。
「もう墓地は用意してあるんですが、いよいよ年をとると後のことが心配になります。
 おたく様は遠いんですが、ちゃんと供養していただけるんでしょうか?」
 また、こんなご質問もありました。
共同墓法楽の礎』に関心を持ってどうしようかと考えています。
 ところで、このあたりのお寺では、共同墓だと、お墓の前でちゃんと拝んでくれないんですが、おたくでは大丈夫でしょうか?
 当山では、どこに墓地があろうと、まったく差別・区別なく修法を行います。
 もちろん、一般墓地にお墓がある場合と、共同墓に眠っておられる場合とで修法が異なることもありません。
 み仏の世界でそうした区別のあろうはずはないのです。
 お墓の形態やお布施の額によって祈る、祈らない、あるいは修法の長さが違うなどということはありません。
 共同墓の方は、「これが良い」と信念で選ばれただけでなく、いろいろな事情によってここで眠る方などもおられるので、一般墓より一層、安心を祈られるべきです。
 ただし、十三仏様がおられる当山の『法楽の礎』は墓苑の柱であり、墓苑を訪れるたくさんの方々がここで合掌されるので、とても嬉しく思っています。
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2007
11.22

お寺は誰のものか ①

お寺誰のものか」という問は、「お寺は何なのか」という問と同じです。
 それは、法的に最高の意志決定機関は責任役員会ですが、永続性のある宗教活動をするのが宗教法人であり、僧侶がいなければ活動は不可能だからです。
 もしもダメな僧侶を法的に追放したとしても、聖職者として法務に勤しむまっとうな僧侶を招かないかぎりお寺は死んだも同然です。
 つまり、冒頭の問は〈所有権〉の問題ではなく〈ありよう〉の問題なのです。

 ではどういうものがお寺かといえば、仏宝(ブッポウ)・法宝(ホウボウ)・僧宝(ソウボウ)という三宝(サンポウ)のある所が本当のお寺です
 
 まず仏宝です。
 ご本尊様としてのみ仏がおられなければ、お寺ではありません。
 ただし、単に仏像があればそれで良いのではなく、きちんと法を結んでみ仏に仏界から仏像へ降りていただくことによって初めて、仏像はみ仏の宿る尊像となります。
 だから、美術館も骨董屋さんも、お寺ではありません。
 しかし、仏宝があるだけでは本当のお寺とは言えません。
 もしも法宝僧宝がなければ、遺跡か観光地でしかありません。
 忘れ去られようとしているか、もしくは見世物になっているだけであり、本来の役割を果たしていからです。

 次いで法宝です。
 これはよく「教え」とされますが、経典があるだけではなく、教えに生きる聖職者である僧侶が法を結ぶことによってみ仏から降りる法の力もあればこそ、宝ものとされます。
 ただ、経典が読まれているだけでは、朗読の会が催されているのと同じであり、本当のお寺とは言えません。
 仏法について語られているだけでは、講義が行われる大学の教室かカルチャーセンターと同じであり、本当のお寺とは言えません。
 もしも、経典しかなく仏宝僧宝がなければ、図書館か博物館か学問所でしかないのです。

 そして、僧宝です。
 これは聖職者としての僧侶と、お寺を支え、お寺に救われる者としての壇信徒両方を指します。
 聖職者は、教えを学び修行し、法務として実践します。
 もちろん、世間的な利を得る行為は行いません。み仏にすべてを捧げているからです。
 聖職者としてのふるまいに欠ける者は、当然、宝ものではありません。
 釈尊は、「姿形だけ行者であったとしても、真の行者とは言えない。ただの愚か者である」と、厳しく弟子たちへ指導されました。
 
 壇信徒は、み仏へ帰依し、布施行によってお寺を支えます。
 掃除や寺務の手伝いをしたり、金銭などのモノを捧げたりする布施行はあくまでも自発的なものであり、第一の仏道修行とされている行をすることによって己を清め、己を高め、祈りに誠心を込めます。
 托鉢の修行で、祈りが終わりお布施をいただく時に心で「財法二施(ザイホウニセ) 功徳無量(クドクムリョウ) 檀波羅蜜(ダンパラミツ) 具足円満(グソクエンマン)」と唱えます。
 それは、僧侶の法務による法の布施つまり法施(ホウセ)と、ご縁の方のご喜捨による財の布施つまり財施(ザイセ)がとどこおりなく行われ、僧宝による檀波羅蜜つまり布施という無限の功徳を生み出す修行が円満に成就したという意味です。

 密教では、この布施行を守りお導きくださるみ仏を檀波羅蜜菩薩(ダンパラミツボサツ)とお呼びします。
 虚空蔵菩薩様のそばにおられ、女性の姿で作業をしやすい衣をまとい、手にはたくさんの花を盛った金剛盤を手にしておられます。
 もしも「我がため」という気持が強く、他のためになろうと思えない邪慳で淋しい心になった時は、真言を唱えたいものです。
 得るよりも与えることが何倍も嬉しいことを思い出されるに違いありません。
「思い出す」というのは、私たちは本来み仏の子であり、修行するためにこの世へ生を承けた存在だからです。
 真言です。
「おん ばぎゃばてい だのう じはてい びしゃりじゃ ほらや だなん そわか」
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2007
11.22

銀杏について

 当山の参道付近に銀杏がたくさん落ちています。
 今年は例年よりもつぶが大きいようです。
 必要な方は、ビニール袋でも持参しておでかけください。
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2007
11.21

