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2008
08.31

【現代の偉人伝】 第64話 ─弘津正二─

現代の偉人伝~隣にいる英雄たち~とは

アレキサンダー大王、ジンギスカン、ナポレオン、織田信長・・・戦争が生んだ、偉人とされる人々・・・。それよりも、自らを他人のために投げ打って、人や命を助けた人々の生き様こそ、学ぶべきではないでしょうか? あなたの身近にいる偉人を紹介してください!当山では、身近な人々の善に関する情報を集めています。

>詳しくはこちらをご覧ください。






 昭和16年11月5日午後10時、貨客船氣比丸は城津の沖合で浮遊機雷に触雷し、沈没した。
 犠牲者の中に、京都帝国大学文学部で哲学を学ぶ弘津正二(23歳)がいた。
 彼は本来昭和17年に卒業する予定だったが、父親の逝去と兄の招集によって無人となった生家の商売をせねばならず、卒業を延ばすことにして清津の自宅へ帰郷していた。
 しかし、戦争の影響で大学が学年短縮になったため、昼間は労働に汗を流しながら夜間に書いた卒業論文「カントの実践哲学批判」を携えて京都への旅に出た。
 そして事故に遭遇したのである。

 彼は、卒業論文を書くために大学の図書館から借りたカント全集の2冊をとても大切にし、置く場所から持ち方まで気をくばっていた。
 旅立ちの際も、李(コウリ…もの入れ)の中へ大切にしまいこんだという。
 その彼は沈没する船からの脱出を競わなかった。
 隣にいた左官屋から「早く乗りなさい」と声をかけられても「どうぞお先に」と譲り、悠然とタバコをくゆらしていた。
 彼はいつも、カントが遺した最期の言葉「Es ist gut(これでよろしい)」を好んでいた。
 カントは80歳で亡くなる10日前から食事を絶ち、枯れるように死んだが、23歳の青年もまた、同じくつぶやきつつ船と運命を共にしたのだろうか。
 
 彼は旧制五高(後に新制熊本大学の母体となった)時代から氣比丸乗船の2時間前まで日記を書き続けた。
 およそ原稿用紙五千枚という膨大なもので、一年分づつ製本されており、昭和17年6月、昭和15年2月から9月までの分が「若き哲学徒の手記」として出版された。
 キリスト教から仏教へと進んだ彼は、今日、8月31日の日記にこう書いた。

「人間は生きる事即ち創造為に於いて人間であり自己である。
 即ちその時初めて人間は有限と無限との対立を止揚(シヨウ…高い次元での克服や解決)し統一出来るのである。
 即ち人間は此の(ギョウ)的人間として初めて神人合一の最も具体的にして且つ力強き生きた人間となるのである」

 彼はどういう気持で「的人間」と書いたのだろう。
 何をとして自分へ課したのだろう。
(ところで、私は何かをなし終えると「ヨシと」とつぶやき、そばにいる妻からは「何をしても『ヨシと』なんだから」としばしば言われるが、大カントが「これでよろしい」と決着し、弘津正二も同じ口癖だったのだから、ぶつくさ言われる筋合いはないと思う汗
 閑話休題。
 いずれにしても、きちんきちんとものごとを進める人間は一区切り、一区切りを確認し、大切にし、生涯、石段を登るような気持でいるはずだ。
 彼は、死の瞬間までどのような階段を登り続けていたのだろうか。
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2008
08.31

9月の守本尊様

 今月(9月7日から10月7日まで)の守本尊様は不動明王様です。



種々界智力(シュジュカイチリキ)』をもって、人々がどのような境遇にありどのような心の世界に住んでいるかを見極めて、人それぞれに合った教えと救いをお与えくださり、どんな奈落の底にいる人をも、頭上の蓮華へ載せてその下からヨイショと押し上げてくださいます。



2008
08.31

9月の真言

 その月の守本尊様をご供養しお守りいただきたい時、願いを成就させたいと念じる時、つらい時、悲しい時、淋しい時は、合掌して真言(真実世界の言葉)をお唱えしましょう。
 たとえ一日一回でも、信じて行なえば、ご本尊様へ必ず思いが届きます。
 回数は任意ですが、基本は1・3・7・21・108・1080回となっています。

不動明王(ふ・どう・みょう・おう)

「ノウマク サンマンダ バザラダン カン」


今月の真言をお聞きになるにはこちらをクリックしてください。音声が流れます


※お聞き頂くには 音楽再生ソフト が必要です。お持ちでない方は、
 こちらから無料でWindows Media Player がダウンロードできます。



2008
08.30

罪びと

 高任和夫氏が短編集『罪びと』を上梓した。
 本人が「俺、短編、得意なんだよ」と言っていたことを思い出させる秀作ぞろいである。
 収録作品に『濡れ衣』がある。
 在宅介護支援センターの看護婦は、親の介護に行き詰まって飛び込んだ主人公へ述懐する。
「住民の意識を変えるのは容易じゃありません。家族が介護倒れになるまで、その意識は変わらない」
 倒れた姉から父親の介護をせよと迫られ、現役のサラリーマンである弟(主人公)は介護プランを作り、こう言う。 
「以前、お母さんが倒れた。今度は姉さんだ。つぎは俺の番か?そんなのはいやだね。共倒れなんかしたくない。プロの力を借りられるなら、それを利用すればいい」
 決して、いわゆるドライではなく、自分の損得を第一に考えて行動する社員たちとは異なって〈見捨てておけず〉、難題の解決へ直面するはめに陥ってばかりいる主人公は、自分を「常識的」と評する。

 つい最近、いろいろと公的介護を受けている年配者から「介護は家族がしなければならない」との言葉を聞いた。
 呻きの背景を想像すると、深い闇へ入り込むような気がしてくる。

 結婚はしていないけれども、一人の女性をずうっと愛し続けているAさんは言う。
「自分でしっかり立っている人は、男性でも女性でも美しいと思います。そのように努力している人同士の信頼関係は、私が最も守りたいと思う大切なものです」

「すべての書は読まれた」という言葉があり、「歴史は繰り返す」とも言われる。
 しかし、時代は螺旋状に進んでいるのではないか。
 繰り返しという面はあっても、まったく新しい事態が常に起こり続けるのが歴史ではないか。
 変わる道徳観と変わらぬ宗教的真理を見据え、智慧をもって具体的な方便(対処法)を創造しながら進むのが道ではないだろうか。

 短編集『罪びと』は、こんなことを考えさせる。
 一人でも多くの方々に読んでいただきたいと願ってやまない。
2008
08.30

NHK文化講座 ─生活と仏法─

 身近なできごとを通じて、み仏の教えを学びます。
 教材は、釈尊の説法がそのままの形で残された最も古い経典の一つ『法句経』などです。
 身近なできごとにも目を向け、質疑応答を交え、楽しく、真剣に、「まっとうに生きる」道を考えましょう。

一 日 時 平成20年9月10日(水)午前10時より12時まで
       平成20年9月24日(水)午前10時より12時まで
一 場 所 NHK文化センター仙台・泉
        宮城県仙台市泉区泉中央1-7-1泉中央駅ビル(スウィング)6階
        022(374)2987
一 主 催 NHK文化センター
一 申 込 NHK文化センター
2008
08.29

寺子屋建立に着手しました

 おかげさまにて、満月の8月17日、無事、虚空蔵菩薩様の真言108萬返を唱え終わり、満願しました。
 守本尊様ご寄進の数は141体となりました。(現在もご寄進を募っています)
 心よりお礼申し上げます。

 これを機縁とし、供養堂(寺子屋)の建立資金としてはまだまだ不足しておりますが、8月24日、地蔵盆の佳き日に、春彼岸の完成へ向けて地鎮式を行いました。
 続く8月28日(お不動様のご縁日)、確認申請が降りました。
 ちょうど12年前のこの日には、 オウム真理教の事件で世間が騒然としている逆風の中で、宗教法人大師山法楽寺が知事の認証 を受けています。
 干支の一回りは、宗教活動が社会的に認められたところから、本格的な活動の場の確立へと寺院の歴史を進めました。

 当山のご本尊様方の中心仏大日如来様は宇宙そのものをお身体としておられ、私たちに感得しやすいおはたらきは、般若心経を境地とする般若菩薩様へ託しておられます。
 さらに救済の難しい人々のためには、お不動様となって、いかなる暴悪の所行からも悟りの道へと導いてくださいます。
 思えば、妻が重病から劇的な回復をしたのも、お不動様のご縁日でした。
 霊験(レイゲン)あらたかとしか言いようがありません。

