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2007
12.31

日本の歌47 ―四季の歌―

四季の歌 
  作詞:荒木とよひさ 作詞・荒木とよひさ 昭和47年 歌手芹洋子でヒット

1 春を愛する人は 心清き人
  すみれの花のような ぼくの友だち

2 夏を愛する人は 心強き人
  岩をくだく波のような ぼくの父親

3 秋を愛する人は 心深き人
  愛を語るハイネのような ぼくの恋人

4 冬を愛する人は 心広き人
  根雪をとかす大地のような ぼくの母親


 昭和47年は、あさま山荘事件、川端康成の自殺、沖縄返還、田中角栄通産相の「日本列島改造論」発表と、新しい道を切りひらこうとする日本のマグマが激しく活動していた年である。
「ゴッドファーザー」「必殺仕掛人」「木枯し紋次郎」が一世を風靡していた。
 時代は「どうすべきか」、「何が正しいか」を求め、鉱山を掘る掘削機が鉱脈を求めるように行く先を探していた。
 
 初めてこの歌を耳にしたのがいつだったかは定かでないが、天命を見つけられぬままに仕事や結婚生活であっという間に過ぎて行く日々にあって、心の足を止める時間を与えてもらったことだけは覚えている。
 ただ、友人を「すみれ」に例えたことはよく理解できなかった。
 周囲にいる誰もが、ひまわりと同じく陽光の方向をめざして伸びようと競っていたからである。

富谷ネット」内の「花言葉」によると、「多年草で、紫、黄、白色、などが有り、春は日当たりの良い場所、夏は半日陰に、水はけの良い所を選んで植える。日本の野生種は60種類以上ありスミレ大国と言える、それに園芸種がある」。
 あらためて同ネットの写真を眺め、やっといくらかは理解できたような気がする。
 人生がうまく行こうと行くまいと、それぞれの色や形やそれぞれの方向を持って生き、友情という大地から安心や励ましといった心の肥やしをもらって共生しているのだ。

 父親、恋人、母親については言葉を要しない。
 歌詞はあまりにはっきりと根本を突いており、あの時代に若者だった世代はこうした指標を自然に潜在意識へ入れて生き、導かれて大人となり、人生の終盤を迎えつつある。
 幸せだったと言えるのかも知れない。

 ところで、かつて当山へ足をはこび奉仕活動に汗を流した時期もあったOさんへ、一言メッセージを送っておかねばならない。

 貴方がどこにおられようと、守本尊様は「日は365日昼夜を見守り、時は一刻の休みなく八方天地十方世界を」守っておられます。
 お大師様に学んだとおり、「同行二人(ドウギョウニニン)」です。
 時が経ったからといって遠慮する必要はありません。
 途方に暮れた時こそ、み仏のご加護の手はすぐそばへ伸びてきています。
 困っていたならいつでも連絡してください。
 貴方の、三日月のような優しい目になるくったくのない笑顔も、髪をたくし上げても隠しきれない淋しさも、力いっぱいの健気なふるまいも、私の脳裏には今も鮮やかです。
 毎日、毎日、その面影へ祈っています。
 ご加護を祈っています。


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2007
12.30

第五十二話 ―死ぬまで志を貫いた山本孝史議員―

現代の偉人伝~隣にいる英雄たち~とは

アレキサンダー大王、

ジンギスカン、ナポレオン、織田信長・・・戦争が生んだ、偉人とされる人々・・・。それよりも、自らを他人のために投げ打って、人や命を助けた人々の生き様こそ、学ぶべきではないでしょうか? あなたの身近にいる偉人を紹介してください!当山では、身近な人々の善行に関する情報を集めています。

>詳しくはこちらをご覧ください。




  12月22日、クリスマスの音楽が流れる年の瀬、自らがん患者であることを公表し、病床にあっても活動を続けた山本孝史参議院議員逝去された。58歳だった。
 昨年の5月22日には「もう治りませんといって見放された、がん難民が日本列島をさまよっている。救えるいのちがいっぱいあるのに、次々と失われている」と演説した。
 国や地方自治体へがん対策の責務を明確に負わせ、がん対策の充実をはかる「がん対策基本法」が参議院本会議において全会一致で可決、成立したのは、6月16日だった。
 今年の5月、主治医から抗ガン剤治療の続行が不可能であると宣告されてなお、「がんイコール、リタイアではない」と死ぬまで議員活動を行う決意をし、たった4回しか街頭演説ができなかったにもかかわらず、参議院議員選挙に当選した。
 酸素吸入器を抱えながらも、あるいは国会で、あるいは街頭で、あるいは病床で弱者のためにいのちの限りを尽くし、逝かれた。

 おりしも、12月27日、国の責任を認めず「これで好きにしなさい」と患者たちへ金銭を投げ与えて解決を図ろうとした政府が、世論の沸騰と自民党・公明党(創価学会)内部からの「選挙に負ける」「支持者や信徒に説明できない」との悲鳴に押されて、急遽姿勢を変えた。
 薬害肝炎訴訟の政治決着である。
 たった一人の議員が、重病を抱えつつ、正義を実現するためにいのちをかけて闘いぬき、権力者たちは、明らかに、立場を守るために行動した。
 ――あまりにくっきりと際だったこの対比。

 亡き山本孝史議員が半年前に書いたブログ「いのちをかけて いのちを守る」(http://www.ytakashi.net/CONTENTS/0.cancer/070617shuki.pdf)を紹介し、冥福を祈りたい。

 奥さんの前文である。

「余命半年からの人生。がんイコール、リタイアではない」
 夫山本たかしにガンがみつかってから1年半になろうとしています。「治療しなければ余命半年の宣告を受けての闘病と国会議員としての活動の日々。その間、感じたことわかったことなどを夫が手記にしました。
 一人でも多くの方に読んでいただき、山本たかしの「いのちのメッセージ」を受けとめていただけたら幸甚です。

2007年6月17日 山本ゆき


 目次は以下のとおりである。

[がん患者としての日々、その思い]
朝目覚めると「今日も、一日分のいのちをいただいた」と思うようになりました。
僕のがん

[がんでも働き続ける。国会議員としての想い]
がんだからこそ、僕だからこそ
見えない力に導かれて「いのちを守る」
いろんな動きの接点

[がん患者の視点]
がん患者イコール、リタイアではない
自殺も減らせる
民主主義を守りたい
いのちを見つめ、大切にする「いのちの政策」。それを、やれるところまで、やります。僕は、あたえられた命を生き抜きます。


 議員は、最後にこう書いている。

「先生は希望の星です」と言ってくださる患者さんがおられると、自分から国会議員の仕事をやめることはできません。やれるところまでやろうと思います。いのちを見つめ、いのちを大切にするという仕事は僕に与えられた使命です。天命なのでしょう。それを自分から捨てることはできません。
僕は自らの人生を生き抜きます。

2007年6月15日記


 
 山びこが応えるように奥さんが書いた文章は、こう締めくくられている。

 孝史の願い――「僕は、治らないと医者から言われたけれど、治りたい、生きたい。生きて仕事がしたい。標準治療のあとは緩和ケアだけの日本のがん治療を変えていきたい」
 孝史とえにし(縁)を結んだ人たちが、孝史の想いに共感し、活動してくれています。あなたのメッセージを全国の人たちに伝える手伝いをしてくれています。もう、一人で頑張ろうとしないでください。私にも長く伴走させてくださいね。

2007年6月15日記


2007
12.29

NHK文化講座 ―生活と仏法―

 身近なできごとを通じて、み仏の教えを学びます。教材は最も古い経典とされる『法句経』などです。身近なできごとにも目を向け、質疑応答を交え、楽しく、真剣に、「まっとうに生きる」道を考えましょう。

一 日 時 平成20年1月9日(水)午前10時より12時まで
       平成20年1月23日(水)午前10時より12時まで
一 場 所 NHK文化センター仙台・泉
        宮城県仙台市泉区泉中央1-7-1泉中央駅ビル(スウィング)6階
        022(374)2987
一 主 催 NHK文化センター
一 申 込 NHK文化センター
2007
12.29

1月の例祭

 いずれの例祭も参加は自由です。
 護摩の火に身を近づけ、大きなご加護をお受けください。

○今月の第一例祭 1月6日(第一日曜日)午前10時より
 第一例祭では太鼓と共に『観音経』三巻を唱えます。
 ご参詣の方々へお授けとなる『法句経上巻』の教えが心の核となって前半月を無事安全に過ごされますよう。

○今月の第二例祭 1月19日(第三土曜日)午後2時より
 第二例祭では太鼓と共に『般若心経』三巻を唱えます。
 ご参詣の方々へお授けとなる『法句経下巻』の教えが心の核となって後半月を無事安全に過ごされますよう。
2007
12.29

不動明王の開眼供養会が終わりました

 おかげさまでほとんど無風の中、善男善女のご参列とご協力のもと、お焚き上げ堂の本尊不動明王開眼供養会が終わりました。
 ご本尊様の前では住職が修法し、魂入れが終わってからは、手に数珠を巻いた皆さんが、不動明王の真言である慈救呪(ジクジュ)を心に、清めた炉へ品々を入れられました。
 ご依頼を受けたお品が多く、炉の火を止めたのは夕刻でした。
 ご本尊様と炉とを仕切る高い三角のコンクリート壁の上へ本格的な屋根がかかるお堂の落成は来年になってしまいましたが、これからは随時、本格的な稼働に入ります。

 ご家族の遺品を依頼されたAさんは、早朝にお詣りされました。
 千枚もの写経を依頼されたBさんは、花を持参され、寒い中を最後まで祈っておらえました。
 親輪会の役員さんや隠形流石居合の行者などの善男善女は、後かたづけまで手伝ってくださいました。
 皆さんのお役に立てる分野がまた一つ増え、ありがたくてなりません。

[三角のコンクリートフェンスの上に大きな屋根がかかり、お焚き上げ堂が完成します]
不動開眼


[Tさん秘蔵の太刀を用い、隠形流の不動剣を修しました]
不動開眼


不動明王には赤い幡が似合います]
不動開眼


 その後、恒例の『法楽』作りとなり、6名の方々が手伝われました。
 無事完成して、お茶をいただきながらのご質問です。
 Aさん:「新たな仏壇が納入されると、しばし、奇妙な動きをして『今、ご先祖様が喜んでいます』などと言い、死んだ人が乗り移って大変だからと葬儀へ出ない方がおられます。どういう風に考えれておつきあいすれば良いんでしょうか?」

「そうしたものの9割は妄想です。私はこうなんだからと憑霊現象のような態度をとる人は、自分は他人と違うものがあると誇る邪慢(ジャマン)が潜在意識にあると観ています。
 そもそも、大切な人の葬式に出られないのは申し訳なく、そうした自分を何とかせねばと悩み、考え、手を打ってこそまっとうな人間なのに、むしろ出られないことを威張っているやに見受けられる事例が多いのがその証拠です。
 せっかく鋭い勘を持って生まれたのなら、それを智慧と慈悲と道理を用いてコントロールして自他のために生かしてこそ、値打ちがでます。
 そのためには、我(ガ)のままにふるまわず、正統で正しい修行をせねばなりません。
 我流では、我(ガ)から抜けられず、自分では神様に近い人だと勘違いし、周囲からは『困ったものだ』と思われながら一生を終えてしまうことでしょう。
 み仏の教えの道へ入って救われれば良いですね」

Bさん:「『見える』『聞こえる』を言う人の多くは、他人様のことについて余計なことを断定的に言って顰蹙を買い、やがては人間関係を壊してしまうようです。よく観ていると、その人の我(ガ)をどんどん相手にぶつけているんですね。どうしてこんな人が多くなったのでしょうか?」