『理趣経(リシュキョウ)』百字偈 ④

欲等をもって世間を調して 浄除(ジョウジョ)することを得しめるが故に
有頂(ウチョウ)より悪趣に及ぶまで 調伏(チョウフク)して諸有(ショウ)を尽くす


「有頂」は、いわゆる有頂天のことで、私たちが経巡る六つの世界のうちの最上界である天界にあってその極みとなる頂。この上ない安楽に満ちた世界です。

悪趣は、いわゆる三悪道のことで、私たちが経巡る六つの世界のうち、最も苦しみが多い三つの世界。地獄界餓鬼界畜生界です。

調伏は、仏法によって悪を去り、本来の仏心に目覚めさせることです。

「諸有」とは、情すなわち感覚を有する生きもの、殺されることを望まぬ生きとし生けるものです。

 つまり、この一節は、「大欲(タイヨク)により、世間の人々を虜にしている我欲をコントロールし、我欲を仏心に導かれる清浄な大欲に変え、天界から地獄界まですべての迷いの世界に生きる者たちを教化して、救い漏れはない」と言っています。

 大欲の輝きは、必ず周囲にある我欲へ影響を及ぼします。我欲を超えさせる圧倒的な力があります。
 それはあたかも野球少年の前にイチロー選手が立つようなものです。
 また、20年以上もアフガニスタンで貧困層の医療に献身的な情熱を注いでいる中村哲氏のこうした言葉は、強者の我欲が無慈悲となって表れている文明へ鉄槌を下します。

「さかしい国際貢献や国際化の論議はあまりに索漠たるものに思えた。少なくとも、我われの活動の精神とは無関係であった。私はたんに日本人としての矜持の残滓を引きずりながら、ただ家族を思うように、アフガニスタンとペルシャワールの仲間のことを考えていたにすぎない。自分は日本人であると同時に、もはやペルシャワールの人間であった。そして、それ以上にもそれ意外にもなれなかった」
「ヨーロッパ近代文明の傲慢さ、自分の『普遍性』への信仰が、少なくともアフガニスタンで遺憾なく猛威をふるったのである。自己の文明や価値観の内省はされなかった。それが自明の理であるのごとく、解放や啓蒙という代物をふりかざして、中央アジア世界の最後の砦を無惨にうちくだこうとした。そのさまは、非情な戦車のキャタピラが可憐な野草を蹂躙していくのにも似ていた。
 老若男女を問わず、罪のない人びとが、街路で、畑で、家で、空陸から浴びせられた銃弾にたおれた。原爆以外のあらゆる種類の武器が投入され、先端技術の粋をこらした殺傷兵器が百数十万人の命をうばった。さらにくわえて、六百万人の難民が自給自足の平和な山村からたたきだされ、氷河の水より冷たい現金生活の中で『近代文明』の実態を骨の髄まで味わわされたのである」
「たとえ文明の殻をかぶっていても、人類が有史以来保持してきた野蛮さそのもの、戦争そのものが断罪されねばならないと思うのである。
 我われの敵は自分の中にある。我われが当然とする近代的生活そのものの中にある」


 11月16日、こんな記事が新聞に載りました。
 米大リーグ、ニューヨークヤンキースからフリーエージェントとなっていたアレックス・ロドリゲス内野手(32歳)がヤンキースとの契約更新に合意し、その年俸は10年間で約302億5000万円に達したのです。
 アメリカの人々はこうしたべらぼうな富を得ています。
 その一方では、地球上のいたるところへ巨額の資金を垂れ流す軍隊が出動しています。アメリカの軍事費は、世界第二位から第十位までの国々が使う軍事費の合計に匹敵します。
 しかも、自国の地下資源にはほとんど手をつけていません。
 こんな芸当が可能なのは、アメリカが世界中から富を奪っているからに他なりません。武器で他国のモノを奪い、宗教で他文明の精神風土を席巻しているからに他なりません。
 それ以外、世界一の借金国アメリカが栄華を謳歌し続けるいかなる方法がありましょうか。

 こんなアメリは今、サブプライムローン問題に揺れています。
 わずかな人びとの栄華のために貪られ、おきざりにされた人びとは、いよいよ生活の場さえ失いつつあります。
 日本のテレビに出る評論家は口々に日本への影響を論じますが、過酷な条件の下で家のローンが払えなくなり、家を失う膨大な人びとの嘆きや苦しみや困難を思って発言する人はどれだけいるでしょうか。
 
 私たちは敗戦後、虚飾と傲慢をはらんだ文明に隷属したままで、千年の歴史を通して培ってきた徳を失いつつあります。
 仏心に目覚め、大欲を持ち、その眼で真実を見つめ、徳を取りもどしたいものです。
 強者が弱者を利用し尽くす「無慈悲」が蔓延する社会を変えねばなりません。
 大欲の人、中村哲氏はアフガニスタンからこう観ました。

「近代化された日本でとうの昔に忘れ去られた人情、自然な相互扶助、古代から変わらぬ風土――歴史の荒波にもまれてきた人びとは、てこでも動かぬ保守性、人間相応の分とでもいうべきものを身につけています。
 ここには、私たちが『進歩』の名の下に、無用な知識で自分を退化させてきた生を根底から問う何ものかがあり、むきだしの人間の生き死にがあります。こうした現地から見える日本はあまりに仮構にみちています。人の生死の意味をおきざりに、その定義の議論に熱中する社会は奇怪だとすらうつります」


2007
11.18

エデット・ピアフ

 過日、勉強になるからぜひ観ておくべきだとお薦めくださったTさんの言葉を信じて、久方ぶりに映画館へでかけました。
 目的はフランス映画『エデット・ピアフ』です。
 初めて訪れた映画館はとてもこじんまりしていて、座席数は百もありません。
 開館を待っていた老若男女と一緒に入場した時は、よくこれで経営できるものだなあと心配になりましたが、映画が終わってからは、まったく別な感想を持ちました。

