ご加持あれこれ 2 ―揺り戻し。吸い取り紙―
以前、生来の口の悪さを何とかしたいとご加持を受けたAさんが、法に入ったことを体感し、感謝しながら帰ったにもかかわらず、またもや言葉の問題で人間関係を壊しました。
授かっていた経文は、
「人は生まれながらにして、口中に斧を持っているようなものである。
その悪言が自他の身心を斬る」です。
あらかじめ、「揺り戻しがあるかも知れませんが驚かないでください。そこは通過点です」と言われていたので、「あっ!来たな」と考えたAさんは、自分の業の深さをさらに自省して再び当山を訪れ、ご加持を受けました。
今度も深く法に入り、経文
「常に業と因縁を自覚し、明け暮れに解決法を学び実践せよ。
煩悩は消えて心爽やかになり、ついに、業と因縁を解脱する」
を受け、とうとう、〈人は良いけれども口の悪い人〉から脱した実感を持ち、その後、二回、合計四回ご加持を受けて因縁を解き去りました。
大日経にある四魔(シマ)を克服されたのです。
最近、来山されたBさんは、夫の不行状は自分にも原因があると自覚し、ご加持を受けました。
ところが、目立った体感がありません。
「法を受けた場合の現象は人それぞれですから、心配は要りません。
法の場にいること自体が、身心の清めになっています。
四魔切りをするために、できれば四回、おでかけになることです」
こう言われていたのに、手っ取り早く夫の行状を正そうと焦り、「何でも見える」という有名な〈神様〉のところへ走りました。
そして、率直なやりとりをしているうちに〈神様〉を怒らせてしまい、「貴女は不愉快な人だ。皆を不愉快にさせるような人は、救いようがない」と宣告され、神様に見放されたような気持になり、すっかり落ちこんでしまったBさんは、四魔の話を思い出し、勇気をもってもう一度、ご加持に来られました。
守本尊様の真言を唱えながら運転してきましたと聞いて、ご加護の確かさを確信しました。
ちなみに、高名な〈神様〉に怒られたといった話はよく聞きます。
己を神様と称する傲慢さが怒りという毒を発し、怒る自分が愚かなのにもかかわらず、「貴方が皆を怒らせる」という言い方で相手を悪者にし、藁にもすがる思いでいる純情な人を簡単に塞がりという地獄へ堕とすのです。
有名だから、あるいは〈当たる〉から、といって、その人が本当に菩薩の境地にあるとは限りません。
むしろ、公衆の面前で特定の個人の未来について(それも、不安や恐怖を与えるような悪しきことが多い)臆面もなく断言するような高慢な人は、人格を疑われるべきです。
他人様の未来を晒しものにして自分の飯の種にする菩薩などあり得ましょうか。
さて、今のBさんはお地蔵様との縁が深いと観たので、今回はお地蔵様の代受苦(ダイジュク…身代わりとなって苦を引き受けてくださること)についてお話し、法に入りました。
最初はなかなか動きませんでしたが、変化の気配を察知して眼を開けると、不思議な形をとっておられます。
さらに真言を重ねているうちに安楽な姿勢になり、法の甲冑をまとって起きあがった時には、別人のように穏やかな表情をしておられました。
「大地にあるお地蔵様は、言わば、吸い取り紙のように悪因縁や悪業を吸い取ってくださったのです。
自分の欠点をどうにかしたいという貴女の誠実な願いは確かにみ仏へ届きました。
貴女は確実に変わられました。
自信をもってお進みください」
守本尊様のご加護は確かです。
授かっていた経文は、
「人は生まれながらにして、口中に斧を持っているようなものである。
その悪言が自他の身心を斬る」です。
あらかじめ、「揺り戻しがあるかも知れませんが驚かないでください。そこは通過点です」と言われていたので、「あっ!来たな」と考えたAさんは、自分の業の深さをさらに自省して再び当山を訪れ、ご加持を受けました。
今度も深く法に入り、経文
「常に業と因縁を自覚し、明け暮れに解決法を学び実践せよ。
煩悩は消えて心爽やかになり、ついに、業と因縁を解脱する」
を受け、とうとう、〈人は良いけれども口の悪い人〉から脱した実感を持ち、その後、二回、合計四回ご加持を受けて因縁を解き去りました。
大日経にある四魔(シマ)を克服されたのです。
最近、来山されたBさんは、夫の不行状は自分にも原因があると自覚し、ご加持を受けました。
ところが、目立った体感がありません。
「法を受けた場合の現象は人それぞれですから、心配は要りません。
法の場にいること自体が、身心の清めになっています。
四魔切りをするために、できれば四回、おでかけになることです」
こう言われていたのに、手っ取り早く夫の行状を正そうと焦り、「何でも見える」という有名な〈神様〉のところへ走りました。
そして、率直なやりとりをしているうちに〈神様〉を怒らせてしまい、「貴女は不愉快な人だ。皆を不愉快にさせるような人は、救いようがない」と宣告され、神様に見放されたような気持になり、すっかり落ちこんでしまったBさんは、四魔の話を思い出し、勇気をもってもう一度、ご加持に来られました。
守本尊様の真言を唱えながら運転してきましたと聞いて、ご加護の確かさを確信しました。
ちなみに、高名な〈神様〉に怒られたといった話はよく聞きます。
己を神様と称する傲慢さが怒りという毒を発し、怒る自分が愚かなのにもかかわらず、「貴方が皆を怒らせる」という言い方で相手を悪者にし、藁にもすがる思いでいる純情な人を簡単に塞がりという地獄へ堕とすのです。
有名だから、あるいは〈当たる〉から、といって、その人が本当に菩薩の境地にあるとは限りません。
むしろ、公衆の面前で特定の個人の未来について(それも、不安や恐怖を与えるような悪しきことが多い)臆面もなく断言するような高慢な人は、人格を疑われるべきです。
他人様の未来を晒しものにして自分の飯の種にする菩薩などあり得ましょうか。
さて、今のBさんはお地蔵様との縁が深いと観たので、今回はお地蔵様の代受苦(ダイジュク…身代わりとなって苦を引き受けてくださること)についてお話し、法に入りました。
最初はなかなか動きませんでしたが、変化の気配を察知して眼を開けると、不思議な形をとっておられます。
さらに真言を重ねているうちに安楽な姿勢になり、法の甲冑をまとって起きあがった時には、別人のように穏やかな表情をしておられました。
「大地にあるお地蔵様は、言わば、吸い取り紙のように悪因縁や悪業を吸い取ってくださったのです。
自分の欠点をどうにかしたいという貴女の誠実な願いは確かにみ仏へ届きました。
貴女は確実に変わられました。
自信をもってお進みください」
守本尊様のご加護は確かです。