 また、隠形流居合行者の小畑興道さんが、9月から職員として僧侶の修行を始めます。
 未熟な者の行でしたが、場と人と両方が縁づくに至り、虚空蔵菩薩様の霊験もまた確かであると、身震いしてしまいます。

 今後も、ご本尊様方と御霊を供養し、精進します。
 変わらぬご理解、ご助力、ご指導をお願い申し上げます。

2008
08.29

彼岸供養会

 昼と夜の長さが同じになるお彼岸は、正邪・善悪・虚実に迷う私たちが、偏る心を離れてまっすぐにみ仏の悟りの世界へ行くために一番時間のかからない日とされています。
 み仏は絶対の善を体現しておられ、私たちはともすれば悪に汚れます。
 合掌する際の右手はみ仏、左手は私たちです。
 合掌は、み仏と一体になる姿であり、姿は心をつくります。
 合掌の姿で美しい心をつくり、美しい存在として活き活きと生きる姿をみ仏と御霊へ捧げましょう。
 それに勝る供養はありません。

 9月23日(火曜日)午前10時より、本堂にて彼岸供養会を行ないます。
 護摩法ではなく、密教最奥の経典である『理趣経』を読誦します。
 もちろん、ご参詣の方々も一緒にお唱えいただけます。
 法話と、お茶を飲みながらの自由な質疑応答の時間もあります。

 壇信徒であるか否かを問わず宗教宗派も問いません。
 文字通りの自由参加ですので、どうぞお気軽におでかけください。
 そして、皆で美しい存在になりましょう。

※午前9時に、地下鉄旭ヶ丘前の『仙台青年文化センター』西口へお迎えの車がまいりますので、どうぞ事前にお申し出ください。
2008
08.29

9月の例祭

○今月の第一例祭 9月7日(第一日曜日)午前10時より
 第一例祭では、護摩法を行い、太鼓と共に『観音経』三巻を唱えます。
 また、希望する方は秘法の花占を行い、運勢の舵を明るい方向へ切るために〈現在最も必要な智慧〉は何かを観ます。
 み仏を供養し、万霊供養し、大きなご加護をいただきましょう。

○今月の第二例祭 9月20日(第三土曜日)午後2時より
 第二例祭では、護摩法を行い、太鼓と共に『般若心経』三巻を唱えます。
  また、希望する方は秘法の花占を行い、運勢の舵を明るい方向へ切るために〈現在最も必要な智慧〉は何かを観ます。
 み仏を供養し、万霊供養し、大きなご加護をいただきましょう。
2008
08.28

平成20年9月の運勢(世間の動き)と六波羅密(ロッパラミツ)行による開運法

 善行悪行も、地表に出た芽が茎となり葉を茂らせるように時間の経過と共に勢いを増し、具体的な形をとることでしょう。
 大脳の前頭葉が強く反応するような魂の共鳴を引き起こすできごともあり、大衆のエゴに迎合し煩悩をくすぐるものも現れることでしょう。
 良くも悪しくも、「茎となって伸びるありさまを大衆が支持するかどうか」が、結果を大きく左右します。
 ものごと・できごと・人物の善と悪、大衆の賢と愚。
 これらが色とりどりの人生模様を織りなし、善悪さまざまな共業(グウゴウ)をつくることでしょう。
 挑発的な言動で大衆の耳目を集める者も現れ、大衆の受けを狙ったばかりに難儀する者も現れ、誠意が大衆に認められてのし上がる者も現れ、大衆に背を向けて孤高に生きようとする者も現れます。
 いずれにしても、人とものごとに在る真実を見誤らず、人の道を歩むための糧としたいものです。
「人の道」は「菩薩になる道」です。
 しっかりと歩むには六波羅密(ロッパラミツ)行を実践せねばなりません。
 精進しましょう。 

布施行と運勢] お水を供えましょう。
 精進の人は、順調さに恵まれ成功します。不精進の人は、軽佻浮薄になり良いきっかけを失いがちです。
持戒行と運勢] 塗香で手や心を清めましお水を供えましょう。
 精進の人は、慎み深さが信用に結びつきます。不精進の人は、高慢になって失敗しがちです。
忍辱(ニンニク)行と運勢] お花を供えましょう。
 精進の人は、障害を乗りこえて進めます。不精進の人は、無駄骨を折らされる傾向になりがちです。
[精進行と運勢] お線香を供えましょう。
 精進の人は、ご先祖様のご加護で精神的喜びに恵まれます。不精進の人は、余計なことへ手を出して失敗しがちです。
禅定行と運勢] 飯食(オンジキ)を供えましょう。
 精進の人は、うまく流れに乗って果実を得ます。不精進の人は、相手を見まちがって失敗しがちです。
智慧行と運勢] 灯明を点しましょう。
 精進の人は、足るを知って正業を保てます。不精進の人は身勝手な判断で暴走し、自滅しがちです。

 皆さんの開運を祈っています。
2008
08.28

NHK文化講座「生活と仏法」講義録 17 ―相手の苦痛を自分の苦痛と考える―

 8月27日の講座で学んだ『法句経』の経文です。

 一切の生きとし生けるものは、死を恐れ、暴力によって痛みを受けることを恐れている。
「もしも死を前にし、痛みを受けている相手が自分だったなら」と想像してみよ。
 殺してはならない。暴力による苦痛を与えてはならない。


 生きものは生まれた瞬間からいのちのはたらきが「生きる」という方向へ向かっているので、心身共に「快」を選び、「不快」を厭うようになっています。
 だから、いのちが断ち切られる死を最も不快と感じ、それが近づけば最大の恐怖がもたらされます。
 また、暴力を受けて痛みを感じるのは、いのちを支えている身体が危機にひんしていることを知らせる警戒警報が発せられている状態であり、痛みが重なれば危機のシグナルが大きくなり、恐怖を生みます。
 その恐怖をきちんと理解できていれば、暴力をふるうことも、もちろん殺すことも、できようはずがありません。
 いのちのプログラムを共有しているからです。

 しかし、実際は、暴力事件や殺人事件があとを絶ちません。
 感情や情念の暴流が、霊性による分別という堤防を押し破ってしまうからです。

 どんなに強い破壊衝動にも耐えて人の道をまっとうするためには、誰かの痛みや不快感や恐怖を我が身へ置き換えてみる想像力が欠かせません。
 それをもたらすのが慈悲です。

 慈とは、生きとし生けるものを等しくみ仏からいのちを分けいただいている同士と考え、相手を選ばずに起こす友情です。
 これがあれば、相手の喜ぶことをしないではいられません。
 それを「与楽(ヨラク)」といいます。
 悲とは呻きであり、自分が呻きに伴われた人生を歩んでいる存在であることを直視し、生きとし生けるものもまた同じく呻きを避けられないことを知って感じる「同苦(ドウク)」の思いです。
 これがあれば、相手の苦を取り除いてやらずにはいられません。
 それを「抜苦(バック)」といいます。

 慈悲の心を育てることが、自己中心や自分可愛さという煩悩から発する感情や情念の暴流に負けず、思いやりによって霊性を発揮しながら生きる方法なのです。

 釈尊は、こうも説かれました。

 激した感情に発する荒々しい言葉を用いてはならない。
 因果応報の厳粛さを畏れよ。
 相手へ向かった悪しき行為は、必ず禍となってやって来るであろう。
 暴力を受け、恐怖を感ぜずにはいられないのだ。


 ささいなことから口論となり、暴力が行き交い、やがては最悪の事態に至るといった愚かしいできごとはすべて、慈悲心の欠如がもたらすものです。
 慈悲心の涵養が人の道をまっとうする最高の方法です。
 学び、行じ、実践しましょう。
2008
08.27

菩薩になる道 1

Category: □救われる道
「救われる」とは「苦を脱する」ことです。
 そのための方法が六波羅密(ロッパラミツ)という修行の実践です。
 在家の方も、出家者も、いつ、どこで、誰にでも実行できるのがこの〈菩薩になる道〉です。
 ただし、「決心する」というたった一つの条件を満たせばの話です。
 それを発心(ホッシン)といいます。

 6つある修行の最初に説かれているのが布施です。
 この「施し」は、ただ与えるだけではありません。
 自分のための行としては、「自分の持っているものや身体への執着心を離れるため」が目的であって、名声を得ようとか、優越感を求めようとか、天国へ生まれ変わろうなどと考えれば正しい修行にはなりません。
 他のための行としては、「苦を抜き楽を与えないではいられない心に動かされた純粋な施し」でなければならず、見返りを求める恩着せではなりません。
 正しく行えば、4つの福徳が待っています。

