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2008
09.30

お焚き上げとは

 ご質問をいただきました。
お焚き上げってどういうものですか。どんと祭で燃やすのと、どう違うんですか?」

 お焚き上げを大きく分けると、「供養」と「清め」になります。
 たとえば、亡き母親が使っていた杖を供養してから燃やして欲しいという場合は、母親や自分が感謝の思いを充分に伝えたり表現したりできないので、僧侶へ供養の修法を依頼します。
 たとえば、裏切られた彼氏からもらったラブレターを清めてから燃やして欲しいという場合は、自分が安心できるように因縁を解けないので、僧侶へ清めの修法を依頼します。

 また、お焚き上げは、「仏神に関するもの」と「心の整理に関するもの」に分けることもできます。
 古いお守りや位牌などを処分したい場合は、単に捨てるわけにはゆきません。
 結婚することになったからといって、過去におつき合いした異性との思い出の品をゴミ収集車へ任せるわけにはゆきません。

 当山では、そうした皆さんの思いを体して法を結び、処置します。
「モノを大切にする」とは、ただ、ため込むだけではありません。
 大切にしてきたモノであるなら、手放し方にもその心が表れるはずです。
 お焚き上げは、皆さんの尊い思いや切実な願いを確かに仏神へ届ける大切な法務であると考えています。
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2008
09.30

10月の守本尊様

 10月10月8日から11月6日まで)の守本尊様は阿弥陀如来様です



遍處行智力(ヘンショギョウチリキ)』をもって、人々がどのような世界へ行こうとしているかをご覧になり、地獄界などの悪しき世界へ入らぬよう、お導きくださいます。そのお力により、正しく念ずるならば、必ず善き所へ連れて行ってくださるのです。



2008
09.30

10月の真言

 10月守本尊様をご供養しお守りいただきたい時、願いを成就させたいと念じる時、つらい時、悲しい時、淋しい時は、合掌して真言(真実世界の言葉)をお唱えしましょう。
 たとえ一日一回でも、信じて行なえば、ご本尊様へ必ず思いが届きます。
 回数は任意ですが、基本は1・3・7・21・108・1080回となっています。

阿弥陀如来(あ・み・だ・にょ・らい)

「オン アミリタテイセイ カラ ウン」


今月の真言をお聞きになるにはこちらをクリックしてください。音声が流れます

※お聞き頂くには 音楽再生ソフト が必要です。お持ちでない方は、
 こちらから無料でWindows Media Player がダウンロードできます。




2008
09.28

日本の歌 84 ─故郷(ふるさと)─

故郷ふるさと
  作詩:高野辰之 作曲:岡野貞一 大正5年『尋常小学唱歌(六)』掲載

1 兎追いし かの
  小鮒釣りし かの
  夢は 今も めぐりて
  忘れがたき 故郷

2 如何にいます 父母
  恙(ツツガ)なしや 友がき
  雨に 風に つけても
  思い出ずる 故郷

3 志を はたして
  いつの日にか 帰らん
  は 青き 故郷
  水は 清き 故郷


 第一次世界大戦が始まり、ヨーロッパが火の海になっている時、この歌が生まれた。
 日本人の幸いはによってもたらされ、それは四方の海によって守られている。
 田舎に住もうと都会に住もうと変わりはない。
 いのちあるものとして、に恵まれた地に生まれたことのありがたさを忘れてはならない。
 世界中から青きがなくなり、清きがなくなりつつある。
 天候は荒れ、食物は減り、生きものたちは絶滅しつつある。
 人々は、やっと、樹神を殺し水神を殺しつつ進めた文明の危うさに気づき、立ち止まりかけている。
 
 に恵まれた故郷は、そうした田舎に生まれた人だけの故郷ではない。
 日本に生まれたすべての人にとって、そして、日本に住むすべての人々にとって、いのちと心の故郷である。
 何としても唄い継ぎたい。
 何としても祈り続けたい。
「山は 青き 故郷 水は 清き 故郷」
2008
09.27

10月の俳句

 10月は神無月です。
 俳人で信徒総代でもある鈴木悦子さん(仙台市太白区在住)の句です。
 鈴木さんは、機関誌『法楽』と新聞『法楽かわら版』へ何年にもわたって投稿しておられます。(掲載が月遅れになる場合があります)

稲の穂や午後より雲のひろごりぬ


 立秋が過ぎて黄金色になった稲を刈り取る頃は天候が変わりやすい。「女心と秋の空」である。「ひろごる」には「広がる」よりも深く、重い感じがある。徐々に雲が空に占める面積を広げて行く経過と、抗(あらが)えないその結果に沈黙している作者の心がこめられた。

稲妻や山に浮き出すテレビ塔


 雷雲は真昼を一気に夕暮れに変えてしまう。生きものたちは、ただ、息を潜めているしかない。ピカッと光った稲妻に、高さ数十メートルもあるテレビ塔だけが一瞬、浮き上がって見える。続いて襲ってくる雷鳴の下は再び薄暮である。

雲去りて狐の嫁入りしぐれ雨


 雲が薄れて晴れ間がのぞいたと思ったら、意外にも雨粒が落ちてくるので驚く。陽光の中で降る雨を「狐の嫁入り」と称するのは、野原に嫁入り時の提灯のように点々と見える火の玉が〈あり得ない〉と思わせることに通じているからだろう。

かにかくも壺に野の草無月かな


与謝野晶子の「かにかくも君は君のみ知る世界われはわれのみ見つる日を待つ」で有名な「かにかくも」は、何がどうであってもという意味である。仲秋の名月は雲で見えない(無月(むげつ)という)が、とにかくき、ちんと節に応じたふるまいをする姿勢が詠われた。

無月なりそれでも少し歩きたし


 明月は雲の向こうにあっても、そぞろ歩きをしないではいられない。仲秋の夜は、人を家に閉じこめておかない。

風呂敷の結び目固し秋しぐれ


 風呂敷を持って友人宅を訪ねる。おみやげを渡そうと思って風呂敷を解こうとするが結び目が固くてちょっと手間取る。「ああ、さっきのしぐれで湿ったのか」と、季節を感じた。そんなストーリーを想わせる。

膨れ来しジーパの膝秋しぐれ

 時雨に遭ったジーパンはゴワゴワになり、膝のあたりが引っかかる。急にやってくる雨は防ぎようがない。

寂しさは穂のなき芒風の中


 穂がないススキは、秋の寂しさをいや増す。吹き渡る風は、冬の到来が遠くないことを告げている。

一尾買ふときは美味し秋刀魚かな


 秋刀魚ほど秋を教える魚はない。たとえ何人で食事をしようが、その味わいを楽しめるのは個人だけである。独り住まいの気楽さは、秋刀魚の美味しさを満喫する喜びをいっそう際だたせる。もはや「庶民の味」とは言えなくなりつつあるだけに、一尾の価値は大きい。

一日を終えし寧しさに虫しぐれ


「寧(ヤス)しい」は、安らかな様子だが、「安」よりも深々としている。「悠」と通じているのがその証拠だ。ミレーの代表作「落ち葉拾い」を思い出せば良い。感謝や憩いや充足があり、そのベースは大いなるものへの畏敬である。虫しぐれの天地が作者を包んでくれている。

2008
09.26

ほめる 7

 かつてO小学校で行われていた校長先生と児童との手紙「ほめほめ便り」による交流をまとめた『ほめほめ集』からの抜粋です。
 このページを作るのが大変だろうと、篤信の方がわざわざメールで送ってくださいました。
 頭が下がります。
 勉強会などを通じて、ご縁の方々へご紹介しており、寺子屋の指針にさせていただきたいと願ってもいます。

三年 K・K

 この間、朝会のとき、校長先生がお話ししてくださった「『校長先生、ごくろうさん』のことばで、つかれがふきとんだ。」という話が、わたしは いちばんすきです。
 わたしは、あの、校長先生に声をかけた人を、みならいたいと思います。
 また、ほめてあげたいです。
 それから、校長先生が、ずっと前にお話ししてくださった「けいこうとうの話」もよくおぼえています。
 わたしは「けいこうとう」にならないように、がんばりたいと思います。
                 ◆
久美子さん、
四かい目のほめほめですね。久美子さんが、いつも、きれいな字を書いてくれるので、校長先生はうれしいよ。
「校長先生ごくろうさん」のお話をよくおぼえていてくれましたね。
 あれは、運動場をなおしているときのことでしたね。
 朝会の時に、あのお話をしてから、校長先生がお仕事をしていると、たくさんのお友だちが「校長先生ごくろうさーん。」と、言ってくれて、お返事をするのがいそがしいくらいです。
 そしてときどき、「こんなに言ってくりゃあ、やりがいがあるのう。」といったりしています。
 あいさつは、「おはよう」や「さようなら」だけではありませんね。
「ごくろうさま」「おつかれさま」「たいへんですね」など、いろいろなごあいさつのできる子どもになってほしいのが、校長先生のねがいです。
 がんばってくださいね。
 けいこうとうのお話も おぼえていてくれてうれしいよ。


「ごくろうさま」という感謝いたわりの言葉が相手を和ませ励ます大きな力になることを知り、言葉をかけるへ人も、かけられる人へも好感や親近感を持つようになるのはすばらしいことです。
 その嬉しさは、気づかないうちに自分もそのどちらかになりたいという願いを生じさせ、やがて行動が起こり、人格が高まります。
 しかも、こうした心の動きが「ほめほめ」を通じて習慣化されるとは、何と理想的な教育環境なのかと、あらためて脱帽する思いです。
「けいこうとう」の話とは何でしょうか。
        ◆     ◆     ◆

三年 S・E

 わたしが帰るとき、三年生のげたばこのゆかに、すなが、たくさんちっていました。
 それで、ほうきを持ってきて、はいていたら、どこかのおばさんが、いっしょに手伝ってくださいました。
 そこへ、市原先生が、とおりかかって、「いいことしとるね。」といってくださいました。
 わたしも、気もちがよかったけれど、おばさんも、気もちがよかったんじゃないかなと思いました。
                ◆
繁子さん、
 はじめてのほめほめのように思いますが、どうでしょうか。
 校長先生のほめほめのなかまが、また一人ふえたのでうれしいです。
 きょうのほめほめは、三年生のくつばこのおいてある、ゆかの おそうじをしたという、おたよりでしたね。
 おとうばんでなくて、自分からすすんでやってくれたようですね。
 近ごろは、運動場がこおるので、ひるま、あたたかくなると、土がやわらかくなって、土やすなが、くつばこのところのゆかに、たくさん落ちてこまります。
 それを、繁子さんが、きれいにしてくれたんだね。
 おむかえにこられた、しらないおばさんも、手伝ってくださったのよね。
 よかったね。
 市原先生もほめてくださったのよね。
 かみさまも「よい気もち」のごほうびをくださったと思うよ。
「ごくろうさま。」校長先生も おれいをいいます。


