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2009
03.31

朝刊のインクに潜む死神

 当山の梅も桜も咲き始めました。
 ウグイスはまだ習い初めといった風情ですが、野にあるものの暖かく鋭い声は、点在する紅色や桃色や白色に深みを与えています。

 さて、昨今の報道を眺めていると、人間はまだまだ、戦争という宿業から脱していないことを痛感します。
 第二次世界大戦後、戦火の絶えない世界にあって、戦争による犠牲者を一人も出さずにきた日本もまた、そろそろ「戦う普通の国」の仲間入りをしそうです。
 不況が凄まじい相貌を明らかにするのはこれからでしょう。

 平成17年9月11日に行われたいわゆる郵政選挙の直前、当山は、『独裁者の出現・小泉内閣の危険性』という小文にこう書きました。
「選挙民が、独裁者の出現と権力者の非人間性を怖れなくなったら、その国は恐ろしいことになります」
「今の日本は明らかに異様です。
 権力者も選挙民も、何かに憑かれたように走り出しました。
 一切は白か黒、権力内は純化されて批判や意見は封殺され、権力主義に異を唱える政治家は政治生命を断たれようとしています。
 マスコミは、降って湧いたような視聴率かせぎの機会を最大限に利用しようとしています。
 一人の政治家の頭で膨張した理念が絶対神となって独裁色を強め、排他的な宗教団体が後押しをする。
 国民はこうした構造に危険を感じないのでしょうか。
 日本を覆う空気に色濃く滲んでいる狂気に気づかないのでしょうか」

 しかし、熱狂は衆議院へ決定的な議席配分の片寄りをもたらし、支持された原理主義が、歴史の重みを持っている知恵と工夫とを押し潰して今日の悲惨を招来しました。
 中には、今頃になって当時の誤りを懺悔する評論家もおられますが、この上はとうてい望むべくもない権力を握った人々は誰一人として社会を荒廃させた責任を口にせず、やれるうちにやりたいことをやろうとしています。
 歌の文句ではありませんが、「こんな日本に誰がした」と嘆いても始まりません。
 年金が危うくなって不安に怯える年配者も、子供をつくり育てられそうにない若夫婦も、職を失って路頭に迷うサラリーマンも、あるいは倒産の憂き目を見た経営者も含めて、熱狂の渦に巻き込まれた選挙民が、政権政党へ議席の3分の2以上を与えたのですから。
 こんな日本にしたのは、他ならぬ私たちです。

 宗教者と政治の関係には難しいものがありますが、政治が非人間的になり無慈悲になれば国民は共業(グウゴウ)による苦しみを余儀なくされるので、放置できません。
 政治が潤いのある世の中を創造するために欠かせないのは、政治家の想像力です。
 想像力が欠落すると、人は思いやりを失います。
 その、あまりに酷い典型を目にしたので予定を変更し、キーボードを叩いています。
 今朝の報道です。
 政府高官は30日、北朝鮮がミサイルの発射を準備していることに関し「ミサイルが飛んでいるのが見えたら面白いな。見えたら『ファー(打球の飛ぶ方向にいるプレーヤーや観客に警告するかけ声)』って言うのにな」と語った。
 きっと彼は、落下物が落ちた学校の悲惨や、高速道路の惨状、あるいはミサイルの軌道上に住む人々の不安を想像できないのでしょう。
 イメージによって戦慄を覚えた人間は、口が裂けてもこうした「冗談」を言えないのです。
 具体的想像ができなければ、その先に待つ核弾頭搭載のミサイルが日本へ向けて配備される危機を真剣に考察することなどできようはずもありません。
 釈尊は『四十二章経』において説かれました。

「『いのちがけでやろう』としても、『実際にいのちをかける』ほどの精進は、なかなかできないものである」

 選挙のたびにだみ声で叫ぶ政治家の常套句などは、疾うに色褪せています。

 同類の〈失言〉を重ねる人物たちへ国の舵取りを託している日本人は、今後いかなる政治的行動をとり、選挙でいかなる判断を下すのでしょうか。
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2009
03.30

『四十二章経』第十章 五つの難事 1

 今日、『法楽』作りの前に学ぶ『四十二章経』です。

 仏の言(ノタマ)わく、「天下(テンゲ)に五難有(ア)り、貧窮(ビング)にして布施するの難、豪貴にして道を学ぶの難、命(ミョウ)を制(ウ)けて死せざるの難()、仏教を覩(ミ)るを得るの難、仏世(ブッセ)に生れ値(ア)うの難なり」

  釈尊は説かれました。
「世の中に五つの難事がある。
 貧窮していて布施をすること。
 権力や財力などの社会的な力がありながら人の道を学ぶこと。
 いのちがけで行っても、死ぬほどまでは精進できないこと。
 悟った人の教えにめぐり逢うこと。
 悟った人のいる時代に生まれることである」
 
1 私たちは、自分がとても困っている場合、「誰かのためになどなれない」と勝手に決めてしまう傾向があります。
 釈尊は、この我欲による思い込みを指摘されました。
 たとえば托鉢僧が訪ねて来た時、プイと知らん顔をしたり、黙ってでかけてしまったりする方がおられます。
 しかし、バラックに住み、いざるようにしか歩けないながら、感謝とねぎらいの言葉を添えてご喜捨をしてくださる方もおられます。
 年金暮らしをしながら、守本尊様を寄進するために少しづつご志納金を持参される方や、家族で貯めたバラ銭を時折、持参される方もおられます。
 思想宗教の違いによる選択は別として、布施ができるかできないかの違いは、明らかに、所得の差とイコールではありません。

 寺子屋では、役に立つ喜びを教えるために、子供たちへ「分かち合う喜び」を感じさせたいと考えています。
 それは平等である必要はありません。
 力持ちの子は力を出せば良い、弱い子は注意深く見張っているだけでも良い、あるいは脇から声援を送るだけでも良いのです。
 社会に分かち合いの空気が流れていれば、子供たちの心は乾きません。
 社会に共同体としての潤いが欠け、殺伐とした荒みが広がるのは、思いやりと分かち合いが欠けているからです。

 人の心はやっかいなもので、モノ金が無ければ欲しくなり、手に入れば失いたくないと抱えこみ、無償では分かち与えられなくなります。
 執着心は、モノ金のあるなしに関わりがないようです。
 無い人が追い詰められれば奪う場面もあり得ますが、相手は限られます。
 しかし、有る人がもっともっとと欲張れば、相手は無限に広がります。
「持てる者」こそ身を慎み、富を社会へ還元せねばと使命感を持っていただきたいものです。
 こうした囚われから離れるためには、み仏の教えを学び実践すること、そして他人の痛みが解ること(解ろうと真剣に努力すること)が必要です。
 これが実践できる人の布施行には、決まった言葉が伴います。
「これしかできなくて済みません」
 真の布施が行える人の〈本当に差し出したいもの〉は、〈実際に手放せるもの〉の何万倍も大きいのです。
 だから、いつも「これしか」という謙虚な気持になります。
 布施をする人が与えるものには謙虚さという徳も含まれます。
 手放すものには、執着心も含まれます。
 だから、布施をする人は清らかなのです。

 釈尊は、菩薩になろうとして行う六波羅密(ロッパラミツ)行のうち、最初にある布施行を難事の第一番目に挙げられました。
 執着心をそのままにしておいては、持戒も精進も、うわべだけになってしまうしかありません。
 差し出す、手放す、分かち合うことの大切さをよく考えたいものです。
 そして、その喜びの中で菩薩行を実践したいものです。
2009
03.29

4月の守本尊様

 今月(4月5日より5月4日まで)の守本尊普賢菩薩様です。
諸善解脱三昧智力(ショゼンゲダツサンマイチリキ)』という、煩悩による苦を解決し、心の平穏を保つための道筋を知る智慧をつかさどるみ仏です。
 煩悩は、自分を迷わせるだけでなく、他からの邪魔を受ける具体的な魔ものとなって、いざ何かをしようとする時に、思わぬ妨げとなります。
 正しい方法によって自分を清め、周囲を清め、魔を祓いましょう。

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2009
03.29

4月の真言

 4月守本尊様をご供養しお守りいただきたい時、願いを成就させたいと念じる時、つらい時、悲しい時、淋しい時は、合掌して真言(真実世界の言葉)をお唱えしましょう。
 たとえ一日一回でも、信じて行なえば、ご本尊様へ必ず思いが届きます。
 回数は任意ですが、基本は1・3・7・21・108・1080回となっています。

普賢菩薩(フゲンボサツ) 

「おん さんまや さとばん」


今月の真言をお聞きになるにはこちらをクリックしてください。音声が流れます

※お聞き頂くには 音楽再生ソフト が必要です。お持ちでない方は、
 こちらから無料でWindows Media Player がダウンロードできます。




2009
03.29

平成21年4月の運勢(世間の動き)と六波羅密(ロッパラミツ)行による開運法

 4月運勢です。

 さまざまな論説が飛び交い、新しい案が提起され、リーダーたちが活躍します。
 特に「天の時」と波長が合った人物は、大きな力を発揮することでしょう。
 文武両道を兼ね備えた傑物が世に出れば日本も元気を回復することでしょうが、はたしてどうなるか。
 ただし、ここで言う「文」とは平和時にはたらく霊性の発露であり、「武」とは、非常時にはたらく霊性の発露です。
 いついかなる局面に際しても構えが崩れず、志を実現するための最も有効な手段を選択できる人物が求められます。

 また、私たちの心構えとしては、動かぬ心の柱を持ち、世論を操作するために流される情報や、虚偽の情報に惑わされない智慧の眼を持てるようにしたいものです。
「週刊現代」が執拗に大相撲の八百長疑惑を報じた問題で、東京地裁は、講談社ら関係者たちへ史上最高の損害賠償を命じました。
 また、日本テレビの報道番組「真相報道バンキシャ!」が虚偽の証言に基づき岐阜県庁の裏金作りを報じた問題では、ずさんな番組作りの実態が明らかになりました。
 私たちは、報道に胡散臭さを感じ得たでしょうか。