 物惜しみの心に負けず自分自身で行えば、やがて、他人から手を差し伸べられるようになりましょう。
 行う時を過たなければ、やがて、相応の時期に善き目的が達成されましょう。
 他を害するものを与えないように気をつけていれば、やがて、自分を護る堅固な財物に恵まれましょう。
 苦労をいとわず黙々と他のためになっていれば、やがて、信頼と安心に満ちた人間関係に恵まれましょう。

 以上は、因果応報である以上、当然の結果です。
 しかし、これらはあくまでも結果であり、み仏がくださるご褒美と考えねばなりません。
 ご褒美ですから、それをもらうことが目的とはなり得ません。
 もらおうと思えば邪心になり、やがて「いつまでたってももらえない」とか「これしかもらえない」とか「さっぱり通じないから信じられない」といった身勝手な不満を生じる可能性があります。
 正しい目的を持って行わなければ正しい修行にはなりません。

 ここで注目したいのは、他を害するものを与えないのもまた正しい施しであるということです。
 たとえば、子供に教育上好ましからぬものや情報を与えないようにするのは、子供を護ることです。
 麻薬や凶器となるものを売らないのは、社会を護ることです。
 相手へ傷つける言葉をぶつけないのは、相手の心を護ることです。
 こうした尊い行為が積み重なれば、やがては自分が護られるようになるのです。
 与えることは優しさの表現ですが、与えるべきでないものは決して与えないのもまた優しさであり、本当に優しく生きるためには智慧も意志も必要であることをチェックしておきましょう。
2008
08.26

地鎮式の写真ができました

 去る8月24日、地蔵盆の佳き日、寺院サービスさんがテントを用意され、供養堂建立、寺子屋開始へ期待をかける善男善女が大雨警報発令中をものともせず参加されました。
 参加はかなわずともお心をお寄せくださった方々も含め、皆々様へあらためて感謝申し上げます。

地元の長老からのご挨拶
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いざ、スタート
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真剣による魔除結界
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盤石の地とする地結 なぜかこの時だけ明るくなりました
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参加された善男善女全員による鍬入れ
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鋤の儀式
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参加された善男善女による守本尊様へのお焼香
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寺子屋開始を誓う
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2008
08.26

『四十二章経』第三章 善行と悪行

 今日も善男善女が機関誌『法楽』を作ってくださいました。
 勤行に続く『四十二章経』の勉強は、第三回目です。

 釈尊は、十の善行と十の悪行を示されました。
 それは、身体を用いる三つと、口を用いる四つと、心を用いる三つです。

 まず身体を用いるものとしては「殺」と「盗」と「婬」です。
 無益に他の生きものを殺さなければ善行、殺せば悪行です。
 同じように、自分に与えられていないものを手にしなければ悪行、手にすれば悪行です。
 道に外れたセックスでなければ、あるいは特殊な修行中にセックスを行わなければ善行、乱れたセックスは悪行です。

 次に、口を用いるものとしては「両舌(リョウゼツ)」と「悪罵(アクメ)」と「妄言」と「綺語(キゴ)」です。
 仲違いさせぬような言葉を用いれば善行、仲違いをもたらす言葉を用いれば悪行です。
 粗暴な言葉を用いなければ善行、粗暴なもの言いで相手を不快にさせれば悪行です。
 嘘をつかず真実を口にすれば善行、相手へ事実に反する情報をもたらそうとすれば悪行です。
 無駄話や飾り言葉を口にしなければ善行、貪りや怒りや愚かさがもたらす自慢話、弱点への攻撃、愚痴などに走れば悪行です。

 次に、心を用いるものとしては「嫉」と「恚」と「痴」です。
 他人の持ちものを気にしない精進ならば、自分にないものを持っている相手への嫉みが起こらず、善行ですが、他人の持ちものが欲しくてたまらなくなれば必ず嫉みが発生し悪行になります。
 他人を憎まず、傷つけようと思わなければ善行ですが、憎い相手を苦しめようと考えれば悪行です。
 善因善果などを信じ、実在しないものを実在しないと考えれば善行ですが、因果応報を否定し、ないものをあると考えれば悪行です。

 これらを考えると、善行とは「道理にかない、自他に真の利益をもたらす行為」となりましょう。
 反対に、悪行とは「道理に反し、自他に真の利益をもたらさない、あるいは利益を破壊する行為」です。
 釈尊は、

三尊を信じざれば、邪をもって真となす」

と説かれました。
 仏法僧を信じ、戒律を守れば

「必ず道(ドウ)を得るなり」

とも説いておられます。
 信じ、学び、善行に邁進すれば、迷わず、惑わず、み仏の子としての道をまっすぐに歩めるようになるのです。

 なお、次回の『法楽』作りは9月29日です。
2008
08.25

地鎮式が終わりました

 どしゃぶりも交えた雨の一日でしたが、特大のテントを設置してくださった寺院サービス(株)さんのおかげで、無事、地鎮式を終えました。
 ご案内が間近だったにもかかわらず駆けつけてくださった方々のお顔を見ながら、当山が次のステップへと進んでいることを実感しました。
 そして、1052年に72歳で亡くなった高僧アティーシャと弟子のやりとりを思い出しました。

 弟子が訊ねる。
現世に執着すればどうなりますか?」
 アティーシャは答える。
現世のためになる、それだけである」
 弟子は再び訊ねる。
現世に執着すれば来世はどうなりますか?」
 アティーシャは即答する。
地獄餓鬼畜生に生まれる」


 お集まりの方々は、どなたも現世的な問題と真正面から格闘しながら、そこを超えた次元を観ておられる、あるいは、当山との関係においてそれを観ようとしておられるように思われました。
 テントを叩く激しい雨音は、心中で荒れ狂う内面的煩悩の嵐であり、シャワーのように魂へ降りかかる外面的煩悩の嵐です。
 しかし、テントに囲まれ、八方天地へ結界を張った空間は別世界であり、皆さんの瞳は活き活きしています。
 参加者全員に交代で「鍬入れ」をしていただいた時の、和やかで希望に満ちた雰囲気は忘れられません。
 
 ご参詣された方々、また、足は運べなくともお心をお寄せくださった方々は、明らかに聖地との仏縁を強められました。
 現世地獄餓鬼畜生三悪道を脱し、来世の暗い運命を打破する善行を実践された方々と共に、新たな世界へ踏み入りましょう。
 不共業(フグウゴウ…個人的に積む業)と共業(グウゴウ…社会的に積まれる業)を清める世界へ──。
2008
08.24

葬式仏教というけれど

 お盆を過ぎて10日も経たないうちにご依頼が相次ぎ、3人の方をお送りしました。
 法を結んでこの世あの世の区切りをつけるためには、行者としてのすべてをかけねばなりません。
 向こう側の世界を明確に感得して引導を渡すためには、自分がこちら側にとどまらねばならないだけに、自分自身が超えて行く以上のエネルギーを必要とします。
 人一倍罪が深いからこそ、こうした役割が廻ってくるのでしょう。
 修法が終わると皆さんから感謝されますが、感謝せねばならないのは、むしろ行者の方です。
 どんなにヘトヘトになっても、退場の時にご遺族から起立してお送りいただいたり、会食の法話が終わって拍手が起こったりすると、法務へ向かう気力が回復します。
 私たちの使命は、ご縁の方々に「この世幸せあの世安心」を得ていただくことにあります。
 皆さんがそれらを得てくださったと感じる瞬間があればこそ、また、励むことができます。
 ご縁の方々の幸せ安心ほど、行者を支えるものはありません。 

 とにかく、今日の地鎮式と明日の『法楽』作りが終わるまでは、まったく息が抜けません。
 一段落したなら、日本の歌や四国遍路について、また書きましょう。
2008
08.21

ほめる 6

 かつてO小学校で行われていた校長先生と児童との手紙「ほめほめ便り」による交流をまとめた『ほめほめ集』からの抜粋です。
 このページを作るのが大変だろうと、篤信の方がわざわざメールで送ってくださいました。
 頭が下がります。
 勉強会などを通じて、ご縁の方々へご紹介しており、寺子屋の指針にさせていただきたいと願ってもいます。 

二年 M・O
 
 3月23日の朝、いっぽ足を だそうとしたら、車がきました。とおるまで、まっていると、車にのっていた人が、あたまをふってくれました。
 あとから、どうしてあたまを ふってくれたのかなと、考えたら、「ありがとう」といういみだとわかりました。
 やさしい おじさんだと 思いました。