「我(ガ)が現れていることを見抜いたところは、さすが隠形流の行者ですね。
 最近、テレビなどで『切る』というもの言いが流行っていますが、決して誉められたものではありません。
 マスコミによって売れるキャラクターに仕立て上げられた詐欺師まがいの人びとが、他人様の心のありようや未来について勝手に断言し、言われた人が驚いたり、怒ったり、涙ぐんだりする様子を見て視聴者が喜ぶ(視聴率が上がる」ようですが、ああしたものは、人倫を破壊する部分が多すぎます。
 時折、週刊誌などが実態を暴露するとおり、番組の制作者が作った『こうすれば視聴者は喜ぶ』というストーリーに会わせて都合の良いシーンだけをうまく流しているのが現実です。
 言われた人が明らかに事実と違うと指摘したり、無礼さに本気になって怒ったり、関係者に迷惑をかけるから取り消してくださいと厳重に抗議したり、予言と異なった結果になったならどう責任をとるのか詰問するといった現実は、まったく隠されています。
 
 相手へ有無を言わせぬ傍若無人のキャラクターに視聴者がストレスを発散させて喜べば、テレビ局は儲かる、それだけです。
 切られ役だってお金をもらっているんだから、面白おかしく役割を上手に果たせば良い。それだけです。
 そうした番組が垂れ流される結果、〈他人様の心中を忖度し、礼を失しないように言葉を選んで会話する〉、〈他人様の私的な事情については、相談でもされない限り余計な口をはさまない〉、〈相談をされたなら、相手様のことを第一に考え、自分の能力の範囲で無責任にならない助言をする〉、といったまっとうな社会人のありようが後へ追いやられ、テレビのスター気取りで迷う人びとがどんどん作られることなりました。
 そうした人びとは、往々にして善良だったりしますが、口からでまかせで真実が語れると錯覚しているので、思慮は浅く、無責任になりがちです。
 もちろん、言った結果に責任をとるなどということはありません。スターの予言がはずれてもテレビ局が護ってくれており、平気の平左なのだから、当然です。

『良いことも言っているから、やらせておいても構わないんじゃないか』というご意見もありますが、いかがなものでしょうか。
 いつも申し上げているとおり、すばらしい般若心経を奉じているからまっとうな教団だとは限りません。
 問題は、般若心経をもって何を説き、教団は何を目的として活動し、ご縁の方々をどこへ連れて行こうとしているのかが問題なのです。
 誘いの言葉へ魅力的なものを上手にちりばめるのは詐欺師の常道ではありませんか。
 私たちは、テレビを観る時、番組を作った人びとの意図を考えねばなりません。
 儲け主義に騙され、人倫を忘れ、智慧を失い、人間関係を壊してはなりません」

 こうしてお不動様に導かれた時間が過ぎました。
 考えてみれば、お不動様は、「種々界智力(シュジュカイチリキ)」をもって、私たちがどこの世界にいるのかを見極め、適切に導いてくださる方です。
 いよいよの時は、縄と剣で、迷いの世界から悟りの世界へと移動させてくださいます。
 今日の質疑応答は、「人のふり見て、我が身を直せ」であり、自分の心の状態を知り、いてはならない世界にいることに気づき、しっかりせよとのお導きだったのではないでしょうか。
 人生相談を受ける身としても、より一層しっかりした法を結んで頑張らねばならないと気持を新たにさせられました。



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2007
12.27

平成20年の運勢 その1

 平成20年は、108年に一度、天地共に千手観音様のご守護をいただく一年です。
 無事安全に活き活きと過ごすためのポイントを、7つ書いておきます。

[ポイント1 一時の正義感だけでは困難を打開しにくい]
 根の深い難事や自然現象のもたらす災害が多発する可能性の高い時期です。
 また、色欲や財欲や権力欲などに溺れて人道を踏み外す人びとは、今年よりも多くなりましょう。あるいは、そうした事例が多く発覚することでしょう。
 人倫を第一にし、人災も天災も私たち一人一人と無関係ではないことを肝に銘じねばなりません。
 予期せぬできごとに遭遇した時は、普段何を培っているかが問われます。
 わっと動く感情や、からまった義理人情や、自分可愛さ、あるいは独りよがりの正義感でなく、念じてきた信念で行動したいものです。
 溺れている人は、泳げる人の冷静な状況判断と果敢な行動によってしか救えません。
「泳げる人」とは、思いやりを持って胆力と能力を磨いている人です。防災意識を持って準備万端怠りない人もまた、「泳げる人」です。
 ドミノ倒しになることは何としても避けねばなりません。
 思いやりを大切にしながらも共倒れを避けねばならない難しい年であることを忘れないようにしましょう。

[ポイント2 基礎や土台をしっかりさせる]
 逆風へ無理に逆らおうとしても、足腰が弱ければ倒されてしまいます。
 雰囲気や感情に流されて迷うことなく、最善の道を選ぶためには、誰でも解るような道理に立つことです。
 便利な道具を競って手に入れようと焦るよりも、持っている道具を見直し、根気よく磨きましょう。
 受験勉強などでは、参考書をいろいろ買いあさるよりも一冊を徹底的に覚え込み、あとは問題集で弱いところや洩れている部分を確認することです。
 仏法を学ぶなら、「四諦」「八正道」など釈尊が所期に説かれた教えにたち帰り、基本を見直しましょう。

[ポイント3 アリとキリギリスを忘れない]
 誰もが「うまく立ち回ろう」とし、目先の利く小利口な人が虚妄の富や名声を手に入れてもてはやされる時代は終わりました。
 人生を充実させ、安心でしっかりした社会を創るものは、誠意であり信念であり精進です。
 時代を支配する共業(グウゴウ)を清め、情報化社会、国際化社会を利用して世界的規模で暴れ回る魔ものたちへ立ち向かい、その非情さに「否」をつきつける力は、私たち一人一人の誠意、信念、精進しかありません。
 まことの人生を創り、弱者への思いやりを忘れない徳によって動く社会を創るための近道はないことを覚悟しましょう。
 
[ポイント4 自らを管理する]
 いかなる事態へも適切に対応するため、体力、気力をしっかり保ち、身体を冷やさぬよう、疲労や睡眠不足は早めに解消するよう、健康管理に留意せねばなりません。
 生活環境にあっては、特に水回りを清潔に保ち、仏神を祀り、欲に汚れが付かぬよう、我欲に支配されぬよう留意しましょう。
 周囲へ気をくばり、自分の心中を見つめ、生き霊の障りや、水子霊あるいは水死者の供養をしていない後ろめたさなどへは、まごころと仏神のご加護で早めに対処し、心にひっかかりがなく爽やかに過ごせるようにしましょう。
 酒や麻薬や異性に溺れれば、いかなる力も崩壊します。色欲と食欲の制御が幸不幸の分かれ目となりましょう。

[ポイント5 老苦への対応を誤らない]
 戦中戦後を生きた人々は身心が強く、日本はさらなる長寿国家となり、老苦を抱えた人びとがどんどん多くなります。
 日本が奇跡的と言われるほど急激に国力を増し何でも手に入る時代に育った人びとは身心が上の世代のように頑健でなく、老いて行く人びとを支える力が弱くて苦労します。
 このように、老苦は万民を襲いましょう。
 老若男女がまごころで支え合い、困難を無事安全に乗り切るためには、八正道のうち、特に「正思」が求められます。

[ポイント6 正しい思考法で考え行う]
 正しい思惟とは、十善戒のうち、不慳貪不瞋恚不邪見が達成されている思考法です。
 以下の3つを心がけ、開運となりますよう。
 自分のことについては足るを知って貪らず、世のため人のためには無限の意欲(大欲)を持つこと。
 高慢心や執着心による愚かな怒りは発しないこと。一方、悪へ対する義憤は大いに発し、不動明王のように慈悲を以て行動すること。
 因果応報を信じて悪をなさず善をなし、自分を清浄に保つこと。

[ポイント7 歴史に学ぶ]
 千手観音様は、千(無限の意味です)の手と、それぞれにある千の目をもって私たちのありさまを観、お救いくださいます。
 たくさんの目は、誰一人見逃さないことを意味し、たくさんの手は、あらゆる手段を用いることを意味します。
 そして、千手観音様は過去世のできごと、人間が積んできた業をすべてふまえ、救済の手段を決められます。
 私たちも先人に学び、誤りのない努力をもって千手観音様のご縁の糸をしっかりつかみましょう。
2007
12.26

NHK文化講座講義録5 ―明哲品(ミョウテツボン)―

 NHK文化講座で行った法話の一部を記します。
 毎回、身近なできごとを題材にして充分に質疑応答を重ね、一緒に学んでいます。
 気楽におでかけください。

譬えば厚石(コウセキ)の、風も移すこと能(アタ)わざるが如く、智者は意(ココロ)重くして、毀誉(キヨ)に傾かず


(厚い石が風に動かされぬように、智慧ある者は、非難にも称賛にも動じない)

 今年最後の講座で「愚暗品」が終わりました。
 39章ある『法句経』の中で、「地獄品」などと共に、私たちの愚かな面へ最も厳しい指摘が行われている一章でした。
 来月からは新年にふさわしい智慧ある生き方のすばらしさを説く章が始まります。
 その予告編として一句を学びました。

 釈尊が仏法を説かれた当時は、カースト制度に乗ったバラモン教が主流であり、釈尊の教えは新しい思想として社会へ波紋を広げていました。
「人は生まれによってではなく、何を考え何を行うかによって何者であるかが決まる」との説は、衝撃的だったことでしょう。
 当然、各地で行う布教活動に理解を示し賛同する人びともいれば、反発し否定する人びともいたはずです。
 師が非難や称賛を受けるだけでなく、弟子たちや教団もそうしたものを浴びる時、心配や不安あるいは歓喜や高慢などによって修行者としての生き方に狂いを生じさせる者が発生したことは想像に難くありません。
 
 釈尊は、世間からいかに判断されようと、み仏の智慧を心の柱として生きる者は動ぜずに泰然自若として道を歩めと説かれました。
 根本的な救済と現世の身分はまったく無関係であるとし、支配者層へ明確に「否」を唱えながら迫害を受けなかったのは、釈尊の人徳が並はずれていたからでしょう。
 こうした師に導かれた弟子たちは幸せ者と言うべきです。

[Aさん年末の一言]
 共業(グウゴウ)はよく解りました。国策に問題があると言っても、政府をつくる人びとを選んだのは私たちなのだから、私たちの責任を認識しなければなりませんね。
 さまざまなうたい文句に流されて、強い者に好き勝手なことをさせ、多くの若者が希望を持てない無慈悲な社会を作ったのは私たちです。
[Bさん年末の一言] 
 孫から「ボクどういう人になれば良いの?」と聞かれ、「良いことと悪いことの判断がとっさにちゃんとできる人だよ」と教えたら、孫は「ボク、悪い子だった」と泣き出し、隠していたいたずらなどについて告白しました。
 ここで学んでいたことが役に立ちました。
[Cさん年末の一言]
 第一次産業がだめになって山や田が棄てられると、環境に深刻な影響が出て海も町もだめになります。若者が希望を持って山や田を守るようにしなければなりません。
 いのちの源がどこにあるのか、しっかり考え、行動したいものです。
[Dさん年末の一言]
 法楽寺で行っている社会的な弱者への祈りに、哀れな動物たちへの祈りも加えてください。
 ペットブームの裏で、身近な動物たちが悲惨な目に遭っていることを忘れないようにしたいものです。


2007
12.25

睦月の俳句

 信徒総代鈴木悦子さん(仙台市太白区在住)の俳句です。鈴木さんは、機関誌『法楽』と新聞『法楽かわら版』へ何年にもわたって投稿しておられます。掲載が一ヶ月遅れになる場合があります)

