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2008
05.31

納得の戒名

 およそ10年前、地域の長老Kさんは、開山間もない当山を訪ねられました。
 地道な事業家ですが、風貌には数学者のような静けさと練な医師のような柔らかさがあります。
「和尚さんはどういった心構えで仕事をしておられるのですか?」
 遙かに年上の方が、よそ者であり平屋の古家に住みついたばかりの私に、人において避けて通ることのできない根源的な問題に関する質問をされました。
 それは釈尊の時代に行われていた論議を思い起こさせるひとときでした。
 どこの馬の骨とも知れない僧侶へ数々の疑問をぶつける真摯なご様子に、「ここにはこういう方もおられるのか」と驚き、骨を埋める可能性の高い場所になりそうな当地への期待も高まりました。
 その後、一度、ご自宅で修法する機会があったきり、さしたる会話もありませんでしたが、顔を合わせるたびに尊敬と信頼の念を深くしていました。

 Kさんは亡くなり、初七日にやっとお焼香の機会を得、位牌とお骨と遺影を前にして、久方ぶりの対面をしました。
 戒名を一読した途端、信念を通されたことを知りました。
 まさに「Kさんの戒名」だったからです。
 お茶を前にしながら奥さんから伺った話によれば、不治の気にかかったことを知ったKさんは粛々と「その時」の準備を始め、あらゆる面での納得を求めて旦那寺へ足繁く通われました。
 住職との激論の雰囲気をそのまま家へ持ち帰ったこともしばしばだったそうです。
 その執念が戒名に表れていたのでしょう。
 とても納得できました。

 今夜だけですよとたった一日、院から外泊が許された日の翌朝、「これで終わり」と奥さんへはっきりと別れを告げて逝かれたのも、まことにKさんらしく、「さすが」と目頭が熱くなりました。
 頭を廻らせ、あらためて肩越しに見るKさんの遺影は尊厳に満ちており、〈きぬいてんだ〉一人の人間の絶対性が、地球の重さに匹敵するような重さで宿っていました。

「送ること」、「弔うこと」がほとんど慣習となっている中で、〈〉〈〉〈苦〉〈欲〉といった問題へ正面からぶつかり、仏法本来の「苦を抜き、楽を与える」力に納得を得られる方はそう多くないように見受けられます。
 まして、Kさんのようにさんざん辛酸をなめ人の酸いも甘いも噛み分けた方が、「人はこういったものさ」と思考停止をせず、「いかなることか?」「いかに?」と探求を続ける姿は、修行中の者にとって導きとなるだけでなく、質問を受ければ勉強になり、共に考えたことを参考にしていただければ励みともなります。
 玄関で送ってくださる奥さんの言葉は、これ以上ない贈り物でした。
「主人は、法楽寺さんから送っていただくものを隅から隅まで全部読んでいました」

 Kさん、これからは修法をもって私が会いに行きます。これからもよろしくお願いします。
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2008
05.30

生き返る

 新華社ワシントンや新聞社の報道によると、脳死と判定されてから17時間後に蘇生した人がいます。
 ウェストバージニア州に住むビルマ・トーマスさん(59歳)は5月17日に心臓発作を起こし、地域医療センターへ搬送されましたが、すでに心肺停止状態になっており、低温治療などによって心臓は動き出したものの、17時間にわたって脳波がなく、やがて心拍が消え、血圧もゼロになったので医師は死亡と判断しました。
 そして、家族の同意を得た上で生命維持装置が外され、家族は葬儀の準備のために病室を離れ、医師は、臓器提供の意思を示していたビルマさんの身体から臓器を摘出するための準備にとりかかりました。
 医師が呼吸器を外してから約10分後、看護師たちが肺へ空気を送る管を取り外そうとした瞬間、トーマスさんの目が開き、手も動き出しました。
 医師も看護師も卒倒しかけたほど驚いたそうです。
 
 やがてトーマスさんは「息子はどこ?」と尋ね、急いで病院へかけもどった息子ティムさんは、まるで朝に目覚めたばかりの人のようにベッドで寝ている母親を見て仰天しました。
 彼はこう語っています。
「僕達はずっと病院で、母が意識を回復するよう祈っていたんだ。
 でも、母の心臓は止まってしまい、身体も次第に硬直していった。
 僕達家族も、牧師さんも、先生も、みんな人工呼吸器を外すことに同意したよ」
 トーマスさんは後遺症もなく全快へ向かい、「数日前よりずいぶん気分は良くなりました」と話す様子がトーク番組で報道されました。
 担当医ケビン・エレグストン医師の話です。
「世の中には医者や看護師が説明できない現象が時として起こるが、今回もそのひとつだと思う」

 これを奇跡と呼ぶかどうかは別として、生と死には私たちの知らない領域がまだまだあるのだということを肝に銘じておきたいものです。
 もしも、臓器を取り出す作業にとりかかってから目覚めたならどうなっていたでしょうか。
 想像するだに恐ろしいことです。
 たった一件でもこうした事例がある以上、「人間が蘇生する可能性」は現在の医学で判断できるレベルよりはるかに大きいことが明白になったと言わざるを得ません。
 脳死を人間の死とする考え方や、より〈生きの良い〉臓器を取り出そうとする姿勢は仕切り直しが求められます。
2008
05.30

6月の守本尊様

 芒種(ボウシュ)と夏至の水無月(ミナヅキ…6月5日より7月6日まで)をお守りくださる守本尊は勢至菩薩(セイシボサツ)様です。



6月の本尊



根上下智力(コンジョウゲチリキ)』という、人の性根を見分ける力をもって、お救いくださるみ仏です。

 人は、生まれにより育ちにより違った性根を持って運命を創り、お救いいただく道筋も、当然異なります。

 勢至菩薩様は、それぞれが持っている蓮華のような尊い心を性根に応じた方法で開けるよう、勢いをつけてくださるのです。



2008
05.30

6月の聖悟 ―心の十段階 その3―

外道(ゲドウ)、天に生じてしばらく蘇息(ソソク)を得(ウ)。かの嬰児と犢子(トクシ)との母に従うがごとし ―弘法大師―


天国の神を信じるものは仏道ではないが、天国に生まれ変わって一時の安心を得ることはある、それは人であれ動物であれ、母親のそばにいる時の幼な児のようなものである)
 お大師様が説かれた心の発展段階(深化の過程)における第三段階は、「嬰童無畏心(ヨウドウムイシン)」です。
 嬰童とは幼な児であり、まだ世間の荒波にもまれながら生き抜くための何ものをも備えてはいませんが、とにかく母親のそばにさえいれば安心な状態です。
 最高の幸せは神のおわす天国にあるのでその神を祀り祈って幸せを得るという思想は、バラモン教や道教、あるいは一神教など、さまざまな宗教にあります。
 しかし、仏法は万物を因縁によって生じる空(クウ)の存在と観ており、人間と対立する絶対神を認めません。
 私たちのいるこの世を離れたどこか遠くに幸いの住む理想郷があるとも考えません。
 それは、釈尊の生の言葉に最も近いとされる『法句経』にもはっきりと説かれています。

「自分で心を定め、み仏と法と僧とに帰依して仏道を歩む以上に吉祥を得る道はない。仏道のみが一切の苦を脱する道である」 ―述仏品―
「この世とあの世とにとらわれず、煩悩を離れて安寧を得た者こそが聖者である」 ―梵志品―


 自分の因縁から生じる苦は、因縁を作った自分で克服する以外いかなる解決方法もなく、逃げて行けば救われる先もありはしません。
 無始の過去から積まれた共業(グウゴウ)の表れであるこの世にある苦は、この世にある私たち一人一人が力を合わせて善なる共業を積んで克服する以外いかなる解決法もなく、〈天からぼた餅が落ちてくる〉はずはないのです。
 私たちは、これまで、環境の問題も、人権の問題もそうして改善をはかりながらやってきました。
 現在は、これらに加えてエネルギーの問題、食糧の問題、経済システムの問題が焦眉の急となっており、地域によっては安全保障の問題や福祉の問題や人口の問題も深刻になっています。
 互いを思いやり智慧を出し合い、行動しましょう。
 立派な蟻塚は、小さな蟻たち一匹一匹以外の誰も作ることはできません。
 共業に関係ない人は一人もいはしないのです。

「空へ舞い上がろうと、海中深く沈もうと、深山の奧へ隠れようと、苦をまとい死に追われて逃れる先はない」 ―無常品―


 精進し、己の力で足りないところは聖性の源である仏神のご加護をいただき、精進の徳によって生じる周囲の縁の力にも支えられながら目的地へ向かうのみです。
 仏神と周囲への感謝を忘れず、思いやりの心を抱き、教えによって善なる目的地へ向かうための智慧を得ながら歩むしかありません。
 地獄も極楽も自分の心にあり、自分たちの共業が作るこの世にあります。
 仏法が地獄や極楽をありありと説くのは「方便門(ホウベンモン)」というものであって、地獄のイメージによって人びとが悪を怖れるようになり、極楽のイメージによって人びとが善なる世界を目ざすようになるところに、その意義があります。
 だから、この心の段階は絶対的な悟りからはまだ離れていますが、その境地を目ざすための道から外れているわけではなく、否定や非難は避けねばなりません。
 向上心を持って進みましょう。
2008
05.29