                ◆

 まさ子さん、
 きょうも また、ほめほめ ありがとうね。だんだん字が きれいになるので、校長先生は、うれしいよ。
 学校にくるときのことですね。どうろを、よこぎろうとしたら、車がきたのね。あぶないので 車がとおりすぎるまで、まっていたんですね。そうしたら、車のおじさんが、あたまをふって「ありがとう」をしてくれたんですね。
 まさ子さんが、とまってまってあげたから、車のおじさんが、よろこんで、おれいをいってくださったんですよね。
 よいことをしましたね。むりをして、みちをよこぎると、大へんなことになります。
 これからも、こうつうのきまりを よくまもって、学校にきたり、おうちにかえったりしてくださいね。


 歩行者が待っていてくれたからといって「ありがとう」のシグナルを発する運転手は、きっと、まれに見る好人物なのでしょう。
 まさ子ちゃんは危ないから車道へ出ないだけだったので、何のことか解らなかったのは当然です。
 やがて気づいて、見知らぬおじさんの優しさを知りました。
 相手の「ありがとう」に対して「優しい人だな」と思ってほのぼのした気持になる、この体験が貴重です。
 次は、自分が「ありがとう」を発することによって相手がほのぼのした気持でニッコリし、それを受けて自分もまたほのぼのした気持になる体験が待っていることでしょう。
「ありがとう」は、実に、こうした温かい気持の交流を起こす最高の言葉です。

 宮床の子供たちは、渡らせてあげようと思って車が止まると、歩道を渡りきってから必ず振り向いて会釈してくれます。
 それも、割合大声の「ありがとうございました!」を伴っています。
 この「ありがとうございました!」は、宮床に住む者の誇りと思っています。
 全国津々浦々の子供たちにこうした習慣がつけば、きっと、世の中は徐々に変わることでしょう。
        

三年 N・K

 きのう本通りの方へいきました。と中、男の人が、赤ちゃんをだいて乗りました。バスがこんでて、すわることができなかったので、赤ちゃんをかた手にだいて、つりかわを持っていたので、とてもたいへんそうだな。と思っていました。するととなりにすわっていた女の人が、席をゆずってあげました。そのとき、校長先生が「いいことをしたら、いいことをされた人も、した人も、いい気持ちになるんだよ。」と、おっしゃったのを思い出して、「あの女の人も、男の人も、いい気持ちになったんだろうな。」と思いました。

                ◆

 直子さん、
すばらしい字のほめほめですね。きれいな字のお手紙は、読む人の心を楽しいものにしてくれます。おかげで、きょうのほめほめが二倍楽しいものになりました。
 きょうのほめほめは、バスの中でのことでしたね。満員のバスの中で、赤ちゃんをかた手にだいて、しっかりとつりかわをにぎっていらっしゃった男の人に、近くにすわっていらっしゃった女の人が、席をゆずってあげていたといういみのお手紙でしたね。
 かわいい赤ちゃんをだいて、両足をふんばりながら、一本のつりかわを力いっぱいにぎりしめていらっしゃる男の人のようすが、目に見えるようです。
 やさしい女の人がいらっしゃってよかったと、校長先生は ほっとしました。
 O小の、ほめほめの心は、この女の人のように、よいと思ったことを、強い心で実行する人になりましょうということです。直子さんも がんばってね。

 こうして子供たちは社会を見ているんですね。
 もし、誰も席を譲る人がいなかったなら、直子ちゃんはどうなったのでしょうか。
 きっと、やるせない、悲しい、辛い気持になったことでしょう。
 がっかりしたかも知れません。
 席を譲った人の行為は、その人が布施行によって善業を積み、福徳を得る原因をつくっただけでなく、見知らぬ直子ちゃんの心にも大きな影響を与えました。
「いい気持ちになったんだろうな」と想像することは、自分も同じ行為ができる人間になるための第一歩だからです。
 きっと、直子ちゃんの心では、善行を実践するための準備が進んでいることでしょう。

 校長先生の「よいと思ったことを、強い心で実行する人になりましょう」には信念がこもっています。
 ご自身がこうした心で生きておられればこそ、はっきりと指導できるのでしょう。
 善き人が善き人を創るという尊い成り行きが明らかになっており、合掌したくなります。
 校長先生のように生き抜きたいものです。
2008
08.20

9月の俳句

 9月は長月です。
 俳人で信徒総代でもある鈴木悦子さん(仙台市太白区在住)の句です。
 鈴木さんは、機関誌『法楽』と新聞『法楽かわら版』へ何年にもわたって投稿しておられます。(掲載が月遅れになる場合があります)

公園の彫像もっとも灼けてをり


 カンカン照りの中を歩いて行くと、公園に建つ彫像が目にとまった。
 彼はじっとして動かない。
 陽射しを一身に受けているかのようだ。
 私たちは「ああ、暑い」と口に出して汗を拭う。
 だからといって暑さが去るわけではないが、気持に一区切りがつき、また、歩める。
 しかし、彼にはそれが許されない。
 ただただ灼けているだけである。
 作者は「大変ねえ」とつぶやいたのだろうか。

汗の帽ひょいとあづけし樹下蔭(コシタカゲ)


 日照から頭を守ろうとかぶっていた帽子の内側はもう汗だらけだ。
 ふと見つけた樹木の下へ入り、帽子を小枝にひっかけて一休みする。
 頭にかぶさっていた熱気がたちまちに去った。
 読者にも心地よさが伝わってくる。
 「ひょいと」に「ああ、良かった」が隠れている。

人どっと汗どっと噴く七夕祭


 人通りが多い場所へでかけると、頭の上は七夕飾り、周りは「どっと」集まった人の海。
 そのうねりを見ただけで汗が噴きだす。

はびこりしへそかづらや世はデフレ


「へそかづら」は、時期によって強い臭いを発するところからこう呼ばれているが、細長い釣り鐘のような小さな花は微笑ましい。
 しかし、作者は、「はびこりし」に断罪の気持を込めている。
 ところ構わず鶴を伸ばして勢力範囲を広げ、内へ不快な臭みを抱えている植物を政治家に喩えたのではなかろうか。
「戦後最大の景気拡大!」のうたい文句にはカラクリがあり、お祭り騒ぎをしている間に国民の多くが生活を苦しくしてしまった。
 怠けたのではない、一部に富が集中し、多くの人を窮乏させるシステムができていたのである。
 日本はG7の仲間入りをして世界の指導者ぶってはいるが、過去十年間で、このグループのうち六カ国が国民総生産を平均五十パーセント以上伸ばしたのに、日本だけが伸びていない。
「世はデフレ」には、庶民の財布が寂しくなった事情が込められている。

寝苦しき夜をつんざく梅雨の


 蒸し暑さで寝苦しく悶々としているうちに、が鳴りだした。
 今度は怯えさせる。
 自然は容赦ない。
 人間は縮こまっているだけだ。

眞夜中の地震にとび起きニュース聞く


 日本各地で大地震の発生が予想されている。グラッとくると、たった今、自分が体験した揺れ以上の大地震がどこかで起こっているかも知れないという不安や恐怖が伴う。
 思わずテレビやラジオをつけるのは日本人の習性となっているようだ。

鳴かず飛ばず空蝉(ウツセミ)のごと句に縋る


 本来の「鳴かず飛ばず」は、目立つ動きをせずにじっと機会を待つことだったが、現在は、長期間ぱっとせずに過ごす状態そのものを指すことが多い。
 この句もそれにならっている。
空蝉」もまた、「現身(ウツシミ)」つまり「今、現在この世にいる人」だったのが、万葉集で空蝉という文字が当て字として用いられたことから蝉の抜け殻そのものを指すようになった。
 自分に厳しい作者は、人生をふり返り、自分の句を読み直して空蝉と言っているが、綴られた句には厳しさや強さのこもった独自の境地がある。
 空蝉ではない。

二声の夜更けの蝉や月赤し


「二声」とは、突然一度か二度鳴くだけの声である。
 なぜか、アブラゼミなどにこうした習性がある。
 エッと目を醒まさせられて空を見上げると赤い月がかかっている。
 赤い月には「濃い」気持を引き出されるものだが、ここでは暑さを表しているのではなかろうか。

夜の浅き夢見し蓮の匂ひけり


 蓮は夢の中のできごとなのか、それともうつらうつらしているうちに香が届いたのか。
 蓮は日照に敏感であり、暗いうちは咲かないからきっと前者なのだろう。
 幻想的な句である。

夢の中風の渡りて蓮浄土


 夢の中で爽やかな風に頬を撫でられた。
 風には蓮の香が幽かに感じられる。
 浄土は確かである。
 生前戒名を受け、写仏や勤行に勤しんできた作者はもう、浄土の住人である。
 心が生き方となり、生き方が心を創る。
 浄土がもたらされたのは必然である。


