日本の歌 75 ―花の街―
作詞:江間 章子 作曲:團 伊玖磨
江間章子が語ったこの歌の生い立ちである。1 七色の谷を越えて
流れて行く 風のリボン
輪になって 輪になって
かけていったよ
春よ春よと かけていったよ
2 美しい海を見たよ
あふれていた 花の街よ
輪になって 輪になって
踊っていたよ
春よ春よと 踊っていたよ
3 すみれ色してた窓で
泣いていたよ 街の角で
輪になって 輪になって
春の夕暮れ
ひとりさびしく ないていたよ
「花の街」は私の幻想(げんそう)の街です。
戦争が終わり、平和が訪れた地上は、瓦礫(がれき)の山と一面の焦土(しょうど)に覆(おお)われていました。
その中に立った私は夢を描(えが)いたのです。
ハイビスカスなどの花が中空(なかぞら)に浮(う)かんでいる、平和という名から生まれた美しい花の街を。
詩の中にある「泣いていたよ 街の角で……」の部分は、戦争によってさまざまな苦しみや悲しみを味わった人々の姿を映したものです。
この詩が曲となっていっそう私の幻想の世界は広がり、果てしなく未来へ続く「花の街」となりました。
教育芸術社「中学生の音楽2・3下」より
破壊と虚無を前にした詩人の言葉は重い。
夢は中空に描くしかない。
廃墟に立つ詩人の幻想に現れた春爛漫の「七色の谷」、「美しい海」、そして「花の街」はどういうものだったのだろう。
そこを駆けるように吹く風、踊るように微笑む花々は輪になり、いのちの歌を唄っている。
しかし、夕暮れになると、亡くなった人びとの慟哭や生き残った人びとの呻吟やすすり泣きが聞こえる。
それも輪になってはいるが、一つ一つはどれも孤独である。
時は重なる。
悲惨さを生きた無数の人びとの沈黙を土台にし、私たちは、現実として在る風の中に、花の中に立つ。
しかし、すみれ色濃くなる夕暮れ、どこかで「ひとりさびしく」泣いている人は今もいる。
いつも、いる。
だから、光と幻想の裏に確かな影を宿すこの歌は、明るい合唱曲ながら、避けがたい人生の苦を孕んでいるがゆえに、軽くない。
今、私たちは、影を癒すほどの風と花に囲まれているだろうか。
「輪」は幻想でなくなっただろうか。
わからぬゆえに、この歌は唄い継がれることだろう。
現実はどうであろうと、清らかで明瞭な合唱が幻想の確かさを保証していることに変わりはないのだから……。
日本の歌 74 ―花―
作詞:武島 羽衣 作曲:滝 廉太郎 明治33年 組曲『四季』より
この歌には、古典の力とでも言うべき不滅の輝きがある。1 春のうららの隅田川
のぼりくだりの船人が
櫂のしづくも花と散る
ながめを何にたとふべき
2 見ずやあけぼの露浴びて
われにもの言ふ桜木を
見ずや夕ぐれ手をのべて
われさしまねく青柳を
3 錦おりなす長堤(チョウテイ)に
くるればのぼるおぼろ月
げに一刻も千金の
ながめを何にたとふべき
「櫂のしづくも花と散る」には、線香花火、七夕の短冊、ホタルの灯、そして切腹までつながる日本人の感性が顕わになっている。
歌詞の内容からすれば強過ぎるのではないかと思われる旋律も、清浄に唄われ4小節の麗しい山を形成する。
朝の桜は未来を含んだ陽光の中で励ますように語りかけ、夕べの青柳は深く優しい憩いの闇へさし招く。
そして、夜桜が続く長い堤防の上にかかるおぼろ月。
日本人の心性の原風景とも言うべきものの典型的な表出である。
一番の歌詞は、『源氏物語』に拠っている。
「春の日のうららにさして行く船は棹のしずくも花ぞ散りける」
三番の歌詞は、漢詩『春夜』に拠っている。
「春宵一刻 価千金」
古典から古典が生まれた。
時、武島羽衣28歳、滝廉太郎21歳である。
明治以降、確かに物質文明は発達した。
しかし、その核となっている文化の状況はどうであろうか。
千年の単位で育まれた原風景はどうなっているのだろう。