 講演会で「ほめほめ」を紹介したところ、「『誰かに褒めてもらえるからやる』という習慣になる虞れはないんでしょうか?」とのご質問をいただきました。
 確かにそうした危惧はあるはずですが、子供たちの年齢を考えると、今はまず、善行が誰かに認められ、褒められることによって嬉しい気持になるという体験を通じて善行の価値を知り、自分から善行実践する人間になるように導くことが最も大切なのでしょう。
 それは、「お天道様が見ているよ」と言って善行を勧め、悪行を止めることと似ています。

 漢の時代、夜中に訪ねてきた王密(オウミツ)が「誰も知りません」と言って黄金の賄賂を渡そうとしたおり、主の楊震(ヨウシン)は「天が知っている。神も知っている。私も知っている。君も知っていりではないか。なぜ、誰も知らないなどと言えるのかね」と諭して断りました。
天知る神知る我知る子知る」の故事です。
 こうした境地になれば理想的ですが、一足飛びでは無理です。
 もちろん、一生かかっても手前で挫折する人はたくさんいて、贈収賄事件は後を絶ちません。
 まず、自他の善行を喜ぶ体験から確実に階段を登り、楊震さんの高みまで達したいものです。
2008
09.25

NHK文化講座「生活と仏法」講義録 19 ―清らかで正しい生活―

 9月24日の講座で学んだ『法句経』の経文です。

清浄な修行をせず、蓄えがないならば、魚のいない池のそばで餌を求める年老い白鷺のようになるであろう


 釈尊は、老い行く人間の様子をあからさまに示し、修行へ入る決心をするよう導かれました。
 この一句も印象的な説法です。

 私たちは、いのちに煩悩という穢れをまとった状態でこの世に生まれます。
 言い方を変えるならば、前世において穢れを洗い流さなかったがゆえに、この苦界に生まれてきたのです。
 いかなる生き方をしようと、煩悩を放ったままで老い、死を迎えるならば、み仏のいのちの大海からこの世へ修行にやってきた甲斐がありません。
 大富豪になろうと、ホームレスになろうと、〈迷い自他を傷つける存在〉であるという根本的なありように変わりはないからです。
 だから、釈尊は、生涯にわたって説法を続け、煩悩を脱するための正しい修行を勧められました。
 何しろ体験の裏打ちがあるので、とても説得力があります。
 数多くの人々がその謦咳(ケイガイ)に接するだけで救われたのではないでしょうか。
(謦は軽い咳ばらい、咳は重い咳ばらいです。「謦咳に接する」とは、偉い人や目上の人に直接会えることに恐縮し、尊敬とありがたさを込めて表現するものです)
 
 あっという間に年老いてしまうので、一日も早く自らを清める正しい修行を始めると同時に、自分で自分のいのちをつなげるよう、正命(ショウミョウ)に勤めねばなりません。
 正命とは、出家修行者にとっては営利活動を行わず規則正しい生活を続けることを意味し、娑婆で生きる人にとっては正しい生業(ナリワイ)に従事し、それを成功させるために規則正しい生活をすることを意味します。
 自らのいのちの養い方を正しくせねば、生きた結果が出始める晩年になり、老いて飛べなくなった鳥がいつまでも魚のいない池のそばで空しくウロウロするしかないのと同じ境遇に陥る可能性があります。
 なお、出家修行者である僧侶は自分のいのちをみ仏へお預けしているので、自分のための蓄えは不要です。
 まっとうに修行をしている者をみ仏が生かしてくださらないはずはありません。
 もしも生きられなくなったなら、修行が足りないか、あるいはこの世における役割の終了が告げられたか、どちらかです。

 心を清める修行をして心の基礎固めをし、正命に励んで肉体を養うための基礎固めをしつつ生きるならば、やがてやってくる老いを恐れる必要はありません。
 老後を国へ頼ることができなくなりつつある私たちにとって、とても身近な教えと言えましょう。
2008
09.24

【現代の偉人伝】第66話 ─広田弘毅─

現代の偉人伝~隣にいる英雄たち~とは

アレキサンダー大王、ジンギスカン、ナポレオン、織田信長・・・戦争が生んだ、偉人とされる人々・・・。それよりも、自らを他人のために投げ打って、人や命を助けた人々の生き様こそ、学ぶべきではないでしょうか? あなたの身近にいる偉人を紹介してください!当山では、身近な人々の善行に関する情報を集めています。

>詳しくはこちらをご覧ください。


 
 

本当の自分ってどういうものですか?」
本当の自分ってどうすれば見つかるんでしょう?」
 若い方々と話をすると、しばしば、こうした質問をいただきます。

 釈尊の最後の説として有名なものがあります。

「この世で 自らを島とし 自らをよりどころとして 他の人をよりどころとせず を島とし よりどころとして 他のものをよりどころとせずにあれ」


 釈尊は「自分自身との二つしか真のよりどころはないのだから、他のものにすがろうとしてはならない」と説かれました。
(この場合の島とは、「取り付く島もない」と言う場合の島、つまり、困った時に頼りとなり、助けとなるもののことです)
 を学び、修行して真の自分をつかむ意外、迷いを脱し、苦を克服する方はありません。
 法とは普遍の真理であり、「自ら」とは執着の対象となる我(ガ…本当はありもしない小さな自分)を超えた大我(タイガ)です。
 真理を求める姿勢を忘れず、それぞれの人生の中で人間性を高める努力を続けることが「本当の自分」を生きる唯一の方法なのです。
 この教えは「エゴを捨てないと救われない」と読むこともできそうです。

 では、本当の自分よりどころとした生き方とはどのようなものでしょうか。

 東京裁判で死刑を宣告された被告の中でたった一人、文官だった広田弘毅を考えてみましょう。
 
 昭和8年、外務大臣になった彼は、国際社会で孤立してはならないとの信念から「協和外交」を推進し、昭和10年、中国を我がものにしようとする西洋列国に先んじて中国公使を大使に昇格させました。
 中国国民政府行政院長汪兆銘(オウチョウメイ)は「これで両国は東亜の大道を手をとって歩ける」と喜びました。
 西洋列国の脅威に悩んでいた中国は、日中両国が共に進めば、中国も日本もアジアも守られると歓迎したのです。
 彼も、国会で「自分の在任中に戦争は断じてない」と断言しています。
 その後、首相となり、再び外相となった昭和12年、日中戦争が起こりました。
 彼は近衛文麿内閣の外相として幾度となく停戦協定を結ぼうと努力しましたが、中国は頑強に拒み続け、昭和13年、彼は辞任して外交の第一線から退きました。

 やがて日本は太平洋戦争に敗れ、彼はソ連やアメリカとの戦争を企てたという容疑で占領軍に逮捕されます。
 占領軍の検事は、誰をいくら調べても戦争をしようと計画した者は見つからないので、彼が仕組んだに違いないと考えたのです。
 もちろん容疑は事実無根であり、不当な死刑宣告を受けた彼の助命を嘆願する署名は10万人を超えました。
 占領軍の厳しい管理下で10万人以上の人々が勇気をもって署名したことは特筆せねばなりません。
 しかし彼は、戦争を止められなかった責任は自分にもあると考え、証言台で一度も自己弁護することなく、昭和23年、絞首刑になりました。

 それから60年の月日が流れました。
 今や東京裁判が不当なものであったことは世界的認識となり、彼の平和への信念と潔い姿勢は私たちを導く灯火としてますます強い光を放っています。
 なお、死刑宣告を受けた人々の中で、彼だけは辞世の句を残していません。
2008
09.23

今日は彼岸供養会です

 今年も「時」が来て、彼岸花が咲きました。
 一輪の小さな花すら、自然の摂理がもたらすかけがえのない宝ものです。
 人間も同じです。
 このことを前にして気持をまっすぐにすると、心に畏れが生じます。
 大いなるものに畏れを離れて謙虚になりましょう。
 そうすれば、きっと、この世から恐ろしいできごとは減るはずです。

〈あらゆるものが教えを告げています。メッセージを聴きましょう〉
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2008
09.22

日本の歌83 ─冬の星座─

83 冬の星座
  作詞:へイス ウィリアム シェイクスピア(訳詞:堀内敬三) 作曲:へイス ウィリアム シェイクスピア
  昭和22年 文部省編集中学校教科書へ掲載

1 木枯らし 途絶えて 冴ゆる空より
  地上に降りしく 奇(クス)しき光よ
  もの皆憩える しじまの中に
  きらめき揺れつつ 星座は巡る
2 ほのぼの明かりて 流るる銀河
  オリオン舞い立ち スバルはさざめく
  無窮を指差す 北斗の針と
  きらめき揺れつつ 星座は巡る


 敗戦直後、占領軍の厳しい検閲の下で作られた教科書に掲載された歌である。
 合唱曲として唄われた時、とりわけ清浄な気配を感じた記憶がある。

 そもそもこの歌は1871年にアメリカで発表されて大ヒットした『Mollie Darling(Molly Darling)』であり、アメリカ人で知らぬ人はいないそうである。
 日本では、『他郷の月』と名付けた中村秋香(アキカ)の訳詞で唄われていた。
 氏は、宮内庁御歌所寄人も務めた国文学者である。

他郷の月

1 よくと喜ぶ 父母の君
  あれ姉上と 駆け来る妹
  恋しき我が家に 嬉しや今
  帰ると見しや 夢なりけり
2 宵の時雨は 跡なく晴れて
  傾く月に 雁鳴き渡る
  哀れあの雁も 悲しや今
  別れて来しや その故郷


 さて、そもそもの『Mollie Darling(Molly Darling)』である。

1 Won't you tell me Mollie darling,
  That you love none else but me?
  For I love you Mollie darling,
  You are all the world to me.
  O! tell me, darling, that you love me,
  Put your little hand in mine,
  Take my heart, sweet Mollie darling,
  Say that you will give me thine.
  (ここから繰り返す)
  Mollie, fairest, sweetest, dearest,
  Look up, darling, tell me this;
  Do you love me, Mollie darling?
  Let your answer be a kiss.
2 Stars are smilling, Mollie darling,
  Thro' the mystic vail of night;
  They seem laughing, Mollie darling,
  While fair Luna hides her light;
  O! no one listens but the flowers,
  While they hang their heads in shame.
  They are modest, Mollie darling,
  When they hear me call your name.
  (ここから繰り返す)
  Mollie, fairest, sweetest, dearest,
  Look up, darling, tell me this;
  Do you love me, Mollie darling?
  Let your answer be a kiss.  
3 I must leave you, Mollie darling,
  Tho' the parting gives me pain;
  When the stars shine, Mollie darling,
  I will meet you here again.
  O! goodnight, Mollie, goodbye, loved one,
  Happy may you ever be,
  When you're dreaming, Mollie darling,
  Don't forget to dream of me.
  (ここから繰り返す)
  Mollie, fairest, sweetest, dearest,
  Look up, darling, tell me this;
  Do you love me, Mollie darling?
  Let your answer be a kiss.