 感覚を激しく刺激しようとするわけでなく、ハッピーエンドでもなく、流行に乗ろうともせず、深い憂愁と深刻な人生上の根本問題を正面からぶつけてくる『エデット・ピアフ』のような本ものは、こうした映画館で上映されるのがもっとも相応しいに違いありません。
 たとえ数は少なくとも、いつの時代であれ決して絶えないある種の人々に支えられて継続が可能になるものには、中島みゆきの絶唱『地上の星』と共通の世界が宿っています。
 もしかすると、Tさんは、そのことを再認識させようとこの作品を勧めたのではないかとすら思わされるほど、作品と映画館はマッチしていました。

 フランスでは、八週間で五百万人以上(フランス国民の一割に相当)もの人々が観ました。
 孤高の天才へ果敢に挑んだ主演女優マリオン・コティヤールの鬼気迫る快演は、きっと歴史に残ることでしょう。

 さて、肝心のエデット・ピアフです。
 貧しさと家族の離散から彼女の人生は始まり、心を通わせる人々との相次ぐ別離が生涯、つきまといます。
 重なり重なる不幸によって姿勢は猫背になり、人を上目遣いに見る癖がつきました。
 育ちがもたらす無頼の匂いは身から離れず、不幸に耐える過程で覚えた不幸とのなれ合いとも言うべき自滅行為へ傾きます。
 幼少の頃からの敵である孤独に勝つため、いのちをかけてでも喝采を求め続けなければなりません。
 寂しさに耐え、辛さに負けないために酒や麻薬に溺れます。

 毎日毎日、剣が峰に立って闘うような全力投球を続けるしかなく、峯の狭い稜線を歩いているかのように不安定な日々のすべては、歌という芸術に結晶します。
 運命の孕む幸も不幸も、人の行う善も悪も、愛も孤独もすべてが歌にこめられ、歌も歌手も圧倒的な存在感で人々を魅了します。
 その〈いのちが裸で露呈し五感をとらえて放さぬ光芒を放っている〉存在感の前には、もはや芸術の目標とする美すら忘れられてしまいます。
 まるで大日如来のまばゆい世界を表す『理趣経』です。
 実際、映画を観てから、読誦する『理趣経』に新たな感覚が伴うようになりました。

 釈尊聖徳太子弘法大師、バッハ、ベートーベン、モーツアルト。宗教であれ、芸術であれ、人間にとって可能な限りの「高み」へ到達した人は、時空を超えた存在になります。
 この映画は、そうした奇跡を目の当たりに見せてくれます。
 やはりTさんの眼力は確かでした。
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2007
11.18

秘鍵大師(ヒケンダイシ)

 写真家櫻井恵武先生から「秘鍵大師(ヒケンダイシ)」の写真をいただき、額装しました。
 例祭の用意が調った本堂へお祀りしたところ、千枚にも及ぶ写経を納経されるためにSさんが来山されたので、さっそくご宝前へ置き、ご説明申し上げました。

「この写真は、嵯峨大覚寺の秘仏を映して創ったお像で、お大師様が般若心経を説いておられるお姿です。
 本堂でSさんが最初に眼にされたのは、お大師様のおはからいではないでしょうか。
 古来、般若心経はたくさんの聖賢方によって説かれていますが、お大師様が書かれた『般若心経秘鍵(ハンニャシンギョウヒケン)』は、異次元の解説書です。
 それは、ただ目読したり読誦したりするだけでなく、正当な修行によって経典に説かれている世界そのものに入った行者でなければ感得できない内容だからです。
 嵯峨天皇の御世に、飢饉と疫病で国民が苦しんだおり、お大師様は天皇へ般若心経の写経を勧め、自らは修法し講読されました。『般若心経秘鍵』はその解説書ともいうべきものです。
 私たちは、これを学び行ずることによって般若心経に表れている般若菩薩、そして観音菩薩の大きなご加護をいただけます。
 今後、当山は、秘鍵大師のお導きでそれを実践して行きます」

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 以前、お届けするものがあって、早朝、Sさんのお宅をお尋ねしたことがありました。
 まだ、薄暗いというのに、道路に面した小窓から、部屋の明かりを灯したSさんが机に向かっている姿が見え、写経をしておられるのだと判り、郵便受けへお届けものを入れてから合掌して帰山しました。
 お子さんたちのために毎朝写経を欠かさないSさんは、まさに観音菩薩です。

 Sさんは、こんな体験もしておられます。
「ある朝、家でドシンという大きな物音がして跳び上がりました。何ごとかと思ってあたりを調べても特段変わったことはありません。
 お昼近くになったら今度は急に体調がおかしくなり、しばらくソファで横になっていました。
 有料老人ホームにいる母が亡くなったという知らせがきたのは陽が傾きかけてからです。
 昼食の時に食堂へ降りてこないのでおかしいと思った職員さんが部屋をのぞいてみたら、母が本を顔へ載せたままベッドに横たわっていたそうです。
 本の好きな母は朝食を摂ってからいつものように読書を始め、そのまま脳をやられてお昼頃に逝ったのではないかという診断でした。
 少し前、交通事故に遭いながら奇跡的に軽症で済んだことがありましたが、それもドシンと鳴った時刻です。きっと母が護っていてくれたんでしょうね」

 こうした篤信の方々のご縁をいただいていることは、当山にとって何よりの支えです。これからも、秘鍵大師に導かれ、皆さんと共に般若心経におすがりしながら進みたいと願っています。

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2007
11.15

NHK文化講座講義録2 ―愚暗品(グアンボン)―

 NHK文化講座で行った法話の一部を記します。

 昔、釈尊が舎衛国で説法しておられた時のことです。
 もうすぐ80歳に手が届こうとする富裕のバラモンAが、立派な家屋敷があるにもかかわらず、さらに普請を重ねようとしていました。
 Aは、他人の言葉に耳を貸さず、ただただ自分や一族の利益のみを追い求めてここまできた人です。
 釈尊が霊眼で観ると、見かけは意気軒昂でも身体は衰弱が進み、心には積んだ徳の宝ものがありません。
 まっとうに寿命を終えることなく、もうすぐ不慮の死を遂げるようです。