蜘蛛の糸

 5月26日、お祖母ちゃんに連れられてご奉仕へ来山したKちゃん(園児)からとても良い質問がありました。
「どうして、『蜘蛛の糸』のカンダタにもう一回、糸が降りてこないんですか?可愛そうです」
 答えました。
 
 まず、なぜ糸が切れたかは知っているでしょうが、お釈迦様がせっかく救ってくださろうとしたのに糸が切れたことが何を意味しているかを考えてみましょう。

 人は善いことも悪いことも行います。
 悪いことをした場合、すぐに悪かったと気づいて謝ったり償ったりすることが最も大切ですが、の重さはそれぞれ異なっており、すぐに許してもらえる場合もあれば、なかなか許してもらえない場合もあります。
 たとえば、ボール遊びをしていてうっかりガラスを割ってしまった時などは、きちんと謝ればたいていその場で許してもらえるけれども、万引きをした場合などは警察へ連れて行かれて調べられます。
 ちょっとしたケンカで相手を傷つけた場合は牢屋へ入れられても割合早く出てこられるけれども、もしも相手が死んでしまったりしたらなかなか出てこられないどころか、死刑になるかも知れません。
 そのようにには重さがあり、も違います。
 カンダタは、殺人や放火や強盗を行った大泥棒です。
 そのがあまりに重く、蜘蛛を一匹助けたからといって、として落ちている地獄から簡単に抜け出せるわけではありません。
 いくらお釈迦様が救ってあげようと思われてもだめでした。
 善いことも悪いことも、自分で行ったことは、必ず自分へ報いがもたらすのです。

 もう少し考えてみましょう。
 芥川龍之介カンダタがまっさかさまに落ちてしまい、蓮池のある極楽は何ごともなかったかのような光景であるところまでしか書かなかったけれども、カンダタのいのちがすっかり終わってしまったわけではありません。
 また、お釈迦様を初め、み仏方は、たとえどんな悪人であれ決して見捨てません。
 カンダタはどうなるのでしょうか。

 今回はお釈迦様のお慈悲によって貴重なチャンスをいただきましたが、過去の悪行があまりにひどく、カンダタの心もまた地獄の責め苦で反省させられたにもかかわらず「自分本位」のままだったので、せっかくのチャンスを生かせませんでした。
 しかし、きっといつか又、蜘蛛の糸が降ろされるに違いありません。
 それは、地獄にいるカンダタが今回のできごとについてよく考え、自分だけが助かろうとしたことを深く反省し、地獄にいても誰かのために何かできることを行い、過去の大を償なった時です。
 カンダタの極楽往生を願う人びとの供養もまた、償いの手助けになることでしょう。
 
 善いことも悪いことも、自分の行いの結果は必ず自分へやってくることを学びましょう。
 善いことをたくさん行えば、いつかはを償えることを学びましょう。
 そして、み仏は必ず観ておられ、必ずお救いくださることを学びましょう。
2008
05.28

プレカリアート

 辺見庸氏が河北新報へ連載している「水の透視画法」を読み、プレカリアートなる言葉を知りました。
 彼の教え子だった元大学生と久方ぶりに会ったら、プラカード持ちをやっており、「ぼくら、いったんプレカリアートとしてアンダークラスにくみこまれたら、袋小路からぬけだすのは不可能にちかいですよ」と言いました。
 彼にとっても「耳なれないことば」だったそうで、
「教え子によれば、プレカリアートとは、英語のプレキャリアス(不安定な)とプロレタリアートをくみあわせた欧州の若者の造語。不安定で不公正な雇用状態にあえぐ非正規労働者、フリーター、失者群などをさすイタリア発祥の外来語である」
と書いています。
 また、
アンダークラスはたんに『下の階級』かと思ったら、雇用側によって極端に安くやとわれては、なんの保証もなく使いすてられる『新たな貧困階級』のニュアンスがある」
そうです。

 当山の人生相談でも、無慈悲な社会システムによってアリ地獄へ堕とされた方々の嘆きや悲しみや苦しみや喘ぎを聴くたびに、共業の恐ろしさに強い圧迫感を覚え、悲しみのあとから、決まって「うち破らねば」との闘志が湧いてきます。
 このシステムは、老年を早死にへと手招きし、壮年から気力を奪い、青年へ夢を忘れさせ、少年の邪智を膨らませます。
 そうして動く巨大な文明の歯車を操るごくわずかな人びとだけが密かに、あるいは堂々と我が世の春を謳歌しています。
 社会から「公正さ」が急速に失われて行く時代の感覚に、張飛の軍略を思い出しました。
 闘いに勝利した彼は、三十万人の捕虜をどうするか熟考したあげく、狩りを行うかのように軍勢を総動員して三方から捕虜たちを追い立て、すべて高い崖から突き落とし、英雄として凱旋しました。
 この故事に身の毛がよだつ人間ならば、日本の現状、世界の現状に身の毛をよだてさせないでいられましょうか。

 数ヶ月ぶりに孫を公園へ連れて行きました。
 初めて行った公園は驚くばかりに広く、駐車禁止の立て看板が並ぶ道路をぐるぐる廻って駐車場を探しながら「地域の人々だけのために造られた公園」であることを知りました。
 孫にせがまれて虫取り網と虫かごを手にした私は、孫の後を追って見たこともないほど大きな滑り台のそばへ行きました。
 たちまち近くにいた女の子三人が駆け寄って来て、高い遊具の上から、何を捕っているんですかと訊ねます。
 バッタを探しているけど捕れないんだよと答えたところ、間髪を入れず「あっちへ行ったら!」と叫びました。
 叫んだのは一人ですが、あとの二人もこちらを凝視したままです。
 うす寒い思いをしながら孫を滑り台へうながした時です。
 近くにいた少年が滑り台へのらせん階段を勢いよく駆け上がり、一番上の平らな台で、遅れて登った孫の帽子をむしり取りました。
 危険を察知して現場へ走った私の前で、二人は無言のままにらみ合っています。
 一歳上とおぼしき少年の視線の冷たさにぞっとし、孫へ「後からだよ」と指示しました。
 私をまったく無視し、しばらく孫をにらんでいた少年は、腹這いになってこちらかた視線を外さず先にすべり降りましたが、ローラー式滑り台の中間で止まっています。
 もしも孫が続いて降りたならそこから突き落としかねないと察知し、「あの子が行ってしまってからにしなさい」としばらく待たせました。

 かつての学生から「いま、いったい、なにに怒ればよいのですか」と質問された辺見庸氏です。
「私は四年半前までよく授で『もっと怒れ』と学生をあおりつづけた。イラクが空爆されても声ひとつあげない彼らを〝透明なボウフラども〟とののしったこともある。いまは〈怒れないわけ〉がわかる気がする。返答はせず、反問した。プレカリアートは怒っていないのか、団結しないのか、と」
 かつての学生は答えました。
「自殺多いでしょ。あれって変種のテロじゃないですかね」
「大恐慌、きますか。きたら、ガラガラポンですよね」
 
 自らのを清め、社会のを清めることしか〈大量の血を流さないガラガラポン〉の方法はありません。
 老いも若きも、もう充分に心の血を流し、人生という時間を血の海へ流し込んでいます。
 プレカリアートを過去の言葉にするよう、たった今、始めねばなりません。

2008
05.27

「夢慧チャリティコンサート」後日譚 ―お地蔵様になった話―

 5月26日、奉仕活動に来山されたTさんから、ありがたいお話を聴きました。

 ちょうど一ヶ月前の4月26日朝、夢慧氏をお招きしてのコンサートを迎え、常に率先してご奉仕活動に励んでおられるTさんは、いつものように早々と善行堂へ入り、掃除をしていました。
 一段落した午前10時前、突然、脳天に重いものがドーンと落ちてきたような衝撃を受け、思わず倒れそうになりました。
 しかし、そこは気丈なTさんのことです。
「倒れてはいられない!」と必死の思いで何かにつかまり、何とか息を整えました。
 しばらくしてようやく我に返ったTさんは、「あれは何だったのだろう。住職に訊いておかねば」と思いましたが、そのまま忙しくコンサートを終えました。
 後かたづけなどすべてを終えて暗くなってから家へ帰り、ビックリ仰天しました。
 姉の家から入っていた電話によると、今朝倒れそうになったのとちょうど同じ時刻に姉が脳溢血で倒れ、奇跡的に一命をとりとめて治療中だというのです。

 Tさんは「私が受けたのでしょうか?」と言われます。
 確かに「受けた」のでしょう。
 これぞ正(マサ)しく、お地蔵様の代受苦(ダイジュク)です。
 経典は、釈尊が入滅された後、弥勒菩薩が救済のためにこの世へ来られるまでの間、ずっと人びとの悩み苦しみを救う役割を背負い続けるお地蔵様の覚悟を示しています。
「我、代わって苦を受けん」
 お姉さんは、そのままあの世へ行かねばならないほどの出血をしたにもかかわらず、ギリギリのところでその受難の一部を妹であるTさんに負ってもらい、この世へ踏み止まったに違いありません。
 お姉さんは半身不随になったものの、リハビリに励み、順調に回復しておられます。