「君は僕のすべてである」「キスで僕の思いに応えてくれ」という典型的な求愛の歌(ラブソング)である。
 なぜ、この歌がいきなり子供向けの教科書に載せられたのか?
 占領軍の日本弱体化政策における三本柱の一本である「性の解放」を感じるのは深読みなのだろうか。
 きっと、堀内敬三は子供たちの健全育成を願って賛美歌風に書いたのだろう。
 中村秋香の訳詞も大きな影響を与えたに違いない。
 子供たちを守り、日本を守ろうとした先人たちの心にあらためて感謝したい。
2008
09.20

例祭が終わりました

 狭い本堂いっぱいに善男善女が集まり、無事、例祭を終えました。
 今日は隠形流行者のMさんがカメラマンを務め、また、新しい感覚の作品を納めていただきました。
 最近は、どうも、幻想的なものが多くなったようです。

〈「大火炎の中に住したもう」という経文が聞こえそうです〉
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〈敬虔な方〉
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〈きっと、魔切りの法を結んだ瞬間でしょう〉
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 ところで、今朝、お盆とお彼岸の違いについて問われ、お答えしたところ、突然、以下のコピーをいただきました。
風の盆ですね」と申し上げたら、黙って頷かれました。
 護摩法では、火の中に降りてくださるご本尊様と一体になって即身成仏を行いますが、富山県八尾町の「風の盆」では、踊り手が空気の中に溶けこんで即身成仏を行うのでしょうか。
 物見遊山の許されない行者であっても、、「おわら風の盆」は、ぜひ、行ってみたいものです。

火のおどり              小坂 太郎

茄子色の幕が下りて
囃子8ハヤシ)を奏でる人影は
すでに地の底に消え
笛太鼓の響きだけが とんとんとん かんかんかん
とんとん かんかんかん

霧に誘われるままに
北の盆踊りの振りは
さらに内へ内へ内へ
夜の貌(カオ)に入り込んで

黒い頭巾をかぶれば
顔は消え明日(アシタ)も消え
妖しくも白い指先に
手繰(タグ)り寄せられて……

はるかな精霊たちが
うつせみのからだの中を
踊りながら 次々に
通り抜けていくのだ

穂は孕(ハラ)み 草が唄い
川は哭(ナ)き 樹が語り
石は笑い 人が結ぶ
千古の星空と大地を とんとんとん かんかんかん
とんとん かんかんかん


2008
09.20

ご本尊様へ彩色しました

 お焚きあげ本尊不動明王様へ彩色を施しました。
 いっそう迫力のあるお姿になりました。
 寺院サービスさんがたくさんの資料を集めて研究し、職人さんが何日も何日もかかって仕上げてくださいました。
 本当にありがたいことです。
 28日の供養会ではしっかり祈りましょう。

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2008
09.20

不邪淫戒と僧侶 ─梅原猛氏が提起した問題─

 梅原猛氏がこんな指摘をしておられます。

 今の坊さんは、仏教は「仏になる」ことだということを、はっきりと語れない。それは、坊さんが道徳についてあまり語らないこととつながってるんです。なぜなら、自分が仏教の道徳をきちんと守っているという自信がないからです。


 東南アジアに行きますと、タイなどでは小乗仏教の国ですから、戒律が厳しいです。坊さんは妻をめとらない厳しい生活をしている。だからこそ、人々に坊さんを尊敬するという空気があるわけです。ところが現在の日本では、そういう戒律が守られていない。それが坊さんが道徳を説かない原因の一つになっていると思います。


 大変厳しい指摘であると言わざるを得ません。
 僧侶たちは皆、我が身をふり返ってみる必要があるでしょう。
 ただし、梅原氏が道徳の根拠として十善戒を挙げている点は理解できますが、その戒律の代表として不邪淫戒のみを問題視し、妻帯を破戒と判断しておられる点は納得できません。
 確かに釈尊の時代は、精舎や山林で修行する出家修行者にとって異性との交流は最も修行の妨げになり、釈尊は「見る」ことすら禁じておられます。
 托鉢に歩けば異性が目に入るのは当然ですが、「見えた」だけなら一の矢を受けただけで何ということもありません。
 しかし、そこで心が動いて「見る」心が起これば二の矢を受けたことになり、破戒であるとされました。
 それほど厳しく不邪淫戒を守るよう指導されました。
 これをそのまま当てはめれば「生涯不犯」以外、僧侶の資格はないことになります。
 不邪淫戒はそのように理解すべきでしょうか。

 現代に生きる私たちがこの戒律をどう考えるべきかという問題を解くカギは、大乗仏教の精神にあります。
 大乗とは「大きな乗り物」であり、無限の大きさがある船に乗って悟りの世界へ向かう資格があるのは、人間はもちろん、あらゆる生きとし生けるものです。
 ただし、人間以外の生きものたちは自然の摂理に則って生きているだけなので、自分の意志で乗るか乗らないかを決められるのは人間だけです。
 人間とは当然、あらゆる人々であり、出家者と在家者の区別はありません。
 出家修行者だけがどんどん先へ行き、娑婆で四苦八苦する人々は取り残されるなど、あってはならないことです。
 一方、いかなる性行為もすべて悟りへ向かうための障害になるならば、不犯の出家者以外は船に乗れず、大乗仏教の理想郷が実現されるためには人類が絶滅するしか方法がなくなります。
 み仏が、人間以外の生きものたちだけが生き残ることを願われるはずはないので、性行為そのものに正不正はなく、「正しく行われて悟りへの障害にならないもの」と「不正に行われて悟りへの障害になるもの」との二種類があることになります。
 実際、邪淫は「よこしま」の「邪」と、「ふける」の「淫」から成っており、原語もそうした意味を含むとされています。

 たとえば、聖徳太子が尊んだ『維摩経(ユイマキョウ)』の主人公である維摩居士などは、正しく行った典型的な例です。
 経典には、妻も子もある在家の大富豪でありながら深い悟りを得、文殊菩薩などと対等のやりとりをする維摩居士の姿が活き活きと描かれています。
 もちろん彼にも異性に接しない厳しい修行の期間があったからこそ悟りを開かれたに相違ありませんが、彼は悟りを娑婆にあって生かし、世の指導者たちから酒場で盛り上がる飲んべえまで、あらゆる人々を感化しました。
 きっと、彼はよこしまな性行為を行わず、性行為にふけって道を忘れることもなかったのでしょう。

 それでは、よこしまなものとはどういうものでしょうか。
 すぐに考えられるのは近親相姦、そして不倫です。
 暴行やドメスティックバイオレンスを伴うものもそうです。
 最近は若年者との違法な性行為が多発しており、残念です。
 異性と接しない修行に入っている行者の行うもの、そうした行者を相手にするものも、当然許されません。
 ほとんどの宗教は同性を相手にするものを禁じていますが、人間が生まれながらにして持っている性向の多様性が科学によって解明されつつある現代においては、柔軟な判断が求められます。
 み仏が祀られている場所や学校や職場(かつてクリントン大統領を思い出します)、あるいは公衆の面前で行うものも、よこしまと言うべきです。

 こうしたよこしまさがなく、「ふける」ことによって本分を見失うことのない適切な性行為は邪淫に当たらないと考えられます。

 ただし出家修行者にとってのこの戒律には、そうした一般論だけでは済まない面があります。
 次回に書きましょう。
2008
09.19

日本の歌82 ─冬景色─

冬景色
  作詞:不明 作曲:不明 大正2年『尋常小学唱歌 第五学年用』

1 さ霧消ゆる湊江(ミナトエ)の
  舟に白し、朝の霜。
  ただ水鳥の声はして
  いまだ覚めず、岸の家。
2 烏啼(ナ)きて木に高く、
  人は畑(ハタ)に麦を踏む。
  げに小春日ののどけしや。
  かへり咲(ザキ)の花も見ゆ。
3 嵐吹きて雲は落ち、
  時雨(シグレ)降りて日は暮れぬ。
  若(モ)し灯火(トモシビ)の漏れ来(コ)ずば、
  それと分かじ、野辺(のべ)の里。


 何歳の時にこの歌を覚えたのかは判らないが、〈大人の歌〉を聴いたという印象は残っている。
 そして、密かに心の居住まいを正して唄ったものである。
 歌詞を読み旋律が頭に流れるとこうした記憶がよみがえるのは不思議なものだ。
 あらためて一字一句を追ってみて驚いた。
「こうしたレベルのものが幼い少年に与えられていたのか」
 文語体だからというのではなく、詩人の目に映った光景が読む者に必ず通じるであろう言葉の選択の的確さと、リズムを崩さない組み立ての見事さに圧倒される思いである。

 1番を読んでみよう。

「さ霧」とは、空間を濃い密度で塞いでしまう重い霧ではなく、生じては消えて行く動きのある霧であろう。
 入り江に繋がれた一艘の船が消えかかる朝霧の中から姿を現した。
 ブルッとする思いでよく見ると、霜でまっ白になっている。
 早起きの水鳥はもう鳴き始めたが、岸辺の家は静まりかえったままである。
 20世紀の田舎を描き続けた向井潤吉の魂が乗り移ったような詩ではないか。

 2番を読んでみよう。

 麦踏みの時期は12月から2月頃が一般的である。
 小春は旧暦の10月で、新暦では11月から12月頃である。
 また、「かへり咲」は「返り咲き」であり、晩秋から初冬の頃、寒さが和らぎ、まるで春が戻ってきたかのような小春日和に、春に咲いた花がふたたび咲くことである。
 歴史が高木を育てた田園地帯の昼、カラスの声がのどかに聞こえる。
 思いがけぬ暖かさに汗ばみながら麦を踏む農夫、そして季節はずれの花々。
 欠けたものの何一つとてない田園の光景である。

 3番を読んでみよう。

 夕刻になって急に天候が変わり、嵐となった。
 垂れ下がってくる黒い雲は時雨をもたらし、夜のとばりはすべてを包み込む。
 遠くに小さなランプの明かりが見えなければ、人家があるとは思えないほど山里は深い。

 さて、曲も秀逸である。
 まるで二種類の階段を交互に登り降りさせられるかのような趣がある。
「さ霧」でドミソと急な階段を登り、「消ゆる」でソファミと緩やかな階段を降りる。
「湊江の」では、「とえの」のところでレシソと急な階段を降りる。
「舟に白し」ではソシレで急な階段を登り、ミレドと緩やかな階段を降りる。
「朝の霜」は緩やかな階段だけである。
「ただ」で大きく飛んだ後は、「水鳥の」のドレミファソ、そして、「声はして」のラソファミレと緩やかな階段を登り、降りる。
「いまだ」から「覚めず」へ飛び、「岸の家」は「朝の霜」と同じ緩やかな階段で終わりとなる。
 奇をてらうところも、自己主張しようとするところもなく、ただ、詩の邪魔をしないだけである。
 この品位は形容のしようがない。