永らへし尚明日に生く福寿草


 福寿草については、これまでに何度も書いた。
 健気さを体現している花として、秋桜と双璧をなす。
 冷たさをたっぷりと含んだ容赦ない秋風に逆らう様子もなく笑いつつ決して倒れない姿。そして、支え合っているようには見えないながらきっと支え合っているにちがいない根を同じくする同胞たち。
 秋桜は凝視するに耐えず、チラリとしか視られない。
 一方、福寿草は、寒い寒いと良いながら温かな春を待たずにはいられない私たちの弱さと無関係に、固く凍った黒い土を割って屹然と立ち上がり、足元から見上げるように笑いかけてくる。
 天地の精を凝縮したようなこの花の黄金色に励まされない冬の托鉢はなかった。
 ああ、人間を遙かに超えた花たち………。
 そして、「尚」明日に生きる自分を重ね合わせている作者。
 俳句という芸術が何であるか。完結した世界はそれを示している。

倖せは世間並かなきざむ


 あるソフトで「しあわせ」と引いたら「幸」一つが現れ、「さいわい」と引いたら「倖・幸・・・嘏・祜」と出た。
 以前、当山のブログ「幸せ」へ「江戸時代までの日本人は『仕合わせ」』と書き、それは『為合わせ」』であり、『めぐり合わせ」』だったそうです。めぐり合わせなら自分で決められることではありません」と書いたことを思い出した。
 一方、「さいわい」はそもそも「さきわい」であり、境界を言う。昔の善良な人びとは、他人や他国から自分の家や領地へ進入されない日常を幸せと感じた。
 その感覚は「分」や「弁え」へ通じるものだったのではなかろうか。
 また、「」を「さいわい」と読むことも象徴的である。
 この文字は、神々への供物を載せる台である示偏の横へ酒樽の旁を組み合わせたものであり、神を称え加護を求める誠心を意味し、そのような心と行為がすでに「」だった。
 誠心への天佑神助にまちがいはなく、そこに天の扶けは確かにあった。
 しかも、供物そのものをも「福」といい、神事が終われば、天の扶けを分かち合うために、皆で拝受したのである。
 当山では、墓地での修法後、「お供えしたものは、どうぞ皆さんでおいしくいただいてください。それは、ちょうど、外出から帰った孝行息子が、待っていた親へ土産物を差し出した時、親は、『お前も一緒に食べよう』と言い、共に嬉しいひとときを過ごすようなものです」と申し上げている。
 私たちの誠心は、それをみ仏神へ向けようと神様へ向けようと清浄さに変わりはなく、仏神のご加護は確かである。
 友人を大切にし、仏神と自然を尊ぶ作者にとっての「しあわせ」とは、「さいわい」のことであるに違いない。

いっぱいの夢を蕾に福寿草

淋しさは人には云はず福寿草

菊を活け残る月日を明るうす

年用意せぬと決めたる気楽さよ

憂きことは遠くに遺りて去年(コゾ)今年

冬至とてゆず三ヶ浮かし一人風呂

小鳥来る午後の紅茶の欲しいとき


2007
12.23

第五十一話 ―子供サッカーチームの監督―

現代の偉人伝~隣にいる英雄たち~とは

アレキサンダー大王、

ジンギスカン、ナポレオン、織田信長・・・戦争が生んだ、偉人とされる人々・・・。それよりも、自らを他人のために投げ打って、人や命を助けた人々の生き様こそ、学ぶべきではないでしょうか? あなたの身近にいる偉人を紹介してください!当山では、身近な人々の善行に関する情報を集めています。

>詳しくはこちらをご覧ください。




 墓石業のKさんは30歳半ばのはたらきざかり。3人の子供を育てながら日夜奮闘している。
 日曜祭日は特に忙しい商売柄、子供たちの教育にはとても気をくばっている。
 闘志を内に秘めた涼しい目で「ここのところますます忙しくて」と言うので、「ご熱心だからお客様から信頼されるのでしょう」と相づちを打ったら、仕事ではなくサッカーが大変だとのこと。驚いた。
 毎週土曜日、どこかの小学校の校庭を借りて開いているサッカー教室が子供たちからも父兄からもアテにされており、休むに休めない。
 教室について語る活き活きとした表情は、この活動が人生の重要な柱の一つになっていることを物語っている。

 さて、30人以上の子供たちを抱えたチームは、Kさんが監督になるまで勝利を体験したことがなかった。
 試合のたびに相手へ10点以上も献上するのだから尋常な弱さではない。
 ところが、Kさんが指導するようになってから負けたことがないとは二度ビックリだった。
 
 種明かしを頼んだところ、即座に明快な答が返ってきた。
「適材適所と守りの重視です」
 もともと守備の選手だったKさんはサッカーの陣立における守備の重要性を熟知しており、これまで攻撃要員だった運動能力の高い子を守備につかせた。
 防御能力が格段に高まったおかげでほとんど点を取られなくなり、負ける可能性が低くなったおかげで選手たちから不安が薄れ、勝てるという希望が生まれた。
 先に点を取られてしまった試合で必ず生じるであろう焦りも消えたのではなかろうか。

 今や選手たちは、これまで誰一人考えもしなかったような高い目標をもって、ますます熱心に練習をしている。
 保護者たちも子供に負けぬほどの熱の入れようだという。

 Kさんはいつも、大きな身体を小さく見せようと苦労しているやに感じている。
 心根から謙虚なのだろう。守備要員だったことは実に納得できる。
 穏やかな口調ながら、一言一言に無駄がなく必要な内容は漏れなく盛り込まれているので、会話にはきちんと土台から積み上げて造られた塀のようにスキがない。
 選手たちはKさんの指導に深く納得し、その通りやれば面白いように願う結果が出ることで信頼を深めているはずだ。
 すばらしいプラスの循環が始まっている。
 Kさんはきっと名監督になるに違いない。
2007
12.23

守本尊道場造営計画 8 ―春の歌―

 22日は冬至でした。23日からは、どんどん昼が長くなります。
 立は1ヶ月以上先ですが、天地はもう、陰の極みを脱して陽の世界へ入っています。
 実は、11月26日から陽遁(ヨウトン)という時期になり、すでに、陽の世界は始まっていました。

 誰かが詠んだです。

己をば己に問うて


 は、空も、花も、心も、何もかもが朧です。
 街灯に照らされた夜桜の奧に広がるもまた、真っ黒ではありません。
 冬空に皓々と照る月が見せる笹倉山の稜線や樹々のシルエットはあくまでも鋭く、姿は有無を言わせぬ黒一色ですが、には、そうした厳然たる拒否が伴っていません。
 作者は、自分の心の階段を降りて行けばどこまで深いのかは判らないながら、の優しさに誘われてふと、入り込んだのでしょう。

 正月も立春も、すぐそこに来ています。

守本尊様のご供養申込数累計 100体
○唱えた真言の回数累計 400、680回
2007
12.21

『理趣経(リシュキョウ)』百字偈 5

蓮体(レンテイ)の本染(ホンゼン)にして垢の為に染められざる如く、諸欲の性もまた然(シカ)り。不染(フゼン)にして群生(グンジョウ)を利す。


「蓮体」は、蓮華という植物を蓮華たらしめている独特の美しい花です。

「本染」は、白や桃色など、蓮華が持っている本来の色です。

「諸欲の性」は、人間に備わっている意欲の本来の性質です。

「群生」は、人びとであり、広くは生きとし生けるものです。

 この一節は、
「蓮華はそれぞれ固有の美しい色を持っていて、土壌である泥によって染められない。
 私たち人間がそれぞれに持つ意欲もそれぞれなりにさまざまである。
 本性である仏性(ブッショウ)に導かれて欲する先をめざすならば、現世の垢に穢されることなく、縁の人びとや環境のためにすばらしいはたらきができる」
と説いています。

 大日如来の説く大欲(タイヨク)のイメージが、実に明確になっています。
 迷っている凡夫の意欲には善いものも悪しきものもあり、人びとや社会や環境のためになる場合もあれば、それらを害する場合もあります。
 凡夫とは、自分に備わっている霊性の元である仏性に気づかずその命ずるところに従って生きられない、あるいは気づいても仏性で生きようとしない人のことです。
 凡夫であるかどうかは、地位や名誉や財産とはまったく関係ありません。
 そうしたものに恵まれている人は大きな善行も行い得ますが、もしも悪行に走ったならば、人や社会や環境へ大きな害をもたらします。

 仏性に導かれて人間本来の人生を生きようとする人の意欲は、仏界に通じるものなので、当然、清浄であり自他のためになって、自他を害することはありません。
 それはあたかも、蓮華がいかなる泥に咲こうとも、一切、泥の色に染まらぬようなものであり、仏性に生きる人は、いかなる環境にあっても意欲に穢れがまとうことはなく、生きざまでこの世を美しく荘厳するのです。

 世間のできごとに惑わされることなく、正しい分析と直感をもって(「自分を知る」に書きました)私たち人間のいのちと切っても切り離せない欲の本性を見極め、その大欲にかけて生きたいものです。
 
2007
12.20

四諦について 3 ―集諦その2―

 さて、霊性の邪魔をする十の煩悩です。

1 (ギ)…真理をい信じられない心。
 四諦因果応報などの教えは、み仏のレベルで観たいようのない真理ですが、凡夫としては、信じられなかったり、信じたくなかったりする場合があります。
 拒否したり、判断をしないで放っておいたりすると、教えに伴う実践ができなくなり、向上するチャンスを失います。

2 五見(ゴケン)…五つの誤った見解。
 
身見(シンケン)…自分の身心に実体的な自我があるとすること。また、周囲のものを自分のものとして掴んでおきたいと執着する思い。
 私たちは、無意識に自分は永遠であるという前提をもって生きています。
 親しい人が亡くなったりすると、時として自分の死が具体的なイメージになり、はっとする場合があります。
 年配者になれば死が身近に感じられ、だんだんにこの見解は薄れるものですが、財物への執着は死ぬまで続いたりします。
 なまじ財物が遺ったばかりに争いが生じたり、ぐうたら人間ができたりするのは世の常なのに、自分が死ぬ前に世のため人のためになる用い方を考えられないのは、この見解によります。
 汗水垂らしてはたらいた尊い人生の結晶がその尊さにふさわしい力を発揮できるかどうかは、持ち主が煩悩を克服できるかどうかにかかっています。

辺見(ヘンケン)…存在するものはすべて空(クウ)なのに、ある(有見)としたり、無い(無見)としたり、永遠不滅である(常見)としたり、無くなる(断見)としたり、厭世観(苦見)を持ったり、快楽説(楽見)をとったりして、極端に走ること。
 私たちは、煩悩任せで生きた方が気楽だったりします。
 また、思考停止へ逃げて極端な考えに走り、虚妄の強気で生きたくなったりします。
 アリとキリギリスではありませんが、好き勝手が通るうちは気楽でも、因果応報の理は厳粛であり、その網の目から洩れるものは何一つなく、自分の生き方は必ず自分へはね返ってきます。
 愚か者は後で泣き、賢い者は後で笑うことになります。
 たとえこの世でごまかしおおせたとしても、いつかは必ず結果が出ます。
 たとえば不倫した場合、もしも当人同士の生活が平穏であっても、子供や孫へ因果が巡るのは珍しくありません。
 あるいは、先に亡くなった関係者の御霊がなかなか成仏できなかったりします。
 気まま勝手の気楽さに負けず、空の真理を抱いて生きたいものです。

邪見(ジャケン)…四諦や因果の理法やみ仏の説く善悪を否定する考え方。
 これがあれば仏道へは入れません。
 不動明王などがすさまじい憤怒の形相を示し、手に縄と剣を持っておられるのは、何としても邪見を断ち切って救おうというお慈悲によります。