2008
08.19

ヤクーバとライオン

 お盆供養を終えて最初に読んだのがフランス人絵本作家ティエリー・デデュー作の「ヤクーバとライオン」である。
 寺子屋開始への準備を加速させねばならない。
 副題が「勇気」であり、翻訳した柳田邦男氏は帯にこう書いている。

殺された側は報復のために相手を殺す。終わりのない報復の殺し合いが続いていく。その悪循環を断ち切るにはどうすればよいのか。
日本の社会に目を向けると、いじめられた子が復讐の事件を起こす。虐待された子がやがて虐待する側にまわる。これも同じ悪循環だ。
もうひとつの道──。「殺さないことだ」というライオンの問いかけは重い。


 さて、物語である。

 アフリカの奥地で祭の準備が始まっている。
 成長した少年ヤクーバにとっては、戦士になれる晴れの日である。
 たった一人でライオンを倒し、一人前の男になった証である〈勇気〉を示せるからだ。
 ヤクーバは獲物を求め、山の近くを歩く。
 やがて夜になってライオンと遭遇し、戦おうとする。
 しかし、目が合ったライオンは無言で語りかける。
「おまえが傷ついている私を倒すのはたやすかろう。どうするか。おまえは自分で道を選ばねばならない」
 そして、ライオンを殺せば賞賛されるだろうが、それは本当の名誉なのだろうか。。
 殺さなければ気高い心を持った人間になれるが、きっと仲間はずれにされるだろう。
 ゆっくり考えよと言って、横たわる。
 夜明けまで考えたヤクーバは、ライオンをちらっと見て立ち去る。
 今か今かと待っていた村人たちは失望し、ライオンを仕留めた仲間たちが賞賛される一方で、ヤクーバは牛の世話などに回される。
 村の牛たちは、二度とライオンに襲われなくなったという。

 これだけの物語が、白黒の絵とわずかな文字で展開される。
 イラストレーターでもあるティエリー・デデューは野太いタッチで野生を残すアフリカの日常を描き、同時に「生と死」「真の勇気」「真の気高さ」といった人間の根元に迫る。
 ヤクーバの物語は、決して遠い奥地でのできごとではない。
 日々、私たちは、彼と同じく人間としての真の価値を問われる場面に遭遇しているはずだが、あまり気づかないだけである。
 自分で根本から考えて道を選ばず、目先の損得や、好き嫌いや、快不快や、他人からの賞賛と誹謗などを天秤にかけて判断してしまうからである。
 いのちが快を求め、不快を避けるようにプログラムされている以上、やむを得ない。
 しかし、人間は〈立ち止まる〉ことができる。
 煩悩をコントロールすることができる。

 たとえば、真夏の街路を足早に歩いていて目的地を探して困っているらしい老人が目に入った時である。
 早く涼しい喫茶店へ入りたくて老人を見過ごそうとするのは、快不快の原理上、当然である。
 そこで「見過ごせない」と思う一瞬が訪れるかどうか。
 ここで霊性のレベルが試される。
「この世は人生修行の場である」とは、畢竟、この一瞬を獲得するためにこそ人は生きるという意味ではなかろうか。

 青年になったばかりのヤクーバは、とにかく立ち止まってみた。
 まだ、瞬時に気高い道を選ぶところまで心が練られてはいなかったが、過たなかった。
 彼はやがて、尊い一瞬一瞬に恵まれる人間になることだろう。
 牛たちが襲われなくなったのは、彼がしっかりと清浄なる道を選んだことへの天地自然、仏神からの祝福に違いない。
2008
08.18

地鎮祭

 虚空蔵求聞持法の成満を受け、8月24日(日)、地蔵盆の佳き日午前10時より、供養堂(仮本堂)建立に向け、守本尊道場建立予定地にて地鎮祭を執り行いたく存じます。
 隠形流居合による修法となります。
 どうぞふるってご参加ください。

 来年の春彼岸に予定どおり完成すれば、永代供養のお位牌を安置すると共に、皆さんから奉納された守本尊様方も仮安置し、寺子屋はもちろん瞑想や居合の道場も始めます。
 心を向けられる善男善女へご加護がありますよう。

〈奉納となる守本尊様は総丈およそ37㎝です〉

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2008
08.18

守本尊道場造営日記二十三 ―あるべきようは―

Category: 本堂建立計画
 虚空蔵求聞持法を行った結果については前回、少々記しました。
 通常法務を行いながらの「夜学行者」に与えられたものは、奇瑞や超能力ではなく、明確なお諭しであり、お導きでした。
 そして、「開運不動明王」様をお迎えでき、寺子屋建立も一歩前進しました。
 また、何よりもありがたいと感じるのは、当山を信じて帰依し、支えようとしてくださる新たな檀信徒さんたちの出現であり、当山に懸けようとする若い方々の出現です。

 境内地などの所有権は宗教法人という公的性格を強く帯びた特別な組織にあり、宗教上の役割としては万人へ開かれていなければならないはずの寺院が事実上、住職家族の私物となり、指定するお布施を持参する檀家さん以外へ門戸が固く閉ざされている現状は、世襲制の弊害と檀家制度に頼る姿勢とによってもたらされた歪みとを否応なく曝(サラ)しています。
 托鉢修行によって、この弊害と歪みへ対する世間の方々の憂い、怒り、失望などを骨の髄まで思い知らせていただき、一行者としての道と共に、真の寺院の道も深く考えるようになりました。
 これまでの歩みは、明恵上人の言葉「阿留辺幾夜宇和(アルベキヨウハ…いかにあるべきか)」に尽くされています。
「法楽寺は後継ぎがいない」との陰口はさておき、檀信徒の方々も大っぴらには口にされないまでも、「住職も歳に不足はなくなってきたし、どうなるんだろうなあ」と心配をされていたはずですが、無理に身内へ継がせようとせず、人格・識見共にもっとも責任者にふさわしい人物との縁を信じて疑わずやってきました。
 運営についても、経営の専門家などからいろいろなアドバイスをいただきましたが、ただただ「ご縁の方々の常識と良識を信じ、すべてを清浄なお布施でまかない、ことの成否はご本尊様へお任せする」姿勢一筋で、愚妻共々歯をくいしばりつつやってきました。

 今回のお盆供養会は、すでに得度している行者O君が主導し、行者Tさんたちが先輩方のご指導をいただきながら一丸となって支えて遂行されました。
 ここに至り、あとを託せる方々が明らかになりました。
 また、宮城県内外からのご縁が重なり、清浄なお布施の力によって伽藍ができる流れも明らかになりました。
 虚空蔵菩薩様をはじめとする守本尊様方のご加護としか思えません。
 これまで愚直に守ってきた「あるべきよう」が、いくばくかは、み仏にお認めいただけたのではないかと思うと、お支えいただいた方々とみ仏への感謝の念に満たされます。
 
 今日から新たな修行へ入ります。
 み仏のお導きと、お支え下さる方々と、託す方々とを信じつつ………。
2008
08.17

守本尊道場造営日記二十二 ―虚空蔵求聞持法が成満しました―

 おかげさまにて、8月17日(月蝕)、虚空蔵求聞持法百八万返の行が成満しました。
 108個の珠がついた数珠を一回繰って百と数える方法もあり、その場合は百万返になります。
 ご本尊様は当然ですが、ご助力下さり、あるいはお見守りくださったご縁の方々、無縁の方々、そして生きとし生けるものへ心より感謝します。
 まことにありがとうございました。

 起床した時はどしゃぶりでした。
 暗がりの中、手探りで作務衣を探し当てたところ、ぐっしょり濡れています。
 ちょっとした台の上へ置いた作務衣の真上で、いつものように雨漏りがしていました。
 寝起きしているプレハブは耐用年数を過ぎているのでしょう。
 おかげで布団が濡れずに安眠できたのでありがたいなと思いながら、またもや、菩薩道を歩む行者の役割を教えていただいたことに、心から感謝しました。
 身代わりとなって苦を受ける代受苦(ダイジュク)は、お地蔵様に代表されるとおり、菩薩の根本役割だからです。

 作務衣の代わりに洗面器を置いて外へ出て台所に行ってみたら、流し台に落ちたメロンの皮へ無数のアリたちがへばりついていました。
 文字どおり真っ黒に見えるほど群がっています。
 このまま私が顔を洗い始めたら、彼らは全滅です。
 大きなスプーンで皮をゴミ箱に移しても、未練たっぷりな連中は、まだ、水が流れ落ちる穴の上下で残物に取り付き、ウロウロしています。
 警告のために少しづつ水を流したところ、2分ほどかかって退去が終わりました。
 きっと穴へ落ちた者もいることでしょう。
 今度は、煩悩のあさましさを教えられました。