 こうした篤信の方々の存在は当山にとっての励ましとなり、壇信徒の方々にとっての手本や救いとなっています。
 共に信じ、行いましょう。
2008
05.27

機関誌『法楽』が完成しました

 昨日は、『法楽かわら版』を読んでご奉仕を申し出た10人の善男善女が寺務所へ足を運び、午前中に機関誌『法楽』が完成し、袋詰めなどの作業まですべて終わりました。
 談笑しながらのお茶や昼食の時間も和気あいあいと楽しく、ありがたい半日でした。

 今月から、こうしたご奉仕の際のやり方を変えました。
 まず、これから六波羅密の行に励む心構えを誓います。
 そして、お互いをみ仏の子として尊ぶ「相互礼拝」と、お互いを思いやりお互いのためになろうとする「相互供養」を忘れずに尊い時間を過ごすことを確認します。
 それぞれが家庭の事情や体調などさまざまな事情を抱えながら布施の心で参加してくださっている法友であることを忘れず、誰彼がどうこうとか批判するなど、他のことを論(アゲツラ)わず、黙々と、感謝の心で自分ができることを行うのです。

 また、たとえ短い時間であれ、必ず法話を行います。
 基本的には、『四十二章経』という中国へ初めて伝わった仏典とされる短い経典についての解説と、質疑応答を行います。
 42の教えがあるので、すべてを学び終えるには、一ヶ月に一つづつとして三年半かかる予定です。

 このようにして、清浄な空気の中で和やかに善行を行うという菩薩行の実践が行われました。
 精進を欠かさないTさんからの「お地蔵様になった話」や、小学生Kちゃんからの「『蜘蛛の糸』に関する鋭い質問」など、すばらしいお話も飛び出しました。
 感謝、感謝です。
 来月も楽しくやりましょう。
2008
05.27

6月の例祭

 いずれの例祭も参加は自由です。
 護摩の火に身を近づけ、大きなご加護をお受けください。

○今月の第一例祭 6月1日(第一日曜日)午前10時より
 第一例祭では太鼓と共に『観音経』三巻を唱えます。
 ご参詣の方々へお授けとなる『法句経上巻』の教えが心の核となって前半月を無事安全に過ごされますよう。

○今月の第二例祭 6月21日(第三土曜日)午後2時より
 第二例祭では太鼓と共に『般若心経』三巻を唱えます。
 ご参詣の方々へお授けとなる『法句経下巻』の教えが心の核となって後半月を無事安全に過ごされますよう。
2008
05.26

天上の星 地上の星

 人気番組「行列のできる法律相談所」が、カンボジア学校を造るためのチャリティオークションを行いました。
 出品されたのは、芸能界を中心とした有名人たちが書いた絵です。
 司会者紳助
「造ってあげようという視点が失礼なのは解るけれども、それでも、学校はあった方が良いでしょう」
「世界中に何十万校あっても足りないのは解るけれども、それでも、一校でも二校でもあった方が良いでしょう」
と立ち上がり、予想を超える反響に二週連続の放映となりました。
 作品のすべてが落札され、基金の合計は五千万円を超えました。

 紳助は、自分の絵をオークション最高価格となる五百万円で競り落とした食堂の旦那へ、涙ながらに言いました。
「若い頃、さんざんやんちゃをやってのし上がり、今の歳になってから、俺も何かやっておかなきゃなあと思ったんでしょう?」
 旦那も涙を流しながら頷いています。
 さらに続けました。
「俺の絵はこんなにしない。この値段は、貴男が何としても学校を造ってやりたいと思う気持の表れでしょう」

 メディアの力を思い知らされ、我が身をふり返りました。
 寺子屋建立のために10年の歳月をかけてご縁の方々からお力添えをいただいた総額は、未だ二千万円に満たない金額です。
 しかし、人気絶頂の番組を挙げて企画し、有名人たちにわざわざ書いてもらったものを売って集めた五千万円に対して、いささかの遜色もありません。
 子供がお小遣いを貯め、年金暮らしの方が虎の子を削り、あるいは遺産を相続した方が善行を望み、それぞれの思いを託したお善行は、いずれも等しく金色の輝きとなって当山を守り、結晶の時を待っています。

 信徒Kさんは、数十年にわたってカンボジア留学生のお世話をし、グループを結成して学校建設のお手伝いも行っています。
 留学生からカンボジアの言い伝えを聴き、自費で民話集を作りました。
 巣立った学生たちは、日本の大学へ研究者として残り、あるいは先端技術を持つ企業へ就職し、あるいは帰国して国のリーダーとなっています。

 紳助や有名人たちは、いわば「天上」であり、寺子屋建立運動に心を寄せてくださる方々やKさんのような方々は、いわば「地上」です。
 天上にも地上にも々の耀く日本であって欲しいと願っています。
2008
05.26

シンパシーの復権

 古い友人T君から笑いを含んだ電話がかかってきました。
「和尚のことが書いてあるぞ。知ってたのか?」
 何のことだろうと思ったら、作家の高任和夫氏が「小説現代」へ書いた『シンパシーの復権』に、私としか思えない僧侶が登場しているというのです。
 T君は「仲間ならすぐに解るよ。まあ、読んでみたら」と、笑いをこらえながら電話を切りました。

 さっそく読んでみて「ウーン」と呻らされ、小料理屋のカウンターで「実は俺、短編、得意なんだぜ」と自信ありげに囁かれたことを思い出しました。
 内容には触れませんが、シンパシーに人間性の回復といった深みを持たせた傑作です。
 私は彼との会話で「来山する方、あるいはお焚き上げの品を送ってくる方など、どなたであれ他人様の思いや願いを我がことと受けとめて、考え、修法するのが僧侶の務めだよ」と信念を述べたことがありました。
 かつてはビジネスのプロ、今はものを書くプロである彼は、それを仕事のやりがいや魂の交流の核心ととらえ、シンパシーを感じ合うところに生き甲斐や救いや希望を見いだそうとしました。

 この言葉の和訳は「同情」や「共感」ですが、いずれも、「それぞれに生きている人間」同士の関係といった感があります。
 しかし、彼の「シンパシー」はそうしたところに止まらず、自分(あるいは自分のある部分)を相手へ投げす地点まで描いています。
 主人公たちは、相手を思いやらないではいられません。
 こうなれば、もはや、み仏の慈悲そのものです。

 8年前、彼は『仕事を愉しむ』で「」を描きました。
 今度の作品でも、スナックのママに「やっぱり男は仕事を楽しまなきゃダメ」と言わせています。
 仕事は、を伴ってこそ難事に耐えて続けられ、楽しめます。
 そして、今、「シンパシー」に達しました。
 彼の理想とする人間像は、自立した人間から共に生きる人間へと緩やかに変化しているのでしょうか。
 そういえば、平成17年4月に発売された『エンデの島』は、を持った人びとのシンパシーがテーマであるとの解釈も成り立ちそうです。

 この傑作がたくさんの方々にご縁となり、『シンパシーの〈復権〉』が意味するところをお考えいただきたいと願っています。
2008
05.25

鉄線と牡丹

鉄線が咲きました。「企み」という花言葉よりも「旅人の喜び」や「心の美しさ」の方が理解できます。

200524tessen


牡丹も咲きました。花言葉の「風格」はピッタリです。散り際は徳ある人の退き際を思わせます。

200524botan



2008
05.24

守本尊道場造営日記 十八 ―思いつくままに―

 五月二十一日は小満でした。

 求聞持法の本尊虚空蔵菩薩は、福徳と智慧をもってお救いくださるみ仏です。
[娑婆=現実…結果(福徳)が価値]、[仏界=理想…過程(智慧)が価値]であるならば、み仏の境地を目ざす行は、娑婆と仏界の二つが一つになるための方法であると言えましょう。
 それを一言で表せば即身成仏です。
 胸中のみ仏が宇宙のみ仏と一つになる時、もう、何も要りません。

 供養法が終わり、祈願法へ入って印を結び四川省を観ると鼻先に腐臭が漂い、天災と人災が重なってもたらされた惨状に身心が灰の固まりと化し、徐々に溶けてしまいそうです。
 ―――み仏の子でありながら、人間は実に不完全な存在です。
 涙を流した人が他人へ涙を流させぬよう決心すれば、完成度は急上昇するはずなのに、涙が乾く速さと競うように忘却がやってきます。
 むろん、忘却がなければ、人間は発狂するしかありません。
 私たちは、かくも哀しく愛おしい存在のまま、これから先、五十六億七千万年、変わらぬ泣き笑いをくり返すのでしょう。
 アルベール・カミュは『シジフォスの神話』において、ポンと放り投げられたままの人間を描きましたが、生身の人間は、荒波にもまれながらもまっとうに生きるための帆柱、すなわち仏法なくして途方もないくり返しに耐えられるとは思えません。
「人間に与えられた最高・最善の可能性」としてのみ仏こそ、行く先を約束しておられる救済者です。
 教えは「仰がずんばあるべからず」と説いています。
 まして、お大師様の約束「同行二人(共に歩み、見守っておられること)」は揺るがぬ真実です。
 何とありがたいことでしょうか。