見取見(ケンシュケン)…自分の見解が最高であるとする驕った考え方。
 低級なものを最高であるとしていたのでは、いつまでも向上できません。
 向上できないとは、霊性という宝ものを持ち腐れにすることです。
 正しい教えの道へ入れば、自分の位置がどこにあるかを感じとれ、謙虚な心と無限の希望と不動の向上心が涌いてくるものです。

戒禁取見(カイゴンシュケン)…理想へと進むのに誤った道を行くこと。
 たとえば、死と隣り合わせの苦行に頼って悟ろうとしたり、沐浴で昇天しようとしたりすることなどで、邪教と呼ばれるものは、毒茸のような誘惑をもって私たちを地獄へ導きます。
 また、いかなる集団でも、上手に仕組まれた仲間意識は、それだけで安心感や自信や優越感をもたらします。
 教団で用いられている経典がいかなるものであるかを知ることは大切ですが、それだけでは、たとえてみればいかなる刃物を持つかというだけの話です。
 最も大切なのは、いかなる用い方が説かれているか、一人一人が優れた用い方を体得して真に自立した料理人になれる道が用意されているかどうかという点です。
 人を殺せというオウム真理教や、一旦獲得した信者をがんじがらめにしてしまう新興宗教は、毒茸というしかありません。

2007
12.19

如来様の仕事

 Sさんからの質問です。
如来様って、何をしてるんですか?」
 NHK大河ドラマにでてくる方々を見ても解るとおり、武田は不動明王、上杉は毘沙門天、山本勘助は摩利支天と、明王天部の神々には、それぞれ強いお力で宿願へかける人びとをご加護くださるというイメージがあります。
 また、地蔵菩薩や観音菩薩も、水子地蔵や子育て観音などとして、私たちのそばへ手を差しのべてくださるというイメージがあります。
 でも、大日如来や阿弥陀如来には、じっとしておられるというイメージがあります。

 答えました。
如来は示し、菩薩明王ははたらき、天は護る方々です」
 
 如来は、自性輪身(ジショウリンジン)と称し、悟りの状態そのものを示しておられます。
 菩薩は、正法輪身(ショウボウリンジン)と称し、悟りでつかんだ真理に基づく正しい法をもって衆生を導いてくださいます。
 明王は、教令輪身(キョウリョウリンジン)と称し、正しい法に背く者を憤怒の姿で導いてくださいます。
 子供をしつける場合、最初は優しく教えても、わがままで指導に背いてばかりいる場合は、泣いてしまうほど強く叱ってでも肝心なふるまいを身につけさせねばならぬようなものです。
 天部の神々は、そうして活躍するみ仏を護っておられます。
 大日経に基づく胎蔵マンダラは、根本仏大日如来の大きな慈悲の力があらゆるものを生み出す真実を描いたものであり、神々はその一番外側におられます。
 ちなみに、毘沙門天は北方の守護、帝釈天は東方の守護が役割です。

 摩利支天は不思議な神様で特殊なマンダラにしかお姿がなく、智慧と慈悲を表す金剛界マンダラと胎蔵生マンダラにも、描かれておりません。
 陀羅尼集経には、いつも太陽の前にあってはたらき、誰もその姿を見ることはできないとされています。
 太陽や月の聖なる光がその本体だというのですから、おもしろく、神秘的な神様です。
 そのはたらきは隠形(オンギョウ)をもって第一とし、この尊を念ずれば、悪しき者は捉まえることも害することもできません。
 隠形流居合では、この法を行じ、転迷開悟・除災招福などをめざしています。

2007
12.18

四諦について 2 ―集諦―

 第二の真理は集諦(ジッタイ)です。
 この世にという状況(結果)がある以上、必ず理由(原因)があるはずです。
 釈尊は、それを、あたかも喉が渇いた時に水を求めざるを得ないような欲すなわち「渇愛(カツアイ)」と説かれました。
 愛には、欲愛(感覚的欲望)・有愛(ウアイ…来世の幸福を願う)・無有愛(ムウアイ死後の無を願う)の三つがあり、〈いつしかそれに掴まってしまっている〉と言うしかない強烈な力です。
 これが私たちの背中を押して考えさせ、言わせ、行動させてを生んでしまうのは、ものの道理に暗い根源的な無知すなわち「無明」が心を覆っているからです。
 無明を克服せずに生きていれば、自分の気に入ったものへは執着を起こし、気に入らないものには憤怒や嫌悪を抱きます。昂じてはストーカーとなり、暴力事件にも及びます。
 このように、道理によってコントロールされない欲望がぶつかり合えば、互いにままならない状態になってしまうのは当然です。
 かくしては生じ、霊性は必ずしも充分に発揮されないままになります。
 一時の快楽と浅い安心、そして、迷いと惑いのままに尊い一生は終わります。

 釈尊は、それを憐れみ、慈悲心をもって「まず、自分の生きているさまをよく観てみよ。このようではないか」と示し、諭されました。
次回は、霊性の障碍となる十大煩悩の姿を書きます。
2007
12.17

新年開運祈祷のご案内

 1月1日より3日間、午前10時と午後2時の2回づつ護摩法を行います。

 お正月修正会(シュショウエ)は、皆々様の一代(一生)の守本尊様をご供養し、心の汚れや身体の不調や悪しき因縁を焼き清め、生き方を修正し、ご心願成就させるための大きな御加護をいただくご祈祷です。
 新しい年を心新たに迎えましょう。

★子(ネ)年生まれの方の守本尊千手観音(センジュカンノン)様です   
★丑・寅(ウシ・トラ)年生まれの方の守本尊虚空蔵菩薩(コクウゾウボサツ)様です
★卯(ウ)年生まれの方の守本尊文殊菩薩(モンジュボサツ)様です
★辰・巳(タツ・ミ)年生まれの方の守本尊普賢菩薩(フゲンボサツ)様です
★午(ウマ)年生まれの方の守本尊勢至菩薩(セイシボサツ)様です
★未・申(ヒツジ・サル)年生まれの方の守本尊は大日如来(ダイニチニョライ)様です
★酉(トリ)年生まれの方の守本尊は不動明王(フドウミョウオウ)様です
★戌・亥(イヌ・イ)年生まれの方の守本尊は阿弥陀如来(アミダニョライ)様です

護摩祈祷のお詣りは自由です。燃え上がる除災招福の護摩の火へ身を近づけ、大いにご利益をお受けください。
 当山の本堂には、すべての守本尊様が安置され、日々ご供養とご祈願の秘法が行われています。ご家族おそろいで、ご自身やお身内や友人知人の方々の守本尊様へお詣りしてください。清らかで善き願いへ力強いご加護をいただき、喜びと安心に満ちた一年になりますよう。

 新しい年へ大きな希望を持ちましょう。

商売繁盛 社運隆盛 社内安全 業績順調 就職実現 交渉円満 
五穀豊饒 大漁満足 除災招福 厄除開運 心願成就 運命転化 
気力充実 転迷開悟 性格改善 悪癖解消 家内安全 家運隆盛 
夫婦円満 無病息災 方災解除 塞方解除 怪異消滅 身体健護 
当病平癒 体力増強 不眠解消 精神安定 ぼけ防止 交際円満 
良縁吉祥 安産守護 子孫繁栄 夫婦円満 方災解除 怪異消滅 
交通安全 旅行安全 災害不到 火難守護 水難守護 盗難守護 
学業成就 試験合格 訴訟必勝 世界平和 国土安穏 金銀如意


※お申込みは、
〔ご住所・ご芳名・生年月日・電話番号・願いごと・ご志納金〕をファクス・メール・ハガキなどでお送り下さい。
 ご希望の方には、ご連絡いただければ詳しい内容の書いてある申込書をお送りします。
 ご志納金はいかようでも結構です。 
 修法後、ご志納金に応じて
〔御・七福神茶・絵馬・御清め塩・大師茶・御加持米・御守・高野山線香〕などの授与品一式をお送りします。
 絵馬は、ご心願を書き当山の六地蔵様へ祈願奉納します。

護摩木供養をお受けしております。
〔ご住所・ご芳名・生年月日・電話番号・願いごと・ご芳志金〕
をお知らせください。
〈供養料〉1本…3百円 7本…2千円 36本…1万円 108本…3万円

提灯供養の申し込みをお受けしております。
〔ご芳名〕をお知らせください。
 智慧の明かりを境内に灯してみ仏をご供養し、聖道を照らし、ご参詣の方々のお守といたしたく存じます。
〈献灯料〉1灯…3千円
 
守本尊守護旗建立の申し込みをお受けしております。
〔ご芳名〕をお知らせください。
 境内に赤い旗を立てて魔除を行い、同時に皆さんのご心願成就への大いなる勢いといたしたく存じます。
〈献旗料〉1旒…5千円


ご志納金は以下の講座へお願いします。
○郵便振替  02260-3-4604   大師山法楽寺
〇古川信用組合吉岡支店 普通預金 3383332 大師山法楽寺
〇七十七銀行富谷支店  普通預金 5110424 大師山法楽寺

2007
12.17

古いお札のお焚き上げ

 関西在住のAさんからお問い合わせがありました。
 これまでも、何人もの方から質問を受けたので、明確にしておきます。
お札お焚き上げをしてもらおうと考えています。でも、お正月に受けたお札を、今、お焚き上げに出してしまうと、新しいものが届くまでの間、家にお札がなくなってしまいます。どう考えれば良いのでしょうか?」

 当山のホームページにある『お焚き上げ』の覧は、こう結んであります。
「皆さんの清らかなお気持が御霊へ、そして、み仏へ通じるよう祈りつつ、かけがえのないお品を聖なる火へと託します。」
 また、『法楽かわら版12月号』のご案内へはこう書きました。
「当然ながら、燃やすことが仕事ではなく、お不動様の修法なので、ご志納金については皆さんの良識と常識にお任せ申し上げます。」

 それは、導師が大日如来の使者である不動明王と一体になる法へ入り、お焚き上げを希望される皆さんのお心になって、それぞれの願いや祈りや感謝をみ仏へお届けするということです。
 密教の法の中では、み仏(ご本尊様)と、衆生(願いを持つ善男善女)と行者(導師)は一体です。
 だから、たとえば、退院できたので当病平癒のお札お焚き上げしたいという方のためには、感謝をもって炉へ入れるので、それがみ仏へ通じます。
 たとえば、新たな恋が生まれたので過去の清算をしておきたいという方のためには、因縁を切ってから炉へ入れるので、それがみ仏へ通じます。
 また、今回のように、新年のお札を受ける前に古い家内安全のお札を処分したいという方のためには、変わらぬ家内安全の祈りとこれまでのご加護への感謝をこめて炉へ入れるので、それがみ仏へ通じます。
 解消すべきものは解消し、継続したいものは継続したまま、形あるモノを天地へ還す修法にあっては、冒頭のようなご心配にはおよびません。

 大切なモノは、処分においても心をこめて対処したいものです。
2007
12.16

四諦について 1 ―苦諦―

 仏教は釈尊が最初に説かれた「縁起」が出発点であり、根本です。
 あらゆる現象は原因へ縁が働きかけることによって結果として起こり、消滅し、永遠にこの世で存在し続けるものはありません。
 釈尊は、私たちの存在を、縁起によって「四諦(シタイ…四つの真理)」と説かれました。
「悩みを相談したい方へ」のトップページに簡単な説明はありますが、少し詳しく書いておきます。

 四諦における第一の真理は、苦諦(クタイ)です。
 私たちが生存していること自体、すでにままならないのであり、それを「」と言います。
 には大きく分けて三種類あります。

苦苦(クク)…感覚的にしいと感ずること。肉体的な苦しみ。
 たとえば、マラソンで限界に近づいたり、溺れそうになったりした時の苦しみです。
 ケガや病気にに伴う苦痛なども代表的なものです。