 自分の力量と〈望み〉や〈持っているもの〉とのバランスを考慮することも大切な時期です。
 分を忘れた高望みが儚いのは当然ですが、分不相応に持ちすぎるものまた危険です。
 たとえば、毎晩趣味のマージャンに没頭していながら、毎年、司法試験を受験してもしょうがありません。
 たとえば、資産家の子供だからといって中学生が札ビラを切る生活をしていれば、遠からず堕落することでしょう。
天の時」をキャッチしたならば、ゆとりを持って確実に実りを手にする人や、身に余るものを手にしたならば、感謝を添えて「おかげさま」と社会へ還元するのが賢者というものです。

 今月は、万事、悦楽へ走れば知恵が損なわれ、口論や失言や失態などの失敗を招きやすく、せっかくの新たな芽を潰してしまう恐れが生じましょう。
 心して過ごしたいものです。
 今月の開運ポイントは、調子が出てきたならばとにかく舞い上がらず、おちついて我が身をふり返りつつ着実に実行することです。
 もしも高額な馬券が当たったならば「どうだ!」と胸を張らず、ほっぺたを抓ってみるぐらいで丁度良いでしょう。
 流れの強い川で船を操る時のように、強い流れを上手に利用しつつ慎重に目的地を目ざしましょう。
 心構え一つで速やかに目的地に着ける場合もあり、転覆する場合もあることを肝に銘じてやりましょう。

 人の道をしっかりと歩むために、菩薩をめざす六波羅密(ロッパラミツ)行に邁進し、まっとうに生きましょう。

布施行と運勢お水を供えましょう。
 精進の人は分相応に望み、高いレベルからの導きで光明が見えます。
 不精進の人は不心得者につけ込まれたりして、万事停滞しがちになります。

持戒行と運勢塗香で手や心を清めましょう。
 精進の人は自信が深まり目上や周囲の期待に応え、成功します。
 不精進の人は私利私欲が動き、分不相応な大事に挑んで失敗しがちです。

[忍辱(ニンニク)行と運勢お花を供えましょう。
 精進の人は人間関係における誠意が認められ、成果を得られます。
 不精進の人は、計算に走り、下心が見られて失敗しがちです。

[精進行と運勢お線香を供えましょう。
 精進の人は公私を弁えた謙遜な態度が高い評価につながります。
 不精進の人は調子に乗り、反感をかって批判や非難の嵐に遭いがちです。

[禅定行と運勢飯食(オンジキ)を供えましょう。
 精進の人は誠意をもって人と交わり、目下などの支えが生じて助かります。
 不精進の人は気持だけが先走りして、行動は遅れがちです。

[智慧行と運勢]灯明を点しましょう。
 精進の人は努力が天へ通じ、仏神のご加護と周囲の協力で成就へ向かいます。
 不精進の人は大きな利を求めて猛進し、独り相撲で失敗しがちです。

 皆さんの開運を祈っています。
2009
03.28

『納棺夫日記』の言葉 2 ─死を扱い、死から離れる─

「ある時代には、人を救う職業として尊敬されていた僧職者も、葬式に深くかかわったばかりに、葬式坊主と蔑まれている昨今である」


「仕事柄、火葬場の人や僧侶たちと会っているうちに、彼らに致命的な問題があることに気づいた。死というものに常に接していながら、死から目をそらして仕事をしているのである」


「既存の宗教は、時代の変化についていけないようである。人生の四苦である生老病死を解決するのが本来の目的であったはずの仏教が、死後の葬式や法要にスタンスを移し、目的を見失ったまま教条的な説教を繰り返しているのが現状である」


 映画『おくりびと』を観、『納棺夫日記』を読んで考えるのは、「死の現場」である。
 僧侶は枕経へ駆けつけるが、その時点ではすでにご遺体に処置がほどこされ、祈るための用意も万端、調えられている。
 部屋にご遺族の衝撃や悲嘆が満ちてはいるが、悼まれる当事者の姿は隠されている。

 葬祭会館の僧侶控え室へ出入りするようになって驚いた。
 テレビや飲み物などが完備され、酒類がとり揃えられている場合もある。
 瞬間、「流されまい」と誓った。
 よくは解らないが、落とし穴を感じた。
 それは、共に大学受験に失敗し、東京の予備校へ通うことになった友人Aと並んで欄干にもたれ、駅前に堀のある国電の改札口付近をとぎれることなく出入りする人々を眺めているうちに生まれた不安と覚悟に似ている。
 夜の堀を流れている黒い水面と、駅の明かりを背景にしてゆらゆらと現れ、消える無数の黒いシルエットたちは、私たち田舎者にとって不気味だった。
 そこには、人々を染め、押し流してしまう得体の知れない力があった。
「染められないようにしようや」「うん」
 それだけで会話は充分だった。
 動けなくなった二人は、しばらく沈黙に身を委せるだけだった。
 しかし東京の生活では──いくばくか〈染められ〉、〈流された〉。
 だから、この快適でふんわりした部屋に染められ、流されたならおしまいだと、痛いほど解った。

 青木新門氏は的確に、そこを衝いている。
 最も生々しい現場を踏む彼の前では、見抜かれ、見透かされるのは当然である。
 まして、枕経が終わった直後に戒名料を請求したり、お通夜までに葬儀料を用意させるなどの話を聞けば、彼ならずとも、僧侶が「致命的な問題」を抱えた人々と判断されれるのは当然である。

 枕経へ向かう時は、肉親の遺体と対面するかのような心構えに入る。
 人は仏法で説く意味において平等である。
 親の魂と、自分がこの世で会えぬうちに遺体を残して去ったどなたかの魂と、何の違いがあろうか。
 肉親を失って立ち尽くし、頽れている人々の気持は、身内であろうと他家の人々であろうと、同じである。
 皆さんの思いを我がこととして受け止めつつ、導師として守護の法を結ばねばならない。
 修法が終わって段取りのご相談を受ける時は、身内を送るための段取りと同じである。
 皆さんが納得と安心の裡に故人を送られるよう準備し、遺漏なく実行することが、葬儀屋さんと寺院との使命である。
 葬儀屋斎場、寺院、そして墓石業者は、故人を送り、ご遺族の心を少しでも多く慰撫しようと微力を尽くす同志である。

 僧侶は持てる法力のすべてを注いで修法を行い、修法に副った法話を行う。
 それは、この世の悩みに対しても、あの世の方々への回向についても、まったく同じである。
 医師の〈治療〉と事後に関する〈注意〉と、何の変わりがあろうか。
 医師の方々が専門家として全力を尽くすように、僧侶も全力を尽くすのみである。
 評価は、それを受けられた方々にお任せするのみである。
 青木新門氏のご叱責に応える方法は、この、あたりまえの使命をを淡々と全うする以外、ない。
 覚悟を新たにさせてくださった彼に、心の底から感謝のまことを捧げたい。

2009
03.27

『納棺夫日記』の言葉 1 ─認められる喜び─

 かつての恋人が、偶然、彼女の父親の遺体へ手をかけることになった青木新門氏が流す汗を拭いてくれた。

「私の全存在がありのまま丸ごと認められたように思えた。
 そう思うとうれしくなった。
 この仕事をこのまま続けていけそうな気がした」

 彼には「納棺夫火葬夫は無残である」という認識がある。
 そして、「社会通念を変えたければ、自分の心を変えればいいのだ。心が変われば、行動も変わる」と考え、白衣をまとい、礼儀や礼節に気をつけ、真摯に作業し、納棺夫に徹した。
 その結果、周囲の見方も社会的評価もが変わってきたと感じるに至る。
 認められ、勇気が沸いた。
 社会から〈認められていない〉はずの仕事に励む誠実さを〈認める勇気に、勇気が応えたのである。
 しかも、「丸ごと」が重要である。
 たとえ世界中でたった一人でも、自分そのものの存在を真に認めてくれる人がいれば、人は勇気を持って生きられるのではないだろうか。
 生きる勇気を持てると言い換えても良い。
 その勇気は、自分を変えることによって社会通念を変えるという大仕事へと導く。
 認める力の偉大さは計り知れない。

 そもそも、優しさとは、〈信じる〉〈認める〉〈教える〉〈与える〉〈守る〉という5つの行為が円満にはたらいてもたらされる「人間がみ仏の子である証明」の一つである。
 み仏の子らしく生きる人は美しく、周囲へ救済力を放つ。
 かつての恋人は、青木氏の精進に触発され、優しさの権化、すなわち菩薩として立ち現れたのだった。
2009
03.26

ほめる 13

 かつてO小学校で行われていた校長先生と児童との手紙「ほめほめ便り」による交流をまとめた『ほめほめ集』からの抜粋である。
 このページを作るのが大変だろうと、篤信の方がわざわざメールで送ってくださった。
 感謝してやまない。
 勉強会などを通じてご縁の方々へ紹介しており、寺子屋で参考にさせていただく予定である。

六年 M・H

 私は、六年生です。卒業式に、間にあうように、志和建設の人達が、徹夜でいっしゅけんめい、あんな大きな体育館を建てて下さいます。私達一同心から「ありがとう。」と、言いたいです。だから、私のクラスの人達に話して、なるべく多くの人達に言ってもらうようにします。
 この一年がとても短く思いました。この気持ちは、六年生になってから、はじめて気がつきました。
 校長先生、私は この一年間のできごとを仁保中に行ってもぜったい忘れません。
                 ◆
 すばらしい真由美さんのほめほめを、心あたたまる思いで読みました。そして、校長先生も自分自身を反省してみました。
 新しい学校の第一回卒業式が、新装のなった体育館で出来るよう、多くの方々が、朝夕まだ寒い中、ライトをつけて 徹夜でがんばっていてくださいますね。
 そうした工事の方々に、感謝したい。「ありがとう」のひとことが言えるようになりたいという提案でしたね。
 ほんとうにすばらしいことですね。六年生のあなた方が先頭にたって、モデルを示してあげたなら、このすばらしい提案は、またたく間に学校中に広まると思います。
 代表委員会にかけるひまなんてもうありませんね。先ず、自分からはじめましょう。そして、自分の学級から六年全員へと広げて行きましょう。校長先生も進んで協力し、応援もしたいと思っています。がんばってね。