 さて、このところ、釈尊が口に出さなかったと思われる教えがどうとか、釈尊の時代のインドになかったものを用いるのがどうとか、中国や日本の慣習に仏法と関係のないものがあるからどうとか、あまり建設的ではない議論を基にした質問が増えています。
 具体的には人生相談でお答えすることとし、仏法におけるいくつかの根本を指摘しておきましょう。

一 仏教徒の目ざすものは釈尊の悟られた境地である。
一 いかなる悩みや苦しみであれ、悟りの境地に発する慈悲と智慧によって救われないものはない。
一 仏教とは、「悟り=成仏」をめざす人により、文化により、千差万別の「道」が工夫され深められ伝えられてきたものの総体である。
一 さまざまなみ仏と経典は、さまざまな行者が感得した釈尊の境地(悟り)の顕れであり、すべてが真実を体現している。
一 釈尊が救う相手と救わない相手を決して区別されなかったように、心や因縁の異なる人びとへは異なる救いが必ず用意されており、
それが「八万四千の法門」である。
一 心や因縁がさまざまで、救われる道順もさまざまである以上、他人へ迷惑をかけない限り、救われ方を非難されるべき人は誰もいない。
一 四諦、八正道、十二因縁、因果応報といった土台を基にして深まり発展してきた世界各地の仏法は、修法の形が違ってもすべて兄弟姉妹としての仏法であり、互いを尊び合うべきである。
一 現代の仏教徒は、菩薩行として確立している六波羅密行を土台とすべきであり、いかなる供養法もこれを離れてはあり得ない。
一 現象世界(この世)のすべては、真実をつかむための方便を見つけるべく、み仏からお与えいただいた材料である。
一 材料をいかに観られるかは、それぞれの霊性や知識によって異なり、たとえば薬草を治療に用いる人と雑草として見過ごす人がいるのは当然であり、知識のある人がない人を蔑むのは慈悲に欠け、ない人がある人を理解できず誹謗するのは愚かしく、共に智慧なきことである。
一 僧侶は行者以外の何者でもなく、肉体を持った行者は、己をかけて地・水・火・風・空の徳を持った材料を縁に応じて活かし、意識を清め深めるべきであり、それを可能にするのがみ仏から授かる智慧である。だから、智慧と行とは、ニワトリとタマゴの関係にある。
一 み仏の慈悲は相手を選ばない。だから、仏・法・僧を信じる仏教徒は、仏法を盾にして他宗教の信者と争うことはなく、もちろん兄弟である仏教徒とも争い得ない。

 思いつくままに羅列してみましたが、こうした観点からすれば、重箱の隅を突くような議論に明け暮れるのはいかがなものかと思われます。

守本尊様のご供養申込数累計    135体
○唱えた真言の回数累計   901、800回
2008
05.23

機関誌『法楽』作成のご案内

 機関誌『法楽』作りへ参加したいというありがたいお申し出があるので、作業日を公表し、ご奉仕してくださる方を広く募ります。
 開始時刻へ遅れての参加や早退は自由です。
 親和を第一に、和気あいあいとやりましょう。
 ミニ勤行とミニ法話もあります。

 参加申し込みは、法楽寺か『親輪会』会長佐藤さん宅(358―6057)へお願いします。
 昼食はご心配なく。

[日 時]  5月26日(月)9時より13時まで
[場 所]  法楽寺寺務所(本堂前)

2008
05.23

平成20年6月の運勢(世間の動き)と六波羅密(ロッパラミツ)行による開運法

 6月は善きことも悪しきことも盛大になり、お祭のような賑やかさも戦場のような刺々しさも見えることでしょう。
 新しきものへ多くの人びとが関心を持ち、古きものは自らが抱えていた闇によって崩壊する危険性が高まります。
 新興勢力がめざましく伸長する一方で、これまで天下を牛耳っていた勢力は太陽が西空へ傾くように傾斜を深める可能性が高まります。
 新しきものは、自らへ〈運気にふさわしい智慧と実力を備えているか〉を問い、古きものは、自らへ〈持てる実力を智慧によって公正に用いているかどうか〉を問わねばなりません。
 さもないと、せっかく植え替えた樹木がうまく根を張れず、新芽を待たずに古い葉を落とし尽くして無惨な結果となるような怖れが生じます。

 また、二者択一的な判断へ意識が傾き、総合的な見地からの議論は後へ追いやられ、バランスのとれた智慧によるリードが難しくなるやも知れません。
 こうした時期に大切なのは、性急に英雄の華々しさを求めず、隠れた賢者の明察と思いの深さをこそ評価する落ちついた判断です。
 それは、家庭や学校でも、あるいは職場でも、あるいは政界・官界・学会・財界、いずれにもあてはまります。
 家庭生活や子供の教育に関しては、食欲や性欲の満足、つまり飲み食いや遊びをほどほどにすること、判断を焦らないことが肝要です。
 さもないと秩序が乱れ、智慧がはたらかず、家庭は我がまま同士の寄り集まりになり、子供は野放図になってしまう危険性があります。
 家庭においては和やかさを第一にし、子供の教育においてはねばり強い会話を大切にしたいものです。

人の道」は「菩薩(ボサツ)の道」です。
 菩薩の道は、六波羅密(ロッパラミツ)行によって歩めます。
 精進しましょう。

布施行と運勢] お水を供えましょう。
 精進の人は言動を慎み、仏神を敬う徳によって落とし穴に陥らないで済みます。
 不精進の人は、要らぬ対立や不毛の論議に巻き込まれる危険性があります。

持戒行と運勢] 塗香(ズコウ)で清めましょう。
 精進の人は、大所高所から判断し、力のある人から協力を得ます。
 不精進の人は、高慢になり、不確かな情報に惑わされる危険性があります。

忍辱(ニンニク)行と運勢] お花を供えましょう。
 精進の人は、新しい発想を共有する人と巡り会います。
 不精進の人は、刺激の強さに負けて悪行の共犯になる危険性があります。

[精進行と運勢] お線香を供えましょう。
 精進の人は、愚かな人を相手にせず、内なる徳を磨きます。
 不精進の人は、浅はかな正義感から自滅する危険性があります。

禅定行と運勢] 飯食(オンジキ)を供えましょう。
 精進の人は、智慧によって変革する道順を見つけます。
 不精進の人は、口車に乗って暴走する危険性があります。

智慧行と運勢] 灯明を点しましょう。
 精進の人は、賢者と意見を交わし、深い納得を得ます。
 不精進の人は、浅知恵に頼り、思いやりのない言動で批判を受ける危険性があります。

 皆さんの開運を祈っています。

2008
05.22

【現代の偉人伝】第五十八話 ―山本富造社長―

現代の偉人伝~隣にいる英雄たち~とは

アレキサンダー大王、

ジンギスカン、ナポレオン、織田信長・・・戦争が生んだ、偉人とされる人々・・・。それよりも、自らを他人のために投げ打って、人や命を助けた人々の生き様こそ、学ぶべきではないでしょうか? あなたの身近にいる偉人を紹介してください!当山では、身近な人々の善行に関する情報を集めています。

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 スピード社(イギリス)は、アメリカ航空宇宙局(NASA)と水着を共同開発して世界へ売り始めた。
 この水着を用いた選手たちが次々に世界新記録を出し、北京オリンピックを控えた競泳界で話題となっている。
 そんな中、従業員70数名(平均年齢25歳)という山本化学工業(株)の山本富造社長(49歳)は、「日本で開発した素材を用いた水着で、日の丸を掲揚して欲しい」との一念で、10年を費やして研究を重ねてきた新素材を無償提供すると発表した。
 現在、いくつかのメーカーが急ピッチで製品化を目ざしている。
 
 そもそも、ウェットスーツ素材では世界一のシェアを誇る同社が新素材に取り組んだのは、山本社長が「百メートル泳いで5秒縮める」という途方もない目標を掲げたからだった。
 なまじなことでは不可能である。
 発想を切り替えた社員たちは、スピード社が押し進めた撥水性を高める方向とは異なり、親水性を求めて研究し、触れると魚の体表のような感触を持つ素材を作り上げた。
 テレビで見た印象では「水をまといながら泳ぐ」といったイメージであり、水を拒否するスピード社製とはまったく対照的だ。

 道具が変われば使い方も変えねばならず、日本水連が30日を水着改良の期限とした関係上、北京オリンピックで日本競泳陣が用いられるかどうかは判らない。
 しかし、スピード社とアメリカ航空宇宙局への果敢な挑戦は、葛飾北斎に見られるような大胆な発想と、胃カメラに見られるような繊細な工夫を得意とする日本人の技術力にかける人びとへ大きな励ましとなることだろう。
 そして、教育・医療・福祉といった分野までが商売となったこの時代に、「日本人の作ったものを用いて日本人が世界に勝つ」ことを第一として虎の子を無償提供した山本社長の英断はきっと記憶に残ることだろう。
 山本社長は老賢者を師とし、「好調な時期には慎重を期し、不調な時期はチャンスを見つける」心構えで経営に励んでいるという。
 高い技術力と、それにも勝る高い
 山本富造社長は現代の偉人であり、日本の誇りである。
2008
05.21

6月の俳句

 6月は水無月(ミナヅキ)です。
 俳人で信徒総代でもある鈴木悦子さん(仙台市太白区在住)の句です。
 鈴木さんは、機関誌『法楽』と新聞『法楽かわら版』へ何年にもわたって投稿しておられます。(掲載が月遅れになる場合があります)

