宮床開運守本尊 大師山 法楽寺 〜法灯により法友とともに法楽に住せん〜

2008-07

【法句経 第二章 教えを学ぶこと】  1

法句経』の意訳です。

行者よ、なぜ怠惰に眠りを貪っているのか。ジガバチやタニシやドブ貝や木喰い虫が暗く不浄な所で安穏としているように、迷い、惑ったままの身でいてはならない。

○身体は傷つき、心は病気になるような災厄や困難があっても悟りを求めず、ただ我が身を可愛がっているだけではならない。

○心を正しく制御して慈悲心を持ち、慈悲ある聖者の教えを学び従うならば、憂いはなくなり、正しい集中心により五欲の魔ものは鎮まるであろう。

○ものの観方を正しくし、学び実践してそれが心を大きく動かすようになれば、世間を照らす導きの明かりともなろう。生ずる福徳は千倍にもなり、決して悪道に堕ちることはない。

邪道を学び、邪な観方を信じてはならない。心を煩悩のなすがままに任せ、五欲を強めてはならない。

○善き教法を修め行じ、学び唱え、教法に背くような悪行をなしてはならない。仏道を行ずれば憂いは消え、永久の安楽がもたらされよう。

○よく敏め学んで身体と心と言葉とを慎めば解脱に至る。興れば滅する無常のものに左右さなくなり、心は安寧になろう。

○学ぶべき正しい教えでなければ学んではならない。学ぶべき正しい教えならばきちんと修行せよ。心に保つべき正しい教えを知って修行すれば、煩悩は滅するであろう。

○仏法の示す真実を観て正しく生きるならば解脱を得る。正しい生き方を知って強く精進する者が賢者である。

○心を定めて正しい道を探求する者は、学ぶ先に必ず安寧が必ず待っている。執着心は滅し、心を正しく制御させぬ煩悩は克服される。

○正しい教えを強く求め、正しい教えを学んで中道を得、正しい教えによって正しい道を理解し、ただただ修行のみを臆念せよ。

○学ぶにはまず世間の恩愛を離れ、自己中心と邪な習俗と邪なものの観方を克服し、修行の妨げとなるものに左右されなくなることである。これを賢者という。

○共に学ぶに足る仲間がなく、善き友人もいなければ、たった一人で善き生き方を貫くべし。愚かな者と歩んではならない。

○戒めに親しみ修行法を学ぶのに、なぜ仲間が必要なのか。たった一人で善き生き方を貫き憂いがないのは、悠然と広野を行く巨像のようなものである。

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