 煩悩や感覚的刺激に訴えるのではなく、魂が自然に共振を始める上質の歌を与えられていた時代の子供たちは、幸せ者だったと言えるのではないか。
 子供の心を考え、国家社会を考え、文化の粋を極めた歌のみが与えられていた夢のような時代は、もう、永遠に失われた。
 自由の観念が王となって現代人を支配し、気ままに振るう諸刃の剣を制御できるものはない。
 人間が人間たる証である霊性は、どんどん、厚い雲に覆われつつある。

 最近、天保時代を研究している高任和夫氏に問われた。
「あの前後は、地震や火山の噴火や洪水や冷害などの天変地妖が起こり、飢饉への無策に抗議する『打ち壊し』やその弾圧騒動などで社会が不穏だった時代だけれども、文化のレベルは高かった。
 浮世絵・川柳・歌舞伎など、250年経った今に残っているものも多く、そうそうたる一流の文化人たちが輩出した。
 ところで、俺たちの時代に創られて250年後に残っているものって何が挙げられる?
 せいぜい宮崎駿のアニメというところだろうか」
 急に背中が寒くなった。
 この時代の一番の危機は、便利な道具を作り、うまく、気ままに生きることにのみ熱心で、文化を創造する底力がなくなったというところにあるのではないだろうか。
 こうした状況は30年や50年でもたらされたものではなく、もっと根が深いに違いない。
 日本が〈生き直し〉、立ち上がるために必要なのは、やはり、霊性の復活だろう。
2008
09.17

生前戒名の功徳 ─トンボになったお義母(カア)さん─

 嫁ぎ先の両親と折り合いのつかないAさんは悩みつつ、5年前に義母を送りました。
 現在は夫と義父との三人暮らしですが、義父は自分の部屋で自立した生活を送っており、もともと話し下手を自認しているAさんは、普段、義父とあまり口をききません。

 若い頃から田畑になじんできた義父は野菜を作るのが得意、キュウリやトマトなどを収穫しては台所のザルへいれておいてくれるので助かります。
 最近、草むしりをしていて気づきました。
 高いところにあるキュウリ数本が収穫されないまま、ぶらさがっています。
「ああ、お義父さんは、もう高齢で手が届かないんだ」
 手頃な台を探してもぎとり、黙って義父の部屋の冷蔵庫へ入れたら、心に一陣の風が吹いたようでさっぱりしました。

 台所へ戻ると、オニヤンマが一匹、イスの上にとまっています。
 オニヤンマは年に数度来訪しますが、いつも風と一緒にブーンとやってきては、すぐに風に乗っていなくなります。
 もちろん、家の中でどこかへとまったことなどありません。
 よく見ると羽が一枚破損しています。
「ああ、ケガをしているのか」
 憐れに思って近づいても逃げる気配がありません。
 すると、偶然、目が合いました。
 もちろんトンボは複眼ですから、いわゆる見合といった形はあり得ませんが、驚くほど美しい瑠璃色の目は、明らかにこちらを凝視しています。
「貴方は何を言いたいの?」

 数秒後、ケガをしているのが信じられないほどの元気さで飛び上がり、窓からでたと思うまもなく二度三度旋回したオニヤンマは、一直線に雲へ溶けこんでしまいました。
 高く高く舞い上がった様子は、別世界をめざしているかのようでした。
 あっけにとられたAさんの頭に、やがて、稲妻のようなひらめきが起こりました。
「ああ、お義母さんが、キュウリのお礼にきてくれたんだ」
 止まらない涙と共に合掌していました。
 そして、思いました。
「お義母さんにしてあげられなかった分も、お義父さんを大事にしなくちゃ……」

 因縁解脱を願い、生前戒名を授かってから7日目のできごとでした。
 Aさんは、介護の勉強を始めたそうです。
2008
09.17

声明 ―「四智梵語」について その2―

 以前、修法の初めや終わりに唱えることの多い声明(ショウミョウ)「四智梵語(シチボンゴ)」について、金剛大日如来の徳を讃えるための〈聖なる歌〉と書きました。
 いわば完璧な智慧ともいうべき大日如来法界体性智(ホッカイタイショウチ)は、私たち凡夫には容易に知り得ないものであり、東西南北それぞれをお守りくださる如来様方の智慧として展開している様子を感得できるよう修行します。
 だから、この聖なる歌は4つの智慧を讃える形になっています。

 さて、絶対的な悟りの世界におられる大日如来と迷界にいる私たちが加持(カジ)力によって感応できるのは、私たちの心に大日如来から分けいただいた仏性があるからであり、その核を具体化したのが金剛薩埵(コンゴウサッタ)というみ仏です。
 このみ仏が誰の心にも住んでおられるために、私たちは迷いの世界にいながら悟りの世界に触れられ、あるいは入る体験ができます。
四智梵語(シチボンゴ)」は金剛薩埵(コンゴウサッタ)を讃えるものでもあり、そこのところが示された佳い和訳を書いておきます。

金剛(トワ)の薩埵(ヒジリ)に 摂受(マモ)られて
つきぬ宝の 平等性(ヒトシサ)は
み法(ノリ)の歌詠(サケビ) 聖(キヨ)らかに
すくいの事業(ミチ)ぞ かぎりなし


 何度読んでもどこか不思議で、無限の奥行を感じます。
 根本仏大日如来へ呼びかける行者の思いは、自分の胸を通って絶対の世界へ響いて行きます。

 この聖なる歌は、直接的には、如来様方を供養する菩薩様方のおはたらきを示しています。
 それは、金剛喜菩薩、金剛鬘菩薩、金剛歌菩薩、金剛舞菩薩です。
 金剛とは不壊を象徴するものであり、もう一度、4つの行をそれぞれ読んでみると、「ああ、そうか」と解ります。

 一行目には、煩悩に惑わされながらも人間としての道を失わないで生きられる「不壊の喜び」があります。
 二行目には、いかなる泥からも等しく清浄に咲く蓮華のような「不壊の華鬘(ケマン…花飾り)」があります。
 三行目には、真情が流れ出す「不壊の歌」があります。
 四行目には、真情が動きとなる「不壊の舞」があります。

 前讃(ゼンサン)と称して最初に唱えるお経は、実に神秘的なものです。
 お聴きくださる善男善女へこの雰囲気が伝わっていればありがたいのですが………。
2008
09.14

第一例祭の写真です

 今回の護摩供養会の写真は、Hさんが携帯電話で撮られました。

〈まさに三角火輪です〉
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〈皆さんの善願仏界へと届きます〉
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にご本尊様が住しておられます〉
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清浄行者です〉
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2008
09.13

【現代の偉人伝】第65話 ─北京オリンピック陸上男子400メートルリレー─

現代の偉人伝~隣にいる英雄たち~とは

アレキサンダー大王、ジンギスカン、ナポレオン、織田信長・・・戦争が生んだ、偉人とされる人々・・・。それよりも、自らを他人のために投げ打って、人や命を助けた人々の生き様こそ、学ぶべきではないでしょうか? あなたの身近にいる偉人を紹介してください!当山では、身近な人々の善行に関する情報を集めています。

>詳しくはこちらをご覧ください。


 
 

 そろそろ忘れられかけているに相違ないオリンピックの白眉、陸上男子400メートルリレーについて書き残しておきたい。

 8月22日、北京で行われた同リレー決勝で日本チームは見事、銅メダルに輝いた。
 アメリカやイギリスといった強豪チームが次々とバトンタッチのミスで姿を消す中、日本チームは何度も何度もバトンタッチの練習をくり返し、互いの連帯感と信頼感を高め、悔いのない戦いをしてオリンピック史上初めて男子トラック種目におけるメダル獲得を実現した。
 基本に忠実で地道な努力が、才能や地力に勝るチームに勝利した。
 データに揺るがない信念が、夢を実現させた。
 特に、朝原宣治選手は36歳という短距離選手としては異例ともいえる年齢にもかかわらず、数々の故障に泣いた身体を使い切ってアンカーの役割を果たした。
 10代から天才スプリンターとして鳴らした朝原選手は、おそらく最後の公式試合となるであろう最高の舞台で、「お父さんにメダルをとらせよう」と慕う後輩たちに支えられて輝いた。

 8月23日付の読売新聞へ掲載された塚原直貴、末續慎吾、高平慎二、朝原宣浩、各選手のコメントである。
 なお、これは、スタートからの順番どおりである。

塚原直貴選手
 最高です。
 歴史の立役者の一人になれて良かった。
 僕が動けばすべてが動くと思い、末続さんめがけてぶっ飛んでやりました。
 足の状態が思わしくなかったが、これでつぶれてたまるかと思い、必死に食らいついた。

末續慎吾選手
 日本短距離は通用しないと言われた時期も先輩方は一生懸命に戦ってきた。
 その歴史をつないできて、今日やっと結果にできた。
 感動したし、特別な気持ち。
 五輪はメダルも大事だが、どんな状況でもあきらめない力をくれた。

高平慎二選手
 言葉にならないくらいうれしいです。
 僕はアテネから4年間やってきているが、朝原さんが同じ舞台で走るのも最後かも知れないし、気持ち良く走ってもらえればと思って……良かったです。
 夢はかなうと証明できて良かった。

朝原宣浩選手
 アンカーで重圧もあったけどリラックスできた。
 今まで一緒に走ったすべてのメンバーに感謝したい。
 その積み重ねがメダル
 ラッキーな面もあったけど、十分に世界で戦えることを証明できた。

 オリンピック競技については、ニュースと新聞以外で見聞きすることはなかったが、開催期間中、何度となく映画「ゴッドファーザー」を思い出していた。

 鉄の結束を誇るマフィアのコルレオーネ一家は、ドン・ヴィトー・コルレオーネに率いられ、血で血を洗う抗争をくり返しながら勢力を拡大する。
 もの悲しく、壮絶で、喜びと絶望と癒しとがめまぐるしく入れ替わる映画の中にあって特に印象的なのは、ドン・ヴィトー・コルレオーネを囲む華やかなパーティーで人々が談笑しているのとちょうど同じ時間に、組織のヒットマンが敵対する人物を暗殺するシーンである。
 同じ組織の人々が片方で神の祝福を受け友愛を育んでいる最中、もう片方では修羅となって地獄を現出させている。
 何度も映画館へ足をはこび、原作『ゴッドファーザー伝説』を読んだ松岡正剛氏は、こう語っている。
「晴れた日に雷が鳴り走るというのか、雨の日に花火をあげる男たちもいるというのか、そんな実感だ。
 この実感は結局は、映画『ゴッドファーザー』から受けた観客の多くの印象と通じるのであろう」

 あの時期の中国は、北京などで大がかりな花火を打ち上げている一方、チベットやウィグルなどではどしゃぶりの弾圧を行っていたにちがいない。
 力と運が握手してメダルを得た勝者の歓喜も、全力を尽くして破れた敗者の充足感も、陽の当たる世界のできごとである。
 それは、弾圧された者の慟哭や血をたっぷり吸い込んだ闇の世界と表裏である。
 だからといって、日本チームの快挙はいささかも傷つくものではない。
 ただ、私たちは、表の世界の感動を思い出すならば、同時進行していたに違いない裏の世界の悲惨もまた忘れぬようにしたいと願うだけである。
2008
09.13