かく生きし枝垂桜と立つ

 古い枝垂桜の花々は枝が折れんばかりに咲き競い圧倒的な存在感で風に揺らいでいる。
 人と眺めている作者は、眼前にある大樹が過去の膨大な時間の結晶であるであることを感じ、同じく〈ここまで生きてきた者〉として深い共感と納得と喜びに胸がいっぱいである。
 それは、傍らにいる人とも共通しており、三者は一体である。
 桜の笑顔は、自分の人生を丸ごと賞めてくれるかのようだ。
「立つ」が結論「生きし」を呼び、「これでもういい」という達観を超えた大肯定となっている。
 作者特有の勁さが存分に発揮された。

再会に散り急ぐ花とどめませ

 「再会」は、今年も満開の時節を迎えて眺められる桜と、久方ぶりに会った人の両方を対象にしているのではないか。
 作者は、行く時間を惜しみ、あまりに潔く散ろうとする桜に「ちょっと待って」と思いをぶつけている。 
 それは、帰らねばならないへの惜別と重なっており、行ってしまうのは重々解っていならがも、ゆとりを持ってこう言ってみるところに味わいがある。
 恋愛における「行かないで」と異なり、定めし、コンサートにおけるアンコールといったところだろうか。

百合の香にこもり本読む雨一と日

 ここでも、「こもり」が部屋にこもる百合の香と部屋から出ない自分との両方を示している。
 たたでさえはっきりした主張のある香が、しっとりした雨の日であればなおいっそう強く自分を包み込む。
 外出を阻む雨が、同時にぜいたくな空間を守ってくれている。
 これはもう、本を読むしかない。
 般若心経の「心にさわり無し」である。
 これ以上充実した時間と空間があろうか。

老鶯に至福の刻や朝目覚め

 鶯は春を告げる鳥だが、鳴く期間は意外に長く、夏になっても練れた上手な声を響かせている。
「あっ、まだ鳴いている」と思える頃が最も節回しが巧みで声色は艶やか、かつ円かでもあり、感心しているうちにいつの間にか役割を終えている。
 だから、最高の声を聴かれるのは、一年数度しかない。
 それを耳にして目覚めるなど、至福と言う以外に表現のしようはない。
 最高の一瞬をとらえる俳人ならではの句と言えよう。

紅枝垂影さす池に灯をともす

夏立ちぬと近況語り合ふ

紅しだれ友と楽しむ会席

夏つばめプリン揺るる午後三時

バラ活けて雀踊に行く気なし


2008
05.20

ほめる 3

 かつてO小学校で行われていた校長先生と児童との手紙「ほめほめ便り」による交流をまとめた『ほめほめ集』からの抜粋です。
 このページを作るのが大変だろうと、篤信の方がわざわざメールで送ってくださいました。
 頭が下がります。
 勉強会などを通じて、ご縁の方々へご紹介しており、寺子屋の指針にさせていただきたいと願ってもいます。 

一年 M・S

  わたしは、よそのおうちの おにわで、あそばせてもらいました。
  そして、かえるときは、きれいに、おそうじをしておきました。
  その日は、とても さむかったけど、がまんして、おそうじをしました。
  だあれも、ほめてくれなかったので、じぶんで、じぶんを ほめました。

                  ◆

 Mさん、ほめほめの おてがみを、かいてくれて、ありがとう。
  よそのおにわで、あそばせてもらったので、おかえりのとき、おそうじを しておいたという、おたよりでしたね。
  そして、「よくやったね、まきちゃん」と、じぶんでほめたのよね。
  おあそびしたところは、あそんだあと、いつでも、きれいに、おそうじし ておくことが、こうちょう先生は、だいすきよ。だから、こうちょう先生も  ほめてあげますよ。「えらかったね、まきちゃん。また、おそうじしてね。」
  おにわのおばさんも、きがついて、よろこんでいらっしゃるとおもうよ。


「とても さむかったけど」には、涙が溢れかかりました。
 そして、「だあれも、ほめてくれなかったので、じぶんで、じぶんを ほめました」では、こらえられなくなりました。
 この2行を何度も何度も読み返しました。
 数十年前、広島にいた見ず知らずの少女が健気でなりません。
 Mさんが、現在どこでどうして暮らしているのかは判りませんが、清らかな行為は残された文章を通じて今も活き活きと徳の香りを放ち続けています。

 自分の善行が持つ真の価値を信じられる人は、きっと、他人の善行の価値も認められるはずです。
 善行の価値は、量や大きさで計られず、お金に換算できるものでもありません。
 それは、娑婆という苦界にありながら人間が人間でいられる支え、つまり心中におられるみ仏の価値に等しいからです。

 5月16日、内閣府は「自殺対策に関する意識調査」の結果を発表しました。
 自殺に関する個人的経験を質問した初の調査の結果は深刻で、「本気で自殺を考えたことがある」人は約2割、「周囲に自殺をした人がいると答えた人」は約3割でした。
 実際、自分自身をふり返ってみても、この歳まで生きていると、身近な自殺者は片手で数えきれません。

 しかし、Mさんは決して自殺をしないはずです。
 児童をこのように導いて世へ送り出すO小学校ではどんな指導が行われていたのか、そしてS先生とはいかなる方だったのか、この欄を通じてご縁の皆さんと一緒に考えて行きたいと願っています。

2008
05.19

妻を売りに出した男

 オークションサイト「イーベイ」に妻を〈出品〉した夫が虐待容疑で調べられています。
 この男は英国在住のポール・オズボーン容疑者(44歳)で、一歳年下の妻を「浮気で、うそつき」と写真入りで紹介したところ世界中から入札があり、最高価格は1億円を超えるまでになりましたが、ことの重大さに気づいて取り消しました。
 当の妻をはじめ周囲の人びとは事実無根として元の鞘に収まるよう説得しているそうです。
 こうした嫉妬はなかなかやっかいな心の動きで、昂じると、カッとなる赤鬼や、いつまでも暗い炎を燃やし続ける黒鬼になってしまう場合があります。

 嫉妬に狂う姿と対照的なのが、山崎ハコ作詞作曲の『白い花』です。
 発表されてからもう30年以上経っていますが、煮えたぎったものが治まり、優しさや励ましという菩薩の心に転換した世界は、依然として温かく強い輝きを放っています。
 若干18歳でこうしたところへ到達したとは、今でも信じられません。

私の目の前の白い花
人目にもつかず咲いているけれど
幸せそうにほほえんで
香りを漂わせる

できることならこの指で
お前を摘んでしまいたい
あの人の胸に誇らしく
咲いているお前を

白い花びらはにかんで
とてもきれいに見えるわ
お前のように咲きたかった
あの人の心の中に

ひそかにきれいに咲くがいい
美しい白い花
あの人といっしょに生きて行け
あの人をなぐさめながら

お前をみつめて生きて行く
私の気持知らないで
私に優しいほほえみを
かえす白い花

ひそかにきれいに咲くがいい
ほほえむ白い花
あの人といっしょに生きて行け
あの人をなぐさめながら

ひそかにきれいに咲くがいい
ほほえむ白い花よ
あの人といっしょに生きて行け
あの人をなぐさめながら


 好きな人の心に咲いている〈自分ではない花〉を摘んでしまいたいと思いはするけれど、その美しさにうたれ、「美しくあれ」と願うようになります。
 山崎ハコは、その美しさを白で表現しました。
 白の意味は「あの人をなぐさめながら」に隠されています。
 己れを無にして好きな人のためになりたいという健気さです。
 山崎ハコは、それにすなおに脱帽したのか、それとも自分が引き退がる理由をみつけようとしたのかは判りません。
 しかし、「私に優しいほほえみをかえす」花の「きれいに」咲いている様子へ心から拍手を送っていることは確かでしょう。

 いつでも憎しみ怨みへと堕ちてしまう崖っぷちにある嫉妬を克服するには、人として正しいものごとに打ち込むのが一番です。
 自分を精進という回って止まないコマに同化させれば、つまらぬ嫉妬など消し飛びます。
 たとえば中国の震災へかけつけた日本人救助隊の方々などは、私生活にいかなる難問をかかえていても、現地では菩薩様になっておられることでしょう。

 44歳のポール・オズボーン氏と18歳の山崎ハコ氏に考えさせられた一幕です。
2008
05.18

想夫恋

平家物語』を読んでいて「峰の嵐か、松風か、たづぬる人の琴の音か」という文にぶつかり、息を呑みました。
黒田節』の二番と同じだったからです。
 そして、「楽はなんぞとききければ、夫を想うて恋ふとよむ、想夫恋といふ楽なり」とあったので、初めて歌の出典を知りました。

 ところで、「峰の嵐か松風か、尋ぬる人の琴の音か、駒をひかえて聞く程に、爪音(ツマオト)しるき想夫恋」は二番とばかり思いこんでいましたが、実は三番で、正しくはこうでした。
「皇御国(すめらみくに)の武士(もののふ)は、いかなる事をか勤むべし、ただ身に持てる真心を、君と親とに尽くすまで」
 この歌詞は、おそらく、戦後、封印されたのでしょう。
 終戦の後に生まれた世代の人びとは、あまり知らないのではないでしょうか。
 ちなみに四番もあります。
「君の晴着のお姿を、寿祝う鶴と亀、松竹梅のよろこびを、幾千代(いくちよ)までも祈るらん」
 想夫恋は源氏物語にも現れるモチーフであり、後に、吉田兼好が『徒然草』で指摘するところによると、そもそもは、中国の大臣が家に植えた蓮を「相府蓮(ソウフレン)」と称して愛でていたのが、読み方の連想から「想夫恋」になったそうです。