 Aの死後に苦が待っていることを哀れんだ釈尊は、弟子のアーナンダを連れて説法にでかけました。
 少しでも心を清めてから死を迎えさせようとしたのです。

 釈尊は訊ねました。
「Aさん、疲れてはいませんか。今また家を造っているようですが、いかなる安心を求めておられますか?」
 そして、来客用、家族用、子供用、奴僕用、宝物用、夏用、冬ようといろいろ造っていると答えたAへ、人生の根本を説いた尊い教えがあるので、ちょっとだけ耳を貸してはくれませんかと問いました。
 しかし、Aは、忙しいからそのうちにきてくれと取りあいません。
 そこで、釈尊はこうした教えを説かれました。

子(こ)有り財有りとて、愚は惟(コ)れ汲汲(キュウキュウ)たり、我(ガ)且(カ)つ我(ガ)に非(あら)ず、何ぞ子と財とを憂えんや


(愚かな人は、家族や財物を自分自身と勘違いして、それらを守り富み栄えさせるだけで汲々としている。
 そもそも、自分と思っているものは煩悩にまみれた我(ガ)でしかなく、本当の自分というものはなかなか解らないし、いつまでこの世にいられるかも解らない。
 真の自分を知り、真の生き方を得ずして、家族や財物いつまでとらわれているのか)

 さらに、死はいつやってくるか判りませんよ、真の智慧を得ていない人ほど自分は人生を知っているなどと勘違いするものですよと説きましたが、Aは話に乗らず、帰れと言います。
 釈尊がその場を離れて間もなく、工事中の屋根が崩れ、Aはたちまち死んでしまいました。
 栄えている一族も、豪壮な家屋敷も、あの世に旅立ったAには何の役にも立ちません。
 Aは、ただただ、我欲という地獄行きの切符を手にしただけであの世へ旅立ったのです。

 霊眼でそれを知った釈尊は、次の村で遭った行者たちへこのできごとについて語り、さらにこう説かれました。

頑闇(ゲンアン)の智に近づくは、瓢(ヒサゴ)の味を斟むが如(ゴト)し、久しく狎れ習うと雖(イエド)も、猶(ナオ)法を知らず
開達(カイタツ)の智に近づくは、舌もて味を嘗(ナ)むるが如(ゴト)し、須臾(シバラ)く習うと雖(イエド)も、即ち道要(ドウヨウ)を解(ゲ)す


(愚かな者が智者に近づいても、聞く耳を持たなければ、おいしい水が入っている器のようなものであって、それを味わえない。
 しばらく接していてすら、真理を知らぬままである。
 賢い者が智者へ近づくのは、そばにあるおいしい水を実際に飲むようなものである。
 少し話を聞いただけでも、肝心な道理を理解し、自分の血肉にできるのである)

 学ぶなら、今です。「そのうち」ほどあてにならないものはありません。
「~だから無理だ」はいいわけです。
 大日如来は不断に説法しておられます。
 それを今、聞けるかどうかは、自分の心にきちんとアンテナを立てるかどうか、アンテナを磨いておくかどうかにかかっています。

 アンテナを放置するのは自分以外の誰でもないのです。
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2007
11.14

秘仏の衝立

 史上初めて四国八十八霊場秘仏を撮った写真家櫻井恵武(サクライメグム)氏から大きな荷物が届きました。
 ご寄進された衝立です。
 描かれている秘仏四国八十八霊場のみ仏で、画家橋アキラ氏の細密画がまとめられています。
 真夏の7月、櫻井恵武氏からいただいた愛染明王の額を修復するために来山された橋アキラ氏と約束した再会が、こういう形で実現するとは思いもよりませんでした。

 衝立の片面には、金剛頂寺の「板形空海像」を中心として、薬師如来、虚空蔵菩薩、阿弥陀如来などがおられます。
 もう一面には、善通寺の「金剛錫杖頭」を中心として、大日如来、十一面観音、千手観音などがおられます。
 それぞれ四十五体のみ仏は、手に結んだ印やお顔や錫杖などで表現され、身・口・意による悟りと救済の世界がマンダラとなっています。

 いつか必ず、四国八十八霊場へお詣りしたいけれども行けない方々のためにそのご加護をいただく場を造ろうと決心している私にとっては、一足早い「み仏方の来山」となりました。
 黒色と金色と朱色が際だつ衝立の置かれた本堂は、一気に荘厳の度が高まりました。
 今日からの修法には今までに増したご加護があることでしょう。

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2007
11.13

慢心

 私たちから「和」を奪い、孤立・孤独を招く慢心という毒を持っていないかどうか、チェックしてみましょう。

1 『慢(マン)』…自分は劣った人より勝っていると誇り、等しい人と等しいと誇る心。
 何でも誇りの原因にしてしまいたいのです。

2 『過慢(カマン)』…自分は等しい人より勝っていると誇り、勝っている人と等しいと誇る心。
 自分を第一にしなくてはいられないので、真実を曲げてとらえます。

3 『慢過慢(マンカマン)』…自分は勝っている人よりもっと勝っていると誇る心。
 ここまで強情になっては困ったものです。

4 『我慢(ガマン)』…自分の存在と持っているものを実体視して高ぶる心。
「オレ様」といった感覚はないでしょうか。
 また、地位や財を自分自身と同一視する勘違いに陥ってはいないでしょうか。
 棺桶の大きさを想像し、皆と一緒に露天風呂へ入っている場面を想像してみるとバカバカしさに気づくはずです。

