行者の心得 その3
9 切っ先を飛ばすように剣を振るのは、摩利支天法だからである。
竹刀で〈打つ〉場合は切っ先三寸の速さを競いますが、真剣でモノを〈斬る〉場合は、円運動を意識した動きになります。
そうでないと剣が対象物に食い込んでしまうからです。
しかし、当流の基本は、真剣と形、重さ共にそっくりな模造刀を用いるにもかかわらず、切っ先をもってイメージした線を描きます。
それは、摩利支天(マリシテン)の隠形法をによって不動明王の力を動かし、魔除け開運を行うからです。
当流で唱える『不動尊剣功徳の文』です。
私たちの仏心もまた、何ものにも破壊されません。
自分を始め、何か大切なものを悪しきものから守りたい時は、合掌して(左手は自分、右手はご本尊様です)真言を唱えましょう。
「おん あにちや まりしえい そわか」
日天の威光と同化して陽炎のようになれば、もはや、何ものからも害されません。
心して祈りましょう。
竹刀で〈打つ〉場合は切っ先三寸の速さを競いますが、真剣でモノを〈斬る〉場合は、円運動を意識した動きになります。
そうでないと剣が対象物に食い込んでしまうからです。
しかし、当流の基本は、真剣と形、重さ共にそっくりな模造刀を用いるにもかかわらず、切っ先をもってイメージした線を描きます。
それは、摩利支天(マリシテン)の隠形法をによって不動明王の力を動かし、魔除け開運を行うからです。
当流で唱える『不動尊剣功徳の文』です。
又、密教経典には、こう説かれています。「この剣(ツルギ)には一々諸神をこもらせ給ふ。
切っ先は大摩利支天(マリシテン)、焼刃(ヤキバ)は倶利伽藍(クリカラ)龍王、鍔の丸さは日月を表し」
摩利支天は又の名を威光菩薩と申し上げ、その神徳は測ることができず、水に流されず、火にも焼かれません。「日の前に天有り。摩利支天と名づく。大神通自在の法あり。
常に日の前に行き、日、彼を見ず、彼、日を見る。
人よく見ることなし。人よく知ることなし。人よく捉えることなし。人よく害することなし」
私たちの仏心もまた、何ものにも破壊されません。
自分を始め、何か大切なものを悪しきものから守りたい時は、合掌して(左手は自分、右手はご本尊様です)真言を唱えましょう。
「おん あにちや まりしえい そわか」
日天の威光と同化して陽炎のようになれば、もはや、何ものからも害されません。
心して祈りましょう。