 こうした味のある動きは、『ゴンドラの歌』でも行われました。
 黒澤明監督の名作『生きる』のラストシーンで流れる歌は忘れられません。
「いのち短し恋せよ少女(おとめ) 朱(アカ)き唇褪ぬ間に 熱き血潮の冷えぬ間に 明日の月日はないものを」
 作家塩野七生氏は、この歌の歌詞がイタリアでは知らぬ人のいないほど有名な『バッカスの歌』に因って作られたと推理しました。
 酒の神バッカスの歌から『ゴンドラの歌』が生まれ、やがて死を目前にした年配男性の心境を表現するシーンを彩ったとは、唸らされてしまいます。
 『想夫恋』では、読み方から連想が起こり、『ゴンドラの歌』では、酒と命に通底する儚さから不思議なつながりが生まれました。
 私たちの持つ文化には、精妙な動きや流れや軽やかさや深みがあります。
 松尾芭蕉の一代をかけた句集『猿蓑』を読み返したくなりました。

2008
05.17

自分のご先祖様と縁を切る話

 最近、『結婚相手のご先祖様がおられるお墓へ詣でること』のページに書きました。
「自分のご先祖様だけでなく、結婚相手のご先祖様、さらには有縁無縁の御霊を供養する心で生きれば、道を踏み外さずまっとうに生きられましょう。
 結婚相手の墓所へ詣でることを強く推奨します」

 ところが、今日はBさんから驚くべきお話を聞きました。
「女性は、結婚相手お墓へご挨拶へ行く前に、実家のお墓詣りをして、ご先祖様方としっかり縁切りをしておかなければならないそうです」
 これまで守護霊としてつき添っていてくださったご先祖様方がそのまま嫁ぎ先までついて行くと、相手方の家におられる守護霊たちに打ち負かされて、お嫁さんは大変なことになるというのです。
 開いた口が塞がらないとはこのことです。
 守護霊同士が戦うというマンガめいたバカバカしさもさることながら、祖先と縁を切れなどと宣う知らずな発想にはあきれました。
 遙かな過去からいのちを受け継ぎ、今いる自分をこの世へ送り出してくださったご先祖様方とのつながりは永遠です。
 断ち切ることなどできはしません。

 かつて、太平洋戦争を戦った方々へ「あれは誤りだった。あなた方はまちがっていた」と糾弾する機運が強まった頃、こうした子孫を祖霊方はどう思っておられるかをお訊ねしたことがありました。
「いかに」と祈り初めてちょうど30日後の朝、パソコンのキーを叩く手が自動書記のように動き、瞬く間に文章ができてしまうという体験をしました。
 そこに顕れた祖霊の言葉の一部です。

これだけは忘れないでほしい

幾億の光を放ち輝けるそなたたちの生も

後に続くものにたちによって いずれかは何色かとされよう

その時

彼らの心に 今のそなたたちの心と同じまことが宿っているよう

必ず 導いてほしい

そして

そなたたちも

やがては

我らとともに 子々孫々を護ってほしい


 こうした祖霊との縁を切るという考え方は、身の毛がよだつほど恐ろしいものです。
 仏法で言う邪見そのものです。
 こうした愚かしい見解で人心を惑わしているのが誰であるかなど、Bさんへお訊ねはしませんでした。
 たとえどんなに有名な人や超能力があるとされる人の説であろうと鵜呑みにせず、を尊ぶ「人の道」を考え、ものの道理を弁え、良心に照らしてはっきりと否定せねばなりません。

2008
05.17

行者の心得 その2

5 (ゲ)がそろってこそ仏法が活きる。
 
 仏法における「心」とは、仏宝(み仏)、法宝(教えと法力)、僧宝(仏法を学び、実践し、寺院を守る人)へ帰依するすなおな心です。
 しかし、それだけでは、み仏の世界への入り口を開いて一歩入っただけのことであり、きちんと歩むためには、理と実践が不可欠です。
 ただし、この場合の理とは、今の時代を動かす理屈を尺度にするだけの狭い理性に頼るのではなく、教えの心髄に迫ってそれをつかむことです。
 それには、正しく学び、施しであれ、忍耐であれ、具体的な行動を起こさねばなりません。
 行動の伴わない理は空想や机上の空論に堕する危険性があります。
 仏法における理と実践とは、「タマゴとニワトリ」のようなものであり、一人の人間が真摯に生きている真実の両面です。
 それを「」といいます。

6 煩悩を捨てるのが仏法ではない。

 せっかくみ仏から授かった生命力のまっとうな使い方を知らないばかりに、それが煩悩となり、苦をもたらします。
 如来の智慧によって生命力の使い方を正しく学べば、煩悩など、どこにもなくなります。
 それは陽炎のようなものであり、迷いがもたらした幻だったことが解ります。
 たとえば、とんでもない暴れ者だった少年が、ふとしたきっかけでとてつもない善行を行い、別人のような成長を見せて過去を知っている人びとがびっくりするといった例は少なくありません。
 ちなみに、空(クウ)の教えを説いた龍樹菩薩(ナーガールジュナ)は、若い頃、透明人間になる法を用いるなどしていたずらの限りを尽くしましたが、後に改心し、菩薩と称されるまでになりました。
 煩悩を敵視して幻を相手に格闘するだけでなく、断固として身・口・意を教えに従わせ、生命力を燃焼させ、爆発させましょう。

7 すべてのものごとは、学び実践する縁となってくださる。

 善きものを見たなら、「自分もああしよう」と元気をだし、子供は、大人がそのように実践する姿をもって導きましょう。
 悪しきものを見たなら、「ああしてはいけない」と自省し、断じて行わず、子供は、大人がそのように実践する姿をもって導きましょう。
 この世にむだなものは何一つありません。
 心のありよう一つで、善も悪も、すべてが導きとなります。
 大日如来の徳が展開してこの世がある以上、当然です。

8 皆で一緒に行うのは能力を高め、心を広くするためである。
 
 隠形流という一つの世界へ入って一緒に行うと、一人の力がいつもの何倍も出るものです。
 それが集まり全体となって出た力は足し算を超えます。
 これまで何回かとりあげた渡り鳥の物語『すべてを超える翼』の真実です。
 また、周囲へ合わせるのは、心にゆとりを持つ訓練になります。
 他へ合わせられなければ、心が狭くなり、周囲の人びとへ心を開かせなくもなりましょう。
 他へ合わせてを捨てる稽古を重ね、自分本位の姿勢を正すことが大切です。
2008
05.15

NHK文化講座「生活と仏法」講義録 13 ―よい生き方、よい死に方―

 昨日の講座で学んだ経文です。

「月に千反詞(マツ)り、終身輟(ヤ)まざれば、須臾(シュユ)も、一心に法を念ずるには如(シ)かず、一念の道福(ドウフク)は、彼が終身に勝る」 ―『法句経』述千品(ジュッセンボン)第十六―

(たとえ一ヶ月に千返、神へ捧げものをして幸せを祈りつつ一生を過ごしたとしても、ほんの短い時間、一心に正しい教えを念ずることには及ばない。
 正しい教えを念じ導かれて生ずる福徳は、神を頼るだけの人が一生かかって得られる福徳よりも大きい)

 釈尊のおられた時代、インドではバラモン教が主力であり、人びとは神々へ仕えるバラモン行者の言うがままに供え物をし、神頼みの毎日を送っていました。
 人びとは供え物を用意するのにあくせくし、バラモン階級は最上位あって社会を牛耳っていました。
 人びとは自分の幸せを他人と神へ委ねきっていました。

「人は生まれによって尊さが決まるのではない。いかに生きるかによって尊さが決まるのである」
「言われるがままに、神へ人生を委ねてはならない。
 人は何者であるか、いかにいきるべきかを正しく学び、正しい実践によって迷いを脱し、苦を克服してこそ安心な来世が待っている」

と説いた釈尊は異端児であり、宗教界の革命家だったのではないでしょうか。

 歴史上、既存の思想体系や固定した社会システムを動かすこうしたタイプの指導者は支配階級から攻撃され、非業の死を遂げる場合も少なくないのですが、釈尊は支配階級から庶民に至るまで、幅広い人びとから尊敬を受けました。
 それは、説かれた内容が道理をもってすれば万人が納得できる真理だったことと、思想が包括的であってバラモン教を全否定せず、まじめに修行するバラモン行者の清浄な姿勢などをきちんと評価していたことによりましょう。
 そして何よりも人格が尖らず円満であり高潔であって、人の心を動かし苦を抜く説法の力と法力とが人間離れしていたからではないでしょうか。
 こうした事情はお大師様も同じであり、道を志す行者にとってお二方は永遠の憧れです。