 この学校の生徒たちは、人生で何よりも大切な「感謝」を学んだ。
 しかも、共に感謝しようというところまで行っている。
 確実に血肉となった。

 子育てで最初に行うことは、すべて、この世への「信頼」を持たせることにつながる。
 母親や肉親の温もりと優しい言葉と欲求への的確な対応がそれを担う。
 自我が芽生える頃になれば、「おかげさま」、「おたがいさま」を教え、「ありがとう」が自然に口から溢れるように導かねばならない。
 この世と人間への信頼感謝があれば、まっとうに生きるための土台が作られる。
 土台があれば、やがて訪れる貪りや、怒りや、気まま心の嵐を制御する力が育つ。
 土台がなければ、制御は上辺だけになりやすく、ふとしたきっかけで、自分自身を含め誰も予想しなかったような一気の崩壊を招いたりもする。
 逮捕された犯人の子供時代が事件に大きな影を落としているがごとき報道に接するたび、やるせない思いが襲ってくる。
 それと意識できぬ幼い時代に〈落とし穴〉が掘られていたとは、何と無惨なことか。

 親も、家族も、先生も、そして周囲の人々も、誰でもが「信頼感謝を教える師」になれる。
 この「ほめほめ集」にあるとおり、その機会はいくらでもある。
「師でありたい」と念ずる(心に保って忽せにしない)ことがすべての始まりである。
 共に認識を新たにして、子供たちに接したい。
2009
03.26

NHK文化講座「生活と仏法」講義録 28 ―実践者と支える人々─

 3月25日は、第二十二章「述仏品(ジュブツボン)」を最後まで学びました。

明人は(ミョウニン)値(ア)い難く、亦(マタ)比べ有らず、其の所生の處、族親も慶(キョウ)を蒙(コウム)る」

(智慧あり悟る人はどこにでも生まれるのではなく、そうした人の生まれるすばらしさは他のことと比べようもない。
 明人が出れば、一族郎党すべてが余慶にあずかれる)

 生まれによって職業と貴賎が決められていた古代インドの階級社会にあっては、努力が階級の壁を乗り越えさせることはありませんでした。
 釈尊は「生まれによって人間の貴賤が決まるのではなく、行いによって決まる」と説き、修行によって精神のレベルを上げれば、指導者などの立場にもなれると説かれました。
 一方、たとえ最高であるバラモンの家系に生まれようと、悪しき行為を行えば指導者として不適格なだけでなく、因果応報の原理により、その者は死後、地獄などの極苦を受けねばならないのです。
 釈尊は、人としての修行に勤しみ、己を清め、一歩づつでも悟りへ近づくことしか自分自身を真に高める方法はないとされました。
 そして、もし、そのような人が現れたなら、その徳の力は一族郎党をも救うことができるのです。

 ご参詣のAさんからお聞きしました。
 最近、NHKテレビが、チベットにおいて行われている伝統的な修行方法を密着取材し、ドキュメンタリー番組として放映したそうです。
 仏法を志す者はすべて五体投地(ゴタイトウチ)という、立っては座り、頭を地へつけ、又立っては同じことをくり返す礼拝法から修行を始めます。
 チベットでは、その礼拝を行いつつ、尺取り虫のように聖地を目ざす修行が行われていることは知っていました。
 Aさんの話によると、中国政府による宗教弾圧の厳しい現在もこの修行は絶えず、実践しようとする人は地域や一族の期待を担って旅に発つそうです。
 二人の付き人が同伴し、一人は休憩や就寝のためのテントを担いで先に行き、もう一人は交換用の膝当てなどを持って後に付き随います。
 そうして、零下20度にもなる極寒の中を毎日進み、半年以上かけながら、1万数千キロも先にある首都ラサを目ざします。
 きっと、故郷の人々もまた、休むことなくその満願を祈り続けていることでしょう。

 驚いたのは、かつて日本で盛んだったお伊勢参りなどのように路銀を蓄えてから行うのではなく、無一文でスタートすることです。
 カメラは、道中、トラックを止めて布施を行う運転手などの様子をとらえ、チベットの人々がこぞってこの修行を支えていることを伝えました。
 文字通りいのちをかけて行い救われる人も、そして故郷で祈り救われる人々も、真の布施行で支え救われる人々も、奇跡的存在です。
「生きている世界遺産」とでも呼びたくなります。
 それは、この経文そのものの世界です。
 インドで研究・実践されていた仏法の最終形態を正確に伝える地上で唯一の国チベットでは、『法句経』の世界がそのままに現前しています。
 経典を学ぶ私たちは、地上から抹殺されようとしている実践の国チベットを救わねばなりません。
 また、こうした経典『法句経』を一人でも多くの方々に学んでいただきたいと、切に願っています。
2009
03.25

自死(自殺〉は罪か 2 ─『妻と私』─

 江藤淳著妻と私』の続きである。

 入院する前、家にいるときとは違って、このとき家内と私のあいだに流れているのは、日常的な時間ではなかった。それはいわば、生と死の時間とでもいうべきものであった。


 家内と一緒にこの流れているのか停まっているのか定かでない時間のなかにいることが、何と甘美な経験であることか。


 私たちはただ、一緒にいた。一緒にいることが、何よりも大切なのであった。


 もし死が万人に意識の終焉をもたらすものだとすれば、その瞬間までは家内を孤独にしたくない。私という者だけはそばにいて、どんな時でも一人ぼっちではないと信じていてもらいたい。そのあとの世界のことについては、どうして軽々に察知することができよう。


 煩雑な日常生活を離れた〈二人だけの時間〉をもたらしたのは、死の訪れだった。
 むろん、日常生活に含まれる二人の時間はいくらもあったが、予定や都合の一切を離れることは叶うはずもなかった。
 しかし、今は、世界のすべてがそれを許してくれる。
 一人で旅立つためだけの時間が死の時間であり、最後まで寄り添う者の側にあるのが生の時間である。
 それが重なり合うつかの間の夢。
 去る者の孤独と送る者の孤独が重なり、お互いの孤独を消す。
 さながら、列車のデッキに立つ者とホームに立つ者が別れを惜しむひとときである。
 
「小鳥のような顔をした」若い看護婦さんに「ラブラブなのね」と言われたことを妻から聞かされる。
 江藤淳は、自分が生の側にいるのではなく、去りゆく人と同じ時間に入り込んでいることに気づく。
 妻の迎える死は妻だけのものではなく、自分にとっても死であると感じる。
 こちら側の生は限りなく薄くなって行く。
 彼は危険な境界に入りつつあった。
 やがて、二人は終わりを確認する。

 誰にいうともなく、家内は、
「もうなにもかも、みんな終わってしまった」
と、呟いた。
 その寂寥に充ちた深い響きに対して、私は返す言葉がなかった。実は私もまた、どうすることもできぬまま「みんな終わってしまった」ことを、そのとき心の底から思い知らされていたからである。私は、しびれている右手も含めて、彼女の両手をじっと握りしめているだけだった。


 薬のせいで気分がよいのか、家内が穏やかな表情を浮かべて、私を見詰め、
「ずいぶんいろいろな所へ行ったわね」
といった。


「本当にそうだね、みんなそれぞれに面白かったね」
と、私は答えたが、「また行こうね」とはどうしてもいえなかった。そのかわりに涙が迸り出て来たので、私はキチネットに姿を隠した。


 言葉がはたらきを停止する場面である。
 死が顕在化しつるあるという〈事実〉の突きつける容赦ない圧力を前にすれば、理性はしっぽを巻くのみである。
 ただ、受容するしかない。

2009
03.25

折れそうになる心 ─イチロー選手─

 WBCの試合が続く間、成績の低迷に苦悶するイチロー選手の心が「苦しい→辛い→痛い→折れそうになる」と変化していたことは、とてもよく理解できます。
 何しろ8試合通算で打率2割1分1厘という信じられないほどの不調だったからです。
 しかし、決勝戦で6打数4安打、しかも、驚異的な韓国のねばりにあって追い詰められていた侍ジャパンを優勝へ導く決定的な一打を放ちました。
 負けた方が崖から真っ逆さまに堕ちるというピッチャーとの究極の勝負に臨むイチロー選手の表情は、まさにサムライそのものでした。
 むしろ、求道者と呼ぶべきかも知れません。

 さて、短期間で、急速にあそこまで落ち込んでいながら最終戦で獅子奮迅のはたらきができたのはなぜか、これから彼の言葉を拾い集め、よく考えてみたいと考えています。
 それは、最近、うつ病に関する人生相談がいろいろとあり、追い込まれる過程・折れてしまう心・折れないで済む心・回復する心などを、祈りながら考察しているからです。
 日本人の15人に1人の割合で、一生に一度はかかるとされているうつ病になるかならないかは、当人はもちろん、家族や仕事や交友関係に重大な影響のある問題だからです。

 もちろん、イチロー選手は世界に二人といない超人です。
 しかし、人間であることに変わりはありません。
 究極のストレスがかかり折れそうになった心を抱えたままの彼に、なぜ「神が降りた」のか──。
 きっとそこには、私たちを導くモデルとなる何かが隠れていることでしょう。
2009
03.23

自死(自殺)について ─江藤淳著『妻と私』─ 1 

 平成11年7月21日、作家の江藤淳自殺してからもうすぐ10年になる。
 時流に媚びず、流されず、慶大在学中から死の直前まで夏目漱石を研究し続け、文壇、論壇に屹立していた彼の遺書は忘れられない。