壊苦(エク)…何かが壊れたり失われたりする時に感ずる精神的な苦しみ。
 たとえば、勤めていた会社が倒産したり、大切にしていた盆栽が枯れたりした時の苦しみです。
 病気になったばかりに、仕上げる寸前だった仕事がだめになったという悔しくてどうにもならない状態なども代表的なものです。
 無常という動かしがたい原理がもたらす心の苦しみです。

行苦(ギョウク)…「行」すなわち現象世界そのものがままならぬこと。
 たとえば、自分がこの世に生まれたのは、自分の過去世が因となり、両親の存在が縁となったからですが、感覚的には、自分の意志とは無関係に突然、自分の存在が始まったようにしか思えません。
 不遇をかこったり、衰運で悩む時などは、「思い通りに生まれなかった」不満や悲嘆や疑問などに苛まれたりします。
 また、いかに快楽を貪ろうと、輪廻転生から解脱しない限り、永遠に続く「楽」は得られません。
 たとえば楽しく安楽な天界に生まれたとしても必ず寿命はあり、いつかは地獄界や修羅界などへ旅立たねばなりません、天人五衰(テンジンゴスイ)です。
 天界の楽が大きければ大きいほど、後に待つ苦は恐ろしく、厳しいと説かれています。

2007
12.15

引導とは

 葬儀なしでお骨になった御霊、葬儀に関するトラブルで寺院を離れた御霊、身よりのない御霊などのご縁が頻繁にあります。
 過日も、一人暮らしの親族が急逝し、ご友人がお骨を持参されました。
 電話を入れてすぐに火葬場から直行され、途方に暮れておられます。
 共同墓『法楽の礎』で安眠していただくことになりましたが、まだ若い方なので、葬儀について何もご存じありません。

葬儀と告別式は、結婚式と結婚披露宴のような関係です。告別式は行えずとも、み仏のお導きでこの世とあの世の区別がしっかりつくよう、引導を渡す葬儀はきちんと行った方が良いですよ。
 ただし、どうするか決めるのは、あくまでも貴男です。強制ではないし、もちろん、お布施をいくら包みなさいという指定もありません」
「そうですね。お願いします。ところで引導とは何ですか?」

 引導には二つの面があります。
「世間の引導」とは、恩に背くことなく、感謝を忘れず、人としての道をまっとうできるよう導くことです。
「出世間の引導」とは、法によって涅槃(ネハン)を示し、心におわすみ仏の心を開いてそこへ入られるよう導くことです。これが、葬儀における引導作法です。
 法を結ぶ導師は、み仏と一体にならねばなりません。即身成仏です。これができずして、御霊へ行く先をはっきりとお示しするのは不可能です。
 僧侶としての行者が己を清め法力を得る修行に励むのは、御霊に「あの世の安心」を得ていただくという面からすれば、引導を渡す一瞬の法力を得ることが最大の目的であると言って過言ではありません。
 もちろん、「この世の幸せ」を得ていただくという面からしても、法を結んで即身成仏の状態にならねば、人生相談一つ、まっとうにはできないので原理は同じですが、一瞬にいのちのすべてをかけるという厳しさでは引導に勝るものはなく、終わった後は大変です。

 引導を渡す際に偈文(ゲモン)を唱えるのは、釈尊が亡くなった親族を火葬する祭に香木を用いて法を結び、送る文言を唱えたことに由来します。

「一切の行(ギョウ…この世に現象として現れているもの)は無常なり。生ずる者は必ず滅することあり。生ざれば死せず。この滅を最楽となす」

 無常という真理を体得せねば、自分の肉体を含め儚いものに執着して迷うので、導師は自分のすべてをかけて法力を用い、体得と覚悟を迫るのです。

 引導は渡さねばなりません。
2007
12.15

日本の歌46 叱られて

叱られて
  作詞:清水 かつら 作曲:弘田 龍太郎 大正9年(1920)『少女号』に掲載

1 叱られて 叱られて
  あの子は町まで お使い
  この子は坊やを ねんねしな
  夕べさみしい 村はずれ
  こんときつねが なきゃせぬか

2 叱られて 叱られて
  口には出さねど 眼になみだ
  二人のお里は あの山を
  越えてあなたの 花のむら
  ほんに花見は いつのこと


 作詞家清水かつら(男性)は、明治31年、常陸土浦藩江戸詰だった藩士の子孫として東京都下町の深川に生まれ、武家の気風を受け継いで育った。
 父親は、東京初となる注射器のピストン製造会社を経営。おとぎ話などを語ってくれた親は、4歳の時に離縁で失った。
 小学6年生の時、継を迎えた父親と共に本郷へ移住する。
 京華商業学校へ進学するも、中退し、青年会館英語学校へ進学。
 大正5年、神田の「小学新報社」へ入社し、少女雑誌「少女号」の編集に携わる。
 やがて、6人の弟ができる。
 25歳の大正12年、父親死去。関東大震災による家財の焼滅によって親の故郷新倉村(現在の和光市)へ移住。

 この歌は、22歳の青年によって作られた。
 震災での移住前であることを考えると、「叱られた」のは子供の頃の自分であり、父親代わりで面倒を見ていた弟たちでもあったろう。
 また、さまざまな事情で小さな子供が他家へ預けられることが珍しくなかった時代を考えれば、故郷から見知らぬ町へ出された子どもたちでもあったことだろう。
 そうした子どもたちは、一方では躾のため、一方では貴重な労働力として家事手伝いを行った。
 お使いも子守も、そうした時代のできごとである。
 まだ幼気(イタイケ)ない子供は、親や大人のいる明るい所で安心し、暗い所を恐れる。
 日が暮れかかってくる時の村はずれは、何が出るか判らない。
 狐にバカにされはしまいかと内心ではビクビクしながらも、男の子らしい強がりで家路を急ぐ。

 2番は、まるで和光へ移り住んでから作ったかのようである。
 春が来れば花々に溢れる故郷から遠く離れて暮らす兄弟は、「帰りたい」と口にせず、じっと耐えている。
「あなた」とは親だろうか。
 他人行儀で呼びかけるしかない距離の遠さ、そして、「ちゃん!」と叫んでは崩れてしまいそうな気持をぐっとこらえる健気さ、そして、「あなた」という語感にある敬慕の念。
 このあたりは、武家の長男としての気概が書かせたのかも知れない。
 兄弟が帰郷して親のそばで花見ができるのは、一体、いつになるのだろうか。

 時代と共にあった心模様の真実は、時代が変わっても魂へ訴える力を失わない。
2007
12.13

NHK文化講座講義録4 ―愚暗品―

 NHK文化講座で行った法話の一部を記します。
 毎回、身近なできごとを題材にして充分に質疑応答を重ね、一緒に学んでいます。
 気楽におでかけください。

学するも二望(ニモウ)に堕すること莫(ナカ)れ、家の沙門(シャモン)と作(ナ)ること莫(ナカ)れ、貪家(トンケ)は聖教(ショウギョウ)に違し、後に自ら匱乏(キボウ)を為さん。此の行は愚と同じく、但欲慢をして増さしむるのみ。


出家修行者として学ぶ者は、悟りを求める道と、世間的な欲を満足させる道との両方を望んではならない。立派な家に住むニセ行者となってはならない。
 世間的な欲を満足させようとするならば、み仏の教えに反し、後から窮乏することになろう。
 こうした生き方は出家修行者のものではなく、人の道を学ぼうとしない愚者と同じでしかない。
 ただ、世間的欲望と慢心を膨らませるだけで、悟りへは近づけない)

 釈尊の高弟たちの中には、在家の方々から篤くもてなされ、安楽な生活や高い地位など、世間的満足へ浸るろうとする者も現れたのでしょう。
 行者としての本分へすべてをかけなければ必ず堕落が待っているのに、弱さに負けてしまうのでしょう。
 それにしても、「二望」とは恐ろしい言葉です。
 これが生まれた瞬間から堕落が始まると言うべきです。

『法句経』の解説が一段落するを待っていたように、受講者から発言がありました。
「今、世間を騒がせている守屋さんもそうですよね。若い頃は国を考え国防を研究する優秀な官僚だったのに、いつからか別な道も歩んでいたんですね。二望に堕した例ですね」
 高い望みも、五欲の満足という誘惑に負ければ、あっという間に潰えます。
 
 二望の観点から眺めると、釈尊の時代だけでなく、今も同じような例は山ほどあります。
 一方では、千日回峯行という荒行の成満で有名な高僧が豪勢に暮らし、信徒さん方と不適切な関係を持って顰蹙をかっています。
 また一方では、僧籍があっても厳しい修行と積極的な法務に励まず、寺院の批判と趣味などに明け暮れながら、世間の人びとと変わらぬのんびりした暮らしをする者もいます。
 そして、そうした僧侶たちを集めて派遣を営む僧侶すらいます。
 まことに情けなく、恥ずかしく、残念な事態ですが、いずれの世界にあっても、共業(グウゴウ)の浄化は、自らの浄化をもって出発点とせねばなりません。
 
 どのような世界であれ、道という意識を持って歩み始めたならば、常に「二望」への誘いという悪魔がそばにいることを忘れず、自らを省みながら「一望」を貫き通したいものです。
2007
12.13

風太の帰山

 鎖を引きずったまま一昨日から行方不明になっていた飼い犬風太帰山しました。
 NHk文化講座の帰りに『法楽の苑』へ立ち寄ったところ、障害者支援施設『ふれあい』の所長が風太に引っ張られながら歩いているのに出くわしたのです。
 
 所長の話によると、昨日、職員の方が近くで見かけた犬が、今日は施設の敷地内にある忠魂碑の裏で、木の切り株に鎖をからませて動けなくなっていたのを発見したのだそうです。
 この忠魂碑は、日清日露戦争以来、当地から出征して戦死した御霊を供養するためのものですが、もう、詣でる人の姿を見ることはありません。
 当山は、毎年、お盆供養会などのおりに、2メートルを超える黒い石の前で祈っています。
 普段は白っぽくてよく判らない文字が降り出した雨のおかげではっきりと浮き上がって読め、ああ、喜んでおられるのかと胸を打たれたこともありました。
 風太は、この裏にうずくまり、目には涙が溜まっていました。

 思案した所長は、一瞬、もしかすると法楽寺の犬かも知れないと思ったものの、よく吠えて若く元気なイメージがあったので、違うと考え、近所の方々へ訊ねましたが、誰も飼い主を知りません。
 当山では散歩させる時間がないので、風太は顔を知られていないからです。
 そこで、所長は犬の帰巣本能へ任せようと歩き出したところ、『法楽の苑』へ向かいました。
 おかげで、無事、対面できたのです。

 普段、餌をやっている父は、「昔は、犬を放し飼いにしていたものだ。年をとるとどこかへ行ってしまい、家族に死骸を見せなかった。長いヘビと格闘して喰ってしまう野性的な風太のことだから、もう、戻って来ないかも知れないな」と言っていました。
 これまでは鎖が外れても必ず戻ってきたのに、今回だけ家から離れようとしたのは、そこに理由があった可能性があります。
 また、かなり以前、私が何度か連れて行った『法楽の苑』を思い出したか、あるいは、一日に何度となく足をはこぶ『法楽の苑』に私の気配を感じた可能性もあります。
 あるいは、年をとったせいで、帰れなくなったのかも知れません。

 いずれにせよ、開山以来ずっと法楽寺を護っている風太は、何ごともなかったかのように、土の冷たさを気にする様子もなく、今日ものんびり昼寝をしています。
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2007
12.11

良縁をつかむ方法

 良縁をつかむための最も優れた方法は、良い行いをすることです。
 良い行いという「因」は必ずそれを助ける「縁」を呼び、因に縁が結びつけば「果」である結果すなわち、「求めている良縁」が得られます。
 良い行いといっても漠然としていますが、ポイントは他への思いやりであり「優しさ」の発揮です。
 真の優しさを持った人には引力が生じます。
 徳という引力には必ず品位と信頼感が宿っており、ここが色情による引力との違いです。