5 『増上慢(ゾウジョウマン)』…悟っていないのに悟っていると思い上がる心。
 何かで成功した場合や、年配者になった場合に起こりやすくなります。

6 『卑慢(ヒマン)』…大きく勝っている人より少ししか劣っていないと自分をかばう心。
 自分をかばわないではいられない心の弱さです。

7 『邪慢(ジャマン)』…自分の行った悪行に高ぶる心。
 暴走族や落書きをする人の歪んだ満足感です。

2007
11.12

辞本涯

 GO-GO PLANNING LTD. の社長木村光男氏からお便りをいただきました。
 長崎県福江島の北に位置する柏崎の海岸に立つお大師様の石像と「辞本涯」という石碑の写真が添付されていました。
「辞本涯」は「この日本の最果ての地を今、辞して旅立つ」という意味です。
 遣唐使船に乗るのは、首途の席で、天皇を前にした高官が涙を堪えきれないほどの〈いのちをかけた決断〉であり、場合によっては故国と永久の別れとなっても海を渡るというお大師様のお心に胸を突かれました。
 この衝撃は、なかなか咀嚼しきれません。
 また、書く時が来るでしょう。
 木村社長へあらためて感謝申し上げ、いただいた写真を公開します。

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2007
11.11

お焚き上げと新たな首途

 信徒Kさんがお子さんを3人連れて来山されました。
 ようやく、亡き奥さんの遺品を処理しようという気持になったのです。
 本堂へ運び込まれた段ボール6つの中には、衣類や身の回り品などがぎっしり入っています。
 木製のベッドは、当山で小さく切ってお焚き上げしても結構ですと申し上げましたが、「それではあんまりなので、自分でやります」とのこと。ご自身でバラし、後日あらためて持参することになりました。
 一言も発せず神妙に座っている皆さんの前で、早速ご供養の修法を行いました。
 また、人形など遺品の一部はお墓へいれてやりたいというご希望により、お墓の結界を外して石屋さんにカロートの蓋を開けていただき、自然へ還る範囲のお品を少々納めました。
 あらためて結界を張り供養を行う修法が済んだ時、Kさんは、心なしか、ホッとして力が抜けたような顔をしておられました。
 後姿を見送りながら、家族4人の新たな首途(カドデ)にご加護があるよう祈りました。

 当山のお焚き上げは、不要品を燃やす仕事ではなく、皆さんの心をみ仏の世界へ、あるいは御霊の世界へ届ける法務です。
 また、モノにからんだ因縁を解き放つ法務です。
 大規模な焼却炉を用意し、不動明王をお祀りして高さ五メートルにもなる屋根までつけようとしているのは、本格的な修法で供養や清めを行い、それを皆さんの目と耳で実感していただきたいからです。

 思えば、十三仏に守られる共同墓『法楽の礎』を造る時も、似たような成り行きでした。
 一軒一軒托鉢をしているうちに、合祀というものが、「跡継ぎがいなくなったので仕方なくお墓を撤去したから」とか「寺の都合で動かさねばならなくなったから」といった状況で、墓地の片隅に造った塚程度のところで行われていることに納得できなかったからです。
「お墓を持たず合祀のところで眠ろう」あるいは「跡継ぎがいないから、夫婦一緒に合祀墓へ入ろう」あるいは「息子たちと宗教が違うので、余計な心配や気苦労をさせたくない」といった積極的な気持で合祀を考え、希望する方々の願いにふさわしいものを用意するのが寺院の使命であると考えたからです。
 イメージを固め、願いを持って祈っているうちに賛同する方々が現れ、思いがけずに望み通りの合祀墓ができました。
 もちろん、壇信徒さんたたちへ頭割りのお布施依頼はしませんから、今も一肌脱いでくださった業者さん方へ支払いを続けています。
 
 今回も、〈本格的な修法を主としたお焚き上げの施設〉を造りたいという願いへ力を貸してくださる方が現れ、不動法の場にふさわしい形ができ上がりつつあります。
 Kさんのような敬虔な心を持った方々の願いにお応えできるよう、協力者の方々の篤いお心にお応えできるよう、これまで以上に修行を重ねねばなりません。
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2007
11.11

『この涙が枯れるまで』『赤い糸』3 ―ケータイ小説を読む―

ケータイ小説」のジャンルにおける代表作「この涙が枯れるまで」について書いた稿が、発表してから3ヵ月経っても、ヤフーを初めとした検索データの初めの方にランクされていることには驚かされます。
 他の方が書いたページは読んでいないので判りませんが、私のような年配者による感想や判断は少ないのかも知れません。

 私は、文芸評論家石川忠司氏が以下のように述べておられることに触発されてベストセラー『この涙が枯れるまで』と『赤い糸』を読みました。

 テクノを支える発想とは「快感が欲しいなら、何も精神的な産物=芸術なんかに迂回して手に入れる必要はなく、直接麻薬を打っちまえばいいじゃないか」ということだろう。
 ケータイ小説は音楽におけるテクノに相当する、あたらしい「文学」なのではないか。そこには描写や思想の表明など、いわゆる小説的な要素はまるで見あたらず、ただ感動=快感だけが支配的なのだから、要するに精神の否定、つまりは「人間」の否定である。


 そして、「『この涙が枯れるまで』『赤い糸』2 ―ケータイ小説を読む―」の最後にこう書きました。

 確かに表現は二次元的であり、感動=快感というストレートさには圧倒されますが、だから文学が終わるかどうかは、まだ先を見なければ判らないのではないでしょうか。
 確かなのは、作者が「善意の人」であり、「感謝の人」であり、「真摯に生きている人」であるということです。
 仏法は、心を第一に、意志を第一に、結果ではなく目的を第一に考えます。
 そうした観点からは、作者「ゆき」さん、最後にこう書いた「ゆき」さんの頑張りに敬意を表し、拍手をせずにはいられません。