 さて、この教えは、人の生き方を説いていますが、それは同時に、死に方を説いていることにもなりましょう。
 なぜならば、正しい法を学び実践することが福徳を得られる最上の生き方であれば、そうして死を迎える以外、最上の死に方はないからです。
 死をもたらすものが病気であれ、事故であれ、それは肉体を滅ぼす「モノの世界」の問題であって、死を迎える人の「心の問題」とは別です。
 たとえ畳の上で死のうとも、心が怒りや怨みによって乱れ、つまらぬ高慢心やはかない執着心を抱いていたならばどうでしょうか。
 たとえ事故死であっても、心が慈悲や感謝によって平穏で、謙譲の心を持ち、惜しい欲しいとこの世につなぎ止める執着心を離れていたならどうでしょうか。

法句経』は、安心の世界を明確に説いています。

「もしも真理の教えを理解し、至心に実践しつつ生きるならば、この世の迷いを離れ死を克服し、苦は尽き、心に煩いはなくなる」


 つまり、「生き方」は「死に方」であり、「よい死に方」をしたいならば「よい生き方」すなわち「善い生き方」、「良い生き方」、「佳い生き方」をもって日々を過ごす以外、方法はないのです。
2008
05.14

ほめる 2

 ほめる 2

 かつてO小学校で行われていた校長先生と児童との手紙「ほめほめ便り」による交流をまとめた『ほめほめ集』からの抜粋です。

 わたしのクラスでは「わすれものをした人は、いつも朝の会の前にいいなさい。」といわれています。
 きょう、Kくんは ふでばこしかもってきませんでした。先生はもちろんおこりました。はじめは、なにもいわず ただないていました。そして Kくんは わけをいいま

した。そのわけは、Kくんの弟がいじって、どっかにかくして、けさまでに みつからないということでした。
 Kくんも きょう ほめほめをかいてきました。そのほめほめには、「こんどは 弟にちゅういして そういうことはやめてほしいです。でもやっぱり 弟はかわいい。」

とかいてありました。
 わたしは そのKくんは、弟おもいのやさしい おにいさんだなと 思いました。兄弟ってすばらしいなと、思いました。

Yさん
 ほめほめの お手紙 ありがとう。
 校長先生は とってもうれしい気もちで 読みましたよ。
 K君が 弟のいたずらで、勉強道具が持ってこらなかったというお便りでしたね。K君も、きのうそのことを ほめほめに書いてくれました。
 校長先生は、K君の弟思いの やさしさにすっかり感心して、すぐにお返事を書いてあげました。
 Yさんには弟や いもうとはいませんか。K君のような、やさしいおねえさんになってくださいね。そして またこんどもほめほめを書いてください。


 K君は弟をかばい、自分で叱られて終わらせようとしていたけれども、この耐えらませんでした。
 この成り行きは、K君を心の広い人間に成長させることでしょう。
 そして、自分がおこられ酷い目に遭いながらも、「でもやっぱり 弟はかわいい。」という兄としての気持は尊いものです。
 兄弟姉妹は育てられ方、育ち方によって、掌の表と裏ほども違う関係になります。
 目上の人は目下の人を指導し、守り、目下の人は目上の人を敬い、支えるという人倫が身につくかどうか、幼い頃の過ごし方は一生を左右します。
2008
05.14

清め塩 2

 そもそも生命は海に発し、私たちが胎児の時期に過ごす母親の羊水は海水に似ています。
 潮(ウシオ)は私たちの故郷であり、陸へ上がった今も細胞の新陳代謝にナトリウムは欠かせず、潮の徳であるなしには生きられません。
 はいのちを直接支えると同時に、防腐作用や滅菌作用を持っており、体内へ侵入していのちを脅かすものを防ぎ、間接的にも支えています。
 これまでは、この不思議な防御の力を知った先人たちが料理に用い、清めに用い、結界法に用いるようになり、私たちはそれを受け継いだと考えられてきましたが、最近は「は人間を生かすだけでなく、目に見えぬ世界の方々をも供養する」ために用いるという考え方が広まりつつあります。
 お盆などで行う施餓鬼法は、餓鬼界で迷う亡者たちを怖れ祓うのではなく、食べものを捧げ、それが摂れなくなっている状態からお救いする法を結んで充分に食べていただき、安心の世界へ導く供養法であるのと同じです。
 貴重なを捧げて悪鬼や亡者を聖なる世界へ導き、結果として人間界の無事安全がもたらされるという考え方はまことに道理にかなっており、当山も「北風と太陽」の姿勢で修法を行っています。
 悪因を作った過去を否定し、悪縁となった人を叩くのではなく、過去を活かし、自他の悪心を善心へと変えることによって因縁解脱をはかるのです。
 悪しきものを遠ざけて自分だけを守ろうとするのは真の解決法ではなく、悪しきものを善なるものへ転じせしめてこそ自分が救われ、同時に他人も社会も世界も救われる真の解決法と言えましょう。
「祓い」の本義は「供養」にあることを忘れないようにしたいものです。


2008
05.13

結婚相手のご先祖様がおられる墓所へ詣でること

 角田市のBさん宅で、遠い次代に生きておられたご先祖様のご供養を行いました。
 親子三代がきちんと並んで仏前へ坐った様子は、それだけで大きな功徳となっています。
 すべて終わり、お茶をいただきながらの質疑応答になりました。
結婚相手の家のお墓へ詣でることは、どうなんでしょうか?」

 このお話は、とてもすばらしい内容を含んでいます。
 相手の先祖を敬い供養するということは、相手の存在を根っこから尊ぶことです。
 当のご先祖様方が喜び、お守りくださるのはもちろん、行為を知った相手のご家族やご親族は、感謝をもって接してくれましょう。
 信頼感が生まれるかも知れません。
 夫婦に感情のズレや考え方の違いによって軋轢が生じた時は、互いのご先祖様へ手を合わせることが、障碍を乗り越えるきっかけになるかも知れません。

 そもそも、生まれも育ちも性格も異なった同士が「惹かれ合う」という強い縁の糸一本にすがって行う結婚なので、お互いの家同士も、家風や考え方や生活慣習が異なっているのが当然です。
 相手の親を自分の親と思い、婿や嫁を自分の子供と思えるようになれば理想的ですが、お互い感情の動物なので、なかなかすんなりとはゆかないのが普通です。
 そこで、面倒だからと相手から遠ざかれば、心も離れる一方です。
 これでは淋しい話です。
 切っても切れないほど深い人間関係など、一生生きても、そうそうあるものではなく、「心を許せる相手」や「無条件に尊敬できる相手」ほど貴重なものはありません。
 好きな相手をよりよく知り、その家族や親族を知り、さらにはそのご先祖様を知ることは自分の人間性を深めます。
 新しい親族ができるという大切な縁を疎かにしてはなりません。

 以前、他人はもちろん自分自身をも欺き、ものごとから逃げてばかりいる人が積んだ悪業の報いを受けかねない人びとを護ろうと、密かにご一族の墓所を調べ、供養法を行ったことがあります。
親の因果が子に報い」といった単純なものではありませんが、たとえばタバコを例に挙げれば、主流煙(タバコから直接吸い込む煙)よりも、副流煙(タバコの先から広がる煙)の方が有害物質を多く含んでおり、喫煙者はもちろん、周囲の人にも危険が及ぶようなものです。
 悪業が強いと、場合によってはこうした救済法が必要になるのです。

 この世は大日如来の展開であり、人は人に支えられ、大日如来の徳を分け持つ守本尊様に守られ、ご先祖様に見守られてたった一度の人生を生きぬきます。
 守ってくださる三者への感謝と供養とが人倫の根本です。
 自分のご先祖様だけでなく、結婚相手のご先祖様、さらには有縁無縁の御霊を供養する心で生きれば、道を踏み外さずまっとうに生きられましょう。
 結婚相手の墓所へ詣でることを強く推奨します。
2008
05.13

ほめる 1

 広島県在住のXさんから『ほめほめ便り』というものがあったことを教えていただきました。
 
 かつて、O小学校に奉職しておられた校長S先生は、手紙を通じて児童たちと感動体験についてやりとりをしておられました。
 その内容は校長室前へ「ほめあいだより」として掲示され、一人の善き行動、善き言葉、善き思いが、たくさんの人びとに共有される宝ものとなっていました。
 先生の退任に伴い、PTAが『ほめほめ集』を発刊し、その偉業を讃えました。
 当時小学生だったXさんは、今でも先生との交流を大切に心の引き出しへしまっておき、時折引いては、「あの頃願っていたように生きよう」と決意を新たにしておられます。

ほめほめ集』のあとがきです。

ほめほめ」は、叱ることをやめよということではない。「叱る」と「ほめる」は物の裏と表の関係であって、叱ることがあるからほめることが成りたつのである。
 古人が「七つほめ三つ叱れ」と言っているように、できるだけほめることを多くしたいというのが、ほめほめの心である。
 涙して、だきしめながら叱ることのできる親は、ほめることについても名人であるはずである。ただ怒ることだけは絶対に避けたいものである。