 さて、良縁ができたなら、今度は、それをしっかり固めねばなりません。
 この時点での良い行いのポイントは、自分への「厳しさ」です。
 釈尊は「十二因縁」において、迷いにある私たちが免れ得ない成り行きを説かれました。

 まず、「触(ソク)」すなわち、感覚器官と対象との接触が起こります。因縁の発生です。
 そして、「受(ジュ)」すなわち、感受が起こります。眼は色すなわち形を見るし、耳は声すわち音を聞きます。
 そして、「愛」すなわち、対象に惹きつけられて欲が起こります。
 そして、「取(シュ)」すなわち、執着が起こります。
 そして、「有(ウ)」すなわち、不変の実体を持つものはないのに、自分も対象も実体であるという錯覚が起こり、執着が抜き差しならぬものとなります。
 
 こうなった暁に、心はどうなっているでしょうか。
 相手を自分の思い通りにしよう、我がものにしておこうと相手を求める、あるいは相手へ「こうあって欲しい」と求めていますね。
 これでは、せっかく「相手のための思いやり」から始まった良縁が、「自分のための満足」を主とした関係になってしまいます。
 だからうまく行かないのです。
 
 さて、我(ガ)という迷いによって失敗しないためにどうすれば良いか。
 それは、「自分に厳しく」することです。
 隠形流(オンギョウリュウ)居合の行者たちは、日々、そのための誓いをくり返しています。

一 我、愚痴を言わず未来を語るは、人につけいられず、自他の発展を願うがゆえなり。
一 我、好むと好まざるを語らぬは、人に束縛されず、自他の発展を願うがゆえなり。
一 我、自他のものの区別をするは、人に疎んぜられず、自他の発展を願うがゆえなり。
一 我、明と闇の区別をするは、人をまどわさず、自他の発展を願うがゆえなり。
一 我、公と私の区別をするは、人の輪をこわさず、自他の発展を願うがゆえなり。
一 我、恩をきせず恩を忘れぬは、人の道を忘れず、 自他の発展を願うがゆえなり。
一 我、権利より尊さを主張するは、人は万物の長であることを忘れず、自他の発展を願うがゆえなり。


 皆さんも、み仏へ誓い、実践し、せっかくの良縁をしっかり固めてください。
 そして、お互いのためになろうとする良い行いの人同士が幸せになりますよう祈っています。太陽
2007
12.10

区別と平等 

 檀家Tさんが縦5尺ほどの和紙へ般若心経を写経し、額縁共々ご寄進くださったので、額装しました。
 額縁屋さんへ受け取りに行ったら大繁盛。出来上がった額縁と並んで立ち、しばし待つことになりました。
 そこへ、仕立ての良いコートをまとった恰幅の良い初老の紳士が近づいてきて、ちょっと拝見と言います。

 ボール箱の端を開けてチラッと眺め、「般若心経ですな。ここの『一切』は原典にないんですよ」と文字を指さしました。
 プロの僧侶へいきなり経典の指導です。私が作務衣に長靴姿なので、きっと無知な乞食坊主にちがいないと見下げたのでしょう。
 確かに般若心経のサンスクリット語の原典は何種類もあり、中国語に翻訳されたものもたくさんあります。
 お大師様は、この経典の解説書『般若心経秘鍵(ハンニャシンギョウヒケン)』において、「此の経に数(アマタ)の翻訳あり」翻訳されたもののうち代表的なものの特徴を5つ挙げておられます。
 こんなことは、およそ般若心経で祈る密教行者にとっては常識に類します。

「般若心経には原典も翻訳もたくさんありますから」と笑って応えると、今度は「ウチにはAの書いたものがある」と、高名な画家の名をつぶやきます。
 隣には、上品な薄い毛皮のコートをまとった奥さんらしい婦人がふんわりと微笑しながら立っています。
 持ち物を題材にした心の話なら対応のしようもありますが、持ち物そのものについては、誰が何を持っていても私にとっては何ごとでもなく、ああそうですかとしか言うしかありません。
 おそらく彼の周囲に集まる人びとは、Aと聞いて「えっ、すごいですねえ」などと反応して喜ばせるのでしょう。
 私がちっとも驚かなかったことは大いに不満らしく、今度は、「S宗の高僧Bが無罣礙(ムケイゲ)と書いたものもある」とBの解説まで付けて、さっきよりはっきりと告げます。
「無罣礙でありたいですねえ。無罣礙とは、心につまらぬひっかかりがないことですよね」
 この答はさらに不満だったらしく、彼はむっつりと押し黙ってどこかへ行ってしまいました。

 古びた僧衣をまとって托鉢していると、見下げられるなどということは日常茶飯事です。
 侮辱され、威張られ、無視され、罵倒され、あるいは感謝されながら、たくさんの人の心を観てきました。
 いまさら見下げる人に驚くことも、怒ることも、もちろん打ちのめされることもありません。
 そうした人を哀れみ、人間の心はまだまだだなあ、もっともっとやらねばと奮い立つばかりです。

 さて、モノに詳しい彼は、私が持っている扁額を見た瞬間、これは大したモノじゃないと判断したのでしょう。
 その審美眼は正確です。
 Tさんは高名な書家でも画家でもなく、お金にしようとしたら、いくらにもならないはずです。
 しかし、彼にとっては無価値でも、70歳を過ぎたTさんが満身創痍の身体にむち打って法楽寺に集う人びとのために精魂込めて書いた般若心経は、当山にとっては宝ものです。
 だからこそ貴重な浄財を用いて仕上げたのです。
 モノの根本的な価値は、〈持つ人にとって何なのか〉がすべてです。
 世間的な金銭評価で高価なモノを持っている人が、それを誇っているだけならば、モノは慢心の源でしかありません。
 もしも金銭評価ではゼロでしかない母親の手縫いのお守袋でも、それを持っている人が恩を忘れず、安心を得ているならば、モノは心に温かさと不動心をもたらす源です。
 所詮は儚いモノが人間にとって意味を持つのは、善くも悪しくもそれによって心が動き、人生が創られるからです。
 私が「無罣礙でありたいですねえ。無罣礙とは、心につまらぬひっかかりがないことですよね」と応えたのは、決して彼へ意地悪をしたのではなく、私にとってはそれしか

話題にすべき点はなく、無言の裡に「あなたにとって無罣礙とは何ですか?」と問うていたからです。

 いよいよ本題に入ります。

 忘れてならないのは、〈持つ人にとって何なのか〉は万人それぞれであり、他人の胸中は解らないにしても、忖度し、抱いているとおぼしきものを敬う姿勢だけは持ち続けたいということです。
 それはモノに限ったことではなく、思想・信条・宗教も同じです。
 〈何なのか〉を決める物差しは、人それぞれです。
 そこを忖度し、高慢・頑固・卑屈にならず、他人様を尊びながら接するのは、そう簡単ではありません。
 たとえば、お大師様の説かれた『秘密曼荼羅十住心論』には密教行者の物差しが明確にされており、この物差しによる思想・信条・宗教の分類は可能ですが、そこでの他人様の「観え方」と「どう接するべきか」はまったく別ものです。

 この問題は、子供の徒競走へつける順位に似ています。
 足の早い子供と遅い子供の違いは歴然としており、子供自身に自分の位置を認識させた上で、早い子供はへもっと才能を伸ばす指導をし、遅い子供へは弱点を克服する指導をせねばなりません。
 そして、指導法は違っていても、それぞれの子供へ接する姿勢に差別があってはなりません。
 競争だけをさせれば邪慳な子供をつくり、能力差を実感させなければ腑抜けな子供をつくります。
 区別をきちんとつける力が足りない時は阿弥陀如来様、平等に観る力が足りない時は宝生如来様へ祈りましょう。
 
 このあたりの事情に関し、お大師様のお心は「〈縦〉に見分け、〈横〉に接せよ」あるいは、「〈縦〉に己を鍛え、〈横〉に万人を救うべし」であったと考えています。
〈縦〉に傾けば慈悲なき者になり、〈横〉に傾けば智慧なき者になります。
 慈悲智慧とを円満に生きるのはたやすくありませんが、精進あるのみです。 
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2007
12.09

守本尊道場造営計画7 ―易行道(エキギョウドウ)―

 12月7日は二十四節気の一つ大雪(タイセツ)でした。

 真言を唱え終わって百万返堂から出堂し、笹倉山へ目を向けると、「(もう)これで良い」と感じる瞬間があります。
 これ以上の時間があろうか、と思えるのです。

 淳和天皇の妃の一人真井御前(マナイゴゼン)は、天皇が正子内親王を皇后として迎えた天長4年、出家を志し、翌年の2月18日、摂津国西宮にある摩尼山(マニサン)へ入られました。
 お大師様は、幼少時から如意輪観音を篤く信仰していた御前のために、ここで如意輪観音の秘法を修しておられます。
 やがて、天長7年3月18日、御前と等身大の如意輪観音像を造立しました。
 山中で発見した桜の樹木を伐り、仏師が33日かけて完成させましたが、その間、御前は、一日も欠かすことなく、如意輪観音真言を朝晩三千返づつ唱えて礼拝をくり返したとされています。
 そして、天長8年(831)10月18日、御前は本堂落慶に会わせて剃髪し、尼僧「如意」となりました。

 開眼法要でお大師様は唱えられました。

敬礼救世如意輪(キョウケイグゼニョイリン)
理智不二微妙体(リチフニミミョウタイ)


(この如意輪観音は広くあまねく人びとを救うものであり、「理」としての胎蔵界と、「智」としての金剛界の両方、つまり真実世界全体が表現されている)

 密教の修行は、胎蔵界と金剛界両方の曼荼羅に表現されているみ仏の世界へ入ろうとするものですが、お大師様は、「この観音様と一体になれれば、修行は完成する」とされました。
 同じ時期に、お大師様は世界最初の総合宗教書とも言うべき「秘密曼荼羅十住心論」を完成させ、人間の心の深化を明確に説かれましたが、この思想の特徴は、「いかなるレベルにある思想や宗教でれ、それはすべて根本仏大日如来の救いの世界へ通じている」と約束していることです。
「お天道様が見ておられるから悪いことはしない」といった子供ですら理解できる単純なものであっても、そう信じて実践し、身・口・意を清めて行けば、心におわすみ仏の世界が開け、安心と感謝をもってまっとうに生きるための道標となるのです。

 密教の修行を極め最奥の世界へ入られたお大師様は、57歳になられました。
 この時点での大問題は、
「確かに大日如来の世界はある。即身成仏(ソクシンジョウブツ)は真実である。しかし、いかにして万人をここへ導き、救い得るか」
だったのではないでしょうか。
 如意尼へ「如意輪観音を祈れば救いは完成する」と説かれたことは、お大師様が実践された難行の道だけではなく、万人に可能な行い易い修行道、つまり易行道をきちんと示された象徴的なできごとでした。

 今、百万返堂では虚空蔵菩薩一尊にすべてをかけて祈っています。
 自分が確かに救われているのと同じく、ご縁の方々にもそれぞれの守本尊様のご加護があるよう、皆さんの守本尊様への祈りが大きな救いをもたらしますよう、願っています。

○守本尊様のご供養申込数累計 84体
○唱えた真言の回数累計 352、080回
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2007
12.07