畏れのない恐ろしい社会 ─汚染米流通事件─

 今回の(株)三笠フーズなどによる汚染米流通事件については、「とうとう、ここまで来たか」という感があります。
 何ものへ対しても畏れを持たなくなった現代人は、とうとう、主食を担うをすら尊ばなくなりました。
 もちろん、その背景には、人間以外の生きものはもちろん、人間をも尊ばないという心の荒廃があるので、今さら驚くべきことではないのかも知れません。
 何しろ、自分を担いで総理大臣にまで押し上げた国会議員たちが辛い局面にたち至った時、「所詮、政治家は使い捨てですよ」と明言する人物が国政を動かし、労働者の多くが文字どおり「使い捨て」にされて塗炭の苦しみを味わうに至った現在もなお、世論調査によれば、同じ人物へ期待する人々が10パーセント以上いるのです。
 しかも、その明らかに暴走した政治をまったく批判せず、そっくり継承すると主張する議員が総理総裁の座を狙い、一定の人気を博しているのですから言葉もありません。
 官民を問わずあらゆる分野においてはびこっている「我がためには何でも利用する」という恐るべき風潮は、まぎれもなく私たち日本人が作った餓鬼道であり、そこに地獄も現れるのは当然です。
 児童が給食で毒の入ったを喰い、労働を終えて帰宅した父親が毒の入った酒を飲み、女性が毒入りのお菓子を口にしながらおしゃべりをするという光景は、地獄以外の何ものでしょうか。

 当山はかつて、「落書き事件の本質」において、こう書きました。

「畏敬とは畏れ敬うことです。
 その対象となるのは、すべからく、〈大いなるもの〉です。
 私たちを守り育て、時には翻弄する大自然、いかなる能力をもってしてもとらえきれない大宇宙、精神が爛漫たる華となって結晶した文化、文明、時を超えて生き続け、風雪に耐えて残っているもの、悠久なる時の経過が造ったもの、そして、矮小な自分を超えた仏神………。
 聖なるものは霊性を震えさせ、身を慎しませ、心はいつしかひれ伏しています」
「モラルの低下、公共心の欠如が愚かな行為へ走らせたのですが、そうした心の状態は『畏敬の念』が薄れたことによってもたらされました」


 そもそも、は〈自然の恵み〉の最たるものです。
 私たち日本の文化は稲作から始まり、稲作が自然環境も、身体も、心も培い、養ってきました。
 1億4千万年にも亘る農耕の日々なくして、この〈恵み〉なくして、私たちの存在はあり得ませんでした。
 いかに科学が発達したといっても、人間は無から一粒作りだせません。
 〈恵み〉なくして私たちは生きられないのです。
 〈恵み〉である以上、恵む存在があるはずです。
 それが自然であり、宇宙であり、私たちを超えた存在として感じられる仏であり、神です。
 いずれにしても、大いなるものです。
 大いなるものに深く思い至る時、大いなるものを打たれるように感得する時、自然に畏敬の念が生まれます。
 畏れ敬わないではいられなくなります。
 この心こそが宗教の核であり、あらゆる倫理・道徳は宗教を根として芽を出し、文化の花を咲かせます。

 畏敬が人々の心から薄れた時、倫理・道徳の欠如した「我がためには何でも利用する」恥知らずな人々だらけになり、人が人を恐れつつ暮らす荒涼とした社会になります。
 ついこの間までは考えられもしなかった防犯カメラがすさまじい勢いで社会の隅々まで監視しつつある状況は、こうした社会の到来をはっきりと告げています。
 自分の親族、友人、知人を含め、誰が口にするか判らないにもかかわらず、毒入りの流通させて儲けていた人々だけを断罪しても、問題の根本的な解決にはなりません。
 何が日本人から宗教心を奪ったのか、どうすれば宗教心が息を吹き返し、倫理・道徳が再び規範としてはたらく社会になるか、私たちの文化・文明の存続をかけて立ち止まり、熟慮し、考えられる限りの手段を断行せねばなりません。
 シロアリのような我欲に蝕まれた日本は、自壊の瀬戸際に立っています。
2008
09.12

自民党総裁選挙のニュースを観て宮沢賢治の叫びを思い出しました

 突然の連想です。
 宮沢賢治は、農業を背景とした生活をしながら真善美を追求する集団を創ろうとし、「農民芸術の興隆」を書きました。
 そこにはこんな文章があります。

曽(カ)つてわれらの師父たちは乏しいながら可成(カナリ)楽しく生きてゐた
そこには芸術宗教もあった
いまわれらにはただ労働が生存があるばかりである
宗教は疲れ近代科学に置換されしかも科学は冷たく暗い
芸術はいまわれらを離れ然(シカ)もわびしく堕落した
いま宗教芸術家とは真善もしくは美を独占し販(ウ)るものである
われらに贖(アガナ)ふべき力もなく又さるものを必要とせぬ
いまやわれらは新たに正しき道を行きわられの美を創らねばならぬ
芸術をもてあの灰色の労働を燃やせ
ここにはわれら不断の潔(キヨ)く楽しい創造がある
都人(ミヤコビト)よ 来ってわれらに交われ 世界よ 他意なきわれらを容(イ)れよ


「かつては、楽しくはたらき共に喜ぶところに、人生の『まこと』も、仏神につらなる『真実』も、魂を震えさせる『美しきもの』もあった。
 しかし、そうした時代は去った。
 ただ、生きるためにはたらかなければならないだけである。
 科学が宗教に代わったが、科学自体はいのちを支える温かいものでない。
 たくましく生きる現実の『生』から生まれ『生』を喜ばせる芸術はなくなり、堕落した。
 宗教家も芸術家も、『生』から離れた真善美を独占し、商売にするのみである。
 ただ生きねばならぬ私たちは、そうしたものを手にいれることはできず、むろん、必要ともしない。
 今や、私たちは新たな正しい道をみつけ、私たちの魂を震わせる新たな芸術を創造せねばならない。
 真の芸術をもって労働の空しさを消し去れ!
 ここには決してとぎれることのない清らかな創造がある。
 都会に棲む人々よ、自然と共に生きる私たちの生活を生きてみよ、世界よ、ただ真の労働と真の創造に生きる私たちを生かせ」
2008
09.11

NHK文化講座「生活と仏法」講義録 18 ―安心は、他人を傷つけないところに生まれる―

 9月9日の講座で学んだ『法句経』の経文です。

 あらゆるものを害さなければ、生涯、害されない。
 常に、生きとし生けるものへ慈悲を与えれば、敵対する者は現れない。


 因果応報は真実です。
 自分が害されたくなければ、他人や、生きものへ暴力的な行為など傷つけるような行いをしないことです。
 み仏は、そのような生き方をすれば、決して害されずに生涯を送れられると説かれました。
 み仏は真理真実のみをそのお身体としておられるので、言葉に嘘はありません。
 しかし、私たち凡夫には疑問が起こります。
「通り魔などの事故に遭う人に限って、すごく良い人だったりしますよね。
 交通事故の被害者が皆、暴力的な人とは限りません。
 因果応報って本当ですか?」

 たとえば、「現代の偉人伝 第64話」における弘津正二氏を考えてみましょう。
 彼は真剣に人生と向き合い、できる限りの努力を重ね、借りていた大切な本と心血注いだ卒業論文を持って大学へ向かう途中で災難に遭い、落命しました。
 彼には、あれほどの悲劇に見舞われるべきいかなる理由があったのでしょうか。

 確かに、できごとを表面的になぞれば、不運だったとしか言いようがないかも知れません。
 しかし、彼のふるまいを見れば、あれほどの不運すら彼を傷つけていないことが解ります。
 従容として事故を受け容れ、見ず知らずの人々を沈み行く船から救い、悠然と逝ってしまいました。
 私たちの目から見ればこの上ない悲劇も、彼にとっては自分の信念を実践する最高の機会だったのでしょう。
 もう一度、「現代の偉人伝」で紹介した文章をよく読んでみましょう。

 人間は生きる事即ち創造的行為に於いて人間であり自己である。
 即ちその時初めて人間は有限と無限との対立を止揚(シヨウ…高い次元での克服や解決)し統一出来るのである。
 即ち人間は此の行(ギョウ)的人間として初めて神人合一の最も具体的にして且つ力強き生きた人間となるのである。


 仏教に近づいていた彼は、「創造的行為」という言い方で、人間が人間らしく生きる道をつかんでいました。
 それは、有限なる「生」が無限なる「死」との対立を超える道でもあります。
 超えるには実践しかありません。
 すなわち「行的人間」になることが、彼にとって「生とは何か」「死とは何か」「無限を感得できる人間が己の有限性を超えられるのだろうか」といった人生最大の難問への答でした。
 そして、仏法へ近づいていた彼は、生と死がせめぎ合うギリギリのところで、見事、慈悲行を実践しました。
 まさに「行的人間」に成り果てたのです。

 私たちが害されることを厭うのは、叩かれれば痛いからであり、死の恐怖に襲われるからであり、自分の身体やいのちを惜しむからです。
 しかし、彼にはこうした恐れがありませんでした。
 もしかして恐れはあったかも知れませんが、少なくとも、それに行動を縛られはしませんでした。
 彼の身体は物理的に害されようとも、心は害されず、経文のとおり「生涯、害されない」人間になっていました。

 仏法は、本来(クウ)である身体や目に見えるモノをどうこうしようという教えではありません。
 凡夫の迷いの心を、み仏の聖なる心へ高めようとするものです。
 そこで実現されるのは、自己改革といった生やさしいものではありません。
 信じて行えば、弘津正二のような「生き直し」や「生まれ変わり」がもたらされます。

 経典にある「あらゆるものを害さなければ」とは、「害せない心になれば」でありましょう。
 害せない心は蓮華であり、何ものにも害されない心は金剛です。
 それを表したのが胎蔵界と金剛界のマンダラです。
法句経』のような原始経典も、結局は密教に行きつきます。
 信じ、実践し、み仏に成りましょう。
2008
09.10

日本の歌81 ─ふじの山─

ふじの山
  作詞:巌谷小波 作曲:不詳 明治44年『尋常小学校唱歌(二)』に掲載

1 あたまを雲の 上に出し
  四方の山を 見おろして
  かみなりさまを 下に聞く
  富士は日本一の山

2 青空高く そびえ立ち
  からだに雪の 着物着て
  霞のすそを 遠く曳く
  富士は日本一の山


 初めて富士山を見たのがいつだったかは覚えていない。
 戦後生まれの子供たちは、この歌と絵とによって富士山を知り、唄うたびに、なぜか、誇らしさを感じたものである。
 今は、まず、テレビで知るのだろうか。