☆ So Thanks ☆
大切な読者様、家族、親戚、あさみ、あかね、ちひろ、まなみ、まり、ようこ、りかこ、あけみ
From ゆき


 同時代を生きる人々の年齢はさまざまである一方、一人一人の年齢は定まっています。60歳であると同時に20歳でいられるはずはありません。
 しかし、僧侶は、時代のいのち・うねり・叫び・願い、あるいは悲嘆や歓喜をつかむために、自分の年齢という束縛を超えた感覚や視点を持たねばならないと考えています。
 皆さんの悩みや苦しみを知り、その背景を知らねば、み仏の教えを真に活かせないからです。
 そして、こうした姿勢は、和やかな社会を創るために、万人にとって必要なものではないかとも考えています。
 だから、一人で車を運転している時は、できるだけ幅広く聞き、感性のアンテナを柔軟に保とうと努力しています。
 もちろん、限界を感じる場合もありますが、できる範囲のことをやるしかありません。
 記したとおり、
仏法は、心を第一に、意志を第一に、結果ではなく目的を第一に考えます」
の姿勢を崩さず、よく解らないながらも、時代を創っているものたちをとらえる努力をして行きたい、そして、仏法を活かしたいと願っています。

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2007
11.10

『法楽』作りが遅れています

 機関誌『法楽』の発行が大幅に遅れています。
法楽』を発行する時期になると毎回のように葬儀が入り、いつもタイトなスケジュールになっていましたが、今回は、特にご縁が重なりました。
 10月25日から昨日まで、口コミで当山の活動を知った、あるいは知人の葬儀で当山の修法を体験したという方々から次々に4件のご依頼があって、皆さんと悲しみを共にする自分の(ゴウ)をあらためて考えさせられています。
 
 葬儀を求める方の悲しみ、人生相談を求める方の苦しみ、ご加持を求める方の悩み、いずれも皆さんにとってこの世で一番重いものです。
 それを共にして、悲しみを安心へ、苦しみを喜びへ、悩みを安楽へ変えるのは容易いことではありません。
 しかし、修法は、必ずその道筋を確かなものにします。
 どん底へ堕ち、たった一筋の仏光に導かれてここまできた自分の人生行路をくり返すような毎日は、懸命に生きることが本当の行であることを教えてくれます。

 今日も早朝勉強会、そして柴田町へと向かいます。
 待っていてくださる方々へ合掌しつつでかけます。
 そして『法楽』作りも進めます。
 ご加護の一日が始まります。
 読んでくださる皆さんにとってもご加護の一日でありますよう。
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2007
11.09

美空ひばりの歌詞

 枕経の帰りに、ラジオから「美空ひばり歯の裏歌詞を読んでいた」という話が流れました。

 当山では、かねてから「お経を坊主臭く読まない」という方針でおり、み仏の清らかな世界をいかに清らかに表現するかを考えていたので、実に理解できるポイントでした。
歯の裏で読む」とは、は腹から出すけれども、そのコントロールはできるだけ出口に近いところで行うことにより、そのものに余分な濁りを入れないということでしょう。
 だから、彼女の唄は表現が実に自在であり、豊かな量なのに歌詞は軽やかで、一語一語に不明瞭さはまったくなかったのです。

 読経濁声(ダミゴエ)と不明瞭な言葉は、最も聞きたくない音の範疇に入ります。
 喉に余分な力の入った唸りで清浄な経典を読誦しては、み仏に申し訳ないと考えています。
 言葉が不明瞭では、み仏に申し訳ないと考えています。
「俺は僧侶だ」という驕りが、無理な頑張りに見え隠れしています。
 悟りの世界にこうした濁りは要りません。

 修法の後で、「極楽にいるような気持になりました」「癒していただきました」「異次元の空間にいるようでした」などという言葉をいただくたびに、当山の方向が必要なものであるという確信が強まります。
 これからもなおいっそう、清らかで明瞭な読経をめざし、歯の裏で読めるよう研鑽します。
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2007
11.08

守本尊道場造営計画日記5 ―『十二因縁』―

 今日は立冬、とうとう冬になりました。秋とはいえ暑い盛りの八月に求聞持法を初めてから約七十日、もう冬を迎え、北海道は雪が降り出しています。
 おかげさまにて、唱えた真言は二十五万を超え、行程の四分の一が終わりました。何とはなしにゴールの現実感が涌いてきます。
 さて、勉強会で『十二因縁』をとりあげるためにあらためてよく考え、想を巡らしたところ、今日は今までになくクリアなイメージが持てました。きっと虚空蔵菩薩様のご褒美でしょう。

 釈尊は、なぜ苦があり、迷うのかを考察されましたが、それはとりもなおさず、迷う私たちを「こうあらしめている根本のもの」を見つける瞑想です。そうして見つかった正体が無明です。
 無明とは智慧の明かりがないことですが、ここで言う智慧はみ仏の智慧ですから、私たち凡夫にはなくてあたりまえです。「み仏として生まれてこなかった」以上、私たちは、万人共通の無明という大地でしかこの世の生活を始められません。
 釈尊無明を観、今を生きる主体としての自分がこの大地から立ち現れる様を見透されました。それが『十二因縁』です。
 学び、おりおりに、釈尊のたどられた因果の流れを訪ねたいものです。

守本尊様のご供養申込数累計 39体
○唱えた真言の回数累計 255,960回
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2007
11.08

十二因縁

十二因縁』は、釈尊の悟られた内容の基本をなすものであり、『四諦(シタイ)』と並ぶ仏法の基礎です。
苦には集まってそれをもたらす原因があり、原因となるものを滅して苦を脱するには正しい道があるという「苦・集・滅・道」を説く『四諦』は割合理解しやすいけれども、『十二因縁』はなかなか理解しにくく、ようやく掴みかけることができたのは、やはり、虚空蔵菩薩様のお力であろうと感じています。