 PTAから、ほめほめの原稿を提供するよう要請を受け、迷いに迷った末ようやく決断したのが二月にはいってからのことであった。五年間およそ二四〇〇通のほめほめ集の中から、約二〇〇通を選び出すのが精一ぱいで、校正も時間が足りず、不十分のまま製本の運びとなり、強く責任を感じている。
 子どもたちとの対話の少ない校長にとって、一人でも多くの子どもたちと話したいという願いから始めたものであったが、どこまでも自発的な投稿であるため、全児童に及ばなかったことは残念であった。
 返信も執務の余暇や帰宅後など、こま切れの時間を利用して、一人ひとりと話すつもりで書いたものであって、公開することなど考えてもいなかった。したがって文章も練れておらず、裸で大衆の面前に立つ思いがして恥しいきわみであるが、ほめることへの一助にでもなればさいわいである。
   昭和X年X月X日
      S


『ほめほめ集』の一文です。

 校長先生、わたし、きのうの大休けいに、花をもってってあげるって、やくそくしたでしょう。きっときっと花をもって行ってあげるからね。だって、わたし、校長先生が大すきだもん。
 それにね、校長先生がなおしてくれた、竹馬の九ばんで一一〇歩のれました。そのとき、わたし、とってもうれしくて、それから、竹馬が大すきになりました。
 校長先生、いつも竹馬をなおしてくださって ありがとう。わたしは、校長先生が、はたらきものっていうことがよくわかいりました。だから、わたしもはたらきものになってみせます。
 このあいだ、わたしが じゅくから帰るとき、男の子がゴミをひろっていたようでした。その子は、わたしが近づいたら、はすかしいせいか、やめてしまいました。でもわたしは、その男の子が、手にいっぱいゴミを持っているのを見ました。
 わたしも、この男の子や、校長先生のように、はたらきものになって、黄金山小学校を りっぱにしていきたいと思います。

Aちゃん
 ほめほめの お手紙を 書いてくれてありがとう。校長先生は とってもうれしかったよ。それに、字がじょうずで、読みやすかったので、もういっぺん うれしかったよ。
 竹馬が、じょうずに のれるようになったことと、男の子が、ゴミをひろっていたという おたよりでしたね。
 校長先生は、Aちゃんが、まい日 竹馬のおけいこをしているのを しっていました。なんでも、まい日 つづけてがんばると、きっと じょうずになりますね。かん字のおけいこや 本をよみ、けいさんなども、まい日すこしずつ がんばると すばらしいですね。
 ゴミをひろっている男の子の、なまえは わかりませんか。校長先生も、ほめてあげたいとおもいます。Aちゃんも、石やゴミを ひろって、学校を きれいにしてくれるんだってね。たのみますよ。がんばってね。


 最近、県北におられる信徒さんのお宅をお訪ねする途中で、掲示板が目に入りました。
「そのゴミを 捨てる拾うも あなたの手」
 捨てる哀れな大人になるか、拾うまっとうな大人になるか、決まるのは子供の頃です。 
 育む大人たちの責任は計り知れません。
 
2008
05.12

お骨がなくともお墓でのご供養ができます

 Aさんご一家が途方に暮れて来山されました。
「事情があってどうしてもお骨を移動できませんが、『法楽の苑』にお墓を造って供養していただきたいと思います。
 可能でしょうか?
 いずれは私たちだって入るわけですから、何とかなりませんか」
 こうした場合、こちらからお困りの事情を詳しくお訊ねすることはほとんどありません。
 仏法上の可否をお伝えするのみです。

 もちろん、可です。
 仏壇が文字通りみ仏をお祀りするお堂であり、そこにおわすご本尊様によってお導きいただけるからこそお位牌に宿る御霊が安寧の地へと赴かれるのと同じく、お墓もまた、魂入れの修法によってみ仏に降りていただいてこそ、そこを「あの世の家」とする御霊が安心できるのです。
 仏壇もお墓も、み仏をお祀りすることこそが第一義である以上、たとえお位牌やお骨がどこにあろうとも、きちんと法を結ばれた仏壇やお墓で至心に手を合わせれば、その心は仏界へ、そして御霊へと届きます。
 時間・空間に縛られるのは私たちの肉体であって、み仏へ通じる異次元の世界は時間・空間を超えており、何の心配もありません。

 Aさんご一家は、お墓ができあがったならば故人の遺品を納め、塔婆を立ててご供養することにされました。
 永年の懸案は解決し、安心に満ちた一歩が踏み出されました。
2008
05.12

守本尊道場造営日記 17 ―林―

 5月5日は立夏でした。 
 思えば、この日記の第一回目は去年の9月9日、重陽の節句に書きました。
 陰の方向へ向かっていた天地は冬を迎え、やがてふきのとうや福寿草に先導された春は、梅や桜やウグイスの活躍をもたらしました。
 その春は去り、もう、夏です。
 お堂を光で包む太陽の位置が変化したことは、大きな宇宙のリズムを感じさせます。

 さて、このところ、動物たちの気配が明らかに濃くなっています。
 もちろん、鳥も獣も出産や子育てに忙しい時期ではありましょうが、それにも増して、何かが押し寄せているやに思われてなりません。
 一週間ほど前の朝は、狐が二匹、境内地の東側で遊んでいました。
 ちょっとだけ私の様子をうかがい、もつれ合いながら林へと走り去りましたが、林には仲間がいたようです。
 いつもは南側の獣道から境内地へ入り込み、そちらへ逃げて行っていたので、活動の様子が変わっています。

 東京エレクトロンの進出による大規模な開発が影響しているのでしょうか。
 林ががどんどん伐採され、赤茶けた肌を顕わにした丘がアメーバのように広がって行く様子を毎日眼にしては、棲んでいた生きものたちの行く先を案ずる思いをぬぐえずに過ごしてきました。
 嘆息は、すぐに自分の業を思い知らせ、共業を考えさせます。
「墓地も同じやり方で造ってきたし、寺子屋などの伽藍もそうだ……」

 せめてもの償いとして、守本尊道場は、庭というより林にしたいと願っています。
 樹々の間を通って供養堂や本堂や護摩堂へ行くといったイメージです。
 私は雑草にとても共感を抱いているので、歩道以外の地面はある程度放っておいてみたい気持を持っていますが、雑草を構わないでおくのは怠慢の象徴と観られ、ほとんど賛同は得られないでしょう。
 以前、NHKテレビで深夜放映していた『陰陽師』の主人公は、雑草の生い茂る庭に囲まれた縁側のある家に住んでおり、妻に「ああいうお堂にしたい」と言ったら、ただちにレッドカードを突きつけられました。
 無理もありません。
 親輪会の役員さんをはじめ、心ある皆さん方は、雑草をちゃんと苅って境内地をきれいにしておきたいと考え、作業の年間予定まで組んでくださっています。
 私が雑草へ語りかけることが許されるのは、周辺に限られることでしょう。

 ともあれ、境内地を生きものたちの小さなオアシスにして、いささかの罪滅ぼしをしたいと願っています。
 それは大規模な生態系の破壊の前にあって、ほとんど何ごとでもないに等しいかも知れません。
 しかし、『ハチドリのひとしずく』は、決して無ではないと信じています。
 以前、ブログへ書いた、アンデスの伝承です。

 ある日、森が火事になりました。
 動物たちは皆、我先にと逃げ出しました。
 ところが、クリキンディというハチドリだけは、くちばしに溜められるだけの水を運んでは火の上へ落とす作業をしています。
 逃げるのに忙しい動物たちは笑いました。
「そんなことをして何になるんだい?」
 火事の勢いの前ではあまりに無力なこととしか思えないからです。
 でも彼は答えました。
「私は、私にできることをしているだけだよ」


 動物たちに囲まれた釈尊の涅槃(ネハン)図が示すものをよく考えてみたいものです。

○守本尊様のご供養申込数累計  133体
○唱えた真言の回数累計   851、040回
2008
05.10

荒城の月

 仙台で法務を行った帰り、いつものように『法楽の苑』へ立ち寄ったところ、ときおり、植木などを持ってきては植えてくださるKさん夫妻とお会いしました。
 今日も作業用の服装です。
 お礼を申し上げ、心に残るお話を聴かせていただきました。

 ご家族揃って4月26日の「夢慧チャリティコンサート」へでかけたKさんは、亡きお母さんの遺影とその友人を伴っておられました。
 プログラムに「荒城の月」があったからです。
 お母さんのこの歌へかける思いは並大抵でなく、かなり体調が悪くなってからも、片手の指で、昔、娘さんが使っていたピアノを叩き、ポロンポロンと旋律を追っていたほどです。
 だから、「荒城の月」の歌声を聴いた時は、家族一同はもちろん、友人も涙を抑えられなかったそうです。
 特に、お母さんは、夢慧氏がレギュラー出演するNHKのラジオ番組を楽しみにしていたので、夢慧氏の肉声で大好きな歌を聴かせてあげられたことは、この上ない供養になりました。
 そして、私を含め計画を進めたメンバーがこの曲を唄っていただくようにお願いして望外の供養が実現したことを、とても喜んでおられました。

 一曲の歌には誕生の背景があり、唄う人の思いが込められ、、聴く人にさまざなま感輿をもたらす力があります。
 以前、人間の文明は発祥時から三つのものを伴っていると教えていただいたことがあります。
 酒と踊りと歌です。
 天の岩戸の故事によるまでもなく、納得できる説ではあります。

 また、夢慧氏の歌声を皆さんと一緒に味わいたいものです。
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