 道場へ行き、満願を迎える日に開けることになっている東側の窓から外を眺めても、暗い雨空ばかりで何も見えません。
 聞こえるのは屋根を叩く雨音だけです。
 行が進むうちにだんだん小雨となり、ジージー、チチチチ、コロコロコロコロなどと鳴く虫の声が高くなり、やがて、ウグイスが鳴き始めました。
 昨夜の涼しさと今朝の冷たい雨のせいでしょうか、もう、蝉の声はしません。
 最後の一回を唱え終わり、ご本尊様と一体になる法へ入りました。

 深々とした充足感のみ──。

「一体無二なり」と確認して定(ジョウ…瞑想状態)から出ると、もう、何も要りません。すべてがあるからです。
 あとは、人々のために必要な場を造り、ご参詣の方や願いをかける方に無限の福徳をお持ち帰りいただくだけです。
 ご本尊様のおられるお堂は、汲めども尽きない福徳の泉です。

 さて、自分の心を観ると、在るものと不足しているものとが明らかです。
 お大師様も興教大師様も、繰り返し、繰り返し虚空蔵求聞持法を修されたわけが想像できます。
 また、なぜ、お大師様が、「小乗仏教も、密教ではない大乗仏教もそれなりに会得した上で密教へ入るべし」と説かれたのか、当時、最高の権威を誇っていた南都六宗から尊敬されたのか、やっと本当の理由が解りました。
 同時に、お大師様が唐へ行くまでの間、山林を廻りながらいかなる修行をしておられたのか、ほとんど解明されていない謎が解け始めています。
 このことについては、書ける日が来るかも知れないし、確信が持てず胸にしまったままになるかも知れません。
 いずれにせよ、私のような未熟者は、この先へ進む、あるいは深めるなどということではなく、基礎をやり直さねばなりません。
 欠けていることを知ってしまった以上、放っておいては偽者になってしまいます。
 高徳の方々は先へ進み、徳の薄い者は引き返す。
 凡人の人生は二歩進んで一歩退がるものであることをやっと体得しました。
 無一文になってすら、〈自分で退がる〉ことを知りませんでした。
 ものごとの終わりと始めを司る虚空蔵菩薩様のお導きは確かです。

 我に返って窓へ視線を向けると、ご本尊様の頭越しに、雨の上がった灰色の空をバックにした森と桜の樹が見えます。
 桜の葉はピクリともしません。
 灰色の空はその後側へ無限の宇宙を隠したまま、じっとしています。
 どんどん、明るさが増して来ました。
 いつも通り、今日も法務が始まります。
 虚空蔵菩薩様は、まことに福徳と智慧の守本尊様です。
 お求めの方々のためには修法によって福徳をお渡ししたいと願っています。
 そして、それが実践できるよう、自分の未熟さを観る智慧をも磨きつつ修行を続けたいと願っています。

 このたび、何とか真のお焚きあげをしたいと願って手がけていた『開運不動明王』のお堂が一年がかりで完成しました。
 地蔵盆に当たる8月24日には地鎮祭を執り行い、いよいよ寺子屋ができる供養堂の建築に着工します。
 資金は供養堂に要する半分にも満たない状態ですが、必ず完成へこぎつけられるものと確信しています。

守本尊様のご供養申込数累計     141体
○唱えた真言の回数累計   1、080、000回

2008
08.16

お盆供養会が終わりました

 15日、お盆供養会が終わりました。
 恒例の奉納剣でも雨に祟られず、無事、守本尊法を終えることができました。
 お塔婆の申し込みがこれまでで一番多かっただけでなく、何日も前から準備にかけつけ、遅くまで後かたづけをしてくださった方々の数もこれまでにないほどであり、とても感謝し切れない数日でした。
 ベテランの役員さん方と若い行者たちが一つになって運営の立案から実行までを取り仕切り、爽やかでスムーズな式典となりました。
 ご奉仕、ご参加、供養のお申し込みをくださった方々へあらためて感謝申し上げます。

 さて、護摩供養の修法を行っていて、龍がとぐろを巻いているような渦巻や、龍が天へ駆け昇るかのような上昇気流を感じた瞬間がいくつかありましたが、信徒さんが撮ってくださった写真にそうした気配が映し出されていたのには驚嘆しました。

〈なぜか、上へ伸びず、溜まっているように燃えています〉
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〈螺旋になって伸び始めました〉
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〈どこかシュールな睡蓮です〉
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〈ほぼ完成した『開運不動明王』様のお堂前で慈救呪(ジクジュ)を開始〉
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〈準備の疲労を超えてイザ九字法へ〉
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〈魔ものは去れ〉
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天魔から守る隠形(オンギョウ)の構え〉
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〈エイッと難しい抜きつけ〉
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 ところで、「忘却することは怠惰の入口、を意識することは目的達成の入口」という言葉があるそうです。
 は自分にも、あるいは誰かにも、一瞬後に訪れて何の不思議もないので、なすべきことをなす、なせるのは今しかありません。
 こうした事情は何も行者に限ったことではなく万人に通じる真実であり、目的意識が明確な人なら誰でも今、行わないではいられないはずです。
 怠惰の入り口から入るわけにはゆきません。
 
 そうした意味でも、お盆のような「亡き人」を偲び、供養する機会はとても大切なものです。
 自分が今、偲んでいる相手のように誰からか偲ばれていてもあたりまえなのだという想像力、それをもたらす無常の理への理解。
 言葉で「人は誰でもぬ」と考えるだけでなく、胸に迫り来る感覚を伴った理解が生じれば、怠惰への転落は防がれ、同じすべき宿命を持った同士としての他人やいのちあるものたちへの姿勢も変わることでしょう。
 こうして、亡き人を供養することは、その縁によって自分が供養されること通じ、正しい供養は常に「相互供養」になります。

2008
08.15

本日、お盆供養会です

 いよいよお盆供養会となりました。

 この世は勝者にとっては甘美であり、敗者にとっては苦汁に満ちているように思われるものです。
 しかし、み仏の眼には、同じ無常を懸命に生きる健気な者たちが平等に観えていることでしょう。

 私たちは、毎日をそれなりに過ごしていますが、地球上には「それなりに」過ごせない人々が何億人もいます。
 同じように、あの世にも亡者となって成仏できない方々がおられると説かれています。
 そうした御霊を供養し、万霊供養の誠をもって身内の御霊の菩提を弔うのがお盆供養の本質です。

 あの世の方々も、そしてこの世の生きとし生けるものすべても、苦を離れ楽を得られるよう祈りましょう。
 離苦得楽(リクトクラク)の祈りがあの世をもこの世をもくまなく照らしますよう。
 先に逝かれた方々が安寧でありますよう。
 そして、「私たちは、み仏のご加護あふれる真実世界の住人である」と感得されますよう。
2008
08.13

欲と三毒

 またまた、研究熱心なAさんからこうした質問をいただきました。
「人間が生きものである以上、があるのは当然なのに、『をなくせ』というのはおかしいんじゃありませんか?」
 これまで何度も書いたテーマですが、もう一度確認しておきましょう。

」と「貪り」「怒り」「愚かさ」の三毒との関係を考えてみましょう。
 ご質問のとおり、私たちは生きものですから食べねばならず、食欲があるのは生きものとして健全な状態であって、食欲は善でも悪でもありません。
 若いAさんにとって悩みの種である性欲もまた、いのちのバトンタッチをしようとする自然な力であり、善でも悪でもありません。
 いのちにはリズムがあり、休息のための睡眠欲もまた、善でも悪でもありません。
 社会的動物である人間は、衣食住をきちんとするのが当然であり、志を実現するためには発言力などの社会的力も必要なので、財欲名誉欲も、善悪のどちらと色分けをすることはできません。
 ならば、なぜ、この「五欲」が三毒をもたらすのでしょうか。

 それは、欲には自分で自分をコントロールする力がなく、意識してブレーキをかけないと暴走する性質があるからです。
 食欲はたやすく「もっと」と貪りへ傾斜します。
 そして、貪るという方向へいのちのはたらきが習慣づけられると、他の欲もそうした動きをするようになりがちです。
 性欲はたやすく相手への執着を生み、思いのままにならなければたちまち怒りが渦巻きます。
 怒りもまた習慣となり、正邪の感覚に結びつくと怒りが毒であることが解らなくなる場合もあります。
 惰眠を貪れば、時間が人生であるという真理を忘れ、財産や名誉そのものにこだわれば、すべては空(クウ)であるという真実を忘れて、勝手な妄想が起こります。
 ありとあらゆるものは直接的原因である「因」と間接的原因である「縁」とが織りなす一瞬の現象であり、空がこの世の本当の姿であることを忘れ、誤ったものの見方が欲のはたらく方向を誤らせて、苦が生じます。