 心身の不自由が進み、病苦が堪え難し。去る六月十日、脳梗塞の発作に遭いし以来の江藤淳は、形骸に過ぎず、自ら処決して形骸を断ずる所以なり。乞う、諸君よ、これを諒とせられよ。
 平成十一年七月二十一日 江藤淳

 前年の11月7日、慶子夫人を失い、失意の中にありながら妻の闘病生活を綴った『妻と私』を完成させ、ライフワーク『漱石とその時代』を書き継ぎ、『幼年時代』を書き進めながら筆を折った。

 最近、自殺自死)に関するご相談や、ご葬儀が重なり、久方ぶりに『妻と私』を読み直してみた。

 治療の方法がないとすると、これからやっていただくことはすべて対症療法ということになるでしょうが、どうか患者にはできるだけ苦しみの少ないように臨終を迎えさせて下さい。これについては何年も前から、夫婦のあいだで何度話し合い、確認し合ってきたかわかりません。


 先に病人を看取る役割を果たすことになった者が、お医者様にお願いして、そうしていただこうという約束でした。


 突然、妻の病状を末期ガンと知らされた江藤淳は、告知しないと決めた。
 こうした約束をしている夫婦は増えているのではないだろうか。
 実質的に〈死に方を選んでいる〉のである。

 善男善女に立ちまじって両手を合わせているうちに、涙が込み上げてきた。
 自分は何故ここで、こんなことをしているのだろう。


 早く帰って、病院に行ってやらなければならないのに、とげ抜き地蔵の境内で時を過ごしているのは、祈っているからにほかならない。してみると自分が、この私が祈りを信じているのだろうか。


 私は、いつもできるだけ優しくしていたかった。


 もとよりお地蔵様が病人の身代わりになって下さるといういのだが、自分が家内の身代わりを志願しているような気分になりかけて、ハッとした。


「困った時の神頼み」は人間に備わった自然な心性である。
 精神は超人間的・超自然的なイメージを宿しており、人生が突き詰められた場面で、それが浮かび上がるからである。
 身代わりは、イメージの持つ究極的形態の一つである。

 9日にはついに泊まり込みを決意し、その支度をして病院に行き、簡易ベッドをひろげて、私は家内にいった。
「今夜は久しぶりで一緒に休もうね」
 その言葉を聴いた家内は、一瞬両の眼を輝かせ、こぼれるような笑みを浮かべた。あの歓喜の表情を、私は決して忘れることができない。


 生涯連れ添う決心をした相手と共に暮らす男女を夫婦と定義するならば、一緒に休むことはその生活の始まりであり、一緒に休めなくなる死は終わりである。
 昨年の年末から入院した妻を見舞った夜半、凍てつく空気の中を駐車場へ戻る時はいつも、〈裂かれる〉思いをしたものだ。
 江藤淳が「歓喜」と表現するしかなかった夫婦の心を想像すると、無性に切なくなる。
2009
03.22

『法句経』物語 4 教学品第二(第二話)

 昔、釈尊が祇園精舎で天人や人間や出家修行者や在家修行者へ説法を行っていた時のことです。
 まだ愚かなままで、地味で剛直で、教えの根本を理解していない少年の出家修行者がいました。
 性的欲望が起こり、妄想を止められません。
 この悩みがあるために迷いを離れられず、瞑想にふけりながら考えました。
「男根があるために悟れないのだ。
 これを断ち切れば清浄になり、道は達成されるだろう」
 娑婆の人から斧を借りて精舎の部屋へ帰り、衣服を脱ぎ、板の上に座って男根を切る準備を整えました。
「この物が私を盛んに苦しめ、過去世に無数の輪廻転生を経た。
 地獄餓鬼畜生の悪道も、六道輪廻もすべては色欲がもたらす。
 これを断たなければ、悟る縁は得られない」
 釈尊はその気持を遠くから察知しました。
道理を理解しなければそのようになろう。
 道は心を制するところにある。
 心こそがすべての根源である。
 身体は所詮滅び去るものでしかないことを理解しないから自らを傷つけ、罪を犯し、永らく苦界をさまようことになる」
 そして彼の部屋へ赴き、問いました。
「何をしようとしているのか」
 彼は斧を置き、衣服をまとって礼拝し、答えました。
「何日も何日も道を学びましたが、まだ、法門を理解できません。
 座禅して悟りを得ようとすると、色欲が生じて邪魔をします。
 心は惑い、目は眩み、天地が分からなくなったりします。
 自分を厳しく問い詰めると、すべては男根が原因であるやに思えます。
 そのために斧を借り、男根を断って色欲を抑制しようとしていました」
 釈尊は告げました。
「おまえはなぜ、そのように愚かで道理を理解しないのか。
 道を求めるならば、まず愚かさを断ってから心を制しなければならない。
 心は善悪の根源である。
 迷いの原因を断とうとするならば、心を制しなければならない。
 心が定まり、迷いが解け、その後で道が得られるのである」
 釈尊は詩をもって教えを説かれました。

「学ぶには、まず、煩悩を断ち、慢心と外道の戒律と邪見を断ち、そこから派生する迷いの元を断て。
 これが悟りへの賢明な道を行く行者である」


十二因縁は、道理を理解できない愚かさである無明が根本になっている。
 無明こそが罪悪の源である。
 智慧は修行の本である。
 まず、無明を断ぜよ。
 その後、迷いがなくなり、心は定まるであろう」

 釈尊が説き終わると、彼は恥じ入って自らを責め、答えました。
「私は、愚かな故に迷い惑って、古より説かれている永遠不滅の教えを理解できず、こうしたことになるしかありませんでした。
 今は、いただいたみ仏の教えに感嘆するのみです」
 そして再び正しい精神統一へ入り、心を鎮め、煩悩を抑えて封じました。
 心は定まり、釈尊の御前でアラカンのレベルに達しました。
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 この問題は、種の保存に直結するだけでない性欲を持つ唯一の動物である人間にとって、永遠の課題です。
 釈尊は、ここで根本的な立場を明確にしておられます。
 身体と心とでは、あくまでも心が主であること。
 道理の理解が修行の原点であること。
 また、仏法が神のお告げといったものでないことは、弟子の「古より説かれている永遠不滅の教え」という言葉に的確に表現されています。
 釈尊がいかなる立場で説法をされたかは、「愚かで道理を解していない」と指摘された少年の行者ですら、理解していました。
 仏法は過去現在未来を貫く真理に基づいて説かれており、それがゆえに、いかなる時代であれ、人々の心と悩みと願いに応じた解釈も救いも生みだします。
 真剣な少年行者は、はるかな過去の自分であったのではないかという感がしきりです。
(もちろん、悩みと戦いが共通しているだけで、私などはまだアラカンさんになってはいませんが
 皆さんはいかがでしょうか。
2009
03.22

「ご加持の会 ─クリスタルボウルと共に─」が終わりました

 出張して行うご加持は初めてでしたが、開場いっぱいに集まった方々は、お不動様の結界に守られ、お地蔵様の手に受け止めていただく法の中で、ゆったりと過ごされました。

 まず、この修法がお大師様より伝わる正統なものであり、心身をリラックスさせる時間の中でその歪みや片寄りを解きほぐし、眠っている生命力を呼び起こす修法であることを説明しました。
 伝授を受けた行者により1200年以上にわたって行われているご加持に、クリスタルボウルという現代人の感性にマッチした音楽が加わり、魂が宇宙と一つになったかと思える幻想的な空間が生まれました。
 修法後、密教の新たな展開が始まったという実感に打たれ、芯は不動ながら、時代や地域の持つ特性に合わせてしなやかに変化・深化・発展する仏法の持つ無限の可能性をあらためて確信しました。
 
 とても身近なお地蔵様が持っておられるとてつもないお力に驚いた方。
 最近めぐり逢った小さなお地蔵様を忘れられないでいたところ、このご加持の会を知って駆けつけ、実体験によってみ仏への帰依を深めた方。
 わけもなく涙が流れ、深く清められたと実感した方。
 今度は家族を参加させたくなった方。
 皆さんの溌剌とした表情に、溜まっているはずの疲れは吹き飛びました。

 準備や後片付けにご協力くださった方々へ重ねてお礼申し上げ、次回(4月25日午後6時より)もたくさんの善男善女がみ仏のご加護を受けられますよう、参加をお待ちしています。
2009
03.21

『法句経』物語 3 教学品第二(第一話)

 昔、釈尊が祇園精舎で出家修行者たちのために説法を行っていました。
「よく励み、心を覆う煩悩を除去せよ。
 覆いがなくなって心が明るくはたらき、迷いがなくなれば、さまざまな苦を克服できよう」
 志が定まらず、たらふく食べては部屋にこもり、すぐ眠る一人の行者がいました。
 自分の身体をかわいがり、楽しいことばかりを求めて、無常を観る修行を怠っていました。
 昼も夜も、ただただ怠けているばかりで、愚かしい毎日でした。
 やがて、釈尊は、彼のいのちがあと一週間で尽きることを知り、このままでは死後、悪道に堕ちるのは必定なので憐れと思い、部屋へ行って起こしました。
「さあ、起きよ!
 何がゆえに眠りこけているのか。
 虫たちや貝類が、暗く不浄の場所で安楽を貪っているのと同じではないか。
 なぜ、刀傷を負い、心が痛み、災厄に襲われるような状態でありながら、ただ眠りこけていられるのか。
 教えを心へ保って規律を守り、思いやりのある行為をなし、先覚者の後を追うならば、憂いはなくなり、教えを念じ続けて煩悩を滅することができよう。
 このように、正しい見解に因ってよく学び実践するならば、世間を導く明かりともなろう。
 そこには無限の福徳が生じ、決して悪道には堕ちない」
 行者は声に驚いて目覚め、間近での説法に恐懼して礼拝した。
 釈尊は訊ねた。
「君は自分の前世を知っているか?」
 行者は答えた。
煩悩に覆われており、知りません」
 釈尊は指摘した。
「昔、ビパシン仏がおられた頃、汝は出家したものの、やはり我が身をかわいがるばかりで教えを保とうと努力せず、たらふく食べては眠りこけ、無常を観る修行を怠っていた。
 死後、ジガバチとなり、5万年の後、今度はどぶ貝となり、やがて樹を喰う虫となった。
 その間、暗い場所を好んで我が身を守り、のんびりと隠れ住む暗い場所を我が家として楽しむばかりで、光明を嫌っていた。
 ある時、百年の眠りから目覚めたが、過去の罪科にからめとられたままで、輪廻から脱しようとはしなかった。
 今、やっと罪科の報いが尽きて出家修行者となれたのだ。
 それなのに、惰眠を貪るばかりで真の安寧を求めようとしないとは、何たることか」
 前世因縁を聴いた行者は、深く懺悔して厳しい修行に励み、ついに煩悩の雲を取り除き、アラカンになりました。