 とにかく、雲の上に頂上があることは、幼子の想像を絶していた。
 また、なだらかな稜線の美しさは作り物のようで、実際にそうした山があるという現実感はなかった。
「すごい」と「へえー」しかなかった。
 でも「日本一の山」と唄うと、自分が富士山になったつもりになるのかどうかは判らないが、いつしか鎌首が立ち、胸を張っていた。
 そして、決して「世界一の山」とは唄っていないのに、こうした日本一の山がどこかにあるというだけで、何となく日本国も誇らしかった。
 今も子供たちはこうした思いを抱くのだろうか。

 大人になり、飛行機の窓から富士山を斜め下に眺めた時は、孤独な巨人に思えた。
 そして、雲の上に出ている頭は茫漠と広がる涯しない宇宙へ空しい挑戦をしているかのようで、いじらしかった。
 その標高は、チベットの首都ラサとほぼ同じである。
 もちろん季候や風土が富士山とまったく異なるとはいえ、完全防備の日本人が頂上に立って感慨を覚えている時、ラサの人々は普通の格好で日常生活を送っているのだ。

 それでも富士山は、日本人にとって特別な山であることに変わりない。
 葛飾北斎と横山大観はそこを描いた。
 誰しも日常生活は地べたにはいつくばるものであり、仰ぐ富士山は挙がる日の丸と並んで、やはり、日本人にとってかけがえのない何ものかである。
2008
09.09

業(ゴウ)が連れて行く先は? 2

3 生活する環境がどう変わるか

【殺生について】
 栄養価の低いものや食べられない食物との縁が多くなり、病気になった場合は適切な治療や薬に恵まれず、せっかくの寿命をいっぱいに生きにくくなりがちです。

【偸盗(チュウトウ)について】
 冷害や洪水あるいは干魃などの害が大きくて作物に恵まれず、商売をしても利益どころか増える借金に悩まされるようになりがちです。

【邪淫について】
 心が不潔な行為は不潔な環境をもたらし、住まいにまといつく不快感に悩まされるようになりがちです。

【妄語について】
 周囲に嘘つきや猜疑心の強い人たちが集まり、自分が周囲を信用できないだけでなく、自分も信用を得にくい不安な環境になりがちです。

【綺語について】
 自然の運行があてにならず、花の時期に花が咲かず、とんでもない時期に花実が盛んになるといった環境になりがちです。

【悪口について】
 人の心を刺し傷つける言葉は、棘や岩などに囲まれ、心が潤わない環境をもたらしがちです。

【両舌について】
 平坦で安全な土地で生活できなくなり、荒れ地や土砂崩れの心配がある地域で住まねばならなくなりがちです。

【慳貪(ケンドン)について】
 欲しいものが手に入らず、生活にゆとりや豊かさがなく、ぎりぎりの状態で生活せねばならなくなりがちです。

【瞋恚(シンニ)について】
 外へ出た害意が伝染病や害虫などの姿で廻って来たり、他人の争いに巻きこまれたり、強盗やなどに狙われたりしやすくなります。

【邪見について】
 正しく導く人や教えに恵まれず、論理や道理が通用せず、真・善・美と反対の考えや感性や姿勢を持った人に囲まれ、自分も汚れやすくなりがちです。

 いずれの教えも、因果応報の理に則っています。
 ただし、注意せねばならないのは、もしもここに挙げたような状況にあるからといって、その原因を一つに決めて固定した考えを持ってはならないということです。
 たとえば病気になった時、自分では充分な治療を受けていないなあと感じても、その原因を「不殺生戒に反したから」であると決めつけてはなりません。
 こうした胆略的な考え方は思考停止や、責任転嫁などをもたらす可能性があり、その典型が「水子の祟り」や「先祖の因縁」です。
 幅広く考えてみましょう。

因果応報は確かである。
 しかし、与えられた脳細胞を能力いっぱいに使えていない未熟な私たちは、原因と結果を必ずしも結びつけられない。
 原因による結果が出るまでには、無数の縁もある。
 一輪の花が咲くためには、種という原因を励ますどれだけの縁があることだろう。
 水や光や養分に恵まれるだけでなく、人に踏まれないとか、干魃や暴風雨に遭わないなどのことも欠かせない手助けだ。
 その全体を知ることは、仏神ならぬ身にはほぼ不可能である。
 今日の行いが、いつ、どこで、どういう結果を生むのかはなかなか判らない。
 今日生きている自分の生き方が、いつ、どこで、どういうことを行った結果であるかもなかなか判らない。
 でも、今、何をすれば、どんな方向へ進む原因をつくるのかは判る。
 無益な殺生を行えば、周囲から尊いいのちがなくなったということであり、やがては自分も、自分のいのちを養いがたい状況に陥って何の不思議もない。
 周囲のいのちあるものを慈しめば、それは自分のいのちを養うことにプラスであるのは間違いない。
 自分が佳き環境でしっかりいのちをまっとうするため、人々にとって佳き環境を創るため、無益な殺生はせずに生きよう」

因果応報は確かである。
 今、地球上で飢餓に苦しみ、充分な治療を受けられないままにどんどん人が亡くなっている地域があるのには、人間の営みに問題があったせいかも知れない。
 人はや山では生きられるが、砂漠では生きられない。
 生きもののいのちがあるところでなければ生きられないからだ。
 もともと、地球はこんなに砂漠だらけではなかった。
 大昔はだったところが砂漠化したのである。
 文明のありようがその原因の一つであることは確かだ。
 西洋の人々は樹を伐り、小麦を作り、牧畜をし、そうして増える人口との消滅は相互に原因となりつつここまで来た。
 人間は知恵によって自然を支配し世界の王になれると考えて、数千年の間、一直線に文明を進めたが、問題があったのではないか。
 モノや武器を作るのに長けた西洋文明に従うだけで人間は皆、幸せになれるのか?
 地球が砂漠化し、飢餓に苦しみ、充分な治療を受けられないままにどんどん人が亡くなっているだけでなく、今や、物質文明を謳歌している都市生活者も、季候や作物の激変による影響を免れないではいられない。
 の破壊を前提とせず、や自然を尊び、人間を自然の王とせず、生きとし生けるものとの共生をはかる私たち稲作文明の価値を再認識すべきではないか」
2008
09.08

『理趣経(リシュキョウ)』百字偈 7

 理趣経の核ともいうべき「百字偈」についてのまとめとして、理趣経の研究者としては第一人者だった故栂尾祥雲博士の和訳を挙げておきます。
 昭和48年に真言密教和訳経典研究会が出版したものです。

こよなき智慧の         ひじりらは
いましこの世の         つきるまで
つねに救いの          わざをなし
涅槃(ヤスライ)にゆく     こころなし。
般若(メザメ)と方便(テダテ) たぐいなき
加持(メグミ)のちから     てり映えて
この世のまよい         すべてみな
きよけきものと         なりぬべし。
大欲(タイヨク)などの     ちからもて
世のなかきよめ         調えて
この世の涯(ハテ)の      辺際(ハテ)までも
すべてのまよい         つくさなん。
蓮華(ハナ)に深紅(シンク)の いろあるも
泥のけがれに          染まぬごと
けがれに染まぬ         大欲
あらゆるものを         すくいなす。
きよき大欲           あるゆえに
安楽(タノシミ)ありて     富みさかえ
この世のなかに         おもうまま
すくいのねもと         堅むべし。



 み仏の子である私たちは、その本姿を生きるのが、自他共に幸せになるための方法です。
 それは菩薩として大欲に生きることです。
 菩薩とは、み仏から分けいただいたいのちの力である大いなる意欲を、清らかで正しく用いる存在です。

 菩薩は、自分だけが安楽を得ようとはしません。
 菩薩は、智慧と正しい方法とによってすべてを清らかなものに変えます。
 菩薩は、大欲によってすべての迷いを消します。
 菩薩は、大欲によってすべてを救います。
 菩薩は、清浄な大欲があるからこそ、この上ない安心も、真の豊かさも、何ものにも妨げられない自由をも得られるのです。

 身体と心を携え、意欲を持ってこの世へ修行に来た私たちの本当の生き方が説き尽くされているのではないでしょうか。
2008
09.07

第六回、映画「チベット チベット」を観る会が終わりました

 昨日もたくさんの善男善女が来場され、無事、終了しました。
 質疑応答に入ると皆さんから活発な発言があり、とても心強い思いをしました。
 世界中の悲惨に心をくばり、さまざまな救援活動などをされている方は、涙ながらにこの活動が広がることを願われました。
チベットの密教と日本の密教はどう違うのですか?」あるいは、「チベットの現状に関する本を何冊か読みましたが、あまりに内容が専門的で解りにくく、残念です」などの質問やご意見がありました。
 また、現地を知っている方々からの発言も相次ぎました。
「1年前にチベットを訪ね、自然や文化のすばらしさに感動しましたが、今年は入国を拒否されました」
「10年前のチベット視察旅行では、奥地にまで足を伸ばし、水葬や風葬などが行われていた地域も訪ねました。空気も山々も清々しく、美しく、心洗われるすばらしい国でした」
 旅行で〈美しいチベット〉のみを見せられ、懐かしさを抱きつつ来場した皆さんは、あまりにも悲惨な現実を知り、絶句される様子でした。
 
 さて、法話の一つは、言葉文化についての雑感でした。

 私たちは「自分の考え」、「自分の意見」といったものをきちんと持っているつもりですが、よく検証してみるとどれもこれも意外にあいまいであり、人生をしっかり引っぱっているかといえば、あまりあてにはならない場合が少なくありません。
 しかし、ああだこうだと考えた結果ではなく、突然、ポンと、根元的な言葉運命を創る言葉、あるいは考え方が飛び出した経験のある方は少なくないはずです。
 その背景になっているのは、錆びついていない言葉の感覚です。
 江戸時代の人々はそうした言葉の大切さをよく知っていたので、寺子屋では子供たちに「読み書き」をたくさんやらせ、当時、世界で第一級の文化が花開く土台ができました。
 個人的な体験としては、ふと、口から漏れた言葉が未来を暗示し、そのとおりに真実世界が開けたできごとがいくつもあります。
 代表的なのは、『み仏は あなたのそばに』へ書いたエピソードです。

 家庭の事情もあり、迷ったままの東京生活に見切りをつけ、無念の帰郷をする列車のデッキに立っていたところ、突然、前後の脈絡がまったくないままに、口から言葉が漏れ出ました。
文武両道の塾を創ろう」
 心ならずも家業を継ぐことになったがための帰郷であり、まだ、新たな夢を描けるだんかいではありません。
 それどころか、なぜ、考えたこともない内容が意志になり言葉になったのか、皆目、見当がつきませんでした。
 時は移り、事業の失敗ですべてを失い、托鉢を主とする修行に明け暮れていました。
 膨大な伝授書をまとめ、密教剣法隠形流(オンギョウリュウ)居合を創設しようとしていた師僧の手伝いをしていた時のことです。
 突然、師僧から「道場を文武館(モンブカン)と名乗ろうと思う」と言われました。
 その時の衝撃は、とうてい忘れられません。
 以後、今日に至るまで隠形流居合は修行の重要な柱となり、毎週、仙台で「文武館」の道場を開き続け、来年には文武両道寺子屋を始める予定です。