 こうして五欲は自他を害するので、釈尊は欲を制御する方法として慈悲智慧を説かれました。
 慈悲とは自己中心を離れた思いやりであり、智慧とは守るべきものとしてきちんと戒律を理解する智慧です。
 我を主とせずに他を思いやり、戒律をくり返しくり返し念じていれば、欲が悪業をつくらぬよう、適度なところでストップがかかります。
 み仏の教えと加持力の発露です。
 ここが、暴れ回る我欲となって悪業を積むか、自他を活かす大欲となって善業を積むかの分かれ目です。
 同じ「欲」が、心のありよう一つで地獄へも極楽へも導くのです。

 このように、「欲をなくせ」は「欲に三毒を生ませるな」であり、「慈悲智慧に生きなさい」でもあります。
2008
08.12

【現代の偉人伝】 第63話 ―北島康介選手―

現代の偉人伝~隣にいる英雄たち~とは

アレキサンダー大王、

ジンギスカン、ナポレオン、織田信長・・・戦争が生んだ、偉人とされる人々・・・。それよりも、自らを他人のために投げ打って、人や命を助けた人々の生き様こそ、学ぶべきではないでしょうか? あなたの身近にいる偉人を紹介してください!当山では、身近な人々の善行に関する情報を集めています。

>詳しくはこちらをご覧ください。




 8月11日、北島康介選手は、男子百メートル平泳ぎの決勝で58秒91の世界新記録を樹立し、優勝した。

 予選よりも準決勝でタイムを落とした日、北島選手は平井伯昌(ノリマサ)コーチとレースを分析し、対策を決めた。
 12年間、見守ったコーチのメモは、「スタートの思い切り」「ストロークのテンポを落とす」「ラスト10メートルからタッチまでのイメージ」だった。
 徹底的に話し合った結果、二人にはもう、何も話題がなくなったという。
 あまりの泳ぎやすさに、「生半可な記録では勝てないプール」と世界新記録で勝つ覚悟を決めていた北島選手は、決めたままに実行し、結果を出した。
 その見事さに、コーチは言った。
「なぜ、あれだけ度胸良く僕の言った通りにやれるんだろう」

 スポーツ選手は力みを警戒する。
 準決勝について「力んだ」と報道された北島選手は、「ストロークのテンポを落とす」ことにした。
 腕に入る力が同じならばストローク数の多い方が速く泳げるはずであり、テンポを落とすことは恐ろしくないものだろうか。
 しかも場は決勝戦、一発勝負である。
 相当緻密に自分の実力を知り、かつ、度胸が良くなければきちんと実行できないことだろう。
 十分の一秒、百分の一秒といった次元での戦いでは、少しでも生半可な部分のある者が勝利を得られるずはない。

 ところで、一流選手のイメージする「力まない状態」とはいかなるものだろうか。
 居合を少々かじった者の体験から推測すると、「肘のゆとり」と関係があるのかと思う。
 どんなに強く、速く、遠くへと連続して剣を振ろうとも、肘は決して伸ばしきらない。
 必ず、わずかに曲がっている。
 無我夢中で稽古をし、二度、肘を痛め、剣を三本折って初めて、この〈ゆとり〉がいくらか掴めた。
 きっと、一つの動きが終わりきる一瞬手前で次の動きが始まっていなければ、持てる力を出しきることができないのだろう。
 もちろん、一つの動きをできるかぎりのところまで完全に行うことが大前提である。
「ひとかきを丁寧に」という北島選手のイメージは、最後まできちんと腕をかきながらも、実際は、かききってしまうほんの一瞬手前で次の動きへの準備ができている状態ではなかろうか。
 丁寧さには「そっと」が寄り添う。
 一つの動きが最後のところまで進み、次へつながる際の柔らかさ、滑らかさを確保することが「力まない」ではないか。

 君が代を口にしながら表彰台の真ん中に立った北島選手は、三人の中で最も小柄だった。
 きっと、「スタートの思い切り」で小柄ならではの敏捷さを活かし、「ラスト10メートルからタッチまでのイメージ」でラストスパートをシャープにし、相対的な腕の短さを補ったのだろう。
 少年時代から世界一を口癖にしていた北島選手。
 泳ぐ前に気持ちで負けを感じた相手には一生勝てないと考え、怖れや不安を一掃してきた北島選手。
 その心と、鍛え抜いた身体と、冷静な作戦によってもたらされた技。
 心・技・体を極めた希有の例と言えるのではなかろうか。
2008
08.11

ドリームキャッチャー

 Aさん宅へ一周忌のご供養にでかけました。
 終わってからふと見上げると、左上の小窓に長さ20㎝ほどの飾り物がぶら下がっています。
 一瞬、気に留めながら、すぐに忘れて後かたづけを終わったところ、喪主から声をかけられました。
「ご住職、あれは何だかお判りですか?」
 指さしたのは、さっきの飾り物です。
「異教のもののお話ですみませんが、ドリームキャッチャーといって、悪夢を祓うお守です」
 ぶら下がっている羽の様子と色合いなどからして、インディアンのものかと思ったら、案の定そうでした。

〈10年間、Aさんのお母さんを守ったドリームキャッチャー

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 会食の席でいきなり法話のご指名があり、こんなお話をしました。

 さきほど、とても印象的なお守を見せていただきました。
 ドリームキャッチャーとは良い名前ですね。
 きっと、亡きお母さんは悪夢に悩まされなくなったことでしょう。

 さて、私たちの心は、六境(ロッキョウ…色・声・香・味・・法)という環境世界を対象として、六根(ロッコン…眼・耳・鼻・舌・身・意)という知覚器官が反応し、それを「(ソク)」というはたらきが選び分けて六識(ロクシキ…眼識・耳識・鼻識・舌識・身識・意識)が生じます。
 一瞬一瞬、生じては滅する識の連続が心です。
 この「」が問題であり、個人個人の心によってそれぞれが異なった世界の住人となっているのは、ここに理由があります。
 たとえばツァーに参加した人びとは一緒に同じ景色を観たはずなのに、帰りのバスの中で盛り上がる感動の内容はまったく異なっていますね。
 Bさんは、湖の色が神秘的だったと言い、Cさんは峰を行く雲の流れに永遠を感じたと言い、Dさんは鳥たちの声に和まされたと言うことでしょう。
 それは、「」が選び取っているからです。

 私たちの脳内には、巨大なハードディスクともいうべき「マナ識」があり、生きている一瞬一瞬のできごとをすべて蓄えています。
 これは潜在意識的なもので意識的に内容の確認はできませんが、千差万別の色合を持ち、「」を決めることによって、その人がどういう人生を生きてきたかを証明してくれます。
 BさんとCさんとDさんは、まったく無意識にそれぞれのマナ識に応じた「」がはたらいて湖の色や、雲の流れや、鳥たちの声を選んだのであり、それがさらに三人三様の心の色合を深めるのです。
 
 きっと、亡きお母さんは、孝行息子がアメリカからお守を買ってきてくれたことを嬉しく思い、その役割を信じて枕元へ飾ったことでしょう。
 信じて飾ったというできごとは、当然、マナ識へ入ります。
 しかも、何となくそこへ掛けたのではなく、感謝と信が伴っているので、マナ識にあって強い光を放ちながら「触」へ大きく関わっていたはずです。
 ドリームキャッチャーは、きっと役だっていたに違いありません。

 先ほど、喪主さんは私に遠慮して「異教のもの」とおっしゃいましたが、私たち日本人は古来、そうした面ではとても寛容です。
 縁に応じてさまざまな仏神に手を合わせるからといって、「日本人は宗教心が薄い」と批判的に考える方々もおられますが、私はとても良い宗教感覚を持っていると自負しても構わないと考えています。
 むしろ積極的に寛容な文化を世界へ発信すべきであるとも考えています。
 現代世界で人間を戦わせているのは、頑なな宗教や独善的なイデオロギーや独裁的な政治システムなどがまとっている「非寛容さ」であり、日本の世界的役割として最大のものは、寛容な立場からの行動ではないでしょうか。

 今日はすばらしい宝ものを見せていただき、ありがとうございました。
2008
08.10

修羅と天

 頻繁に、「立場」のある方が犯した罪について報道されます。
 学識経験、人格識見、どこから見ても立派な人が、なぜ、堕ちるのか。
 それは、地獄、餓鬼、畜生といった表面に出やすい三悪道を脱していても、修羅という迷いの部分を脱しきることは困難だからです。