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 私たちの一生には上り坂も下り坂もあり、向かい風の時も追い風の時もあります。
 精進はいつも、心強い味方です。
 昨日の彼岸供養会に参加し、一時間以上、読誦された方が、お茶を飲みながら述懐されました。
「亡くなった主人にいつも言われていたことがあります。
 それは、『気持が落ちつかなくなったり、気が滅入ったりしたら、まず、お線香を立てなさい』ということです。
 決して信心深い人ではなかったのですが、私はいつもそうしていました。
 先立たれてしまい、一人でいてどうしようもなくなると、今までやっていたように、自然にお線香へ手が伸びます。
 そして救われます。
 主人はこのことを言っていたのではないかと思います」
 お線香は、精進のシンボルです。
2009
03.20

情報の処理、パワーの回復

 心が不安定になったAさんが来山され、観たところ、お住まいの関係上、いただいたたくさんの記念品などをそれなりに飾ることができず、「申し訳ない」と思いながら物置へ放置しておいたことに関係があるのではないかと判断しました。
 変なものが憑いたのではないかと脅されたりしたそうですが、そんなことはありません。
 すぐにこうした話をする方々が多くなったのは、時代が醸し出す不安の現れであり、しっかりした法を説き、実践する宗教の場が少なくなったせいでしょうか。
 Aさんは人情に厚く、とても義理堅い性分でおられ、いつしか心に澱が溜まったのでしょう。
 この際、全部を見直し、「飾るもの」、「きちんと保管するもの」、そして「お焚き上げによって供養し、処置をするもの」と分けることにされ、すっきりした表情でお帰りになられました。

 心も一つのシステムです。
 時折、クリーンにする作業が必要になるのでしょう。
 有形無形の「抱えているもの」を処置すれば、情報は整理され、システムはパワーを回復します。
 お焚き上げも、ご加持も、そうしたお役にたてればありがたいことです。

[本堂におけるご供養因縁切りの修法を待つ大切な品々]
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2009
03.20

3月の俳句

 3月は弥生です。
 俳人で信徒総代でもある鈴木悦子さん(仙台市太白区在住)の句です。
 鈴木さんは、機関誌『法楽』と新聞『法楽かわら版』へ何年にもわたって俳句を投稿しておられます。(掲載が月遅れになる場合があります)

老梅に生きぬく力ありにけり


 老梅は花に増して、幹や枝が佳い。
 死を孕みつつ作られた身体は、天然の芸術作品である。
 どの部分も「そのようにしかあり得ない」完璧さをもって全体を形作り、全体の存在感は観る者を圧する。
 生きていると言えばなぞっただけになる。
 生きぬいているのである。

老梅の大幹裂けて凛と咲く


 老いた幹は必ず朽ちる。
 そして裂ける日が来る。
 しかし、根が生きていれば、地表にある部分のどこからか枝が伸び、花をつける。
 死体に付着した生体が誕生をもたらす。
 咲いた花は、身内の介護をしつつ頭を垂れない人間のように、どの一輪も凛としている。

会話なき独りの膳に椿添ふ


 独り暮らしでは、すべてが「間に合わせ」になりがちである。
 老いはそれに拍車をかける。
 しかし、俳人には譲れないものが厳然としてあり、それは形をもたらす。
 食膳に添えられた椿の枝は、そうしてそこに「なければならない」相棒であろう。

こもり居て逃げる二ン月(ニンガツ)追ひもせず


 二月は寒い。宮城県では、大寒と立春が過ぎてからが一番寒いと感じる。
 やや暖かい日があるだけに、ドンとくる冷え込みは一段ときつい。
 どうしても家にこもりがちになると、一番短い「小の月」は、逃げるように去ってしまう。
 温い炬燵は、追う気にもさせない。

春愁や体内時計狂いひがち


春愁」は、春の到来に色めき立つ周囲の状態をよそに、訳もなく襲い来るもの哀しい気分である。
 原因は、自分だけが気配に乗り切れないと感じる「すれ」ではなかろうか。
「さあ、やろう!」という高揚へ、心身がついて行けない。
 体内時計も狂ってしまう。

香焚きて何処へも行かず桃の花


「見わたせば花も紅葉もなかりけり 浦の苫屋(トマヤ)の秋の夕暮れ」に通じている。
 お香の香りが満ちた静かな空間は自分を、そして強烈に春を教える桃の花をもそこへ溶け込ませてしまう。
 決して桃の花が鮮やかに浮き立っているのではない。
「行かず」の力は大きい。

疾風(ハヤテ)どこを指すやら風見鶏


 春疾風はとてもイメージしやい言葉である。
 寒気と暖気の入れ替わりが激しい頃は、突然、アッと驚くような疾風が吹き、しかも、風向きは必ずしも一定ではない。
 風見鶏は忙しい。
 暦の上では春になっていても、「春らしい」暖かさに満ちた日々は、すぐには来ない。

疾風陶のタヌキは目を剥けり


 風神の袋から飛び出した風たちが縦横無尽に駆け巡っていても、陶のタヌキはじっと動かない。
 悠然としているのかと思って頭を廻らしてみると、びっくり眼がキョロキョロしている。
 飛ばされまいと必死なのは、自分と一緒である。
 疾風と陶器の対比がおもしろい。

人恋えば胸吹き抜けぬ涅槃西風(ネハンニシ)


涅槃西風」とは、釈尊が涅槃に入った陰暦二月十五日(新暦では三月)頃に吹く西風である。
 遠い人を想うと、極楽浄土があるとされる西から風がやってきて、「便りにならない便り」をもたらす。 俳人の心は自然の力をも取りこんでしまう。
 時空を超えて動く。

人誰も行く日は知らず涅槃西風


 誰でも、いつかは、涅槃西風の教える浄土へ行く架け橋を渡るが、「いつ」とは知れない。
 知れないことは不安の原因になる場合もあるが、知らないからこそ無意識のうちに「明日もある」との前提を築き、日常生活が続けられる。
 知り得ぬのは天の配剤である。


2009
03.19

ある返信

 かつては王法仏法は重なっていました。
 仏法王法を支えていました。
 釈尊もお大師様も、乞食から王まで幅広い人々を対象にして法を説き、王もまた、自らのありようが人々の生活と直結していることを自覚して学びつつ、まつりごとを行いました。
 日本がこんな体たらくになったきかっけの一つは廃仏毀釈にあったと考えています。
 中国がチベットでやっていることと似たパターンで行われた宗教弾圧は、植物の根を切るような行為であり、再生にはかなり長い年月がかかるのでしょう。
 当時、寺院の破壊へ向かった官憲がご本尊様の額へ矢を放ち、「バチなど当たらない」と高笑いして蹴倒したり、歴史ある五重塔が二束三文で売却されたりした歴史は、学校で教えられませんでした。
 寺子屋では教えます。
 私は、こうした事実や歴史をきちんと子供たちへ伝え、人間にとって何が大切なのか、何をやってはいけないのかを実感として掴ませたいと願っています。
 芸術や武道などへ親しませ(受験勉強の邪魔になるので、脇へ追いやられています)、日常生活ではたらく時間的・空間的感覚を超える世界をとらえる感性を磨かせたいとも願っています。
 願いの割に、小生はあまりに非力であり、愚かです。
 これから学ばねばならないものが山ほどあります。
 まったくバランスを欠いて困っています。
 同じところを通って生きてきた仲間として、日本の情けない現状から逃げ出さないで、いろいろと教えてください。
 私たちの世代が抱えた、責任ある問題の解決に力を貸してください。
 では又。
2009
03.18

因果応報・回向・追善供養(下) ─「自分だけの因果応報」を超えましょう─

2 回向追善供養について

 さて、こうした心で行う供養などの善行は、自然に、福徳という果実をたくさんの方々(当然、あの世の方々も含まれます)へ回し向けることになりますが、この回し向けるという行為の大切なきっかけとなるのが年忌供養などです。
「ああ、お母さんは向こうでどうしておられることだろう。
 生まれつき弱かった私をずいぶん苦労しながら育ててくれたので、人には言えないようなできごとがいろいろあったことだろう。
 善行の報いで安心なところへ向かっていてくれれば良いが、もしも地獄界などへ向かっているとしたら大変だ。
 今の私にできることは、何か善いことを行って、その福徳を回し向けることしかない」
 こう気づけば、追善供養を行います。
 そして、皆さんの思いをよりはっきりと届けるために僧侶が修法を行った時は、最後にこうした言葉で締めくくります。
「願わくはこの功徳をもって、我らと衆生と皆共に仏道を成ぜん」
 これを回向文(エコウモン)といいます。
 もしもこの一文を読まずとも、供養の根本は万霊供養であり、そのためにはまず、お導きくださるご本尊さまへのご供養を行うので、当山の行う修法は必ず、み仏と、御霊と、そして生きとし生けるものへの回向という内容になっています。