自分を知る ―自分の心を知ること―

 自分知るには、分析と直感が必要です。
 分析は釈尊の示唆・教示を基礎として、仏教行者たちが2500年にわたって行っており、特に、「唯識(ユイシキ)」において一つの頂点を極めたものと考えられています。
 直感もまた、釈尊の悟りに近づこうとする悲願を持った仏教行者たちが瞑想体験を重ね、特に、「空観(クウガン)」において一つの頂点を極めたものと考えられています。
 仏教の最後に登場した密教は、こうした真把握の歴史をふまえて分析と直感を兼ね備えた「行」を完成し、発展途上における現段階の人間にとって行使可能な限りの知力と感性とを用いてまっすぐに真世界へ入ります。
 即身成仏です。

 私たちは、さまざまなできごとをきっかけとして、自分がいかなる人間であるかに気づきます。
 それは、自分がどういうものであるかを知るのと同じです。
 自分は卑怯である。自分には隠れた優しさがある。自分は頑固だ。自分は弱い。などなど………。
 しかし、それをくり返すだけでは、目隠しをした人が象に触り、ある人はシッポが短い、ある人は鼻が長い、ある人は牙が大きい、ある人は皮膚が硬い、ある人は足が柱のようだと知るようなものであり、おそらく一生かかっても象の全体を知ることができないように、の全体を知ることは困難です。

 即身成仏法は、一気に全体を知る方法です。
 ただし、ここで言う「知る」とは、知識を得ることではありません。
 むしろ、「掴む」と表現した方が解りやすいでしょう。
の如く自を知る」
とは、ただ単に、自分のが揺れ動く様をちゃんと見るということではありません。
 表面は波立っていながら海底では潮流がゆったりと流れている大海そのものになって、海の全体を一気に掴みとるようなものです。
 この体験をくり返すことにより得られる状態は、「自分は~である」という知識ではなく、〈ことに応じてはたらく自分の〉という現を通して、今の自分が全体の中のどのレベルにあるかといった感覚です。
 だから、さらにレベルアップするための行を続けずにはいられません。
 私が「僧侶は生涯、一行者である」と言っているのは、このことです。

 つまり、密教行者における「知る」には二通りの意味があると考えています。
「全体を掴む」ことと「自分のレベルを知る」ことです。
 密教行者は、こんな風にして、分析と直感で自分の心と向かい合っています。
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2007
12.06

12月の聖悟

覚りの朝(アシタ)には(ボウコ)無く、悟りの日には(ゲンゾウ)莫(ナ)しと云うと雖(イエド)も、然れども猶(ナオ)夜(ボウヤ)の別れ不覚の涙に忍びず ―弘法大師


(覚れば、何があっても、で見るを恐れぬように心乱れず、目には見えていても所詮でしかないを気にせぬように、眼前のものごとに心乱れることない。
 とは言うものの、貴男との死別がこの世のかりそめのできごととは解っていても、不覚にも涙が流れてならない)

」とは、で見るに恐れることを例えとして、(クウ)を説くものです。
 を見て怯えても、夢から覚めれば「ああ、夢だった」と知って、心は平穏を取りもどします。
 それと同じように、の視点に立てば、この世のできごとはすべて夢のようなものであると解り、何があっても心は乱れなくなります。

」とは、たとえ大きなであっても確固たる実体は無く、かりそめに姿を現わしているだけであると説くものです。
 を前にすれば「おおっ」と思いますが、小さな蝶であれ、大きなであれ、すべてはであり無常です。
 
 この世にあるものはすべてかりそめの存在であり、かりそめのできごとなので、心がそれに繋がれれば迷いとなります。
 たとえば「好きです」と告白されても、それはその瞬間しか確かではなく、翌日はもう、自分を好いていないかも知れず、相手が心変わりしたからといって何の不思議もありません。
 しかし、たった一言に繋ぎ止められたばかりに悩み、苦しみ、ついには非道の行動へ走ったりします。
 自分の心の頼りなさをよく観れば周囲へ過大な期待をしたり、希望的観測に浸ったりしないものですが、なかなかそれができません。
 できないどころか、我(ガ)が突っ走り、勝手にを肥大化させる場合すらあります。
 
 だから、釈尊は、自分の心をきちんと観ることが迷いを脱する出発点であると説き、「大日経」は、心の底の底まで見通せば必ずそこにみ仏がおられることに気づくと説きました。

 さて、お大師様は、こうしたことはもう、よくよく覚っておられます。
 しかし、「~と云うと雖も、然れども猶(ナオ)」と、悲痛な言葉を続けます。
 どんな聖者であれ、別離には涙します。
 もしも頬を伝う光は見えずとも、涙の雨が必ず心を濡らしているはずです。
 羅漢(ラカン)様たちが表情豊かに泣き、笑っている一方で、菩薩や如来は、合掌する人の心次第で感得できるあらゆる表情と感情を備えておられます。
 あの不動明王ですら「表には憤怒の相を現し、内心は慈悲なり」とされており、至心にぬかづく時、悲しみを共にしてくださっている大きな慈しみに包まれます。

 私たちは、み仏のような表情にはなれませんが、邪心なく泣き、笑うことはできます。
 そうした泣き笑いを皆さんと共有しつつ進みたいと願っています。
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2007
12.05

最後の一葉

 オー・ヘンリーの短編集を読んでいたら「最後の一葉」についても新しい発見があったので、書いておきます。

 スーとジョンシーは、ニューヨーク市のグリニッチ=ビレジにある「芸術村」で絵描を夢みて暮らす少女たちです。
 共同でアトリエを借りて住むうち、11月になって、ジョンシーが肺炎に罹りました。
 医者はスーに言います。
「あの人の助かるみこみは、そうじゃなあ、十のうち一つじゃなあ」
「その助かるみこみというのも、本人が生きたいと思ってくれなければ、望みはまったくないですぞ」
「患者が、自分の葬式の行列に車が何台くらいならぶだろうかなんてかぞえるようなことをやりだしたら、薬のききめも半分にへってしまうものじゃ。
 あんたがあの人から、この冬のコートはどんなものかというような質問をひきだせたら、助かるみこみは、十のうち一つでなく、五つのうち一つになることをうけあいますぞ」

 しかし、鉄製のベッドに寝たままになってしまったジョンシーは、三階の窓の向こうに見えるれんが造りの家の壁に這い登った古いツタの葉を数えるのに夢中です。
「あと五つしかない」
「最後の葉が落ちると、あたしもいかなくちゃならないの。三日まえから、わかってたのよ。お医者さん、そういってたでしょ?」
 スーは、何とか生きる気力を出して欲しいといろいろ声をかけますが、ジョンシーの心は塞がったままです。
「あたし、最後の一まいが落ちるのをみたいのよ。あたしもう、まちくたびれたわ。考えるのにも、つかれてしまったわ。しがみついているものぜんぶから手をはなして、あのあわれな、つかれている葉っぱとおなじように、あたしも、はやく散ってしまいたいの」

 同じ建物の安い地下室に、六十歳を過ぎた絵描きのペアマンが住んでいました。
 ミケランジェロ作の彫像モーゼに似たあごひげの立派な風貌なのに絵はちっとも売れず、今は絵画というよりカタログ絵などを描く程度で、若い画家たちのためにモデルとなって糊口をしのぐのみになってしまいました。
 アルコール好きで気が強く、自分ではスーとジョンシーの番犬役のようなつもりでいます。
 スーはペアマンにモデルになってもらい、ジョンシーの前で絵を描いて励まそうと訪ねて行きます。
 ペアマンはスーから状況を聞いて泣き、そんなばかなことを考えるなんてと憤慨しますが、役割は引き受けます。
「ここはジョンシーさんみたいないい人が、病気でねるところじゃない。わしは、いつかきっと傑作をかく。そしたら、みんなで、こんなとこはでるんじゃ。ほんとじゃ。そうだとも!」

 二人でジョンシーの側へ行くと、彼女は眠っており、窓の外を怖々眺めた二人は、黙って目を見合わせます。
 外は雪交じりの雨が降り続き、「世捨て人」のポーズをとり終わったペアマンは、やがて去ります。

 翌朝、スーが目覚めると、すでに起きていたジョンシーは、緑色の窓のブラインドを上げてれと言います。
 しぶしぶ従ったスーとジョンシーの目に、ゆうべの雨風に耐えた一枚の葉が飛び込んできました。
 ジョンシーは、きっと昨夜落ちると思っていたけれども今日は必ず落ちるにちがいない、そして自分も死ぬのだと言います。

 やがて風雨の一日が終わっても最後の一葉は落ちず、翌朝、ジョンシーは、「なさけ容赦なく」ブラインドを開けるように命じます。
 葉は落ちていません。
 長い間それをじっと見つめていたジョンシーは「ガスストーブにチキンスープをのせてかきまわしている」スーに呼びかけます。
「あたし、いけない子だったわ、スージー。」
「あたしが、どんなにいけない子だったかをおしえるために、なにかが、あの最後の一葉をあそこに残したんだわ。死にたいなんて考えるのは罪悪なのよね。
 あたしにスープをすこしくれない?それから牛乳もね。ワインをちょっぴりまぜて。それから……、それよりもまず、手鏡を持ってきてちょうだい。そして、まくらを、二つ三つ、あたしのまわりにあてがってね。あたし、からだを起こして、あなたがお料理するのを見ていたいの」
「ねえ、スージー、あたし、そのうちいつか、ナポリ湾をかいてみたいわ」

 午後にやってきた医者は、回復の可能性は五分五分になったと告げ、これから、急性肺炎になって助かる見込みのないペアマンを観て帰ると言い残し、慌ただしく立ち去った。

 翌日、医者は宣言しました。
「もう、危機は脱した。あんたが勝ったよ。あとは栄養をとってよく休むこと。それだけじゃな」
 午後になり、スーはジョンシーを抱き寄せるようにして語りかけます。
「ペアマンさんがね、今日、病院でなくなったのよ、肺炎で。たった二日のことだったのよ。最初の日の朝、管理人さんが、地階のあの人の部屋でくるしがっているのをみつけたんですって。くつも着てるものも、ぐしょぬれになって、氷のようにつめたくなってたよ。あんなひどい夜にどこへいったのか、だれにもわからなかったの」
 そして、火がついたままのランタンやはしごが見つかったと言い、促します。
「ちょっと、まどの外を見てごらんなさい。あそこのかべについてるツタの、最後の一まいの葉っぱは、風がふいても、ちっともふるえもしないし、まるでうごきもしないでしょう。へんに思わない?
 ねえ、ジョンシー、あれがペアマンさんの傑作なのよ――最後の一葉が落ちた夜、ペアマンがあそこに、あれをかいたのね。」


 これは、まさしく菩薩(ボサツ)の物語です。
 作者は3歳で母親を亡くし、叔母に育てられます。
 薬局・牧場・不動産屋・国有地管理局と職を変え、25歳で19歳の妻を迎えますが、男の子は生まれてすぐに死に、次いで父親が死に、女の子を生んだ妻は生涯、肺結核で苦しめられることになります。
 他人の都合によって管理局を離れ、勤め先の銀行では経理に穴をあけたと訴えられ、獄中生活をしている間に、母代わりの叔母と妻が亡くなりました。
 その後も安心な家庭に恵まれず、一度も締め切りに遅れたことのない律儀な作家は、47歳で世を去りました。
賢者のおくりもの」も「最後の一葉」も、そうした人生が紡ぎ出しました。
 作品を通して、「人間は信じ得るものである」という応援歌が聞こえます。
 寺子屋でなど語り継がねばなりません。
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2007
12.04

師走の俳句

 信徒総代鈴木悦子さん(仙台市太白区在住)の俳句です。
 鈴木さんは、機関誌『法楽』と新聞『法楽かわら版』へ何年にもわたって投稿しておられます。
(掲載が一ヶ月遅れになる場合があります)

頬杖の夜長の時計止まりをり

「夜長」が秋の季語である。秋分からどんどん夜が長くなるということだけではなく、夏の熱いものが残っていながら夜は確実にひんやりするコントラストが頭を冴えさせ、音楽に浸っても、読書をしても、沈思黙考しても、あるいはぼんやりしても独特の快適な感じが伴い、ついつい夜更かしをしてしまう。
そうした時、心の時計は時を刻むことを忘れている。