 ちなみに、般若心経は「無明もなく、ないし無明の尽きることもなく、老死もなく、ないし、老死の尽きることもない」と説いていますが、それは、「修行によってこの世のありさまを観る視点がレベルアップすれば無明に始まる世界から超越できる」という教えであって、『十二因縁』が突然消えたり、真理でなくなったりすることはありません。
 それは、ちょうど、鉄筋コンクリートの基礎があって初めて木の香にあふれた家が建つのであり、快適な部屋にいれば土台として支えていてくれる鉄筋コンクリートの存在は忘れてしまうようなものです。
 修行という体験を経ないで理論を語る人々は、簡単に「こだわるな」などと言いますが、土台をおろそかにしてはなりません。
 土台に感謝しつつ、雨露をしのぐ居場所へ入ることが大切です。

 さて、因となり果となってつながる十二の項目は以下のとおりです。

1  無明(ムミョウ)
2  行(ギョウ)
3  識
4  名色(ミョウシキ)
5  六入(ロクニュウ)
6  触(ソク)
7  受
8  愛
9  取
10 有(ウ)
11 生(ショウ)
12 老死

 無明は、悟りの智慧がない状態です。
 行は、自分に都合良くはたらく意志すなわち我(ガ)です。
 識は、意識的であれ、無意識にであれ、自他を区別してとらえる心です。
 名色は、自分を初め、名をもったものとしてそれぞれが実体的に在るととらえる心です。
 六入は、世界を感受する六つの感覚器官とその領域です。眼と色、耳と声などです。
 触は、感覚器官と対象との接触です。
 受は、感受です。眼は色すなわち形を見るし、耳は声すわち音を聞きます。
 愛は、対象に惹きつけられて起こる欲です。
 取は、執着です。
 有は、不変の実体を持つものはないのに、自分も対象も実体であるという錯覚です。
 生は、錯覚に基づいた動かぬ自分の誕生です。
 老死は、そうした自分に訪れる終末です。

 こうして、悟りのない自分が持つ老死への恐れこそ、「ままならぬもどかしい思い」すなわち苦を代表するものです。
 
 このままではいられない思いが起こったならば(発心です)、『十二因縁』のつながりが腑に落ちるよう修行します。
 また、苦を滅する方法として『四諦』『八正道』を初めとする教えを学び、実践します。
 そこで、自分だけでなく無明の世界にあるすべての人々と共に苦を克服して行こうという心になれば、菩薩への道を歩む行者となります。
 お大師様は、たとえ「自分の苦」を脱しようとする者であっても、「のうまくさんまんだ ぼだなん ばく」という真言を唱えながら行ずれば、自他共に救われる大日如来の世界へ入られると説かれました。

 今日は大日如来の縁日である八日です。
 こうした稿を書けるとはありがたいことです。
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2007
11.07

声明 ―「四智梵語」について―

 真言宗では、修法の最初に「四智梵語(シチボンゴ)」という声明(ショウミョウ)を唱える場合があります。
 声明とは、そもそもシャブダ・ビドヤーすなわち「サンスクリット語の音韻を学ぶ学問」のことでしたが、だんだんに唱える文言を指すようになりました。
 
 この「四智梵語」は「四智讃」ともいわれ、大日如来の徳を讃える聖なる歌になっています。
 四智は、根本仏大日如来の究極的な智慧を四つの方面から示すもので、それぞれを東の阿閦(アシュク)如来、南の宝生(ホウショウ)如来、西の阿弥陀(アミダ)如来、北の不空成就(フクウジョウジュ)如来が受け持っておられます。

1 阿閦(アシュク)如来の智慧は「大円鏡智(ダイエンキョウチ)」と呼ばれ、私たちの心のはたらきを深層意識のレベルまでありのままに観透す智慧です。
 自分と世界に起こっていることごとを正確に知らねば、真実の生き方はできません。

2 南の宝生(ホウショウ)如来の智慧は「平等性智(ビョウドウショウチ)」と呼ばれ、我による気まま飼勝手な取捨選択をせずにものごとを平等に観る智慧です。
 私たちは、生きている間に体験したさまざまなできごとを潜在意識へ溜め込んでいるので、ここが清らかにならないと、潜在意識に導かれて良きことを行う一方で、思わず悪しきことも行ってしまいます。

3 西の阿弥陀如来の智慧は「妙観察智(ミョウカンザツチ)」と呼ばれ、変化や同異などを正しく観察する智慧です。
 これが曇っていると、周囲の環境へ適切に対応できず、自覚や決心も誤ったものになります。

4 北の不空成就(フクウジョウジュ)如来の智慧は「成所作智(ジョウショサチ)」と呼ばれ、行いを誤らない智慧です。
 これが曇っていると、見るものや聞くものなどによって煩悩が動き、悪しき行動へ走ってしまいます。


 この四つが円満に備わった完全な智慧を大日如来の「法界体性智(ホッカイタイショウチ)」と呼びます。

 密教行者は、み仏の世界を讃え、その徳をいただくために心からこの讃歌を唱えます。
 法によって結界を張った聖なる空間で聖なる歌を耳にする方々は、そこに居るだけで必ず清められます。
 時折、終わってから「なぜだか判りませんが、清められたような気がします」などと実感をお伝えいただくことがあり、み仏への感謝を重ねつつ大切に唱えています。
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2007
11.06