 このできごとについて考えてみると、子供の頃から本に親しみ、武に関心を持ち、文武両方を探求する偉人たちへの興味が深かったことに関係があると思われます。
 いつしか、言葉を大切にしながら文弱に堕せず、武の備えはありながらたやすく武に頼らない毅然とした生きざまが理想的生き方のイメージになっていたのでしょう。
 (もっとも、「文」の深意とは平和時にはたらく霊性の発露であり、「武」の深意とは、非常時にはたらく霊性の発露なので、どちらがどうとも言えないものではありますが)
 失意のどん底で、無意識に考えもしなかった〈志〉が飛び出すとは──、そして、それという意識もないままにそのとおりの運命が創られるとは──。
 いずれにしても、未来を暗示するあの一言は、氷山の一角である言葉と、それを成り立たせている水面下に潜む膨大な氷塊のような文化の蓄積が、全体として一青年の精神にいつしか深くかかわっていたから生まれ出たに相違ありません。

 心の核が言葉となって人生を導き、文化を創り、文化が言葉の内容を豊かにし、時として、真言のように言葉が世界と感応する力さえも持つ。
 こうしたダイナミズムが妨げなくはたらいてこそ人間は自由となり、尊厳が守られるのではないでしょうか。
 このように考えてみると、仏教を理解するために創られたチベット語がチベットから駆逐され、チベット文化の中枢をなす仏教信仰が事実上禁止されている現状の悲惨さに慄然とさせられます。
 中国政府が文化的死を拒否して抵抗する人々を弾圧するといった非人道的な蛮行を一日も早く悔い改めるよう望んでやみません。

 なお、次回は、10月4日(土)午後7時より『仙台青年文化センター』にて上映します。
 ぜひ、お誘い合わせの上、おでかけください。
2008
09.06

生前戒名 ─麗しき大地─

 生前戒名の最後の二文字(法名)に「麗地」と出た方があります。
 麗しき大地とは一風変わった法名だなあと思った翌日、仔細あって古本屋さんへ注文していた高村光太郎の『美に生きる』が届きました。
 高村光太郎の作品を甥である高村規氏が撮影し、北川太一氏が編集したものです。
 
 冒頭に選ばれた文章です。

生命を持たないものは芸術でない。いのちを内に蔵さない作物は過去現在未来に亘(ワタ)って決して芸術であり得ない。その代り、いのちを内に持つものは悉く芸術である。一見芸術を逸脱する如く見えるものもまた結局それが芸術の本道となる。芸術は無限にひろがって究極するところがない。いのちを内に持たないものは、その見かけの如何にかかわらず、必ずあとから消えてなくなる……。

伝統でも、幻想でも、抽象でも、具象でも、どんなものでも存在する権利があり、又存在する理由がある。芸術はその一切を容れてこばまない。ただ容れないのは、いのち無きものだけである。

ところで、同時代は一切を含む。いのちある芸術をも、いのち無き擬体物(ギタイブツ)をも用捨なく包容する。清濁あわせ呑む。いのちなき擬体物は必ずしも無用でない。あやしげな擬体物の騒音や渦巻の中からこそ芸術は生れる。いのちある芸術も一人で忽然(コツゼン)とは生れない。いわば千万の擬体物の情熱が、いのちある芸術を育てるので、同時代という濁流の中にもまれて、いのちある芸術も強靱となるのである。生活は芸術よりも大きい。芸術の容れないものを生活は逞しく容れて、まるで盛り上がる大河のように、殆ど無感覚に、昼夜をすてず滔々(トウトウ)と流れゆくさまは実に壮観であり、文句をさしはさむ余地もない。

生活は芸術よりも大きい」には打たれました。
 芸術に自分をかけている人の言葉だけに、千金の重みがあります。
「擬体物(芸術家の魂と感応せず、ただ雑然と存在するものたち)が主役となって流れ行く生活
 あらゆる生活が創っている同時代、そして、同時代によって創られる生活
 人間が環境と共に生きている具体的な生活からしか、永遠につらなる芸術は生まれない。
 同時代─生活─日常的現実、これがすべての母である」
という意味でしょうか。

 ページをめくると「Ⅰ 形成 木彫師の家」が始まり、その左側のページにはこうした短い文章があります。

芸術は人間を慰めるものでなくて、人間を強めるものである。面白がらせるものでなくて、考えさせるものである。人間をひき上げるもの、進ませるもの、がっしりさせるもの、日常の苦しみを撫するに姑息を以てするのでなくて、その苦しみに堪える根蔕(コンテイ)の力を与えるものである。

 ここまで読んで、〈屹立する巨人〉の世界を感じました。
 そして、90歳になる中曽根元首相が今回の福田首相の辞任に関してコメントした言葉を思い出しました。
「不敵さがなくなった」
 日本には、一国を双肩に担いで揺るがない巨人的人物がいなくなったのでしょうか。

 さて、「麗地」ですが、こんなことを考えつつサラサラとめくっていたら、読者カードがはさまっているところで止まりました。
 そこには「大地麗(ダイチウルワシ)」という揮毫の写真がありました。
 添えられた文章の一部です。

書いてみると急にあたりの山林が、
刈ったあとの菅原が、
まだ一二寸の麦畑のうねうねが、
遠い和賀仙人の山山が
目をさまして起きあがる。

大地麗」の文字に天地自然が感応したのでしょう。
 巨人たる芸術家は、巨人たるお大師様と同じく、文字と世界が共振・共鳴することをはっきりと知っていたのです。

 これまで苦労を重ねた麗地さんには、「麗しい大地のように、喜びと美しさと潤いを感じながら活き活きと生きて欲しい」と願ってやみません。
 み仏からのご褒美は、またも人智を超えたものでした。
2008
09.05

NHKアナウンサー相馬宏男氏の講演 2

 NHKは、パブリック・スピーキング(公の場での話し方)のトレーニングに重きを置き、オープンな研修センターを運営しています。
 話しかける場合は、その理由が具体的であればあるほど、聴く人に解りやすく、データや根拠が明らかならば、なお、受け入れられやすいものです。
 このあたりにも気を配られれば、言葉がきちんと役割を果たすことでしょう。

 さて、ご質問があればお答えします。

1 語尾のあいまいな話し方は、とても解りにくいと感じていますが。

 そうですね。
 日本語は最後まで聴かないと、話題に上っているものを肯定するのか否定するのか解らなかったりします。
 内容をできるだけ丸の多い文にし、「ポーズ」をたくさん入れる意識で話すと良いでしょう。
 また、肝心な部分は繰り返し話すことも有効です。

2 プロンプターはさぞ便利なものでしょうね。

 視聴者の皆さんに「自分と向き合ってくれている」、「自分へ語りかけてくれている」と感じていただけるように努力しています。
 ニュースをやる時は、目先1・5メートルほどのところにあるカメラへ向かっていろいろ工夫しています。
 機会があればご案内しましょう。

3 聴きやすい声の高さはあるんでしょうか?

 自然な声の音程は、その人なりにあるものです。
 意識してみて「少し前へ出ているな」と思うあたりが、相手に聴きやすい高さではないでしょうか。
 いずれにしても、メッセージはなるべく短い文にまとめることが大切です。
 そして具体例などを入れることです。
 また、文によって話すスピードを変えるのも、要点や解説を交えながら話す場合はとても有効です。

4 プロの方々の呼吸法などがあれば教えてください。

 息を吸う場合は胸と腹と半々に、吐く場合は腹から出すようにしています。
 いずれにしても、肩は動かさないようにします。
 この方法で、鼻から吸い口から吐く深呼吸をし、「あー」と声を出してみて少し響きがあるかなという感じになれば良いでしょう。

5 テレビやラジオから流れる「立春などの二十四節気とずれた話し方」が気になっていますが。

 そもそも、現代人は、二十四節気をあまり気にしないのではないでしょうか。
 私たちは何よりも庶民の感覚にそった話し方を心がけているので、24節気にはなかなか合わせられないのが現状です。
 夏から秋に変わる今の時期などは特にそうですが、今年は立秋を過ぎても西日本はまだまだ真夏で、「秋です」とは言えません。
 放送を流す範囲によっても季節に関する言葉を変えねばなりません。

6 ニュースで取り上げるものは、良い話題よりも嫌な話題の方が多いのはいかがなものかと思いますが。
 
 もちろん、意識してそうしているわけではありません。
 とにかく、まだ、皆さんへ伝わっていない新しいできごとをいち早くお届けしようという姿勢でやっています。
 ニュースといっても、最近は事実を流すだけでなく、解説の部分も多くなってきているので、そうした感じを持たれるのかも知れませんね。

7 アドリブはどの程度許されるのですか?

 何よりも客観的事実に裏打ちされており、自分自身も理解し納得できている範囲を超えないようでなければなりません。
 誰かの損得に関わるもの言いが許されないのはもちろんです。
 こうした部分は、組織も、自分も充分、気をつけながらやっています。

8 一般的にNHKニュースを流し、民放はショーを見せるといった感がありますが。

 私たちは視聴率第一ではありませんが、気にしないわけでもありません。
 観ていただかないことには始まらないからです。
 しかし、公正であり客観的であることが第一ですから、あまりショー化することはできません。
 これからも、ニュースのあり方はずっと研究せねばなりません。
 
 以上が、当日のメモをまとめたものです。
 素人の仕事なので、もしも相馬宏男氏のお心と異なる部分があった場合は私の責任であり、お詫びせねばなりません。
 テレビを通して聴くよりもずっと深みがあり心地よい声と、確信を突く濃い内容の講話であり、120パーセント満足できる時間を過ごしました。
 弟子たちにも、よく伝えておこうと思います。

 皆さん、相馬宏男氏の講演会があったなら、ぜひお出かけください。
2008
09.04

業(ゴウ)が連れて行く先は? 1

 行為が後に結果をもたらすことになる潜在的な力を「業」と言います。
 たとえば他人の悪口を言った場合、もしも言われた人の耳に入って非難されたなら、悪口を言ったという原因と、非難されるという結果を結ぶ糸のようなものです。
 盗んだり、嘘をついたりして悪業を積むのは、悪しき結果を引き寄せる糸をたくさん作るようなものです。
 恐ろしいことです。

 み仏の教えは、十の悪行が悪業を生み、いかなる結果がもたらされやすいかを明確にしています。

1 死後、いかなる世界へ転生するか

 これははっきりしており、悪行は地獄界・餓鬼界・畜生界のいずれかへ生まれ変わる原因となります。
 悪は必ずいつか、大きな苦を招くのです。

2 人生にいかなる傾向が生まれるか

殺生について】
 寿命が短くなったり、病気が多くなったりします。
 他のいのちを奪えば、自分のいのちも失いやすく、奪われやすくなります。

偸盗(チュウトウ)について】
 なかなか財物に恵まれないばかりか、時には財物を奪われもします。
 自分のものでないものを奪えば、自分もやがては失うのです。

邪淫について】
 最も身近な親類縁者が卑しい人ばかりになり、伴侶の不貞に悩まされます。
 信じてくれている人を裏切る卑しい行為によって、卑しい人々に囲まれるようになり、やがては裏切りに遭いもしましょう。