言葉にはならぬ呟き冬に入る

 ものを想い、知らず知らずのうちにつぶやきも出る秋が過ぎ、とうとう冬になってしまった。
「ああ、また一年が終わる」という感慨、そして年配者にとっては動きを制限されてしまう時期が来たという気持が、呟きも内へ隠(こも)らせてしまうようだ。

日のうつろひ静かに迅し木守柿

木守柿」とは、収穫されずにポツンと残った柿の実である。
 晩秋になると、なぜかカラスにもやられず、一人ぼっちでぶら下がったままで居るものを見かけるものだ。
 古来、「残り柿」「残し柿」「布施柿」などと呼ばれ、造化の神へ捧げるため、あるいは鳥の餌として残しておくのが作法とされている。
 それを眺め、あっという間に実りの時期が過ぎゆく日々の早さと、千古変わらぬ光景が醸しだす時が止まったかのような静けさとを同時に感得している。「静かに迅し」とは何という表現だろう。
 きっと英訳はできないにちがいない。

冬の蝶日だまりなればさ迷へる

 一読では〈ほのぼの〉だが、よく読むと凄まじさに圧倒される。
 多くの生きものたちにとって冬は艱難の時期である。
 蝶も寒気に震えながら残り少ないいのちを懸命に生きている。そして、雲が晴れてできた日だまりを見つけて飛び来たり、嬉しそうに羽ばたく。
 しかし、それはつかの間の安心でしかない。一瞬の夢、迷いのようなものなのだ。
 死神は否応なく確かな時を刻みつつそこまで来ている。
 ああ、「迷い」という救済………。
 私たちのいのちもまた同じではないか。

稜線の天に暮れゆく秋思かな。

テレビ見てずぐに今宵は茸鍋

押花穂草ほのほの旬の便り

晩秋の日差とたわむ残り柿

昏れなづむ草に寄り来ししじみ蝶

昏れて来し蔵王の尾根がさす


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2007
12.03

第五十話 ―落合監督―

現代の偉人伝~隣にいる英雄たち~とは

アレキサンダー大王、

ジンギスカン、ナポレオン、織田信長・・・戦争が生んだ、偉人とされる人々・・・。それよりも、自らを他人のために投げ打って、人や命を助けた人々の生き様こそ、学ぶべきではないでしょうか? あなたの身近にいる偉人を紹介してください!当山では、身近な人々の善行に関する情報を集めています。

>詳しくはこちらをご覧ください。




 11月1日、プロ野球中日ドラゴンズは、日本ハムとの日本シリーズ第五戦に勝ち、53年ぶりの日本一となった。
 この試合に先発した中日の山井大介投手(29歳)は8回を1人の走者も出さずに投げ抜き、日本シリーズ初の完全試合(1人の走者も出さずに勝つ試合)達成なるかと、周囲には期待と緊張がみなぎった。
 ところが、9回を迎えた落合監督は、平然と山井に代えて守護神・岩瀬を登板させ、奮起した岩瀬は日本ハム打線を三者凡退に切ってとり、日本シリーズ史上初となる継投による完全試合という形で中日に優勝をもたらした。

 この投手交代は大きな波紋を呼んだ。
 プロ野球での完全試合は投手にとって夢のまた夢。1年に1度もお目にかかれない途方もない偉業である。あとたった3人をうちとればそれが達成できる、しかも日本一を決める試合で、となれば、本人はもちろんファンにとってもチームメイトにとっても関係者にとっても胸のワクワクする状況だが、監督はいつもと変わらず勝つための常套手段をとった。
 1年間、最も信頼して試合の締めくくりを任せてきたストッパー岩瀬の登板である。
 あまりに非情ではないか、皆の夢にかけるよりも自分が確実に優勝監督になりたいのかといった非難が渦巻き、反論も沸騰した。

「スポーツに対する冒涜」「100年に1度あるかないかの凄い興奮の瞬間よりも52年ぶりの優勝を確実にしたかったというならナント小心な夢のない野球か」「ファンの夢を壊した」「あそこで続投させる監督は、プロ野球界全体のことを考えている監督。完全試合を達成していれば、野球に興味のない人まで関心を持ってくれるチャンスだった。それが野球人気につながっていくのに」
 野村監督は「監督が10人いたら、まず10人とも代えない」とコメントし、星野監督は「落合監督は投手の経験がないから、ああいう継投に出たのか、あるいは最後は岩瀬と決めていたのか。いずれにしろ勇気がいること」と評した。
 かつてドラゴンズで四番打者だった江藤省三氏は「山井が1本でも打たれたら、チームがガタガタときていたかもしれない。負けたら札幌へ行かねばならない。結果が良かったから、交代が正しかったともいえる。自分なら山井に『痛くても投げてみんか』と声をかけるだろうが、そうしなかったのは、大した監督だと思う」と話している。
 また、巨人の投手だった阿波野秀幸氏は「山井を続投させて打たれたら悔いが残る。あの判断は間違いないし、悪いことだとは思わない。チームが勝てばそれでいい」と言った。

 翌日からだんだん明らかになった事実は、山井投手の指のマメが4回につぶれ血染めのユニフォームで鬼気迫る投球をしていたこと、山井を含め選手全員が「胴上げ投手は1年間ずっと頑張りぬいた岩瀬」と考えていたこと、山井も降板に納得していたこと、そもそも山井が「もういっぱいです(限度にきています)」と言ったことなどである。
 確かに山井投手はこの日、神がかった投球をしていた。しかし、過去の成績は入団して4年間で11勝9敗、去年は一軍で登板していない。
 今年は6勝4敗、防御率3・36である。ペナントレース終盤の9月には試合に登板して4勝1敗、防御率3・00の好成績を上げ、初のセ・リーグの月間MVPを受賞した。
 しかし、セ・リーグを代表して日本一を決める「日本シリーズ」に出場するチームを決めるための上位3チームによるクライマックス・シリーズでは右肩の痛みが再発し、先発できなかった。
 また、落合監督には苦い体験がある。過去2回、温情とも思える継投の失敗によって日本一になれなかった。3年前の第3戦では岡本、去年の第2戦では山本昌に続投させ、破れている。
 
 野球の試合はたった1球、たった1打で流れが変わる。まして短期決戦ともなれば、一瞬の判断が勝者と敗者を分ける。
 総合的な判断を求められる監督の頭脳と勘は、他からうかがい知れない世界である。

 落合監督は、試合終了後の優勝インタビューや公式会見では「幸か不幸か、代えることには抵抗はなかった」と、交代についての詳しい説明はしなかった。そして、試合の翌日、淡々と語った。
「ベンチの中のことは知らないだろ。言いたい人には言わせておけばいい」
 後に、こうも言っている。
「3回も同じことをしたらバカと言われる。1人の野球選手としてなら、続投でいい。ただ監督としての立場がある」
「もし無理して続投させてフォームを崩したり、肩痛が再発したら野球人生を狂わすことだってある。マメがつぶれてなかったら続投はあったかもしれない。ただ、それ以上に無理はさせられない」

 こうして全体を眺めてみると、優勝のかかっていたあの場面、それも1対0というホームラン1発で勝敗が入れ替わる状況では、必勝のパターンを選択する、つまり、交代しかあり得なかったことが解る。
 冷静に最善の判断を行った落合監督は、監督として一流である。
 しかも、交代に際し、チームには一切、動揺が生じなかったという。 監督の姿勢、方針、1年がかりで作り上げた勝つためのパターンへ選手たちは全幅の信頼をおいていたに違いない。
 勝たねばならない使命を持った人びとは、唯一の目的をめざし文字通り一丸となっていた。
 チームは監督の作品であり、こうしたチームを率いる落合監督超一流というべきなのかも知れない。

 超一流の人は、いつものように飄々としたままでで、いともあっさりと、永遠に語り継がれる場面を作ってしまったのである。

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2007
12.03

賢者のおくりもの(贈り物)

 この時期になると決まって思い出す短編小説があります。
 オー・ヘンリーの「賢者のおくりもの」です。

 週に20ドルの給料で生活する主婦デラは、夫ジムへクリスマスプレゼントを贈りたいのですが、所持金は1ドル87セントしかありません。
 そこで、「とび色の水しぶきをあげる滝のように、きらきらと波うちながら、からだのまわりにたれて」いる自慢の髪を売ることにしました。
 お目当ては、ジムがお祖父さんから受け継いでいる金時計の鎖です。
 髪結い道具屋へでかける前「なみだが一滴、二滴、すりきれた赤いカーペットの上に落ちた」けれども、夫のために実行し、二時間かけて歩き回った末、ついにプラチナの時計鎖を探し出します。
 21ドルで買い、帰ります。
「あの時計にこのくさりがついていれば、ジムはどんな人の前でも、どうどうと時計をだして見られるわ。いままでは、くさりのかわりに古びた革ひもをつけていたので、こっそりだして見ていたんだもの」

 40分もかけて短くなった髪の毛をつくろったデラは、ドア近くのテーブルの前に腰掛けて、いつも定刻に帰る22歳の夫を待ちました。
 ジムの足音に「ほんのいっしゅん、デラの顔から血の気がうせた」けれども、祈りの言葉をつぶやきます。
「神さま、どうか、あたしがやっぱりきれいだと、あの人に思わせてください」

 デラの姿に釘付けとなったジムは目に言いようのない表情を浮かべ、凍り付いたように動かなくなります。
「それは、いかりでもなく、おどろきでもない。とがめているのでもない。デラが予想していた、どんな表情でもなかった。なんともいいようのない、きみょうな表情」でした。
 デラは、「あなたにプレゼントをあげないでクリスマスをすごすなんて、あたしにはできない」と言い、必死に気持を訴えます。
 ジムは「デラを抱き寄せ、オーバーのポケットから小さな包みをとりだして、テーブルの上に」置きます。
「さあ、その包みをあけてみてごらん。そしたら、さっきぼくがはいってきたとき、どうしてしばらくぼんやりなってしまったか、そのわけがわかるから。」

 包みを開けたデラは「思わず、すごくうれしそうなさけび声をあげ」ましたが、それは「激しい悲しみの泣き声に」変わります。
 そこには、ブロードウェイのショーウィンドーに飾られ、かねて憧れていた櫛セットがあったからです。
 やがて、べっ甲製の櫛を「しっかりと胸にだきしめた」デラは、「なみだにかすむ目にほほえみをたたえて」掌を開き、握っていた鎖を差し出しました。
 
 それはデラの「明るい、もえるような心をうつして、まぶしくきらめいた」にもかかわらず、喜ぶとばかり思っていたジムは「長いすにごろっと横になると、両手を頭のうしろで組んで、ほほえみながら」言います。
「ねえ、デラ。ぼくたちのクリスマスプレゼントはかたづけて、しばらくしまっとくことにしようよ。いま使うには、りっぱすぎるものね。じつは、ぼく、あの時計を売って、きみのくしを買ったんだよ。さあ、肉を火にかけたらどう?」


 物語はこれで終わって簡単な解説文となり、その後の二人の表情や行動については語られません。
 あとは、読者それぞれに任されています。
 
 この物語も、寺子屋で語り継ぎたいものの一つです。
 心から誰かのためになろうと思い、見返りを求めずに自分の何かを差し出すことが真の人間すなわち菩薩(ボサツ)へと導く布施行だからです。
 差し出すのは、モノとは限りません。
 身体を用いても、あるいは祈っても布施行です。
 デラもジムも、清水の舞台から飛び降りるような思いでモノとしてのプレゼントを用意しましたが、最高の贈り物はモノに込められた心だったのではないでしょうか。
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