日本の歌37 ―里の秋―

44 里の秋 
   作詞:斎藤 信夫 作曲:海沼 実
   昭和20年12月24日 NHK「外地引き揚げ同胞激励の午後」で川田正子が唄う

1 しずかな しずかな 里の秋
  お背戸(セド)に 木の実の落ちる夜は
  ああ かあさんとただ二人
  栗の実 煮てます いろりばた

2 あかるい あかるい 星の空
  鳴き鳴き夜鴨(ヨガモ)の 渡る夜は
  ああ トウさんの あの笑顔
  栗の実 食べては おもいだす

3 さよなら さよなら 椰子(ヤシ)の島
  お船にゆられて 帰られる
  ああ とうさんよ 御無事でと
  今夜も かあさんと 祈ります


 この歌は、昭和16年、千葉県在住の小学校教員斎藤信夫が「戦地にいる父親への慰問」という想定で書いた「星月夜」が下地となっている。
 だから、1番、2番にこう続いていた。

3 きれいなきれいな椰子の島 しっかり護って下さいと 
  ああとうさんのご武運を 今夜も一人で祈ります
4 大きく大きくなったなら 兵隊さんだようれしいな 
  ねえかあさんよ僕だって 必ずお国を護ります


 昭和20年、斎藤信夫は、日本の敗戦を受けて辞表を提出した。
 子どもたちへ神国日本の不敗を説いてきた教師として、潔く責任をとった。
 年の暮れ、そんな斎藤信夫のもとへ、「音羽ゆりかご会」を主催する作曲家海沼実から至急電報が届く。
「スグオヒデコフ カイヌマ」
 南方からの引き揚げ者を乗せた復員船が神奈川県の浦賀港へ入港するおりに、日本放送協会(NHK)が励ます番組を流すことになり、海沼実へ歌の依頼があったからである。
 
 海沼実は、膨大な資料の中から、かつて童謡について篤く語り合った斎藤信夫の「星月夜」を選んだ。
 しかし、当然のことながら3番と4番は不適切であり、その部分を趣旨に添った文章にする必要があった。

 斎藤信夫は、放送当日まで頭脳をしぼり、ついに新たな3番を書き終えて日本放送協会へ駆けつけ、少女歌手川田正子と一緒に待っていた海沼実へ原稿を渡した。
 海沼実によって題名ヲ「里の秋」と変えられた歌が川田正子の声で流れた時、スタジオはあたかも浄化されたこのように静まりかえり、その直後から始まった反響は凄まじいものがあったという。
 日本放送協会は、「復員だより」という番組でしばらく流し続けることにした。

 この縁で川田正子の家庭教師となった斎藤信夫は、やがて一年後、本分の教師に戻る。
 76歳で生涯を閉じるまでに作詞した歌は1万1千曲を超えた。

 海沼実も、「音羽ゆりかご会」活動を通じて敗戦後の荒廃へ精力的に立ち向かい、未来を担う子どもたちと復興へかける大人たちを励まし続けた。
 常々、娘美智子へこう語っていたという。
「学校で教えている音楽が主食とすれば、僕の音楽は栄養のあるおいしい心のおやつだ」
2007
11.05

11月の聖語

 蘇生の族(ヤカラ)途(ミチ)に佇(タタズ)む。夜変じて日光赫赫(カクカク)たり ―弘法大師

(瀕死の人々は死の床から立ち上がり、星月が鮮やかに耀いて、闇夜は日光があるかのごとき明るさをとりもどした)

 仏法に帰依した指導者たちが心を清め我を離れた智慧を獲得することによってこそ日本が極楽浄土になると信じたお大師様は、病気を治したり井戸を掘ったりして市井の人々を救う一方で、天皇をはじめとする人々を教化しました。
 
 天長元年(西暦824年)、干ばつによって民が苦しむ様子を憂いた淳和天皇は、お大師様へ相談しました。
 お大師様は、
「自分も一人一人を救う努力をしていますが、帝にあっても、救済の願いを込め、紺色の紙に金で般若心経を写経してください」
 帝が、苦しむ者へ(クウ)を説いて何とするとすると問うた時、お大師様は答えました。
「般若心経はただこだわるなと説くものではなく、『ぎゃてい ぎゃてい はらぎゃてい はらそうぎゃてい ぼうじそわか』の真言があらゆる苦を抜き楽をもたらす真理を説いた密教経典です。読誦し、写経し、祈ることによって救われぬことがありましょうや」
 英邁な帝は納得し、自分は写経に勤しむのでそなたは雨を降らす修法をしてくれと懇請されました。
 
 お大師様に先んじようと興福寺の守敏が名乗り出て修法しましたが雨は降りません。
 その間、お大師様は、かつて一緒に海を渡った橘逸勢(タチバナノハヤナリ)などと共に東寺の門前で炊き出しを行いました。
 お大師様は集まる人々へご加持を行い、守敏が失敗した降雨法を成功させて三日三晩雨を降らせ、人々を救いました。

 後に般若心経の深意を説き示す『般若心経秘鍵(ハンニャシンギョウヒケン)』を書いたお大師様は、その最後に、冒頭の一節を記しました。

 帝の求めに応じて講釈したところ、帝は願をかけて写経を始められた。
 まだ結願(ケチガン)もせぬのに瀕死の人々は死の床から立ち上がり、星月が鮮やかに耀いて、闇夜は日光があるかのごとき明るさをとりもどした。
 これは、厳しい戒律に生きる私の徳がもたらしたのではない。
 理想的指導者たらんとする帝の般若心経を信ずる力がもたらしたのである。



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2007
11.03

11月の守本尊様

 今月(11月8日から12月6日まで)の守本尊様は阿弥陀如来様です。

『遍處行智力(ヘンショギョウチリキ)』をもって、人々がどのような世界へ行こうとしているかをご覧になり、地獄界などの悪しき世界へ入らぬよう、お導きくださいます。
 正しく念ずるならば、そのお力により、必ず善き所へ連れて行ってくださるのです。

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