 なお、「インドであまりやっていなかったことを行うのは仏教ではない」という考え方は、無限に発展し、実践方法も深まり続ける〈システムとしての仏法〉の本質から外れていると判断していますが、回向によって個人的な因果応報を超える救いを説いた教典は、目立ちませんが存在しています。
 たとえば『過去現在因果経』は、はっきりと説きます。

「門族の中に、もし命過あり、悪道に堕する者あらば、まさに今施すところの福をもって、還りて人天に生ぜしむべし」


(一族に亡くなった人が出た場合、もしも地獄・餓鬼・畜生などの悪道に堕ちる心配があるならば、今、行う善行によってもたらされるであろう福を回向し、そうした恐ろしいところから脱出させ、人間や天人の世界へと導かねばならない)

 信念をもって、尊い回向に励みましょう。
2009
03.18

因果応報・回向・追善供養(上) ─「自分だけの因果応報」を超えましょう─ 

 お彼岸なので、ぜひ、ご理解いただきたいと念じつつ書きました。

1 因果応報について

 私たちは、ともすれば、以下のような考えに陥りがちです。
「人は死ねばそれっきり、その後のことは確認できないのだから、あの世などは考えない」
「この世で善いことをして良い目に遇えるとは限らず、むしろ、悪いことをしている連中が羽振りを効かしているのを見ても、因果応報は信じられない」
 日常生活の感覚でものごとを眺めれば、こうなるのも無理もありません。
 しかし、釈尊は、修行によって〈み仏の眼〉を得、目先のに展開する現象を貫く真理を観て、因果応報などを説かれました。
 現象を相手にしているだけでは釈尊の教えが簡単に腑に落ちないかも知れませんが、そもそも、宗教は、揺れ動かない視点と根本的な行動原理を与えるものであり、喜怒哀楽の波に揺られたままの認識や意欲の動き方とずれがあるのは当然です。
 さもなければ、「こうすれば人生をうまくやれるよ」という人生訓にとどまります。

 さて、善男善女はお彼岸にお墓参りをしますが、意識するにせよしないにせよ、そこで行われているのは、まぎれもなく回向(エコウ)です。
「そんなものは要らないよ」「手を合わせるのは死んだ人のためでなく、自分のためだよ」「そもそもインドでやっていなかったことを日本でやるのはおかしいよ」という宗派や仏教者もあるようですが、正統な伝授を信じて回向の修法を行っている当山は、そうした見解に与(クミ)しません。

 確かに、因果応報を信ずるならば〈自分の行いの結果を自分で引き受ける〉のだから、他人がそこに関わることはおかしいという考え方はありましょう。
 しかし、進化し続ける仏法は、〈自分の苦を滅するための修行を行い、自分がその結果としての福徳を得て苦を克服する〉小乗仏教から、〈皆が皆のための善行に邁進し、その結果の福徳を皆が共有する〉大乗仏教に至りました。
 それは「空(クウ)」という概念がもたらした当然の帰結です。
 たとえば布施を考えてみましょう。
「年末助け合いに参加しておけば、きっと来年は良い年になるだろう」と考えて行う施しは、実は真の布施行とはなりません。
 大乗仏教の説く布施は、わざわざ「出世間の布施」と呼ばれる場合もあるほど、計算がまといつく世間的な感覚から離れています。
 三輪清浄、あるいは三輪空寂(クウジャク)といい、三つへのとらわれを脱しています。
 一つは「自分」です。
 さっきのように「自分のため」という計算を脱し、自我意識を空にせねばなりません。
 もう一つは「相手」です。
 この人は恩返しをしそうだからというように相手を選ばず、縁に任せ、施す相手に空の心で接しなければなりません。
 もう一つは「施すもの」です。
 盗んだお金や、いやいやながらの勤労奉仕ではなく、汚れがないものを自然体で差し出さねばなりません。
 お互いがこうして三つの要素を空じた施しを行えば、その善行の結果は私たち凡人の計らいを超えて大きく広がります。
 人間社会全体の福徳は、おのおのが「我がため」を計算して施しを行った場合の何万倍にもなることでしょう。
 そうして、共に苦を脱しようというのが大乗仏教六波羅密(ロッパラミツ)行です。
 すべての菩薩はこの行の実践者であり、み仏の子である私たちもまた、空の心で「布施」「持戒」「忍辱」「精進」「禅定」「智慧」の行を行えば、菩薩道を生きる〈生き仏〉になれるのです。
 そのきっかけが花や水を捧げる六種供養であることは、何度も書きました。
 また、この世とあの世がつながっているからお線香を〈手向ける〉という行為が成り立つのであって、断絶していると信じるならば、供養はできません。
2009
03.18

お彼岸と『リグ・ヴェーダ讃歌』

 お彼岸になりました。
 仏法を明確にした(釈尊が創ったのではありません)釈尊を生んだインドの人々は、古来、哲学的思考が得意でした。
 哲学詩人たちは、宇宙の始まりや神々について想像力あふれる詩をつくり、それは口授によって伝えられました。
 後に文字ができてからまとまられますが、稗田阿礼(ヒエダノアレ)などが活躍して『古事記』が作られたパターンに似ています。
 それにしても、一度見聞きしたものはすべて忘れなかったという稗田阿礼は別格としても、肝心なものごとを〈言い伝えた〉昔の人々の記憶力は想像を絶します。

 さて、その詩の代表的なものの一つに『リグ・ヴェーダ讃歌』があり、宇宙開闢(カイビャク…始まり)も詠われています。
 辻直四郎訳を書いておきます。

1 そのとき(太初において)もなかりき、(ウ)もなかりき。空界もなかりき、その上の天もなかりき。何物か発動せし、いずこに、誰の庇護の下に。深くして測るべからざる水は存在せりや。

2 そのとき、死もなかりき、不死もなかりき。夜と昼との標識(日月星辰)もなかりき。かの唯一物(中性の根本原理)は、自力により風なく呼吸せり(生存の兆候)。これよりほか何ものも存在せざりき。

3 太初において、暗黒は暗黒に蔽われたりき。この一切は標識なき水波なりき。空虚に蔽われ発現しつつあるもの。かの唯一物は、熱の力により出生せり(生命の開始)。

4 最初に意欲はかの唯一物に現ぜり。こは意の第一の種子なりき。詩人ら(霊感ある聖仙たち)は熟慮して心に求め、の親縁(起源)をに発見せり。

5 彼ら(詩人たち)の縄尺は横に張られたり。下方はありしや、上方はありしや。射精者(能動的男性力)ありき、能力(受動的女性力)ありき。自存力(本能、女性力)は下に、許容力(男性力)は上に。

6 誰か正しく知る者ぞ、誰かここに宣言しうる者ぞ。この創造(現象界の発現)はいずこより生じ、いずこより[来たれる]。神々はこの[世界の]創造より後(ノチ)なり。しからば誰か[創造の]いずこより起こりしかを知る者ぞ。

7 この展開はいずこより起こりしや。そは[誰によりて]実行せらりたりや、あるいはまたしからざりしや、──最高天にありてこの[世界]を監視する者のみ実にこれを知る。あるいは彼もまた知らず。


 古代の哲学詩人は、目に見えない原初の光景を魂へ映しとり、言の葉へ載せました。
「何もの」とも名づけられない根本原理が呼吸とも言えない呼吸を始め、宇宙は息づき、運動を開始しました。
 それは意欲を孕んでいます。
 男性的原理と女性的原理が運動と意欲を展開させ、それは最高の監視力を持った者にさえ、幽かに見え隠れするのみです。

 きっと、このように、でなくでもないところから宇宙は始まり、現象界としてのこの世と幽冥界としてのあの世が、物質世界精神世界が、光と影のように対になって活動を続けてきたのでしょう。
 お彼岸は、この世と物質世界であれこれと忙しい私たちをあの世と精神世界へ誘う貴重な時期です。
 古代インドの詩人たちの感性に導かれて娑婆の感覚を少し離れ、み仏と御霊へ合掌しましょう。
 なお、20日の彼岸供養会では、皆さんと一緒に『理趣経』の全文を読みます。
 あまりない機会でしょうから、ぜひ、一緒に読誦してください。
2009
03.17

お授け 3

 例祭で行うお授けです。

3 三竟(サンキョウ)

「弟子某甲(デシムコウ)
 盡未来際(ジンミライサイ)
 帰依仏竟(キエブッキョウ)
 帰依法竟(キエホウキョウ)
 帰依僧竟(キエソウキョウ)」


(この身今生(コンジョウ)より未来際を盡くすまで、深く三宝に帰依したてまつり、とこしなえに変わることなからん)

「み仏の弟子である私は、未来永劫にわたって、み仏へ帰依したてまつり、仏法へ帰依したてまつり、僧侶へ帰依したてまつり、決して変わることはありません」と、帰依が固まり、修行という次の段階へ進む覚悟を明らかにします。

 前回は「帰依します」、そして今回は「帰依し終わりました」と帰依の始まりと完成を述べている点をみても、こうして〈自分〉を投げ出す姿勢が救われるるための条件であることが解ります。
 それは、努力の限りを尽くしてもあと一歩というところを超えられそうにない方、あるいは、刀折れ矢尽き、参ってしまいそいうになっている方が〈自力の向こう側〉を希求する時、必ず待っていてくださるのがみ仏であることを意味しています。
 衛門三郎がお大師様を追って四国を巡り、なかなか会えずにとうとういのちが尽き果てる寸前、奇跡的にお大師様の御心に救われた「四国霊場巡拝開始」の故事を鑑みても、窮する者が求める時、救いが待っているのは明らかです。
 無一文からスタートしてここまで来た私自身の体験上も、こうした点は確信があります。
 一町四方を托鉢に歩いて一軒も受けていただけなかった夏の日、最後のお宅でたまたま命日に当たっている御霊があり、ご供養を行って喜ばれた時のこと。
 角に建つ家の白い壁と、菩薩様のような奥さんの涙を隠した笑顔は10年以上の時を超えて鮮明です。
 体調不良をおしてでかけた港町で、偶然、温かい葛湯の「お接待」を受け、勇気百倍になって一軒残らず回り終えました。
 夕刻、水平線まで九字を切った時の凪いだ海の色も忘れられません。