 修羅は、自分より上の存在を認めたがりません。
 嫉妬し、「何で私はあいつより下なんだ!」と不満や怒りを抱きます。
 そして、「いつかはあいつよりも上になってやろう」と戦いの炎を燃やします。
 こうした険しさが修羅の正体です。
 憎しみや怨みが強ければ、決して「空(クウ)」を悟れません。
 嫉妬や怒りは、その対象となっている相手と自分の精神のレベルが近いから起こるのであって、「あいつめ!」という状態の時は、内心でさんざん貶めている相手と自分が同レベルであることを認識すべきです。
 そうすると自分が恥ずかしくなり、黒い炎が消える場合もあります。

 人は最高の楽しみに囲まれているので、必ず慢心します。
 苦しみ、悲しみ、嘆いている修羅や人間や畜生などは自分より下であるという意識があります。
 そうして弱者への慈悲から離れることは悪業を生み、必ず、から転落する時を迎えます。
 転落は5つの予兆となって始まり、自分の行く先が判ります。
 界から地獄界や畜生界へ行かねばならないことを知った時の嘆きや、恐怖や、失望はいかばかりでしょうか。
 楽しみが大きかっただけに、落差は心をどん底へたたき落とすのに充分すぎます。
 こうして、何不自由ないかに見える界もまた、輪廻転生を免れることはできません。

 のし上がる人や、のし上がった人が、修羅の要素を持たないことは困難です。
 知らぬ間に嫉妬慢心の汚れが悪業を積ませ、因果応報で悪果を招きやすくなります。

 清浄な心で切磋琢磨しましょう。
 清浄な心で立場や財物を活かしましょう。
 釈尊が清浄な心で自分を見つめ、現象世界をありのままに観たからこそ安寧を得られたことを忘れないようにしたいものです。
2008
08.09

一対になった方

 最愛の伴侶を亡くしたAさんが、涙ながらに生前戒名を求められました。
 もちろん、意義については充分にご理解の上、「一緒にいられそうだから」と決断しました。

 ご主人の戒名には、事前の話はなかったにもかかわらず、ネクタイピンを作るほど好きだった生きものの名前が登場して驚かれましたが、今度は、お父さんが愛娘へそうあって欲しいと願っていたという花の名前が出ました。
 二つの戒名を並べると、まさに一対としか言いようがありません。

 お授けを受けたAさんは、世間の荒波に一緒になって立ち向かったご夫婦の話に加え、家族同様だった愛犬のエピソードも聞かせてくれました。
 ご主人が倒れて入院した日、一緒にベッドで寝ていた飼い犬B君が突然、体調を崩して食べものが喉を通らなくなり、病院で検査を受けても原因が見つからず、そのまま入院となりました。
 ところが不思議なことに、ご主人が亡くなった日から、まったく以前通りの元気をとりもどしたのです。
 自分も苦を背負おうとしたのか、それとも、守らねばと自分のいのちをかけたのか、よくは判りませんが、単純に、「寝る時に一緒のご主人様がいなくなったストレス」とは思えないそうです。
 そうであるならば、亡くなった途端に食べものへ喰らいつくはずはありません。
 B君なりに何かを知り、自然な反応が出たのでしょう。

 Aさんの述懐です。
「もう、これで、何の心配もありません。
 主人がいなくなった以上、欲しいものなどもありません。
 後を追うつもりでいたのにこのような生き直しができたのは、想像もしなかったことです。
 主人はあの世で、私はこの世で、しっかりやって行きます。
 仏様に、いつまでも一対ですよと教えていただいたのですから」
 Aさんは、ことに応じて、生前戒名にある法名を新たな名前として名乗り、刻んだ文字の朱色のように活き活きと過ごされることでしょう。

 耐用年数の過ぎた肉体という衣を脱ぎ捨ててみ仏の世界へ旅立ったご主人、そして、み仏の子としてこの世で生き直しをされた奥さんの新たな旅立ちへみ仏のご加護がありますよう。
2008
08.08

日本の歌80 ―春の小川―

春の小川 
  作詞:高野辰之 作曲:岡野貞一 大正10年『尋常小学唱歌 第四学年用』に掲載

1 春の小川は さらさら流る。
  岸のすみれや れんげの花に、
  にほひめでたく 色うつくしく
  咲けよ咲けよと ささやく如く。

2 春の小川は さらさら流る。
  蝦やめだかや 小鮒の群に、
  今日も一日 ひなたに出でて
  遊べ遊べと ささやく如く。

3 春の小川は さらさら流る。
  歌の上手よ、いとしき子ども、
  声をそろへて 小川の歌を
  うたへうたへと ささやく如く。


 当時は著作権が保護されておらず、文部省が発表する形だった。
 昭和17年、文語文は小学5年生以上へ教えることになったため、歌詞が変えられた上、三番は削除され、さらに敗戦直後の昭和22年、手を加えられて現在の歌詞になった。

1 春の小川は さらさら行くよ
  岸のすみれや れんげの花に
  すがたやさしく 色うつくしく
  咲けよ咲けよと ささやきながら

2 春の小川は さらさら行くよ
  えびやめだかや 小ぶなのむれに
  今日も一日 ひなたでおよぎ
  遊べ遊べと ささやきながら


 改変の任に当たった方の労苦が偲ばれはするが、当然ながら一気に格調が下がり、奥行きが失われたことは否めない。
にほひ」は視覚の対象となっているものであって「匂い」ではなく、「めでたく」には、「おめでとうございます」と言うとおり、惹かれてならぬ「堪らないすばらしさ」が含まれている。
 つまり、「にほひめでたく」には、川も、花も、言葉には挙げられていないありとあらゆるものたちが廻り来た春を祝っている気配が込められているのだが、「すがたやさしく」となってしまえば、まさに、小学校低学年の子供が言葉としてすぐに理解できる範囲の表現でしかない。

 また、三番には、愛を唄う歌の歌詞に「この愛の歌を唄おう」とあるのと同じく、おもしろい呼びかけがある。
「いとしき子ども」は、急に大人たちの気持ちが顔をのぞかせているようではあるが、よく読んでみると呼びかけているのはあくまでも小川であり、それは「ささやく」に含まれている。
 明らかに、ここには天地自然の高揚があり、それは「にほひめでたく」に発している。
 小川だけでなく、ありとあらゆるものたちが子どもたちを祝福の世界へ誘っている。
 子どもたちにも「共に祝おう」と呼びかけているのだ。
 
 こうしたダイナミズムは消えた。
 子どもたちは、先生や親へ何の質問もせず、この歌を合唱することだろう。
 ――筆者もそうだった。
 この先は書けない。

 ただ、寺子屋では高野辰之の詩を読ませたい、子どもたちからの質問を待ちたいと願う。
2008
08.07

日本の歌 79 ─春が来た─

春が来た
  作詩:高野辰之 作曲:岡野貞一

1 春が来た 春が来た どこに来た
  山に来た 里に来た 野にも来た

2 花がさく 花がさく どこにさく
  山にさく 里にさく 野にもさく

3 鳥がなく 鳥がなく どこでなく
  山でなく 里でなく 野でもなく

 この歌と「春の小川」ほど、小学校の入学当時を思い出させるものはない。
 戦争で片足を失いこけしを作っている父親と、傘張りをしている母親に育てられている暴れん坊の男の子、いつも紫色の唇で、一年生になってまもなく逝った物憂い表情をの男の子、ふっくらふわふわしていた女性の先生、初めて登校した日に驚いて見上げた銀杏の大木、新世界だった学校。
 すべては二つの歌で始まったように思える。
 
 百合も紫陽花もこの日を待つように萎れ、蝉が亡骸をさらし始めた立秋の今日、明かな秋の気配に囲まれてこの稿を書いていると、走って校門をくぐったあの日はあまりに遠く、〝あの子〟が自分だと思えないほどである。
 春の入学、新学期は何と嬉しいはからいだろう。
 すっかり暖かくなった4月、が咲き、足下にはタンポポがある。
 まだ人生の苦渋を知らず、幼子のように泣く時もあったが、どの子の笑顔にも翳りはなかった。
 屈託がなかったのである。
 屈託とは、いつも気にかかって離れないものであり、屈折したこだわりであり、垢のように生じる怠惰である。
 孫の世代を眺めて安心するのは、「屈託のない生」が、知らぬ間に汚れを払ってくれるせいだろうか。

 やがて春が来る。
 咲く花も鳴く鳥も喜ぶことだろう。
 嬉しくてたまらない子供たちの屈託のない笑顔が輝く。
 春には、子供たちへ感謝と期待の笑顔を見せてやりたい。
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