妄語について】
 いわれのない誹謗中傷を受け、騙されます。
 嘘を言えば自分も嘘の攻撃にさらされるのは当然です。

綺語について】
 言葉が信用されず、真意が伝わりにくくなります。
 無用・無義の内容に乏しい言葉や、まごころのない飾り言葉を用いていれば、肝心の時に周囲から同じようにしか受け止められず、情けないことになりましょう。

【悪口について】
 聞くにしのびない嫌な言葉や辛い言葉をぶつけられ、言い争いになりがちです。
 他へ粗暴な言葉を浴びせていれば、自分もまた、受け手にならざるを得ません。

【両舌について】
 親しい人や大切な人と離反し、劣悪な品性の人々に取り囲まれるようになります。
 二枚舌で他人を離反させ、大切な人間関係を傷つけ、壊せば、自分だけが嬉しい人間関係に恵まれるなどということは望めないのです。

【慳貪(ケンドン)について】
 欲望が盛んになり、欲求が止まらなくなります。
 貪りは貪りを生み、悪循環はなかなか途切れません。

【瞋恚(シンニ)について】
 欠点を暴かれて激高したり、イライラカッカせずにはいられないようなできごとが起こります。
 怒りを発して他の心を乱す人は、自分だけが平然と暮らせるはずはありません。

【邪見について】
 邪な考えが離れず、真実でない言葉を吐くようになります。
 真理や道理に反して平気な人は、それが習い性になり、真実の世界に住めなくなります。

 なお、注意せねばならないのは、み仏がこうした傾向を示されたのは、あくまでも悪行を避け善行に勤しむ道へ導くためであり、たとえば若くしていのちを失った方が必ず殺生をしていたとは限らないという点です。
 あるいは暴力行為を止めようとしたり、あるいは遮断機の降りている踏切で人を助けようとしたり、あるいは家族のために働き過ぎたりと、結果は同じようでも原因にはいろいろあります。
 大切なのは因果応報の真理を信じて善行を実践することであり、目先の現象を観て軽率に過去を云々してはなりません。
 暗い運勢や凶事をご先祖様や水子霊のせいにすることも止しましょう。
2008
09.04

NHKアナウンサー相馬宏男氏の講演 1

 NHKのアナウンサー相馬宏男氏が早稲田大学出身者で構成する仙台稲門会の例会に来られ、『放送うら表そして伝わる話し方とは?』の演題で講演をされました。
 自分が講師になる場合は法務として参上しますが、普段はなかなか日中の例会に出席できず、久方ぶりに同門の諸兄とお会いしました。

 時折テレビの画面で相馬氏を観ているので、直接お会いするのは初めてなのに旧知の方であるかのように思えるのはおもしろいものです。
 相馬氏が街を歩いていると、「やあ」と気軽にあいさつされることは珍しくなく、相馬氏は、相手がどこの誰と判らなくても、やはり気軽に返事を返すそうです。
 NHKは、あまりひんぱんにアナウンサーの転勤を行わず、〈その辺で自転車に乗っている人がテレビやラジオに出ている〉といった感じを大切にして行く方針だということです。
 講義内容のメモを2回に分けて記しておきます。

 NHKは、北京オリンピックに千人ものスタッフを派遣しました。
 番組をチェックしていて感じたのは、日本のメダル獲得数が25個で前回のオリンピックに比べ12個減った理由の一つは、ルールの変化に伴い、戦い方も変化したせいではないかということです。
 たとえば柔道なら、いかに鮮やかに投げて一本をとるかではなく、ポイントを積み重ねる戦略的な戦い方が重要になったようです。
 オリンピック報道全般については、民放は「盛り上げ型」、NHKは「客観型」というイメージでしょうが、放送の基本は事実をきちんと伝えることにあり、オリンピックを迎えるに当って民放のアナウンサーたちもNHKで研修を受けたので、おおむね、良い結果だったのではないでしょうか。

 同僚も含めての失敗談は、「11人がケガをしました」の原稿を「土人(ドジン)がケガをしました」と読んだり、山口県から山梨県へ引っ越しをしたばかりの方が地域のできごとを話す際に「山口県~市では」と言ってしまったり、「雲の多い一日」を「クマの多い一日」と言いまちがったりと、いくらでもあります。
 私などは、放送開始までの時間がなくなってしまって自分の上着をとりに行けず、手近にあったものをあわてて着込んだらとても小さく、お腹のあたりでボタンがちぎれそうでハラハラしながら放送を終えたこともありました。

 さて肝心の話し方です。
 視聴者には「ながら」の方が多く、たとえば料理をしながら耳でニュースを聴く場合などは、一分間に400字程度の原稿が一番聞き取りやすく、500字あたりになると、追いつくのが大変ではないかと言われています。
 また、聴きやすいのは1秒間に8~9文字くらいの「丸のみ文章」で、2秒で文章に丸がつく程度の短い文章は、お年寄りにも解りやすいものです。

【ポイント1】

 クイズをしましょう。
 聴いたとおりに書いてみてください。
「円を描いてください。
 円の中に点を書いてください。
 点の下に三角を書いてください。
 三角の下に横棒を一本引いてください」
 どうなりましたか?

(私は文章でメモをとり、ただちに図形を描き、点の数を指定しなかったので点を一つ付け足して「目」を作り、これは人の顔であると感じました)

 お隣同士で見せ合ってください。
 文章で書いた方もあれば図形を描いた方もあり、図形もさまざまですね。
 同じ言葉を聴いたのにできあがった内容が違います。
 このように、受け止め方が異なっては困るのです。
 どうすれば良いと思いますか。

(私は挙手し「最初に人の顔を書いてください」と一言あれば、全員がほぼ同じものを描けたのではないでしょうか」と指摘しました)

 そうです。
「最初に全体を言う」ことが大切なのですが、日本人はどうもそのあたりが苦手なようですね。
 見出しをつけ、「全体からパーツへ」と話をするようにすれば、こうした混乱は防げるのです。

【ポイント2】

 これから申し上げる内容を把握してください。
「明後日14時30分より、私立第一中学校の体育館で、春野昭代氏(ハルノアキヨシ)の気功(キコウ)と健康に関する後援会を行います。入場料は無料です」

(かなり早口で話されたので、全体をメモすることはできませんでした。
 たった今、聴いたばかりなのに、記憶もところどころあいまいです。
「ハルノアキヨシ」も「キコウ」もよく判りません。
 どんな記憶が残っていますかと問われた会員諸氏は、日時やら、会場やら、講演内容やら、入場料無料やら、部分的にしか覚えていません)

 このようにズラズラと言葉を並べられても、なかなか覚えられません。
 しかも、音声はまずひらがなで聴くので、「ハルノアキヨシ」が男性か女性かも判らないでしょう。

(実際、私も最初は春野昭如という男性だと思いました)

「キコウ」はどうですか?

(「季候」や「気功」と聴いた方が多かったようですが、かなりバラバラです)

 こうした混乱を避けるためには、最初に「これから皆さんに講演会のお知らせを行います」と言っておく必要があります。
 聴き手に心構えができると、日時、場所、講師、入場料などが理解、記憶されやすくなります。
「冒頭に重要な要約を話す」と理解のしかたがまったく変わってくるものです。

 以上の2点は、とてもポイントの高い内容です。
2008
09.02

真の除災招福

除災招福」とは、災いを除き、福を招くことです。
 当病平癒であれ、受験合格であれ、世界平和であれ、あらゆる祈りの目的はこの一点にあります。
 祈りが具体的な対象を持った時、帰依が起こります。
 もしも、お不動様を信じて願いをかけたなら、それはお不動様へ帰依したことになります。
 不動明王は「仏」、不動明王のお力は「法」、不動明王へお仕えし修法するのは「僧」ですから、仏法僧へ帰依したことにもなります。

 では、結果はどうか。
 もちろん、動脈瘤が消えたとか、とうてい無理だろうと思っていた試験に合格したとか、すぐに望んでいた結果が出る場合もあり、なかなか願うとおりにならない場合もあります。
 それはなぜか。
 業(ゴウ)があるからです。
 生まれ持った業、そして生きているうちに積んでいるなる業、なる業、これらが現在の運命を創り、運勢に深く関わっています。
 帰依するとはなる業を積むことですが、たとえば今日せっぱ詰まって祈ったからといって、なる業を溜めた壺がいっぱいになり幸せという結果になってあふれ出るかどうかは、私たち凡夫にの判断できるところではありません。
 しかし、確かなのは、帰依という清浄な行為によって、いつかは必ず福徳をもたらす業を積んだことであり、さらに祈りを続ける、あるいは困っている人へ手を差し伸べる、あるいは生きものを助けるなどのなる業を重ねれば必ず運勢は好転し、人生丸は明るい運命を創る方向へと進むことでしょう。
 これが「世俗」という目に見える世界での結果ですが、結果にはもう一つ、別次元のものがあります。

 それは、私たちがこの世へ旅立つ時、み仏の世界という故郷から持って来た宝ものである「深い心」における変化です。
 実は、帰依した瞬間、もう、救いは始まっています。
 仏性という心の扉がはっきりと開かれたからです。
 帰依の心が深まるとは、この扉がさらに大きく開かれることであり、中にある無限の福徳が流れ出ることです。
 その福徳は、心の浄化であり、心の安定であり、心の勁さです。
 
 こんな例があります。
 かねて帰依の心が深かったOさんは、ある日突然、不治の病に罹っていることを知りました。
 当初は頭がまっ白になったそうです。
 しかし、当山を訪ねて心を定めました。
 当病平癒の願をかけ、医師からの宣告期間を超える病魔との戦いの末、端然としてこの世へ別れを告げました。
 ご遺族によると「ちょっと近所へでかけてくる」といった感じでしかなく、四十九日が過ぎてもまだ何となく帰ってくるような気持が消えず、遺品の整理などができないそうです。
 当病平癒祈りは病気そのものを消すことはできませんでしたが、祈りつつ死の恐怖という魔ものにうち克った心の見事さは、家族や友人や知人たちへの生きた教えとなり、救いの確かさを示しました。
 
 Oさんが実現した真の除災招福こそが、み仏からもたらされる最高の宝ものであり、祈りの結果としてこれ以上のものはありません。
 それは、生苦・老苦・病苦・死苦、あるいは愛別離苦(アイベツリク)などの八苦(ハック)が克服されているからです。
 祈りは、必ず苦の根本的な解決へ導きます。
 帰依に対するみ仏からのご褒美は確かなのです。
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