 庫裏という名の住まいを造らず、すべてを注ぎ込んで理想の伽藍を完成させようと精進しているのは、み仏を供養する聖なる空間を信ずるみ仏の世界にふさわしいものとして表現したいからです。
 目で見る形、耳で聴く読経、鼻で嗅ぐ香り、舌で味わうご供物、入って感じる空間の確かさ。
 五官六根を総動員し、善男善女にみ仏を感得していただきたいからです。
 そして、赤子のように素直な心で救いの御掌に乗り、帰依という通路を通って今までの自分を突破していただきたいのです。

 過日は、酒による失敗をくり返したあげく、一念発起して禁酒を始めたけれども、周囲の人々からは「どうせ続かないだろう」と馬鹿にされ、自分も良くないことが続くようで不安になり、祈って欲しいというAさんが来山されました。
 酒を欠かせない毎日を送っていたAさんが数十日も続けている禁酒運命転化の開始を示しており、やがて運勢が大きく変わるはずです。
 良くないと感じるできごとが起こるのも、変化の兆しです。
 不敵な面構えで堂々たる体躯のAさんは神妙に修法を受け、聞いた注意点を噛みしめるように確認しながら帰られました。
 激流にかかった丸木橋を渡るようなAさんの歩みは、ウグイスの声を聞き桜を愛でながらの山道の踏破へと変わったことでしょう。

 昨日は、ご家族がやりきれない亡くなり方をされ、インターネットを通じてご供養を申し込まれたBさんのご依頼で、東京の多磨霊園へ納骨にでかけました。
 これ以上ないほど静かで暖かな春の日となり、礼を尽くし、一介の田舎坊主の修法を至心に受けられた皆さんは、遺影の微笑みが乗り移ったかのように穏やかな表情になられました。
 戒名に含まれる「和」、きっと故人が掴もうとしておられた和がまぎれもなく成就しました。

 帰依への報いは確かです。

 お授けの流れは次回へ続きます。
2009
03.16

緋寒桜

 今年も当山の境内に桜が咲き始めました。
 本堂周辺には、年に二度咲く十月桜がポツポツと白く可憐な花をつけていますが、墓苑『法楽の苑』でも緋寒桜が一輪、開花しました。

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 風がなく、やや生温くなった空気に包まれて見とれる桃色は、大正から昭和を生きた俳人中村苑子の句を思い出させます。
「みんな夢雪割草が咲いたのね」と詠んだ三橋鷹女の唯一の弟子だった彼女は、あの世とこの世をたやすく行き来します。

春の日やあの世この世と馬車を駆り」  
「桃のなか別の昔が夕焼けて」
「死が見ゆるとや満開の花仰ぐ」
「わが墓を止り木とせよ春の鳥」


 この世とあの世の境界が外れたような時間に身を置くと、松岡正剛氏が「音と意味と漢字を二重、三重にしてつくられていく言葉の世界」の例として挙げた椎名林檎の唄う『積木遊び』が浮かんできます。

「あなたはいつもそうやって丸い資格を選ぶ
 あたしも特に気にせず 三角をのせてしまう
 嗚呼(アア)しくじった しくじった まただわ」

 異能の人は、それとは意識せぬままに新しい感性で伝統の上に立つ新鮮な文化を創り、情報として発信します。
 情報を受ける人々は、古いものと新しいものが〈ない交ぜになった〉文化に浴し、おそらくはまったく考えもせぬままに、それに共鳴しつつ、育ち行く伝統文化を支えます。

 嗚呼、古き佳き日本、そして、創造力溢れる日本──。

 ウグイスが練習の声を響かせ始めました。
 故人を偲びつつ、桜と笹倉山をゆっくり眺めてください。
2009
03.15

仮構の町、仮装のチベット人

 早朝のニュースで恐ろしい光景を目にしました。
 平和なチベットでは皆が豊かな暮らしをしているという中国政府によるアピール映像ですが、町を歩いている大人も子供も皆、こぎれいな民族衣装をまとい、笑顔です。
 まったく生活の匂いがなく、明らかに〈仮構された町〉であり、〈仮装させられたチベット人か中国人〉です。
 人間はこうまで欺瞞的な行為ができるものでしょうか。
 また、チベット仏教の僧侶たちが平和に活動をしているという官営(中国国営)の寺院を紹介するシーンには戦慄さえ覚えました。
 衣をまとった僧侶らしい人々が一対一の問答をしているのですが、どこにも修行の気配はなく、顔には遊んでいるかのような笑いを宿し、問答の区切りになる拍掌(ハクショウ…手を打つこと)はだらけ切っています。
 本来、己の存在をかけた勝負である問答が、あのようにダラダラと行われることなどあり得ず、当山が毎月上映しているドキュメンタリー映画『チベット チベット』に登場する本ものの僧侶たちが発している真剣さとは比べようもありません。
 人間はこれほどまでに宗教や人間の尊厳を踏みにじることができるものでしょうか。

 こうした欺瞞と弾圧によって生活が破壊され、抗議する者は抹殺され、文明が地上から消滅させられつつある現実を放置しておけましょうか。
 今日の午前4時台に流された映像を目にした方々に、ぜひ、『チベット チベット』を観ていただきたいものです。
 そうすれば、きっと嘘と真実を見分けられることでしょう。
2009
03.15

茅と桜

 板材で基礎工事を行う範囲を示す丁張り(チョウハリ)が行われ、いよいよ、着工が視野に入ってきました。
 さて、かつて檀信徒さんたちと一緒に雑木林を切り拓いてこの地を造成した時に残した二本の樹が、どうしても建物にかかってしまいます。
 実の生らないと、ほとんど花をつけないです。
 伐ってしまうのはとても忍び難く、ポツンと立っていた彼らを移植することにしました。

 手間暇経費は伐採の何倍もかかりますが、当山が来る前からこの地に生きていたものたちの象徴としてどうしても残したいという考えもあります。
 お大師様は高野山を拓く際、地主神である丹生都比売明神(ニウツヒメミョウジン)と狩場明神(カリバミョウジン)を護法神として祀りました。
 先住者への恭敬はとても大切なことです。
 また、お大師様が日本で最初に「草木国土悉皆成仏(ソウモクコクドシツカイジョウブツ)」を宣揚し、「草木など環境世界のありとあらゆるものたちすら成仏し得るのだから、人間に成仏できないことがあろうか」と説かれたことも、樹への愛着を覚えさせます。
 密教では、万物にみ仏のいのちが宿ることを具体的なイメージとして描く修行を行っています。
 正岡子規は「糸瓜(ヘチマ)さえ佛になるぞ後(オク)るるな」と詠みました。
 この感覚は、私たち日本人に共通しているのではないでしょうか。 

 さて、工事予定日は、前日夜から暴風警報が出るなどして延期が予想されましたが、小雨の早朝に来山された庭師Kさんが笹倉山を眺め、「西の空が明るいし、今日は大丈夫です!」と断言したとおり、穏やかでウグイスの鳴く日和となりました。
 作業は直径5メートル以上の穴を掘る大規模なもので、途中で見に行った素人の私は「えっ!」と絶句してしまいました。
 釣り上げる時にワイヤーもロープも切れて、新しいものを買いに走らねばならないほど重い樹でしたが、名人Kさんの手さばきで重機が充分に活躍し、夕刻までには二本とも移植を終えました。
 粘土質で湿気の多い場所から、やや小高い場所へ移し、根腐れなどの処置もしたので、きっと元気を取りもどすことでしょう。
 聖地に生まれ変わったこの地で展開されることごとを見守っていて欲しいものです。

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2009
03.14

般若心経のお勧め

 国家試験に挑戦している学生Aさんから人生相談がありました。
「ある新興宗教にはまっている友人が合格し、私はあと一歩でした。
 いつもどんどん唱えている彼が集中的に出すパワーはすごいと思っていますが、自分には〈ちょっと違う〉感じがして、ああしたところへ行く気にはなれません。
 私も、学力以外に精神力もつけたいと考えています。
 ただ、友人と周囲の関係を見るにつけ、宗教は怖いところがあるなあと引いてしまう気持もあります」
 
 Aさんは、般若心経に興味を持っておられ、30分ほど質疑応答を行いました。
 この経典は、「こだわるな、とらわれるな」といった人生訓ではなく、深い瞑想に入っている観音様の心の高まり、深まりを階層的に説き、心をレベルアップさせる「ぎゃてい、ぎゃてい、はらぎゃてい、はらそうぎゃてい、ぼうじそわか」という真言が悟りへの導きであると書いてあることなどをお話しました。
 そして、実際に読み書き(読誦・写経)してみることによって、きっと何かがつかめるでしょうと締めくくりました。
 目の前にあるケーキのおいしさをいかに詳しく説明されても、一口食べてはたらく味覚が教える以上の情報は得られないのです。

 最近、畏敬してやまない長澤弘隆師が『空海ノート』を出版されました。
 密教の行者としてはあまりに納得できない記述に満ちた司馬遼太郎氏の『空海の風景』が、お大師様の伝記として第一級の資料と目されつつあることを憂慮していた密教僧としては、やっとすっきり受け容れられる記述にめぐり逢ったという安堵感を覚えました。
 この本は、きっと、お大師様の生涯をたどろうとする人々にとって、もっとも信頼できる基礎資料になることでしょう。
 たとえば、前述の真言の和訳として定着しているのは「往ける者よ、往ける者よ、彼岸に全く往ける者よ、さとりよ、幸いあれ」ですが、長澤師は、お大師様の解釈に従い、新たな和訳を提案しています。
「達することよ、達することよ、目的(高み)に達することよ、目的(高み)にともに達することよ、さとりよ、成就あれ」
 目の覚めるような思いがして読み進むと、さらにこう指摘されていました。

「サトリとは『向こう岸に往く』という水平志向ではない。
 高みに達する垂直志向である。
 聖と俗もそうではないか。
 ヨーガ行者は下から上にパワーが上昇し、眉間で神と冥合(ミョウゴウ)する。
 仏教修行の基本である瞑想が深まった時、こちらからあちらに往く感覚はない。
 意識は高いところにある」


 仏像の眉間にあるポツンとした小さな標を白毫(ビャクゴウ)といいます。
 実際は白く長い毛が丸まっているものですが、そこに第三の目を持つ神々もいます。
 この位置と頭頂(頭のてっぺん)が重要なチャクラであり、密教行者はここをポイントとして即身成仏を目ざします。
 意識は上昇し、広がり、やがて上下左右などはなくなります。
 水平ではなく、垂直が始まりであることは確かです。
 そもそも、私たちが合掌する時、意識は自然に天上方向へと向かうではありませんか。

 般若心経は、とにかく声に出して何度も何度も読んでいただきたいのです。
 あるいは写経していただきたいのです。
 意味は漠然としていてかまいません。
 寺子屋で暗唱した般若心経の意味を、大人になってから合点しても良いではありませんか。
 その間、般若心経は眠っているのではなく、密かに熟成し、心を上方へ引き上げていてくれるはずです。
 子供だから早過ぎるというわけではなく、歳をとったから遅過ぎるわけでもありません。
 文字どおり「思い立ったが吉日」であって、問題はやるかやらないかだけです。
 いつの日か「あっ、そうか!」となった時、自分のいる位置が変わっていたことに気づくことでしょう。
 ちなみに私は、還暦を過ぎてから般若心経の「心無罣礙(シンムケイゲ)」がいくらか解ったような気持になりました。
 お骨あげに際して、お大師様が般若心経について説かれた『般若心経秘鍵(ハンニャシンギョウヒケン)』を何百回となく読誦したので、み仏と御霊がご褒美をくださったのかも知れません。

 この経典に惹かれた方々へ実践をお勧めしてやみません。
2009
03.13

『法句経』物語 2 無常品第一(第二話)

 昔、釈尊が、コーサラ国の修行道場で天人や人間や龍や鬼たちのために説法を行っていました。
 その頃、九十歳になる皇后が急病で亡くなり、国王や臣下たちが、埋葬後、道場へさしかかりました。
 釈尊は、礼を尽くして訪問した国王へ訊ねます。
「いつもと違ういでたちだが、どうされたのか?」
 国王は謹んで答えます。
「重病に罹って亡くなった皇后を埋葬してまいりました」
 み仏は告げました。
「昔から四つの大きな畏れがある。
 生まれたならば老いること、
 病気になれば悄(シオ)れること、
 死ねば魂が去ること、
 そして死後は親族と会えなくなってしまうことである。
 そうしたできごとは『少し待ってくれ』というわけにはゆかない。
 万物無常であり、長らく留まることは難しく、日、一日と過ぎ去る。
 人間のいのちもそうである。
 大河の水が昼夜を問わず滔々と流れ去るように、たちまちにこの世から去るのである」
 そして、詩をもって教えを説かれました。

「河の水が休まずに流れ去って二度と帰らぬように、人のいのちもつかの間に尽き、逝きし者は決してこの世へ戻ることはない」

 さらに告げました。
「この世のあらゆるものは必ず滅び、死するのであり、この理から逃れられるものはない。
 ずっと昔の国王・覚者・アラカン・仙人たちも死し、生き続けたものはいない。
 それなのに、人の死を受けてただただ悲嘆にくれ、我が身を損ねていてはならない。
 子が亡き親を供養すれば福徳となる。
 修行して得られる幸いを故人へ回向するのは、遠くに住む知人へおいしい食べ物を送って喜ばれるようなものである」
 国王も群臣も皆、教えに喜び、憂いを離れ、悟りへの第一歩を踏み出しました。



 聖者賢者は、自然に、接する人へ〈人生の一大事への関心〉という心の扉を開かせます。
 だから、その口から漏れる言葉になれば、「生まれた以上、必ず死が待っている」といった誰でも知っている事実が、〈真理〉という重みを持ったものに質的転換を行います。
 こうして、私たちは、万人共通のあたりまえのことごとから、真理を学びます。
 万人に共通しているからあたりまえなのであり、万人に共通しているから真理なのですが、日常生活の感覚では、二つがなかなか結びつきません。
 ここに、真理を〈発明〉するのではなくて、〈説く〉聖者賢者の役割があります。
 知識知恵は、人徳の裏打ちがあって智慧になります。
 み仏は、人格の完成者というイメージです。
「そうか!」と納得させ、修行に向かわせたものの偉大さを想うと、み仏方への憧れが深まります。
2009
03.12

『法句経』物語 1

無常品第一 第一話

 昔、帝釈天(タイシャクテン)の寿命が尽きそうになりました。
 その前兆として、身体から発していた光が滅し、頭上の花は萎み、自分の座にいても楽しくなく、脇の下からは臭い汗が流れ、これまでは付かなかった塵などで汚れるようになったのです。
 大いに愁いた帝釈天は、釈尊ならば迷いから救い出してくださるだろうと考え、走って行きました。 
 釈尊は、霊山の石窟で広く衆生を救うための瞑想に入っていました。
 帝釈天は、頭を地につけて最敬礼し、帰依しました。

 まだ立ち上がらないうちに、帝釈天の魂は身体から離れ、陶器職人の家で飼われているロバに身ごもりました。
 ロバは綱を切って暴れだし、陶器や瓦を次々に壊したために、主人から鞭で打たれました。
 母胎が傷つき、抜け出した魂は再び帝釈天の身体を得て、徳の高い元の帝釈天に生まれ変わりました。

 瞑想から覚めた釈尊は、帝釈天を誉めました。
「すばらしいことだ。帝釈天よ。
 臨終に臨み、よくぞ、仏法僧へ帰依した。
 これで畜生界へ堕ちるような過去の罪業の報いは解消し、これ以上苦を受けることはなかろう」
 そして、詩をもって教えを説かれました。

「現象世界にあるものはすべて、いつまでも姿をとどめられない。
 興っては消える。
 生まれた者には必ず死が待っている。
 こうしたくり返しが止む涅槃(ネハン)こそが真の安楽である」

「たとえば、陶器職人が粘土で作った器は、いかなる物でもいつか必ず壊れる時を迎える。
 人のいのちもそれと同じである」

 教えを聞いた帝釈天は、悟らない限り、天界から畜生界へ堕ちるといった輪廻転生をくり返さざるを得ないことを深く理解しました。
 罪科と福徳は因果応報によってもたらされることも知り、生死をくり返すありようを脱し、涅槃へ入る修行に入りました。
 喜んで励んだ帝釈天は遂に悟りを開きました。




 皆さんあまりご存じないでしょうが、天界に住む神様にも寿命があります。
 もちろん、それは人間とは比べものにならないほど長いとされています。
 しかし、悟りの世界へ入りきらないうちは六道輪廻の宿命から逃れられず、やがては地獄界や修羅界へ堕ちざるを得ません。
 もうすぐですよと兆候が表れたときは、天界がこの上なく快いだけに、いかに恐ろしいことでしょうか……。
 故三島由紀夫はそれを題材にして、昭和の日本文学を代表する最高傑作『天人五衰』を書きました。
 5巻に分かれていますから、根気強く読んでみてはいかがでしょうか。 
 この物語でも神様が畜生界へ堕ちましたが、直前といえども仏法へ帰依したので、たちまち最悪の苦界から脱しました。
 
 


2009
03.11

NHK文化講座『生活と仏法』について

 以前、「NHK文化講座生活と仏法講義録 27 ―これまでとこれから─」において「2月25日の法話をもって、平成13年10月1日から続いていた『法句経』を柱とした講座にピリオドを打ちました」と書きましたが、訂正し、文章を書き換えました。
 これからも継続しますので、どうぞよろしくお願いします。
2009
03.10

あの世もこの世も即身成仏

 お大師様はたくさんの追悼文を書いておられます。
 そこで祈っておられるのは「本覚(ホンガク…本来の覚り) へお住まいになられますむように」ということです。
 それは成仏への願いであり、私たちが「どうぞ安らかにお眠りください」と合掌するのと同じです。

 お大師様の説かれた即身成仏は、この世で修行し、生きながらの成仏を目指すだけではありません。
 あの世へ逝かれた御霊も、たった今、み仏方のおられるマンダラ世界で憩い、溶け込まれるならば、やはり即身成仏です。
 この世あの世も次元が異なるだけで、「み仏に成りきれない私たちが、迷いという衣を脱ぎ捨てる修行をする場」という構造は同じです。
 大きな迷いの一つは「バラバラの個人が寄り集まって社会を作っている」というものです。
 本当は、いのちというダイナミックでとらえきれない空気のようなものがあの世この世を行き来し、個別の身体を借りてさまざまな顕れ方をしているだけなのですが、自我意識が邪魔をして殻に閉じこもる観方をしてしまいます。
 そもそも、バラバラに見える身体という物質すら、個別に存在しているのではありません。

 最先端の科学は、物質を極微のレベルまで探求すると、まるで紐のように連なって情報をやりとりしていることを突きとめています。
 勝手に存在しているモノなど、塵一つありません。
 モノが連帯して宇宙を構成していればこそ、〈私〉も〈あなた〉もこうしていられるのであって、それを忘れた自己中心の世界観は真実から離れています。
 一人一人の脳と密接に結びついていると思われる心もまた、探求して行くと、無意識のレベルでは大きな海のような世界へ解放されていると説かれています。
 
 こうして、モノであれ、心であれ、連なり、支え合っています。
 マンダラはまさにその表現であり、「連なり」の中へ自我意識を解放することが成仏なのでしょう。
 私たちは、たった今、そこへ入ることが可能です。
 実践しましょう。
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